東方萃幻想 〜プロローグ〜


 満月の夜。まるですべてのモノが存在しないかのような静寂の夜。

 ここは、とある廃棄された古い工場。
 
 そんななかに日傘を差した一人の女性の姿が在った。まるでこの世の者ではないような美しい女性だった。

 「・・・ふふふ。これはとても楽しいことになりそうですわ。」

 視線の先には一人の青年が走っていた。いや、正確にはナニかから逃げていた。

 


 その青年は春だというのにニット帽を被っていて、服装はどこかの学校の制服のようであった。

 「ふう・・・。まったくどうなってんだよ。なんで俺が追われているんだか。」

 逃げているという割には涼しそうな表情でその青年“伊吹 翡萃”はそう呟いた。

 「いつまで逃げるつもりだこのガキがッ!!」“ヒュッ”

 そんな翡萃にイラついたのか、追うモノは丸い“何か”を投げつけてきた。

 「おっとと、危ないなぁ〜まったく・・・。しつこい奴は嫌われるよ。」

 翡萃はそれを避けてそう呟くと、初めて足を止めて相手と対峙した。

 「ついに観念したか、まったく・・手こずらせやがって。さっさと諦めておいてくれりゃこっちも楽だったのによ!!」

 と、追うモノは不気味な笑顔を浮かべ翡萃のことを睨んでいた。しかしよく見ると、それは人間ではなかった。

 まるで漫画のような、アニメに出てくるような、そう、例えるならばまさに怪物であった。

 そんな人間なら見ただけで気絶してしまいそうなその姿を見て、やはり翡萃は涼しげであった。

 「ハイハイ。悪うござんしたね。・・・でお前の目的はなんなの?」

 「目的?貴様もわかっているんだろう?そんなダダ漏れ状態で気付かないとでも思っていたのか?」

 「やっぱりそうですか・・・。ハァ〜。そんなに俺の“霊力”ってのは人気があるのか。」

 「もういいだろう?その霊力、一欠けらも残さずにいただく!!!」

 「しつこい奴は嫌われるって言ってるのに・・・・。」

 そう呟いた翡萃は、おもむろにニット帽を取り投げ捨てた。

 その露わになった頭には見慣れない“何かがついていた”

 「本当はあまり見られたくないんだけどなぁ。」

 「ッッッッッッ!!!!」

 「貴様、そ、それはまさか・・・」

 「おっとと、そこから先は言わせないからね」

 「なっ、・・・」

 それはまさに一瞬の出来事だあった。

 翡萃がニット帽を取り、怪物が何かを言おうとしたときにはすでに怪物は宙を舞い、塵となり消えていくところだった。

 「ったく、無駄に疲れたなぁ〜」

 


 青年はそう呟いた後、まるで何もなかったかのように元来た道をもどって行った。

 それを見ていた女性は

 「楽しいことになりそうですわ・・・」

 ともう一度呟き、静寂の闇の中に吸い込まれていった。







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