意外だった。

「ほう、これも避けるか! ならばこれでどうだ!」
「っ、ぐ、あっ!」

 タキオスの攻撃は受け流したはずなのに、全身の骨が砕けるかと思うような衝撃が走る。実際に骨に罅の一つや二つは入っているだろうが、オーラフォトンで強化された身体は、動きに支障をきたすことはなかった。

 僅かな、隙とも言えない次までの攻撃のごく短い間に、友希は無理矢理身体を動かしてタキオスに攻撃を仕掛けた。

「ふん!」

 が、タキオスの小手に弾かれる。
 タキオスの身に付ける服や防具は、永遠神剣ではないものの、この世界とは異なる世界でマナ技術の粋を凝らして作り上げられた逸品だ。このような半端な攻撃では傷一つ付けられはしなかった。

 しかし、やはり意外だ。

「そらっ!」
「がああああっっっ?」
「トモキ様!?」

 誰かが名前を呼ぶのが聞こえた。
 今度は、受け流すことすらできず、真正面からタキオスの攻撃を防いだのだ。全力で緩和したはずの衝撃は、友希の足を伝って地面を陥没させ、弾けたタキオスのオーラフォトンが周囲のマナを滅茶苦茶に掻き回す。
 生きていることが奇跡のような攻撃。しかし、

「終わり、ではないようだな」
「当たり、前……だ!」

 またしても、なぜか反撃が出来る。
 全力は込められないが、それでもタキオスが無造作に受ける訳にはいかない程度の威力を持つ攻撃。

 タキオスはそれに感心したように万全の体勢で受け止めて、にやりと笑った。
 それを隙を見て、友希は一度思い切り距離を取る。

 やはり、タキオスからの追撃はない。この男は戦いを心底楽しんでおり、興が乗ればこうして口を交わす余裕を見せる。
 まったくもって舐めているとしか言えないが、実際、それだけの差が二人にはあった。

 あった……のだが。

「よくもまあ、ここまで戦えるものだ。少々驚いたぞ」

 意外と言えば、それに尽きる。
 レゾナンスの効果で力が上がっているとは言え、友希は一人でタキオスとここまで渡り合えるとは想像すらしていなかった。
 ちらり、と少し目を向ければ、もう少しで戦線復帰できそうなスピリットが数人いる。悠長にはしていられないが、それまで持てば立て直しができそうだ。

 その友希の視線に気付いたのか、タキオスが口の端を歪めながら指摘した。

「やめておけ。全員が立ち上がるならばともかく、数人が加わる程度ならお前一人の方がマシだぞ、トモキ」
「……訳の分からないことを」
「そうか? ごく、単純な理屈だ。連中が倒れる前のお前ではここまで俺と剣を交えることはできなかった……。今は、周囲に気を配る必要が無いからこれだけ戦えているのだ。つまり、奴らはお前にとっては枷だったわけだ」

 タキオスの言うことは、一概に間違いとも言い切れない。ネリーを庇っていなければ、友希は未だ生き残った他のみんなとともに戦っていただろう。仲間を巻き込まないため、攻撃の威力や方向を調整していたのも確かだ。
 ……しかし、甚だ心外な指摘である。

「僕の今の力は、仲間の力が合わさったものだ。お前が言うようなもんじゃねえよ」
「仲間? ……違うな。そういうのは、餌と呼ぶのだ」

 好き勝手な物言いである。
 怒りは感じるが、そもそもタキオスに対しての感情はとっくに振り切れているため、今更激高したりはしない。

「……みんな! もうちょっとだけ頑張ってくれ!」

 身体の細かい負傷は、湧き上がるオーラフォトンで癒えた。共鳴による力の向上は、甚だ著しい。『了解!』という力強い返事を受けて、友希は再び駆け出す。

「わからん奴だ。……しかし、少々時間をかけすぎたな」

 ちらり、とタキオスは友希が目の前に迫っている状況で、明後日の方向に視線を向ける。

「どこ……向いてんだ!」
「いや、なに」

 友希の攻撃は、あっさりと『無我』で防がれる。
 一太刀では終わらない。二撃、三撃、四撃……一撃だけでも城砦を破壊し、スピリットを何十人と纏めて叩き潰せる今の友希の攻撃も、タキオスの硬い防御を揺るがせることは出来ない。

「そろそろ、テムオリン様の元に駆けつけねばな、と思っただけよ」
「行かせると思ってんのか!」
「勿論だ。そろそろ、『分かってきた』ところだ」

 瞬間、タキオスの気配が変わる。今までも、鬼神を思わせるような闘気だったが、それが更に何十倍と膨れ上がった。
 友希の攻撃の手が、その気配に思わず止まり……瞬間、タキオスが攻勢に入った。

「〜〜〜〜っ!?」

 繰り出される攻撃を、友希は必死で捌く。
 先程までは僅かに反撃する余地も見出だせたが、今は生き残るのが精一杯だ。攻撃を防ぎ、息をつく暇もなく次の攻撃。しかも、この全てが防御に全霊を込めないと即死必至の致命打だった。

 勿論、今までタキオスが手を抜いていた訳ではない。速度や攻撃の重さは変わっていない。
 しかし、明らかに動きが違う。友希が防ごうとすると、その防御があっさりと砕かれ、苦し紛れの反撃は形になる前に潰される。

 一挙手一投足までもが全て先回りされている感覚。
 たまらず後退しようとすると、その直前にタキオスが踏み込んだ。これも、友希が逃げるのがわかっていたかのようなタイミング。

「〜〜〜〜っ、!?」

 動きを止められずそのまま後ろに飛ぶが、事前に距離を詰められた分、『無我』の間合いから逃れられていない。
 オーラフォトンを全開。強固な盾を作り上げ、『束ね』を構え――その全てが事前に分かっていたように、タキオスの攻撃はそれらをすり抜けた。

 絶望的な光景。迫ってくる致死の刃が、やけにゆっくりと見える。見えていても対処の仕様はなく、友希は自分の体に食い込む『無我』を見つめ、

「終わりだ」

 小さな声。
 肩から袈裟懸けに斬りつけられ、友希は為す術もなく吹き飛ばされた。























「―――――!!!?」

 力なくバウンドして地面に叩きつけられる友希の姿に、誰もが叫んだ。

 あれは、危険な倒れ方だ。
 ギリギリで両断こそされなかったものの、それに近い致命傷。
 今は原型を留めているが、傷口から溢れるような金色のマナの霧が立ち上っており、いつ昇華が始まってもおかしくはない。

「〜〜、ぎっ、この、くそぉぁっ!」

 それを見て、悲鳴を上げる身体に鞭を打って、光陰が立ち上がった。
 他、幾人かが同じく起き上がろうとしているが、体力もマナも豊富な光陰が一番早い。

「立ち上がるか。貴様一人では、俺に傷一つつけられないだろうに」
「ったりまえだ! 生憎、ここで諦めるような往生際の良い奴なら、こんなところにまで来てねえんだよ!」

 光陰の喝破が響く。それに応えるように、一人、また一人と立ち上がっていった。

 レゾナンスの効果はまだ続いている。
 もう、いつ死んでもおかしくない状態なのに、友希は魔法の維持を止めてはいなかった。既に意識もほとんどないはずにも関わらず、繰り返した訓練によるものか、ただの根性か。
 どちらにしろ、数秒後には終わってもおかしくない効果だが、構わず光陰は駆け出した。
 後退も、回避も考えない、愚直な突撃。もはや、そうでもしないとタキオスにダメージを与えることなどできない。

「ふん……」

 タキオスはつまらなそうに嘆息する。

 中々に楽しい戦だったが、とんだ蛇足だ。だが、無視してテムオリンの元へ転移できるほど、死兵というのは甘くはない。タキオスの戦歴には、より上位の実力者に対して捨て身で勝利を拾ったことは何度でもある。油断などできるものではない。

 更に、光陰の後に続くスピリット達。そして、友希の治療に向かったグリーンスピリット達。
 それぞれが自らの役割を完璧に果たしており、タキオスはいささかも気を抜いたりはしないが……それだけで、済む事態ではあった。タキオスが本気でかかっても、僅かなりとも勝利の可能性を残していた友希と違い、彼らは疲弊しすぎている。

 一人当たり、数秒も稼げれば上等な戦力差だ。負傷が癒えている者はほとんどおらず、気力だけで突撃しているような有様。
 一思いに倒すのが、せめてもの礼儀かとタキオスは手始めに迫ってきた光陰に攻撃を仕掛けた。

 この期に及んで一欠片の油断もないタキオスに、光陰は歯噛みしながらもその太刀筋を凝視した。
 目にも止まらない速度の斬撃だが、ここまでの戦いで、こういった場面にタキオスが放つ攻撃が幾つか見当が付いている。その一つに的を絞って、光陰は飛び込んだ。

「〜〜、この、ヤロォ!」

 ほう、と思わずタキオスは少しだけ感心したように声を上げた。
 光陰はタキオスの攻撃をあえて受け、その勢いのままに一回転。タキオスの力を利用し、一撃のカウンターを放つ。

 それは、タキオスの防御を貫き、その腹筋に突き刺さり……わずか数ミリ、その肉体を刺してそこで止まった。

「俺の攻撃を読んだか」
「……ああ、お前が御剣相手にやってみたいにな。ちっ、会心のタイミングだったっつーのに」

 それが、最後、友希が一方的にやられた理由だった。
 そもそも、友希とタキオスでは戦闘における経験値に圧倒的と呼ぶのもおこがましいほどの差がある。友希の技術は、たかだかファンタズマゴリアに来てからの数年で磨いた程度の剣技。永劫とも言える時を闘争に明け暮れていたタキオスにとっては、その底を知るのは容易いことだった。

 逆に、地球でも多少武術の経験があったとは言え……そして、一か八かの山勘が当たったとは言え、曲がりなりにもタキオスの一撃を読み切り、それを利用した攻撃に転じられた光陰のセンスはずば抜けたものだった。

「やはり、エトランジェではお前が危険だったな。もし、貴様が『世界』を手に入れていたら、少々どころでなく厄介だったやもしれん」
「へっ、それはどうも」

 光陰はせめて言葉でと皮肉げに返すが、タキオスは気にした風でもなく、友希の方を見ていた。

 先程の光陰の一撃は本当に見事なものだった。まさに乾坤一擲の一撃。惜しむらくは、力の総量の差がとてもタキオスを傷つけられる領域でなかったこと。そして、

「そうか、死んだか」

 光陰の攻撃が突き刺さる直前、レゾナンスの効果が切れたこと。
 あるいは、もう一秒持っていたら、タキオスに勝てぬまでもダメージを食らわせられていたかもしれない。

 友希には、グリーンスピリットが息も絶え絶えに回復魔法を施しているが、目覚める気配がない。見た目の傷は塞がれ、マナの流出は止まっているが、意識はとっくに消えてしまっていた。

 レゾナンスのドーピングにより、大きなダメージを喰らってもなんとか動いていたスピリットらも、その効果が切れてタキオスに辿り着く前に膝を落としている。
 光陰自身、身体の芯から力が抜け、完全に膝が笑っていた。視線だけはタキオスを睨んで止めはしないが、それでなんとかなれば苦労はない。

「ふん」

 その光陰を、煩わしそうにタキオスが殴り飛ばす。抵抗する力など一握りもなく、光陰は転がった。
 タキオスとしては、そのまま立ち去っても良かったが、

 少しの逡巡の後、タキオスは本気の敬意を込めて言った。

「……お前らはよく戦った。せめて、世界が滅びる前に俺の手で殺してやろう」

 それが、戦士としてのタキオスの礼儀だった。

 破壊のオーラフォトンがタキオスの手に集まる。
 開放されれば、周囲一体を更地にして有り余る程の力。今のラキオス隊に、それを防ぐ手立ては存在せず、

「……ん?」

 タキオスが、眉をひそめる。

「なんだ……まだ生きていたのか」

 それに立ちはだかるかのように、一人が立ち上がった。

























『……あ』

 タキオスの一撃。
 それを受けて自分が吹き飛ばされるのを、友希はどこか他人事のようにして見ていた。

 右肩から左脇腹までを深く抉る『無我』の攻撃。
 ちらりと見えた傷口は、どう見ても致命傷だ。

 仰向けに倒れ、そしてそのまま指一本動かせなくなる。

『主! 主! しっかりしてください! 今癒やしの力を回しますから!』
『頼……む……』

 『束ね』自身は無事で、今大急ぎで残ったマナを循環させているが、それも間に合わないな、と友希はわかっていた。
 永遠神剣は、契約者がいてこそその本領を発揮できる。友希が死に向かっているこの状況では、『束ね』も充分な力を振るうことはできない。

 それでも――感じていた。
 まだかろうじて手放していないレゾナンスの制御。そこから、みんなが立ち上がるのを、友希は目に見えなくても感じていた。

 もういい、と思う。
 自分たちは精一杯……それこそ、限界を二つ三つ超えてまで奮闘した。ここまで戦えたのは奇跡としか言いようがない。タキオスという戦力をこれだけの時間、足止めできたのだ。時深や悠人たちも文句は言うまい。

 そういう、弱気な考えが頭をもたげてくる。
 そんなことでは駄目だ、あいつはここで仕留めないといけない。そう叫ぶ心の声は小さい。

「トモキ! しっかりしなさい!」
「トモキさま〜!」

 ニムントールとハリオンが傷を押してやって来て、友希に回復魔法をかける。
 徐々に傷が塞がるのを実感するが、流出した生命力はとっくに危険域を超えていた。

 意識が暗くなっていくのを感じる。今まで何度も感じてきた死の予感。ここで意識を手放せば、すぐに楽になれるだろう。
 既に体の感覚が殆ど無い。残っているのは、右手に握りしめた『束ね』の感触だけ。

『主!』

 心の中で叫ぶ『束ね』に返す言葉も、既に出ない。
 魔法を維持するのも、もう限界だ。

 ふっ、と友希の意識がぷつりと途切れ、

 ・
 ・・
 ・・・
 ・・・・
 ・・・・・

『…………トモキ様!』

 そう、誰かが呼ぶ声が聞こえた。

『え!?』

 気が付くと、友希は見知らぬ場所に浮いていた。
 宇宙を思わせる、星々の煌めきのようなものに囲まれ、意識だけがそこにある。

 夢を見るような感覚。しかし、先程まであれほど朦朧としていた思考がクリアになっていた。

 そして、もう一人。いや、一人と言っていいのか。とにかく、友希と同じような意識体が目の前に一つ。
 姿は見えないが、友希はそれがなんなのか直感的に悟る。

 何度も夢に見た。時が過ぎても、決して記憶は色褪せてはいない。
 この、声は……

『…………ゼフィ、か?』
『はい。お久し振り……と言っていいのか』

 その声と口調は間違いなく友希の知るものと同じだ。走馬灯のようなもの、と呼ぶにはいささか現実感がありすぎた。

『な、なんで……今まで生きていたのか!?』
『いえ。生きているわけじゃありませんし、本物ってわけでもありません。……私は、『束ね』の中に溶けた私の思いの欠片が、トモキ様の死に反応して少しだけ強く出てきただけです』

 『束ね』の中。
 ……言われてみると、この空間に満ちているマナは、『束ね』のそれだった。思い返せば、一番初め。地球にて、『束ね』と初のコンタクトを取ったとき、このような空間に招かれたことを思い出す。

 そして、その中で残っていたゼフィ。……本人の、ごく一部の残りだとしても、思わず涙が出そうになる。
 今まさに死に向かっていることも、一瞬忘れてしまった。

『……そっか。でも、最後にゼフィに会えて嬉しいよ』

 ここまでがむしゃらに走ってきた報酬がこれならば、悪くはない。死ぬのは怖いし、負けたのは悔しいが、それでも少しは報われたと、そう思える。
 だというのに、ゼフィはなぜか怒りをぶつけてきた。

『そんな風に! トモキ様が諦めようとしているから、私が出てきたんですよ!』

 驚いた。彼女がこんなにも激しく怒りを表したのを、友希は初めて見た。
 それだけ、今の友希の様子が見逃せないのだろう。

 ……自分でも、わかっている。例え勝ち目がないとしても、心まで屈服しては本当に負けてしまう。

『でも、もうどうしようもないだろ……。僕はもう、何分もしないうちに死んじゃうだろうし、例え生き延びても、タキオスはどうしようもないよ……仇が討てないのは、悪いけどさ』
『そんなことはありません』

 強い口調でゼフィが断言し、周囲を囲む星々を見る。

『この星みたいなもの。これ全部、トモキ様が繋いできた絆なんですよ』

 『束ね』は人と人との繋がりを力にする。それが目に見える形となったのが、この内面世界の星だった。
 頭上に煌めく、ひときわ明るい星々は、スピリット隊のみんなのもの。まさに、その星を通してレゾナンスを始めとした魔法は発動している。

 友希は『束ね』の契約者だ。指摘されて、意識してみれば、すぐにそうとわかった。

『こんなに沢山の人と通じあっているんです。あんな一人で戦っている男に、負けるはずないじゃないですか』
『……ゼフィは勝てるって?』
『当たり前です。惚れた男を信じられなくて、なにを信じろって言うんです?』

 そう、一欠片の疑念も混じっていない言葉で断言されると――そうなのかもしれない、と思えてくるから不思議だった。かつての一部に過ぎないとは言え、恋人にこうも言われては友希も早々弱音を吐くことは出来ない。

『私の仇討ちとか、どうでもいいですから……トモキ様、勝って、生き残ってください。そのために、私はあの男と戦ったんですから』

 そうだった。
 彼女を犠牲にして、友希は生き残ったのだ。どれだけ言葉を飾ろうと、それだけは決して覆らない。

 ……生きて、生きて、最後まで生き抜いて。そうしないと、ゼフィに顔向けが出来ない。

『……わかった。足掻けるだけ、足掻いてみるさ』

 弱気の虫を押し殺し、友希は笑ってみせた。姿形のないこの状態でも、それがわかったのか、ゼフィの雰囲気が和らぐ。

『でも、どうすれば……」

 そして、多少前向きになっても、今まさに死の淵にいる事実はなんら変わらない。この空間では痛みや疲労は感じないらしいが、自分の体の状態くらいはわかる。

 ……立ち上がって、あと一太刀でも剣を振るえれば、上等だろう。そんな状態では……いや、無駄な足掻きかもしれないが、それだけでもやってから死ぬとしよう。

 決死の覚悟でそう決めた友希に、ゼフィは安心させるように微笑みかける。

『大丈夫です、あっちの人も、手を貸してくれますから』
『あっち……って』

 遠く。『束ね』の内面世界の端の方に、もう一つの意識体があるのに、友希は初めて気付いた。
 そいつは、そっぽを向くようにこちらに意識を向けていないが……あれが誰だかは、言われるまでもなくわかった。

『『世界』から吸収した力は、まだ全然扱えていませんよね? ……元の持ち主の彼なら、制御を手伝えるそうです』

 目覚めたてとは言え、『束ね』が砕き、吸収した『世界』は第二位の永遠神剣。その力の全てを扱うには、友希も『束ね』も力量が到底足りず、力の過半は持て余していた。今までの全力は、あくまでも今の一人と一振りで引き出せる限界での全力だ。
 今以上の力を引き出しても、自滅の道しかなく、ここに至っても封印したままだったが、元持ち主……瞬が手を貸してくれるとなれば、話は別だ。

 こんな状況なのに、訳も分からず嬉しさがこみ上げてくる。まさか、あの男と『共闘』なんてすることになるとは、思いもよっていなかった。
 あいつが力を貸してくれるなら、勝てるかもしれない。なにせ、こいつはいつも吐いていたその大言に恥じないほどの天才なのだ。側で見てきた友希は、それをよく知っている。

 そうして、友希の雰囲気が伝わったのか。瞬は一つ舌打ちをして、あからさまにこちらに興味が無いような、そんなトーンでぶっきらぼうに言い放った。

『さっさとやるぞ。グズグズするな、友希。僕はもう、とっとと消えてしまいたいんだ』

 そう一方的に言って、瞬が『束ね』の奥深くにあった力を引き出し始める。
 内面世界に満ちるマナが急速に密度を増し、友希の肉体の方も動けるほどに回復していった。

『それじゃ、私の分まで、やっちゃってきてください』
『……もう、ゼフィは消えるんだな』
『はい』

 特に近しい人間で、末期のマナを全て友希が吸収したからこそ、ゼフィと瞬には僅かな情報が残っていた。
 本来、話などできるはずがない、ちょっとした思いの欠片。

 ゼフィも、瞬も、無理して出てきた以上、その情報はすぐに壊れてしまう。

『……行ってくる! ゼフィ、瞬! お前らに会えてよかった!』
『いってらっしゃい。勝ってください、トモキ様』
『ふん……さっさと行けよ』

 二人の声に背中を押され、友希の意識は神剣から肉体へと戻る。
 もう、憂いはない。あの二人に胸を張って会える自分であるため、全力を尽くすだけだ。



























 バチ、と友希は目を覚まし、起き上がる。
 治療に当たっていた二人が驚いているが、かかずらっている暇はない。

 『束ね』の内面で過ぎていた時間は、実際には数秒のことだったらしいが、その間にタキオスに向かっていた光陰は倒され、そして今まさに止めの一撃が繰り出されようとしている。

「なんだ……まだ生きていたのか」

 そして、立ち上がった友希に気付くと、探るように観察する。

「……しかも、どういうわけか、先程より力も漲っている」

 この男には、何故友希が立ち上がれたか、想像すらできないだろう。
 しかし、それもどうでもいい。とても晴れ晴れとした気分だ。今ならば、誰にも負ける気はしない。

 剣に宿るゼフィと瞬の心が、胸を燃やすようだった。

「悪いが、そろそろ俺は主のもとに駆け付けなくてはならんのでな。手早く済ませよう」

 何故か十全の状態で立ち上がった友希に、広範囲を薙ぎ払う魔法では効果が薄いと判断し、タキオスは再び『無我』を構えた。
 もう友希の技量は読めている。次は一撃で下す、とタキオスは冷徹に、油断なくそう決めた。

 泰然と構えるタキオスに対し、友希はもはや僅かにも臆することもなく声を張り上げた。
 まだ倒れている仲間たちに向けて叫ぶ。

「みんな、力を貸してくれ! 僕達の全部をぶつけるぞ!」

 なにをするのかと、そう問う声はない。しかし、全員の心は一つだった。

『主――! 行けますよ!』

 気を使って、内面世界では話しかけてこなかった『束ね』が、叫ぶ。
 一度死にかけ、そして『束ね』の中に引きずり込まれ……おかげで、この剣の新しい使い方がわかった。

 レゾナンスとは違う、もう一つの『束ね』の奥義。
 『束ね』に刻まれた繋がりを道にして、他のみんなの力を限界まで引き出し、自身に上乗せする。仲間の力を一つに束ねる、技。

 みんなを強くすることは出来ないが……友希自身は、どこまでも強くなれる。

 生半可な信頼関係では、自分の力を全て預けることなど出来はしない。しかし……スピリット隊の面々は、全員心得たように友希と『束ね』にその力を渡した。この力のことは、言われずとも悟ることができた。

 みんなの感情と共に流れ込んでくる力が全身に満ちていく。

 セリアはしっかりやりなさい、と友希を激励していた。
 ネリーとシアーは、やっちゃえ、と叫んでいた。
 ハリオンはいつも通り、どこか呑気な様子で、頑張れと伝えてきた。
 ニムントールも同じだ。ぶっきらぼうだが、確かに友希へエールを送っている。
 エスペリアは、祈るように友希の勝利を願っていた。
 ヒミカは、自分が立ち向かえないことを悔しがりながらも、せめて僅かにでも助けになろうと必死だった。
 ナナルゥの感情は薄い。しかし、真摯な思いは間違いなく伝わってくる。
 オルファリルはファイトだよ、と誰かから教わった言葉で応援していた。
 ヘリオン。彼女は頑張ってくださいと、そう強く思っていた。
 ファーレーンは、静かに戦いに臨む友希を見守っている。
 ウルカは平常心です、と注意を促しながらも、友希のことを信じていた。
 光陰はお前ならやれるだろ? と、挑発するように笑っていた。
 今日子は、ぶちのめしてやりなさい! と、今にも自分が立ち上がって突撃しそうだ。

 ……そして、遠くで戦っている二人と一人。悠人とアセリア、時深の思いも、感じる。

 一人じゃない。そう思えて、『束ね』を握りしめる手に力が篭った。
 途端に、溢れ出る力が『束ね』を覆う。今までも、過剰出力のオーラフォトンにより、実際の刀身より長い光剣と変ずることはあったが……今回は、特に強固に実体化している。

 形成された光の剣を見て驚いた。
 ――その剣の形は、ゼフィの永遠神剣『蒼天』にそっくりだったのだ。

『……僕の、強さのイメージって、ゼフィのままだったんだな』
『の、ようですね』

 ゼフィに近付こうと、そう無意識に思っていたから、彼女と同じような長大な神剣の形になっていたのだろう。
 ここに至るまで気付かなかったが……完成した剣は、今までのなによりも手に馴染む。

 もう一度しっかりと握りしめて、友希は駆け出した。

「来るか! これで終わりにしてやる」

 もう、タキオスに恐ろしさは感じない。
 自分の剣には、全てが乗っている。負けるはずがない。

 確信するとともに、速度も早くなる。タキオスが、今までにないスピードに目を見張った。
 今の友希は、もしかしたら――いや、間違いなく、タキオスと同じ領域にまで力を上げている――!

「ちっ、だが!」

 いくら地力が迫ろうとも、根底にある技量は変わらない。
 例え剣が長くなり、間合いが広くなっても……あちらの剣が届く前に、カウンターで叩き潰せる。

 それは楽観ではなく、タキオスの経験から導き出された確かな推測だった。

 ――問題は、

「タキオスッッ!」
「何!?」

 迎撃に繰り出した攻撃を、友希が掻い潜る。
 ――間違いなく、今までの友希では回避できなかったはずの攻撃。タキオスの目算が、初めて崩れる。

 ……そして、その動きは、かつて見覚えのあるものだった。今、友希の躱した動きが、かつて戦った相手のものとダブる。

「あの妖精か!」

 僅かな時間、タキオスと死闘を繰り広げた妖精。彼女、ゼフィの動きがそのまま友希の身体で再現されている。
 ゼフィが覚醒した時、その技を友希に伝えたのだ。

 本人のごく一部に過ぎないが……タキオスと戦い、そして負けたあの経験が、この一撃に繋がっている。

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 迷いなく、友希は剣を振り抜く。
 タキオスは『無我』を切り返す暇も惜しく、片手を差し出して全力で防御するが……止められない。

「ぐっ、うううう、俺を舐めるなよ!」

 掌に刃が食い込み、そのまま肘まで裂かれるが……そこで、『束ね』が止まる。
 残った手で、タキオスは『無我』を振り上げ――もう一度、友希が吠えた。

「ぶち抜けぇっ!」

 ゼフィの、あの子の一撃はこんなものではなかった。力で上回ったとて、彼女の惚れ惚れするような一撃必殺の斬撃には追いつけていない。
 わずかに伝えられた知識が、友希の体を突き動かす。

 もっと、もっと、一撃に自分の全てを込めて。自分という存在を、敵に叩きつける。
 無理矢理体を動かして、更に踏み込み、足から腰、肩、腕へと練り上げた力をマナと共に『束ね』に込め――刃が進行し始めた。

「行けぇえええええーーー!」

 スピリット隊の叫び声。それに、タキオスの悲鳴が重なる。

「お、ぐお、おおおおおおおおっ!?」

 そして、タキオスの胴体にまで至り、そのまま振り抜く。

 確かな手応えが、友希の手に返ってきた。

「あ」

 誰かが漏らした声が聞こえた。
 友希が振り向くと、タキオスは仁王立ちのまま……しかし、胸の辺りをほとんど両断され、全身がマナへと昇華し始めていた。

 決して倒れぬ強敵として立ちはだかっていたタキオスだが、不思議とその佇まいは穏やかで、力のないものだった。

「よもや、な」

 タキオスがつぶやく。
 敗北の悔しさはなく、どこか愉快そうな笑みが顔面に張り付いていた。相当の痛みもあるだろうに、その程度の苦痛などとうに慣れている風に、口を開く。

「まさか、エターナルでもない者に負けるとは……この俺もヤキが回ったものだ」

 そんなタキオスの言葉に、友希は彼を睨みつけながら言う。

「いくら強くたってな。一人で勝てると思うのが間違いなんだよ。エターナルでもない者、じゃなくて、者『達』に負けたんだ、お前は」
「ふっ、手痛い教訓として、覚えておこう。さて、テムオリン様への詫びの言葉も考えておかねば」

 その言葉を最後に、タキオスは黄金の粒子となり、空気に溶けていく。

 タキオスは、死ぬわけではない。どこかの世界にある『無我』の分身の元で復活するだろう。タキオスの消滅とともに砕けた『無我』も、本体のごく一部で、吸収できたマナは第三位の神剣としては僅かなものだ。
 ……だが、この世界での戦いは、間違いなく友希達の勝利である。

 満足気に消えていくタキオスを見送って、友希は倒れこんだ。

「御剣! おい!」

 一番近くにいた光陰が声をかける。

「大、丈夫だ」

 『束ね』を支えに、起き上がる。
 あまりに強すぎる力に、体のほうが参っただけだ。集めた力をみんなに返せば、時間は掛かるが問題なく癒える。

 ――だが、

 と、友希はあらぬ方向を向いた。
 そちらは、時深達が進んでいった方向。無論、今からどれだけ急いでも追いつけないし、追いついたところでもはや満身創痍の友希達は足手まといにしかならない。

 だが、繋がっている。繋がっているのだ。"何年も共に戦ってきた悠人やアセリアとの繋がりは、この程度の距離で途切れたりしない――!"

「悠人ぉぉぉーーーーーーーーっっ!」

 最後の気力を振り絞って、魔法陣を展開する。
 一番最初に覚えた魔法。そして、みんなの力を悠人に届けるのなら、これしかない。

「サプッッ! ライッッ!」

 オーラが友希と悠人達との縁を標に空間を伝わり、駆けていく。それを見届けて、今度こそ友希は倒れた。

























 ジリ貧。そうとしか言えない戦いを繰り広げ、敗北まであと僅かに迫っていた悠人は、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

「ユート?」

 アセリアが様子がおかしい悠人に声をかける。

「どうしました? 死の恐怖に、とうとうおかしくなってしまいましたか?」
「壊れた相手をいたぶってもつまらないんだけどねえ」

 エターナル達がせせら笑う。

 ――だが、今の悠人にはそんなことは聞こえていない。

「……来るっ!」
「何が……」

 次の瞬間、黄金に輝くオーラの奔流が悠人とアセリアの元に届いた。
 今の悠人の力を超えるだけのオーラ。これは供与のオーラだ。

 これが使えるのは……

「御剣か!」
「トモキが!?」

 悠人とアセリアの二人にオーラが注がれ、瞬く間に全身の傷が癒え、力が倍近く膨れ上がる。
 余裕がなく、無言で戦闘力の強化のみを行っていた『聖賢』が息を吹き返した。

 途端に、悠人にもたらされる『聖賢』の戦闘技術の数々。ここまでの戦いで分析した敵の戦い方から、最適な戦術が身体に刻み込まれた。

「アセリア、行けるぞ!」
「ん!」

 悠人とアセリアが突撃する。
 敵の急激な変貌に慄いていたエターナル達は、数の有利を活かすことも出来ず分断され、

「くっ、後悔しますよ」
「するわけ、ないだろ!」

 メダリオの攻撃を、悠人はあっさりと弾く。
 武器が弾かれ、死に体となったメダリオに、一気に踏み込んだ。

「コネクティドォーーーーッ!」
「ぎ、がぁ!」

 『聖賢』の知識と技術、悠人のこれまでの経験が結合し、かつてラキオスで学んだ、古くから伝わる剣技。その型通りに、しかし全ての連撃を全力で振るう。
 一撃一撃が全て必殺。それを受けて、メダリオが身に纏っていた外装が徐々に剥がれ、本性たる水棲生物の姿が現れる。

「ウィル!」

 最後に極大のオーラフォトンを叩き込み、問答無用でメダリオは消滅した。

「エタニティリムーバー!」
「こ、このアタシがぁ!」

 悠人がメダリオを仕留めている間に、アセリアもミトセマールに攻撃を叩き込んでいた。
 斬り付けると同時に世界に亀裂が走り、外への門になる。その門から、敵を世界外に追放する究極の剣技であった。

 ミトセマールが踏みとどまろうとするが、アセリアの追撃によりあえなくファンタズマゴリアから叩き出される。

「シュァァァアアア!!」

 仲間を倒され、僅かなりとも思うところがあったのか、ントゥシトラが吠える。
 しかし、もはや一人では悠人とアセリアに敵わない。

 悠人はアセリアと共に怒涛のようにントゥシトラを追い詰め、

「これで終わりだ!」

 これを危なげなく下し、ここに三人のエターナルが倒れた。
 しかし、ぼさっとしているわけにはいかない。

「アセリア! 時深のところに急ぐぞ!」
「ん!」

 友希は一撃を繰り出しただけで倒れたが、エターナルの二人は力の許容量が違う。
 全身に漲る力を推力に変えて、時深の元へ走った。























「おや、どうしましたテムオリン」

 突如、苦虫を噛み潰したような顔になったテムオリンに、時深は不思議そうに尋ねる。

 お互い、少なくない傷を負っているものの、どれもかすり傷。このままではテムオリンの思惑通り『再生』の臨界まで時間を稼がれてしまうところだったが……突然、テムオリンが戦闘態勢を解いた。

「負けですわ、私の負け。流石に、一人で時深さんを含む三人のエターナルを相手にするのは無理ですもの」
「……どういうことです?」
「あの新米の坊や達がこちらに向かっています。ええ、忌々しいことに、私の部下は全員敗北したようですわ」

 と、既にテムオリンの身体が透け始めている。
 敗北必至の状況に見切りをつけて、傷が深まる前に退散するつもりのようだった。

「全員……」
「ええ、その通り。少々、脚本にない役者が暴れ過ぎたようですわ。本当、余裕があれば縊り殺してやりたいところ」

 心底不愉快そうなテムオリンの表情に、時深は彼女が嘘をついていないことを悟る。
 どうやって勝ったのかはわからないが、友希達はタキオスを下したのだ。どうやら、テムオリンの言い口からして、悠人達の勝利にも一枚噛んでいるようだが……

「まあ、いいです。後で確認しましょう。……さて、テムオリン。負けを認めるのならさっさと失せなさい」
「言われずとも。時深さん、次はもっと楽しい趣向を凝らしますので、楽しみにしていてくださいね」
「……貴方がどんな策略を練っても、全て止めてみせます」

 あらあら、とテムオリンは笑みを零しながら、ファンタズマゴリアから立ち去った。
 騙し討ちの可能性が捨てきれず、しばらく時深は周囲の気配を探るが……間違いなく、テムオリンはこの世界から消えたようだ。

「……おっと、『再生』を止めないと」

 そして、遺跡の中央に浮かぶ巨大な永遠神剣『再生』に取り付き、マナ消失を回避するよう操作する。

 ――ブゥン、と小さな音を立てて、『再生』が通常時の状態に戻っていく。
 続けて、『再生』に仕組まれたロウ・エターナルの仕掛け……スピリットを生み出す機構や、大陸での大戦で発生したマナを吸収する仕組みを解除していく。
 この永遠神剣は、既に殆どの自我が残っていない。それは悠人達が新たな神剣を得た、あの空間にある分体が全て持っている。

 だが、この剣はこれからもこの大地を巡る命を見守っていくだろう。エターナルでもない限り、これを利用することはできない。

「終わり、ましたね」

 マナの暴走が止まったため、この世界全体に時深の知覚が届くようになる。
 この世界に今いるエターナルは、時深自身に悠人とアセリア。……どうやら、本当にロウ・エターナルは全て叩き出された後らしい。

 ほっ、と時深が溜息をつく。

 見ると、物凄い力を発揮している悠人とアセリアが駆け足でこっちに向かってきていた。

 それに笑顔で応え……それで、ファンタズマゴリアを巡る闘争。後に永遠戦争と呼ばれる戦は幕を閉じるのであった。




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