日差しは温かで柔らかく、まさに行楽日和といった様相の日曜日。

 これで恋人でも連れてどこかに出かけられれば最高だったのだろうが、いかんせん僕にはその相手がいない。

 そのうえ、今いるところは幻想郷。正直に言って、外の日曜日とか全く関係がない場所である。

 ゆえに僕はいつも通り人里に足を運び、お菓子を売る仕事に精を出しているのである。さすがに毎日が日曜日みたいな霊夢と一緒になってしまうのは……まあ魅力的ではあるが、現代人としては働かないと負けな気がする。本音はもちろん逆だけどね。

 ――さて。お菓子も気づけばなくなり、今日の仕事はこれで終わりだ。

 あとは霊夢のとこに戻ってだらだら過ごすか、それとも里でもぶらつくか。

 悩むところだが、さっきあんなことを考えていたせいか、霊夢のところでだらける気にはなれない。

 となれば、あとは里をぶらつくしかないわけで。僕はゆっくりと歩き始めた。







 で、しばらく歩いて辿り着いたのは成美さんのお店。

 ここなら元外の人の成美さんと会話も楽しめるし、美味しいケーキも食べられる。まさに一石二鳥の暇つぶしスポットだ。成美さんには言えないけど。

 カラン。

「こんにちはー」

 ドアを開けると共に軽い音が鳴り、僕は店内に足を踏み入れる。

 だが、いつもならすぐに返ってくるいらっしゃいませの言葉が聞こえてこない。店内を見渡せば確かにお客はいないようだが、そもそも店先にいないというのは珍しい。

「成美さーん?」

 名前を呼びつつ、支払い処の奥を覗きこむ。この店はその奥にキッチンと休憩室が置かれているのだ。いるとしたら、たぶんそこだろう。

 で、覗いてみて驚いた。確かに成美さんはいたが、その隣にも人がいたのである。しかも僕の知り合いだ。

「東風谷?」

 僕のバイト先(塾)でのかつての生徒であり、守矢神社の巫女である東風谷早苗がそこにいた。

 東風谷がこの店にいるところを見るのは初めてなだけに、ちょっと驚く。

 しかし、考えてみればここはケーキを売るお店だし、元女子高生の東風谷がいるのはおかしなことではないのかもしれない。

 二人は何やら真剣な顔で話し合っているようだったが、いつまでも黙って見ているわけにもいくまい。

 仕方なく僕は声を少し大きくして二人に呼びかけた。

「おーい、成美さん、東風谷」

 瞬間、東風谷の肩が面白いぐらいに跳ねた。そして、ものすごい勢いでこっちを見た。

「せ、せせせせせ先生ッ!? い、いいいつからいらしたんですか!?」

 しかも何やら狼狽しまくっていた。

 こんなに焦っている東風谷を見るのは、幻想郷で再会した時以来かもしれない。それぐらい、今の東風谷はなんだかいっぱいいっぱいだった。

 隣では成美さんがあちゃーってな顔をしている。……どうやら僕はマズいタイミングで顔を出してしまったらしい。話の内容は聞こえてなかったんだけど。

 いったい何の話をしていたのかは気になるが、ここは触れないのが紳士というものだろう。僕はテンパっている東風谷に向き直る。

「いま来たばかりだよ。成美さんがいなかったから呼びに来たんだけど」

「な、何か聞いたりはしていないですよね?」

「ん、まあ。特に何も」

 実際に僕は何も聞いていない。

 そう答えると、東風谷は目に見えてほっとしたようで、胸をなでおろしていた。

 ……むぅ。本当になんだったんだ?

「えーっと、ほら良也くん。うちのケーキ食べに来たんでしょ? 待たせちゃったみたいで、ごめんねー」

「あ、いえ」

 成美さんが話しかけてきて、そのまま僕はテーブルまで案内される。そして出されたお茶を飲みながら待つことしばし。念願のケーキが僕に届けられ、舌鼓を打った。

 気がつけば東風谷はいなくなっていたが、いったい何だったのか。僕は狐につままれたような気分を味わいながら、その日を終えたのだった。







 それから幾日か経った頃。

 僕は東風谷の友人であり同じく僕の生徒でもある山本から預かってきた手紙を東風谷の元に運んでいた。

「こーちーやー。土樹印の郵便屋さんだぞー」

 境内で見かけなかったから、母屋の前に立って声を掛ける。

 すると、ぱたぱたと扉の向こうから人の気配が向かってきた。いくらも待たずに玄関から東風谷が顔を出した。

「こんにちは、先生。いつもありがとうございます」

 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。

 うん、相変わらず東風谷はいい子だ。同じ巫女でもこうも違うんだなぁ、と思わず遠い目になる。霊夢には霊夢の良さもあるんだけどね……巫女としてって言われるとなぁ。

「あの、先生?」

「あ、ああ」

 いかん、ちょっと意識が逸れていたみたいだ。

「っと、ほいこれ。いつも通りの山本からの手紙だ」

「はい、ありがとうございます」

 預かってきた手紙を手渡すと、東風谷はそれを大事そうに胸に抱えた。

 山本と東風谷はお互いに一番の友達同士だったらしいし、こういう形でも繋がりが保てるということは嬉しいんだろう。特に東風谷は一生会えない覚悟だったから、尚更なんだろうな。

「じゃあ、僕はこれで」

 今日は特にもう用事もないし、霊夢んとこでのんびり過ごすかな。

 そんなことを考えながら飛ぼうとした僕の背中に、東風谷の呼び止める声がかかる。

「あ、すみません先生。ちょっと待ってください!」

「ん?」

 ちょっと浮いていた足を地につけて振り返る。

 そこには何か思い詰めたような顔で僕を見ている東風谷がいた。

 東風谷にしては珍しい険しい表情にちょっと心配になる僕だが、東風谷はもう僕を見てはいなかった。その表情のまま懐から一通の手紙を取り出す。

 取り出した後、何やら苦渋に満ちた顔をしていたが。東風谷の中でどんな思考が展開されているのか。何やら大きな葛藤があるのは間違いないみたいだけど。

 しばらくして、東風谷は仕方ないことなんだと小声で自分に言い聞かせてから僕を見た。

「こ、これを理奈に届けてください。先生は絶対に中を見ないように」

 ちょっと顔を赤くした東風谷は、真剣な顔つきはそのままに手紙を僕に突きだしてくる。

 それを受け取り、僕はしげしげと手紙を眺めた。

「いや、まあ普通は人の手紙は見ないもんだと思うけど……」

「ぜっったいに! 見ないでくださいね!」

「い、イエスマム!」

 東風谷の目はこう言っていた。もし見たら、何か物凄いことになると。もちろん物凄いことになるのは僕だ。

 僕が死なないのはわかりきっていることだから、きっと……もう、なんか凄いことになるに違いない。それぐらいの迫力が今の東風谷にはあった。

 僕は眺めまわしていた手紙を素早くしまい込み、空に飛び上がった。

 どうやら今日はのんびり過ごすわけにはいかなそうだ。そんなことを考えながら。







 翌日。

 僕は塾が終わった時間を見計らい、山本に声をかけた。

「山本」

「ん? あ、先生。なぁに、デートのお誘い?」

「違う。というか、ちょっと考えれば分かるだろう。僕が女の子をデートに誘うような男に見えるか?」

「……先生、自分で言ってて悲しくならない?」

「……言うな。いま自分でもダメージ受けてるところだから」

 大丈夫だ、僕。今は彼女がいないからそう思うだけさ。

 僕だって相手が出来ればきっと、きっと……おそらく、たぶん、それぐらいの甲斐性はあると思う。思いたい。

「ま、いいや。それで、ご用件は?」

「軽く流されるとそれはそれで傷つくんだけど……これだよ」

 預かってきた手紙を出し、山本に渡す。

 東風谷からはくれぐれも見るなと言われているので、いつもの手紙よりも心持ち慎重に。

「あ、これのことか、今回は早いね」

「そうだな。東風谷も何か急いでたみたいだしぃ!?」

 意図せず語尾がひきつった。

 というのも、僕は決して見るなと言われた手紙なのに、山本が何のためらいもなく目の前で開封したからだ。すぐさま僕は背を向け、完全に見えない態勢をとる。いくら死なないとは言っても、なんか物凄いことになるのは嫌だ!

「どうしたの、先生?」

「東風谷から言われてるんだ。僕は絶対に見るな、って」

 破ればお仕置きが待っているとは言わない。なんだか情けなくなりそうだったから。

「ふ〜ん」

 明らかに面白がった調子の声が背後から聞こえてくる。まさか読み上げるとか言わないだろうな? さすがにそうなったら、僕は能力で音を遮断するしかなくなってしまうけど。

 もしものことを考えて身構えていると、山本の声が全く聞こえてこない。

 なんだ、何が書いてあったんだ? 僕が好奇心というよりは恐怖心からその内容に思いを馳せていると、唐突に山本が声を上げた。

「あー……まあ、ねぇ。こりゃ先生には見せられないわ。っていうか、先生」

「なんだ? それより手紙は仕舞ったか? 僕が見てしまう危険はない?」

「ないない、ないよ。さすがに私もこれを見せようなんて悪趣味なことはしないって」

 ……悪趣味な内容なのか? 東風谷から最も縁遠い言葉の一つだと思うが……まあ、深くは考えないでおこう。

「で、先生。聞きたいんだけど、早苗が引っ越したところってどれぐらい田舎なの?」

「な、なんだ突然……」

「いいから、ほら」

 どれぐらい田舎か、か……。まあ、百年前の日本って感じか?

 とはいっても信じないだろうしなぁ。どう言うべきか……。

 幻想郷のことを話すわけにはいかないしなぁ、とうんうん唸っていると、山本は仕方ないとばかりに溜め息をついて、僕に向かってぴっと人差し指を立てた。

「質問! そこってコンビニもないぐらいの田舎?」

「コンビニ? ……あー……うん、まあそんなとこ。コンビニなんてどこを見渡しても無いね」

 そんな便利なものがあったら、僕の商売は上がったりな気がする。コンビニは幻想入りするにはまだ早すぎるし。

 僕の答えに、山本はまた溜め息をつき、本当にどれだけ田舎なのよ……と呟いた。とりあえず、文明とは無縁な程度には田舎だな、あそこは。

「じゃあ、まあしょうがないか……」

 言いつつ山本は頷き、さっさと鞄を持って歩きだした。

 教室の出口まで行ったところで、ぴたりと立ち止まってこっちに振り返る。

「あ、そうそう。先生、明日はいつもの手紙と一緒にちょっとした荷物も渡すからね。……ちなみに、中を見ちゃダメだから」

 お前もか。いったい何なんだ。

「も、もし見たら……?」

 思わず僕が問うと、山本はにっこり笑った。

「地獄に行く」

 ……そうなったら、映姫が呆れて送り出しそうだな。

 思いつつも、えもいわれぬ迫力に何も言えない僕なのだった。







 そして日が明けて今日。

 山本から預かった手紙と荷物を持って、僕は守矢神社に向かっていた。

 ふよふよと飛びながら、どうにも小脇に抱えた紙袋が気になって仕方がない。ちなみに紙袋は口の部分から丸められている。形状は四角。軽いし柔らかい。いったい中に何が入っているんだろう。

 こう……見るな見るなと言われては、余計に気になってしまうものなわけで。いったい僕を介して何がやりとりされているのか、非常に興味がある。

 だがしかし、見てしまえばきっと後には戻れない。これほど明確な死亡フラグもないだろう。まあ、僕は死なないけど。

 しかし、死なないとはいえ痛くないわけではない。見てしまえば、きっとそこら辺を東風谷は突いてくるに違いないだろう。

 ……あの大人しい東風谷がそんなことをするはずがない。なんて、昔の僕なら言えたんだけどなぁ。

 こっちに来てからの東風谷はなんだかはっちゃけ気味である。自分のこれまでの常識がほとんど通じないせいだろうか、開き直ったようなきらいがあるのだ。

 だからこそ、不安なのだ。見る→バレる→フルーツ(笑)のコンボにならないとも限らない。しかも僕は死なないからエンドレスだ。それは避けたい。

 だけど……気になっちゃうんだよなぁ。きっと見るなってあんなに言われなければ、普通にスルーしてたと思うんだけど。言われるから気になっちゃうんだって。

 でも、生徒の信頼を裏切るわけには……。いやだが気になる……。でも二人の信頼が……。

 と、自分の中で葛藤しているうちに、気がつけば守矢神社の上空だった。どうやら僕は誘惑に耐えきったらしい。

 ふぅ……我ながら辛い戦いだった。あわや僕の信用が地に落ちるかという瀬戸際だったのだ。そうなったとしたら単なる自業自得でしかないわけだけど。

 ま、まあ結局見なかったんだからいいか。僕は紙袋をひっさげて神社の境内に降り立った。

「こーちーやー。いるかー?」

 またしても境内を掃除する時間からは外れてしまったらしく、そこに東風谷の姿はなかった。仕方ないから声を出して呼びかけていると、奥にある母屋から東風谷が出てきて、こちらに歩いてくるのが見えた。

 ちょっと急ぎ足なのは、やっぱり今日は荷物があるからだろうか。東風谷が山本に頼んだものだろうことは間違いなさそうだ。

 近づいてくる東風谷にわかりやすいようにと、僕は丸まっていた紙袋を解き、中を見ないままに取っ手を持って頭の上に掲げてみせた。

「おーい――」

「良也ー! 水切りしよう水切り! ついに私も水切り十段になったの! 今度こそは勝つ!」

 持って来たぞー、と続けようとしたところで、後ろから諏訪子がドーン。

 完全な不意打ちに僕は対応できず、顔から地面にバターン。

 その拍子に紙袋の中身が全部ズザー。

 東風谷の顔から血の気がサー。

 諏訪子は何かヤバいと感じたのか、僕の背中からどいて一目散に湖へと逃げていった。

「………………」

「………………」

 沈黙が痛い。

 何やらどうしようもない事態を引き起こしてしまったっぽいことだけは確かみたいだけど……認めたくないなぁ、あんまり。

 とはいえいつまでも現実逃避をしているわけにもいかず、僕は恐る恐る顔を上げる。そうして目に飛び込んで来たのは、紙袋のなかに入っていたらしい四角くて軽くて柔らかい何かだった。

 その正体とは――


「………………ウィ○パー?」


 朝までガード、とも書いてある。そう、よくテレビのCMで見たことのあるアレである。

 ……えーっと、つ、つまりは、その、せ、せせせせいりようの――。

「……………………………………み、見ましたね?」

「………………」

 ぼ、僕にどんな回答をしろと言うんだ。

「………………ぅ、ぅぅ……」

 徐々に紅潮していく東風谷の顔。もうそれ以上は赤くならないんじゃないかってぐらいに赤くなってきている。

 し、仕方ない。ここは、正直に答えるしかないだろう。ここで下手に誤魔化すのはかえって逆効果な気がする。……どっちにせよ、僕にいいことはなさそうだけど。

 意を決し、僕はからからに渇いた口内を一度唾液で満たして潤してから口を開いた。

「……み、見ました」

「――〜〜〜ッ!!」

 瞬間、東風谷の顔が赤一色に染まった。

 と同時に、彼女の身体から霊力の奔流が嵐のごとく溢れ出した。

 それをものごっつい間近で見つめる僕。あまりに巨大かつ濃密な霊力にさらされ、僕の身体は何かに押しつけられたかのように一ミリも動かすことが出来ない。

「こ、こここここ東風谷さん?」

 それでも何とか口を動かし、目の前の愛しい生徒の名前を呼ぶ。正気になってくれたりしないかなぁ、しないよなぁ、と諦観に似た思いを抱きつつ。

 その僕の呼びかけに対する答えは、なんとも物騒なものだった。

「だ、だだだ大奇跡――!」

「ぅえええッ!?」

 ちょ、ま、ほ、本気ですか!?

 信じたくない僕の気持ちは無視して、高まっていく霊力。それこそ、まさに奇跡さえ起こせるほどの膨大さだ。

 だらだらと嫌な汗が流れる。しかし、相変わらず僕は動けない。ただ黙って目の前でラストスペルが宣告されるのを待つしかないのだ。

 そして、ついにその時がやって来る。

「『八坂の神風』ぇぇえええ――ッ!!」

 あ、これは死んだ。









 後日。

 東風谷はさすがにやりすぎたと感じたのか、博麗神社まで僕に謝りに来た。

 霊夢の横でだらだらと寝そべっていた僕は、すぐさま覚醒。そして五体倒地でもって東風谷を出迎えた。

 これには東風谷はびっくり。そしてさすがの霊夢も驚いたらしく、珍しく目を丸くしていた。

 ちなみに僕はやりたくてやったわけではない。こう……身体が自然と動いたのだ。トラウマができたのかもしれない。

 話し合いの結果、僕も悪かったのだから、おあいこだということで決着した。まあ、今回は僕も死ななかったしね。それが東風谷の優しさなのか、それとももっと痛ぶりたかったのかはわからない。ぜひ前者であってほしいけど。

 そうして東風谷は僕にしっかり謝ってくれた後、何度も頭を下げて帰っていった。

 ……もう二度と、東風谷の機嫌は損ねないようにしよう。

 僕は強くそう誓った。










あとがき

早苗って、元は現代の女子高生なんですよね、たぶん。
となると、今の女の子が女の子の日に使うものって幻想郷にはないんじゃない? てことは、早苗って大変なんじゃ? という何ともどうしようもない発想から生まれたのが今話であります。
最初の成美に聞いていたのは、そこら辺が幻想郷ではどうなっているのか。
次にこっちでのやり方に慣れるまでの現代での品が欲しい、ということを伝える手紙。
それを見た山本が用意し、良也に渡す。
事故。見た。ピチューン
となるわけです。
こんな馬鹿話ですが、楽しんでもらえたなら幸いです。



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