それは、新刊のライトノベルを買いに、ゲーマーズに寄った時の話だった。

「……あれ?」
「あ」

 見知った顔に出会い、よう、と挨拶を交わす。

 泉こなた。ネトゲで知り合った、近所の進学校の三年生。……未だにコイツが高三だということが信じられない。

「ん?  なに」
「いや、身長何センチ?」

 ぼふっ、と彼奴の頭に手を乗せる。……んーと、コイツの脳天が僕の胸あたり。

「出会い頭になんなのさー」

 怒ったのか、腕を振り払われた。
 ……えーと、僕の身長が百七十ちょいだから。百五十はないよな、こいつ。百四十……あるかないかってとこ?

「低っ」
「失礼な……。もー、本当に怒るよー?」
「ごめんごめん。で、今日は一人なのか」

 学校帰りっぽいので、同級生とかいないのかね?
 前会った柊姉妹とか。

「ゲマズはうちからだとちょっと遠いからねー。かがみもポイント加算のために誘ったんだけど」
「いや、友達をポイント目当てに連れてくるなっつーの」

 まあ、あのかがみちゃんが来なかったのは意外と言えば意外だ。
 ここ、富士見の早売りをしてて、丁度今日並ぶのに。彼女が好きだって言ってたフ○メタも……ああ、今月の新刊が置いてあるぞ。

 そいつを手に取った僕に、こなたが話しかけてきた。

「かがみも良く読んでるけど、ラノベって面白い?」
「んー?  まあ、僕は好きだな。漫画も好きだけど、こっちはこっちで情報量が多いから」

 漫画より深い設定とか心理描写がいいんだよね。
 逆にアクションシーンとかは、どうしても絵には敵わない。一長一短というところか。

「ほれほれ、これなんか読みやすいぞ。読んでみるか?  こいつのイラスト描いてる絵師好きだっただろ」
「うー、きょ、今日は予定の物を買うお金しかないから、また今度ね」

 あ、逃げやがった。
 ……そういえば、チャットでも、小説とかの話になると露骨に話題変えてたよなぁ。
 もしかして、文章読むの苦手な人か。

「なんでそう逃げるかね。ギャルゲのテキスト量もけっこうなもんだろうに」

 そりゃモノにもよるが、ラノベ一冊読むより文章量は多いだろう。
 その手のは、徹夜でプレイできるこなたが嫌がるのが良くわからない。

「うーん、ギャルゲはねぇ。絵があるからねぇ。ほら、小説みたく文章がずらーって並んでると、読む気なくならない?」
「それで読む気なくなるなら、こんなん買っていないな」
「うあー。私に味方はいないのかー」

 いやまあ、僕だってラノベしか読まないから、そんな文章フリークってわけじゃないんだけど。

「むうー。とりあえず、ラノベは今後の課題ということで」
「……いやまあ、楽しむのが一番だから、無理するこたぁないぞ」

 妙に気にするやつめ。

 その後、こなたとなんとなく一緒にレジに向かう。
 清算した後、一緒に店を出て、さあ別れようというところで、こなたの腹から『きゅ〜』と音が鳴った。

「お前、女の子だよな」
「そこはスルーするのが男の甲斐性でしょう」

 ……いやぁ、でもここまで大きい音出して、スルーするってのも無理があるだろう。
 そして、悪いが僕は甲斐性なしなんだ。

「はは、僕も、帰って飯作るの面倒だし、そこのロッテリアにでも寄ってくか?  奢ってやるぞ」
「本当?」
「ふっ、昨日バイトの給料が入ってな。懐はあったかいんだぜ」

 ぴらぴらと千円札をとりだして見せ付ける。
 微妙に、後で後悔しそうな金の使い方だが、なぁに、それはそのときになって考えればいいのだよワトソン君。

「じゃあヨロシク!」
「任せとけっ!」

 こなたが親指を立ててくるもんだから、こっちもサムズアップして応える。
 ええい、人を乗せるのが上手いやつめ。

 そんなこんなで、僕とこなたはロッテリアに入店することになったんだってさ。
















 ……んで、出会ったのは

「あれ、泉。お前放課後に不純異性交遊かぁ?」

 なんか関西弁っぽいイントネーションのお姉さんだった。
 ……なんだろう、美人ではあるんだけど、なんとなく幸薄そうなイメージ。

「黒井せんせー、こいつRyoだよ?」
「……Ryo?」

 黒井先生と呼ばれた美人は、しげしげと僕を見る。
 ……ん?  クロイ?  って、もしかして……

「おーーー!  もしかして、最近引退した……」
「そういう貴方はもしかして……」

 黒井、と聞いて思い浮かぶのは、こなた経由で知り合ったとある騎士のキャラ。
 そういえば、あれも関西弁っぽい喋りだったはず。

 確認してみると、確かにあの騎士の中の人だった。

「なんや、お前この近所の人間やったんか」
「はい。改めて、土樹良也です」
「黒井ななこや。よろしゅう」

 当然のように、黒井さんと一緒の席に着く。

「しっかし、リアルでも会っとんたんか」
「いやぁ、たまたま近所に住んでたことが判明しましてー」

 僕と会うことになった経緯をこなたが説明する。ほー、と黒井さんは頷いている。
 ……っていうか、さっきからこなた、黒井さんのことを先生って呼んでるけど。

「失礼ですけど、教師なんですか」
「なんや、見えへんか」
「……いえ、滅相もない」

 見えない、と正直に言ったら怒られそうなので黙っている。
 しかし、生徒とオンラインゲーでパーティー組む教師ってのもどうなんだろう?

 しかし、教師ということは先生と呼んだほうが良いのか。

「土樹こそ、何しとる人?  高校生?」
「そんな若く見えます?  大学生ですよ」

 どこの大学か、と聞かれたのでこの近所にキャンパスのある我が大学を教えた。

「ほー、けっこう頭良いんやん」
「……まあ、そこそこレベルですけど」

 うちの大学は所謂二流。大学名を言うほど恥ずかしいところでもないが、旧帝大などとはとても並び立たない。
 そんなどこにでもあるような国公立の一つだ。

 まあ、単に親に負担を掛けたくなかったから、頑張って公立に入ったんだけど。

「泉も見習わなあかんで。お前、まだ進路ちゃんと決めてへんやろ」
「う……先生、学校の外まで進路のことはやめようよー」
「なんだ、こなた。まだ決めてないのか?  大学行くなら勉強教えてやろうか」

 これでも、塾講師なのだ。
 しかし、それをなに勘違いしたのか、こなたは微妙に引いた。

「なにかな?」
「家庭教師と女子高生……うわぁ」
「阿呆か」

 どんだけー。

「僕はな、これでも塾の講師やってんだよ」
「え?  似合わない」
「即答か。それを言うなら黒井先生だって……」

 あ。

「ほー、そっか、そっか。土樹はそういうこと言うんか」
「あ、いやその。誤解です」
「いいや、ええでー。私ゃ、生徒にも『黒井先生に出来るんですから、教師っていうのも楽な職業ですよね』なんて言われとるしな」
「いやあの、それ嘘……」

 こなたの突っ込みは黒井先生の耳には届いてない模様……。
 というか、どういう嘘を言っているんだ。傷つくぞ、きっとそれ。

「まあ、それはどうでもええんや」
「いやあの、自分の職業馬鹿にされてどうでもいいって」
「それより、聞かなあかんことがある」

 ぐい、と黒井先生は迫ってきた。
 ……な、なんだ?  もしや、こなたと不順異性交遊していないか、と改めて問い詰められるのか?  してねぇ。

「野球は、どこのファンや?」
「は?」

 なにを言っているのか最初はわからなかった。

 や、野球?  プロ野球のチームのことだよな。

「正直、どこでもいいです」
「なんやて?」
「ええと、特にスポーツに興味があるわけじゃないんで」

、その答えがお気に召さなかったのか、黒井先生はうがーっ、と腹を立てた。

「あんたそれでも日本男児か!?」
「どうなんでしょう。最近は僕みたいな日本男児は増えていると思いますが」

 いや、ほんとにね。プロ野球の視聴率も、年々落ちているという話だし。

「くぅ、ロッテリアにわざわざ入るくらいやからもしかしてと思ったのに」
「あ、先生はロッテのファンなんですか」
「そうやー!  今日は試合あるからな。壮行会のつもりで来た」

 ロッテの応援に、ロッテリア……間違いじゃないかもしれないけど。

 いや、間違いだろ。

「僕が見るのは、精々格闘技くらいです。昔、少し齧ってたんで」

 家庭の事情というやつで、物心ついたときから中学校に入るくらいまでは色んな武術をやらせられた。
 まあ、何一つとして身にはならなかったんだけれども。

「あれ?  リョウも、格闘技やってたんだ」
「も……ってこなたも?」
「お父さんの言いつけでねー」

 ぐいっ、と拳を突き出してくるこなた。

 ……マズイ。けっこう出来る。
 やりあったら、僕負けるかもしんない。

「最近の若いもんの間ではそんなんが流行っとるんかー」
「……いや、黒井先生。僕が言うのもなんですが、流行ってはいないかと」

 僕の知り合いで過去柔道や空手をやってたという人間は家族以外には皆無だぞ。
 こなたでやっと二人目だ。

「というか、最近の若いもんは、とか言い始めたらもう年だよねー」
「んなっ!?」

 ガガーン、と、黒井先生はバックに雷を背負って驚愕する。

 あー、言っちゃったよ、オイ。そこは思っても言わないで置いてやるのが優しさだろう。

「そーか……こないなこと言い始めたら年か……」
「あ、あの先生ー?  大丈夫ですよ。先生なら」

 こなた、それはなんの慰めにもなってないぞ。

「ええんや。若いもんは若いもん同士で楽しんだらええ。私は帰るわー」
「いや、あの、黒井先生?  そう気を落とさないで。僕が先生みたいな人に言い寄られたら、きっとクラっとしますし」

 男ゆえのフォローを入れる。
 効果は、割と僕の予想に反して劇的だった。

「ホンマかっ!?」
「え……?  いや、その……はあ、まあ」
「聞ィーたか、泉!  大学生にこんなこと言われるって、先生もまだまだ若いっちゅーことや!
 なんや、ええ青年やないかっ!」

 バシバシと背中を叩かれる。
 ……こう、ちょっとした社交辞令に大げさに喜ぶところが年……いや、言わぬが華か。

「はあ、そうですね」
「気に入った!  私が頼んだチーズバーガーくれたるわっ」

 ええー?  僕、今そんなにお腹減ってないんですけど。

 自分が頼んだメニューを一式、僕に押し付けると、黒井先生は機嫌よく帰って行った。鼻歌まで歌っている。

「……すごい先生だな」
「すごいよー。プレイヤースキルも高いしね」

 いや、オンラインゲームの話は置いておけ。

 しっかし、前の巫女の双子といい、こいつの知り合いは濃いのばっかりか?
 ったく。



戻る?