「あ……ん……」

 友希は全身の痛みに耐えきれず、目を開けた。木目が目に飛び込んでくる。自室の見慣れた白い天井ではない。

「……どこだ、ここ。……っつ」

 体中がズキズキ痛むが、無理をして体を起こす。見渡すと、ベッドとテーブル、あとは小さなタンスがあるだけの部屋。見覚えは、勿論なかった。
 なんでこんなところに、と眠る前のことを思い出そうとして、視界にタンスに立てかけられた神剣が入る。

「『束ね』」
『おはようございます。主。気分はいかがですか?』
「……いいと思うのか?」

 その剣を見て、全部思い出した。異世界、スピリット、エトランジェに王様……どれもこれも、今までの友希の常識からは大きく外れた出来事だ。まるで漫画やゲーム。しかし、これはフィクションではなくリアルなのだ。今日もらった剣の一撃は、下手をしたら死んでいたかも知れない攻撃だった。今更ながら、背骨に氷の柱を入れられたような寒気が走る。
 と、同時に自分がするべきことをやっと悟った。

「に、逃げるぞ! 『束ね』」

 慌てて『束ね』を掴む。神剣を持った時の力を持って全速力で駆ければ――

『……誠に残念ですが、主』
「お目覚めになられましたか、エトランジェ様」

 まさに部屋から出ようとした友希を監視していたかのようなタイミングで、例の青い女性が部屋に入ってきた。ピシリ、と友希は固まる。

『主が気絶した後の話ですが……要約すると、逃げたら殺されます』

 更に『束ね』が追い打ちをかけてきた。この状況で逃げを打てるほど友希の度胸は座ってはいない。女性は、当然のように剣を背負っていることだし。

「どうやら、元気のようですね」
「……はあ」

 普通に心配されて、拍子抜けする。とりあえず、またしてもいきなり斬りかかられることはなさそうだ。ひとまずベッドに腰を降ろす。

「食事を持ってきました。ハイペリアの方のお口に合うかはわかりませんが」
「……いや、ありがたくいただくよ」

 そういえば、女性は手にお盆を持っている。お盆に乗っている木の椀からは湯気が上がっていて、いい香りがした。そういえば、正確にはわからないが随分な時間が経っている。食べ物の匂いを嗅ぐと胃が盛大に自己主張を始めた。これだけ異常な事態だというのに、現金なものだと、友希は自分のことながら呆れた。
 テーブルに置かれた食事を、手を合わせて食べる。

「聞きたいこともあるでしょうが、とりあえずは食べられてからということで」
「んぐ……はい」

 メニューは、具がほとんど入っていないシチューらしき汁物と、固いパンが二つ。後はコップ一杯の水。味付けはちょっと変わったものだったが、とりあえず腹が満たせればいい……のだが、十代の若者の胃袋を満たすには、量も到底足りなかった。
 五分足らずで食べてしまったのだが、友希の物足りなさそうな顔に女性は申し訳なさそうにする。

「すみません。おかわりはないんです」
「あ、いや。別に構わないけど……うん」

 不満は当然あったが、それを素直に訴えることなど出来ない。なにせ――繰り返すが――彼女は、友希を斬り殺しかけた大剣を持っているのだ。

「さて……エトランジェ様。これから、エトランジェ様にはこの屋敷で生活をしていただきます」
「あ、うん」

 反射的に頷いた。

「ついては、エトランジェ様にこの世界のことについてお教えしようと思います。まずは……」
「待った」

 話を始めようとする女性を、友希は制した。

「僕は、御剣友希。エトランジェ様っていうのは止めて欲しい。収まりが悪くて仕方がない」
「ミツルギトモキ様、ですか?」
「……御剣が苗字で、友希が名前」
「はあ。では、トモキ様、と」
「様付けも止めて」

 生まれてこの方、呼ばれたことのない呼ばれ方だ。『束ね』が主と呼んでくるが、それとも違う。自分の名前と『様』が続けて言葉にされることに、耐え難い居心地の悪さを感じるのだ。目の前の女性が恐らく友希と同じか少し上くらいの年齢で、しかも美人ということが拍車をかけている。

「さすがにそれは……。私はスピリットで、トモキ様は人間ですので」
「その、スピリットってなに。あと、エトランジェってのも、よくわからない」

 色々と聞きたいことがある。とりあえずは聞いたことのない単語から聞こうと、友希は尋ねた。
 逃げるにせよ、一旦諦めるにせよ、情報は必要だ。

「そうですね。まずはそれから……。あ、私はゼフィ・ブルースピリットと申します。トモキ様のお世話役を仰せつかりました。以後、よろしくお願いします」
「……まあ、了解」

 呼び方に文句をつけても、話が進みそうにないので、友希はとりあえず先を促すことにした。

「はい、では私どもスピリットのことから。ええと……」

 と、そこでゼフィは困ったように宙に視線をさまよわせた。いきなり話が頓挫し、聞く姿勢になっていた友希は精神的につんのめる。

「なに、どうしたんだ?」
「……ん、困りました。なにから言えばいいでしょう。この世界では、スピリットはスピリットです、で片付いてしまうので」

 困った顔は、どちらかというと可愛いと表現できるものだった。何度も思うが、この女性があんな大剣を振り回していたというのは、なかなか信じられない。

「言いたいことはわかるけど……とりあえず、片っ端から話してくれればいいと思う。なんにもわかってないから」
「そうですね。はい。……では、スピリットとは、私のような人間ではない種族です。永遠神剣と共に生まれ、永遠神剣と共に生きる。そんな存在です」
「えっと、永遠神剣、ね」

 友希は、とりあえずベッドの上に放置した『束ね』に目を向ける。

「はい。トモキ様の持つ神剣は我らのものとは少し毛色が違うようですが、基本的には同じものです。私の神剣はこの大剣。永遠神剣第七位『蒼天』といいます」
「七位……」

 『束ね』の五位とは二つも離れている。それでも、ゼフィが友希を圧倒していたのだから、神剣の位の差というのは実はそんな大層なものではないのかもしれない。そんな、実に失礼な思考を『束ね』が感じ取り、文句を言ってきた。軽く黙殺する。

「スピリットにはいくつかの特性があります。一つ、全て女性であること。一つ、人間を凌駕する力を持つこと。一つ、赤、青、緑、黒……伝説の白を含めれば五つの『色』に分類できること。私は青ですね。そして、最後に、人間には絶対服従であること」
「へえ……、って、え? 絶対服従……?」

 あまりに神秘的な種族の説明に、思わず聞き逃しそうになったが、最後の言葉は聞き捨てならないものだった。

「はい。そのスピリットが『生まれた』国の命令に対しては決して逆らえません。他の国の人間に関してはそうとは限らないのですが」
「なんで? ゼフィさん……」
「ゼフィで結構です」
「いや、僕の方は呼び方却下しといて」
「ゼフィでお願いします」

 どうやら、ゼフィにとっては譲れないところらしい。釈然としないながらも、友希は頷いた。

「……で、ゼフィは、そこらの人間が束になったって敵わないと思うんだけど。それでも?」
「それでも、です。これは本能なのかも知れませんね」
「そんな本能が……」

 あるはずがない、と友希の中の常識は喚き立てる。本能というのは、基本的に生き物が存続するために必要な機能だ。他の種族の奴隷となることが、種の存続に必要なのか。それも、彼女のような強い生き物が。
 だがしかし、なにせここは異世界なのだ。友希の住んでいた地球の常識が通じなくても仕方がない。友希は口をつぐんだ。

「いや、ごめん。それで?」
「はい。そして、そのような存在であることから、当然のように各国の戦力の要となっています。スピリットの数と練度が、そのままその国の戦力だと考えてください。細々としたことはまだありますが、こんなところでしょうか。そして、トモキ様のようなエトランジェのことですが……」
「あー、うん。ちょっと待った」

 だんだんと、頭がおっつかなくなってきた。友希は、こめかみをグリグリして、情報を整理する。
 つまり、スピリットというのは永遠神剣を持った、とにかく強い種族で、そのスピリットがどれだけいるかで国の強さが決まる、と。で、どういう理由かは定かではないが、人間に絶対服従。
 女性しかいなくてどうやって繁殖しているんだ、とか、色ってなんなんだ、とか疑問点はあれど、その辺りは後で纏めて質問すれば良いだろう。

「オーケー。で、エトランジェって?」
「はい。エトランジェとは、異世界からの来訪者のことを指します。未確認ですが、数十年に一人程度の割合で来ているようですね。そして、エトランジェが神剣を持った場合、スピリットを遥かに凌駕する力を発揮する、と伝えられています。
 約百年ほど前に起こった大乱で、神剣を持ったエトランジェ……四神剣の勇者が活躍したという記録もあります」
「……それで勇者だとか言われていたのか」
「はい。そして、国王陛下も、トモキ様にそのような働きを期待している……と、思います」

 友希にとってはいい迷惑だった。勇者なんてものに勝手に祭り上げられても困る。友希はただの高校生なのだ。

「……いや、そんな無茶苦茶な」
「拒否をするのは、止めていただけますか。断られた場合、トモキ様を斬り捨てるよう、命令されているので。先程も申し上げましたが、私は命令には逆らえません」
「………………」

 『束ね』の言っていたことは本当らしい。友希は、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
 丁寧な態度と口調に騙されていたが、やはりゼフィは危険な相手なのだ。認識を新たにし、危機感を持って話すことにする。

「ご忠告申し上げますが、逃げるのもお止めになったほうがよろしいかと。私一人ならまだしも、我が国のスピリット隊に追撃されて、逃げおおせることは不可能です。それに、トモキ様は異世界の方なので、こちらの常識や地理にも明るくないはずです。国境を越えるどころか、次の町に辿り着くことも難しいでしょう」
「……そんなこと、考えていない」

 ゼフィに反論する。なるべく恭順を示しておいたほうがいいという考えだが、自分のことながら上手く演技が出来ているとは思えなかった。

「それはそうと、それじゃあ僕はこれからどうなるっていうんだ?」
「当面は、この館で我々と共に戦うための訓練を受けてもらうことになります。その後のことは、その時になってみないと……」
「ああ、わかったよ」

 どうやっても逃げられそうにない。どうにかして逃げられないか、とない知恵を振り絞っていた友希だったが、先ほどゼフィの言ったことは全て正論だ。今、逃走を図るのは無謀でしかない。

『逃げるのなら、機会を伺うしかありませんね』

 やれやれ、といった風にそれまで傍観していた『束ね』がため息をついた。その呑気な態度に、思わず友希はカッとなってしまう。元々、この剣が原因でこんな状況になってしまった、と疑っているということもあった。

『うるさい! そもそも、お前がせいで!』
『八つ当たりはやめて下さい。それに、私がいなかったとしたら、中庭の時点でとっくにそこの妖精に斬られていますよ?』
『ぐっ……』

 反論しようにも『束ね』に助けられたことは事実である。

「……先程から、もしかして神剣を話をしているんですか?」
「な、なんだよ。別に、変なことは話してないぞ」

 変に疑われてしまったか、と友希は身構えた。

「いえ、そうではなく……。随分とはっきりした意思を持つ剣なのだな、と思いまして」
「? そういうもの、じゃないの?」
「確かに私の『蒼天』も人格らしきものはあるのですが……私に語りかけてくることなどなく、衝動のようなものが感じられる程度です。マナに対する欲求ですね」
「……そうなんだ」
『まあ、第七位ともなれば、その程度の者も多いでしょう。基本的に、上位の剣ほどはっきりした人格を持つことが多いのですよ』

 『束ね』が補足をする。

『ってことは、もっと弱いのだったら、ここまで煩くない?』
『また酷いことを言いますね……。ちなみに、下位の神剣の場合、衝動のままに主を乗っ取ろうとすることが多いのですが、どう思います?』
『……マジ?』
『まあ、四位、五位でもそういう性格の者もいますが……神剣の性格次第ですかね? よかったですね、主。契約者に基本不干渉の私で』
『干渉されまくっている気がするんだけど……』
『それは気のせいです。私は主の決定に異議を唱えたりはしませんよ? 助言はしますけど』

 確かに今まで、友希の決めたことについてなんら反論しなかった『束ね』だが、しかしそれでも友希は納得がいかなかった。
 憮然とした表情になったの友希を見て、ゼフィが少し笑みを漏らす。

「え、え? なに」
「いえ、随分と仲が良いのだな、と」
「そうか?」

 まだ出会ってからさほど時間は経っていない。しかも、友希はまだこの剣を完全に信用はしていないし、仲が良いと言えるほどの関係は築いていないつもりだった。

「はい。とても」

 ゼフィは、どこか羨むように友希を見てくる。美人に真っ直ぐ見つめられることに慣れていない友希は、思わず視線を逸らした。

「あ、失礼しました。では、次に……あ」
「どうかした?」
「いえ、この屋敷の者の食事の時間です。申し訳ありません、続きはまた後ほど、ということでよろしいでしょうか」
「構わないけど……この屋敷の者って」
「私と同じスピリットが他に八名、ここで生活をしています」

 八人。先程、スピリットは全て女性だと聞いた。それだけの数の女性と一つ屋根の下で生活する。以前、光陰から借りたエロゲーの話のようだった。勿論、鼻の下を伸ばすような真似が出来る状況ではなかったが。

「丁度いい機会ですね。今のうちに、屋敷の者にトモキ様を紹介しましょう。付いてきていただけますか」
「うん」

 一緒に生活する相手を知っておくことは吝かではない。もしかしたら、逃亡を手助けしてくれる人もいるかも知れない。
 友希は頷いて、ゼフィと共に部屋から出て行く。

 途中、放置されかかった『束ね』が文句を言った。仕方なく持って行くことにした。






























 食堂に着くと、ゼフィの言ったとおり、八人の女性がテーブルに座っていた。
 ゼフィと同じく、青い髪の女性が一人、赤い髪の女性が二人と佳織くらいの女の子が一人。そして緑髪の女性が三人、そして友希には馴染みのある黒髪の小さい子が一人だった。
 最後の子供を除いて、全て普通は見かけない髪の色。赤、と言えば佳織も若干赤みがかった髪の毛だったが、ここまで鮮やかな色ではない。

 成程、スピリットは色で分けられる、と説明されたが、これは一目でわかる。

「みんな。紹介するわ。エトランジェのミツルギ・トモキ様。ここでみんなと生活することになるから、よろしくね」
「あ、御剣友希です」

 ゼフィが友希を紹介する。慌てて友希も頭を下げた。とりあえず、仲良くなっておいて損はないだろう。
 だが、

「………………」
「………………」
「………………」

 全員、じっとこちらを見てくるだけで、なんの反応も返さない。無言の圧力に、友希は思わず逃げ出したくなった。全員、椅子に剣や槍を立てかけているというのもある。

「……よろしく」

 唯一、黒髪の子供だけが小さな声で挨拶を返してくれた。しかし、声に抑揚というか、感情がない。機械の音声に返事をされたようだった。
 友希が戸惑っていることに気付いたのか、ゼフィが申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません、先に説明しておくべきでした」
「えと……」
「ここのスピリットは、私を除いて全員、神剣に呑まれています。言うことは聞いてくれますが、話は出来ません」
「呑まれ……?」

 神剣に呑まれる。言葉だけを捉えると、実に物騒な発言だった。

『……自我が完全に喰われていますね』
『どういうことかわかるのか?』
『永遠神剣が契約者の人格を維持する分のマナを全て食い尽くしたのです。今の彼女たちは言うなれば、永遠神剣の"付属品"のようなものです』

 すぅ、と気が遠くなるような感覚がした。

『な、んだって?』
『先程、お教えしたと思いますが。神剣は、主を乗っ取ることもある、と。"これ"が"そう"です』

 軽く、パニックになった。
 『束ね』がからかうように言っていたので、まるきり重要さをわかっていなかった。こんな、人形みたいな状態に、神剣を持ったことでなったのか。

「ね、ねえ?」
「…………」

 手近にいた赤い子に話しかけても、友希をじっと見るだけで反応らしいものはない。念のためその隣の青い人にも話しかけたが、結果は変わらなかった。

「……すみません、トモキ様。彼女たちは食事を待っているので」
「た、食べるのか?」
「体を維持すること、訓練をすること、あとは命令に従って戦うことだけはやります」

 こともなげにゼフィは答える。
 この時点で既にスピリットたちは友希に興味を失ったようで、じっと正面を見て座っている。会話の一つもない。
 そんなスピリットたちの様子を見て、友希は、知らず知らずに自分の中にいる『束ね』に意識を向けた。

『……主。気持ちはわかりますが、何度も言うように私は貴方を乗っ取ったりはしませんよ』
『本当、だろうな』

 懐疑的に聞く。

『ええ、もちろんです』

 何度も言うが、友希は完全には『束ね』を信用していない。しかし、彼女が自分の生命線であることは確かだ。逃げるにせよ、ここで生活するにせよ、『束ね』がないと友希は真実ただの高校生なのだから。

「どうしました?」
「あ、いやなんでも」
「……怖がらせてしまったようですね。大丈夫です。心をしっかり持てば、神剣に呑まれるなんてことはありえません」

 言い淀んだ友希に、ゼフィは理由に思い当たったらしい。聡い女性であった。それとも、これも神剣の力とやらなのだろうか。

「でもここの人達は」
「……それは、この国の教育方針ですから」

 ゼフィが俯く。一瞬、友希には泣いているようにも見えた。
 しかし、顔を上げると、そんな様子は見られない。見間違えだったのか。

「それに、神剣と契約者は一心同体。神剣に全てを呑まれるのではなく、お互いに力を合わせてこそ最大の力を発揮できると。私はそう習いました」
『そうです。そこの妖精は今いいことを言いました』

 相変わらず調子のいい神剣であった。軽い口調に、いけないと思いつつ、緊張が少し解れてしまう。

『大体ですよ、主。もし私がその気だったら、主の惰弱な精神などものの数分で完全に洗脳しています。最初、ふらふらと神社に来たことを忘れましたか? あまり私を見縊らないで欲しいですね』
『ぐっ』

 『束ね』との初対面、あっさりとこの剣の術中に引っかかった苦い記憶が蘇る。

『おや、言い返しもしないのですか。それでも(ピー)付いているんですかねえ』
『器用に擬音を駆使してんじゃねえよ!?』

 思いっ切りツッコミを入れた。心の声でピー音を使うなんて、無駄に芸が細かい剣である。同時に、こんなチャラい剣を恐れていた自分が、急に馬鹿馬鹿しくなってきた。

『……ったく』
『ま、今日はこのくらいで許してあげます。いいですか、主。私と貴方は一蓮托生なのです。妙な勘ぐりはこれっきりにしていただきたい』

 どうも『束ね』の事を疑っていた友希に、彼女は怒っていたようだった。

『……悪かったよ』
『はい。ゆめゆめ、反省を忘れないように。大体、私の目的は主の物語を見ることなんですから、自分で乗っ取っちゃ意味ないでしょう。どんな自作自演ですか』
『なんか違わないか?』

 呆れて返していると、ゼフィがくす、と笑った。

「あ、すみません。……では、私は食事の用意をして参りますので、トモキ様はお部屋にお戻りになってください」
「そう?」
「ええ。彼女たちとは話もできませんし……」

 とは言っても、これから一緒に生活をするのだ。顔くらいは覚えておきたい。例え、それがこちらの一方的なものだとしてもだ。

「……いや、しばらくここにいるよ。大丈夫かな?」
「それは構いませんが……。お気を悪くされるのではないかと」
「逃げたら斬るとか言っといてそんな今更な」

 あ、と友希は失言に気付いた。ゼフィが、心底申し訳なさそうな顔になる。
 決して気を許したわけではないのだが、これまでの言動から、ゼフィが友希に害意を持っていないことはわかる。無闇に傷つけてしまったと、友希は後悔した。

「あ……っと、ごめん」
「いえ、事実ですから。では、そちらの椅子に」

 ぱたぱたと台所に向かうゼフィ。その後ろ姿を見て、後でもう一度謝ろうと思う友希であった。





























 友希が食べた食事は随分と質素だと思っていたが、あれでも奮発していたらしい。
 スピリットたちに配膳されたスープを見て、友希はそう理解した。

 友希に供されたものと同じもののはずだが、見るからに具がない。パンは、小さなものが一個だけ。これが彼女たちの食事の全てだった。普段からこれだとすると、どうやって体型を維持しているのが不思議だった。
 案の定、食事の時間はすぐに終わる。食べ終えると、彼女たちは挨拶すらせず、それぞれ席を立ってどこかへと行ってしまった。
 最後に一人残ったゼフィが、全員分の食器を片付け始める。

「あ、手伝おうか」
「いえ、平気です。いつものことなので」
「……いつも?」
「はい。先程も言ったとおり、この屋敷で神剣に意識を呑まれていないのは私だけなので。彼女たちの日常の世話は私の役割なんです」

 八人分。いや、ゼフィ本人を入れると九人。それだけの人数の家事となると、相当の負担のはずだった。曲がりなりにも一人暮らしをして、自分の身の回りのことは自分でやっていた友希にはなんとなく想像がつく。しかも、その八人は自分からは何一つしないのだ。
 スピリットだとか、ここは敵地だとか、そういうのは関係なしに、手助けをしたくなった。

「いや、やっぱり手伝うって。見てるだけのほうが、なんか申し訳ない」
「本当に結構ですから。それに、人の方に手伝ってもらうなんてことは……」
「いいから」

 頑なに断ろうとするゼフィを無視して、食器を片付けに入る。『そんなことをなさらずとも』とゼフィはやんわりと止めようとするが、さっさと手を動かして食器を重ねて持った。

「で、どこに持っていけばいい?」
「……洗い場へ。こちらです」

 諦めたのか、残り半分の食器を持ったゼフィが先導する。案内された台所は、意外にもコンロらしきものや水道らしきものまで備えられていた。指示されたように流しに食器を放り込む。

「後は私にお任せください。……ああ、水をお飲みになりたい場合は、こちらの水道か玄関を出てすぐ脇にある井戸を使ってください。井戸のほうが冷たいのでお勧めですよ」
「わかった。好きに飲んでも大丈夫かな?」

 食事を見る限り、あまり食料は豊富ではないようだった。水はどうなのだろう。日本で生活していた友希には実感出来ないが、遠くの国では食料以上に水を巡っての争いが頻繁に起きていると聞いたことがある。

「このサルドバルト王国は、御世辞にも豊かな国とは言い難いのですが……水には不足していません。平気です」
「それならいいんだけど」

 しかし、水源が豊富なのに食料不足というのも解せない話だった。その辺りは、別に聞くことにすることにして、友希はひとまず井戸に向かうことにした。玄関の場所を聞き、歩いて行く。

 外に出ると、今までいた建物の全貌が明らかになった。木造の、それなりに大きな屋敷である。ただ、内装はそうでもなかったのだが、外から見ると意外とボロい。築ン十年といった風情だ。中については、ゼフィがしっかりと掃除しているのだろう。

「井戸、井戸っと。あれか」

 ヨーロッパの田園風景に登場するような滑車付きの井戸である。勿論、友希は使うのは初めてであった。苦労して水を汲み上げて桶から飲むと、清涼な冷気が喉を潤してくれる。空腹を誤魔化すためにも、ガブガブと飲んだ。

「っっっふぅーーー」

 口元を拭って、屋敷を見上げる。
 嫌でも、これからしばらくはここで生活しないといけない。気をしっかり持たないと、と友希は決意を新たにするのだった。




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