ブレイブデュエル、正式稼働後初の大会『ブレイブグランプリ』。
 海鳴の強豪プレイヤー達も参加する、最大五人チームの総当り戦である。

 チームは最大五人ながら、勿論それ以下の人数でもエントリー出来る。
 なにせ五人、というのは結構な人数だ。学生もそうだが、社会人ともなると仕事や家庭の用事などで中々集まれなかったりするため、最大数未満のチームで参加することは特に制限されていない。
 ただ、そのままだと人数の多いチームが圧倒的に有利だ。そのため人数比に応じて少ない方のチームにはステータスの上乗せがある。一対五なら一の方の能力が五倍、などといった単純な計算ではないが、そこそこいい勝負が出来るよう調整が施されている。

 まあ、とは言ってもやはり戦いは数だ。ロケテ時代には最強のチームだったダークマテリアルズなどは、ユーリちゃんを加えた四人チームで快進撃を続けているが、これはどちらかというと例外であり、予選が終わった後に勝ち残っているチームは、八割が五人で構成されたチームである。

 ……と、本戦の組み合わせを思い返し、僕は溜息を付く。
 予選を突破したチームによる総当り戦。辛うじて予選を通過した僕のチームの名前も、その組み合わせ表の中に記載されているわけだが。

「ソロ出場は僕だけかあ」

 本戦の一戦目が一通り終わった後。全部の試合を観戦した僕は、予想通りと言えば予想通りの結果に肩を落とした。
 知り合いが軒並み用事で参加できず、やけっぱちになって一人チームで出場したのは今更ながら失敗だったかもしれん。

 本戦からは動画サイトで中継されていたりするのだが、『ぼっちwww』のコメントで埋め尽くされていたらしいし。
 某小学生にしか見えないオタ友がメールで教えてくれた。鬱だ。

 いや、鬱になっている暇はない。もう本戦の第二試合に向けてデュエル会場に向かっているわけであるからして。

 第一回大会ということで、ブレイブデュエル発祥の地であるグランツ研が会場だ。
 いつもお客さんで賑わっているそうだが、今日は特に遠方から参戦や観戦に来ている人がいるとあって熱気がある。

 一応、本戦出場選手である僕は、会場入りするなり注目されてしまっていた。

 むん、と気合を入れて真面目フェイスを作り、

「あ、良さん良さん。次、私達とだね! 負けないよ!」

 と、そんな僕に話しかけてきたのは横から出て来たアリシアである。その後ろにはなのはちゃんやフェイト、すずかちゃんにバニングスと、T&Hエレメンツの面々が続いている。

 正式稼働後に結成されたチームながら、危なげなく全勝で予選突破した彼女達は優勝候補の一角と見られている。
 ホビーショップT&Hからはソロ出場の僕を含めて二チームが進出したことになり、あのお店の知名度にも多少は貢献できただろう。

 ……んで、僕の次の対戦相手だ。なお、予選でも一回当たって負けている。

「おーう。まあ、お手柔らかに。予選の時みたいにはいかないからな」
「あの時は正直ギリギリでした……」

 と、謙遜するのはすずかちゃんだった。なお、この子の遠隔防御のせいでバニングスの接近を許し、炎の剣で一刀両断にされたのが予選の結末だった。

「いや、ギリギリって……あの距離で自分とバニングスの両方を守るって、とんでもないと思うんだけど」
「ふふん。土樹先生、すずかは凄いでしょ」

 まるで我がことのようにバニングスが胸を張る。

「ああ、めちゃくちゃな。もちろん、他のみんなも。特にフェイトは、僕の弾幕あそこまで躱せるようになっているとは思わなかった」
「えっと、神経が削れるのであまり長続きはしないんですけど」

 つーても、始まってから落ちるまで、ずっとフェイトが突破しそうになってたから弾幕密度をコントロールせざるをえなかったんだよなあ。お陰で最後にバニングスに接近されたと言ってもいい。

 そんな感じで褒めてると、なのはちゃんが『私は? 私は?』といった感じで見てくる。
 ……この子、末っ子だからか年上には割と甘えたがりなのである。

「でも正直、僕はなのはちゃんが一番怖いな」
「こ、怖い!?」
「いや、弾幕を抜いてくる砲撃とか怖いだろ常識的に考えて」

 空を埋め尽くす弾幕によって僕を目視出来ないから、なのはちゃんは精度の荒い砲撃をぶっ放してくるのだが、偶然でも近くを通ると背筋が凍る。

「で、アリシアは全体のフォロー役、と。……まあ、バランスの良いチームだなあ。でも、さっきも言ったけど、次は負けないぞ」
「返り討ちにしてくれるわー。者共、ヤッチマイナー」
「あ、アリシア。またテレビの影響受けて変なこと」

 僕を指差して言い放つアリシアに、妹のフェイトは呆れ顔だった。

「はいはい、かかってこいやー……で、そろそろ時間だから、行くか」
「はぁい」

 ブレイブホルダーを取り出し、ブレイブシミュレーターに向かって歩く。横目でライバルと視線を交わし、にぃ、と不敵な笑みを交わし合ったりした。どうでもいいけど、ブレイブブレイブってブレイブがゲシュタルト崩壊しそうだ。

 なんて軽口を叩くと、『なにそれ』と隣のアリシアはめちゃんこ呆れていた。

 ……くそう、デュエルで見返してやる。


 ――なお、この様子もバッチリ動画で流れており、『ロリコン?』などといったコメントが流れまくっていたらしい。
 風評被害も甚だしい。





















「さて、っと」

 フィールドは、空戦の基本となるフィールド『雲海上空ステージ』。
 雲が適度に配置され、対戦相手の姿は初期位置からは見えない。

「……バラージプレイ、エリアサーチ」

 索敵魔法を起動させる。
 弾幕戦法は、自分からも相手の姿が見えなくなるため、相手の位置を知るためにこの魔法は必須である。なお、相手からは僕の弾幕がジャミングの役割を果たして、大雑把な位置しか見えなかったりする。

 僕の索敵範囲はそれほど広くはないのだが、一対五という人数差によるステータス上昇――通称ぼっち補正により、遠く離れた五人の姿を捉える事ができた。
 二人と三人に分かれて別々の方向から攻めて来る方針のようだ。

「……でも、関係ない! シュートバレット、全天射撃」

 キーコマンドを叩き、青色の魔力弾を雨あられとバラ撒く。

 雲に隠れて近付こうと接近していたバニングスがたまらず飛び出した。

「あ〜〜もう! 相変わらず、なんってインチキ!」
「突出し過ぎだ、バニングス!」

 開戦しょっぱなに奇襲をかけようとでも思っていたのだろうが、攻撃力は高くとも防御はイマイチなバニングスが突出しているとなると、最初から人数を減らすチャンスである。
 弾幕の密度をバニングス方向に高め、

「でも、ぃっよいしょぉ!」
「げっ!?」

 バニングスは、デバイス『フレイムアイズ』を一閃し、直撃するシュートバレットのみを切り払う。
 受けの技術は微妙だったのに、いつの間にか成長してやがる!

「すずか、お願い!」
「うん!」

 しかも、無理して突っ込まず、最低限の弾だけを払いつつ交代し、後ろのすずかちゃんのところまで下がり、防御は彼女の氷の盾に任せる。
 くそう……でも、いつまでも防げると思うなよ!

「くぅ……」
「フゥーハハハハ! いつまで耐えられるかなぁ?」

 なんかテンションが上って、どっかの悪役のような台詞を叫んでしまった。後で転げまわって恥ずかしくなりそうだが、遊びには本気で挑むのが僕の信条であるからして、後のことは後で考えよう。

 いつものすずかちゃんの盾なら、僕の弾幕にも余裕で耐えるのだが……そこは偉大なるぼっち補正。普段の威力最低限のシュートバレットと違い、今回のレギュレーションにおける僕のシュートバレットの威力は普段の約三倍にもなる。それでいて、弾幕の密度は変わっていない。

 僕のこの弾幕戦法は、霊夢とかが妖精相手に無双しているのを見てわかるように、対多数に向いた戦法だ。
 そして普段は多少の被弾は無視できる威力だったのが、三倍である。かなり固めの相手でも、防御の上から問答無用で落とせる弾幕だ。

 ……結果、今回のルールにおいて、僕はかなりの強キャラと化してしまった。お陰で本戦出場できたと言っても良い。
 多分、次回の大会からは見直されるだろう。

「そっちも見えてるぞ!」
「っ、でも、避けます!」

 僕がすずかちゃん&バニングスに集中している間にフェイトが距離を詰めていた。流れるような制動で弾幕を回避し、一太刀見舞おうと接近してくるが、弾幕は僕に接近すればするほど密度が濃くなるため、外周を突破したところで前進が止まった。

 ……フェイトのライトニングタイプの防御の薄さなら、一発でもかなりのダメージが見込める。
 そう欲張って無理して当てようと思ったのが悪かったのか、

「なのは、今!」
「ディバイン、バスターァァァァ!」

 おうっふ!? と、思わず変な声が漏れそうになった。

 僕に直撃する軌道の砲撃魔法が、僕のシュートバレットを木っ端の如く蹴散らしながら一直線に伸びてくる。
 ギリギリで避けるが、かすめただけでバリアジャケットを削っていった威力に戦慄する。

 なのはちゃんはこっちは見えていないはずなのに、ここまで正確な砲撃――多分、フェイトが視認した僕の位置を連絡したんだろう。

 つーか、やっぱり五人は多すぎ! あ、そういやアリシアはなにしてる!?

「カキーン、カキーン! 期待のスラッガー・アリシア、どんどん打ってます、本日三十二安打猛打賞!」
「猛打ってレベルじゃねぇ!?」

 あ、アリシアの奴、なのはちゃんが砲撃に集中するための壁役やってやがる! ハリセンでめっさシュートバレットを打ち返してる!
 やばい、なのはちゃんが防御をアリシアに任せて砲撃を撃つだけの置物と化すと、僕もとても回避しきれなくなる。あの子、滅茶苦茶センス良くて、本能的に避けづらい射線を狙ってくるんだよ!

 でも、下手にそっちを先に潰そうとするとフェイトかバニングス辺りが弾幕突破してくるし……

「ええい、まずはそっちだ!」

 すずかちゃんとバニングスを先に落とすことにする。
 なのはちゃんとテスタロッサ姉妹チームは、超高機動のフェイトと素の防御力がめちゃ固いなのはちゃん、そして防御に徹したアリシアと、倒すのに時間がかかる。

 人数も少ないこっちの方がやりやすい! ……ハズだ。

「土樹先生、今回もあたしが倒しますよ」
「良也さん、アリサちゃんは私が守りますから」

 やれるものなら、やってみやがれ!
































 その後、すずかちゃんの広範囲冷凍攻撃で被弾はしたものの、なんとか二人を落とした。
 そっちに意識が行っている隙に接近してきたフェイトに大剣の一撃をもらうが、ぼっち補正により耐え切ることに成功。クロスレンジにまで近付いてきたフェイトは流石に弾幕を躱しきれずに二撃目を放つ前に撃墜。

 後はアリシアとなのはちゃんだけだ。
 なのはちゃんの砲撃は凄まじいが、前方で弾幕を避けながら観測役を果たしていたフェイトがいなければもうそれほどの精度は望めないはず。
 後はさっきから打率十割を誇っているアリシアのバッティングがミスるのを悠々と待つだけ……

「良さん、もしかして勝ったと思ってるー!?」
「うん?」

 しかし、アリシアは三人が落とされたこの状況でも、負ける気はゼロな様子だった。

「なんだよ!? こっから逆転の目でもあるのか!?」
「当たり前ー! ふふん、やっちゃえ、なのは!」
「オーケー、アリシアちゃん!」

 ぉう、なのはちゃんがあそこまで自信満々なのも珍しい。
 なにしてくる?

『空間内魔力密度、規定値突破。"スターライトブレイカー"、撃てます』

 ……は?

 なのはちゃんのデバイスが発したガイドメッセージと共に現れた現象に、僕は顔を引き攣らせる。

 なのはちゃんの前方に、星が集まるようにして魔力が集束していく。自分の魔力だけじゃなく、あの色は僕のや仲間の魔力も集めている。都合六人分の魔力光が集まり、虹色に近い色合いの光が膨れ上がっていく。

「しゅ、集束砲?」

 自分の使った魔力や相手の使った魔力。それは別になくなったわけじゃなく、空間に残っている――というのがブレイブデュエルの設定である。
 その魔力を再度使用できる形で集めて放つ集束砲は、最上位スキルとして使い手が非常に少ない。

 ていうか、過去見たことないレベルの集束だよ、これ!?

 あ、なんかヤバイ。
 もう、極限まで膨れ上がった光球に、僕の弾幕もフツーに弾かれてしまっている。

 は、離れなければ。すげぇデカイ砲撃が来そうだが、距離を置けば躱すことも難しくないはず……

「逃げようたってそうはいかないよ!」
「って、げっ!?」

 なのはちゃんの集束砲に気を取られている隙に、アリシアがあちこちを被弾しながらも接近してきていた。
 そして、アリシアから放たれたリボンのような魔力の帯が、僕の手足に絡まり、

「バインドォ!?」
「そんじゃ、さよならー」

 や、やるだけやってアウトしやがった!

 これで、数の上では一対一。
 でも、僕は拘束されてしまい、あと十秒くらいは動けない。
 一方、なのはちゃんは集束砲が今まさに完成した所。

 ……つ、詰んだァァァ!?

「スターライトォ……」
「ちょ、なのはちゃん、あいやしばらく!」
「ブレイカァァァーーーーー!!」

 迫ってくる虹色の壁。
 その光景に、僕はと体の力を抜き、

 次の瞬間、じゅっ、と僕のアバターは消し飛ばされた。

 ……よかった、これ、現実じゃなくて。























 この後。僕に勝利したT&Hエレメンツは順調に勝ち進んだが、ダークマテリアルズには敗北を喫し、惜しくも総合三位という結果に終わった。
 なお、僕は六位。まあ、面目は保てたという結果だろうか。どうにもこう、T&Hエレメンツの面々に対しては、中ボスだった感が拭えないが。

 まあ、いつかリベンジの機会もあるだろう。
 今回の大会が良い販促になったようで、今後ブレイブデュエルの設置店も大幅に増えていくという話だし。

 それまで、僕も怠らず鍛えとこう。

「……でも、店頭で僕とT&Hエレメンツの試合をエンドレスで流すのはやめてくれません?」
「まあまあ。いいじゃないですか。土樹さんも人気ありますよ」
「めっちゃ敵役に見えるんですが、それは」

 あの試合の模様がホビーショップT&Hのディスプレイで流され、無闇に僕の顔が売れてしまったのはなんというかこう、予想外であった。
 高町さんちや月村の家、さざなみ寮のお茶の間にも流れ、僕は大いにからかわれることになるのだが、

 ……まあ、いいか。








































――もう一つの可能性






 ミッドチルダ式魔法。
 現在、次元世界では最も主流となっている魔法形態であり、多くの人が使えるよう効率化・汎用化が進められている。

 初心者でも、デバイスという魔法の杖的なものを使えば、簡単な魔法は使えるそうなのだが、

「……よーわからん。なのはちゃん、今のところもう一回」
「もう。だからこうですよ、こうっ」

 高町家の庭。講師役のなのはちゃんにもう一度手本をお願いする。

 流石に何度も聞いているからなのはちゃんも焦れているようだ。
 それでも投げ出したりしない辺りは優しいというかなんというか。

 何度か繰り返したとおり、ぽんっ、となのはちゃんが桃色の弾を生み出し、自分の周囲に回転させた。
 思念誘導弾という、要は自分の思い通りに動く弾だそうだが、なのはちゃんはレイジングハートとやらの力を借りなくても一発、二発であれば制御可能らしい。

 うん、まあそれはいい。それはいいんだが、

「ん〜、むむむ」

 なのはちゃんのツテで手に入れた杖状の簡易デバイスを握り締め、意識を集中させる。
 なにやら複雑な情報が杖から伝わってきて、頭の中が変な感じがする。

 青色の小さな魔法陣が足元に展開し、光球が現れ、
 ……数秒、維持するだけで精一杯で、後はぱっと弾けた。

 念話とか、直射の射撃魔法くらいならなんとかなるんだけど、ちょっと複雑なのを使おうとするとさっきからこうなる。

「……なんかこれ、頭が疲れる」
「えー、そうかなあ」
「そうだよ。数学の勉強をずっとしている感じだ」

 デバイスから伝わってくるのはあまりにも複雑で、僕程度の脳みそではとても解析がおっつかない。

「どう考えても、普通の霊弾を作った方が手っ取り早いんだけど」

 デバイスに頼らず、自前の霊弾を生み出す。まあ、僕の場合なのはちゃんほど自由自在に動かせるわけではなく、簡単な変化しか加えられないが……でも、こっちだとデバイスを使うよりずっと楽に作れる。

「何百個も作れるのは凄いですけど、それだとあまり威力は……」
「いや、そうなんだけどね」

 なのはちゃんの魔法はコンクリくらい楽にぶち抜くが、僕の霊断は一発だと僕自身のパンチ一発くらいだ。何十発か撃ち続けたら、ブロック塀位はなんとか壊せるかなあ? 程度の威力である。
 対して、さっき作りかけていたミッド式による誘導弾は、一発でもそんな僕の弾幕よりはずっと強い力を秘めていた。

「うーん……やっぱさ、もうちょっとコツみたいなのは」
「えーと、その、こう魔力の組む時、良也さんはぐい、って感じで、私はカシャって感じでやってて……その、れ、レイジングハート?」

 自分で言いながら訳が分からなくなってきたのか、なのはちゃんは自分のデバイスに語りかける。

《ミズターリョウヤは自分が今まで使っていた魔法に引き摺られているように思います》
「ふむ」

 なるほど。……じゃあどうすりゃええねん。

 いかん、思いつきで、僕もミッド式っての覚えてみたいな〜、とか言うんじゃなかった。
 もう既に地球の魔法については一端の腕前――多分見習いからはそろそろ……いや、パチュリーに言ったら鼻で笑われそうだけど……一人前、って言ってもいいよね? よね?

 ――こほん。
 とにかく、別世界のものとはいえ、同じ魔力を扱う技術を修めた身としては、まあその応用でなんとかなるんじゃね? と軽く考えすぎていた感がある。

「俺から見ると、二人共不思議な力を使っているなあ、としか思えないけどなあ」
「高町さん、アンタがそれを言いますか」

 高町家の縁側で面白そうに見学している高町さんが茶々を入れる。
 しかし、現代日本でマジモンの暗殺剣を伝えており、ヒトの動体視力で追い切れないような変態的な歩法を体得している人間が言っていい台詞じゃないぞ。

「おいおい、剣ブン回してるだけの俺なんか、魔法使いに比べりゃ全然現実的だろ」
「あの、おとーさん。私も今のは良也さんに賛成……」

 魔導師も体が資本だそうで。最近、御神流の基礎練を本格的に始めたというなのはちゃんがツッコミを入れる。
 今までも少しは齧っていたそうだが、コトによっては実戦になることもあるとあって、本気で鍛えてもらうことにしたらしい。

 ……んで、奥義とか見せてもらったとか。
 そりゃ、そんな意見になるのもむべなるかな。

「お邪魔します。こんにちは、士郎さん、なのはさん。……あら、良也も来ていたの」

 と、そこへ現れたのはプレシアさんである。その後ろにはフェイトちゃんがいる。

「いらっしゃい、プレシアさん。そっか、そういえば今日来るというお話でしたね」
「ええ。……すみません、士郎さん。お隣、失礼しても?」
「ああ、もちろん。こちら、座布団どうぞ」
「ごめんなさい」

 プレシアさんは礼を言いながら、縁側に腰掛けた。立っているのは疲れるんだろう。
 なにせ、最近、プレシアさんはとみに体が弱くなりつつある。
 本人は、自分で歩けるんだからまだまだ平気、と話していたが、多分、この人が現世(こっち)にいれる時間はそう長くはないのだろう。
 ……異世界人も日本で死んだら閻魔様のところに行くのかね?

 ああ、いかんいかん。こんなこと、不謹慎な。

「なのは、こんにちは」
「フェイトちゃん! うん、こんにちは」

 なのはちゃんはこっちのことを忘れたかのように、フェイトちゃんと会えたことを嬉しがっている。

 毎日会っているだろうに、本当に仲が良いなこの二人。

「よっこらしょっ、っと」

 まあ、このまま僕の練習というのも空気読めてないだろう。
 僕は二人から離れて、大人二人と同じく、縁側に腰を下ろす.

「フェイト、今結界を張るからね。広さは前と同じくらいでいい?」
「うん。ありがとう、母さん」
「いいわよ、これくらい」

 プレシアさんが目を瞑り、紫色の魔法陣が展開する。その速度も魔法陣の精度も、僕がやってたものとは比べ物にならないっていうか月とすっぽんというか。

 んで、プレシアさんを中心に結界が広がった。

「上の方でね。結界の中で建物を壊しても元に戻るけど、派手に壊すと少しくらいは影響が出るかもしれないから」
「はい」
「プレシアさん、ありがとうございます。じゃ、行こっか、フェイトちゃん」

 ………………

「つかぬことを聞きますが、あの二人は一体なにをしに?」
「魔法の練習だそうよ。今はどんどん上達していく時期だから、楽しくて仕方ないのでしょうね」

 プレシアさんの説明が終わるかどうかというタイミングで、雲の上からどっかんどっかんと音が響き、桃色と金色の光が雷のようにチカチカ光る。

「……練習?」
「練習、よ。多分……私も戦闘は畑違いだから、なんとも言えないけど。でも、非殺傷設定にしているから、お互い魔力ダメージだけで怪我はしないはずだから」
「非殺傷ってすげー」

 我ながら棒読みだった。






























「それで? 貴方、デバイスなんて持って、ミッド式を覚える気?」

 相変わらず上空でなのはちゃんとフェイトちゃんの練習(笑)は続いているが、いつまでも見ているものでもない。
 高町さんが用意してくれたお茶を飲みながら雑談に興じていると、プレシアさんが目ざとくデバイスを見付けて尋ねてきた。

「いや、まあ、ちょっとした思いつきで……これも、なのはちゃんのコネで借りたんですけどね」
「……言っちゃ悪いけど、貴方にミッド式は合わないと思うわよ」

 うぐ。

「そうなんですよ、プレシアさん。こいつ、何度やってもうまくいかないらしくて」
「ああ、もう高町さん」
「ふぅん。まあ、当然といえば当然だと思うけどね」

 緑茶を啜ってプレシアさんが言った。なお、プレシアさんはどこかの艦長さんのように日本茶にミルクと砂糖は入れない。
 まあ、あの人も最近は茶菓子と一緒に味わうことを覚えたので、ミルクと砂糖の量は減らしているらしいが。

「私も少しこちらの魔法を齧ったからわかるんだけどね。この世界の魔法は、詩的な感覚、とでも言えばいいのかしら……そういうアナログな感性が必要なのよ。ガチガチにデジタルで固められたミッド式とは真逆なのよね」
「……ん? 魔法ってそういうものじゃないんですか?」
「少なくとも、私の学んだものはそうじゃないわね。ん〜」

 プレシアさんが頬に手を当て、もう片方の手を空中で滑らせる。
 虚空に光が踊り、魔法陣が形成される。プレシアさんが更に手を動かし、その魔法陣の注釈をするような文字や図形を横に作り出した。見慣れない文字だけど、数学記号っぽいのは一部地球とも似ている。

「これが簡単な射撃魔法の魔法陣と数式ね。これを高速化しようとした場合、圧縮詠唱の方陣制御方程式がこう変化して」

 と、プレシアさんが説明するごとに、空中に描かれた図形が微細に変化していく。

「え、ええと……」
「個々人の魔力の質やクセもあるから一概には言えないけど、今みたいな変化を加えれば基本的にミッド式の魔法は一律効率化できる。……でも、貴方の使う魔法はそうじゃないでしょう?」
「ええと、そうですね。こう、強くなれー、と念じたら反映されますし、後は火の魔法なら硫黄とか棒とか、それにまつわる触媒を用意したり」

 数学や化学の知識も必要ではあるのだが、確かに言われてみれば肝の所はアナログ――形而上の意味が重要だ。
 小アルカナの棒のスートが火を表すとか、前提知識がなきゃイミフだが、そういうモンだし。

「まあ、体系化されていない魔法っていうのはそういうものだけどね。ベルカの魔女の使う魔法に近いかしら」

 うーむ、プレシアさんの言うこともなんとなくわかる。
 数学の問題を出されて、問題文の意味を国語的に解釈して解こうとしている、というのが今の僕だ。ちゃんと数学的に考えないといけない。

 ……うん、無理だな。

 簡単にプレシアさんが見せてくれた式だけでも、まず理解するまで大変そうだ。
 というか、そこまで大変なら今の魔法に注力した方が上達が早い気がするし……よし、諦めるか。

「……ん、あれ? でも、そのミッド式を使いこなしているなのはちゃんは、そういうの理解しているってことですか?」
「ああ、あの子はね」

 ふぅ、とプレシアさんが溜息を付く。

「時々、いるのよね。ああいう感性だけで複雑な魔法の術式を理解しちゃう子。誰かに教えられるようになるためには勉強が必要だけどね。魔法を覚えて一年足らずフェイトと互角の魔法を使うって……控えめに言って天才児ね」
「天才……?」
「そ、天才。魔力が大きいだけの子供なら稀にいるけど、訓練を殆どしないうちからあそこまで使いこなす子はちょっと知らないわ」

 天才、天才ねえ。

「高町さん、なのはちゃんは天才だそうです」
「ほう。あのなのはが」
「……僕の土産のケーキを勢い込んで食べて喉に詰まらせてたなのはちゃんがねえ」
「小学校に上がるまで高い高いをねだってたなのはがなあ」
「ああ、そんなこともありましたね。いや、高町さん、実は小一まで僕こっそりやらされてました」
「お前なのはに甘すぎるだろ」
「高町さんがいう資格はないと思います」
「いや、我ながら良也の言うとおりだ」

 ハハハハハ、と僕と高町さんが笑みを交わし、

 ポカッ、ポカッ、と頭を小突かれた。

「おとーさん! 良也さん! なに話してるの!」
「いや、なのはは可愛いなあ、という話をな」
「そうそう」

 模擬戦を終え、なのはちゃんが降りてくるのを見計らっての高町さんとの会話である。案の定、なのはちゃんは膨れっ面をしていた。

「まあまあ。そう怒らないで。ほれ、どら焼きがある。フェイトちゃんもどーぞ」
「あ。はい、ありがとうございます」

 大人組が茶菓子にしていたどら焼きを二人に一つずつ渡す。
 むう、となのはちゃんはまだご機嫌斜めの様子だったが、甘味を食べるとへにゃぁ、と幸せそうに頬を緩ませた。

 ……うん、チョロい。
 ていうか、なのはちゃんは赤ん坊の頃から高町の家族全員が暇な時に構い倒していたので、多少弄られるくらいは慣れたものなのである。そりゃ機嫌が直るのも早い。

 例えば高町家の誰かが怪我や病気をしてなのはちゃんに構う時間がなければ、こうはいかなかっただろう。

「あ、なのはちゃん、このデバイス返すわ」
「え? もういいの?」
「うん、やっぱ僕には向いてないっぽい」
「もう。折角持ってきてあげたのに」
「ごめんごめん。ほらほら、これ。お詫びにお守りあげるから」

 なのはちゃんは管理局に務めるという。
 そして、管理局勤めには実戦もあるという。

 ……子供をそんなところに送るなんて、と、現代日本の教師である僕は強く思うのだが、所詮は部外者の僕が口を出すわけにもいかない。ちゃんとハラオウンさんが色々と危険が少ないよう計らってくれるそうだし、高町さんや桃子さんも納得しているとのことだから、仕方ないと思っている。
 いや、何度か忠告してみたのだが、なのはちゃんの意志は半端なく固くて、ちょっとやそっとでは諦めてくれそうにない。

「くれるの?」
「どうぞ」

 そういうわけでお守りである。
 武運長久のお守りも考えたのだが、ここは手堅く身代守を用意した。危険が迫った時に身代わりになってくれるというお守りである。

 なにかあっては悔やむに悔やみきれないので、とにかくコネと賄賂(酒)を駆使して守矢神社の神様に叶う限りの加護を付けてもらった。
 これをベースに、とにかくあれもそれもと知り合いの仙人とかお寺の人とか神様とか閻魔様とか、知り合いに協力を募った。ついでに、レプリカ草薙の欠片を入れたりして。

 予想はしていたが、やはりミッド式魔法は『所有者に危険が迫った時にとりあえずイイカンジに守ってくれる』みたいなファジーな機能を搭載させるのは不得手に思えるので、多分役に立つだろう。
  まあ、どれほど効果があるのかわからないが。ないよりマシだ。きっと。

「フェイトちゃんとはやてちゃんの分もな」
「いいんですか?」
「うん」

 まあ、顔見知りの子が危ないことをしようとしているなら、この程度はしないと。

「はやてちゃんには渡しておいて」

 復学のため勉強中の彼女は忙しいだろうし、邪魔するのもなんだしな。

「ありがとう、良也さん。……フェイトちゃん、もうちょっと休憩したらもう一戦行こっか」
「うん」

 そうしてしばらくすると、二人は再び空に上がる。
 しっかし、あの二人、あんなひらひらした格好で空飛んで恥ずかしくないのかねえ。

「良也、あのお守り」
「ああっと、すみません。娘さんに変なの持たせて。まあ、害になるものじゃないですから」
「……いえ、礼を言わせて頂戴。私も、いなくなる前にフェイトに贈り物の一つも考えておこうかしら」

 と、プレシアさんは寂しいことを言って。
 もう一口、お茶を啜るのだった。













 なお、数年後。
 あわや大怪我をするところだったなのはちゃんを、このお守りが守ってくれたらしい。

 ……今度、守矢神社にお供えしに行こう。



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