異変明けの朝一番。 目が覚めて身体を起こすと妙に身体がダルイことに気付く。 理由は多分傷のせい。 あの薬師(?)が全治一週間と言っていたから間違いはないのだろうが、それにしても動き辛い。 全く動かないわけではなく、走ったり飛んだりはできるわけで。 端的に言って、朝飯を作る気がない。 やはり仕事明けだからか、何をやるにもやる気が起きないことというのはよくあることだ。 ベッドから降りて、いつもの服を着替えて、昨日もらった銀色の鞄(アタッシュケースというらしい)を空けて中を取り出す。 残本数は六本。このまま提供されたのはいいが、とくに使い道もないしちょいとばかし危険すぎる代物。 仕事の報酬とは違う、まあ八意永琳からのおこづかいと考えておこう。 ケースに仕舞い手に持って外に出る。 どこか別の場所に朝飯をたかりに行こうと考える今日この頃。 行く場所は紅魔館。悪魔の狗の作る食事が目的である。 あの娘はああ見えてなかなか融通が利くし、何よりそこいらの連中よりよほど顔見知りだ。頼りがいもある。 問題は館にいる吸血鬼だけだ。 朝日が眩しい時間。この時間ならアレはまだ寝ているだろう。つまり問題ない。 その他にも少々やっかいな場所だが………そのためのケースだ。準備は万端である。 さて。 手にしたケースを揺らしながら考える。 今日の朝は、何を作ってもらおうか? 東方黒魔録 湖を越え、眼前に聳え立つのは赤色をした門。 紅魔館の門はいつ見ても禍々しい。流石は悪魔の館だ。内装はさらにヒドイが。 門の前に人影を確認した。 見慣れない独特の服装をした、背の高い赤髪の妖怪。 紅美鈴か………。朝からご苦労なことだ。 此方に気付いていないのか、奇妙な構え、確か太極拳だったか。ゆったりと身体を動かしている。 あちらは此方に気付いていない。 距離は二百メートル程度。 ―――――ふむ。 霧雨魔理沙ならば有無を言わさずに突撃するところだが。 生憎とそんな魔力も箒もない。(というか箒と魔力があってもやらん!) かといって普通に行くのも気が引ける。 「………ふむ」 ここは素直に正面から行くか。 下手に身体を動かして、怪我を悪化させるのも御免だ。 静かに歩いていると距離が縮まっていき―――――そのまま通り過ぎかけた。 ………? 素通りである。スルーである。 もしかして寝てるのかこの門番は? ちらっと振り返ると、紅美鈴の身体は微妙に動いているのがわかる。 が、その瞼はぴっちりと閉じていた。 ………まさか、寝た状態で太極拳をしていたのかコイツは。 紅魔館の門番すげぇなと感じて、そのまま門を飛び越えて中へ入らせてもらうことに。 「――――なんて思わせるかぁ!」 「ぬぉ!?」 門を越えようとしたところで突如目の前に紅い残像が見えた。 咄嗟に身を引き、それが門番の髪だと気付いたときには既に彼女の拳が迫っている。 反射的に空いてる腕を叩きつけて直撃コースをずらした後、反動でそのまま地面へと降りる羽目になった。 おかげで門から離れてしまった。やれやれ。 門の前で仁王立ちする門番に向き直る。 「空気読め」 「貴方こそ読みなさいっての! 普通素通りする!?」 「寝てるやつが悪い」 「門番だからいいの!」 いいわけあるか、とぼやいたところで相手が既に地面に足を付いて構えてることに気付いた。 どっしりとした拳法の構え。 ちょっと待て。 「朝からやる気か? 私は客だぞ」 すると彼女は、急に戦う気をなくしたように、目を丸くして此方を見る。 「へ? クロマがここになんか予定あったっけ――――」 「じゃあそういうことで」 「待ちなさい!」 ちっ。面倒な門番だ。 「咲夜さんに聞いてみないとわからないわ。ちょっと待ってて」 「いらん。そも、メイド長に用があって来た」 「……は? もしかして、またたかりに来たの!?」 どうやら伝わったようだ。 「またとは失礼な。一ヶ月ぶりくらいだぞ」 「妖怪にとって一ヶ月なんて瞬きの間。今度は十年位してから来なさいよー」 「ほぼ一日昼寝に費やしている貴様にとっては、確かに瞬きの間だろうな」 毎度毎度この門番を寝ている場面しか見たことがない。 すれ違おうとすると気付くのは立派ではあるのだが、その度に出会う相手は大抵メイド長。 額にナイフを刺される趣味でもあるのか? とんだマゾヒストである。 さて。とにかく、この頭の固い門番ではこれ以上埒が明かん。 どうするべきか。やるのはかまわんが、スペルカード戦ならどうせ私のボロ負けで決まってしまう。 この門番はそこまで強くない筈なのだが、私が弱すぎるのだ。 身のこなしは流石妖怪。まだ肉弾戦の方がマシである。 スペルカード用の武装も、刃物や魔法炸薬も、半分以上は家に置いてきた。 やれやれ。自分の武器から手を離すものではない。 ………ん? そういえばここにはアレがある。 スペルカードには使えないが、妖怪退治には良い意味で使い勝手の良いブツが。 おまけにあの門番は頑丈だ。破壊力がありすぎて問題のこの装備、使い切るつもりで戦っても死にはしないだろう。 それに、妖怪相手にどの程度効果があるか、ちょうど試してみたかったところだ。 「よろしい。なら、幻想郷らしく強行突破させてもらうか」 そう宣言したところで、門番の目の色が変わっていくのが見えた。 笑みを浮かべ、先ほどの構えを取り直す。 「やる気なのねぇ。見たところ何時もより軽装だけど、それで私に勝てるのかしら?」 「今回は秘密兵器持参だ。貴様こそいいのか? 大見得切っておいて、負けたら事だぞ門番」 ケースを揺らして挑発。 中からモノを取り出し、指に嵌めて構える。 数は一本。まあ大丈夫か。 眼前には闘気を漲らせる紅美鈴。っていうか暑苦しい。 まだ朝というのに、汗はあまり掻きたくないぞ、個人的に。 片や、拳を突き出した拳法の構え。 片や、管を指に装備した半身の構え。 目前の妖怪は、静かに口を開いた。 「勝負の方法は?」 「そうだな。いつも通りだ」 「―――つまり、スペルカード戦じゃなくてガチの殴り合いでいいのね?」 「殴り合いというか、まあ人妖の一般的な争い方で構わんということだ」 ちなみに素手なら五秒で死ぬ自信がある。 「全く……妖怪相手に、弾幕ごっこ以外で挑むなんて貴方くらいよ? 頭大丈夫?」 「それ以外でなければ勝てんのは、貴様等が一番良く知ってるだろう? まあ安心しろ。命までは取らんさ」 その台詞に、静かに、だが確かに門番の気配が変わった。 先ほどまでの笑顔の裏には、確かに闘気のようなものは見え隠れする。 真に暑苦しい。 「言うじゃない人間。じゃあ―――本気で行くわよ!」 だん、と地面を強く踏み抜く音が聞こえたとき――――次の瞬間には真横に迫る足の甲か見えた。 間一髪でしゃがみ、距離を取ろうとステップを踏むが相手は妖怪。 自慢の脚力ですぐさま追いついてくる。 即座に放たれた下段蹴り。それを飛び越えるように、彼女の上を飛んだ。 「おおっ!? 器用なことを――――」 「反撃をしようか。それ」 「むっ!」 飛ぶ瞬間に、手にした一本を彼女の顔面へ投げる。 「甘い!」 優秀な門番はそれを当たり前にように迎撃した―――――ことが問題だとは誰も思わないだろうな。 彼女の拳が瓶に触れ、叩き割れた途端に大気を振るわせる大爆発が生じた。 私は爆発前に彼女と十分な距離を取り、地に伏せていたので問題はない。 鼓膜を震わせるほどの爆発の衝撃。一本で中々の破壊力だ。改めて見ると恐ろしい限りである。 巻き上がる粉塵。しかし、その粉塵を縦に切り裂いて出てくる影が見えた。 言わずもなが、被害者であり門番の紅美鈴である。 「いたたた。けほっ! ちょ、何アレ………爆発したんだけど。新手の魔法か何か?」 そうぼやき、迎撃したと思われる手から黒い煙を出しながら現れた。 服装もそれなりに酷い。所々から煙が上がっている。 直撃して死なないとは………頑丈だな相変わらず。 「薬師(?)が開発した、医療用の薬をちょいと弄ったものらしい。ちなみに後五本ある」 じゃらっと指に装填。せっかくだから使い切ってやろう。 その光景を見てか、紅美鈴は一瞬びくっとするも不敵な笑みを浮かべた。 「ふ、ふふふふ。確かにその威力は脅威だけど、用は近づかなければいいってことよね? なら、貴方がソレを投げ終わった後に殴れば問題なし!」 どどんと腰に手を当てて胸張って言える台詞ではないのだが。 それと貴様はいくつか勘違いしているようだな。 私としては、本館に用があるわけだ。貴様を相手にする必要は元からない。 このまま無視してもいいということだ。 そして最大の盲点なのだが……… 「貴様と私の位置をよく考えろ」 「位置ぃ? ………あ」 門番が突撃したおかげで私が彼女の上を通り過ぎる形になった。 位置は最初と間逆。 私の背には既に紅魔館があるのだ。 「ではこのままいかせてもらうぞ」 「いかせるもんですか!」 背を向け、走ろうとした私の背中に浴びせかけられたのは彼女の怒声。 そしてまた突っ込んでくるのだろうか。 読み通りである。 振り返り―――― 「説明不足だったな。この瓶は、ちょっとした衝撃で爆発する」 瓶を全部投げ、 「ふっ、その手には乗らないわ!」 彼女が華麗に全てをかわしきる前に、 「貴様が割らずとも、私が割ればどの道爆発するんだよ」 瓶に向け、小さな霊弾を発射。 反転し、全力で前進する。その背中に―――――女性の悲鳴を打ち消すような大爆発が巻き起こった。 安らかに眠れ、門番よ。 「貴方ねぇ………」 「なんだ十六夜咲夜」 「朝からどかんどかん騒がないでくれる? お嬢様が起きたらどうするのよ」 何だかんだで館内へと入ることが出来た。が、入った途端にナイフの洗礼が待っていようとは思ってもみなかったぞ。 優に数十本はあるだろう刃物の雨霰。正直死ぬかと思った。 なんとかかんとか、かわしにかわしてどうにか生き延びることに成功。 洗礼が終わった次の瞬間には既に紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が目の前で仏頂面を浮かべていた。 そして化粧が崩れるからやめておけと忠告してやると再びナイフの嵐。何だ貴様。せっかく私が親切心から忠告をしてやったというに。 事情を説明して今現在、私がいるのは応接間である。 「んぐ。確かにレミリア・スカーレットが起きるのは困るな。音がどうのこうのは、あの程度別に問題ではないだろ?」 「まあパチュリー様直々の防音魔法がかけてあるから。それにしても、朝食が食べたいって理由だけで門番を苛めないでちょうだいな」 「もふもふ………それは仕方ない。アレが問答無用で殴りかかってきたのだ」 「………美鈴に同感って言ったらおかしいのかしら、これって」 「さあな。序に言うなら――――」 手にした椀を置き、茶を一杯。 うむ、美味い。 「貴様の作る食事が美味いのが問題なのだ。どうにもこうにも足を運んでしまう」 「………はぁ、天然って恐ろしいわね」 「この鮎のことか? 確かに天然だ。見事な塩加減で、それこそ恐ろしいほど美味い。 外の世界では養殖された鮎もいるらしいが」 「貴方いい加減に死ねば?」 「無理な相談だ」 そう答えると彼女は肩を竦めた。不思議とコイツはどんな仕草でも似合うな。 まあ見目麗しい女性はどんな仕草をしても華になる。中身は関係なく! さて、そろそろお暇しよう。 「馳走になったメイド長。今度依頼を受けるときは、事と次第によっては特別超特急かつ無料で受けよう」 「あら、ありがとうございます。もうお帰りになるの?」 「ああ。そろそろあの馬鹿が来そうな予感がするからな」 「うちのお嬢様に対しては相変わらずねぇ」 「当たり前だ。過去、あの主にどういった扱いを受けたことか………」 忘れもしない十年前の出来事。 私がこの紅魔館と係わり合いを持つ切欠となった出来事である。 ………何があったかは想像に任せよう。とりあえず、死にそうになったのは確かだということ。 それらを切欠に、私がこの家業に手を染めたというわけでもあるが。 さて、私を殺しかけた人物とは言うまでも無く、この紅魔館の主、レミリア・スカーレットである。 以来、どうしても彼女に会うことを躊躇い、彼女が寝ている時間を狙ってはこのメイド長の食事を戴きに来る。 他にも理由はある。というか主な理由は別にあるのだが、まあめんどくさいので省略する。 図々しい? ふん。今まで数々の以来をこなしてきた報酬の代わりだ。問題ない。 そして、悪魔の狗である十六夜咲夜。 紅魔館のメイド長を務める要注意人物。 瀟洒なメイド長と騒がれる人物だが、まあ確かに瀟洒といえばそうだろう。 やることなすこといちいち品があるヤツだ。 何より作る食事が美味い。基本的に洋食中心だが和も中も作れるというレパートリーの広さには驚きだ。 かといって私自身が自炊できないほど駄目という人間でもなく、自分で作るときは簡単な焼き魚や味噌汁で日々を過ごす。 しかし、毎日の中には必ずと言っていいほどやる気のない日があるわけで。 そういった時はここに通わせてもらっている。 例の門番とのやり取りは、ここに来る度に毎度毎度やってるわけではない。今日はたまたまだ。 ………いつもは軽い雑談で終わるはずなのだが、彼女もたまには動きたかったのだろう。 結論。私の中では、紅魔館はそこいらより上品な定食屋となんら変わり無い。 自分の中でそう結論付け、椅子から立ち上がる。 「さらばだ十六夜咲夜。また来るかもしれん」 「はいはい。貴方そう言って、毎回来るじゃない。それなら――――」 素直に来るって言えば。と口にしようとしたのだろう。 メイド長の姿がぴたりと一瞬だけ止まる。 嫌な予感がして、その視線の先を同じく見つめる。つまり、今部屋を出たので、私たちがいるのは廊下のど真ん中。 彼女はその廊下の先の一点をずっと見ていた。 「………?」 その先には特に何があるというわけではなく、カーテンで仕切られた窓によって暗くなっている真っ赤な廊下が長々と続いているだけだが………。 何かがおかしい。 おかしいというか、嫌な気配がする。 嗅ぎ慣れたこの感覚。人間ではなく紛れもなく妖の気配。 それも肌にびりびりと来るほど凄まじい魔力の持ち主と見た。 ………ここまで考えると気配の主は明白だ。紅魔館にいる妖怪で、ここまで禍々しい圧力を持つ種族は吸血鬼しかいない。 紅魔館にいる吸血鬼は二人。一人はレミリア・スカーレット。そしてその妹であるフランドール・スカーレットの二人がこの館に住む吸血鬼姉妹だ。 姉は運命を操る能力を持った吸血鬼で、妹は破壊を司る吸血鬼。 姉妹揃って化け物のように強い。個人的に、特に姉の方は圧倒的に会いたくない類の連中だ。 さて。その中でも妹がいるのは、私がいる棟とは別の棟の地下室。 つまり、この気配の主は…………その姉ということに他ならない。 「もう起きたのか」 懐中時計で時間を確認。いつもよりよほど早い時間である。 まさか、私が来たのを察知したのか? ええい想像するだけで鳥肌が立つ! 「お嬢様、今日は随分とお早い起床ですわね」 「のんびり言ってる場合か! とにかく、見つかる前に私はとっとと帰るぞ」 「多分、遅いわよ」 「なに?」 メイド長の台詞に疑問を感じたと思ったら、視界の影に一匹の蝙蝠が見えた。 こ、蝙蝠、だと? 嫌の予感がして、しばらくその蝙蝠を見ていると、紅い瞳の蝙蝠が私の周りを旋回し始めた。 まさか―――― 「お嬢様の一部ですね」 はっきりと告げるなメイド長!? ということは間違いない。 彼女にこの場所を把握された。 思わず窓を蹴破って逃げようとしたのだが、ここは紅魔館。 決定的に窓が少ない館である。 偶然にも私のいる場所には窓はなく、そこから二十メートル程度離れた場所にしか窓がなかった。 かといって今さっきいた部屋に退避するのはマズイ。 紅魔館が既にレミリア・スカーレットのテリトリーだ。 そして密室空間に吸血鬼が現れるのは当たり前。 ………逃げるのは無理だ。 ならば真正面から打ち砕くしかない! とりあえず空を遊覧する蝙蝠を取り出した短刀で叩き斬る。 斬りおとされた蝙蝠が霧となって消えた。 隣で呆れたように此方を見ている十六夜咲夜の姿が目に入る。 「そんなものまで常時持ち歩いてるんですか貴方………」 「どこから出したとか聞かないように」 ちなみにコレは銀製だ。 本当なら炒り豆やにんにくを所持していた方が確実なのだが、あいにくと持ってきていなかった。 誤算である。今までなかったことだ。 さて。恐らくはもう三秒も立たぬうちに来るだろう吸血鬼。 刺し違えてでも、討つ! 「大げさじゃないかしら?」 「あの身体能力と魔力は尋常じゃないのは貴様も知ってるだろう? 私が本気を出しても勝てる保障はどこにもない」 「その貧弱な霊力じゃあねぇ」 「ほっとけ!」 というより、と十六夜咲夜の嘆息とともに声が聞こえた。 「別にそんなに大仰に構えなくてもいいじゃない。別にお嬢様は貴方を殺そうとか微塵も考えていらっしゃらないんだから」 「だからこそ問題なんだ」 あの見た目幼女の悪魔が真に恐ろしいのは先ほどいった能力云々ではない。 むしろどうでもいい。 私が真に恐れているのは、もっと別の意味合いだ。 刹那――――廊下が震えた。 物理的に震えた廊下は、直感的に彼女がここに来るという確証を裏付ける結果となった。 窓までは間に合わない距離。というか短刀を出した時点でその選択肢は捨てた。 ………来る! 廊下の向こう側から、紅い魔力を纏った幼女が飛び出してくるのが見えた。 紅い魔力を纏っている? 「バッドレディスクランブル!? スペルカード展開して何考えているあのアホ!」 「まあ、大胆ですわお嬢様」 大胆に殺す気満々だぞ、貴様のお嬢様は。 目測五十メートル前後。どんだけ長いんだこの廊下は! 怪我をしている身体がどうこうとか考える暇もなく、反射的に懐に手を突っ込んでスペルカードを出した。 速度と突破力に優れたあのスペルカードに対抗する手段はない。二秒もかからずに此方に突進してくるに違いない。 かといっておとなしく当たって砕けるつもりもさらさらないが。 スペルカードにはスペルカード。 当たる前に落とす! 「旋矢「パトリオット・ダーツ」」 両の袖を相手に方向に叩きつけるようにして振るう。飛び出すのは袖口に仕込んだ数十本の投矢。 カード宣言と同時に複数の弾幕が展開される。投矢と同じタイミングで藍色の弾丸を同時射出した。 私の手持ちの中で弾幕が厚い部類に入るこのスペル。 だが………相手は幻想郷最強の一角を担う吸血鬼だった。 あろうことか張った弾幕全てを力ずくで突破してきたのである。 貧弱な弾幕など効きゃしねぇ。理不尽だ。 にたりと、迫り来るレミリア・スカーレットの口元がつりあがるのが一瞬見えた。 「―――――ク」 「しまっ」 僅かに見とれたのが命取り。 回転をやめ、紅い魔力を振り払うように翼を開き、スペルブレイクしながら速度をそのままでダイビング。 紅い瞳が此方をじっと睨みつけるように見ていた。 「―――――ロ」 短刀を一振りする暇すらなかった。 既に彼女は眼前。 はい、アウト。 「―――――マァアアアアアアアアアア!!」 耳が吹っ飛ぶくらいの勢いで叫ばれた。 両肩を押さえつけられ、速度を殺すことなく振り子の要領で廊下に叩きつけられた。 反射的に頭を庇ったのは褒めて欲しいところである。 ………か、身体が………。 「おっはようクロマ! どうして貴方はここにいるのかしら!?」 小悪魔を髣髴とさせる邪悪な笑みを浮かべた眼前の幼女。 十台後半の男が、見た目十歳に満たぬ女の子に押し倒されている場面はとてつもなくシュールだと思う。 朝っぱらからテンションの高い娘だ。貴様は夜型だろ。 上唇をぺろりと舐める仕草が、ああ、今から捕食されるんだなと感じる。 無駄に色気があるのは、多分吸血鬼だからだな。 全く………だからコイツには会いたくなかったんだ。 真っ赤な口腔が見え、彼女の口からいつもの台詞が飛び出してきた。 「今日という今日は! 絶対に! 私と式を挙げましょう!」 レミリア・スカーレット。 夜の王にして紅魔館の主の彼女は、何故か私にとてもご執着。 ………そしていい加減に退けコラ。 「あら? なんかぬるって――――血!? ちょっと咲夜、さくやああー!」 「死ぬかと思ったぞ」 開口一声。 何時の間にやらテーブルに付いてた私と、その真向かいに座るのはこの館の主であるレミリア・スカーレット。 後ろにはメイド長が控えているが、件の主はひどく嬉しそうに羽をパタパタと上下させていた。はっきりいってウザい。 私の言葉に肩を竦めた館の主が言った。 「殺しても死なないくせになに言ってんだか。ちょっと出血したくらいで大げさなのよ、人間は」 「貴様のように異常な治癒力を身につけたら考える。それよりも、いちいちスペルカード全開で突っ込んでくるな!」 「失礼ね。レディからの熱い抱擁が受け取れないの!?」 「無理だ。とりあえず飛ぶな、はしゃぐな。それから私のことは放っとけ」 「イヤよ」 「多少は考えてから答えろ!」 ええいこの幼い紅き月が! 真っ白な服に紅い瞳。これが世にも恐ろしい吸血鬼という種族だと、身を震わせたのは初見のときのみだ。 過去の自分が、将来吸血鬼の少女とこんな世間話をしているなど思いもしないだろう。 実際目の前の少女は、恐ろしい妖怪であることに間違いはない。 驚異的な身体能力と秀でたカリスマ性。そして内包する膨大な魔力は、私のスペルカードをたやすく弾き飛ばす。 「全く………貴様のようなヤツと過去殺しあった自分が言うのもなんだが、こうなるとは予想を付けなかったぞ」 「あら? 私にはこうなることは当然視えていたわ。だからこそ、貴方を襲ったのだから」 「嘘臭え」 運命を操る程度の能力。 レミリア・スカーレットをカリスマの具現とするための裏づけとなる能力だ。 詳しくはわからないが、本人曰く「人の運命を変えるのは生き方そのものを変えること」と言う。余計わからない。 つまり、人そのものを変化させることが出来るのが、運命を操る程度の能力というわけだと解釈している。 何事にも視える運命。それを操るとは、正直プライバシーを侵害された気でならない。私も運命とやらを操られたのだろうか? ………聞いてみるのも面倒だ。いつか、暇なときにさりげなく聞いてみよう。 「そうねぇ、あの時のダンスは本当に楽しかった………こう、全身が性感帯になったような感覚とでも言えばいいのかしらね。とにかく電流が走ったわ」 「例えが最悪だなオイ」 「それから! 私は貴方とともに生きようと誓ったのよ!」 「それからの意味わからん」 「ということで結婚しましょう?」 「アホか」 「失敬な! 私はお嬢様よ!」 知っているよコンチクショウ。 突然俯いたと思ったら、今度は妙なテンションで立ち上がる吸血鬼の主。 変に子供っぽいところがあるのが、色々と台無しにさせていることに気付け。 席を立ち上がり、扉へと手をかけた。 「とにかく、私はもう帰るぞ。今日は朝を馳走になりに来ただけだからな」 「ええー! 一緒に住んだら咲夜の食事が毎日食べられるわよ?」 「餌付けされるつもりはない。そも、いい加減帰らないと貴様の妹まで起きてくるだろうが」 「あら、貴方に傷物にされた妹の方が気になるのね」 「誤解を招くような言い方をするな!?」 「私だって貴方に傷物にされたのに………ヒドイ!」 「………帰る。ではな」 「だが断る!」 「貴様の台詞かソレはぁあ!」 一瞬で、背後から羽交い絞めの要領で飛び乗ってこられた。 ぎゃあぎゃあと背中で喚き散らす吸血鬼を振りほどこうとするが、言うまでもなく見た目よりよっぽど怪力だ。私が十人集まっても負けるほどの腕力に、その細く白い腕は外れる筈もなかった。 だ、だれか助けてくれ! 普段は神に願うことない私が願ったのが原因か、その願いは叶ったらしい。 その救いの手は、私が思う最悪の形で現れることとなった。 「クロマ! 遊びに来てるってホント――――あれ?」 突然目の前の扉が開いたかと思えば、その奥から現れたのは、金髪に赤い服を纏った少女。 背中からはガラス細工のような羽を生やした彼女は、悪魔の妹。 フランドール・スカーレットだ。 手には魔杖。先端がスペードの形を模した変な形の杖だが、彼女のスペルカードはより歪な弾幕を形成する。 「お姉さま?」 きょとんと紅い瞳を丸々とさせ、視線は私の背中から外さないまま、ぴたりと動かないでいた。 しかしそれも束の間、彼女がぷるぷると身体を震わせたかと思った直後―――― 「クロマから――――離れろぉおお!!」 振り上げた魔杖を勢いのまま背後のレミリア・スカーレットへと突き出したのである。 頬を切り裂いた魔杖は、私の背中に軽い衝撃が走ったと思ったら素早く引き抜かれた。どうやら背中にいたレミリア・スカーレットが飛んで回避したらしい。それにしても、また傷が増えた………。 眼前のフランドール・スカーレットは双眸を斜めに吊り上げ、殺気を垂らしながら大声を上げた。 「いい加減にしてよ! 毎回毎回わたしのクロマに抱きついて! クロマはわたしと遊ぶんだから!」 「あら? クロマは貴女のではなくってよフラン。彼は私ととともにありたいと言っていたわ」 「そ、そうなのクロマ!?」 言ってない。 目元に涙を見せる悪魔の妹に、首を横に振るジェスチャーをした。 すると今度は歓喜とばかりに姉に向けて中指を突き立てる。 「へへんだ! ざまあみろ! クロマはわたしのモノなんだから、お姉さまなんかのモノになるもんですか!」 「なっ!? そうなのクロマ!?」 それも違うだろ。 レミリア・スカーレットへ振り返って首を振った。勿論横に。 すると心配そうな顔をしていた彼女の顔は見る見るうちに生気に満ちた顔で、親指を下に向けるジェスチャーで妹へ答える。 「ふ、ふはははは! 残念だったなフラン! 彼は貴女に興味がないらしいわよ!?」 「そ、そんなことないもん! お姉さまよりもずっとずっとずっっっとわたしの方が愛されてるんだから!」 「な………!? 言ったなフラン! 三日前貴女がクロマにラブレター書こうとしてそのまま失くしちゃって大泣きしたのバラすわよ?」 「んな!? そ、それならその二日前にお姉さまが自分の部屋で「クロマ、切ないよう」とか言いながら泣いてたこと言っちゃうんだから!」 「それは駄目よ! もしそれを言ったらその一週間前にうっかりお皿割って咲夜に叱られたことを天狗に言うわ!」 「何で知ってるのよ!? お姉さまだってその一ヶ月前に夕食に出たハンバーグで、付け合せのパセリ残したくせに!」 「あんなもの食べ物じゃない! あんただってその半年前に――――――」 全部聞こえてるぞ、とは言いにくい雰囲気。 五百年前後生きている姉妹の会話とは思えないほど低レベルの口喧嘩である。 というかパセリくらい食え。 姉妹喧嘩真っ最中にどうしたものかと居心地を悪くしていると、肩をとんとんと叩かれた。 「クロマさん。今のうちに」 瀟洒なメイドの気遣いが本当に嬉しい。 このままいても、焼かれるか刺されるかわからない。 タイミング的にも確かに好機。このまま静かに帰らせてもらおう。 「そうだな。世話になった、十六夜咲夜」 「本当に。今度は、もう少し早い時間帯でお願いしますわ」 そう挨拶を交わし、姉妹喧嘩の声を背中に館を出た。 館を出た数秒後、突然紅魔館全体が揺れたような気がしたが、気のせいだろう。 −あとがき− 短編です。夜行列車です。 調子こいてやっちゃいました短編! 長編の第二編を考え中に一筆。しかし勢いは止まらぬ。 短編で出てきた紅魔館の皆さん。私としては紅魔館組は大好きです。 では、次の長編でお会いしましょう。 (パチュリーがいない? そんなバカな―――いない!?) 以下オマケ ………白黒の魔法使いが語るクロマのスペルカードそのニ 旋矢「パトリオット・ダーツ」 使用者 クロマ 備考 名前がよくわからん。パトリオットって何だ? もったいない度 それなり 大量の投矢と霊弾を使う、所謂絨毯爆撃みたいなスペルだ。 元々霊力が貧弱なクロマが使うため、威力はカスみたいに低い。それでも家一軒を軽く穴だらけに出来る程度の威力はあるみたいだ。 しかし、一撃必殺のクロマが使うにしては珍しい、まさに弾幕といったスペル。数撃ちゃ当たる戦法だ。ぶっちゃけヤケクソ。 |
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