「どうしました? まだたったの七戦。今日は後五回はやるつもりなのですから、この程度でへばってもらっては困ります」

 と、ラキオスの訓練場にて、汗一つかかず涼しげに佇んでいる時深の言葉に、返事が出来るものは一人もいなかった。
 しかし、声は上げられないものの、時深を囲むように荒く息を付いている第一宿舎、第二宿舎の面々は、力を振り絞り立ち上がろうとする。

「はぁ、はぁ……みんな、も一回、行くぞ」

 悠人の役目を引き継ぎ、スピリット隊の隊長に納まった友希が、息も絶え絶えに呼びかける。
 全員、疲労困憊の状態だが、士気だけは高い。それぞれの神剣を支えに立ち上がり、戦意の篭った視線を時深に向けた。

「それでこそです。さあ、模擬戦、八戦目。開始しますよ。かかってきなさい」

 今日、朝からぶっ続けで実施している、時深を相手にした対エターナルを想定した訓練。半日もしないうちに、友希達は彼我の実力差を嫌というほど思い知らされていた。
 全員で、全力でかかっても、表情を歪ませることすら出来ない。たまに攻撃が当たっても、戦闘中は常時張り巡らせているオーラフォトンで瞬時に治ってしまう程度のかすり傷だ。

 しかし、今後は時深に匹敵する相手達と戦うことになる。そう考えると、こうして事前に特訓することができるだけマシな状況だ。
 友希は自分にそう言い聞かせ、気合を入れなおす。

「…………よし」

 ふぅ! と、友希が一つ大きく息を吐きだし、一気呵成に今日八回目の魔法を発動させる。
 広がった魔法陣は、効果に比例するように複雑な模様を描き、範囲内の仲間のマナと同調する。

「『レゾ、ナンス』!」

 永遠神剣の共鳴を引き起こし、全員の力が爆発的に増加する。一時的な出力向上により、疲労感は吹き飛び、スピリット達が構えた。
 同時に、目が眩みそうになる程の負担が襲いかかるが、サーギオス帝国との戦いが終わってからの訓練は全てこの魔法を前提として実施している。完全に、とはいかないが、そのまま気絶する者は皆無だった。

「……いきます!」
「こちらも!」

 ヘリオンとファーレーンのブラックスピリットコンビが時深に向けて突貫する。
 その速度は、人間どころか高練度のスピリットすらもともすれば見失ってしまいかねないものだ。

 しかし、時深は確実にその二人を捉えて動き始めている。

「はぁ! 居合の太刀!」

 まず時深に至ったファーレーンが放った居合を、そっと撫でるように永遠神剣『時詠』が触れる。
 そうすると、それほどの力を込めたようには見えなかったのに、呆気無くファーレーンの太刀筋が逸らされた。

 しかし、それは想定内。エターナルの超人的な戦闘力の前では、ただ馬鹿正直に真正面から攻撃してもダメージを与えられないことは既にわかっている。

 ファーレーンの影に隠れて、ヘリオンが更に加速して時深の背後に回っていた。
 このレゾナンスの魔法において、術者である友希を除いて最も地力が向上しているのは、何を隠そうヘリオンである。今や速度においては完全に他のスピリットを置き去りにし、瞬間的な機動力なら今日子をも上回っている。

 時深も視線では彼女の動きに追随しているが、ファーレーンの連撃を防ぐために体勢は完全にはなっていない。
 初めて時深に有効打を叩き込める。そう確信してヘリオンが『失望』の柄に手をかけ、

「いきま……ひぃゃあっ!?」

 背後に回る動きの慣性を止めきれず、そのまま自分で生み出した速度で吹き飛ぶようにして時深から離れてしまった。

「ヘリオン――、あっ!」

 元々、ファーレーンはヘリオンが背後へと動いていたからこそ打ち合えていたのだ。他に気にする者のいなくなった時深は、『時詠』を持つ方とは別側の手に握った扇子で、ファーレーンを強かに打ち据える。
 そうして、ファーレーンの身体で遮られていた時深の視界が開け、

「行くよ、突撃ィッ!」

 もう目と鼻の先に迫っていた今日子の姿が目に入った。
 紫電をまとわせた『空虚』の切っ先を向け、言葉通り突撃してくる。……が、

「あ、あれ? って、きゃぁぁぁあああ!!?」

 今日子は、視界が開ける前から既に一歩横に避けていた時深の側面を通過する羽目になる。直進しか考えていなかった彼女は、方向転換が出来ない。そして、時深は足だけを移動せず置いていたため、それに躓き転倒することになってしまった。
 十分な助走で速度に乗っていた今日子は、自身の速度をそのまま地面に叩きつけることになる。『空虚』の先端が地面を穿ち、小さなクレーターが出来上がるほどの衝撃とともに今日子が地面と接吻した。

「三人共、行くぞ!」
「了解!」「りょ〜かーい」「わ、わかった」

 自分の後ろに付いているブルー三人の三者三様の返答を受け、友希が時深に肉薄する。
 開始直後の奇襲は失敗。次は数で押し込む。

 隊長の友希が時深の正面を担当し、攻撃に優れたブルースピリットの三人が側面から攻撃する。

「はぁ!」
「……ふっ」

 オーラフォトンの光を宿し、光剣となって実際の刀身より延長している『束ね』で斬りかかる。
 時深も防ぐが、流石に第五位の全力を軽く受け流すとはいかなかったのか、真正面から止めることになっていた。

「ぐっ、ぅ!」

 しかし、押し込めない。友希が全力で押しても、片手持ちの『時詠』は微動だにせず、時深も焦りは見せていない。

「やぁ!」

 そこで、変則的な剣術に優れたシアーが、膠着を見て当初の予定である背後からではなく、友希の脇から顔を出して『孤独』を振る。
 それももう片手の扇子で防がれるだろうが、これで時深の両手を封じた……

「あ、あれ?」
「し、シアー!?」

 想定以上の力で永遠神剣を振り回したことで、シアーの身体がバランスを崩す。
 結果、友希を巻き込んで身体が流れる。

「はぁ!」

 そこを時深が『時詠』を押し込み、友希とシアーは纏めて吹き飛ばされた。

「やっ!」
「喰らえぇー!」

 二人が脱落したが、左右からセリア、ネリーが攻撃を仕掛けている。迎撃すべく時深が両手を振り回すが、それは突然出現した盾で防がれた。

「やらせません!」

 エスペリアを筆頭としたグリーンスピリット組が追いつき、シールドを張り巡らせたのだ。
 自身の身体から離れた場所に盾を生み出すのは高等技術に数えられるが、大陸でも屈指の練度を誇るラキオス隊のグリーンスピリット達は全員が習得している。

「あっ!?」

 本来であれば、味方の攻撃を遮らないように張るのだが、いつもの数倍の大きさとなった盾は意図せずセリアとネリーの進路を塞ぐ形になってしまう。
 切り込むことが出来ず、立ち止まってしまった二人を、時深の放った人型の札がその場に縫い止めた。

「みんな、どけ!」

 背後でオーラによる強化を全員に施していた光陰が、満を持してやって来る。
 事、一撃の重さについては、未だ光陰が最強だ。エスペリア達が誤って展開してしまった巨大な盾は、そのまま時深の逃げ場を防ぐ壁にもなる。

「ぉぉぉおおおおおお!!」

 ズシン、と重い音が響き渡り、光陰の攻撃を受け止めた時深の足元が陥没する。
 とうとう『時詠』を両手持ちすることになっても、それでも時深に焦りは見られない。

「――今だ、やれ!」

 遠く、開始地点で待機していたレッドスピリット達が膨大な熱量を生み出す。
 レゾナンスの魔法によって向上したマナは、魔法にこそダイレクトに反映される。オルファリル、ヒミカ、ナナルゥの三人がかりの魔法は、今日子のライトニングブラストも超える威力を叩き出すだろう。とても個人に放つ魔法ではない。巨大な建造物や構造物を消滅させうる力だ。

「おっと、逃がさないぜ、時深さん」

 じり、と時深が移動しようとするが、光陰は巧みに抑え込みそれを許さない。
 力自体は友希に超えられたが、培った戦闘技術はまだまだ彼のほうが上だ。

「……自分ごと、ですか」

 既に二人から離れ始めた他の面子を見て、時深は小さく呟く。

「へっ、俺一人の犠牲でエターナルを倒せりゃあ、安い買い物だろ?」
「そういうのは感心しません、ね!」

 ふっ、と時深が力を抜き、僅かに光陰が前のめりになった瞬間、時深が素早く光陰の手首を取り、投げ飛ばした。

「ちっ、だけどもう遅い!」

 既に、レッドスピリット達が放った火砲は到達する寸前だった。
 少々範囲が広がりすぎて、退避した味方諸共吹き飛ばそうとしているが、時深にも確実に当たる。

 受け身を取りながら勝利を確信する光陰。

「ふぅ……」

 対して、時深は溜息一つ。
 光陰は、その場から時深が消えるように移動するのを見た。光陰にはわからなかったが、それは自身を時間ごと加速することで超高速で移動する、時深の得意技の一つだった。

 次の瞬間、後方のレッドたちの元に現れた時深は、彼女達を一刀のもとに叩き伏せるのであった。





























「駄目ですね」
「……ですよね」

 少し遅めの昼食を兼ねた反省会。
 開口一番、時深の告げた評価に、友希は項垂れるように頷いた。

「とにかく、全員力に振り回されています。あのレゾナンスという魔法は、スピリットの限界を超えた力を発揮できますが、その力も適切に運用できなくては意味がありません」
「……はい」

 もっともな話だった。時深の言うとおり、爆発的に向上した力を全員が持て余している。

 エトランジェの魔法はオーラを分け与えることで力を向上させるものが多い。原理は違うが、レゾナンスの効果もそういった魔法の範疇だ。
 しかし、その強化の幅がまるで違う。文字通り、二倍、三倍の力を突然与えられて、普段通り動ける方がおかしいのだ。例えば、自動車の運転において、普段は時速六十キロで走っているドライバーが時速百八十キロの速度を満足に制御できるか、という話だ。

「一方で……完全に力を制御出来た場合、エターナルと渡り合うことも、夢物語ではないと思います」
「本当ですか?」
「ええ。後半は予知や時間操作を使わないと凌げない場面も増えていましたし」

 時深は、模擬戦において、永遠神剣の特殊能力や自身の異能を極力使わずに戦っていた。
 それらを使用する場面、ということは、それだけ追い詰められたということだ。

 ……もっとも、時深の戦闘力は多くをそれらの能力に依存している。本人曰く、そういった能力がなければ自分の実力はエターナルの中ではそれなり程度、ということだったが。

「んぐ、んぐんぐ、おかわり!」
「シアーも!」

 と、そういった話には最初から参加するつもりのないネリーとシアーが、ハトゥラ……ファンタズマゴリア風のシチューのおかわりを要求する。
 友希も、別に咎めるつもりはなかった。二人は別に怠けているわけではない。あくまで自分たちの役割は指示に従い戦う一兵士であると認識しているから、こういった話は上の判断に任せると、そういう思いなのだ。

『……主。"だったらいいな"が抜けていませんか?』
『失礼なことを言うな。僕は二人を信用している』

 『束ね』のもっとも過ぎるツッコミにげんなりとしつつも、友希も食事を進める。限界を超えた力を発揮した分は、キッチリと肉体側に返ってきている。猛烈な空腹に襲われているのは友希も同様だった。

「詳しい話は食事後にしましょうか。食べて、身体を休めるのも大切です」
「はい。……エスペリア、僕にもおかわりをくれ」

 と、皿を掲げて給仕をしているエスペリアに向ける。
 みんながおかわりをしてくるのでてんてこ舞いになっているエスペリアは、いつもより少しだけ急いだ口調で『わかりました』と返事をし、友希の皿を受け取った。

 食べながらも、意見はどんどん出てくる。

「トモキ様。今日はわたしは後衛に回っていましたが、やはりフロントに立つ方が性に合っているのですが」
「うーん、ヒミカの近接を捨てるのは確かに惜しいけど、そうすると魔法の火力が落ちるんだよな。ナナルゥとオルファリルだけじゃ、ちょっと厳しい」
「じゃ、あたしが後ろに行こうか? 正直、剣術じゃみんなには敵わないしさ」
「おいおい、今日子。お前の魔法じゃみんなを巻き込むぞ」
「グリーンスピリットの奥義に、攻撃魔法があるにはあるのですが……」
「わたしも〜、エスペリアも〜、ニムも〜、覚えていませんねえ」

 和気藹々とした空気でそれぞれが意見を交わし合う。
 食事と共にこうした話をするのは、少々行儀が悪いが、リラックスした空気で忌憚なく話せるので悪いことではなかった。

 と、そうして話しつつ、食べつつ、友希が二回目のおかわりを頼もうと思った頃、食堂のドアが遠慮がちに開けられた。

「失礼します。スピリット隊の皆様がこちらにいらっしゃると聞き、参りました」

 褐色の肌に銀の髪。背筋の伸びた綺麗な立ち姿。そして、腰に携えた永遠神剣。

 その姿に、ざわめいていた食堂が静かになる。
 その場の誰もが彼女の姿を知っていた。
 サーギオス帝国のみならず、大陸最強の呼び声も高いブラックスピリット。そして、あのサーギオス城の皇帝の間で、永遠神剣『世界』に対し果敢に立ち向かったスピリット。

「ウルカ?」
「はっ」

 この場の代表として友希が声をかけると、ウルカは律儀に返事をする。

「なんでここに……」
「本日より、トモキ殿の指揮下に入り、対エターナル戦の一翼を担うよう、レスティーナ女王陛下より命じられました。入隊の許可を頂きたいのですが」

 はきはきとウルカは答える。友希はウルカの言葉を飲み込んで、うん、と一つ頷く。

「わかった。じゃあ、今日からウルカも僕達の仲間だ。みんなを紹介するよ」
「はい」

 正直、この加勢はありがたい。
 エターナルを相手に半端な戦力は犠牲を増やすだけなので、サーギオス城に突入した時と同じく、二十人にも満たない人数で戦うことを覚悟していた。しかし、ウルカであれば実力は十分だ。大陸最強を誇るこの隊の中でも、頭ひとつ抜けた戦力として計算することが出来る。

 かつての敵同士とは言え、ウルカが佳織を守ったことは全員が知っている。直接交戦したのがイースペリアのマナ消失における小競り合いのみだったこともあり、スピリット達は皆、特に隔意もなく受け入れていた。
 ウルカに対し、各自自己紹介をする。
 そして最後に、ウルカが頭を下げて挨拶をした。

「未熟な身ですが、全力を上げて勝利に貢献する所存です。どうか、よろしくお願いいたします」

 ウルカが未熟であれば、時深を除くこの場の全員が未熟者になってしまう。生真面目な挨拶に、幾人かが苦笑いを漏らした。

「っと、そういえばウルカ。なんか神剣の形が変わってないか?」

 ふと友希が気付いて、問いを投げかける。
 ウルカの腰にある永遠神剣――確か、名前は『拘束』だった――が、友希の記憶にあるものとは微妙に形状を変えている。
 それに以前感じた時より、力強い反応だった。

「はい。サーギオスでの戦いの折、『世界』に亀裂を入れられ――そこから、外装が剥がれるようにして、手前の神剣は本来の姿を取り戻しました。今は、この神剣は『冥加』といいます」

 淡々とした口調に、どこか嬉しげなものを混ぜて、ウルカが言う。

 理屈はよくはわからなかったが、味方が強いことに越したことはない。時深が意味深にウルカの永遠神剣を見ているが、彼女が何も言わないということは、気にしなくても良いことなのだろう。

「しかし……はて。アセリア殿の姿が見えませぬが」

 食堂に集ったスピリット達を見て、ウルカが疑問を発した。剣を交わしたのは一度だけだが、ラキオスの青い牙のことはウルカは強い印象と共に記憶している。ラキオスを代表するスピリットである彼女がいないことに首を傾げた。
 そう。この食堂に、アセリアの姿はない。訓練の時も、彼女だけは参加していなかった。

「アセリアは悠人と一緒だ。……ちょっと、色々あってな。詳しいことは、後で話すよ」
「はあ」
「それより、この後、三十分休憩を挟んで訓練の続きだ。ウルカも参加してもらうから、よろしく頼む。サーギオスの漆黒の翼の実力、見せてくれ」
「承知しました」

 敬礼でもって返すウルカに、固いなあ、と感じつつ、友希は頷いた。

























「……アセリア?」
「ん、なんだ悠人」

 まだベッドから起き上がれない悠人は、朝から自分の部屋にやって来て、机に向かって作業をしているアセリアにもう何度目かわからない声をかけた。

「その、みんな訓練しているみたいだけど。アセリアは本当に参加しなくてもいいのか?」
「……ユート。もう何度も言った。少なくともこれを完成させるまでは、むしろ参加するなと、トモキから言われてる」

 と、アセリアは机の上で完成したものの一つを取り上げて見せる。
 『求め』の欠片を使ったペンダント。先日、悠人から依頼されたものだ。欠片の数が多かったので、折角だからと、一つだけでなく二つ、三つと作っている。

「そりゃまたなんで……」
「知らない」

 ぷい、とアセリアが顔を背ける。表情を見られるとバレるだろうと思っての事だった。

 アセリアが友希から受けた命は、悠人をエターナルにしないよう説得することだった。このペンダント作りはその名目である。
 既に薄々察しており、身体が完調になったら時深と詳しく話すつもりである悠人に対し、エターナルとなることを躊躇させること。ラキオスは総意として、彼のエターナル化には反対の立場を取っているため、恋人であり悠人に最も近い彼女にその役割が課された。

 その事実に最近成長著しい某ブラックスピリットが暗い顔になったが、それは置いておいて。

 アセリアは思い悩んでいた。悠人に翻意させる、と口で言うのは簡単だが、『わたしはユートのことを忘れたくない』と説得するのも違う気がする。そもそも、今の悠人はエターナルの代償について知らない。
 いっそ悠人の背中を押してしまいかねない佳織は、この役目には向かないと判断されていたが、アセリアも向いていないことについてはどっこいどっこいだった。

「……アセリア。少し話に付き合ってもらってもいいか」
「構わない」

 アクセサリー作りは、『存在』の手入れと要領はそう変わらない。そして、何百、何千と繰り返したその作業は、会話をしながらでも淀みなく続けることが出来る。

「俺、さ。『求め』のこと、すげぇ嫌な剣だと思ってたし、いつもこんな剣へし折ってやりたいって思ってたんだ」
「……ん」
「でも、いざなくなってみると、この世界で俺がやってきたことって、全部あいつにおんぶに抱っこでさ。――みんなが苦しい思いをしてる時、助けることもできない」

 ぎゅ、と悠人が拳を握りしめる。

「俺は、身体が治ったら、時深に新しい剣を手に入れることができないか、聞くつもりだ。……でも、時深の話によると、もうすぐ俺達の世界への門が開く。それからしばらくはハイペリアへの門は開かないらしいんだよ。
 ……俺、佳織と元の世界に帰るか、この世界で戦いを続けるか、悩んでるんだよ。みんなが頑張ってるのに、俺だけ平和な世界に帰れないかって考えてるんだ。はは……最低だろ?」

 弱音を吐く。それは、目覚めてからずっと彼を苛んでいた悩みだった。

 悠人にとって、佳織が全てだ。佳織を取り戻した今、戦う理由はない。
 そして、時深のお陰で地球に帰還することも出来る。ファンタズマゴリアにいるみんなと別れることは寂しいが、自分は当然、佳織との未来を選ぶものと思っていた。

 しかし、いざ佳織と一緒に帰れるとなると、どうしてもそちらを選ぶことが出来ない。
 アセリア、友希、光陰に今日子、スピリット隊のみんな、レスティーナ、ヨーティア、それにこの国、この世界。――いつの間にか、守りたいものが増えすぎていた。
 もう戦うすべはなくなったのに、それを探し求めてまで守りたいと思うほどに。

 しかし、この世界に残って戦って、自分が死んだら残された佳織はどうなる。そう考えると、どちらも選ぶことができない。

 エターナルの代償を知る前から、悠人はそれに等しい悩みを抱いていた。

 悠人は顔を覆う。ここまで話すつもりはなかったのに、ついつい本音を全て吐露してしまった。

「…………」

 アセリアは無言で立ち上がり、悠人の傍まで行くと、ぴしゃりとその両頬を手の平で包むように叩いた。

「ユート」
「あ、アセリア?」

 痛みはない。しかし、自分の目を見ろと言わんばかりに、顔をアセリアの真正面に向けられる。

「ユートはたくさん頑張った。だから、カオリと一緒に帰ってもいい。でも、もしこっちに残るんだったら、わたしが絶対にユートを守る」
「あ、ああ」

 普段は言葉少ないアセリアの、あまりに真摯な言葉に、悠人は目を逸らすことが出来ない。

「それに……ずっと一緒って、約束した。ユートがハイペリアに帰っても、戦いが終わったらわたしもそっちに行く。戦う力を手に入れるなら……その時も、絶対に一緒」
「……アセリアは、知ってるのか? その、俺がもう一度、戦う方法」
「知ってる。でも、言うなって言われてる」

 堂々と隠し事をしていると宣言されるが、悠人も察していた。恐らく、時深に聞くまでは誰に聞いても答えてくれないだろう。
 なら、今はいい。それよりも、今はアセリアに言葉を返すのが先だ。

「……その、なんだ。アセリア、ありがとう」
「いい」

 自然と、抱きしめ合う。
 悠人にとっても、佳織と同じように、アセリアと離れるのは考えられない。

 そう改めて認識し……ゆっくりと、二人は口づけを交わすのだった。




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