海鳴市某所にある、グランツ研究所。
 地方都市だとは思えないほどの規模と洗練された景観を持つ建物。

 研究所の前に作られた季節の花が咲き誇る花壇に迎えられて、社会科見学にやって来た我ら海聖高等学校二年生及び教職員一同は一斉に頭を下げた。

『よろしくお願いしまーす』
「はは、いやいや。若い人たちは元気がいいねえ」

 ここのトップ。グランツ・フローリアン博士が、穏やかな笑みで歓迎してくれる。
 ……のはいいんだけど。この人、微妙に寝ぐせが……寝坊でもしたのかな。

「それじゃあ、みんな。事前に決めた班で集まれ。……ええと、皆さん、お願いします」
「はい、任せて下さい」

 今日は班ごとに別れて、研究所の中を案内してもらうことになっていた。若い研究員が各班に一人ずつついてくれて、見学したい所を自由に回るという形式である。

 研究所側に随分と負担をかけてしまうことになるけれど、グランツ博士曰く、こういう若者との交流も頭の活性化にいいんだよ、とかなんとか。
 そんなわけで、教員である僕や他の先生方は、今日はあんまり仕事が無い。

「やあ、こんにちは、土樹さん」
「あ、こんにちは、博士。本日はありがとうございます」

 生徒たちが研究員さんたちに連れられて建物に入っていき、さて僕もそろそろ行こうかなと考えていると、グランツ博士に話しかけられた。

「いやー、しかし」
「? ええと?」
「本当に、教師の方だったんだねえ。あっはっは、ブレイブデュエルの大会の時は私も応援に行っていてね。
 ディアーチェ達が、あの時対戦した君が先生だと言って、びっくりしたよ」

 ……そういやあ、いた気がするなあ。いや、ブレイブデュエルの開発者が大会に来ていても、なんらおかしくない――っていうか、当然の話だが。

「? 土樹先生、グランツ博士とお知り合いですか」
「ああ、いえ。……その、ここの研究所が開発したゲームに、僕ちょっとハマっててですね」
「いやあ、土樹さんは素晴らしいデュエリストですよ。私が作ったシステムを、あそこまでやりこんでくれるなんて、嬉しい事です」

 年配の清水先生がグランツ博士の勢いに『は、はあ』と曖昧に相槌を打つ。

「あ、やっぱ全国ランカーのリョウヤってプレイヤー、土樹先生だったんですか」
「……水越先生もやってるんですか」
「いやあ、友達に誘われて、正式サービス開始から、ちょっとだけですが。大会のプレイ動画、見ましたよ。似てるなー、とは思ってたんですよね」

 ブレイブデュエルのアバターは、ド派手な衣装の上、高速で動き回るから、そりゃ僕みたいな凡庸な顔だと区別付きにくいか。そも、僕って戦い方がアレだから、姿形は動画じゃ見えにくいしなあ。
 ……え? 試合開始前? そらアンタ、むさいおっさんより可愛らしい女の子やかっこいい男の子を中心に写すだろ、常識的に考えて。そして、0回大会本戦に出場した成人男性は僕だけです。必然的に、カメラに映る時間は圧倒的に少ない。

「うーん、最近のファミコンはすごいんですな」
「清水先生、ファミコンじゃないです」

 八ビットしか積んでいないファミリーコンピュータであんなバーチャルリアリティが実現できたら革命どころの騒ぎじゃない。

「はは。清水先生。よろしければ、後ほどプレイしてみますか?」
「いやいやいや! 私はもうそういうのは無理ですよ」

 うん、流石に定年間近の清水先生をブレイブデュエルに放り込むのは、いささか無茶が過ぎる。

「そうですか? まあ、私も自分がやるより、若者達が楽しく遊んでくれる姿を見るほうがいいですけどね」
「そうですそうです」

 グランツ博士の助け舟に、清水先生はしきりに頷いていた。

 ていうか、グランツ博士、気さくな人だなあ。もう先生連中の真ん中に入って、にこやかに話をしている。
 バーチャルリアリティ関係とロボット関係だと、世界でもトップレベル、本人やその発明品がサイエンスの表紙を何度も飾ったことがあるという人なのだが、こうしてみると全然普通のおっちゃんって感じだ。

「さて、先生方も、是非今日は研究所を楽しんでいってください。特に立ち入り禁止等はないので、自由に歩き回ってもらって結構ですよ」

 グランツ博士のその言葉に、僕達も遠慮なく見学させてもらうことにする。
 ……しかし、いいのか? ここの研究、その分野じゃ最先端のはずなんだけど、本当にどこでもいいの?























 さて、自由に、とは言われたものの、仮にも教師だ。
 研究員の人達に引率は任せたとはいえ、生徒がやんちゃを起こしていないか見回らないといけない。

 なので、人が多く集まっているフロアを中心に見て回り、

 なにあれかわいいー、などという女生徒の黄色い声が遠くから聞こえてきた。
 だんだん、その声も近付いてきて、

「……って、待って〜」
「ん?」

 その原因らしき人物が廊下の角を曲がって走ってきた。
 ……っていうか、なんかデカイのが飛んで来モガ!?

「ぶ、なんだ!? なにこれ、なにこれ!?」
「チヴィ!」

 なんかぬいぐるみみたいなものが顔にまとわりついて来ている。

「チヴィ、こら。離れて〜」

 なんか、下の方から女の子の声が聞こえる。
 ……しかし、チヴィだと?

 ガッシ! と僕は意を決して、顔にまとわりついてきているそれを引っ掴み。
 グワァオ! と勢いをつけて引き剥がした!

「はあ、はあ」

 何気に呼吸が出来なかったので、ちょっと息を荒げながら犯人を睨みつける。……そうすると、レヴィをぬいぐるみ化したような、なにやらかわいい物体が目の前にいて、

「…………」

 ビシッ、と敬礼の真似事をするそれは、紛うことなきブレイブデュエル内でレヴィのNPCやってる、チヴィだった。

「な、なにこれ」
「もう、チヴィったら。急に飛んで、どうしたの……って、あれ」

 ジタバタして僕の腕から逃れたチヴィは、なんか僕の頭の上に陣取って、まったりする。
 ……ま、まあいいか。

 そして、そんな僕をまじまじと見つめていた女の子は、手を叩いてほんわか笑った。

「あ。こんにちは。……ディアーチェから聞いていますか? わたし、留学生のユーリっていいます」
「あ、うん。聞いてる。ええと、ユーリちゃんだね。こんにちは」

 そうそう、大会の時、ディアーチェの事を必死で応援してた子だ。前、T&Hでディアーチェから聞いた。

「あれ? でも、小学生くらいだよね? 学校は?」
「あ、わたしは本国で飛び級で教育課程は終えていますので。今はこの研究所のお手伝いを」

 スゲー。
 そういう天才って、本当にいるんだ。ちよちゃんみてぇ。

 って、それはそれとして、

「……で、このチヴィは一体」

 って、今気付いたが、ディアーチェとシュテルのNPC……王ちゃまとシュテゆも、ユーリちゃんの肩のところにいる。後、対戦したことはないが、ユーリちゃんのNPCらしきのも。

「あ、この子たちですか? この子達はチヴィットって言って、博士がNPCたちを外でも遊ばせるために作ったロボットです」
「ろ、ロボ?」

 いや、そんなあっさり。これがロボット? とてもそうは見えないんだけど。ぬいぐるみみたいに柔らかいし。
 ロボット工学の権威、凄い。

「はい。外界での刺激がAIを成長させるとか。ブレイブデュエル内での経験も勿論フィードバックされてますけど、もっと多種多様な環境で……ああ、そうか。チヴィ、リョウヤさんとたくさん対戦したライバルだから懐いているんですね」

 僕の頭の上できゃっきゃとはしゃいでいるチヴィを見て、ユーリちゃんが微笑ましそうにする。

「そうかな? 僕は、こいつは何十回と落としてるんだけど」

 本体(?)に似て、猪突猛進だからなあ。飛んで火に入る夏の虫のごとく、飛んで弾幕に入るNPC……全然うまくないな。

「あはは。レヴィ、絶対次は勝つんだーって言ってましたよ」
「僕も負ける気はないよ」

 ある程度安定して勝てる、とは言っても、レヴィのトップスピードは半端無くて、楽には勝たせてもらえない。
 ジリジリしたスリルを味わえるレヴィとの対戦は、それなりに楽しみだった。

「っと、ごめん。悪いけど、今日は仕事なんだ。みんなを見て回らないと」
「あ、そういうことでしたら、研究所内をご案内しますよ。生徒の皆さんがいるところもわかりますし」

 む。まあ、適当に歩きまわるだけのつもりだったから、案内人がいるのは助かる。

「いいの?」
「ええ。チヴィットのみんなも、リョウヤさんと一緒にいたがってますし」
「そうなのかね」

 ふふん、と胸を張っている王ちゃま、じー、となにをするでもなくこっちを見ているシュテゆ、相変わらず僕の頭を離れようとしないチヴィに、ほんわかしてるユーリちゃんのチヴィット。

 まあ、王ちゃまとシュテゆとは、散々対戦したから、顔は覚えられてんだろうなあ。

「そういうことなら、お願いしようかな」
「はいっ」

 小さな案内人に連れられて、僕は歩き出す。
 ……っと、そうそう、一つ聞きたいことがあるんだった。

「ユーリちゃん、一つ聞きたいだけど」
「なんでしょう?」
「チヴィットって、どういう原理で浮いてんの?」

 最初、チヴィは空を飛んで僕の顔に突貫してきた。
 他のチヴィット達も、今はユーリちゃんの体から飛び上がって、ふよふよ浮いて付いて来ている。

 ……さて、こいつらはどういう原理で飛んでいるのでしょうか?
 羽やプロペラはない。糸で釣っているわけでもない。風とかを噴射しているわけでもないし、チヴィが頭の上に乗ったからわかるが、風船みたいに自然に浮かぶような軽さなわけでもない。

 ……え? いやちょっと待て。冷静に考えたら、マジどういう原理なんだ?

「さあ? どうやっているんでしょうね」
「いや、さあ、って」

 なんか、チヴィット達は僕達について来ながらも、空中でじゃれあっている。
 ……おかしい、こんなに機敏に空を飛ぶなんて、普通有り得ないぞ。気付かないうちにブレイブデュエル内に入ったわけじゃないよね?

「うーん、チヴィットは博士が個人的に作ったものですから、どういう技術が盛り込まれているのか、わたしも知らなくて」
「そ、そうなんだ」

 もしかしてこれだけで、ノーベル賞とか取れるような発明なんじゃないか?

 ……いや、でも待てよ。
 冷静に考えろ、僕。空を飛ぶくらい、別に僕でもできるしな。世界でも有数の博士が作ったロボットなら、そのくらい楽勝なのかもしれん。

 そうだそうだ。こっちじゃ空飛ぶのは鳥や虫、飛行機やヘリ、あるいはHGSくらいしか見かけないからビックリしたが、別に空飛ぶのなんて大したことじゃなかったよ。原理が不明なのも、珍しくないし……ってーか僕もどうやって飛んでるのかわかんないし。

「ま、どうでもいいか」

 空飛んでるちっこい王ちゃまを撫でる。なんか『もっと撫でよ』と言わんばかりにぺしぺしされた。































 ユーリちゃんの案内により研究所を回る。生徒を見回りつつも、僕自身も色々と勉強になった。

 今、このグランツ研究所で一番ホットなのは、やはりというか、ブレイブデュエルらしい。
 たかがゲームごとき、と侮るなかれ。まるで本当にゲームの中に入り込んだような最先端のバーチャルリアリティ技術は、応用範囲も多岐に渡る。
 医療、レジャー、各種シミュレーションに果ては長期の宇宙旅行なんかにも応用できないかNASAやJAXAと協議しているんだとか。

「でも、博士はやっぱり、みんなが楽しめるブレイブデュエルが一番熱を入れているんですけどね」
「へえ」

 と、最後に案内されたのは、流石ブレイブデュエルの総本山と言うべきか、T&Hや八神堂より広いデュエルスペース。
 そこには、うちの生徒の半数以上が集まり、デュエルに興じていた。
 初めてプレイする奴も多いらしく、カードローダーに並んで一喜一憂している様はなんとも初々しい。

 それはいいんだが……あの、お前ら、一応これ授業なんだけど。
 あ、水越先生が対戦してら。

 もういいや。アレだ、最新の技術に肌で触れ合う貴重な機会だとか、適当に言っとけ。

「皆さん、楽しそうですねえ」
「だねぇ。あ、そういえばユーリちゃんはブレイブデュエルやるの?」
「はい、一応。まだディアーチェ達より全然弱いですけど」

 いや、あいつらトップランカーだし。

「でも、アバターはレアなんだそうです。頑張って、それに恥じないよう強くなりたいです」
「へえ。なんてアバター?」
「インペリアルローブ、でしたっけ? これです」

 と、ユーリちゃんがパーソナルカードを見せてくれる。……げっ、本当にインペリアルローブだ。
 これ、確かに凄いレアだ。具体的に言うと、漫画版遊○王のブルーアイズ並。

「すごい。僕もニ、三回くらいしか見たことないな」
「でも、やっぱりまだまだ使いこなせませんねー。それに、オリジナルのアバターもカッコイイと思いますよ。リョウヤさんのバラージプレイも」
「それはどうもありがとう。じゃ、お近付きの印に、僕のカードどうぞ」

 グランツ研ってことで、もしかしてこういうこともあるかなー、とポケットに忍ばせていたブレイブホルダーから、ダブリカードを一枚進呈する。

「わぁ、ありがとうございます。大切に使います。あ、じゃあわたしのも……」
「いや、いいよ。始めたばかりだと、まだカードあんまり持ってないでしょ」

 ……うん、ごめんね。丁寧に礼をしてくれているところ悪いんだけど、在庫処分なんだ。だから、本当に気にしないで欲しい。

「あっれー? つっちーせんせが、なんか可愛い子ナンパしてる!」

 ……チッ、見つかったか。

 まあ、デュエルスペースの入り口んところでダベってて、騒ぎ好きの生徒に見つかるのも時間の問題だったが。

「長谷川……意味のわからん事を言うな。誰がナンパだ」
「え、じゃあわたしがもらっていいの?」
「ええい、寄るな。ユーリちゃんがびっくりするだろ。この研究所の子だよ。失礼なこと言うんじゃない」

 箸が転んでもおかしい年頃である女子高生に、そんな自重を期待するのは少々無理ゲーだが。

「ナンパ? ってなんですか。日本語はまだ覚えきれてなくて」

 そういえば留学生だったか……。あまりにも流暢に話すからすっかり忘れていた。

「あのねー、ナンパっていうのは――」
「長谷川、やめれ」
「はーい」

 おっと、割とあっさり引き下がったな。

「それより、せんせ。せんせもやるの? ブレイブデュエル」

 と、ブレイブホルダーを指差して、長谷川が聞く。

「まあ、少しな」
「ふふん、じゃ、あたしと対戦しない? 実はあたしとゆっことみーな、八神堂でそれなりに鳴らしてるんだよ」

 ほう。

「何回かやったんだけど、みんなあたしには敵わなくてねー。ふふん」

 そう言えば、長谷川はこう見えて剣道部でレギュラーだったか。ゆっことみーな……井上と新藤のやつも、同じく剣道部の仲良し三人組だ。
 八神堂、ってことはベルカ式。この三人に剣使わせたら、まあ初心者が敵うべくもない。

「まあ、構わないぞ」
「へへん、よっしゃぁ! この前の英語のテストで赤点にされた恨み、ここで晴らしてやる!」
「……お前、テストの恨みはテストで返せよ」

 それは僕のせいじゃねぇ。まあ、冗談で言っているんだろうけど。

「え、えっと、ハセガワさん? もしかして、知らないんですか?」
「え? なにがー? あ、せんせ、そっちの子もデュエルやるみたいだから、一緒にやろ。どうせやるなら、かわいこちゃんとだよねえ」
「かわいこちゃんって、お前いまどき……」

 本当に女子高生かこいつ。

「んじゃ、五対五の対戦ルールでいいか? こっちは、NPCいるし」
「いいよ。じゃ、うちも二人捕まえてこよ」

 うおおー! と気合の声を上げ、仲間である井上と新藤の元に走る長谷川。そして、経験者の水越先生にも話しかけ、更に
その水越先生と持ち前の運動神経で良い勝負をしていた護身道部の柳瀬をも仲間に引き込んでいる。

 あいつ、冗談かと思いきや、ちょっと本気で英語の鬱憤を晴らそうとしてるな? 成績が悪いわけじゃないんだけど、英語だけは苦手なやつだしなあ。
 ……しかし、迂闊な。

「って、わけだけど、チヴィ、王ちゃま、シュテゆ」

 対戦と聞いて、やる気満々の様子のチヴィットを見る。
 あ、ユーリちゃんのNPCは今回は留守番で。しょぼんとしている彼女(?)の頭を撫でて慰めた。

「じゃ、行こっか、ユーリちゃん」
「ええと、はい。勉強させてもらいます」
「……んな堅苦しい」

 でもねえ。勉強することなんて、ないと思うけど。

 なにせ、ロケテ全国一位チーム、ダークマテリアルズのNPCは、当然のことながら戦闘経験をかなり積んでいて、NPCとは言え下手な熟練プレイヤーより強い。そして、僕も腐っても全国十四位。

 さて、どうなることやら。

















「……これは戦力が過剰すぎたか」

 長谷川チームは三分で壊滅した。ユーリちゃん、なんもすることなかった。
 ……もうちょっと手加減してやるべきだったかもしれん。







































――もう一つの可能性






 ふんふん、と鼻歌を歌いながら帰路につく。
 海鳴市からの帰り。さざなみの愛さんの私有地である山々の上空を、僕は飛んでいた。

 今日は、高町さんちにお邪魔していた。
 実は、ひょんなところから、僕が刀剣類をコレクションしていることが高町さんに知れて、剣術家らしくそういうのが好きな高町さんに見せてあげることとなったのだ。

 つっても、別に大したものを持っているわけじゃない。
 コレクション、って言っても、幻想郷じゃ刀や槍、弓なんかは普通に流通している。
 菓子売りで小金持ちであり、オトコノコとして剣とかはちょっと憧れている僕がちょいちょい気が向いた時に買ったようなものなので、まあ殆どが数打ちだ。

 だけど、一本だけ名刀が混じっているので、ちょっと自慢してきた。
 流石は達人。専門の小太刀ではないにも関わらず、その剣の凄さは伝わったらしい。

「しかし、なのはちゃん、大丈夫かね」

 春。
 異世界の宝物的なサムシングが海鳴市に撒き散らかされ、それを巡る事件に成り行きから関わることになったなのはちゃん。
 詳しく聞いてみたところ、お供のマスコット……ではなく、異世界の住人であるユーノくんに魔法の杖を授けられ、魔法少女としてその事件の解決に奔走したらしい。

 魔法少女というファンタスティックな響きにも関わらず、砲兵は戦場の女神ですと言わんばかりの戦いっぷりを映像で見せられ、ガクブルしたのはまあさておいて。

 そのなのはちゃん。事件が解決した後も魔法のトレーニングを重ねていたらしいのだが、ついこないだ襲撃されたらしい。
 襲撃……いや、この日本でなにを、と思ったが、どうもそれも異世界の魔法を使う人らしく。

 なのはちゃんもよくわからないらしいが、魔法を使える人を狙っているらしい。
 そのお陰で、一時的に魔法が使えなくなっているとのこと。

「……ま、元気そうだったし、心配ないか」

 剣のことで盛り上がっている僕と高町さんに酌してくれた時は、全然普通の様子だったし。
 それどころか、なんと春先の事件で知り合ったフェイトちゃんが転校してきたとかで、もう大はしゃぎであった。

 なお、フェイトちゃんは時空管理局の仕事で来たそうだが、プレシアさんもちゃっかり付いて来てる。軽く挨拶だけ交わした。
 ……プレシアさん、異世界基準だと大きな犯罪を犯してしまったそうだが、幸いにも死人がいなかったこと、次元震(?)とやらは未然に防がれたこと、多額の保釈金が支払われたこと(大量にパテント持ってて金持ちらしい)と……なにより、余命一年足らずということもあり、監視付きではあるが家族で過ごせているそうだ。
 何気に、永琳さんの見立てより寿命が伸びているが、これは精神が持ち直したことが大きいとは自身も生命科学方面の知識が豊富である本人談だ。病は気から、ということわざは真理だった。

「ま、今度おみやげでも持っていきますか」

 折角知り合ったのだ。残り少ない時間、この日本でフェイトちゃんと過ごすらしいし、今度呑みにでも行こう。アルコール関係ない病気だそうだし。

 そんな計画を立てつつ、家路を急いでいると、

「……あれ?」

 急に、周囲の気配が変わった。
 思わず空中に停止し、周囲を見渡す。

 空気が変だ。なんかこう、隔離された感じ……結界っぽい?
 なんで思い至るのと、前方にいつの間にかポニテの女性が現れているのに気付いたのは、ほぼ同時である。

 ……ふっつーに飛んでますな。

「え、えーと、どちら様で?」
「悪いが、名乗るつもりはない」

 わーぉ、にべもない。
 凛とした美貌と、鋭い目付き。身に纏っているのは、中世の騎士のような甲冑……いや、それを模した衣装かな。んで、お約束のように、腰には直刀をぶら下げている。
 ……美人だけど、すげぇ物騒な気配。

「あ、そうですか。じゃ、僕はこれで」

 関わりにならないのが吉かと、僕はその人の横を通り過ぎようとし、

「……なにか?」

 女騎士さんは僕の進路に立ち塞がるように移動してきた。

「悪いが、貴様のリンカーコア、貰い受ける」
「……えと」

 リンカーコアってなんぞ。

「知らんか。バリアジャケットすら纏っていない。土着の魔導師……」
「はあ」

 よくわからない女騎士さんだ。

「だが、私も引けんのだ。すまない、恨んでくれて構わん」
「はあ!?」

 い、いきなり突っ込んできた! そんで、直刀を鞘付きのまま、僕の脳天に一撃――
 って、させるかぁ!

「こなくそ!」

 空中に手を突っ込み、中から『それ』を取り出す。
 僕の能力のうち、割と最近手に入れた応用の一つ。空間を折り畳んで、小さな倉庫を作る能力。

 あまり大きなものは入らないけど……剣の一本くらいは入る――!

「なに!?」
「って、いきなりなんなんだアンタ!?」

 僕の頭の上数センチのところで、僕の剣――草薙レプリカに受け止められた鞘を見て、猛然と抗議する。
 こんなん当たったら痛い! 怪我する! ていうか、今受け止められたの、ちょっとした奇跡だったし!

「ふっ」
「うお!?」

 そのまま力を込められるが、生憎、この草薙レプリカは防御力に関しちゃちょっとしたものだ。
 ギリギリ、と抑えられる力に抵抗し切る。

 しばらくそのままでいると、女騎士さんは僕の腹に蹴りをくれて間合いを仕切りなおした。
 ……ぐ、ぐえ。距離を取るためだけの牽制だったろうに、かなり痛い。もう帰りたい。

「すまない。侮っていた。見事な剣だ」

 ……これ褒められてるの、剣だけだよね。

「そ、それはどうも。……もののついでに、見逃してくれたりは」

 言ってみると、女騎士さんは無言で剣を抜いた。

 途端に熱気。彼女とは十数メートルは離れているのに、すごい魔力が熱気を伴って立ち上り、この距離なのに焼け焦げそうだ。

 はっきり言って、わけがわからない。こんな外の世界で、空飛んで魔力使って襲い掛かってくるような奴に心当たりなどない。

 ……しかし、僕にもちょっとした意地ってものがある。
 なんの理由もわからずに、ただ焼き殺されるなんてまっぴらゴメンだ。

 大体、なんだあの女騎士。胸がでかいんだよ。さっきから動くたびに揺れて気になるじゃねぇか。

 ……いやいや、今はそれ関係ない。ちょっと煩悩よ、去れ。今シリアス。

 え、えっと、まあ僕が抵抗することが無謀ではあることはわかってる。叩きつけられる炎の魔力だけでも、あのおっぱいねーちゃんと僕との実力差は痛いほどにわかるし、さっきの鞘での打ち込みも二回目は防げる気がしない。

「悪いが、こうなると手加減は難しい。多少の傷は覚悟してくれ」
「……うっせぇ」

 草薙の剣を構える。レプリカとは言え、この剣はこの国最強の神剣。
 ただなんとなく格好良いかな、と思って森近さんに作ってもらったものとはいえ、仮にもこの剣を持つなら安易な負けは許されない。
 は? 今まで散々負けてきただろうって? ……そんときはこの剣持っていないことが多かったからセーフってことで。

 と、とにかくだ。相手は炎。……ならば、なおさらこの剣の逸話にかけて、ただやられてはやらない。

「……いくぞ」

 ねーちゃん騎士が剣を構える。
 炎を纏う片刃の西洋剣。ちゃんと受け止められたら生き残れるが、素人に毛が生えたレベルの僕の剣術では刃を合わせることも困難だ。
 ……しかし、侮るなかれ、この剣は、草薙の模倣。

「一云、王所佩剣天叢雲、自抽之、薙攘王之傍草……」
「はああああああああ!!!」

 裂帛の気合と共に、騎士が炎の剣を構え突進してくる。
 さっきより断然速い。今度は目で追うのがやっと。もちろん、体はついていかない。

 しかし、僕が付いていく必要などない。

 ――日本書紀に曰く、当時、叢雲と称されていたかの神剣は、ひとりでに抜けて、周囲の草を薙ぎ払い、火の脅威を退けた!

「因是得免、故号其剣、曰草薙也!」

 日本書紀の一節により、縁が強化された草薙の剣は、その逸話の通り、自分から情けない主の手から抜けて騎士の剣を受け止める。

「なっ!?」

 普通じゃ、こんなことはできない。
 ……賊、火炎、そんな因子が揃ったからこそ神話の一シーンを限定的ながらも再現できた。

 効果は絶大。火を打ち消した逸話は紛うことなく発揮され、一時的に騎士の炎の魔力が掻き消える。

 ……今なら、僕の攻撃も通る――!

「風符『シルフィウインド』……!!」
「くぅ!?」

 身を守る服に遮られて、薄皮一枚斬って終わったが……それで充分! 隙ができた!

「光符『スタンライト』!」
「しまっ……!?」

 顔をかばっていた手をどけるのに合わせ、光符を発動。
 閃光が騎士の目を焼き、一種、僕の姿が彼女の視界から消える。隙が出来た今でないと、到底食らわせられることはできなかっただろう。

「今だっ!」

 視力が回復しないうちに逃げ……

「……あれ?」

 なーんか、遠くから赤い光が近付いて来ているような?

「シグナァァァム!! テメェ!」
「イイイイイイ!?」

 ようやく危機から逃げ出せると思ったら、今度出てきたのはハンマー構えたロリっ子ォォォォ!?

 アカン、逃げ……

 そう意識したときには、既に幼女のハンマーが僕の体を捉えていた。














































 ぐっは……やべ、骨折れてる? 折れてる?

 山中に叩きつけられた僕は、全身の痛みで呻いていた。
 ……しかし、何度も何度も何度も傷めつけられたり殺されたりしたりしたので、そんな時でもどこか冷静な部分が残ってる。

「シグナム、お前らしくもねえ。獲物を逃しかけるなんて」
「面目ない」

 ロリがおっぱいねーちゃんに説教かましてる。

 ……しかしなんだな、この二人、仲間同士っぽいが本当になにが目的なんだ。
 ハンマーを叩きつけられた時は『あ、これ死ぬわ』と思ったのに、途中で衝撃を緩和するシールドみたいなのが張られて、何気に生き残ってるし。
 まあ、僕的にはこんだけ痛いのならいっそ即死させてくれ、という気がしないでもないが。

「しかし、中々珍しい魔法を使う奴だった。主の話では、この世界には魔法はないとの事だったが、これはこの世界を調査する価値もあるかもしれん」
「どうだかな。あたしが手加減しなかったら死んでたぞ。……まあ、とりあえず回収しようぜ。闇の書はシグナムが持ってたよな」
「ああ。待て、今出す」

 おっぱいねーちゃんの名前はシグナムか。覚えたぞこの野郎め。
 いつかきっとこの仕返しを……ええと真正面からだと分が悪いので、なんかこう、地味な嫌がらせでしてやる。

 じぃ、と地面に倒れ伏したままシグナムを睨む。
 勿論これはにっくきアンチクショウへの抗議の視線であって、腹いせにスカートの中を覗こうなんていう破廉恥な真似をしているわけじゃないので、誤解をしないで欲しい。

 ぐぅ、もうちょい……なんで今の時間帯は夜なんだ! 暗くて見えねぇ。

「闇の書、蒐集」

 なんて僕が奮闘していると、シグナムは虚空から本を取り出す。
 その本はひとりでに開くと、不吉な光を放ち、

《蒐集》

 あれ? なんか僕の体に干渉してきた?

「んぐぉ!?」

 相変わらず全身が痛いのだが、それでもなお呻き声を上げてしまう。
 なんか、体の中心から臓器を引きずり出されたかのような気分の悪さ。

 そして実際、臓器ではないが、僕の体から光を放つ球体が出てきている。

「けっこうこいつのリンカーコアでかくね? 感じた魔力は大したことなかったのに」
「ああ、これは期待できそうだ」

 こ、これがリンカーコアってやつですか。
 そう理解し、これからどうするんだろうと見続ける。

 って、シグナムが闇の書と言っていた本が、リンカーコアから魔力を吸収し始めた!?

「ん、ぐぅぅぅ」

 ……そして、それに比例するように、僕のリンカーコアが収縮していく。そして、全身が脱力してくような感じ。

「一頁、二頁」
「十頁くらいはいくか?」

 く、くくく、

「ま、負けるかぁ」

 このまま全部吸われたらヤバい気がする。

 そして、忘れてはならない、アイ・アム蓬莱人。リンカーコアとやらは初めて見たが、これも僕の一部である以上、蓬莱の薬による再生対象に違いない――!

「? ヴィータ。リンカーコアの収縮が収まってないか?」
「あ、ああ。あたしにもそう見える」

 ロリっ子はヴィータっていうのか。
 いやまあ、それは置いといて、ぼちぼち体の方も治ってきたぞ。

 でも、リンカーコアの方の再生に力を回しているお陰で、立ち上がれない。

「三十頁を越えたぞ……」
「おいお前ぇ! 闇の書になにしてやがる!」

 ヴィータが叫ぶが……知るか!
 いきなり襲い掛かってきた連中の心情を慮る程、僕はお人好しではない。そして、こいつらが慌てているって言うことは……そうか、リンカーコア再生続けてれば、嫌がらせになるのか。

 よっしゃ、限界までやったる。









 ――なお、これは後々の調査でわかったことであるが。

 闇の書、正式名称夜天の魔導書は、過去の主の度重なる改変によりバグが大量に発生していた。
 そして、そんなバグの一つに、一般には知られていなかった潜在バグがあった。

 名付けて、過剰蒐集バグ。

 例えばである。夜天の書の最大頁数は六六六頁だが、六六五頁まで蒐集した段階で、次の蒐集対象が十頁分のリンカーコアを持っていたとしたらどうなるだろう。
 こういった場合、夜天の書は一頁分だけではなく、ちゃんと十頁分蒐集出来るよう、容量に遊びが持たせてある。

 しかし、そういった超過頁が十頁でなく、百、二百、あるいはもっと多かったら。
 本来の仕様なら、余裕分の頁まで埋まってしまえば、勿論そこで蒐集は完了する。

 んで、そこで登場する過剰蒐集バグなのだが……なんでも、夜天の書の記憶領域だけでなく、防衛機能とかが保存してあるところまで全部蒐集で上書きしてしまうという、致命的過ぎる不具合であった。
 例外は、権限的に蒐集機能の上位に位置する管制人格のみ。
 守護騎士も途中で管制人格――リインフォースさんがはやてちゃんに呼びかけて、管理者権限による切り離しが間に合っていなかったら消滅していたかもしれないんだってさ。

 はっはっは……ヤバかった。

 いやまあ、とにかく。
 夜天の書は、本来魔法を蒐集するための道具であり。自動防衛システムとかも、基本的に蒐集機能の下位になる。
 ……そんで、僕がリンカーコアを再生し続け、過剰蒐集バグによって延々と蒐集した結果、巣食っていたその他諸々のバグごと、全部上書きしてしまった。

 そのお蔭で、リインフォースさんと守護騎士連中は全員生き延びた。














「……なんだこれ」

 僕から闇の書事件の調書を取りながら、クロノくんが項垂れる。
 ほんの一週間前のことなのに、割と鮮明に説明できたと思うのだけど、どっか変だったかな?

「そうではなく。一体いくつの奇跡が重なれば、こんなことになるんですか」
「ああ、そっちか。いやホント。我ながら、どっかの誰かが糸を引いているんじゃないかって疑いたくなる都合の良さだねぇ」
「貴方が言いますか。僕はこれを裁判で説明しないといけないんですけど」
「頑張って」

 ぐっ、とサムズアップする。
 いや、管理外世界の人間が、管理世界の裁判に参加するわけにもいかんだろうし。僕も仕事あるし。こうやって証言しているだけでも事件に協力していると言えるんじゃないかなぁ。

 しかし、蒐集されたあの夜。夜天の書が崩壊した後の諸々のドタバタは話さなくていいんだろうか。

「……そもそも、なんなんですか。リンカーコアが超速再生する体質って」
「それは僕にもわからない」

 嘘だけど。

「まあまあ、終わりよければ全て良し、という言葉が、日本にはあってね」
「ええ、そうですね。結末だけ見れば、これは最上に近い……いやこれ以上を求めるのは贅沢過ぎる」

 なのはちゃんみたいな犠牲者は結構な数いるって話だけどね。
 まあ、色んな事件を追っているていうクロノくんが言うんだから、そうなんだろう。

「さて、これで終わりです。またなにか連絡するかもしれませんが、基本的に良也さんから聞く話は以上となります。ご協力ありがとうございました」
「どういたしまして」

 立ち上がって、うーん、と伸びをする。
 時間にして三十分程だったけど、ちょっと疲れた。

「あ、僕も少し休憩に入るんで、飲み物でもご馳走しましょう。捜査の協力の対価には、ささやかですが」
「……ゲロ甘の緑茶ならいらない」
「……母がすみません。普通の珈琲でも」

 なら、いただこうかな。異世界の珈琲にも興味がある。

 クロノくんの執務室を出て、彼と一緒にアースラの廊下を歩く。
 ……最初案内された時も思ったけど、やっぱこの船、魔法とか言う割にはSFの世界の産物だな。

 まあ、ちょっと変わった船くらいでおったまげるような軟弱な精神では、幻想郷の海千山千の妖怪どもとは付き合っていられない。
 びっくりはしたものの、それだけだ。

 道中、なのはちゃんへの反応をネタに少年をからかいながら、自販機の備え付けられた休憩室に辿り着く――と、

「あれ、はやてちゃん」
「ああ、そういえば、今日はみんなで時空管理局本局の方へ行ってもらう予定でした。転送設備の調整待ちかなにかでしょう」

 事件後、少しだけ話す機会のあったはやてちゃんは、ちょっと怪しい関西弁の、優しい女の子だった。

 車椅子に乗っているものの、家族である守護騎士やリインフォースと名付けられた夜天の書の元管制人格、リインフォースさんと話す姿は、笑顔が絶えない。

 うん、まあ、痛い目にあったけど、あの笑顔のためになったのなら、その甲斐はあったというもの。なのはちゃんやフェイトちゃんも喜んでいたし、なにも言うことはないな。

 僕は手を上げて、八神家の面々に声をかけることにするのだった。







 なお。後日、はやてちゃんからなにかお礼をさせてくださいとか言われた。
 子供が気にすることではないし、はやてちゃんもある意味被害者なので、丁重にお断りした。

 ……間違っても、シグナムのおっぱい揉ませてください、なんてことは言っていない。あの魅力に抗うとは、僕はなんて紳士なんだろう。



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