夜。博麗霊夢と二度目の会合を果たす。

依頼主は博麗霊夢。内容は引き続き囮兼護衛。
前者はともかく後者は務まらないが、依頼料は払うという約束。
あの呆けた巫女が約束事を守るとはあまり思えないが、意外と律儀な性格だ。
払うと言ったならきちんと払うだろう。


何を請求してやろうか………?




奴の生命線である茶を根こそぎ所望してみよう。
恐らく断られるだろうから、次の物も考えとくか。

手にした行灯が風に揺られ、森の木々が流れるような音を立てて踊っていた。

懐中時計を照らして時間の確認。
集合時間五分前だというに、あの巫女はまだ現れない。

まあいい。

今夜は昨日よりは早く終わる筈だ。
何故なら、私自身がこの事件の真相にある程度気付いているから。

里の人が消える森の中での消失事件。

にも拘らず、里全体の雰囲気はいつもと同じもの。

完全な違和感を払拭できるであろう、私の推理。












私の計算ならば今夜は早く終わる筈。












手持ち無沙汰となって、ふと、夜空を見上げる。

ちょうど今夜は、投げれば返ってくるであろう完璧な三日月だった。















東方黒魔録















「そんな物騒な格好でどうしたの?」

「貴様はいつもどおりの腋露出型軽装巫女服だな」


漢字だけとれば貴様のが十分物騒に思える。

私の格好は、妖怪退治用に自らが選出した装備を盛り込んだいわば戦闘服だ。
腰のホルダーには詠唱せずとも空気に触れたり二種類を混合させたりすれば効果を発揮する魔法薬の入った筒。
胸ポケットには霊力を増幅させるカートリッジ。
懐には大小さまざまな刃物と鋼線。
袖には折りたたみ式の鉈に、手袋は鎖を編みこんだ特注品(れざーぐろーぶ、というらしい)。
トドメとばかりに大型の投槍を背中に背負っている。
当然のように、重い。
携帯式のモノを多く取り入れなるべく軽くした装備品だが、全て含めて軽く十五キロくらいはある。
背中の投槍も、狩猟用のものを改造したものに魔法を付与しただけだ。

つまり、動きにくく暑苦しいのである。

冬場は中にある金属が冷たくなって寒い。夏は当然のように暑苦しい。
なんともどうしようもない服だと思う。七色の魔法使いに裁縫を教わって自分で作ったのはいいが、それにしても不便だ。
七色の魔法使いに頼んで専用の物に改造してもらおう。
そしてなんといっても最大に重いのはこの投槍。
私の総重量の四割は受け持っているだろうとんでもない質量を誇る。
改造を施してあるため、生粋の槍というわけではなく、投げて当てて使う武器だ。
筋力的に投げられる距離はおおよそ10メートル程度。つまり至近距離で投げなければまず当たらない。
私の最強のスペルカードに必要なこの槍だが、その代わり威力は絶大である。私自身霊力は極端に少ないが、外部からブーストした時の破壊力は最高クラスだ。

………吸血鬼の投げる紅い槍に比べたら、微々たる物だが。


「そんなに重そうなモノいる? ただの巡回よ?」

「いるんだ」


ただでさえ私は弱い。こんな装備に身を任せなければ即座に死ぬだろう。
ここまで豪華な装備をしてきたのも、理由があるに決まっている。
怪訝な顔で私を見ている巫女に、自信たっぷりに言う。


「今日でこの事件も終いだからな」

「………」

「デコに手を当てるな近寄るなそんな目で見るな!」


何だ、その頭大丈夫かコイツとか思ってそうな顔は。
私だってなぁ頑張ってるんだぞこのアマ。
………帰らせようか。唐突にめんどくさくなってきたし。


「はぁ。………っで、どういうことクロマ?」


巫女は手にした行灯を揺らしながら前を歩く。
私はそれに続くように背を追って、彼女の横に並んだ。


「言葉の意味のままだ」

「解決って………犯人がわかったの?」

「いや」


博麗の巫女の眉間に皺が寄った。


「面白い顔をするな。笑うぞ。ぷっ」

「笑ってるでしょアンタは!」

「まあな」

「威張るな! この! この!」


行灯を振り回すな。
さて、ではこの乱暴な巫女様にもわかりやすく説明するとしよう。
森を深くまでずんずんと進む。しかしそこは――――


「ちょっとクロマ。そっち側は犯行があった場所じゃないわよ」

「知っている」

「はぁ?」


疑惑たっぷり、素っ頓狂な声を上げる巫女を置いていくように歩く。
ここから先は森の奥。犯行が行われたと思われる場所よりもっと奥の場所だ。
先ほどとは逆に、今度は博麗霊夢が後ろから追ってきた。
袖をくいっと掴まれた。む、そっちは――――

瞬間、じゃきんと鉈が飛び出す。


「きゃあああぁ!?」

「無事でよかったな」


ちなみに後一瞬遅かったら博麗霊夢の指が四本になっていたところだ。
飛び出した鉈を仕舞うのも面倒なので、そのまま手に持つことに。


「び、びっくりしたぁ。寿命が縮まったかと思ったわよ」

「迂闊に触れるからだ」

「普通はそんなところに鉈なんか入れるわけないでしょ………」

「何を………貴様とて腋を露出させてるじゃないか」

「全く関係ないところで反論するな!?」


目的地まではもう少し。
というわけで、その間に説明に入ろう。


「博麗霊夢」

「説明してくれるの?」

「その通り」



くるりと振り返り、彼女に目を向けた。
人差し指をぴんと反り立る。
さて、この事件を解決に向かわせるための道を一本作ろうか。






「私が感じたのは、里の者たちの事件に対する反応の薄さだよ」










二週間前に起きた事件にも関わらず、それが沈静化するどころか被害が増えている筈。
しかし、里の者は誰も彼もが他人事のように話していた。

変わりない里の雰囲気。
だが、それはあまりに変わりなさ過ぎた。



私が違和感を覚えたのはここだ。
藤原妹紅ですら、どこか緊張感の無い様子で事件を語っていた。
真剣だったのは認めよう。だが、やはりおかしい。


「事件は里の者の消失。それも二週間に渡り被害は増えていく一方だ」

「そうね………でも、それなら何で違和感があったんだろう?」

「貴様が里の会議に召集されたときはどうだった?」

「んーと――――あ」


思い出したように手を合わせる。


「いやあ、話半分聞き流してたからわかんない」

「………」



聞かなかったことにして前に向き直り、さらに奥へ進む。
とにかく、私が独自に調査しに行ったときに感じた違和感はそれだ。
そこである可能性が閃いた。
この違和感を払拭できる唯一の可能性。それはつまり――――



「核心をいうとな、本当は事件なぞ起こってない」

「………なんですって?」

「事件が起きていた、ということがつまり嘘なんだ」


起きていない事件ならば、誰もが無反応だったというのも頷ける。
そんなことが有り得るのか?
成程、確かにそんなことは有り得ない。
事実なくして噂は立たないのだ。

普通は、だが。


「博麗霊夢。貴様、噂がどういったものかわかるか?」

「噂って………あることないこと色々と人々の間で広まるものよね」

「左様」


邪魔な枝を鉈で切り落としながら頷く。

さて、噂と言うのは非常に曖昧だ。
事実から来るもの。そして根拠もなしに文脈だけが広がっていくもの。
両者共に影響力は凄まじい。

だが、受けて側がそれを確かめる術はない。

人間という生物はどんな噂でも先入観を働かせる生き物だ。
根も無い葉もない噂でも、もしそうならというIFを考える。
そして都合の良いように話を改竄していく。
広まる間に尾ひれ背びれが付いて、最終的にとんでもない作り話になる。

あたかも事実のように語られる根拠の無い話。それが噂だ。



………そういえば、私も女の鴉天狗の記事に引きずり回された覚えがある。



報復しようにもあの天狗はすばしっこい。
今思い出しても引き裂きたくなる………以来、あの天狗は心底会いたくない類の連中に分類された。
なんとか誤解は解いたのだが、それにしてもあの時は大変だった。
里の連中はおろか、知り合いにまで白い目で見られたのだから。


まあそれはおいといて。







さすがに噂と言えど、度を過ぎた話までは噂化「できない」。
隣で人が誰かと付き合い始めた、という噂と―――隣で人が死んだ、という噂ではどちらが作り話らしいか。
無論後者は無理がありすぎて、前者の方が違和感なく人の思考に入ってこれるだろう。

つまり、私の「この事件は噂」だという説には無理がある。

何故なら今回の話の中心は、人が消えたという『重大な意味を持つ』事件だからだ。
もし消えた者の親族や友人にとって、心臓に悪すぎる冗談。
こうまで里に浸透している理由は、事件が事実だからか?


否。




「どうしてそう思うのよ。自分で有り得ないって言ってるようなもんじゃない。
それにさ、クロマの説でいうと、この事件が噂だけで中身のない話になるわよ?」

「その通りだよ博麗霊夢。中身などない。ただの噂だからな」




「できないの」というのは、あくまで一般人ならと言う話。
ならば――――妖怪ならできるのか?
是だ。



「私が言ってるのはな、この事件そのものを何らかの能力によって犯人が流した噂だということだ」




つまり、身近の者が消えたんじゃない。
その話そのものがなかった。

噂が広がって言ったに過ぎなかった。


自らが知らない人間がどこで死んでも、我々は他人事と済ませることができる。
冷たいのではなく当然。
人は、他人に対してそこまで優しい生き物ではない。


「………仮に噂だとしても、その流した理由はどうなの?」

「当事者に聞いてみるつもりだ」

「当時者? ってまさか――――」


博麗の巫女がぐるりと辺りを見渡す。
そこは既に森の奥深く。事件があったとされる場所より遥かに奥。
空気が今までよりもずっと重い。まるでねっとりとした空気の中にいるような感覚だ。



彼女が、咄嗟に構えた。
何かを感じ取ったのか、開いた片手に数枚の符を握り、どこか暗闇を睨んでいる。


「私の仮説はこうだよ。
犯人は森に住む妖怪。能力はおそらく、噂を立てる程度といったところか。
理由はこの森を犯行現場とし、里に影響の強い噂を立てることで里の者たちを近づけたくなかった。
だが人の噂も七十五日。噂は日にちが経てばそれだけ影響が薄くなる。
故に用が済むまでは流す噂を強化していくしかなかった。人がさらに消えた、等でな。

この犯人のミスは、外部の連中に対して恐ろしく影響が薄いということだ。
耳の早い鴉天狗にすら影響を及ぼさないということは、地域限定にして能力を使ったのだろうな。
かなりの妖力を持つモノの仕業だと私は考えているのだが………。

さて――――では答えを教えてもらおうか」



ホルダーに手をかける。
両の指に挟んだ三本の筒。
色とりどりの液体が入った特性の魔法筒。
視線は動かさずに、真正面の闇を捉えている。


「じゃあ、クロマがそんな豪勢な格好してきたのも」

「ある程度犯人が絞れたからな。こんな大それたことができるのは、並の妖怪じゃまず無理だろ。
となると――――」















言葉を遮るように、轟音と共に森の奥から何かが出てきた。




丸太ほどもある胴体。うねる姿はまるで龍のよう。
彼の者の名は、蛇。
白銀の鱗を持つ美しい大蛇が、明らかな殺意を目に宿して躍り出てきたのだ。
隣の博麗霊夢から鋭い声が聞こえた。


「クロマ! なんか出た!」

「わかっている」


反射的に手にした筒を片方分、投げつける。
次いで自身の霊力を使って飛翔。
漲らせた霊力の色は、どこまでも深い青。藍色だ。
私の象徴する霊力の色はこの真っ黒な世界では目立たない。
………この色は好きじゃないからあまり見たくない。が、仕方ないな。
投げつけた筒に向けて、弾を一発叩きつけるように放つ。
色とりどりの閃光が周囲を染め上げ、白蛇は一瞬ひるんだように首を横に向けた。
威力はほとんどない。だが、驚かせるには十分だろう。



その隙を見て――――私たちは全力で後ろへと後退する。







さて、まずは相手を見極めるか。














−あとがき−




五作目です。夜行列車です。
盆を挟み、いろいろとゴタゴタしていたのでかなり遅れました。

今回のお話もそんなに長くないです………どうやら長くしようとするのは結構難しいみたいです。個人的に。

とうとうお話もクライマックスまで近づいてきました。とは言っても、彼が主人公の黒魔録はまだまだ続きます。
一本辺りをどうやって長くするか考え中ですが、もしかしたら治らないかもしれないです。うわー。





非想天測もとうとう発売されましたし、やりたいことも多くて困りますね人生ってヤツは(笑
実は次作はほとんど書き上がってるので、来週までには手直しして更新します。したいです。



ではまた次作で会いましょう。




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