ガタゴト、と微かな振動に身を任せて、友希はぼんやりと外を眺めていた。
 サーギオス帝国領内。ゼィギオスを後にし、サーギオス帝国二つ目の城壁『秩序の壁』を越え、友希の乗る馬車はもうすぐ首都サーギオスに到着する。

 馬車、である。これまで、ファンタズマゴリアの二大国の一つであるマロリガンをして、難攻不落と謳われた法皇の壁の中に拍子抜けするほどあっさりと案内された友希が乗せられたのは、なんと馬車だった。
 この世界で、スピリットに貴重な馬――ちなみに、ファンタズマゴリアでは馬っぽい生き物はエクゥと呼んでいる――を使わせるなど、常識外れにも程がある。しかも、この馬車は友希のためだけに用意されたものだった。

 法皇の壁に駐屯していたスピリットが言うには『シュン様の御采配です』とのことだった。

 更には、立ち寄る街で振舞われる美酒美食。
 こんなことをしている暇はないと、馬車をとっとと降りて首都まで走ろうと考えた頃、届いた瞬からの手紙にはこんなことが書いてあった。

『僕は今、忙しいんだ。お前はゆっくり僕の帝国を観光でもしながら来るんだな』

 手紙の中には嫌味やらなにやらが詰め込まれていたが、要約するとこんな感じだった。

『いやはや、気前の良い友人ですね』
『……いや、気前がいいのはいいんだけどな』

 無理に向かおうとすると、護衛に付けられているスピリットにやんわりと止められ、強引に行こうとすると、実力行使される。
 お陰で、帝国領内に入ってからの速度は牛歩のようだった。

『"僕の"帝国なんて手紙に書く上に、たかが僕程度にスピリットを護衛に付ける、ねえ。……『束ね』、どう思う?』
『瞬さんは、主の想像よりずっと大きな権力を持っている、ということでしょうが。どう考えても、おかしいですね』

 『束ね』も訝しんでいる。
 これまでの瞬のやりようは、明らかにエトランジェが持てる権力の領分を遙かに超えている。陸続きの国同士で、ここまで待遇に違いが出るのか? いや、それはない。事実、立ち寄った街で友希やスピリットたちに向けられる視線は、ラキオスのそれより暗いものだった。

『……どうせ、後二時間もしないうちに着くんだ。会ってから確かめよう』
『そうですね。どうも、情報が足りない』

 幾度と無く話し合ってきたが、やはり瞬と直接会うまでは進展はなさそうだ。友希は言い知れぬ不安に、思わずため息をつく。

「ふう」
「おや、ため息なんて付いてどうしました。退屈でしょうか? なら、眠ってはいかがでしょう」
「……なぁ、君。確かウルカの部下だったよな。なんでこんなところに」

 今、友希の護衛として馬車に同乗しているのは、以前ウルカとともにラキオスに攻めてきたスピリットだった。彼女に見舞われた頭への一撃は、今も忘れていない。
 ゼィギオスで合流した彼女だが、仮にも切り結んだ経験から話しかけるのが憚れた。しかし、とうとう我慢できなくなって聞いてみる。

「そう言われても。私達ウルカ隊は、体の良い使いっ走りなので。こういう雑務は多い方です」
「へえ」
「それに、リスクの高い作戦は大抵私達に回ってくるんですよ。隊長も断れない人ですし」

 リスクの高い――そういえば、ウルカは例のイースペリアのマナ消失にも立ち会っていたはずだ。
 成る程、と得心すると同時に、随分口の軽いスピリットだな、と友希は思う。

「ところで、聞いてみたいんだけど、この国で瞬のやつってどんな立場なんだ?」

 だけど、同時に他のいかにもスピリット然とした連中よりも話やすかった。いい機会なので、聞いて見ることにする。
 尋ねると、彼女は困ったように眉根を寄せて、

「うーん、知り合いだとは聞いていますが、他の人の前でシュン様を呼び捨てになんてしないほうがいいと思いますよ? シュン様はこの国で、皇帝に等しい権力をお持ちですから」
「は、はあ!?」

 どれだけ行っても軍の将軍くらいだろう、と考えていた友希はぶったまげる。
 皇帝。帝国であるサーギオスにとっては、当然最高権力者だ。政治形態は中世の色が濃いファンタズマゴリアで、国家元首の権限の強さは現代日本の総理大臣などメではない。

「サーギオスじゃ、エトランジェの扱いはそんなにいいのか? 僕は、サルドバルトでお世辞にもいい待遇とは言えなかったんだけど」
「そんなわけではありません。ただ、皇帝がシュン様のことをとても気に入っており、彼の言うことは自分の言葉と思え、と」
「瞬が気に入られているって?」

 友希にしてみれば、質の悪い冗談にしか聞こえない。あの、友人すら自分くらいしかいない自己中心的な男が、なにをどうやったら権力者に好かれるんだろうか。無礼なことを言って激怒させるのがオチだろうに。
 どうも、サーギオス帝国の内情は複雑怪奇らしい。

 ともあれ、そんな瞬が友希を一応は歓迎する、と言っているから、ここまで過大な処置をされているという話だった。

「そっか……」

 ひとまず、城に入ったら問答無用で殺されるようなことは心配しなくてもいいらしい。
 安堵すると同時に、もう一つ聞くことにする。

「……後、この国に瞬以外のエトランジェっているか? 黒髪で浅黒い肌の大男。身の丈ほどのでかい永遠神剣を持っている奴」

 この質問には緊張した。
 これから行く城にいる、ともし聞かされたら、友希は自分を抑える自信がない。

「え? 誰のことですか。男性ってことはエトランジェ? 我が国のエトランジェはシュン様だけですよ」
「……そうか」

 嘘を言っている様子はない。あれだけの力を持っている男だ。知られていないとすると可能性は二つ。
 秘密兵器のような扱いになっており、一般には隠されているのか。
 それとも……

『あの男、どこの国のものかと聞かれて、"強いて言えば"サーギオスだって言っていましたね』
『ここの人間じゃないっていうのか? 単に、優勢そうな国に付こうとふらふらしてる野良エトランジェ?』

 成る程、考えてみれば理にかなっているかもしれない。今、この大陸は群雄割拠の時代だ。さながら三国志のごとく、急成長を遂げたラキオスと、マロリガン、サーギオスのニ大国が並び立っている。
 最後まで立っているであろう国を見極めるため、静観する――いかにも、もっともらしい理由だったが、

 友希にはどうしても、あの黒い剣士が、そんな小さなことに拘泥しているとは思えなかった。

「どうしたんです?」
「あ、いや」

 首を振る。
 あの黒い剣士のことは、一旦忘れると決めたはずだ。

「あ、お城が見えてきました」
「……へえ」

 スピリットの少女の視線の先を見る。

 地平線の向こうに、サーギオス首都の城壁が垣間見えた。
































 所詮、小国であったサルドバルトやラキオスとは比べ物にならないほど豪奢な城の中を案内される。
 何気なく飾ってある絵や壺も、芸術に縁のない友希にすら高価なものとわかるほどきらびやかで、それらを誇るように塵ひとつ落ちていない廊下が伸びている。

 ところどころに立つ衛兵は直立不動で敬礼をしており、歓迎の意を示していた。

 妙な緊張感に、友希はまっすぐ歩きながらも警戒を高める。表には出てこないが、そこかしこに永遠神剣の気配があるのだ。その気になれば、百近いスピリットが友希を囲むだろう。
 それになにより、今向かっている方向に、規格外にデカい神剣の気配がある。

『……これが『誓い』か。悠人の『求め』とどっちが強いかな』
『互いに底が見えませんから、ちょっとわかりませんね。しかし、少なくとも匹敵はするでしょう』

 そして、その『誓い』の主が瞬。
 さて、どう出るのか、と悩んでいるうちに、玉座の間らしき部屋の前に辿り着く。

 先導するウルカの部下のスピリットが緊張を含んだ声で呼びかける。

「失礼しますっ。エトランジェ・トモキ様をお連れしました!」

 呼びかけからしばらくして、両開きの扉がゆっくりと開いていく。
 途端に、友希は数十人からの視線に晒された。

「トモキ様、どうぞ」
「あ、ああ。わかった」

 玉座の間に一歩踏み出す。
 赤い絨毯の敷かれた道を歩きながら周囲を何気なく観察すると、広い部屋には文官と思しき人間と護衛らしきスピリットや衛兵が立ち並んでいる。そして、一番奥、玉座には何故か皇帝の姿はなく、

「……瞬」
「ふん、久し振りだな、友希」

 一年以上会っていなかった友人が、赤い永遠神剣を立てかけて鷹揚に座っていた。

 と、感慨に耽る暇もなく、そこで文官の一人が怒りながら前に出る。

「貴様! シュン様を呼び捨てにするなど、無礼ではないか!」

 そういえば、そんなことを警告されたな、と友希は思い出す。
 しかし、そんな文官を瞬は五月蝿そうに手で制した。

「黙ってろ。言ったろう、こいつは昔からの知り合いだ。それとも、僕がそんなことを気にするほど狭量だとでも?」
「しかしっ」
「黙れ。……二度言わせる愚図はいらないな。おい、そいつは首だ。どこへなりとも放り出せ」

 はっ、と衛兵が騒いだ文官を取り押さえて引き摺っていく。ヒステリックに叫ぶその男を瞬は無視して、友希に向き直った。

「僕がいないとなにも出来ない愚図ばかりでね。クク……騒がせて悪かった」

 この光景を見て、文官たちは目をつけられないよう、小さくなっている。もう文句をつけられることもないだろう。
 一連の流れに湧き上がった不気味さを押し殺して、友希は勤めて地球にいた頃の調子で瞬に返す。

「……お前が謝るなんて珍しい。まあ、久し振りだな、瞬。とりあえず言いたいことはあるけど、元気そうでよかった。こっちに来てるって聞いて、心配したんだぞ」
「僕を心配? お前が? 相変わらず的外れなやつだ。僕がどうこうなるはずないだろう」
「そりゃ日本ならな。こんな異世界で、僕なんか生き残るのに必死だったし」
「それはお前がノロマだからさ。僕はお前なんかとは違うんだよ。僕は選ばれた存在なんだ!」

 ナチュラルに友希を馬鹿にしながら演説する瞬に、ウザいと思いながらも相変わらずだと呆れる。

「選ばれたって、その『誓い』に?」
「勿論、『誓い』に、そして運命にさっ」

 上機嫌に話す瞬。この男が、ここまで見るからに機嫌が良いのは、日本ではほとんど見たことがなかった。

「そ、そっか……」
「ああ。だから佳織も、やっと僕のところに来てくれたんだ」
「佳織ちゃんはもう来てるのか?」
「ああ、つい先日にね。ようやく悠人の呪縛から解放されて、せいせいしていることだろう」
「…………」

 あそこまで堂々と誘拐しておいて、のうのうとこんなことを言ってのける瞬に怒りが湧く。しかし、あれを誘拐と指摘すると多分キレるだろう。そういう扱いづらい男なのだ。
 友希は瞬の数多ある逆鱗に触れないよう、慎重に言葉を選ぶ。

「……でも、もうちょっとやりようはなかったのか? 下手したら、佳織ちゃんが怪我していたんだぞ」
「ああ、そういえばお前もラキオスにいたんだったな」
「いたよ。佳織ちゃんが連れてかれた時は、お前んとこのスピリットに一撃もらった。んで、他にやりようはなかったのか? 例えば、お前がラキオスに参加すれば、あんなことする必要なかっただろうし」

 ざわ、と玉座の間に集まった連中が騒ぐが、無視する。

「僕がなんであんな弱小国に与しないといけないんだ。……まあ、僕自ら迎えに行きたかったのは確かだけど、こちらの仕事が忙しくてね。まったく、僕がいないとなにも決められない連中ばかりだから、苦労しているんだ」
「……仕事?」

 今、瞬はとんでもないことを言った。
 友希の知っている彼ではありえない反応。瞬の権力の強さを目の当たりにして、まさかとは思っていたが、

「それで……瞬。お前が、忙しかったって理由なだけで、佳織ちゃんのことを他の人間に任せたのか?」

 一瞬。
 それまで淀みなく話していた瞬の表情が固まる。

 しかし、すぐに調子を戻した。

「ああ、そうさ。この国には僕が必要だ。断腸の思いで、不甲斐ないスピリット共の中でも一番マシな連中を送ったんだ」
「……そうか。わかった」

 名士の家に生まれたとはいえ、地球ではまだ高校生に過ぎなかった瞬が、国に必要とされるほどの政務能力を持っているとは思えなかったが、これ以上は突っ込まないことにする。
 長年の付き合いから、瞬が内心、イラついているのを察したのだ。下手にこれ以上つついて暴発されたら困る。

 ただ、あまりにも変わりすぎだ。この男が、状況が許しているのに自分から迎えに行かないなど、友希の想像の外だった。

「しかし、友希。お前にしては利口な選択をしたじゃないか。お前のことだから、友達だからとか馬鹿な理由で、悠人のところに残るかと思ったぞ」
「別に、僕は馬鹿な理由だとは思わないけどな。でも、それを言うならお前も佳織ちゃんも友達だし、放っておけないっての」
「友達だって? クッ、馬鹿な奴だ。佳織さえいれば僕はなにも必要ないんだから」
「はいはい、それはよくわかってるよ。それで? その佳織ちゃんと後で会わせてくれるのか?」
「ああ、僕はさっきも言ったとおり忙しくてね。話し相手になってやってくれ。お前なら、まあ佳織も喜ぶだろう」

 一番喜ぶのは間違いなく悠人なのだが、そんなことは言えない。まず間違いなくキレる。

 その後も、無難な言葉を二言、三言交わし、小姓と思われる一人が瞬に近付き耳打ちした。

「ふん。友希、部屋の準備ができたみたいだから、そろそろ出ていけ。さっきも言った通り、僕は忙しいんでね。いつまでもお前に構っているわけにはいかないんだ」
「了解。佳織ちゃんとは?」
「適当にその辺のやつに案内させろ。用があればそれもな。じゃあな」

 そうして、久方ぶりの再会は終わるのだった。





























 玉座の間から退室したところで、友希は大きなため息をつく。
 落ち着いたのを見計らって、『束ね』が話しかけてきた。

『いやはや、キツい方でしたね。地球じゃちょっとしか見たことなかったですが、あんな人だったんですか。ていうか、本当に友達ですか?』
『いや、今日のは相当機嫌がいいほうだぞ。それに、言い方はキツいけど、そこまで僕を嫌っているわけじゃない……と、思う』

 ことさらに友情を扱き下ろす瞬だが、友希の言う通り、彼は口ほどには友希のことを悪くは思っていない。
 日本にいた頃、たまに家に友希を招待していたし、今回だって口だけとはいえ歓迎はしてくれた。佳織が不動の頂点にいることには変わらないが、家族とも仲の悪かった彼の中で、友希はその次くらいのポジションにいる。

『ツンデレ、にしてはタチが悪すぎますね』
『あいつの中で佳織ちゃん以外の他人は、嫌いか大嫌いかどうでもいいの三種類だな。僕は、どうでもいいよりはマシな位置にいると思うけど』
『言っちゃなんですが、よく友情を続けられますね』
『昔馴染みだしな。放っておけない。佳織ちゃんさえ絡まなければ、普通に付き合えるやつだし』

 こと、佳織が絡むと、友希すら簡単に切り捨てるような男ではあるが。
 しかし、それにしては地球にいた頃から随分変わっているところもある。まあ、それはおいおい把握するとして、

「ごめん、ちょっといいか」
「なんでしょう?」

 友希を案内する件のスピリットが首を傾げて振り向く。

「先に佳織ちゃんに会いたい。案内してくれないか」
「はい、構いません」

 スピリットは頷いて歩いて行く。
 進むごとに人気は少なくなっていった。切れ目なく立っていた衛兵も、段々いなくなっていく。

「……シュン様の方針で、カオリ様の近くには極力余人を近付けないよう配慮されています。護衛も、基本的に我らスピリットだけに任されています」

 友希の疑問に気が付いたのか、スピリットはそう解説した。

「また、あいつらしい」

 佳織に近付く人間は、瞬にとっては彼女を汚す害毒でしかない。
 スピリットのことを許しているのは、彼女たちがどうやっても逆らえない存在だからだろう。

「ん? どうかしたか」

 じー、と見つめられていることに気が付いて、友希は目の前のスピリットに尋ねる。

「……シュン様が、カオリ様以外のお人にあそこまで気にかけるのは初めて見ました」
「奇遇だな。僕も、僕と佳織ちゃん以外にまともに話しかける瞬は見たことない」

 喧嘩腰か高圧的か嘲るか、瞬の他人に対する態度はほぼこのどれかに限られる。友希への態度は三つ目に近いが、少なくとも会話が成立するだけマシなのだ。

「実は、トモキ様はすごい人なんですか?」
「すごいというのはちょっと違うと思う」

 多分、丁度佳織と出会って、他者に対するガードが下がっていた頃に出会ったことが大きい。佳織を交えて三人で病室で遊んだ記憶が、瞬をして曲がりなりにも人として付き合いをする理由だろう。
 そう友希は考えていた。

「そうですか」
「……聞くけど、やっぱりあいつの相手は大変か?」
「別に、私がどうこうってことはありませんが。人間の方は、今日のようにシュン様の気まぐれで首になることも多いです。ただ、武官にはシュン様を心酔している方が多いですけど」

 余程好き勝手にやっているようだ。
 呆れていると、彼女が足を止める。

「隊長!」
「ん? アルカか。そちらは……トモキ殿」
「ウルカ?」

 角を曲がって遭遇したのは、なにかと縁のあるブラックスピリット。

「過日は失礼をしました。ここにいらっしゃるということは、シュン殿の言葉を受け入れて下さりましたか」
「……まあ、そんなところ」

 ラキオスを直接襲撃したウルカに、友希は複雑な感情を抱く。それを言うと、案内のスピリット――名前は今初めて知った――もそうなのだが。

「隊長。隊長はまたカオリ殿のお部屋に?」
「うむ。今日もお話を聞かせていただいた。故郷の物語だそうだ。後で聞かせよう」

 アルカと呼ばれたスピリットは嬉しそうに頷く。

「……ウルカ、佳織ちゃんのところにいたのか」
「ええ。手前などと話をしていただき、有り難く思っております」

 誘拐犯と話をする、というのもどうにも妙な感じだが、少なくともウルカは悪いスピリットではない。
 寂しい思いをしているのではないか、と心配していたが、少しほっとする。

「おっと。引き止めてしまいました。カオリ殿も喜ばれましょう。どうぞ、トモキ殿」
「ああ。また」

 ウルカと別れ、アルカと共に歩く。

「カオリ様のお部屋はもうすぐです」
「ああ」
「? なにか」

 じろじろと見ていたのに気付いたのか、アルカが聞いてくる。

「いや、名前。そんな名前だったんだな、と思って。ウルカと被ってるのがちょっと気になった」
「ええ。私と隊長は同じ施設で育ったので」

 こちらでも、スピリットの名付けが適当なのは変わらないらしい。

「と、こちらがカオリ様のお部屋になります」

 少し話そうかと思ったが、その前に到着したらしい。

 他の部屋より一際頑丈で豪華な扉は、ここが最上級の客室であることを主張している。
 まあ、瞬が用意するんだからそうだろうな、と友希は納得しながらノックをした。

『……はい? どちら様でしょうか』

 緊張を含んだ声。この城に、佳織に危害を加えるものがいるはずがないが、やはり居心地がいいわけではないようだ。もしかしなくても、瞬が来たのだと勘違いしたのかもしれない。

「佳織ちゃん、入るよ」
「えっ!」

 声をかけると同時に、扉を開ける。
 中には、椅子に腰掛けたまま驚いた様子の佳織がいた。

「久し振り」
「み、御剣先……輩?」
「ああ。とりあえず、怪我がないようでよかっ……」

 みなまで言う前に、佳織は立ち上がって友希の胸元に飛び込んでくる。
 おっと、と受け止めて、しゃくりあげる佳織の肩をそっと支えた。

『こういう役目は、僕じゃなくて悠人の役目なんだけどなあ』
『いいじゃないですか、これくらいは。役得ってことで』
『もし瞬に見られたら殺されるけどな……』

 しかし、離すことはしない。
 佳織が攫われて、それほど長い時間は経っていない。だが、兄と無理矢理引き離されて、相当心細かっただろう。

 年上として、男として、こういう時に胸を貸す程度の甲斐性は見せたいと思う。

「はあ……」

 天井を見上げる。
 そのまま、友希は佳織が泣き止むまで、そのまま慰め続けるのだった。




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