「くそっ、なんなんだよ、ここは! みんな、大丈夫か!?」

 首都マロリガンのエーテル変換施設。どこか遺跡めいた不思議な空間で、悠人は襲い掛かってきたスピリットを切り捨てて後方に声をかけた。
 後ろでは、味方のスピリットたちが、いつもより格段に良い動きで――そして、どこか戦いづらそうに剣を振っていた。

「こんなに戦いにくいなんてっ」

 間断なく襲い掛かってきた次のスピリットを、悠人は『求め』を一振るいして蹴散らす。
 全力というわけではないにもかかわらず、衝撃波で床が抉れる。手練のスピリットでも一撃で果てるような威力だったが、しかし敵のスピリットは大怪我を負いながらも悠人のところまで辿り着いた。
 その動きは稲妻部隊をも大きく上回っている。

 施設突入後に連絡を取ったヨーティアの話では、この遺跡めいた建造物には敵のスピリットの永遠神剣を強化する作用があるらしい。防衛施設と似たようなものだが、スピリットを使い捨てにしてしまうという代償はあるものの、力の増幅率は通常の施設の比ではない。

 ハイロゥを真っ黒に染め、血走った目で、スピリットが一直線に駆けてくる。口走るのは、呪詛のような言葉のみ。

「死ね、死ね死ね、死ねぇ!」

 暴走状態にあるスピリットを相手に、悠人は一歩も引かずに『求め』を構えた。

「生憎……ここで止まってられないんだよ!」

 予想以上の剣の鋭さに、躱し切れずに腕を斬られるが、悠人は代わりに相手の胴体を両断した。
 地面に二つに分かれて倒れたスピリットは、しばらく上半身だけで悠人に向かって来ていたが、やがて力尽きて絶命する。

「ふぅっ」

 負傷はしたものの、特にオーラフォトンを展開するまでもなく傷が癒えていく。
 スピリットのみんなも、敵の撃退によって少なくないダメージを受けたようだが、数分とかからずに治っていた。

「悠人、やっぱりみんな参ってる。僕も、最初は調子良かったけど、今は振り回されないようにするので一杯一杯だ」
「そうか……俺もだ。うっかり攻撃の余波がみんなのとこまでいっちゃいそうだよ」

 話しかけてきた友希に、悠人は疲れた声で答える。

 今、このエーテル変換施設には、マロリガン中のマナが集まっている。普段のマナ濃度が砂糖水だとしたら、今のこれは蜂蜜のような濃さだ。空気が粘性を持っているような錯覚さえ覚える。
 そのため、敵味方共に普段の倍する力を発揮できている。ランサからマロリガンまでの強行軍で疲労していたはずのラキオススピリット隊も、すぐに疲労が回復するほどだ。

 しかし、良いことばかりではない。
 あまりに濃密なマナ。この施設の恩恵に加えて、過剰なマナにより相手の攻撃の威力も上昇しているため、こちらの損害も大きい。多少の負傷ならグリーンスピリットの癒しの魔法も必要とせず治るが、痛みまでなくなるわけではない。
 加えて、いつもより勝手の違う戦闘に、体は元気なものの悠人を含め全員がへとへとだった。

「でも、襲撃は一旦収まったか? 敵影、ないよな」
「マナが濃すぎて、索敵は全然駄目だ。ナナルゥでも無理だった」

 遠距離攻撃を得手とするレッドスピリットとして、ナナルゥは遠くの敵を感知することにかけてはラキオスでも随一だった。
 そのナナルゥでも、今の状況では索敵は目視に頼る他ない。

「……またおいでなすったぞ」
「ユート様、ここは私達が!」

 この異常な戦場で、常に先頭に立っていた悠人は特に疲労している。
 限界が近いことを察して、エスペリアがファーレーンと一緒に前面に出た。

「わかった、頼むっ」

 スピリット隊の中でもベテランのこの二人ならば心配はない。悠人は大人しく後ろに下がった。

 強化されたスピリットたちを相手に、熟練の技を持って対抗するエスペリアとファーレーン。やがて、自分たちの敵を倒した他のスピリットも合流し、戦局は危なげなく推移していく。
 不測の事態に備え、身構えていた悠人も、その様子を見て少しだけ気を抜く。

 そうすると、やはり頭を疑念が襲ってきた。

「やっぱり、変だよな……」

 ふと悠人が呟く。同じく休憩に入っていた友希は、その言葉に振り向いた。

「どうした?」
「ああ、いや。友希も変だって思うだろ? 大統領が、なんでこんな手を打ったのかって」
「そりゃ……でも、考えても仕方ないってことになったじゃないか」
「そうなんだけどさ。この施設の技術一つとっても、充分うちに対する切り札になったはずじゃないか」

 普通のスピリットでも、超強化してしまう施設。
 スピリットを犠牲にするという点は気に食わないが、スピリットの数という点においてはラキオスを大きく上回るマロリガンとしては重要拠点の防御用と割り切れば、悪くない。

 ラキオスはヨーティアというインチキめいた天才のお陰で技術力は上回っているが、つい最近に北方五国を統一したぽっと出の大国と、遥か昔から帝国と伍する真の大国であるマロリガンとでは、同じ技術でも適用できる規模が違う。

 それに加え、マナに食料、都市の防衛施設、人間兵に至るまで、マロリガンとラキオスでは比べるべくもない。

 例え、多少の政治的混乱があったとしても、順調に推移すればマロリガンの勝利でこの戦争は終わっていただろう。
 こんな愚挙に出るのは、大統領が狂ってしまったとしか思えない。

「俺、ここの大統領と会ったことあるんだよ。凄い厳格で、でもこんなことする人じゃなかったと思う」
「……なら、それは本人に直接聞いてみよう」

 友希は、敵スピリットの群れが途切れた事に気が付いた。
 スピリットが暴れることがなくなったため、濃いマナの中にも一定の流れがあることが読み取れる。

 エーテル変換施設の中枢が近い。そこには、かの大統領もいるはずだった。
























「早い、な」
「クェド・ギン大統領! もはやこの施設は私達が制圧しました! 大人しく投降してください!」

 予想通り、クェド・ギンはエーテル変換施設の中枢部、巨大な永遠神剣がクリスタルを貫いた神秘的な光景を背景として立っていた。
 エスペリアが『献身』を構えて投降を呼びかけるが、その声はまるで無視している。

「本当に早い。……俺の予想では、いよいよ臨界を迎える寸前に辿り着くものだと思っていたのだがな。これすら予定のうちか、はたまた誤差の範囲か、イレギュラーか。難しいところだ」
「クェド・ギン大統領! 聞いて――」
「エスペリア、下がれ!」

 なおも言葉を重ねようとするエスペリアを、悠人が制した。
 この中枢部、機械類にうまく隠れているが、神剣の気配が少なくとも三つは潜んでいる。

 マナ消失という全てが喪われたあの悲劇に捕らわれているエスペリアは、いつもの冷静さがない。激昂して突撃しては、返り討ちに遭うだけだ。
 それに、悠人自身、この大統領には聞きたいことがある。

「久し振りだな、エトランジェ。『求め』のユート」
「大統領。なぜ貴方はこんなことをするんだ。ラキオスだけじゃなく、マロリガンまで……全てを破壊して、その先になにがあるっ!?」

 ふっ、とクェド・ギンは嘲笑う。それは悠人に向けたものではなく、どこか自嘲するようなものだった。

「なぜ、か。ならば、お前はなぜ戦う? 『求め』の声に従い、義妹を助けるため、帝国と戦う……その先になにがある?」
「なに、って……」

 地球に帰って、佳織と、光陰や今日子、友希と一緒に昔みたいに笑って暮らせる生活を。
 そこまで考えて、悠人は頭を振った。違う、この大統領は、そのようなことを言っていない。

「わからないだろう。所詮、お前たちは神剣の求めるまま、神剣の思い通りに動いているに過ぎない。神剣が望む世界を作るために」
「なに、を……」
「なにを言っているんだ、クェド・ギン大統領!?」

 横から口を挟んできたのは友希だった。
 キィィ、と彼の持つ『束ね』が音を立て、怒っている。

「ほう、五人目のエトランジェ、『束ね』のトモキか。なにか知っている様子だが」
「……サーギオスの、皇帝。アレが『誓い』だってことは」
「ふん、そのことか」

 クェド・ギンは嘆息する。このくらいの情報は、当然のように知っている様子だった。

「サーギオスの皇帝か。それについて、お前はどう思っている?」
「気持ち悪い。人間の国を、人間じゃない奴が裏から好きなようにしているなんて。僕の友達も、そいつに操られてる。……ああ、気に食わない!」

 同意するように『束ね』が鳴る。この神剣の在り方、人の物語を収集するというその在り方に、あまりにも反する存在に怒っている。
 クェド・ギンは僅かに考えこみ、口を開く。

「成る程、この大地の神剣とは異なるのは確かのようだ。だが、『誓い』など所詮単なる一国の元首。……コーインの奴にも話した喩え話だが、こういうのはどうだ?」

 クェド・ギンは、自分の胸の内を明かす。
 このような時間が取れたのは僥倖だった。今更、自分は止まれない、止まるつもりはない。この生命を持って、この大地をいいように操っている連中に一泡吹かせることに、迷いや躊躇いはない。

 しかし、それでも。
 もし、自分がそれでも運命に屈してしまった時、後を託すべき若者たちに、少しでも標が残せたならば。

 まだ、こんな真っ当な思いが残っていたことに、クェド・ギン自身驚きだった。
 ――あるいは、本当に『束ね』という神剣は、連中の考慮にないものなのかもしれない。

 もう一人のエトランジェという者がいなければ、きっとこんな時間はなかった。悠人一人では、光陰や今日子に例え勝てたとしても、その後クェド・ギンと話す時間的余裕など望めなかった。

「馬鹿な……!」
「そんなこと……」

 光陰にも話した内容――世界中の農家が、なんとなくでネネの実を育てなかっただけで、次の年の収穫がゼロになってしまう。
 そんな、人々の『なんとなく』を恣意的に操作している存在の示唆。

 エトランジェのみならず、背後のスピリット達も、信じられないような目でクェド・ギンを見ている。

「ただの狂人の戯言と、切って捨てるのも良いだろう。今の俺はエーテル変換施設を暴走させようとしている。傍から見れば狂気の行動だ。
 しかし、考えても見ろ、今のラキオスを。誰が、エトランジェの現れる前のラキオスが、ここまで伸長出来ると予想できた? 例え伝説の勇者が現れたとしても、ここに至るまでラキオスが乗り越えてきた難関はどうして乗り越えられてきた? それは本当に、ただの偶然か?」

 あまりにも出来過ぎな物語。
 そして今の構図は、若く聡明な女王の配下の神剣の勇者が、妹を救い出すために悪の帝国に立ち向かう、まさに王道の物語だ。

 ああ、と、友希の手にある『束ね』は嘆息した。
 人々の物語を収集する自分が、あまりにも間抜けなことに気付かなかった。

『……ああ、確かにこれは出来すぎです。どこかの誰かが筋書きを書いてなきゃ、こんなに都合良くなるはずがない』

 『束ね』の声が聞こえていたわけではないが、悠人もここ最近の疑念が氷解する思いだった。
 ここまで我武者羅になって走ってきたが、よくよく考えてみると、当初は戦いの素人だった自分が、ここまで死なないでいることからしてまずおかしい。
 友希のように、近しい仲間を亡くしたわけでもない。
 まるでラキオスに負けさせないように、誰かが調整をしているかのように。

 そしてなにより、戦争の背後に時折現れる、得体の知れない影。

 隣では、友希が悠人と同じ存在を思い描いていた。ゼフィの仇、黒い剣士タキオス。そしてそのタキオスを従える、テムオリン。

「エターナル……」
「ほう、そう呼ぶのか」

 クェド・ギンの言葉に、悠人は叫んだ。

「だったら……! 大統領、あんたの目的があいつらと戦うことにあるなら! 俺たちは手を取り合えるはずじゃないのか!?」
「それはできない。俺は誰の言葉も信じない。なぜなら、そう言う俺こそが、俺自身のことすら信じていないからだ」

 いよいよ、エーテル変換施設の鳴動は致命的なものになりつつある。
 これ以上問答している余裕が無いことは誰の目にも明らかだ。

「くっ、わからず屋が!」

 悠人も、焦りの色を濃くして『求め』を構える。
 もはや、この大統領を説き伏せている時間はない。強引にでも止めないと、この大地自体が消し飛んでしまう。

「近い将来、この世界は滅びる。神剣の意志によって。……俺はそのような運命など認めない。滅びるというのなら、この俺の手で滅ぼしてやる」

 背に隠していた長剣を、クェド・ギンは取り出した。
 そしてそれは、紛うことなき永遠神剣。

 不吉な予感に駆られて、友希は叫んだ。

「なにをする気だ、クェド・ギン大統領!」
「この意思なき神剣『禍根』で、俺は運命に抗う。神剣の思惑通りになどなるものかっ! 俺達は、生かされているのではない――」

 クェド・ギンが懐からマナ結晶体を取り出す。

「生きているのだ!」
「や、やめろっ!?」

 そして、『禍根』と呼んだその神剣に、マナ結晶体を叩きつけた。

 結晶体が砕け散り、やおら白い光が、中枢部を照らす。

 その光が収まると、クェド・ギンの姿はどこにもなく、

「……………………」

 ただ、『禍根』を携えた、白一色のスピリットが、無感情に立っていた。
 クェド・ギンは消し飛んだのか、どうなったのか。しかし、彼女を生み出すことが、クェド・ギンの目的だったに違いなかった。

 真っ白な髪と瞳、肌すらも白磁のように白く、衣装も合わせて、全身が白亜の少女。

「イオ……そっくり」
「ああ、ホワイトスピリットってやつだ」

 アセリアの呟いた言葉に、悠人は首肯する。

 もはや伝説に近い存在となり、生き残りはイオしかいないと思われていたホワイトスピリット。

 『禍根』とマナ結晶体を掛け合わせ、どうしてこのようなスピリットが姿を表したのか。この場で理解できるものは誰もいない。
 しかし、ヨーティアがこの場にいたのなら、理解出来ただろう。このホワイトスピリットこそ、ヨーティアとクェド・ギンが、サーギオスの研究所に所属していた頃、研究していたスピリットだった。
 名はイオ。今、ヨーティアの側にいるイオの名前は、元々は彼女のものだった。

 事故により亡くなったイオの永遠神剣『禍根』を、反逆のための剣としたクェド・ギンは、独自の研究から、こうなることを見越していた。

「ァァァァァァ」

 しかし、取り戻したのは姿形だけだ。その目は正気を失い、獣のような咆哮を上げている。
 あのマナ結晶体はどれほど高純度のものだったのか、雄叫びと共に叩きつけられるマナの波動は、悠人をも上回っている。

 その力に危機感を覚えたのか、中枢部に隠れ潜んでいたスピリットたちが、イオに襲いかかる。

「……ァ」

 しかしイオは指向性を持たせたマナの塊を放出することで襲い掛かってきた三人を纏めて塵に帰した。
 小型のマナ嵐のような、すさまじい波動。しかし、それを扱う方は、使えば使うだけその体が薄くなっていっている気がする。
 一度死んで、理性どころか、本能すらなく、ただただ力を放出するだけの存在だからなしえる無茶だった。存在の消滅をも厭わず、全力を超えて力を出す。四神剣を上回る程の力は、つまるところそれが理由であった。

 その狂乱する姿に、友希は胸の奥が詰まるのを感じた。

「大統領……アンタのやりたかったことって、本当にこんなことなのかよ!」

 一時的とはいえ、友希は彼の気持ちに共感していた。
 成る程、この世界の全ての人々を操っているような奴に対して屈することなど、出来るはずがない。どこまでも抗おうというクェド・ギンの言葉には胸を打たれた。

 しかし、だからと言って、こんな悲しい存在を生み出して、そして世界もろとも消え去るようなことが、本当にそいつらに対する意趣返しになるのか。
 そう思うのは、友希にクェド・ギン程の覚悟がないからか。それとも、永遠神剣を持っている者と持っていない者の違いなのか。

「悠人、止めるぞ――!」
「ああ! エスペリア、アセリア! 後、俺と友希以外は下がれ! 俺はレジストを張るから、アセリアは前、友希はアセリアの援護、エスペリアは防御を!」

 広範囲に渡るマナの波動をまともに受ければ、ラキオスの精鋭とは言え早々耐えられない。
 なので、悠人が抵抗のオーラで威力を軽減し、それでも通る分を耐えて戦えるメンバーだけで、イオに対応することにした。

 他のスピリットたちも、イオのマナ嵐の威力を目の当たりにし、素直に下がっている。

「アセリア、行くぞ。絶対に勝つ」
「ん、了解。任せとけ、トモキ」

 負けられなかった。
 この大地のために、なんて大仰な理由ではなく、

『お前たちが勝ったら、俺の意志を継いでくれ』

 友希には、あのイオを生み出す直前、クェド・ギンの目がそう言っていたように見えたから。

『だから、勝ってやる。その後、こんなことしなくても、ちゃんとした解決法があるんだって証明してやる。あの偏屈大統領め』
『ええ、我が主の物語は、ハッピーエンドで終わると決まっているんですから! それを、あの人にも見せてやりましょう』

 友希は『束ね』に心の中で頷き、アセリアと共に走った。

































「くっ、レジ、ッストォオオオ!」
「壁よ!」

 悠人の抵抗のオーラの重ねがけ。
 更にエスペリアの展開した広域防壁。

 それに加えて、友希自身も自分の目の前にオーラフォトンの盾を発生させ……それでも、まだイオ・ホワイトスピリットの放つ光の竜巻は防ぎきれない。

「アセリア! 僕の後ろに!」
「わかった……!」

 アセリアの水の盾では薄すぎる。
 彼女の壁になるべく友希は前に立ちはだかり、

『〜〜っ、痛ぅ〜』

 盾を貫いて迫るマナの嵐に、全身が切り裂かれる。
 幸いにも、何重もの守りによって、薄皮を斬る程度で済んでいるが、少しでも力を抜けばその瞬間バラバラにされそうな威力だった。

 時間にして、十数秒の放射。永遠にも感じるそれを耐え抜き、友希はアセリアに向けて叫んだ。

「今だ、行けぇ!」
「っ!」

 返事をする暇も惜しいと、アセリアがまっすぐに踏み出す。
 イオの攻撃により、周囲の空気の流れがぐちゃぐちゃに掻き乱されているため、ウイングハイロゥは使えない。二足の足で、それでもラキオスの誰も追いつけないようなスピードで突進していく。

「ィィィヤァァァッ!」
「…………」

 接近できれば、そこはラキオスの青い牙と讃えられるアセリアの一撃。決して脆くはないイオの防御も突き抜けて、大きなダメージを与えることに成功する。
 今度は、腕を一本切り落とした。

 普通なら、これでカタがついている。普通のスピリットなら、これで怯み、アセリアは返す刀で首か心臓を切り裂いているだろう。

「――ッ!」

 しかし、破壊衝動だけに支配されたイオは、自分の負傷などに頓着せず、そのままアセリアに反撃を加える。
 アセリアは『存在』を盾にやり過ごすが、すぐにまたイオが魔法を使う気配を感じて、後ろに飛んだ。

 そして再び放たれるマナの嵐。都合四度目のやりとりに、友希は歯噛みした。

 これが普通の戦場でなら、とっくに勝負は決まっている。しかし厄介なことに、このエーテル変換施設の中枢部に集まった異常なマナのおかげで、致命傷が致命傷にならない。腕を斬られたイオは、既にマナの流出が止まっており、片腕でも攻撃は衰えていない。
 それでも、時間をかければ倒せるだろう。しかし、今はその時間が無い。

「……悠人! このままチンタラしてたら、臨界まで間に合わないかもしれない! 次は、僕も一緒に飛び込む!」
「待っ……いや、わかった! 後ろは気にするな、全力で行け!」

 イオの攻撃は苛烈で、傷ついた友希が捌けるかはわからない。そして、片腕になったとは言え、アセリアをして攻めきれなかった相手に、友希の攻撃が有効なのかも未知数だ。
 しかし、もはやリスクを取っても勝ちをもぎ取りに行かないといけない。

 できれば、もっと攻撃力があって、イオの攻撃を物ともしないような防御力を持った仲間がいれば――
 一人の顔が、友希の脳裏に浮かぶ。

 と、そこで、悠人の抵抗のオーラを覆うように、更に大きな黄緑のオーラが戦場を包んだ。

「なっ」
「よぉ、苦しそうじゃねえか。助けに来たぜ」

 振り向くと、肉厚の永遠神剣を携えた、坊主頭の巨漢が一人。

「光陰! お前、怪我は大丈夫なのか!?」
「碧!」

 悠人と友希が同時に叫ぶ。
 光陰は、ふてぶてしい笑顔を浮かべ、口を開く。

「へっ、悠人よ。あのくらいで俺がどうこうなると思ったか? 言ったろ。鍛え方が違うんだよ」
「よかった……そ、そういえば今日子は?」
「あっちも勿論無事さ。今は稲妻の連中に預けてある。すぐに目ぇ覚ますさ。……さて、と」

 光陰が無造作に前に出ていく。
 イオが放つ竜巻も、今はその歩みを止めることは出来ない。悠人と光陰、二人分のオーラの防壁に阻まれて、彼女の攻撃はもはや結界内に微風すら起こせていない。

「あれが大将の成れの果て、か」
「碧、大統領に色々聞いたぞ」
「へぇ、あの大将がね」

 感慨深そうに光陰は呟き、友希の隣に来ると『因果』を構える。
 その様子に、友希は今までの不安が消し飛ぶような思いだった。恐らく、悠人も同じように思っているだろう。

「光陰、頼んでいいか」
「ああ、任せとけよ、悠人。ま、色々言いたいことがないわけじゃあないが……それは全部片付けてから、元の世界でお好み焼きでも食いながら、な」
「なんだそれ、美味そうだな。勿論、僕も一緒に行くぞ」

 緊張感のない会話。場違いなそれに、友希は口の端が釣り上がるのを抑えられない。

 今言っていることを実現するためには、まずは目の前にある危機を退けて、佳織を取り戻し、瞬を正気に戻し、タキオス、テムオリンという連中の思惑から飛び出す必要がある。

 だが、なんの心配があろうか。

「へっ、じゃあまずは、目の前のあれを片付けないとな!」
「調子に乗ってトチるなよ、光陰!」
「僕はフォローに回るから、ブチかませ碧!」

 悠人と光陰が揃っているところは、こんなにも頼もしい。
 どんな障害でも、彼らとなら乗り越えていけるだろう。









 ――その後。『因果』の一撃により、蘇った『禍根』の主、イオ・ホワイトスピリットは、再びマナの塵へと還っていった。




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