ラキオス王都、スピリットの第一詰所。
 イースペリアでの出来事の報告書をやっとのことで提出し終え、悠人はリビングのテーブルでエスペリアの淹れてくれたお茶を飲んでいた。

「お疲れ様です、ユート様」
「エスペリアのお陰だよ。どうにも俺は、書類仕事は苦手だな」
「でしたら、早く文字を覚えてくださればいいのに」
「う……勘弁してくれよ」

 少し拗ねたように言うエスペリアの視線から逃れるように、悠人はカップを傾けた。

 この世界――悠人は佳織が名付けたようにファンタズマゴリアと言い習わしている――の事を悠人に教えてくれたのはエスペリアだ。彼女は、一通り日常会話を覚えると満足して、文字の読み書きを放り投げた悠人に、事あるごとにこうしてせっついてくる。
 流石に頻繁に出てくる単語を読むくらいなら出来るのだが、悠人は現在、報告書を書くのも読むのも彼女に頼りっぱなしであった。流石に悪いので、少しは勉強したいとは思うのだが、どうにも思うだけで行動に結びつかない。こちらに来た頃程、時間に余裕がないのも合わさって、後回しになってしまっている。元々、悠人は勉強は苦手だし、あまり好きではないのだ。

 ……勿論、戦場に出るよりはずっとマシなのだが。

「ふふ……それは、とりあえず戦乱が落ち着いてからの課題、ということで」
「……そうだな」

 そうなったら、剣を振る機会も減るはずだ。その時は、真面目に勉強するのも悪くはない。

 エスペリア特製のリラックス出来るお茶の効果か、書類仕事で頭に溜まった疲れが解れていく。

「それで……御剣はどうしてる?」

 そうしてようやく、仕事のために一旦棚上げせざるを得なかった友人のことを話題に出した。

「はい。怪我は既に粗方癒えておりますから。そろそろお目覚めになる頃かと」
「そうか。じゃあ、後で様子を見に行かないとな」

 あの謎の黒い剣士が去り、仲間と思しきスピリットが消えてしまった後。友希は、限界とばかりにその場で気絶した。
 極度に枯渇したマナと、脇腹を深く切り裂いた傷。動けていたのが半ば奇跡のような有様だったが、幸いにしてエスペリアの回復魔法で一命を取り留めた。

 悠人としては、その場に放置する選択肢はなく、彼を背負ってラキオスまで帰ってきたのだが……
 ラキオスでは半ば英雄として扱われつつある悠人のこと。凱旋パレードの際、人間兵と共に出ざるを得ず、参加しないスピリット達に友希を預けたのだった。
 その後は、城でエスペリアと共に書類作成である。ようやく落ち着いたところなのだ。

「……ところで、バレてないよな?」
「恐らくは。そのために監視の緩い第二詰所の方に任せたのですし」

 ファンタズマゴリアの常識として、スピリットの捕虜は取らない。
 エトランジェはスピリットに準じる扱いなので、連れて帰るのは許されることではなかった。
 よって、悠人は『こっそり』友希を連れて帰ったのである。

 ラキオスに帰りさえすれば、王女レスティーナの口添えでなんとかなる。国王のことはまるで信用していない悠人だが、王の手前厳しい態度は崩さずとも、なにくれと便宜を計ってくれているレスティーナは別だった。
 彼女に話を通すまでは、友希には城から離れていて、人間が通る危険が少ない第二詰所で過ごしてもらうことになるだろう。
 そうでなくとも、第一詰所は隊長である悠人が詰めているせいで、伝令が来ることが多い。

「しかし、レスティーナがいいって言っても、あの頑固な国王が許すかな」
「それは大丈夫だと思います。ユート様の活躍で、エトランジェの強さは知れておりますし。二人目のエトランジェを邪険にはしないでしょう」
「やっぱり戦力として、か」
「……はい」

 友達が近くにいるのは心強い、という気持ちもある。
 しかし悠人としては、戦って欲しくない、という気持ちのほうが大きい。それは、友希のみならず、エスペリアやアセリア、スピリット隊のみんなも同じだった。

 ――友希の腕の中で果てたスピリットのことが頭にちらつく。
 あれは、近い将来の誰かの姿かもしれない。そう想像するだけで、焦燥が胸を苛む。もう、スピリット隊のみんなは大切な仲間だった。友希にとってのあのスピリットのように。
 彼女たちが死ぬ、そんなこと想像すらしたくない。

 幾度かの手紙のやり取りで、ゼフィの名を悠人は知っていた。友希が目覚めた後、どれほど悲しむか。

「……エスペリア。お茶のおかわりをくれ。飲み終わったら、御剣の見舞いに行くから」
「はい」

 台所に向かうエスペリアを見送る。

 ……あいつ、大丈夫かな。

 第二詰所の方に視線をやり、悠人はそっと呟いた。
























 ――るじ、主。

「ぅ……あ」

 頭の中で声がする。その声に意識を覚醒させながら、友希は呻き声を上げた。
 体中が痛い。そして、指一つ動かすのも億劫なほどの疲労が全身を苛んでいる。友希はもう一度眠りに落ちたくなる欲求にかられるが、朦朧とした意識に、記憶が浮上する。

 イースペリアとの戦争、悠人との再会、マナ消失……そして、黒い剣士の襲来と、ゼフィの――

「!!? ――っっづぁ!?」

 思わず体を起こし、そして痛みに悶絶する。特に、剣士にやられた腹の傷は、もう塞がっているにも関わらず、火傷のような痛みを友希に与えていた。
 身体を曲げ、痛みが収まるのを待つ。

 一分ほど身体を硬直させていると、なんとか落ち着いた。

『……やれやれ、起きたばかりで元気ですね』
『『束ね』?』
『ええ、私です。とりあえず、中に入れてくれませんかね?』

 その言葉に、友希はベッドに立て掛けてある『束ね』に手を伸ばし、触れる。
 光の粒子となった『束ね』は、友希の身体の中に入っていった。神剣を持っている状態と、そうでない状態では、スピリットやエトランジェの能力は雲泥の差がある。『束ね』が中に収まり、マナを循環させ始めたため、痛みは少し和らいだ。

『『束ね』……聞きたいんだけど』
『残念ですが、夢でも記憶の混濁でもありません。我々は、イースペリアからの敗走中に謎のエトランジェと遭遇し、交戦して敗北。――ゼフィは、死亡しました』

 あれが夢ならばいい、という友希のすがるような思考を読んだのか、『束ね』は簡潔に、かつ容赦なく断言した。

「そう、か」

 寝起きの頭が、その言葉をきっかけとして回転し始める。
 思い出すのも嫌な記憶だが、あの時の光景は何よりも鮮明に焼き付いていた。

 呆けた様子の友希に『束ね』はなにも言わず沈黙を貫いた。その沈黙が、今の友希にはありがたい。

「く――っっ」

 五分程もそうしていただろうか。友希は感情のままに、ベッドに拳を打ち付けた。
 エトランジェとしての力を行使していれば、その時点でベッドはバラバラになっていただろう。『束ね』が、友希が思わず込めようとしたマナを霧散させていなければ、そうなっていたはずだ。

 ぽろぽろと止めどなく涙が流れ始めた。

「ぁ、う、あ」

 部屋の物全てを無茶苦茶にしてしまいたい衝動に駆られた。拳を胸に当て、歯を食いしばり、激情を抑える。

 友希がこの世界に来てから。辛いことは数え切れないほどあったし、いつも痛い目に合っていた。この年になって、情けなくも泣いたことは何度でもある。
 しかし、ここまで強い感情を抱いたことは、こちらに来てからのみならず、生まれてから初めての経験だった。

「ああああぁぁぁ」

 ゼフィを喪った悲しみ。
 なにも出来なかった無力感。
 自分が生き残れたことへの安堵と、そしてそう思ってしまう自分への嫌悪。
 なにより、あの黒い剣士への憎しみ。

 全てがないまぜとなって、くしゃくしゃの思いを友希は吐き出した。

「うあ……くっ」

 泣き喚く友希の姿を、彼の中で見ながら『束ね』は呟く。

『泣いてください、主。多分、それはもう一度立ち上がるために必要な儀式です』

 『束ね』は物語を観察する神剣である。数多の世界を巡り、様々な人間の生涯を見てきた。当然、恋人、家族、友人等、大切な人を亡くした人間の姿も記録されている。今の友希は、彼らの姿に被る。
 ここで膝を屈する人間もいたし、そしてまた立ち上がる人間もいた。

 平和な時代なら――そう、地球という世界の日本という国に住んでいるままならば、友希がどちらの選択肢を選んでも、『束ね』はなにも言うつもりはない。
 しかし、ここは異世界。神剣使い同士の争いが行われている危険な場所。
 主には、ここで立ち上がってもらわないといけない。そうでないと、次に死ぬのは間違いなく友希だ。

 区切りをつけるため、そしてゼフィの死を受け入れるため。
 『束ね』は、友希が落ち着くまで、その姿を見守るのだった。




























 そうして、友希が落ち着くのにしばらくあって。

『……それで。ここ、どこなんだよ』

 涙の跡を残しながらも、友希は『束ね』に確認を取る。これからどうするにしろ、現状の確認は必要だった。

『少しは落ち着いたようですね。我が主は、随分泣き虫なことで』
『……『束ね』』

 友希が不機嫌な声で神剣の名前を呼ぶ。
 少なくとも、今は『束ね』の軽口を聞き流せるほど余裕はなかった。ふとした事で怒り出しそうになってしまう。理性はいけないと考えているが、感情はどうしようもなかった。

『ふむ。わかりました。では単純に状況だけ』
『そうしてくれ』
『まず、ここはラキオス王国です。その王都のスピリットたちの住む場所……ええと、妖精たちは第二詰所と言っていましたか? その一室です』
『ラキオス……ってことは、やっぱり高嶺が』
『ええ。主の友人の悠人さんが連れてきて下さいました。部下の妖精に回復魔法をかけるようにも言ってくれて』
『……高嶺にすごい借りが出来ちゃったな。あいつから逃げられたのも、高嶺のお陰……か』

 あの黒い剣士は、悠人のことも知っている様子だった。悠人と争いたくないために引いた節もあり、命の恩人と言える。
 あの男のことを思い出すだけで、ちり、と胸を黒い炎が焦がすのを感じた。

『いいですか?』
『あ、ああ。悪い。続けてくれ』
『はい。……とは言っても、私も危険が去ってからは半分寝ていましたので、多くのことを知っているわけではないのですが』

 悠人が友希と『束ね』を担いで運んできてくれたこと。
 人間には内緒で連れてきたらしく、首都に着くなり彼の仲間のスピリットに預けられ、こっそりとこの第二詰所に運ばれたこと。
 友希が気絶して、丸三日ほどが経っていること。

「三日もか……」

 そういえば、どことなく身体が固くなっている気がする。マナで出来た身体なので、すぐ治るだろうが。

『じゃあ、イースペリアとサルドバルトがどうなったかってのは?』
『私は知りません。そのような話は、近くで聞きませんでしたし』
『高嶺待ちか……』

 まさか、この部屋でずっと放っておくということはないだろう。かと言って、好き勝手に動きまわるのも憚れて、友希は手持ち無沙汰になる。

 それに、

(サルドバルトのことを聞いたって、仕方ないか)

 こうなってしまっては、もはやあの国に戻る理由はない。イスガルドのことは多少気になるが、彼のことは友希が心配するまでもないだろう。

 友希がサルドバルトの兵となったのは、あくまでゼフィのためだ。そのゼフィが死んだ今、自分がすることなんて――

「………………」

 ぐっ、と膝の上に作った拳に力が入る。
 ぐるぐると頭の中を回るのは、あの黒いエトランジェの姿。大剣を携え、巌のような肉体を持つ戦士。

 思わず、胸を抑えた。その中には剣がある。あの剣士には届かないまでも、十二分な戦う力だ。
 あの男に、この剣を突き立てる光景を夢想する。

『主、妙なことを考えていますね?』
『な、なんのことだ?』

 心を読まれた感触はない。しかし、正鵠を射る『束ね』の指摘に、友希は動揺した。

『……まあ、今はなにを言っても無駄でしょう。それより主、お客のようですが?』

 友希はそこで初めて、部屋の扉がわずかに開いていることに気がつく。
 ドアの隙間から、二人分の視線が覗いていた。

「だ、誰だ……?」
「うわ、気付かれた!」
「ね、ネリー、やっぱりだめだよ〜。近づいちゃだめって言われたのに」
「でもでも、やっぱり気になるじゃない。シアーもそうでしょ?」
「そうだけど〜」

 やたら明るい調子に、友希は面食らった。

『なぁ、『束ね』。あれって、スピリット……だよな?』
『そうですね』

 言い合っているうちに扉が全開になり、彼女たちの全身が見える。
 背は低いが、特徴的な戦闘服と、鮮やかな青髪と青い目は、彼女たちがスピリットだと示している。

 ただ、なんというか、友希の常識からかけ離れた姿だった。見た目の特徴からは間違いなくスピリットだと思われるのだが、正直友希には自信がない。

「あの……君たちは?」

 聞くと、スピリットの二人組のうち元気な方は、うーん、と少し考える素振りを見せ『ま、いっか』と軽いノリで笑った。

「ネリーはネリーっていうの! こっちはシアー」
「そ、その……シアーです」

 元気のいいほうがネリー、そのネリーの後ろに隠れるようにしてちょっと引っ込み思案なのがシアー。
 サルドバルトの第二分隊の仲間の名前を覚えるのは随分苦労したが、この二人はあまりに個性的なのですぐに覚えることが出来た。

「は、はあ。あの、僕は」
「知ってる! トモキさまでしょ。ユートさまの友達!」
「そうだけど……ええと、その高嶺は今どこにいるのかな」

 いい機会だから聞いてみることにする。しかし、ネリーは『タカミネ?』と誰のことかわからない様子だった。

「いや、悠人のことだよ。高嶺悠人。どこにいるか知らないか? 会って話がしたいんだけど」
「知らなーい」

 即答だった。友希は縋るようにシアーの方に目を向ける。

「え、えっとユートさまならたぶん……お城か第一詰所のほう……かな」
「そ、そうなんだ。ありがとう、ええと……シアー」

 友希は友好的な笑顔を浮かべてみるが、シアーはささっとネリーの後ろに隠れた。

「どしたの、シアー」
「……んー」

 隠れながらも、こちらを観察している。友希が危険なのかどうか判断するためだろうか。

(……なんか小動物っぽい)

 そんな呑気な感想が出てきたことに、友希は自分のことながら驚いた。これでもかというほど凹んでいたのに、少し楽しいとすら感じている。

 ああ、そうか、とふと思い立った。

 こんなに明るい雰囲気を感じるのは、こちらの世界に来てから、一度もなかったことなのだ。






















 今ひとつ要領を得ないネリーの話をまとめると、こんな感じだった。

 ずっと寝てる友希のことは気になっていた。
 起きた気配がしたので、会いに行こうと思った。
 でも、セリア(誰のことかは友希にはわからなかった)に、会いに行っては駄目だと言われた。
 でもやっぱり気になった。
 だからこっそり見に行くことにした。

 以上である。
 構図としては、悪戯っ子が保護者の目を盗んで、客の部屋を覗きに来た、という感じだろうか。あながち的外れではない気がする。
 悪戯っ子というイメージは、ネリーの印象に実によくマッチすることであるし。

「でも、会いに来たらいけないって……なんでだ?」
「ええとー、セリアは、『ユートさまのめいれいとはいえ、てき国のエトランジェ。きけんすぎるわ。近付いてはだめよ』って言ってた」
「ネリー、似てる―」
「ふふん、くーるでしょ」

 得意げに胸を張るネリー。なんでクールなんて英単語を知っているんだ、と聞きたかったが、友希はそれはひとまず置いておく。

『まあ、普通に考えれば、そのセリアとやらの言い分が正しいでしょうね』
『……そうだな』

 地球での知り合いである悠人はまだしも、敵味方に別れていたのだから彼女たちももう少し警戒するべきでは、と友希は思う。
 直接戦っていないからだろうか。それでも、理解し難いが。

 と、考えていると、じーっとネリーが自分を見つめていることに気が付いた。

「な、なに?」
「トモキさまって、ユートさまと同じハイペリアの人なんだよね?」
「え? そうだけど……。ああ、御伽話の天国みたいなところじゃないけどな」

 人間が死後行き着く先であるハイペリア。この世界では、エトランジェは、ハイペリアから来るまれびとということになっている。
 しかし、物語で語られるハイペリアと、地球は全然違う。友希は、ゼフィに語り聞かせたこともあり、そのことをよく知っていた。

「じゃあさ、じゃあさ! ハイペリアのこと聞かせてよ! い〜〜っつもオルファばっかりユートさまに話聞いてさー。ズルいんだよ」
「オルファ? って、誰だ」
「ユートさまと同じ第一宿舎の子。それより、ねえ、いいでしょ?」

 そういえば、ここは第二宿舎だと『束ね』が言っていた。
 成程、悠人がいるのになぜ自分に聞くのかと思っていたら、普段彼女たちは悠人と一緒にはいないらしい。

 別に、話して聞かせることは構わない。彼女たちは、久し振りに楽しい気分にさせてくれたし、話自体はゼフィにもよく聞かせたから、どんな話をするかは十分ネタがある。
 と、友希は考え、

「……あ」
「あれ?」

 二人が妙な顔になるのを見て、初めて友希は自分が泣いていることに気付いた。
 つい先ほど、一年分は泣いたと思ったのだが、まだ涙腺は緩んでいるらしい。彼女のことを思い出しただけでこれだ。

「はは……ごめんごめん。じゃ、なに話そうか」

 友希は慌てて涙を拭って、努めて明るく声を出す。
 まだ子供と言っていい年齢の二人に、情けないところを見られたくはなかった。

 気を引き締めて涙を止める友希に、若干間合いを取っていたシアーが無造作に歩み寄ってくる。

「え? な、なんだ、シアー?」
「痛いの……?」

 自分も泣きそうな顔になってシアーが聞いてきた。
 シアーは元々、泣き虫な所がある。そんな彼女は、人一倍、悲しみに共感しやすいのだった。

「…………えっと」

 正直、友希は困る。シアーが心配してくれるのはとても嬉しい。この世界でこうも素直に心配というものを向けられたのは、ゼフィ以外では彼女が初めてだ。
 かといって、子供を不安がらせることはしたくなかった。

「大丈夫大丈夫。なんでもないから」
「本当?」
「ほんとほんと」
「んじゃ、トモキさま。話聞かせてー」

 そんな空気を読まないネリーが、ベッドに勢い良く腰掛けてくる。布団の弾力で弾むのを楽しみながら、実に嬉しそうな顔だった。
 シアーとは対照的な性格だが、シアーの方も普通に座って話を聞く体勢になっている。先程までの不安な様子は皆無だ。

 なんだかんだで、いいコンビなのだろう。

 友希は是非、この姉妹のようなスピリット二人に話をしてやりたい。しかし、どうやら今はそれは叶わないらしい。

「二人共、この部屋に来ては駄目だって言ったわよね」

 ネリーとシアーが、楽しそうな表情のまま固まった。
 部屋の入口を見ると、またしても青髪のブルースピリット――どことなく、ゼフィに似ている――が、仁王立ちになり、二人を睨んでいた。
 その後ろには、悠人の姿もある。友希は悠人と視線が合うが、お互いどういう顔をしたらいいかわからず、困った表情になってしまった。

「ネリー、シアー。こっちへいらっしゃい」
「え、えーと、セリア。ネリーたちは、ちょっと迷っちゃってー、たまたまここに来ちゃったっていうか」
「そ、そうなのー」

 下手過ぎる嘘だった。
 いくらなんでも、ここに住んでいる人間がその言い訳はないだろう。

 案の定、セリアと呼ばれたスピリットの眦が釣り上がる。
 が、流石に友希という部外者がいるため、自重した。彼女は怒りに肩を震わせながら、『いいから、来なさい』と再度言葉を重ねる。有無を言わせない感じだった。

 観念したように、ネリーとシアーはセリアの元へ歩く。その後ろ姿はドナドナの歌詞を彷彿とさせた。

「それでは、ユートさま、トモキさま。わたしはこれで失礼致します」

 ぺこりと頭を下げて、セリアが退室する。
 表面上は友希が何人か会ったことのあるサルドバルトの隊長格のスピリットのように、律儀で礼儀正しい模範的なスピリット、という風情だった。が、内面は相当手強そうな感じだった。ネリー、シアーの首根っこを引っ掴んで、逃げないようにしている。

 こう表現するのが正しいのか、友希にはいまいちわからないが、実に『人間臭い』。
 ゼフィが、ラキオスのスピリットのことを嬉しそうに話していたのも、よくわかるというものだった。

 ぽつりと、部屋に残された男二人。
 悲愴な雰囲気を覚悟していた悠人は、思わぬ間抜けな空気に頬をぽりぽりと掻く。ネリーとシアーの手柄だろうが、友希は思ったより大丈夫そうだった。
 それはいい事なのだが、悠人はここに来るまで考えていた言葉が全部吹っ飛んでいた。

 だけど、この感覚は嫌なものじゃない。どこか、学園での日々を思い出す。
 考えることもないか、と悠人は口を開いた。

「その、なんだ……イースペリアでも言ったけど、あえてもう一回言わせてもらうぞ。……久し振り、御剣」

 万感の思いを込めたように、悠人がそう言って笑った。

 その言葉に、最初はキョトンとした友希だが、すぐに納得がいく。

「……ああ、久し振り。高嶺」

 実に離れていたのは一年以上。本当に懐かしい『日常』との再会だった。




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