――――――――――その一『まもって◯◯◯天編』――――――――――



 それは森近さんに頼まれ、外の世界の品の説明をしている時だった。

「っとと」

 少し身じろぎをした拍子に、棚の上に置いてあった小物が落ちてくる。

「すみません、森近さん」
「いや、いいよ。壊れ物ってわけでもないし」

 ひょい、とそれを拾い上げ、しげしげと見る。
 それは手の平くらいのサイズの八角形の輪っかであり、輪には模様として星座っぽいのが刻まれている。

「んん?」

 なんか、魔術的な品っぽい。
 興味を惹かれた僕は、森近さんに詳細を尋ねた。

「森近さん、これ、なんですか?」
「ああ、それかい? それも魔理沙が拾ってきたのを引き取ってきたもので、名を支天輪という」
「支天輪?」
「うん。これは、古代中国の文献に登場する霊験あらたかな道具でね。『支天輪の中を覗けし者、あらゆる災難をはねのける「守護月天」の守りを得よう』という伝承がある。手持ちの文献に載ってる図と同じものだから、本物で間違いないよ」

 へえ、聞いたことない。僕、中国系は専門外だからなあ。
 ひょい、と輪を覗いてみる。

「……なんも見えませんが」
「そうだよ。僕も見えなかった。文献には、心の清い者にしか輪の中に光は見いだせない、ともあるからね」

 心の清い……そりゃ、僕には見えないよな。それなりに品行方正だと自負しているが、そんな謂れのある道具に選ばれるほど聖人ではない。僕程度で見えるくらいなら、大体の人は見えるだろう。

「ちなみに、拾った張本人の魔理沙は?」
「純粋ではあると思うけど、心が清いというのはいささか無理がないかい?」
「まあ、そうですね」

 うん、間違いない。

「でも、守護月天ってなんですかね」
「さあ。その辺の詳しいことはわからないね。僕の能力で見たところ、この道具は『星神を呼び出す』という用途だけれど」
「呼び出す……召喚系? 星神っていうと、星座の神様ですか」
「まさか本物の神を呼び出すような道具ではないだろう。北斗星君みたいな神格を呼び出すような道具だったら、酷いことになるよ」

 そりゃそうか。なら、星座の力を持った某か、なのかね。推測の域を出ないが。

「ちょっと気になりますけど、確認はできませんねえ」
「ああ、そうだね。僕もこいつを覗ける人間がいないか考えてみたが、いない」

 森近さんはそもそも店に引き篭もりがちで知り合いが少ないし、僕の知り合いの里の喪男共は無理だろう。人妖はハナから論外である。

「ま、しかし、この輪自体も中々見事な造形だ。部屋に飾る分には悪くない」
「ですかね」
「非売品だよ?」
「……いや、別に欲しいとは言ってません。返しますよ、今」

 はい、と森近さんに手渡す。と、ふと手元が狂い、支天輪を取り落としてしまった。
 支天輪は二度、三度と転がり、雑多に積み上げられた商品の隙間に潜り込んで視界から消えた。

「あちゃ」

 こんな道具を二度も床に落として、罰が当たったりしないだろうか。
 すみません、と森近さんに謝りながら、支天輪が転がり込んだ隙間に手を伸ばし、

「……あれ?」
「どうしたんだい?」
「いや、支天輪がなくて……あれ? ここに入りましたよね」

 うん、見間違いじゃない。間違いなくこの隙間に潜り込んだはずなのだが……見当たらない。
 変に転がって遠くに行ったのでもない。つーか、この隙間はそんなに広くない。

「うん? どれどれ」

 森近さんが僕と同じように覗き見る。……しかし、やはり見当たらない。

「……ここらの商品、どかして探しましょうか」
「いや……必要ないよ、これは」

 うん、と森近さんは一つ頷く。

「? どういうことですか」
「恐らく、だけどね。支天輪は、まだ幻想入りするべきものじゃなかったんだろう。だからきっと、現世に舞い戻ったんじゃないかな」
「そんなことあるんですか?」
「あまり例はないけどね。特にああいう主を求めるような道具は、基本的にあるべき人の所に行くものだから」

 と、すると、外の世界に支天輪を持つべき人がいるのだろうか。
 ……どんな人だろうね、この現代社会で心の清い人っつーと。中国の道具だが、この幻想郷に一度でも来たということは、案外次の主人は日本人なのかもしれない。

「それはそれとして、なくしたのは君なんだから、あれは買い取ってもらうよ」
「……非売品って言ってませんでしたっけ」
「僕は売る気がなかったというだけで、適正額はちゃんと算出してある」

 ……凡ミスで余計な散財をしてしまった。
















 後日。

 近所の中学校で不思議な生物が現れたり、道具がまるで意志を持っているように動いたり、なんか道行くものがとりあえずデカくなったりといった意味不明な噂が流れ、

「太助様」
「たー様」
「主殿」

 なにやら明らかに人間じゃない三人の美女、美少女――しかも、うち一人は以前見た支天輪持ってた――に囲まれた中学生とすれ違ったりしたのだが、

 ――まあ、噂を聞くに、普通にラブコメしているだけなので、僕は見て見ぬふりを決め込むのであった。



















――――――――――その二『ながされて◯◯島編』――――――――――



 それは、ちょっとしたバカンスのつもりだった。

 バイオレンスな日々の、一時の清涼剤。幸いにして、大学は夏休み。時間だけは無駄にある。

 たまには旅行でも行こうか、と旅行雑誌を買いに出かけたのが一昨日。
 幻想郷で、その雑誌を斜め読みしていたのが昨日。

 南の島のあたりを見ていた僕に、スキマと共に博麗神社に遊びに来た藍さんが『それなら、知り合いの九尾に聞いたいい島があるよ』とアドバイスしてくれた。

 思い立ったが吉日とばかりに、僕はふらふらと太平洋の上空を飛んでいるわけなんだけど、

「ああ〜、素直にどっかのツアーでも申し込めばよかった……」

 ただいま絶賛後悔中である。
 藍さんの紹介してくれた島は無人島らしく、当然船や飛行機などの交通は通っていない。

 必然的に、飛んでいくしかないんだけど……流石に、直近の島から片道数百キロの道のりはキツイ。
 大体、地図とコンパスを頼りに行っているから、ちゃんと辿り着けるかも怪しいし。

「……早まったかな」

 もう遅いが。
 星の動きは魔法に必須なので、一応僕は天測が出来る。星の位置からして、そろそろ目的の島に……あ、あれかな?

「やっとついたかー」

 帰りのことを考えると正直気が重いが、まあ今は辿り着いた喜びに浸ろう。
 道中の食事に持ってきたカロリーメイトは尽きたし、腹も減ったがとりあえずは寝て……って、あれ?

「……明かり?」

 それは、確かに人の住んでいる証。
 人工的な光が、島の西側にぽつぽつと。

「ん〜?」

 出かける前、一応ネットで確認してみたけど、藍さんの紹介してくれた島は、確かにまだ発見されていないのか情報がなかった。この現代社会で、んなことがありえるのかどうかはわからないが、事実として世界地図にも載っていなかった。

 さて、だとするとなんで明かりが……まあいいか。着いてから住人に聞けば。日本語か英語、通じるかなぁ。

「るーららー、っと。なんか、いい予感がするんだよねぇ」



 そして、僕の藍蘭島での日々が幕を開けた。











「えっとぉ、こんにちはー」

 とりあえず、上陸して一番近くにあった家の扉をノックする。
 というか、家のつくりが和風だな。幻想郷と大体似たようなつくりだ。

「はーい。……って、誰?」

 あ、日本語通じる。

「ああ、はじめまして。僕、ここに観光に来た、土樹良也っていいます。えっと」
「あ、私はすずっていいます」

 あ、けっこう可愛い。
 うーん、多分中学生くらいなんだろうけど、胸がでかいな。

 ……いや、流石に中学生に本気でどうこうなんてないですよ?

「行人ー! ちょっと来てー」
「はいはい。どうしたの、すず……って、え?」

 出てきたのは男の子。兄妹……って感じでもないけど、えーっとどこかで見たことあるような。

「えっと、も、もしかして……良也さん!?」
「……えーっと、僕を知っている君は、うーんと」

 どこかで会ったことあるんだよ。多分、大学入る前。つーことは実家にいたころで……近所の子、じゃないし、それ以外だと……

「あっ! 東方院さんところの行人くん!?」

 そう、確かうちの爺ちゃんの(ケンカ)友達の東方院さんところの子供だっ! 爺ちゃんに連れられて、遊びに行ったことがあるっ。

「な、なんで良也さんがここに!?」
「え? 観光」
「か、観光?」

 と、いうか、入植していたんだ、この島。
 無人島でサバイバルなバカンスを楽しむつもりだっただけに、ちょっと残念。

「ど、どうやって来たんですか!? 船ですか?」
「そ、それは秘密」

 飛んできた、とは言えるはずもない。

「っていうか、どうしてそんなに驚いているんだ?」

 知り合いに会うだけでここまで驚くとは思えないが。

「どうしてもなにも、この藍蘭島は外から出入りできないんですよ!?」

 へ?

 ……で、説明を受けた。
 潮の関係で、ここは船ではどうやっても出入りできない島らしい。外から中へは嵐の日とかは入れるらしいけど。
 んで、さらにここは元々無人島で、遭難してきた人が生活している、と。明治から。

「うわぁい」

 なにそれなにそれ。幻想郷みたいに、隔離された世界ってこと? こっちは物理的にだけど。
 しかし、明治からっつーと、もう完全に一つの社会になってしまっているじゃないか。

「だから、どうやって来たのか気になるんですっ」
「あ〜、その、うん。飛んできた」

 ここまで特殊な状況なら、バラしても仕方ないだろう。ていうか言い訳が思いつかない。

「飛行機ですか?」
「いや、自力で」

 こんな風に、と飛んでみせる。……あ、行人くんが固まった。

「一体どんなトリックを使っているんですか?」
「いや、これは霊能力みたいなもんで。僕、魔法使いだから」
「またまた。僕をからかおうたって、そうはいきませんよ。人間が空を飛ぶなんて、そんなオカルトあるわけないじゃないですか」

 真っ向否定!? そりゃ最初から無条件に信じられるのもどうかと思うが、それってどうよ。

「こ、これでどうだっ!」

 空に向けて霊弾を放ったり、火球を作ったり、突風を巻き起こしてすずちゃんのスカートがめくれ行人くんが鼻血噴き出したり……最後、なんで僕の角度からは見えなかったんだろう? いや、残念なわけじゃないよ、うん。

 い、いや、とにかく。そこまでやって、『さあ、どうだ』と聞いてみたら、

「凄い凄い。良也さんは凄腕の手品師だったんですね」
「おおい!?」

 まったく信じてない、無邪気な笑顔で拍手をされた。
 まさか、ここまでやっても信じてもらえないとは……最後の手段で、頭でも吹っ飛ばして、生き返るところを見せるか? ……それは僕がゴメンだ。

「わかりました。良也さんは、どうやってここに来たのか、明かしたくないということですね」
「……いや、まあ、もういいや」

 説明する気力を失って、僕はがっくりと項垂れた。
 まだ若いくせに、なんでこう頭が固いんだろう……

 なんて、たそがれていると、ちょいちょいと肩を引っ張られた。

「ん? すずちゃん?」
「あの……」

 と、行人くんと同棲しているらしきすずちゃんは、おもむろに僕の胸を撫でた。……な、なに?

「す、すず?」
「行人。この人も行人と同じ男?」
「そうだよ。……ああ、そうか。良也さん! 来てくれて助かりました!」

 は、はい? 男って……そりゃ、僕は正真正銘、純度百パーセントの男の子ですが、それがどうかした?

 ……んで、話を聞いてみて驚いた。
 なんでも、この島は行人くん以外、人間の男は存在しないらしい。

 事故で全員死んでしまった、ということだが……

「ふ、ふーん」

 なんとか、ツッコミたいのをこらえた。
 え? ってことは、行人くんって、島単位のハーレム状態? 少なくとも、すずちゃんは将来が楽しみな美少女だ。なんていうか、自分の中学生時代を思い出すと、殺意の波動が抑えられないというか。

「これで、少しは失血死の心配がなくなるかも……」
「失血?」

 で、さらにそれについても聞く。
 なんでも、行人くんは鼻血が出やすい体質らしく……簡単に言うと、エロいのを見ると、すぐ鼻血が出るらしい。んで、男に対する免疫がないこの島の少女達は、そういうのに無防備すぎ……実際、何度も死線を彷徨ったとか。

 で? なに、このリア充。

「行人くん、失礼」
「って!?」

 行人くんから、髪の毛を一本頂戴する。
 ……うん、ここはあれだ。どこぞの漫画の彼のやり方を真似るべきだろう。何故かリュックに入っていた藁人形に、その髪を埋め込み、これまた何故か持っていたトンカチで五寸釘を打ち込む。

「チクショウ、チクショウゥゥーーー!」
「ぐわぁ!」

 胸を押さえて苦しむ行人くん。
 ちなみに、僕の嫉妬の心が篭っているだけで、命に別状はない。それほどひどい痛みでもない……はずだ。

「ハハハハハーー!」

 我ながら壊れた笑い声を浮かべながら、狂ったように釘を打つ。悪ノリしすぎな気も、しなくもない――って、ん?

「行人様になにしているのっ!?」
「ぐはぁ!?」

 と、突如隣から凄まじい霊力を感じたかと思うと、なんかでかいのに僕は吹き飛ばされた。

「ごっち! 徹底的にやっちゃって!」
「痛い!? なんかこれ、噛んでる! 僕の腕噛んでるって!」

 どたばたと、いきなり襲い掛かってきた白いのを振りほどこうと、必死になる僕。
 暴れていると、視界の端に巫女服っぽい紅白の衣装を着た、ちっこいのがいた。

 ……ぐ、ぐう……彼女が、これをけしかけたのか?

「ええいっ!」

 噛まれている腕から霊弾を撃ち、口の中に撃ちこんでやる。
 流石にひるんだ白いのは、慌てて術者である少女の元に戻った。

 ……あれ、式神か?

「誰だか知らないけど、ちょっとはやるみたいね」
「いきなり襲われて、大人しく黙っているほどお人好しじゃないぞ、僕は」
「行人様を襲っておいて、よくも」

 ……いや、まあ、ね? なんつーか、ノリ?

「てるてるまっちょ! 一式、二式、三式!」

 さらに、覆面のマッチョと、こうもりが三匹出てくる。……お、多いな。ていうか、強いのね、この巫女さん……が、甘い。

「ナメんな! 風符『シルフィウインド』!」

 全力で発動したスペルカードで応戦する。

 ……ていうか、なんで僕は、こんな子供相手にムキになっていたんだろう。と、冷静になれたのは、マッチョ姿の幽霊に関節技をくらって、タップしまくった後の話である。



















――――――――――その三『◯◯の使い魔編』――――――――――



 それは、自分の能力……『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力の、新しい使い方を試していたときのことだ。

 僕は自分だけの世界を創っていても、結局は元々の世界の上に創っているに過ぎない。
 しかし、この能力は本来、元々の世界に立脚しなくてもちゃんと自分だけの領域を創れるはずなのだ。

 もしこれに成功すれば、元々の世界からはどうやっても干渉できない(代わりにこちらからも干渉できない)絶対防御完成! 理不尽な死亡フラグを回避することが可能になるはずっ!

 パチュリーの図書館の蔵書を調べまくり、そういうことが可能だと結論付けたのがつい先日。まさか今日この日に成功するとは思えないが、モノは試しである。

「よっしゃ、やったるかぁ〜」

 軽い気持ちで、自分の世界を強く意識する。いきなり広い範囲は難しいので、半径二メートルに固定。

 徐々に、世界から飛び立つつもりで意識を集中すると、

「お、お!?」

 なんかうまくいっている気がするっ!
 やっべ、こんなにほいほいうまくいくなんて初めてじゃね!?

 景色が薄くなっていき、僕は元々の世界から飛び出す。例えるなら大気圏突破?

『宇宙の果てのどこかにいるわたしの下僕よ』

 ……あ? だ、誰かの声?

 んなわけねぇ。今、僕は普通の世界からはズレたところにいる。声はおろか、実はもう光さえ届いてないんだけど。

『神聖で美しく、そして強力な使い魔よ』

 き、気のせいじゃない、よな?

 な、なんかヤバい。帰らないと……

『私は心より求め訴えるわ』

 続けて聞こえる声に、なんやわからん危機感が募る。

 ……しかし、さて。ここで問題。

『我が導きに答えなさい!』

 僕は、既に元々の世界から離れてしまった。よって帰らなければいけない。

 ……どうやって?

 そんな疑問がよぎるのと、目の前に光の扉が現れ、そこに吸い込まれるのがほぼ同時で、

「は?」

 ペッ、と、僕はいきなり上空千メートルくらいのところに放り出された。

「う、おわああああああああああああぁぁぁぁぁあーーー!!?」





















「……セーフ」

 地面にプチッと潰れる直前、なんとか我を取り戻して飛行することに成功。

 別に死んでも死にゃしないけど、生き返るのもそれはそれで疲れるし。

「あんた誰?」
「はい?」

 声をかけられて、僕の目の前に女の子が立っているのに気付いた。
 それどころか、その後ろにも似た年頃の少年少女がいっぱいいる。全員、似たような服だから、学校、かな?

「あ、ああ。僕は土樹良也。いたってフツーの……」

 普通の、なんだというんだろう? 今、別に定職があるわけじゃないし……

「普通の、夢追い人だ」

 慌てて地面に着地して、そう結論付ける。夢追い人、なんてステキな職業だ。

「ゼロのルイズが人間を呼び出したっ!」
「空を飛んでいたわよ。貴族? でも服装は平民にしか見えないけど」
「いや、それより空を飛んでいたのに、杖を持っている様子がないぞ」

 さて、なにやら先ほどの浮遊術をバッチリ目撃されたらしい。やっべ、言い訳しないと……手品とか。うん。

「ミスタ・コルベール!」

 んで、僕の目の前に立っている桃色の髪の少女が、ハゲたおっさんに声をかけた。

「なんですかな。ミス・ヴァリエール」
「やり直させてください! 平民を使い魔にするなんて、聞いたことありませんっ!」

 は? 使い魔?

 あれだ、式神の西洋版。端くれとはいえ魔法使いである僕にとっちゃ別に普通の単語だが、あんまり使う言葉でもないだろ。

 ……っていうか、ここどこだ? 幻想郷じゃないのは間違いないけど……外の世界?

「それは駄目だ。この使い魔の儀式は神聖なるもの。いくら呼び出した使い魔が気に入らないとは言っても、やり直すことは許されていない。いくら納得がいかなくても、君は彼を使い魔としなくてはいけない」
「でもっ! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
「彼は貴族かもしれないよ。先ほど空を飛んでいたじゃないか」

 バッチリ目撃されてましたかっ!? マズイ。スキマに殺される。三回くらい。

「でもっ!」
「これは伝統だよ。ミス・ヴァリエール。始祖の時代から続く伝統だ。さあ、この後の予定もある。早く儀式を済ませなさい」
「ぐっ……」

 いかんなぁ。今更こんなポカをするなんて。

 外の世界での能力制限なんて、とっくに頭に叩き込んだと思ってたんだけど……まあ、緊急避難緊急避難。でもスキマがそんな言い訳聞いてくれるわけないし。

「ねえ」
「うおっ!?」

 考え事をしていたら、目の前にさっきの女の子の顔があった。つーか、近いっ!

「あんた、感謝しなさいよ? 貴族にこんなことされるなんて、普通一生ないんだから」
「は? なにが?」
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。このものに祝福を与え、我の使い魔となせ」

 それは言霊だった。魔法を発動するための、力ある言葉。
 と、同時に、ルイズとか言う少女から魔力が吹き出る。

「一体なにを唱えて……って、なにっ!!?」

 少女は、僕の顔を両手で挟んで顔を近づけてきた。

「ま、待て! 一体君はなにをしようとしているんだろう!? さあ、客観的に自分の姿を見てみよう。ワン・ツー・スリー!」
「じっとしてなさい」

 自分でもわけわからんことを言いながら抵抗するも、無論本気で抵抗できるはずもない。
 いや、ほらね。一体いかなる理由があろうと、こんな美少女にキスされそうになって逃げる輩は、多分そいつ男として終わってるっつーか。

「ん……」
(あ、柔らかい)

 僕とて、年は三桁に届く。これくらいで興奮するほど子供でもないんだけど、純粋にこう、幸せだなぁって感じ?

 あ、ロリコンじゃないぞ。僕、見た目的にはまだ二十歳から変わってないし。

「……終わりましたっ!」
「赤くなってる?」
「なってないっ!」

 おお、こわ。

「うん。『コントラクト・サーヴァント』はうまくいきましたね」

 さっきのハゲの人がそう言うと、周りの別の少年たちが野次を飛ばした。

「そいつがただの平民だから成功したんだよっ!」
「幻獣だったら失敗していたね!」

 さっき僕にキスした娘、ルイズはキッとそいつらを睨み、

「たまには成功するわよっ!」

 言い返した。

 っていうか、なんだこの状況。身体も熱くなってきたし……って、はい?

「あ、あっつ!? アチチチ!?」

 な、なんだっ? 左手に魔力が集まって……

 と、身を焼いていた熱さは、始まったときと同様に唐突に引いた。

「ふむ」

 そして、いつの間にかハゲさんが僕の傍に来て、左手を観察していた。

「珍しいルーンですね。……調べておきますか」
「え、えーと。あんたら、僕に一体なにをして……。と、いうか、ここどこです? これだけでも答えて欲しいんですけど」
「ああ、急に召喚したからね。ここはトリステイン王国の魔法学院。私は教師のコルベール。詳しいことは、君の主人に聞きなさい」

 さあ、みんな行くよ、とハゲ改めコルベールさんが連中を促す。

「ルイズ! お前はちゃんと歩いてこいよっ!」
「そろそろ『フライ』くらい使えるようになれよっ!」

 口々に、ルイズになんか言いながら連中は……飛んだ!?
 え? なに? 全員?
 っていうか、魔法学院? ホグ○ーツ? いやいや、ありえな……くもないのか? 幻想郷みたいに外部から隔離された世界なのか!?

 トリステイン王国という聞いた事のない国。非行……もとい飛行少年少女。さらにさっきルイズとやらが使った魔法……
 全てが僕の推理を裏付けている。

 僕は頭を抱えた。かつて、交通事故って冥界、ひいては幻想郷に着いてしまった記憶が蘇る。

 空を見上げた。そして大きく息を吸って、とりあえず吼えてみた。なにに対してかは知らない。きっと世の理不尽だ。

「またかよっ!!?」



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