戦端が開かれて、すぐさま友希はそれまで効果を抑えていた『コネクト』の魔法を全開にする。
 第二宿舎のスピリット達とのリンクが強固になり、互いのマナが循環し始める。

「ナナルゥ!」

 陣形の後方にいるナナルゥに呼びかける。声は届くはずもないが、込められた意志は彼女とのマナの繋がりにより違わず届き、"了解しました"という思念が返って来た。

「アセリア、岬。ナナルゥの魔法に合わせて突っ込むぞ!」
「ん、わかった」
「了解っ、と」

 瞬が去ってから、まだ数分と経っていない。今はまだ、法皇の壁の外に出ているスピリットもまばらだ。
 この機を逃すと、法皇の壁の内部に侵入するのは困難になる。しかし、一度中に入ってしまえば、狭く障害物も多い建物内での戦闘だ。この二人や友希の力量と速度ならば、囲まれる前に駆けまわり、引っ掻き回すことが出来るだろう。

 果たして、数秒後、巨大な赤マナの気配が後方で膨れ上がったかと思うと、巨大な魔法陣から炎柱が生み出され、法皇の壁から出て来たスピリットを薙ぎ払った。
 レッドスピリットの使う魔法でも上位の一つ『アークフレア』。ただでさえ神剣魔法では他の追随を許さないナナルゥが、友希の魔法の後押しを受けて放った全力の魔法だ。炎柱から逃れられなかったスピリットは、問答無用で灰と化し、マナの塵へと昇華する。

「行くぞ!」

 しかし、相手はサーギオスの精鋭。即座に四方八方に散り、全滅とはいかなかった。
 だが、今の一瞬、ラキオス軍から法皇の壁へのルートは、一直線に開けている。

 即座に飛び出した友希に僅かに送れて、アセリアと今日子が付いてくる。

「三人を援護しろ! ブルーは全員で法皇の壁からの魔法を消せ! ――気張れよ、バカ剣!」

 突撃する三人は、当然のごとく生き残りのスピリットの妨害を受けるが、悠人の指示を受けた味方スピリットがフォローに動き、速度を落とさずに駆け抜ける。
 法皇の壁の銃眼から射出される魔法は、全て味方のブルーのバニッシュ魔法により掻き消された。

 もはや、友希達の行く手を遮る敵は存在しない。

「アセリア、岬! 上から入るぞ!」
「ん!」
「あいよ!」

 僅かに追いすがってくるブラックスピリットの攻撃を弾き、友希達は法皇の壁の目前に迫る。
 このまま門を破壊できれば話は楽なのだが、そうはいかない。今日子の雷を十発も叩き込めば破れるだろうが、それまで邪魔が入らないわけがないし、貴重な戦力である今日子がしばらく戦闘不能になるほど消耗してしまう。

 やはり、内部から侵入するのが、この場合は有効だ。

 侵入できるルートは、ヨーティアから聞いてわかっている。法皇の壁の上部。複数のスピリットが防御を固めているが、壁内部と出入りできる入り口があるはずだ。
 アセリアはウイングハイロゥを翻して飛び、友希と今日子は、足元にオーラフォトンの足場を作り出して二歩分飛び、それぞれ法皇の壁上部に取り付く。

 当然、上部に待機していた警護のスピリットが襲いかかってくるが、

「邪魔よ!」

 いち早く辿り着いた今日子が、友希の目から見ても霞む程度にしか見切れない神速の突きを繰り出し、瞬く間に三人のブルーを仕留める。

「ごめん」
「岬、言ってる場合じゃないぞ!」

 心臓を突かれ絶命するスピリットに沈痛な顔で謝る今日子だが、横からブラックが襲い掛かってきていた。
 今日子に一拍遅れて到着した友希は、それを危なげなくオーラフォトンシールドで受け止め、返す刀で袈裟斬りに敵スピリットを両断する。

「ご、ごめん、御剣」
「そういうのは、悪いけど終わってからなっ!」

 考えてみれば、今日子はこれが初陣のようなものだった。『空虚』に操られていた時のことを体が覚えているのか、技については淀みがないが、実戦の空気に戸惑いを隠せないようだ。
 しばらくは少し下がってもらっていた方がいいかもしれない。

「アセリ……」

 と、そういうことをアセリアに言おうと振り向いてみると、十を越えるスピリットが倒れ伏していた。
 その中央では自然体に構え、『存在』を血に染めたアセリアが威嚇するように仁王立ちしている。僅かに残っている敵も、アセリアの隙のない構えと、恐らく見せたであろう卓絶した技量に、攻めあぐねている様子だった。

「……トモキ、キョウコ。そろそろいいか」
「あ、ああ。後、岬。しばらくは後ろについてくれ。多分、追いかけてくるスピリットもいるだろうから、追撃を防ぐ役目だ」
「りょ、了解」

 正面から戦えば、今日子は勿論、友希も恐らくアセリアには勝てるはずだ。彼女の永遠神剣は第七位で、二人は第五位。力の総量に明らかな差があり、それは多少の技では埋められない差のはず、なのだが、

「御剣、正直に言っていい?」
「……なんだ?」
「あたし、アセリアに勝てる気しないんだけど」

 先陣を切って法皇の壁への入り口に走るアセリアの後ろ姿を見て、今日子がそう漏らす。
 立ちはだかるスピリットを、一合も持たせずに倒していく彼女の姿を見れば、その気持ちもわかる。地球から帰ってきた辺りからだが、アセリアの剣技はますますの冴えを見せていた。
 なにせ、『空虚』に操られていた頃の今日子、そしてクェド・ギン大統領が変化したあのホワイトスピリットと、他のみんながあまりの力の差に介入できなかった戦いに、彼女は当たり前のように付いてきたのだ。

 なにがきっかけか……というのは、考えるまでもなく、今は破城槌を守りながら他のみんなを率いているあの男だろうが、

「頼もしいのは確かかな」
「ま、そうだね」

 アセリアに背後から襲いかかろうとしたスピリットを倒し、いよいよ三人は法皇の壁の内部に浸入する。
 エーテル技術によって作られた施設の内部だからか、外にいるみんなとの『コネクト』のリンクが途絶えた。これは、半ば予想されていたことだ。
 友希は慌てずに、再び目の前の二人に魔法を発動させる。

「っし、オーケー。いつもより調子いい!」

 内部に侵入した三人を追いかけてきたブルーを、今日子が刺突で仕留める。唇を噛み締める今日子だが、今度は油断したりしなかった。

「こっからが本番だ。三人とも、要の位置は覚えてるよな?」

 防衛施設は、エーテル制御の中枢となる要があり、ここを破壊すれば、防衛施設は無力化される。
 法皇の壁は、その巨大さから要がいくつも存在し、相互に補完することで、一つや二つ破壊されても全体の機能に影響がないよう設計されているが、破壊された要の近辺は、局所的に防御力が弱くなる。

 今回の作戦は、ヨーティアに頼りっぱなしの感があるが、その要の位置も、詳細な図面とともに彼女から説明を受けていた。
 内部を混乱させれば最低限の任務は果たせるが、その要の破壊に成功すれば外にいるみんなは格段に楽になる。

「ん、こっち」
「忘れるわけ無いでしょ、あっち」

 と、今日子とアセリアは、互いに反対方向を指差す。

「……行くぞ、こっちだ!」

 やはり、要の守りは向こうも意識しているのか、そこに通じる通路は最もスピリットが多い。
 友希は、二人が指したどちらでもない方向に伸びる通路を走り、まずは戦闘のグリーンスピリットと鍔迫り合いを始めた。


























 ズズン、と重い音が法皇の壁内部から響く。
 友希達の進路を塞ぐスピリットの群れを、今日子が照れ隠し混じりにライトニングブラストで一掃した音だが、そこまでの事情は外にいる悠人達にはわからない。

「おーおー、派手にやってるねぇ。っと」

 光陰が軽い調子で言いながら、破城槌に迫ってきたブルー二体を『因果』で叩き返し、同時に降ってきたフレイムシャワーの魔法をオーラフォトンのバリアで防ぐ。尻餅をついた二体は、為す術なく周りのスピリット達にとどめを刺された。

「悠人、どう思うよ?」
「……順調すぎる」

 法皇の壁に来るまでもそうだったが、壁を攻め始めてからも、なにもかもうまく行きすぎていた。
 内部に侵入した友希達の陽動はうまくいっているようで、壁から出てくるスピリット達には明らかな混乱が見て取れたし、それに乗じて破城槌はもう後数十メートルで法皇の壁の門まで辿り着く。反撃もまばらで、悠人達が守っている破城槌にまで届くスピリットや魔法は稀だ。

 味方スピリットの被害も、当初想定されていたものよりずっと軽い。

 そもそも、法皇の壁を越えるだけでもラキオスの総力を上げなければ不可能――とされていたはずなのに、この容易さは、明らかに詰めているスピリット達の数と質が想定より落ちているからだ。
 確かに、精鋭揃い。他の国ではエースとされるレベルのスピリットが揃っているが……逆に言えば、その程度でしかない。
 エトランジェに匹敵するとまで謳われている名高い皇帝妖精騎士団や、以前悠人やアセリアを単騎で翻弄したウルカ。そういった、サーギオスの本当の意味での最強戦力が、一人もいない。

 仮にウルカが法皇の壁内部にいたら、悠人は間違いなく友希達三人の壁内部への突入作戦は取り下げていただろう。友希、今日子、アセリアの三人で組まれた小隊とは言え、ウルカが相手では一人か二人は失う覚悟が必要だ。

「御剣が死なないように、秋月が手加減してる……ってわけじゃないよな」
「……いくらなんでも、それはないだろ」

 瞬が友希を気にかけているのは、瞬のことを悠人も理解しているが、だからといって敵対した相手に情けをかけるような男ではないはずだ。
 それに、首都サーギオスを守るもう一つの壁、秩序の壁があるとは言っても、この法皇の壁さえ越えれば、リレルラエルやサレ・スニルといったサーギオス帝国の主要都市へは容易に攻め込める。普通に考えれば、法皇の壁は決して破られてはいけない最重要の戦略拠点だ。

 その重要拠点の守りが、この程度ということは、、

「……やっぱり目的は俺、なんだろうな」

 四神剣は、互いを砕くことを至上の命題としていることは、ファンタズマゴリアでも伝説等で広く知られてる。

 これまでは、他の神剣を砕きマナを喰らうという永遠神剣共通の本能が、この大地でも特に強力な自分以外の四神剣に先鋭化して現れているものだと考えられていた。
 しかし、それにしては第五位という、位だけで言えば『因果』や『空虚』にも並ぶ友希の『束ね』に対する『求め』の反応が薄すぎる。

 このことと、四神剣のうち三本までもを精密検査したヨーティアの立てた仮説が、四神剣には他の永遠神剣同士にはない繋がりがあるのではないかというものだった。
 互いを砕くことでなにが起こるかまでは、そのヨーティアにもわからなかったが、少なくともロクなことではないだろう。

「しかし、だからって秋月のやつから逃げ回るわけにはいかんぜ。政治的にも、戦端を開いといて法皇の壁を破るだけ……ってわけにはいかん」
「その辺は俺にはよくわからないけどさ」

 法皇の壁の中では、今日子が暴れに暴れているらしく、先程二発目のライトニングブラストの轟音が鳴り響いた。
 それが、要を破壊したらしく、明らかに前方に見える門に巡るエーテルが弱まる。

「っと。無駄話はここまでだ」
「おう。みんな! 俺と光陰で、門の前のスピリットを一掃する! そしたら、全力で突貫! 一発で破れなくても、何度でもやるんだ!」

 ォォォ! と、破城槌を運用するグリーンスピリットが叫びを上げ、了解の意を表す。

「行くぞォ、バカ剣!」
「『因果』よ、力を貸せ!」

 悠人と光陰が、それぞれ自分の永遠神剣を構え、突進していく。
 法皇の壁の門前には、十数のスピリットが守りを固めているが、この二人の全力にかかれば張子の虎だ。

 横一閃、悠人と光陰がそれぞれ剣を振ると、彼らは揃って何体ものスピリットの胴体を纏めて両断し、マナの塵へと返す。防御の固いグリーンスピリットだろうが、お構いなしの攻撃力だ。
 戦場に現れた暴虐の塊に、サーギオスの精鋭達もたじろいだ。

「っ、今だ、やれぇっ!」

 二つの嵐が作った戦場の空白に、ヨーティア特製の破城槌が雪崩れ込む。原始的な攻城兵器だが、固定目標を粉砕するという目的のためだけにファンタズマゴリア一の天才が作り上げた一品である。

 グリーンスピリットたちによって加速したそれは、法皇の壁の門を凄まじい勢いで叩き、壁全体が震えるような衝撃を生み出した。
 法皇の壁が軋みを上げ、門に歪みが入る。

「もう一発だ! 今度は、こいつも……『ホォゥゥリィィィィ』!」

 悠人が『求め』を地面に突き立てると、展開した魔法陣から聖なるオーラが溢れる。
 グリーンスピリットたちにオーラの加護が与えられ、その全ての能力が上昇した。

 次は、先ほどに倍する威力となるだろう。

「光陰!」
「おうよっ!」

 流石に見過ごせないと、止めに入ったサーギオスのスピリットを、光陰が『因果』を振り回して蹴散らす。
 肉厚の分厚い双剣を手足のように使いこなし、旋風のような連撃で決して破城槌に近付けさせない。迂闊にも攻撃範囲に入ったスピリットは、剣が掠っただけで手や足、運が悪いと首を斬り飛ばされていた。

「悪いが、通させないぜ。さあ、次はどいつだ?」

 光陰が視線で牽制している間に、破城槌がもう一撃。
 今度は壁のみならず、地面も地震が起こったかのように揺れる。

「……ヨーティアの奴、一体どんな作りにしたんだ」

 断じて普通ではない。いくらスピリット達とは言え、通常の破城槌でここまでの威力を出すことは絶対に出来ない。

 そして、その二発の威力は、戦場に散ったスピリット全てに伝わった。

「――っ、おい、悠人。サーギオス兵が、全部こっちに来るぞ!?」
「!? くそ」

 他の敵スピリット達が、ラキオス兵に背後から斬られるのもお構いなしに破城槌に向けて一斉に集まってくる。
 この場のサーギオス兵は、全員この壁の死守を命じられている。例え、今交戦している相手に斬られようとも、法皇の壁の門を突破されるわけにはいかないと、黒いハイロゥを輝かせながら迫ってきた。

 その鬼気迫る様子と、殆どが手傷を負っているとは言え圧倒的な数に、流石のエトランジェ二人も動揺する。
 戦えば負けはしないが、破城槌と運用するグリーンスピリットたちを守るのは無理だ。

「フレイム――」
「ちっ!?」

 そうして、判断に躊躇している一瞬に、法皇の壁の銃眼の一つから、凄まじいマナが膨れ上がる。
 この場のスピリットでは、最強格なのだろう。練り上げられた赤マナが集い、ラキオス軍から飛んだバニッシュ魔法でもいささかも減衰しない。

 フレイムレーザーの魔法。狙いは、破城槌そのもの。割り込みに悠人と光陰が走るが、今の位置では絶妙に間に合わない。
 予備も一基あるが、この戦場までもう一度運ぼうとすると、余計な犠牲が増える。なんとしても防ぐ、と悠人が更なるオーラフォトンを『求め』から引き出そうとし、

「レー……ガァァァ!?」

 魔法は、形になる寸前、霧散して消え去った。
 代わりに響いた断末魔は、魔法を放とうとしたレッドスピリットのもの。

「悠人! こっちは要の破壊終わったぞ! そっちに合流したほうがいいか!?」

 そして、銃眼から顔を覗かせたのは、内部に侵入した友希。
 見ると、法皇の壁から降る魔法が明らかに減ってきている。砲兵であるレッドを、中の三人が排除しているのだ。

「――! ああ! そっちは充分だ! こっちに来て、俺達と一緒に破城槌の守りを!」
「了解!」

 友希が『束ね』にオーラフォトンを込め、銃眼を無理矢理突き崩して穴を広げて法皇の壁から脱出する。
 一番近い要を壊した今、このくらいの範囲を壊すくらいなら、第五位の神剣なら容易かった。

「ん? 外に出んの!?」

 友希の『コネクト』経由で情報が伝わった今日子も、また別の銃眼の穴を広げて外に飛び出る。その後ろからはアセリアが。

 そして、三人と二人は、戦場にいる全てのサーギオス兵が群がる破城槌の守りに立つ。ラキオスでも、この五人が五指の実力者だ。

「――魔法で一掃する! 友希、今日子!?」
「了解!」
「オッケー!」

 悠人が声を上げ、二人が返事する。

「光陰、アセリアは先に近付いてくるやつらを迎撃だ。頼むぞ!」

 こちらの二人は、無言で前に出て剣を構えた。

「『束ね』。神剣の主として命じる、かの者らに我が力を分け与えよ! 『サプライ』!」

 友希が魔法陣が展開し、サプライの魔法を悠人と今日子に送る。
 効率という面では『コネクト』に及ばないが、瞬間的な強化はこちらの方が効果が高い。代わりに、二人にオーラを供与した友希の能力はガクンと落ちたが、心配はしていない。

 次の一撃で、戦いの趨勢は決着するからだ。

「行くぞ、バカ剣! マナよ、我が求めに応じよ――!」
「こっちのバカ剣も気合入れなさいよ!」

 攻撃的な魔法陣が、悠人と今日子の足元に出現する。
 友希の物を含めて、三つの円が交差し、戦場を彩る。

 具体的な効果はわからずとも、集中する暴悪なオーラフォトンの奔流に危機感を煽られたのか、その魔法の発動を止めようとがむしゃらにサーギオスのスピリット達が突進してくる。
 しかし、光陰とアセリアの二人は、その捨て身の突進も危なげなくシャットアウトしていた。
 ただ、流石の二人も、戦場の全てのサーギオス兵が来れば、防ぎきることはできない。もう一分とかからず、残りのスピリット達もここに来るだろう。

 ――その前に、悠人と今日子の魔法が完成した。

「――『オーラフォトン、ビィィーーーームッッ』!!」
「『ライトニングブラストォ』!!」

 本日三発目の、今日子のライトニングブラスト。そして、サーギオスに攻め込む直前に悠人が開眼した『求め』の必殺魔法、オーラフォトンビーム。
 二つの異なる色の閃光は、戦場を蹂躙しつくし、集まりつつあったサーギオス兵の八割を蒸発させた。

 この時点で、ラキオスの優勢は揺るぎないものとなり、

 ラキオス王国とサーギオス帝国、二国の戦争の初戦は、ラキオスが制したのだった。




























 ――法皇の壁、陥落。
 その知らせは、サーギオス帝国王城の謁見の間にて、驚きを持って迎えられた。

「おい、なにかの間違いじゃないのか!?」
「国境警備の責任者を呼べ! 連中が、防衛用のマナを横流しでもしたんじゃ……」
「それより、スピリット隊の隊長共だ! 初戦、卑賤な職に身を窶す連中だ。スピリット共の調教もロクに出来ない無能など首を刎ねてしまえ!」

 そんな臣下のやりとりを、玉座に座る瞬は心底つまらなそうに観察していた。

(どいつもこいつも、馬鹿ばかりだ)

 法皇の壁に詰めていた熟練のスピリットを引き上げさせたり、あそこの指揮官を無能にすげ替えたのは、他でもない瞬である。
 悠人達が見込んだ通り、彼はラキオスにわざと法皇の壁を突破させた。その理由も考察通りで、『求め』に関しては他でもない『誓い』の手によって砕かなければいけないのだ。
 『空虚』と『因果』を下し、その力を吸収した今の『求め』を破壊してこそ、『誓い』の悲願は叶う。

 ……勿論、瞬以外のサーギオスの人間はそんな目論見など知らず、ただ建国以来の絶対の防御壁である法皇の壁が突破されたことに、右往左往するだけだ。
 少し物を考えれば、瞬がわざとそうしたことはわかるだろうに。瞬は、家臣の血の巡りの悪さに辟易としていた。勿論、自分に逆らうような輩は即座に斬り捨てる心算の瞬だが、誰一人として瞬に意見すら言わないのはいささか予想外だったのだ。

「もういい」

 小さく瞬が声を上げる。
 謁見の間に響く怒号からすれば、それは蚊の泣くような声だったが、今まで暴走していた人間が全員一言も発しなくなる。

 ようやく訪れた静寂に、瞬はひとまず満足して、言った。

「貴様ら、寛大な僕は、今回は許してやろう。でも、このサーギオス城にまで連中の侵攻を許すようなら……わかってるな?」

 彼らは一糸乱れぬ声で返答する。
 当然、連中には皇帝妖精騎士団は与えない。いくら悠人が率いるような脆弱な軍隊とは言え、こいつらの隷下のスピリットくらいは突破するだろう。仮にこの程度で潰れるような永遠神剣ならば、砕く価値もない。

「もうすぐ、もうすぐだ」

 小癪にも結託した『求め』『空虚』『因果』。
 連中を疲弊させるため、このような小細工を弄するのは業腹だが、それもすぐに訪れる待望の時を思えば気にならない。

 瞬――いや、『誓い』の歓喜の感情は、謁見の間のみならず、サーギオス城全てに広がり、城内を言い知れぬ気配で包むのだった。




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