日が昇りきる少し前、妖夢と一緒に白玉楼を出る。
目的地は人里。

いわゆるデートというやつだ。

僕と妖夢が互いの思いを伝えてからは、よくここに通っているが、2人で遊びに行くことはまだあまりない。
妖夢も幽々子の世話に庭の手入れ、日々の鍛練と忙しい。
少ない外出も買い出しや幽々子の手伝い、お付きといった場合がほとんどだ。
僕も白玉楼でまったりしながら、妖夢と一緒にお茶を飲んだりしゃべったり。
そういった時間を非常に気に入ってるので文句はない。

今日もそんなゆったりした幸せな時間を過ごそうか、と思っていたところに幽々子が

「今日はもういいから、良也と一緒に里にでも遊びに行ってきなさいな」

と声をかけたので今日は急きょデートとなったわけである。
いや、デートはうれしいけどね。

ただ、出かける前に幽々子が僕にだけ

「あなた達まだ手も繋いでないんでしょう?」

「いやあ、繋ごうとすると妖夢が真っ赤になっちゃってそれどころじゃないんだよね。まあそれも妖夢らしいと思うけど」

「…はあ」

「なんだよ」

「お惚気はいいから。あなた達ほっとくと100年たってもそのままになりそうね」

とにかく、今日はそれを実行すること。
それがあなたにできる善行よ、と人差し指をピンと立て、どこぞの閻魔様とは全く似ていないモノマネで言ってきたのである。

しかし、善行ならばやらねばなるまい。
うむ。

というわけで本日のデートの目標は手を繋ぐことである。

いや他人が普段の僕達の生活を聞いたら膝枕で耳掃除してもらったり、風呂で背中流してもらったりしているのに何言ってるんだ、と思われるかもしれない。
僕もそう思う。
ただ妖夢は人前で手を繋ごうとすると恥ずかしがるのだ。

膝枕はよくて手を繋ぐのがだめの境界線がよくわからん。
だがしかし。
今日こそは。今日こそは。

いっそ手を繋いだまま里に行くのもいいなあと。








そう思っているうちに人里に着いてしまいましたとさ。

「あの、良也さん」

「うん!?」

ビクっと体を震わしてしまった。

「何か様子がおかしいようですけど。具合でも悪いのですか?」

こちらを覗き込むようにして話しかけてくる。
こちらの動揺っぷりとは違い、心配げな顔だ。
その仕草と表情に、よけいに動揺してしまう。

「いえ、いつも通りの良也さんデス。ええ本当に」

少々情けないような、残念なような、そんな気持ちになりながら彼女を見る。

友人から恋人へ。
この変化は大きく、以前ならば可愛いなあで済んでいた仕草にドキドキされっぱなしである。


人里に着き、地面に立っている今。
妖夢と僕との間にある距離。約一歩。
目標を達成するためには、まずこの距離を半分にせねば。







人里には、甘いものが食べられる場所がそれなりの数ある。
まあ、娯楽はそう多くは無い所だ。その分味覚は、ということなのだろう。

そんな訳で、僕達もその娯楽にありつこうと、たまに訪れる甘味処の一つに入る。

「ここは結構おいしいんだよ。別に批評するほど下が肥えてるわけじゃないけど。僕の好きな味かなあ」

と言うと、さっきまで割と楽しそうにしていた妖夢が

「む、そうなのですか」

という言葉とともに、むむむといった感じで真剣な表情になった。

いろいろとおいしい食べ物を食べ歩くのもいいけれど、そうすると妖夢は幽々子のために味と技術を学ぼうとする。
たぶん真剣になったのもそのせいだろう。

とにかく2人であんみつを注文。

真剣な表情で一口ずつ食べる妖夢に少し苦笑い。
まあ真剣な顔で、時々こくこくうなずく妖夢もかわいいし、この表情を特等席で見れるからいいかな、と思ってみたり。
ただ、もう少しデートっぽい雰囲気になりたいなあ、とも思いつつ。

「おーい、もうちょっと気楽に食べてもいいんじゃないか?」

と言うと。

「最近は、良也さんのためでもあるんですよ。その、あなたにはおいしいもの、食べてもらいたいですから」

なんて少し照れて微笑みながら言ってくれてかわいいなあおいチクショウ!
顔を赤らめ薄っすらと控えめに微笑む妖夢はかわいさときれいの間にいてなんていうかもうやばい。
特等席にいた分、当然直撃。
破壊力も充分である。
たぶん今、どうしようもない顔になっているだろう。

「そっ、そうか!ありがとう!ならゆっくり食ってくれ」

あわてて横を向きながら言う。
妖夢は、はあ、と不思議そうな顔をしながら応えた。
たぶん、なんで僕があわてているのか分かっていないんだろう。
たのむから少しは自覚してくれ。


なんとかごまかしていつもの状態に。
お金を払っている時に、店の人にさっきのやり取りを聞かれていたのか暖かい目で見られた。
その上店を出る時にごちそうさま、と言われる始末である。
妖夢はなんのことか分からずキョトンとしていたが。

たぶんなぜ店の人がそんなことを言ったのか分かっていないんだろう。
このからかわれる雰囲気に気付かないからいつもいじられるんだろうなあ。
娯楽にありつこうとして人の娯楽のネタになるのはごめんである。

ここはさっさと逃げるとしますか。









「今日見てて思いましたけど、やはり良也さんはもう少し落ち着きを持った方がいいと思います。」

二人でのんびり幽々子へのお土産を見ながら歩いていると、そう唐突に言われた。
これ会うたびに言われてる気がするなあと思いつつ。

「そうかなあ」

「そうですよ。まだ異変に顔を突っ込んだり、宴会でハメをはずしたり、挙動不審になったり、里で毎回違う女性と会ったりしてるそうじゃないですか」

最後のは違うというか、ずいぶん誤解を受ける言い方である。

「もしかして心配してくれてる?」

「あたりまえですよ。お互いまだまだ未熟なんですから」

ちょっと怒ったような表情で言う。
本人は純粋に心配してくれているんだろう。僕としてはいつものことだけど。

「…心配してくれるのはうれしいけど、妖夢は相変わらず真面目だねえ」

僕がそう言うと、ふと、妖夢は何かを考え込むような表情になった。

「…いえ、幽々子様は私が良也さんと出会ってから、少しずつ変わってきているとおっしゃっていました」

そう言って今度は何か覚悟を決めた表情に。
妖夢の次々に変わる表情に、少しとまどう。

「ああ、それは前に僕も聞いたけど。なんだ、突然」

さっきから随分と話が唐突だ。
一体どうしたのか、そう思っていると

「だから、その、少しだけ、恥ずかしさをこらえて、素直になろうと思います」

そう言って妖夢は、今度は真っ赤な顔になり



お互いの間にある一歩あった距離を、半歩に詰めてきた。






…たぶん妖夢は僕と幽々子の会話は知らないだろう。
ただ、さっきから挙動不審な僕の姿を見てなんとなく、僕が何がしたいのかを悟ったのか。
それとも事前に幽々子が何かを吹き込んだか。
真実は分からないがいずれにせよ、妖夢に気を利かせてしまったことは確かだ。

我ながら情けない。
妖夢が恥ずかしさをこらえ、勇気を出して縮めてくれた半歩の距離。
この距離でも手を繋ぐことはできる。
それで今日の目標は達成できる。

だけど。


今度は自分が勇気を出す番だ。

覚悟を決め一度うなずく。
さらに半歩進んでお互いの距離を零にする。
半歩より短い距離。

そして。

ほんの少しだけ、手を動かす。

互いの指と指が絡まるように。

「えっ」

銀の髪が揺れ、妖夢がこちらを向いたのが分かるが、やっぱり恥ずかしいので顔は真っ直ぐ前に。
少しもったいない気もするが彼女の照れた顔も、笑顔も、驚きの顔も、全部これから見ることができるから。
今はただ、彼女の小さくて柔らかい手を壊れないように、だけど少しだけ力を入れて繋ぐ。



「…その、なんだ。今日は、このまま帰ろうか」


その応えは。



「…はい」


という妖夢らしい簡潔な返事と。


零よりもさらにこちらに傾き、直に感じられる彼女の体温だった。



















幽々子「信じられる?これが二十歳過ぎた恋人同士のデートなのよ?」







近づいたり手を握るだけでそこまで?と思われるかもしれませんが妖夢さんは純粋なのがいいと思います。
久櫛さんがおっしゃっていたように他の方はデレさせるのが難しいですね。
書いてみましたがなかなか顔を赤らめてくれなくて没に。

ネタが掲示板のネコのへそさんがおっしゃっていたのと大分かぶってしまいまして。
そのことはここで述べさせていただきます。

では、読了ありがとうございました。



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