胃がキリキリと痛い。 アリシアの卒業式から数日後。僕はテスタロッサ家に高級和菓子セットを片手に挨拶に訪れていた。 ……アリシアが同年代と付き合う、というのなら良い。同じくらいの年齢ならば、その子は付き合ってすぐにわざわざ挨拶に伺う必要はないだろう。 しかし、相手は僕だ。 四十近くの……プレシアさんとほぼ同年代の高校教師である。 アリシアは細かいこと気にしないタチだが、これが発覚した場合、プレシアさんがどのような態度を取るか。 ……普段から娘命なプレシアさんのこと。多少交流があろうとも、罵声の一つも飛んでくるのが普通だと思う。 なら隠れて……というのはあまりに誠実ではないし、隠した上でバレた時の方が困りすぎる。 「………………」 「………………」 わざわざ訪ねてきた僕を不思議がりもせずに客間に通してくれたプレシアさんは、アリシアと付き合うことになった経緯を話すと腕を組んで考え込む。 なお、今日はアリシアはいない。友達と卒業旅行中なのだ。味方不在となるが……この話は、アリシアを通さない方がいいと思った。 しかし……もう一度言う、胃が痛い。 「……それで」 「は、はい!」 説明後初めて、プレシアさんが口を開く。 「土樹さん。確認ですけれど、アリシアの言葉に付き合ってあげているだけ、というわけじゃないんですね?」 「それは勿論。この年になってなにを言うのか、って思われるかもしれませんけれど……そうですね、できればずっと一緒にいたいと思っています」 我ながら、流石にロリコンの汚名を甘んじて受けるしかないと思うが、それでも半端な気持ちならこの歳の差で受け入れたりはしない。 ロリコンじゃない、好きになった人がたまたまロリだっただけなんです……とは、言葉にはしないが、そんな感じだ。 「はあ……じゃあ、私から一つだけお願いが」 「え?」 「なにか?」 いや、その、 「その、当然、反対されるものとばかり思っていたので」 「……まあ、なんとなくこうなるのかなあ、とは予想は付いていたので」 え? 嘘? 「ど、どの辺りで気付いたんでしょうか?」 「さあ。もしかしたら、って思い始めたのは何時頃からだったかしら。でも、確信したのは半年くらい前。二人でうちのフードコートで勉強してたでしょ? その時の態度で、多分そういうことなんだろうなあ、とは思っていたわ」 うぐ……鋭い。 それとも、結婚している女性からすると、恋愛経験ほぼゼロのおっさんの内心くらい駄々漏れなのだろうか。 「で、条件だけど」 「はい」 「アリシアを、無下にしないこと」 プレシアさんの目が真剣なものになる。 「男と女、しかもこれだけ年が離れているんですもの。喧嘩やすれ違いはないわけがないし、場合によってはアリシアが泣くこともあるかも知れない。別れる可能性もあるでしょう。……それはいいのよ。誠実に付き合った結果なら」 言葉を切って、『でも』とプレシアさん続ける。 「アリシアを蔑ろにするようなことをしたら、許しませんから」 「……肝に銘じます」 そんなことするつもりは一切ないが、もしこの約束を破ったら……まあ、多分、表を歩けなくなるくらいじゃ済まないだろう。 「私からは、それだけ」 「ありがとうございます」 僕はプレシアさんに深く頭を下げた。 「そんな感じだ。いやあ、許してもらえてよかった……」 「っていうか良さん? そういう話なら、私も一緒にお話するべきだったんじゃないの〜?」 台所で鍋の様子を見ているアリシアがぶーたれる。 「いや、でも傍目から見ると色々問題あるのはわかるだろ。アリシアが横にいたら、プレシアさん本音で話してくれないかもしれないし」 その場合、表向きは認められたとしても、禍根が残ったかもしれない。 「むー、わかるけど」 「はいはい。ちょっと横にどいてくれ」 油を敷いた中華鍋を煙が出るほど熱する。更なる火力は家庭用ガスコンロでは難しいが、 「よ、っと」 予めの火の通りが均一になるよう切った野菜類を、一気に鍋に投入。同時に火魔法による火球を鍋の下に作成し、業務用のコンロに負けないほどの火力を生み出した。 ぐわし、ぐわし、と鍋を振り、食材を回す。この辺り、もう自炊歴二十年を超える僕は中々の腕前になったと自負している。 「おー、凄いねー」 「まぁな。どうだ、この鍋振りの技術」 「いや、そんなどうでもいいことに本物の魔法使う良さんの適当っぷりが」 ……酷い。 僕は彼女の冷たい言葉に内心涙しながら、予め合わせてあった調味料を投入。具材に絡めてもう一度鍋を振り、大皿に盛り付けた。 ――僕がこういう魔法を使えることについては、すずかちゃんが夜の一族のことをみんなに明かした時に、ついでに話していた。 「アリシア、そっちは?」 「もういいよー」 んで、アリシアが作ったのは肉じゃが。『彼女に作ってもらいたい料理といえばこれでしょ?』と訳知り顔で言っていたが、僕の野菜炒めとの相性はあんまり良くない気がする。 まあ、空腹は一番の調味料。朝は軽くしか食べていないので、もう腹が鳴っているから美味しく食べられるだろうけど。 アリシアの告白を受けて、しばらく経ったある休日。 以前にした約束の通り、アリシアが僕の家に来て手料理を振る舞ってくれるという話になったのだが、折角だからとこうして僕の料理も一緒に供することとなっていた。 丁度良く、炊飯器が炊き上がりを知らせる音を鳴らす。 「アリシアー、そっち、食器取ってくれ」 「わかった。……食器、不揃いになっちゃうね」 「一人暮らしなんだから仕方ないだろ」 食器はセットで買っていないのだから仕方がない。 それでも茶碗と汁椀は二つずつあるし、その他の食器もそれなりにあるから二人分くらいは問題はない。 「ん……悔しいけど、美味しい」 「いや、アリシアの肉じゃがも美味いよ」 実食である。 それぞれの料理を口に運び、感想を言い合う。 アリシアの肉じゃがはどこかほっとする味で、ご飯が進む感じだ。僕的にはもう少し辛い味付けが好みだが、これはこれで十二分に美味しい。 「うん、おかわりするか」 気が付くと、一杯目はあっさり空になった。二人だから二合程炊いているので、まだ飯は十分残っている。 「あ、はいはい! 私がよそうよ」 「んじゃ、お願い」 「お味噌汁は?」 「一緒に頼むー」 アリシアに茶碗と汁椀を渡すと、ぱたぱたと動きまわってご飯と味噌汁のおかわりを入れてくれる。 「…………」 いかん。なんでもないことのはずなのに、なんかにやけてしまう。 「はい、お待たせー」 「ありがと」 うむ、悪くない。 ご飯を食べ、洗い物を済ませると、リビングのソファでだらー、とする。 「あー、食った食った……」 「美味しかったー。良さん、お料理上手だね」 「まあ、一人暮らし歴長いからな、あのくらいは」 寝っ転がれるよう、僕の買ったソファは二人用だ。アリシアは隣に座り、遠慮なくこっちに寄りかかってきている。体重の預け方が、なんかもう全振りって感じだ。 肩を抱いてやると、安定した姿勢が心地いいのか、アリシアは満足気にする。 「っていうか……良さんの部屋、一人暮らしにしては広くない? ――もしかして、誰かと同棲してたとか」 「あるわけねーだろ」 むー、と上目遣いで睨んでくるアリシアの額に軽くデコピンをかます。 「さざなみ寮の愛さん……ああ、槙原動物病院の院長さんな。知ってると思うんだけど」 「あ、うちのアルフとリニス二世がお世話になってる」 「あの人、結構前からの知り合いでな。地元の不動産屋さんに顔利くんで、『出る』って噂が立ってて借り手の付かなかったこの部屋を格安で紹介してもらったんだよ」 なお、今はもう噂もなくなったので、多少賃料は上がっている。それでも、部屋の広さに比べて安いが。 「で、出るって……」 「幽霊。大丈夫、入居した時は確かにいたけど、成仏させといたから」 なお、こういう物件は実はそこそこあるらしい。耕介のような退魔師は数が少なく、緊急性の低い案件には手が回らないのだ。 ここにいたのも、せいぜい夜中に語りかけてきたり、軽いポルターガイスト現象を起こすくらいの弱い霊だったし。 「はあ〜〜、良さんって本当に霊能力者なんだ」 「今日も魔法使っただろ」 「いや、なんか普通に使うから、特別って感じがしなくて」 「別に特別じゃないからなあ。僕の知り合いは、こういう事できない人間の方が少ないし」 海鳴市の知り合いを含めて。 「ふーん。面白そうだから、また聞かせて」 「いいぞー。っと、そうだ。映画借りてたんだったな」 そうそう、午前中アリシアを迎えに行った帰り、ツ◯ヤに寄って借りてきたんだった。 一本はコメディ。もう一本は『恋人同士なんだからこういうの見ようー』とアリシアがプッシュした恋愛映画。 「どっちから見る?」 「じゃ、そっち。後で見ると変な空気になりそうだし」 と、アリシアが示したのはコメディ映画のほうだった。 プレイヤーにセットして、上映開始。 「あ、ポテチでも持ってくるか。確か買い置きが」 「やった。食べる食べる」 言ってから、太るぞ……と思ったが、アリシアは逆に少し位大きくなったほうがいいのでまあいいのか。 ていうか、体の割に意外と食べるくせに、こいつ全然体型変わんないしな。 のりしお味のポテトチップを広げ、ついでに持ってきたジンジャーエールをコップに注ぎ、映画を見る。 アリシアはあはは、と遠慮無く声を上げ、『今の面白かったね―』と笑いかけてくる。 僕はあまり映画とか見る方じゃないのだが、そんな反応を見ているだけで楽しい。 そして、あっという間に二時間が経ち、一本目が終わる。 「はぁー、楽しかった。次行こ、次」 「体力あるなあ」 二時間ぶっ通しで見た後、直ぐに次のに入るのは精神的にそろそろ辛いのだが。若干、目がしょぼしょぼする。 ま、いっか。と、僕は次のディスクを挿入して再生。 先ほどまでのとはまるで違う、しっとりしたオープニングが流れ、 ……僕は、そのままウトウトとしてしまうのだった。 ――はっ!? 目が覚めてみると、まだ映画は続いていた。しかし、時計を見るとたっぷり寝入ってしまっていたらしく、時間的にはもうそろそろ映画も終わる頃だ。 その証拠に、今はイケメンの主人公と美人のヒロインが夕日をバックにキスを交わすシーン。いかにもラストっぽい。 あちゃぁ、と隣のアリシアを横目で見ると、こっちは通しで見ていたのか、真剣な表情で最後の映像を見ている。 最後くらいは、と僕もテレビを見て、 「………………」 うっわ、キスシーン濃厚だなあ。固く抱きしめあってキスをするその様子は、ちょっと過激だ。ここまでのストーリーがさっぱりわからないので感情移入できないが、きっとこれが感動のシーンというやつだろう。 と、そこで、くいっと袖を引かれた。 「……?」 誰が、というかアリシアしかいない。 真剣にテレビ画面を見ながら、くいくい、と袖を引いてくる。 ……あ、これは映画に当てられてる。エンディングのテーマ曲が流れ始めると、アリシアは僕の方に視線を向けてきた。 まあ僕も、起き抜けでイマイチ頭が回っていないが……彼女の求めることくらいは、なんとはなくわかるので、 「っと」 アリシアを抱き寄せて、軽く口付ける。 流石に映画と同レベルのはまだ無理。 唇を離して、ソファから立ち上がると、凝り固まった体がぐきっと鳴った。首を回し、背筋を伸ばして解きほぐす。 「ところで良さん? 最初っから殆ど最後まで寝てたでしょ?」 「あー、ごめんごめん」 もう普段モードに戻り、文句を言ってくるアリシアを適当にあしらう。 「もう夕方か。珈琲でも飲むか? 紅茶や緑茶もあるぞ」 「私も珈琲でいいよ。ミルクと砂糖ありありで」 「了解」 飲み物にはこだわる僕は、ちょっと良いコーヒーメーカーを持っている。 豆と水を入れれば後は挽きたての珈琲を淹れてくれるというすぐれものだ。 ふんふん、と鼻歌を歌いながらカップを二つ用意する。 「良さーん、漫画読ませてもらっていいー?」 「好きにしろー」 アリシアの声に返答する。僕の本棚にあるのは殆どが男向け、しかも萌系が結構な割合を占めているが、アリシアはおもちゃ屋の娘だからか、意外とその手のにも理解がある。 ゲームも同様だ。なお、コンシューマに関してはT&Hで買ってるため、僕が購入してるゲームは大体把握されてるが、年齢制限ありのパソコンゲームは通販、もしくはダウンロード販売をメインにしているため、知られてはいないはず。 「えっと、ミルク多め、砂糖は二個、と」 僕はブラックで。 「おーい、持ってきてやったぞ」 「ありがと。そこ置いて」 「はいよ。……僕もなんか読むか」 適当なラノベを本棚から抜き、映画の時と同じくソファに腰掛けて読み始める。 「あ、美味しい。これ、なのはの家の?」 「よくわかったな」 翠屋の特製ブレンドはリーズナブルな値段の割に味が良く、ファンが多い。高町さんに聞くところによると、豆を買って帰るお客さんも結構多いらしい。 「小学校の頃から良くお世話になっているからねー」 「それもそうか」 そうして、しばらくはページを捲る音と、珈琲を啜る音だけが流れる。 時間にして一時間ほどか。ブーン、という携帯電話の振動で、読書が中断した。 「アリシアの携帯?」 「みたい。えーと、あれ、フェイトからメールだ」 スマホの画面を操作するアリシアが、文面を見て苦笑いする。 「良さん、これ」 「ん?」 メールを見せられた。 『アリシア、今日帰りは何時頃? 良也さんの家に泊まるなら、私の方で誤魔化しとくよ』 …………………… 「……アリシア。お前の妹は、少しむっつり過ぎる気がするんだが」 「あはは、同感」 アリシアがメールの返信を認め始める。 ったく、付き合い始めたことを知られていることは別に不思議でも何でもないが、それからまだ一週間位しか経っていないというのに、フェイトはせっかち過ぎる。まだまだ時期尚早だ。 ……いや、じゃあいつならいい時期なのかと聞かれても、答えようはないわけだが。 アリシアを見る。 「? なに、良さん」 「なんでもない」 いや、アカンだろ。改めて見ても身長差がまるきり大人と子供(ガチ)だ。でも、この年からだと劇的な成長はあまり望めないだろうし。 ――ど、どないしろと。 僕は懊悩する。キスくらいなら抵抗はない。いや、ホントはここも抵抗しなきゃいけない気がするが、恋人関係になる前のスキンシップの延長という感覚だ、僕的に。 そうして、しばし悩んだ僕の結論は、 「そろそろいい時間だし、アリシアも帰るか? 送ってくけど」 「あ、うん。よろしく!」 棚上げだった。 ま、まあそのうちなるようになるだろ! 今やることやっちゃったら多分プレシアさんにぶっ殺されるし! それに、身長を含め、アリシアは色々と小さいが、別にまるっきり幼児体型ってわけじゃ……ないよ、多分。 「良さん、なんか変なコト考えてない? 目がなんかえっちぃよ」 「なにを馬鹿なことを」 「べっつにいいけどねー。良さん? 誤魔化す時、妙に反応がいい癖があるから気を付けたほうがいいよ?」 マジでか。確かに、さっきの返事はノータイムだったが。 「あ、そうそう。明日は私がお店へ復帰する日だから。暇だったらでいいけど、来てね」 「いいよ。朝一からお邪魔する」 「ん、ありがと」 アリシアが帰り支度をする。 僕も家まで送っていくので、財布と携帯をポケットに突っ込み、マンションを出る。 アリシアが腕を組みたがるので、好きなようにさせ、テスタロッサ家への家路を辿る。 ……まあ、とても有意義な休みだった。 その夜。 ブレイブデュエル関連の情報をインターネットで調べていたら、某掲示板に妙なスレッドが立っているのを発見した。 タイトルは『【ブレイブ】T&Hエレメンツのメンバーって【デュエル】』である。……あのチームは世界大会優勝チームなので当然有名であり、動画サイトの中継のみならず、普通のテレビにも映ったことがある。 何気なく開いて、流し読み。 >全員可愛いよな >禿同。アリサ嫁にしたい >じゃあ俺はフェイト >アリシアタンprprしたいお! >ロリコン乙 >いや、アリシアはあれでもメンバー最年長。確か、今大学生のはず。……なので合法ロリなんだよ! >うっそ。どう見ても小学生だろ >七年前のブレイブグランプリ大会動画のリンク貼ってやるから見てこい。当時から変わってねぇから >うお、マジだ。つーか、この動画の対戦相手の良也って今の世界ランク六十五位じゃね? こっちも変わってなくね? >……確認。本当だ。全然老けてないな。ていうかこの人もホビーショップT&H所属かよ >グランツ研といい、八神堂といい、海鳴市のプレイヤーのレベルはちょっとおかしい >グランツ研のお膝元だからなあ。なんかあるんじゃね? >T&H所属デュエリストです。その良也って人、今アラフォーらしいよ。後、近所の高校の先生 >海鳴市ってネバーランドか。どう見ても大学生か新社会人位だろ >T&Hの店長ズを見る限り、否定出来ない >アリシアタンprpr! ぺろぺろ! >なお、アリシアちゃんは件の良也氏と付き合ってる疑惑あり。お店でよくイチャついてる >なん……だと…… >聖職者がなんでロリに手ぇ出しているんですかねえ マズイ。なにやら僕の風評がスレ内でエライことになってる。っていうか、バレバレだったのか? 後、個人情報を露骨に漏らすんじゃねえええええええ! くっ、畜生……ええと、書き込みはあんましたことないんだけど、 >いや、きっと好きになった人がたまたまロリだっただけで、彼はロリコンじゃないんじゃないかな >本人降臨 >本人乙 >見苦しい言い訳乙 速攻バレた!? これ以上書き込んでも疑惑を更に深めるだけに思えたので、ブラウザをそっと閉じる。……うん、ネタだと思われたに違いない。きっとそう。 しかし、 「うーむ」 まあ想像出来ていなかった僕が迂闊だったのだが、T&Hエレメンツのみんなは本当に人気があるんだな。確かに、全員下手なアイドルより可愛いし、無理なからぬことか。 でも、高校生のメンバーは基本学校と自宅の往復、後はよく知った店に行く程度なのであまり心配はないが、アリシアは来月からは大学生となり、コンパとかにも参加するだろう。必然、夜遅くに帰宅することもありえるわけで、 「………………」 アリシアたんぺろぺろ氏がまさか本気だったとは思わないが、有名だということは悪意にも晒されやすいということだ。 「ふむ」 ……考えたら不安になってきた。何かしら、身を守るアミュレットでも贈ったほうがいいかもしれない。 スペルカード用の紙はあるよな。後、『倉庫』にある薬草に、錬金で作った金属類、砂粒レベルの大きさだが、去年まるまるかけて作った虎の子のパチュリー式賢者の石。 ……素材はそこそこだけど、僕アイテム作りはてんで駄目だしな。 「今、十九時過ぎか」 幻想郷は、夜も早いが朝も滅法早い。T&Hの開店時間は十時…… 「今から行って、明日の早朝に依頼……で、間に合うか?」 僕は外出の支度を整えながら、計算する。素材類が全部揃っていれば、アミュレット作りなどそこまで時間はかからない。センスが絶望的にない僕はともかく、アリスかパチュリー辺りなら…… あ、パチュリーは夜型だし、夜中に頼めるかも。 うん、なんとかなりそう。 翌朝。二日酔いでガンガン痛む頭を抑えながら、僕はT&Hにやって来た。 時刻は九時半。丁度、開店準備中のはずだ。 アリシアにメールを送信すると、すぐに返答が帰ってくる。 しばらく待っていると、店員用の裏口からアリシアが現れた。 「良さん、おはよう!」 「ああ、ごめん。仕事中だったか? 店が始まった後、休憩時間にでも話せりゃ良かったのに」 「大丈夫だよ。後はもう、司会用の衣装に着替えるだけだったから」 そっか、と頷いて、僕は『倉庫』からそれを取り出した。 「えー、包装もなんもないけど、これ、プレゼント。アミュレット……お守りな」 「え?」 ものづくりの得意なアリス辺りに依頼しようと、昨日幻想郷に行った際。 翌日――今日の朝に頼もうと思っていたのだが、丁度博麗神社で宴会をしていたため、その場でアリスを捕まえて作ってもらった。 ついでとばかりに、酒の入った神様や仙人や妖怪やらが好き放題に加護を与えまくった結果、当初の想定より随分と効力は上がってしまったが、まあ強い分には問題あるまい。一応、あくどい効果がないことは確認しているし。 人形用の装飾品を作っているアリスが形を整えてくれたので、アクセサリーとしても中々のものになっている。 身に付けやすい品の良いペンダント。ミスリルのチェーンと、ペンダントトップのプレートには例の僕の作った賢者の石をあしらい、ルーン文字と梵字と神代文字を模様っぽく刻んである。 「ありがとう! うわー、なんかキレー」 「知り合いがそういうの得意でな。素材は僕が用意したけど」 「へえ。でも、なんで突然?」 いやまあ。 これを作る動機はあまり大きな声で言えないので、曖昧に笑って誤魔化す。 「一応、本物の神様にも加護もらったお守りだから。ダンプの正面衝突くらいなら、大丈夫」 『試し』とばかりに巨大化した萃香の踏みつけを喰らっても骨折で済んだし。お陰で魔力充填し直すハメになったが。 「……良さんの中で私はどんな危ない目に遭うことになってるの」 「いや、ちょっと張り切りすぎた感は否めないけど、まあ大は小を兼ねるって言うし」 ふう、とアリシアは溜息を付き、ささっとペンダントを身に付ける。 「どう?」 「うん、いいんじゃないか」 悪くない。アリスや協力してくれたみんなには後日礼を持って行こう。 「ちょっと、良さん」 「うお!?」 脇腹を突かれ、僕は身悶えする。 「そこ弱いんだからやめろ」 「贈り物着けたんだから、そこは可愛いよー、とか似合うねー、とかあるんじゃない?」 「はいはい、似合ってる似合ってる。可愛い可愛い。ほら、もうすぐ開店時間だから」 「むー、わかった」 少し納得いっていない感じだが、衣装の着替えと準備を考えるとそろそろギリギリだ。 アリシアはくるりと反転して、ダッシュで去っていった。 さて、僕は適当に自販機で飲み物でも買って、開店まで時間潰すか。 『みんなー! ひっさしぶり! T&Hの看板娘、アリシア・テスタロッサが今日から復帰でーーーす!』 うおおおーーー! と、デュエルスペースに集まったプレイヤー達が大きな歓声を上げる。 ちょこちょこ一般プレイヤーとして参加はしていたのだが、やはり司会としてのアリシアがいないとT&Hのイベントは盛り上がらない。 他のT&Hエレメンツや店長さんたち、エイミィがやってもなんか違うのだ。 『今日のイベントはレアカードが貰えるビッグチャンス! 参加プレイヤーの総当り戦でポイントを溜めて、ポイント上位者にはスキルカードやレアアバターがプレゼントされまーす!』 マイク片手に、アリシアのテンションは高い。ブランクを感じさせない見事な司会っぷりだ。 『ルールは通常のデュエルルール。シングルから五人チームまで、チーム人数ごとに別々の総当りだよ。ショッププレイヤーに勝つとドカンとポイントゲット! 私も参加するからよろしくねー』 しかし……うん。僕も衣装のデザインには付き合ったが、あのアイドルチックな衣装はいいな。露出は少ないが、春らしく桜色の衣装は、華やかでアリシアの笑顔によく似合っている。 なお、衣装作りはプレシアさんが一晩でやってくれました。 んで、胸元にはついさっき僕が贈ったペンダントがキラリと光っている。 「土樹さん?」 「っと、プレシアさん。どうも、おはようございます」 後ろから声をかけられた。振り向いてみると、先日挨拶に伺ったプレシアさんが店のエプロンを付けて立っている。 「おはよう。それと、いらっしゃいませ。今日もデュエルかしら」 「ええ、まあ。後、今日はアリシアの復帰ってことで、様子を見に」 「ふふ、それは、うちの娘を気にかけてくれてありがとう」 どういたしまして、と返す。 「しかし、今回のアリシアの衣装、いい感じですね。プレシアさん、洋裁でも食っていけるんじゃないですか」 「私は娘以外の服を作る気にはなれないわねえ。自分のとか、作ってみたら縫製が無茶苦茶になっちゃって」 ……お、おう。 娘のための行動の時はなんかステータスにブーストが掛かってるんじゃないだろうな、この人。ありそうで困る。 「衣装と言えば。アリシアが着けてるペンダントは見たことがないんですよね。アリシア、あんなアクセサリー持ってませんでしたし」 「へ、へえ」 「そういえば、さっき開店前に、アリシアが慌てて裏口に向かってましたね。……土樹さん?」 「……はい、僕のプレゼントです」 なんとなく気恥ずかしくて黙っていたが、最初からバレバレだった模様。 「あんな高そうなもの、アリシアにはちょっと早いんじゃないかしら」 「大丈夫です、知り合いの手作りですんで」 「手作り?」 「知り合いの趣味というかライフワークの一部というか。材料の金属と石は僕が集めたもんですよ」 嘘は言っていない。アリスにとってアクセサリー作りはあくまで余技だし、錬金材料は僕が足で集めたものだ。 まあ実際売り物にしたらどのくらいの値段になるかは分からないが、そんな目玉が飛び出るような価格ではないだろう。 「そ、そうなの」 「そうなんです。プレシアさんと同じようなもんですよ」 ふう、なんとか誤魔化せたぜ。 『えーと、タッグの参加者が多いねー。じゃ、まずT&Hエレメンツのみんなにはそっちに入ってー。あ、私はあぶれちゃうから……良さーーん!?』 ぶはっ!? 「大声で呼ぶんじゃない!」 なんか近くの人の注目が僕に集まってるし! 『いいから! 私と組んで、タッグ戦よろしく!』 「わかったよ!」 今は仕事中なので、多分私情はちょっとしか入っていないんだろうが、いい笑顔すぎる! 「……じゃ、プレシアさん。そういうことで」 「はいはい。じゃ、よろしくね。私は別フロアの方、見に行かないと」 娘のデュエルを見たそうにしているが、この店はブレイブデュエル以外も幅広く商っている。いつまでもここにいるわけにも行かないらしく、プレシアさんは去っていった。 『さーあ、受験中にも関わらず、ちょくちょく参加しては数多のデュエリストを倒してきたアリシアちゃんのチーム"ARシューターズ"の対戦相手はー!』 ショッププレイヤーとして参加するため、マイクを一時エイミィに渡して、アリシアがデュエルスペースに降りてくる。 なお、チーム名のARは、もちろんアリシア&良也の略である。 「良さん、行くよ!」 「はいよ」 アリシアが僕の腕を引っ張っていく。 ……あ、もしかして昨日の掲示板のアレはこういうのの積み重ねか、もしかして。 気付いてみると、なんか周りの視線が。 「良さん、ぼーっとしてないで!」 「っと、待て待て、無理に引っ張んな!」 観客席を見渡す僕を、アリシアは殆ど腕に抱きつくような姿勢で引っ張ってくる。 ……うん、我ながら、これは誤解(じゃないんだが)されても仕方がない。 まあでも、いまさら露骨に距離を取るわけにも行かない。 僕は諦めの境地でブレイブホルダーを取り出し、デュエルの世界にダイブするのだった。 イベントは大盛況のうちに終わった。 T&Hエレメンツ程ではないが、僕も準ショッププレイヤーな立ち位置なので、あのまま対戦に駆り出され、夕方までデュエル三昧だった。 まあ、楽しかったからいい。 んで、T&Hエレメンツのみんなは、イベントの打ち上げと称してテスタロッサさんのおうちでぷちパーティーだ。 こういうイベントに協力した時も、僕は学生だけの打ち上げにお邪魔することはなかったのだが、 「……バニングス、僕はもう帰るって言ったと思うんだが」 「まあまあ。先生も、ジュースどうぞ」 なんか、バニングスとすずかちゃんにあれよあれよと宥めすかされ、何故か打ち上げに参加することになってしまった。 何故今回に限って……とは思わない。大体想像はついてる。 「それじゃ、イベントの成功とアリシアの復帰を祝って、かんぱーい!」 バニングスが音頭を取り、グラスを掲げる。僕もオレンジジュースの入ったグラスを、仕方なく手に取った。 ジュースで喉を潤し、まあ少しくらいいただくかとテーブルのお菓子に手を伸ばし、 「さて、乾杯も終わったところで……。アリシア? あたし達になにか言うことあるんじゃないかなー? って思うんだけど」 「あ、そうだね。まだフェイトにしか言ってなかったし。……えーと、このたび、良さんと付き合うことになりましたー」 と、アリシアが宣言とともに、これは私のもんだと言わんばかりに抱きついてくる。 「あ、ようやく……なんですね」 「すずかちゃん。その言い方だと、僕が教え子に手を出してもおかしくないように思われてるみたいだから、やめて」 なにがようやくなのか。もっと前だと思い切り在学中だぞ。 「アリシアちゃん、ホントに?」 「うん、ホント」 「ふわぁ……いいなあ、恋人かあ」 と、なのはちゃんが憧れの目を向けてくる。……その気になれば、彼氏くらい入れ食いだろうに、身近な男があの兄だから理想が高くなってる気がする。 「あ、アリシア……折角だから聞きたいんだけど……その、どこまで行ったの?」 どストレートぉ!? フェイトさン、貴方大人しそうな顔してなに臆面もなく聞いてるんですか!? 「あ、それはあたしも気になる」 「(じー)」 「どきどき」 バニングス、すずかちゃん、なのはちゃんの三人も、便乗して来た。 僕は、固まる。ていうか、なにを言えるはずもな―― 「ちゅーまでは済ませたよ!」 「アリシアぁあ!?」 ピースまでして堂々と宣言しやがったこいつ! 同時に沸き起こった黄色い声に、僕は頭を抱えるしかない。 幸い、質問はアリシアの方に集中している。僕は口を貝のように閉ざして、ちびちびとジュースを飲む。 そんな風に逃げることも許されないらしく、アリシアがテーブルの上のお菓子を一つ手に取り、にんまりと笑ってこちらに向けてきた。 「良さん、ポッキー食べる? あーん」 「……おーい、アリシア。僕をどこまで晒しモンにするつもりだ」 「そのうち、外にデートとか行くでしょ? 身内しかいないのに、恥ずかしがってちゃ駄目だよ」 「外であーんとかはしないからな!?」 わかってるわかってる、ほらほら早くー、などと急かされる。 僕は仕方なく、口元に差し出されたポッキーを齧る。おおー、とみんながどよめく。……滅茶苦茶恥ずかしい。 「まだ春先なのに暑いわねー、この部屋。ねえ、すずか?」 「本当。それに、わたしは小さい頃から知ってるから……あの良也さんがー、って感じ」 「ふわぁぁ……あの、えっと。アリバイ作りなら、いつでも私、協力するから!」 「フェイトちゃん、アリバイってなに?」 きゃいきゃいと、四人娘が好き勝手に言って、アリシアはまんざらでもない顔で胸を張っている。 ……好きにしろよ、もう。 「じゃね、良さん」 「ああ。またメールでもするから」 明日も学校なので、遅くなる前に打ち上げは切り上げ。 テスタロッサ家の玄関先で、別れを告げる。 ……気を使ったのかなんなのか、家まで送っていくべきなのはちゃん、すずかちゃん、バニングスは先にマンションの下に降りている。 「あーあ、次会えるのは今度の土日?」 「そう。期末だし、今週は忙しい。でも、その後春休みだからな。そっからは色々遊べる」 「じゃあ、買い物付き合って。色々大学に向けて揃えないといけないものあるから」 「オーケー。ま、詳しくはまた今度な」 なお、職質は心配はない。なにせ、アリシアは有名人だし、小学校時代から僕と一緒に行動することがたびたびあったので、もはや警察に顔を覚えられている。 「それじゃ」 「んー」 アリシアが目を瞑って顔を向けてくる。 「はあ」 ……見てないよな、誰も。と、確認して、アリシアの唇に別れを告げた。 ――そんなこんなで。 アリシアの有名度に引っ張られ、なんか海鳴名物カップル的な扱いになるのに、一年はいらなかった。 |
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