月村のお家。
 結構な高級住宅街に位置し、敷地面積は近隣でも有数。敷地内には広い芝生に、いつの時代の貴族だと言わんばかりの豪邸、そしてなんと小さな森まであるという金持ちっぷりである。
 そんな広さを生かして、庭には家主が作ったちょっと違法っぽい警備装置が侵入者を今か今かと待ち受けているたりもする。

 そして僕は、そんな庭で何故か恭也と対峙していた。

「……なあ、本当にやるのか?」
「ええ。お願いします」

 嘆息する。

 僕はファリンのメンテナンスのため月村家を訪れたわけだが、恋人宅に来ていた恭也とばったり遭遇。
 それだけならなんともないのだが、この男、いきなりとんでもないことを言い出したのだ。

「……魔法に対抗するための訓練、ねえ」
「はい。そういった不思議な力を持つ相手も、今後出てくる可能性があるので」

 恭也がバイトでやっている護衛の仕事。元本職である高町さんの話によるとオカルト的な手管を使う輩が来ることもあるらしい。
 また、夜の一族である忍は、それなりに敵も多い。当然そういった事態へのリスク管理も行っており、そうそう襲われたりなんてしないらしいが、万が一敵が現れた場合、妖怪やら魔術師やらが混じってくる可能性がある。

 そういった未来が予想できる状況に、恭也は内心焦りを抱いていたらしく……
 ……だからって、僕を訓練相手に指名するなという話である。

「とりあえず、威力は抑えたやつで撃つけど、怪我すんなよ」
「よろしくお願いします」

 はあ、と溜息をつく。
 しかし、真摯な頼みごとに頷いたのは僕だ。やるからには真面目にやらないといけない。

「ふ、二人共頑張ってくださーい」
「恭也〜! ぶっ飛ばせー!」

 ……普通に応援しているすずかちゃんはともかくとして、スナック菓子片手に完全に見物体勢の忍は後でどうしてくれようか。
 どうしよう、霊弾があっちに逸れても、一発だけなら誤射かもしれない。……いや、すずかちゃんがいるから使えないな、この手は。チッ。

「じゃ……いくぞ!」

 僕は宣言とともに、数十発の弾幕を恭也にブッパする。

「ふっ!」

 僕みたいに空を飛べるわけでもない恭也では、初見で躱し切ることなどできない――というのは、いささか御神の剣士を舐めすぎていた予想だった。
 上下には移動できない二次元の機動だというのに、僅かな隙間を見つけて恭也は弾幕を避け、ルートを見つけたのか一気に僕の方へ疾走してきた。

「っっ! ええい!」

 狙いすました霊弾を撃つ。
 数に任せたものではなく、精密に狙いを絞った一撃だ。

 普段はこんなことをしたりしないが、足で走っている以上、恭也はそう簡単に方向転換はできない。スピードに乗ったところで真正面から弾が迫った来たら、どうあっても対処は難しいだろう。下手に左右に避けようとすると、こける可能性も――

「はっ!」

 一閃。

 殆ど僕の目には映らないほどの身のこなしで、恭也が腰の小太刀を抜刀。霊弾を両断し、威力を殺した。

 ――ええい、予想はしてたけど、マジで斬ってきたか!

 しかし、こっちに近付くごとに弾幕の密度は厚くなる。果たして、いつまでそうやって対処できるかな……?

 なんて考えていると、恭也があらぬところで腕を振る。
 別に弾を斬るわけでもなく、一体何の……

 と、疑問に思うのと、腕になにか細いものが絡まる感触がしたのがほぼ同時である。

「せいっ!」
「うお!?」

 恭也が腕を引くと、僕の腕に絡まったワイヤーが締まり、向こうに引き寄せられる。
 なんとか踏ん張るが、思わずたたらを踏み、

「あ」
「勝負あり、ですね」

 そうして一瞬、弾幕が途切れた隙に、恭也が目の前に迫っていた。速えよ。庭の土抉れてるし、例の、なんかとんでもなく速くなる歩法使ったな?
 高町さんの修行を五体満足で潜り抜けた恭也は、今では短い使用ならほぼ回数を無視して使えるという話だが、

 ……これは、逃げられんな。

「……降参」

 僕が手を上げると、恋人の勝利に忍が『よっしゃー!』と歓声を上げる。

 ……ええい、畜生。










「いやー、恭也はやっぱり強いわねえ。全戦全勝だったじゃない」

 あの後、数回、シチュエーションを変えて戦ったりして。
 ……結局、僕は一本も取れずに終わり、ぶすっとした表情で月村邸のテラスで紅茶を飲んでいた。

「あのな、忍。今日はあくまで訓練なんだ。勝ったなんて言えないぞ。……すみません、良也さん。忍が」

 いかん、気を使わせてしまった。いや、不機嫌なわけじゃないよ、ちょっと悔しいけど。

「いや、いいよ。一本くらい取れると思ったんだけどな」
「でも、良也さんが本気を出せば、俺は勝てないでしょう?」

 いや、なにを言っているのか、この男は。
 いきなり背後に瞬間移動したり、空間曲げて軌道変えたり、三倍速で動いたりしても当然のように対処してきやがったくせに。あれで駄目なら、僕はほぼ打つ手ないぞ。

「……いや、本気出しても勝てる気はしないんだけど」
「でも、俺は良也さんがほんの十メートルも飛べば対処のしようがありません。剣は届きませんし、鋼糸も飛針も上への射程は狭いですし」
「あー」

 確かに、十メートルと言わず、何十メートルか空飛んで爆撃すれば、負けはしないな、負けは。
 逃げ切られる予感しかしないが。

「それに良也さん、他に俺の知らない手札も持っているでしょう?」
「まあ……」

 スペルカードは今回使わなかったし。
 炎系とかを放てば、熱で炙られ酸素が奪われ、剣士は無力化……出来るか? なんかその場合、本気の本気でぶった斬られる気がする。

「そういうわけで、良也さんのような魔術師が出た時の対応としては、まだまだ足りないというのが俺の意見です」
「……でも、威力上げたりすると危ないしなあ。食らったら人間なら死……いや、たまに(僕を含めて)何故か死なない人間もいるけど、まあそのくらいの威力は出せるし」
「うーん、それなら、一度体験しておきたいところですが」
「駄目。恭也の腕前は知ってるけど、下手したら死ぬようなことは僕にゃできない」

 何が悲しくて昔から知っている子に本気魔法を出さなきゃいけないんだ。さっきの訓練の霊弾は、食らってもヒリヒリする程度――最悪でも打撲がせいぜいな威力に調整したからやったけどさ。

「大体、訓練する場所がない。火の魔法とか使ったら、この家くらいなら軽く全焼するんだぞ」
「うげっ、物騒ね」
「水だと、庭が泥濘になるし。風……庭木が切れるな。土……穴ぼこだらけになる」

 ……うん、冷静に考えたら、マジで場所がない。何もないだだっ広い荒野とか、日本には少ないし。私有地となるともっとだ。

「それなら、恭也さんもブレイブデュエルやりませんか?」

 と、そこでテラスに集っていた猫をあやしていたすずかちゃんが口を挟んだ。

「ブレイブ……デュエル? って、あれか。なのはやすずかちゃんがやってるゲームか」
「はい。あれなら、さっき良也さんがやってたような魔法も、それい以外にも色々な魔法も使えますし……」
「しかし、所詮はゲームだろう?」

 懐疑的な恭也だが、実際にプレイしている僕としてはまた違う意見である。

「いや、悪くないぞ。あのゲームの中なら、動く感覚は現実とまったく一緒だし、僕の魔法と似たようなことも色々できるし。身体は鍛えられないかもだけど、経験としては悪くないんじゃないか?」
「現実と一緒? そんな、まさか」
「いや、本当よ、恭也。私もちょっとだけやってるけど、空飛べたり実際より早くなったりはするけど、感覚の違いはわからないし。身体能力も、キャラを調整すれば現実と一緒にできるんじゃないかな」

 忍の補足に、恭也はますます難しい顔になる。ゲームなど友達の付き合い程度しかやったことがない恭也では、最新のバーチャルリアリティゲームの圧倒的現実感なんて想像も付かないのだろう。

「ものは試しってことで、一回やってみない? すずかに勝てなくてさ、ちょっと援軍お願い」
「お前……」
「この子ちょっと強すぎるのよー」

 えへへ、とすずかちゃんが照れる。
 忍も上手いのだが、周りのレベルの高さに引き摺られてか、それとも才能か。後方支援型のアバターの癖に、前衛に出て防御やサポートをこなし、トップチームの一員として活躍する妹の後塵を拝しているのである。

 まあしかし、それはそれとして、だ。

「二対一は卑怯なり。こうなったら僕がすずかちゃんサイドに入るしかないな」
「ちょ――!? グランプリ本戦出場者が大人げないわよ!」
「小学生の妹相手に二人がかりのお前が大人げないとか言うか」

 ゲームの実力的にはそれなりに釣り合いが取れているが、傍目には虐めにしか見えねえ。ブレイブデュエルはアバターが本人そのままだし。

「私と良也さんのタッグだと、相性かなりいいので、お姉ちゃんも返り討ちですね」
「だな」

 防御と僕の大雑把な攻撃の隙間をすずかちゃんに埋めてもらうと、ちょっと洒落にならん連携となる。
 ダークマテリアルズのメンバーのタッグとも互角にやりあえる布陣だ。

 なお、逆に僕と相性が悪いのはフェイトとかバニングスとかレヴィとか、前に出て、しかも動きが速い系の近接アタッカーである。フレンドリーファイア的に。

「あーもう! こうなったら恭也、ガチでやるわよ。大丈夫、私がアバターカスタマイズしたげるから」
「いや、俺の特訓が……」
「そんなのは後で! よーし、早速、T&Hに……いや、恭也の適性は間違いなくベルカだから、八神堂に行って登録しましょう!」

 ぐいぐい、と忍が恭也を引っ張っていく。
 去り際、なにやら恭也から助けを求める目で見られたが、僕は見えないふりをした。あのテンションの忍に関わると碌な目に合わないのだ。

「紅茶のおかわりをお持ち……あら? 忍お嬢様と恭也様は?」
「出かけるってさ」
「はあ」

 ノエルさんが、折角淹れた紅茶を持ったまま困惑の表情となる。

「……紅茶、四人分あるのですが」
「ノエルとファリンも一緒に飲も。あ、私ファリン呼んでくるから」

 ててて、とすずかちゃんが部屋から出て行く。

 さて、明日はきっと、忍たちに対戦を挑まれるんだろうな。
 まあ、恭也は所詮初心者。軽くひねってやるとするか。










 なお、現実での剣腕を存分に発揮した恭也は、相応に強く、初めてとは思えない動きをした。
 まあ、何度かひやりとしたものの、流石に初心者に負けはしなかったのだが、

 ……こう、将来有望とは言え、小学生女子がペアの僕。
 美人でスタイルも良く、ラブラブ(死語)な彼女を侍らせた恭也。

 なんか、男としては完敗した気がして、内心少し凹むことになった。








































――もう一つの可能性






 季節は巡り、春。
 なのはちゃんとはやてちゃんの二人が時空管理局の嘱託局員として就職した。

 今日はそのお祝いとして、ちょっとしたパーティーが催されており、僕も招かれた。
 高町家の庭で行われるバーベーキュー形式の立食会。じゅーじゅーと、肉の焼ける音が食欲を刺激する。

 青空の下でビール缶片手に肉を食んでいると、こう、生きているという感じがする。

「どうも、良也さん。今日はわざわざ来てくれてありがとうございます」
「どうもですー」
「お、今日の主役か。二人共、おめでとう」

 やって来たなのはちゃんとはやてちゃんに手を上げて挨拶する。はやてちゃんは、今日は魔法のことを知っている人しかいないので、車いすではなく魔法を使って歩いていた。

 やって来た二人を、上から下まで観察する。

「……はぁ、しかし、そういう制服着てると、なんか大人っぽく見えるなあ」
「えへへー」

 真新しい白と青の制服に身を包んだなのはちゃんが照れ笑いを漏らす。
 なのはちゃんは武装隊? というところの士官からスタートし、将来的には教導隊入りを目指すらしい。

 ……教導隊、と言うと、自衛隊の富士教導団とかを連想するが、あれは確かスゲーエリートだったはずだ。
 異世界の制度を同じ次元で考えていいものかは判らないが、前見せられたムービーの戦闘映像や特訓風景からして、やはりなのはちゃんは才能豊かなのだろう。

「良也さん、私はー?」
「おう、はやてちゃんも似合ってる似合ってる」

 褒め言葉を送ると、むふー、と満足気にするのがはやてちゃんだ。
 特別捜査官という役職に就く彼女は、茶系の制服で、どうやら管理局は所属によって制服が変わるらしい。

「……しかし、制服のお披露目もいいんだけど、油はねとか大丈夫なのか」
「あ、大丈夫です。この服、ちょっとした汚れなんて洗濯しなくても自動で洗浄してくれるんです」

 おお、見た目は普通の制服だけど、そこは流石は異世界産と言うべきか。
 なお、二人に合わせてか、既に嘱託で働いているフェイトちゃんも制服姿で、なんとも華やかな雰囲気だ。

「……多少の連勤や徹夜でも着替えの必要がないから重宝するとか、クロノくんが言ってましたけど」
「そ、それはちょっと、ブラック過ぎないか?」
「執務官なんてエリートになると、大変らしいですよ。フェイトちゃんは自分はそこまでじゃないって言ってましたし」

 そ、そうか。高い報酬と地位が約束されているからこそ、か。
 ……いやいや、それでもあの年でその勤務体制はねえよ。彼の背がイマイチ伸び悩んでいるのはそのせいか?

 今日はよくよく羽根を伸ばしてもらおう。

 それはそれとして、

「明日から研修だっけ?」
「はい。春休みは、リンディさんの船で研修の予定です」
「フェイトちゃんも、本格的に働くために研修は一緒にやろうって。配慮してもらっとるみたいです」

 ……いやー、しかし、本当にこんな子達が働くんだなあ。
 ここに集った魔法少女三人娘は全員九歳。ティーンにも達していない子供が働くなど、日本の常識では考えられない。

 まあ、そのへんの話し合いは終わってるし、今更混ぜっ返すつもりはないけれども。

「頑張ってね。でも、学校の勉強の方も疎かにするなよー」
「はーい」
「わかってますってー」

 いい返事だ。まあ、なのはちゃんはもとより、聖祥の編入試験の成績を見るに、はやてちゃんも頭いいみたいなので、心配は無用だろうが。

「自分で選んだ仕事だし、頑張りますよー。私の魔法の力で、少しでも色んな人の悲しみを救えたらって、そう思います」
「…………」

 改めて思うが……なのはちゃんのこの考え方、どう考えても小学生じゃないよね!
 完全に大人と言うにはちょっと理想主義入ってる気がするが、こんな高い意識で仕事している人は大卒でもそうそういないぞ。

 というか、高町さんどんな教育したんだ、一体。僕も教師として教育学については当然学んでるが、九歳でこの発達段階は普通はありえない。かと言って、別に歪んでたりするわけでもないし……

 き、気にしても仕方ない、か。

「え、偉いぞー。まあでも、なのはちゃんはまだ子供だし、無理なところはちゃんと周りの人に相談するように」
「はぁい」

 とりあえず、新卒で入ってきた人向けに話す内容を伝える。いや、働き始めで張り切り過ぎる人、いるんだよね。わからないところや難しいところも一人で無理にやろうとしたり。
 悪い意味でなく、職場の先輩は新入社員に大きな期待はしていないのだから、そう肩肘は張らなくても良いんだ。

 わかってるのかなー。なんか、なのはちゃんの性格的に、手抜きとか他人任せとかできなさそう……

 ――数年後、この危惧は現実のものとなり、あわや大怪我というところで以前手渡したお守りが仕事をしてくれるのだが。それはこの時点では関係のない話である。

「私もなあ、なのはちゃんに負けないくらい頑張らんとあかんなあ」
「はやてちゃんもか……」

 局地的に精神年齢高い子供が集まりすぎてる。

 なんて呆れ半分、感心半分な気持ちで聞いていると、はやてちゃんがなにやら予想外のことを話し始めた。

「はいー。ちゃんとうちのみんなと、罪を償っていかないきませんから」
「……は?」
「? どうしました」

 い、いや、どうしましたって、

「罪って……なんのこと?」
「それはほら。うちの家族が、色んな人にご迷惑をかけて……良也さんも、襲われたそうやないですか」
「そうだけど、それってはやてちゃんは関係ない気が……」

 僕がこぼすと、はやてちゃんはちょっとムッとした様子で、

「関係なくはないです。家族なんですから」
「あ、いや、そういう意味じゃなくてさ。シグナム達が人を襲って怪我させたのは確かなんだろうけど、はやてちゃんに別に責任はないような」
「せやけど、私がもーちょいしっかりしとったら、ああいうことにならなかったと思いますし」

 え、ええー? はやてちゃん、そんなこと思ってたの?

 家族のやった犯罪を見落としてたって、それ罪にならないだろ。
 しかも、大人ならまだ『なんで見過ごしたんだ!』って言われるかもしれないが、この子くらいの年齢の子供が……しかも、魔法のことを禄に知らなかった当時のはやてちゃんが、シグナム達の動向を掴めたとも思えない。

 はやてちゃんはヴォルケンリッターの主だが、別に命じたわけでも犯罪教唆したわけでもなく……

 開き直れ、とは言わないが、はやてちゃんがその責任を背負い込むのは間違ってないか?

「あの、良也さん?」

 考え込んでて沈黙したところ、なにやら心配をかけてしまったらしい。

「あ、ああ、ごめん。まあ、はやてちゃんも、気楽にね」

 誤魔化して二人を他の人のところへ送り出す。
 ……とりあえず、これは相談案件だろう。





















「……って、話があったんだけど、はやてちゃんになにか罪状ってあるの?」

 鉄板で焼きそば作ってたクロノくんを、作り終わったところを見計らって呼び出して聞いてみる。
 彼の就いている執務官という職は、法律にも精通しているという話なので、こういう相談をするにはうってつけだ。

「……難しいところなんです」
「ないって断言できないんだ……」

 異世界の事情は複雑怪奇である。

「シグナム達みたいな魔法生命体の扱いについては、判例が少なくて。現在の見解は持ち主……主にその全責任が帰属するというのが主流なんですよ。使い魔や……言い方は悪いですが、ペットと同じような扱いです。ヴォルケンリッターの様子を見る限り、僕はまた別の扱いをするべきだと思うんですが」

 おっふ……

「僕ははやてについては無罪を主張したんですが、今回の判決では、はやては保護観察、その他のメンバーは執行猶予の上、労働奉仕をすることで決着となってしまいました。実際のところは、はやてにも働けと言っているも同然なんですが、ゴネてもより悪い結果にしかなりませんでしたので……」
「そ、そうなんだ」

 詳しい裁判の経緯は聞いていなかったが、まさかそんな話になっていたとは。はやてちゃんは証言とか位しか関係していないんだろうな、と思い込んでいた。

「それに、闇の書……夜天の魔導書については、過去の被害者が多すぎるんです。裁判官の心証も、必然、悪いものとなっていまして」
「いくらなんでも、それははやてちゃんには関係ないだろ!?」

 過去の……って、夜天の魔導書の転生前ははやてちゃんが生まれる前って話じゃないか。犯罪をした人が借りてた部屋に、別の入居者が入って、その人にも罪を追求するとか、それくらい滅茶苦茶な話だぞ、それ。

「被害者の感情はままならないんですよ。……僕も、はやてはともかく、その他のみんなに思うところが一切ないと言えば嘘になりますし」
「あ、ああ。そういえば、そうなんだっけ」

 クロノくんの父親も、犠牲者らしい。

「それでも、それで判決を歪めるのは許されません。大体、日本国民のはやてに、ミッドの法律を適用すること自体アウトですから……」
「そ、そういえばそうだ」

 考えてみれば、条約も結んでいない他国の司法に従う謂れはねえよ!

「だから、『本人の同意を得て』保護観察という結果になったわけなんです。ちなみに、先程の見解とは矛盾しますが、シグナム達はミッドチルダの住人として裁判が行われました」

 なんかもう、色々と特殊なケースだったんだな。クロノくんの顔からも、苦労が滲み出ている。

「幸い、保護観察の担当はレティ提督……あちらでお酒を呑んでいる方が引き受けてくれましたので、不当な扱いはされないはずですが」
「あの人、見てたけどビールやら焼酎やら、色々ちゃんぽんで呑みまくってたような。……大丈夫なの?」
「……有能で、人情にも厚い人なんですよ」

 ふいっ、と視線を逸らされた。……まあ、信頼はできるんだろう、うん。なんかはやてちゃんも懐いてるっぽいし。

「とにかく。良也さんの懸念はわかりました。はやてに責任がないことは何度も言ったんですが、僕や母さんからも、もう一度話してみることにします」
「理詰めで言ったほうが良いと思う。なんか、感情的にはすごい責任感じてるみたいだから」
「はい」

 説得するのが過去の被害者であるクロノくんやリンディさんだってのは大きいだろう。
 一応、現代の被害者である僕からも、ちょくちょく言うようにしよう。なんかあのままだと、頑張り過ぎそうで怖い。表情がなんか思い詰めた感じだったし。

「今回の判決は、管理局の管理外世界に対する対応の、良くないところが出た感じです。僕も、そろそろ上に行って改善しないと、って思ってるんですよ」
「……上?」
「フェイトを養子にするに当たって、母さんが数年後にはデスクワークの方に回ろうかなって言ってて。僕も同じくらいの時期に提督資格の試験を受験できるんで、狙ってみようかと」

 この若さで数年後に提督が狙える……なにかとてもおかしなことを言っているような気がする。
 なのはちゃんたちの就職の件といい、どういう組織なんだ、マジで。それとも、ここに集まった子供が特別優秀すぎるのか?

「とにかく、相談していただいてありがとうございました」
「いや、もうはやてちゃんもうちの生徒だし」
「それを言うなら、僕にとっても直接ではないとは言え部下ですよ」

 同じようなこと言ってる。

 そのことに妙なおかしさを感じて、お互いにちょっと笑う。

「……よし、話は終わり。クロノくん、お酒は? ちょっとくらいどう?」
「いや、呑ませようとしないでください。無理ですよ」





 そんなこんなで。
 僕や他のみんなの説得が効いたのか、しばらくすると、はやてちゃんも大分無理をしている感じがなくなり。

 大人になったら、硬軟織り交ぜた対応のできる有能な指揮官として名を馳せたそうだが。
 この時点の、小学生の彼女にはまだまだ先の話であった。



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