暗い夜の森の中を疾走する。

手の中にある鉈で邪魔な木は出来る限り切り落としながら、それでいて速度は落とさずに宙を走る。

まるでうねるような機動で木々の間をすり抜けながら、限界寸前の飛行速度。

だがこれ以上速度は落とせない。

落とした瞬間、背後の白蛇が私を飲み込まんとしてくるから――――














東方黒魔録










闇によってほとんど遮られた視界の中を二人、入り組んだ木々を縫うように駆け抜ける。
紅白の服をはためかせる巫女は螺旋を描くように華麗に木々を抜けている。
月明かりのみに視界を頼っているこの森の中、よくも出鱈目な動きで潜り抜けているものだ。
彼女が持つ天性の勘の良さと、持ち前の運動神経だろう。


だが私はあいにくとそんな技術も勘も持ち合わせていない。

この枝と枝が交差する網のような場所でも、避けるのが無理だと感じた物は片っ端から切断していく。


私が隣の巫女に勝っている要素は何一つとしてない。
弾幕は拙いし薄い。さすがに純粋な筋力ならば巫女や同じ人間の魔法使いやメイド長にも勝てるだろう。
だがそれだけ。飛ぶ速度はぎりぎり巫女と同じくらいかそれ以下だ。
小細工をせねばとても彼女や妖怪には勝てはしない。


………はて、切断していくとどんどん後ろのプレッシャーが増していく気がするのはどうしてだろう?


ちらっと振り返ると、まるで枝を障害とも思わないような動きで蛇は迫っていた。
柔軟な体、というレベルじゃない。
長い胴体をうねらせ、枝という枝を潜り抜けている。
流石野生の爬虫類。や、妖怪か。どちらにせよ、速度は向こうの方がやや上だな。
やがて追いつかれる。そう思った矢先、博麗霊夢の鋭い声が聞こえた。


「クロマ!」

「何だ博麗霊夢。あいにくと忙しい」

「見ればわかるわよ! っていうかこの状況―――っ!」


背後から迫る弾幕によって、隣を併走する博麗霊夢の声が遮られた。
とうとう弾幕すら放つようになったか、あの蛇め。
何とか避けつつ、振り返る。迫り来る強敵に手にした魔法筒を全て同時に投げつけた。

派手な音と閃光が飛び散り、しかし欠片もひるんだ様子もなく白い大蛇は突き抜けるように接近してきた。
お返しとばかりに真っ赤な口腔より強烈な弾幕が放たれ―――ってコラ。


「殺す気だな、奴め」

「ぼやく前に前見なさい!」

「洒落か博麗霊夢――――おお!?」


再び向き直った眼前には一際大きな枝。
切り落とそうにも距離が足らない。ある程度勢いをつけねば鉈一本で切断する事はできない太さ。
直撃まで一秒もない。
さすがに直撃すればただでは済まないなと思っていると、次の瞬間には横合いから放たれた数条の線がその枝をズタズタに引き裂いた。
博麗霊夢か。自分も避けながら此方を援護する余裕があるのはさすがだな。


「助かった」

「いいわよ別に。それよりも、どうするのよアレ。このままだと厳しいんだけど、色々」


言いつつも、彼女はまだまだ余裕のようだ。
肉薄する弾幕は出来る限り避ける。出来ないものは隣の巫女が霊力の壁のようなもので全て遮断してくれる。
消耗戦だ。

だが、元々人間と妖怪は短期戦で決着がつく。
理由は簡単で、人間が対妖怪に使う道具は全て消耗品だからだ。
私の先ほど使った魔法筒だって一本それなりにする物品。そして有限だ。飛べば霊力だって消耗する。
巫女一人ならば余裕で朝まで戦えるかもしれない。
しかしここにはお荷物がいる。そう、私だ。

彼女は私を守りつつも十分な力が発揮できないくせに、表情にはまだ余裕がある。


「っていうか何で私たち追っかけられてんの?」

「さもありなん」


ならば聞いてみよう。


「おい蛇!」

「………あのねぇ」


むぅ!?
弾幕を打ち落としながら器用に私を狙うなアホ巫女が。
というか何故此方を狙う。


「そんな聞き方があるもんですか。そんなんじゃ答えてくれないわよ」

「ほう。では貴様がやってみろ」

「仕方ないわね………」


すうと息を吸い込んだ。そして、


「こら爬虫類! 止まりなさい!」

「………オイマテ」


袖を思い切り振るうと飛び出すのは投矢。
隣の巫女に向けて勢いよく振るい、しかし彼女は届く直前で、どこから取り出したのかそれらを全てお払い棒によって粉砕した。
叩き落とすならまだしも、粉砕するとは恐ろしい。
此方を振り向いた巫女の額には、数本の青筋。形相は鬼もかくやという、精神衛生上見たくないものに変化していた。


「何しやがる!?」

「口調が変わったな」

「いきなり変なもん飛ばすからでしょうが! 何か不満だってぇの?」

「ガンつけるな不良巫女。
貴様とて私のことは言えんだろ。何が爬虫類か」

「だって爬虫類じゃない」

「蛇で妖怪だぞアレは」

「爬虫類の妖怪でしょ?」

「もういい………来るぞ」

「わかってる!」


既に二歩半まで迫っていた敵を引き離すように、三本の魔法筒を投げた。
さらに追撃するように大量の札が巫女より放たれる。


――――着弾。


発生する閃光と爆音。多少だがひるんだ相手に、今が好機とばかりに二人で距離を離す。


「っで、どうすんのよ?」

「さてな。殺すにしても少々不可解だ。何が目的で私たちを攻撃してくるのか気になる」

「妖怪よ?」

「そうだが」

「理由があるとは思わないけど。やっちゃったほうが楽だし」

「………貴様本当に巫女か?」

「残念ながらね」


博麗の巫女が「めんどくせぇからぶっ飛ばす」の意味合いを口にするのはどうかと思う。
ふぅむ。どうしたものか。
朦朦と立ち込める粉塵から、件の妖怪が姿を現した。
月明かりに照らされた姿は紛れない白蛇の姿。
蛇の妖怪自体は珍しくない。が、白蛇となればやはり珍しい。
雰囲気がそこいらにいる妖怪とは全く違う。

元来、白蛇は縁起の良い生き物として祭られる存在だ。
希少な生き物であり、ほっといても妖怪になるような器ではない。
ということはつまり。目の前の妖怪はただの妖怪じゃない?
光を反射する鱗を持つ蛇は、威嚇するように口腔を開けた。
弾幕が発射されるかと思ったが、放たれたのは直接頭に響く声だった。


(森を汚す者たちよ………去れ)


「っ? 今の――――」

「こやつの声だな」


爛々と輝く二つの瞳を見た。
敵意を丸出しに、こちらを威圧的に睨んだまま。
再度頭の中から声が聞こえた。


(かような場所に何用かは知らぬ。が、森を汚そうというなら我は容赦せぬ)


「ほう。というと、この森の守り神といったところか」


(左様。我はこの森の守り手であり神だ)


妖怪ではなく、神の類だったか。
これは少々厄介だ。

ただの野良妖怪ならいざ知らず、神の化身に対して攻撃(もうやってしまったが)を加えて撃退、など出来よう筈がない。
八百万の神、とはまた違ったものだが、そもそも蛇とは神の使いとして敬うべき対象だ。


外の世界の文献で呼んだことのある、ウロボロスの蛇。


己の尾を頭から飲み込もうとする図だが、あの絵は様々な意味を持っているとされる。
最も大きな意味では不老不死。死と生の繰り返し。すわなち循環である。
世界を現す大きな意味を持つものの例えとして蛇が用いられているということだ。

蛇は決して人間の害となる神ではない。(無論、害となるべき神はいる。あくまで一般論だ)
かの有名なヤマタノオロチも水を司る竜神されている。蛟も水神だ。
余り詳しくないからこれ以上はわからないが、とにかく蛇、しかも白蛇とくれば、さぞかし力のある神に決まっている。
守り神。地を抱く存在を守るべき神。
なるほど。確かに蛇という神聖な生き物ならば守り神としてこれほど適正のあるものはないな。


はて………困った。



先ほどの神の言葉。
「森を汚そうとするなら」と言う台詞。
多分。いやこの森を汚しているのは十中八九里の者だろう。
件の博物館。
アレの資材はここから運ばれてきていると聞いた。


そうか。ここの神が嫌ったのは自然の伐採というわけか。
自らの庭を汚そうとする輩がいた。そして、邪魔になったから消してしまった―――わけじゃなくて。
庭に入れたくなかった。だから、「この森で事件が起こったように」して、人を近づけたくなかったんだな。
妖怪や、その他の人間が来ても全く問題はなかったのか。
好き勝手に森を荒そうとする人間も妖怪もいまい思ったのだろう………きっと。
割とアバウトな考え方だが、大筋は合ってるだろう。
ちまちまとした考えは好きじゃない。
大体の大筋が理解できれば良し。



――――このまま森の外に逃げるか?

いや、それだと何の解決にもならない。
事件の犯人が目の前にいるのだ。
道は一つ。

―――――解決へと物事を進めることのみ。




「聞け神よ! 我々は里に出回っている正体不明の事件を追ってこの森に来た!
森に危害を加えるつもりは毛頭ない! 故に、どうか私の話を聞いてはくれまいか!」


これは話し合いの交渉である。
今の話に食いついてこなければ、決裂。
是ならば、争う必要性はまったくなくなる。
どうか後者であって欲しい。しかし、神の決断は無情だった。


(聞かぬ。そなたらも森を荒らした。我の敵である)


………ん?
私が自然破壊を行ったと、コイツは言ったのか。
聞き覚えはない。私がこの森に入ったのは今日で二度目だからな。どこをどう弄ったか流石に覚えている。
だが、あにいくと木を断ち切ったり草を燃やしたりする狼藉はした覚えがない。
ならば神の言葉はどういった意味があったのか。むむ。


「クロマ」


横合いからおそるおそる、といったような声色で呼ばれた。


「何だ」

「いや。あのさ………森を荒らしたってアイツ言ったじゃない」

「そうだな」

「アンタ………さっき逃げてるときに枝をばっかばっか切ってたでしょ」


―――――あ。


「む、むむむむ」

「これってさぁ。アンタのせいじゃないの?」

「し、失敬な」

「だってクロマの推理が当たってるわけじゃないし。そうだったら、アンタの行動がただ単に気に食わなかっただけって事じゃない?」

「何を言う!」


この貧乏巫女め。神も先ほど言っていただろう。
『聞かぬ。そなたらも森を荒らした。我の敵である』
と。
『も』だ。つまり、この森を荒らしたのは私が初めてではない。前科がいる筈なのだ。
だから外れていると決まったわけでは――――待て。
『も』の前は何だ?





『そなたら』





つまり――――


「博麗霊夢」

「何よ?」

「貴様も共犯だ」

「はぁ? 何時私がクロマと一緒にこの自然を汚したのよ。『巫女は森を愛する者』って格言を知らないの? あとお賽銭」

「妄言の間違いだろ。よく思い出せ博麗霊夢」

「思い出せってもねぇ。本当に覚えが――――あ」


何かを思い出したのか、見る見るうちに表情が青ざめていく紅白の巫女。
震えるような声で、私へと問いかけてきた。


「もしかして、アレ?」

「アレだな」


さて、思い出してもらいたいので回想してみよう。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「殺す気だな、奴め」

「ぼやく前に前見なさい!」

「洒落か博麗霊夢――――おお!?」


再び向き直った眼前には一際大きな枝。
切り落とそうにも距離が足らない。ある程度勢いをつけねば鉈一本で切断する事はできない。
直撃まで一秒もない。
と、横合いから放たれた数条の線が『その枝をズタズタに引き裂いた。』


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■










「………うわぁ」

「見事に共犯だな」

「ちょっと待ってよ。アンタをかばってやったのよ? これはクロマのせいになるでしょ!」

「やったのは貴様だ」

「でも――――」



(去ね! 愚族どもが!)



「ちょっ!?」

「っ!」


響いた声に反応して、体を横に動かした。
巫女と左右に分かれるようにして展開。
数瞬後、元いた場所を極太の光が通り過ぎた。
今ので森の一部が蒸発したのではないか? いやいや、さすがにそれはないと思うが。
そのぐらいの迫力がある。


「いきなりだな―――ちっ」


どうやら話し合いは無理のようだ。
さらに追い討ちをかけるように細々とした弾幕が形成される。
しかもそれは――――あろうことか木々の間を縫って私に接近してきた。


「このっ!」


魔法筒を二本放り投げ、さらに自らの弾幕を張り迎撃した。
いくつか抜けてきたがなんとか回避。しかし、攻撃は止む気配を見せない。
先ほどよりも多くの弾幕が襲ってくる。その様子はさながら獲物を駆る蛇だ。
なんとか避け続けるも、一発二発と徐々に被弾する弾の数が増えていく。
威力こそさほどでもないが、如何せん数が多い。

魔法筒も残り少ない。かといって投矢はともかく背中の槍はこの距離では使い物にならない。
このままでは数分もすれば落ちるだろう。

だがなんとか避けているうちにその兆しが見えた。
再び収束する光の渦。恐らくは先ほどのレーザーか。
さすがにアレをマトモに食らってはタダでは済まない。
故に、そこらへんに並んでいる木を盾にするように回り込む。
守り神。その力の大きさで自らの場所を汚すことができるものか。
――――やがて光が膨張し、放たれた。


(無駄だ)


空気を割くような音とともに放射される光。
どうやら守り神は自らの地を汚す覚悟があるようだと感じたのだが、真に驚いたのはここから。


目の前の木をうねるように、レーザーが軌道を変えたのだ。




「しまっ」


完全に不意を突かれた。
これでは直撃――――だがあいにくと、今夜の私は優秀な『護衛対象』がいるからな。


「クロマ!」

「遅い」


直前で眼前に青白い柱が聳え立ち、私を穿たんとする光を完全に遮断した。
拮抗するのではなく、完全に防いでいる。
結界を得意とする博麗霊夢。さすが、といったところか。
しかし肝心の姿が見当たらないが………どこだ?


「ここよこのアホ!」

「そこか………おっと」


まさか上とは。


「見るなバカ!」

「アホに続いてバカとは何だ貴様。そこにいる貴様が悪い。とっとと降りて来い」

「ぐっ………平然と佇んで、この男は………」


貴様の下着など見たところで一文の価値もない。
興味を抱いた時点で頭がどうかしてると私は思う。
すると何故か急いだ様子で横に降りて来た巫女が、急に真剣な顔つきになった。


「話を戻すけど………守り神とかいう白蛇、どうする?」

「まず貴様の案を聞こう」

「ぶっ飛ばす」

「守り神だぞ?」

「攻撃してきたなら敵よ」


にべもないな。
身も蓋もどころか鍋も残らない彼女の言い方だが、私としては穏便に解決したかった。


(貴様等………どうやら、よほど我を怒らせたいらしいな)


攻撃してきたのは貴様だろうが!
などと反論したところで聞きはしまい。とことん、私の周りには話を聞かない連中が集まるようだな。
直接頭に響いてくる声には、隠しようのない棘が含まれている。
だが向こう側は既に臨戦態勢に入っている。
仕方ない………本当はあまり賛成できないが。

白蛇神を中心に収束する霊力。
その量と密度は桁が違う。たとえ博麗の巫女でさえ、ヤツには敵わないだろう。
己の住処に宿る自然の力を自らの力にできる守り神は、ホームグランドならば最強の力を発揮する。
収束した霊力が、今まさに四方に溢れようとしている。やる気満々だなオイ。
疲れることはしたくないのだが、どうやら本気でやらねばならないらしい。


「やるしかないな」


その声に反応してか、隣の巫女は不敵な笑みを浮かべる。


「あら? 意外とやる気じゃない」

「スペルカード戦だ。私はあまり好きじゃないが、そうも言ってられないのが現状だしな」

「向こうがルール知ってるかしらね」

「当然だろ。ここは幻想郷だ。
………仮に知らなかったとしても、私たちに合わせてもらうしかないだろ!」



即決。放たれた弾幕を回避しつつ、今度は上下に分かれるようにして飛んだ。












私自身、弾幕戦は嘘偽りなく弱い。
内包する霊力はそこいらの妖精の魔力に負け、運動神経は人並以上だが半妖にも及ばない。
技術もセンスも持たない凡人以下だ。博麗の巫女や白黒の魔法使いにいつもボコボコにされる程度に弱い。
そして弱いから道具に頼る。



決して引かん。
自らの力で勝てないというなら、頼れるモノを使えばいいのだから。


「あまり騒ぐのは好きじゃないのだが………博麗霊夢!」


返事は聞かない。
これが、私流の作戦を伝える意であることを彼女も知っているからだ。

弾幕の隙を見て、背中の槍を手にした。
この槍は狩猟用を対魔専用に改造した一品でもあり、私の数少ないスペルカードに必要な道具である。
柄にはスリットがあり、何かを埋めるための空間がある。
白蛇神に向けて残りの魔法筒を全て投擲し、ありったけの弾幕をぶち込む。
藍色の閃光が次々と相手へ着弾し、派手な色を撒き散らす。


それは全く効かないだろう。神と私とでは、それだけの差がある。
多少怯みはするだろうが、それだけ。

だが欲しかったのはその多少の時間。僅かな時間だけでいいのだ。

すばやくスリットを開閉し、胸ポケットからカートリッジを取り出す。
がちりがちりと二本のカートリッジを叩き入れる。


(愚かな! 我にその程度の力で対抗しようする、その行為こそ恥と知れ!)


が、そこで――――例え全ての霊力を注いだ弾をぶつけても傷一つ付かない強靭な鱗が、爆発の閃光を割いて出てきた。
そして、次の瞬間には光が蛇の口へ収束。再び極光の大砲が撃たれようとしている。


「恥で結構だ。そも、私たちは話し合いに来た。争いに来たわけじゃない」

(話すことなど何もない。おとなしく失せろ!)

「そうもいかんのさ。こちらも仕事でな………」


濃くなった弾幕の密度を掻い潜り、どうにかして白蛇神の真正面へ立つことができた。
暗闇でもわかるほど怪しく光る両目。
研ぎ澄まされたナイフを連想させる瞳。威圧感は始めの比ではない。
だがそれでも、引かん。


「その程度の力と言ったな、神よ」


スリットにトドメの一本を叩き入れて装填完了。
槍に魔力が集中するのがわかる。
これでスペルの準備は万端だ。
後は、射程内にヤツを収めれば完璧。
………一応最強のスペルを使うつもりでこの槍を持ってきたが、多分大して効果はないだろうな。


「私の持つ力が『その程度の力』で済むかどうか、身を持って体験すると良い」





せめて、精一杯後悔させてやろうじゃないか。



背負った槍を、構える。
狩猟用を改良したその槍は、先が十字に分かれており、先端を極端に重く作ってある。
つまり投槍用に改良を加えたのだ。威力は上手くすれば熊一頭を殺せるレベル。
魔法が付与してなければ、の話だが。


光が収束し、撃たれた。


見た目は知り合いの魔法使いとそっくりな極太レーザー。
確かに派手だが、その分鮮やかさに欠ける。
回避は勿論不可。
そして純粋な力の暴力。当たればタダでは済まない。だがしかし――――


「そうも言ってられんか」


コレは弾幕ごっこ。多少のケガなど覚悟して当然だ。
目の前に迫る脅威。だが白黒の魔法使いの鮮やかさや、吸血鬼の槍のような禍々しさはない。
単純な暴力。そんなつまらないものに、私はやられはしない。


白蛇神へ向かって、私は光の本流へとあえて身を進めた。









………痛い。
息の詰まる強力な霊力のカタマリ。これが、守り神の持つ力の一端。
まさに圧倒的。
皮膚が焼ける臭いが妙にリアルだ。ハゲなければいいのだが。
単純な力比べなら私の惨敗で終わるだろう。

だが、この神は勘違いしている。
我々は貴様を退治しに来たのではないということと、
この幻想郷における絶対的なルールは一つ――――





――――人と妖が争うのは、決まってスペルカードルールということ。




そも、スペルカードは身体を折るものではない。
スペルカードとは、その美しさで心を折るものだ。







これがスペルカードルールだというなら、この程度の鮮やかさでは私の心は折れはしない!











「はぁあ!」


抜けた暴力の嵐。その先には、呆としている蛇の姿。
月明かりを反射する純白の鱗は素直に美しいと思う。
個人的には、今からその鱗が汚れるとなると残念で仕方がない。


(貴様っ!?)

「加減なし。神に届けよ――――」


槍を構える。
体勢は突。
正直言って身体が痛くてしょうがないが、これだけはやらなければならない。
トドメの一撃のためにな。
完全に無防備な格好でいる神へ、槍先を真っ直ぐに相手へと向けて、力一杯放り投げた。


(その程度の力、我に届かぬわ!)


知っている。
所詮は非力な人間が投げた槍。
当たっても傷付かせることは叶わぬだろう非力なモノだ。
届かせる必要ない。
その槍自体は『ただのスペルカードに必要な媒体』でしかない。槍で傷つけるなど考えたことはないのだから。




――――受けろ。



空いた手をすぐさま懐に突っ込む。
取り出すのは一枚の符。
槍が着弾する前に、宣言した。


「槍符「銀色の十字交差点」」



途端――――ずんと激しい光が槍から漏れる。
そして、爆発。
虹色の弾幕を撒き散らしながら槍が爆散したのだ。
四方八方に弾幕を撒き散らすという、私の得意スペルにして一番消耗の高い一枚だ。
これでも、神はやられはしまい。
理由は単純。私の持つスペルカードは威力が低いからだ。
元の霊力保有量が少ないため、威力を特化させるよりもスペルカードらしく派手さを強調したほうが効果的。
ならば直撃させるよりも、こういう風に目くらましのほうが効果的。








トドメは彼女がいる。
私が足止めで十分なほどに有能な、な。





「――――神霊」



上空より降りてくるのは、巨大な霊力を溜めた紅白の巫女。
両手をいっぱいに広げ、その手には一枚の符。
そのスペルカードは、私の物とは比べ物にならないほどの鮮やかで、必殺の破壊力を持つ切り札。





「「夢想封印」!」








膨大な量の霊力によって編まれた力。
深夜の森の中で、博麗の巫女が放ったスペルが神を穿つのを見て、何故か唐突に意識が途絶えた。














−あとがき−




六作目です。夜行列車です。
っていうか長いです。今までの中で最長かと。

意外とクロマ氏が強いような描写がありますが、まあはっきりいって弱いです。
まともに弾が回避できないのに、スペルカードルールとか言っちゃってます。
もうはっきり言って彼は矛盾してますよね、なんて言ってはいけない…………そんな東方黒魔録。
しかも今回は彼のスペルカードが出ました。いきなり最強の手札です。オイオイw


さてさて。次の作品はさらに長くなりそうな予感がします。
これが終わったら軽く短編にするつもりです。その次は長編か。多分。
長編を三つか四つ、間に短編をいくつか挟みながら最後まで持っていく予定ですね。
黒魔録のトドメはやはり………あのお方で占めたいなと思う今日この頃。
まだまだ作品は出ます。そして、その度にいろいろと考えて作品を打っていきます。

つたない文章ですが、何卒よろしくお願いしますです。

ではまた次作で会いましょう。








以下オマケ


………白黒の魔法使いが語るクロマのスペルカードその一



槍符「銀色の十字交差点」

使用者 クロマ
備考 銀とか言っても放つ弾幕は白と黒
もったいない度 半端じゃねぇ

十字架を二つくっつけて45度ずらしたような弾幕を放つスペル。
威力より範囲を重視したスペルだな。モノクロの弾幕は地味だが割りと綺麗だ。
投げた槍を符で遠隔爆発させるものらしいが………そもそも槍をぶん投げて爆発させるなんてなに考えてんだアイツ。

ところで交差点って何だろ?
















戻る?