2月14日皆さんはこの日に何があるか知っているだろか。
そう、バレンタインデーだ。

男たちはこの日が終わるまでなんとも言えぬ気持ちで過ごし、女共はこの日に勝負をかける者や、友チョコを作る者、クラスのみんなに配る安〜いチョコを用意する輩など、一番忙しく動き、この日のために準備する。まぁそんなことに興味がない奴らもいるが、そんなのほんの一部だ。なんせ俺の通っている私立の学校はこういった行事を重んじ、盛大に盛り上げようとする学校だ。そんな空気の中で、「私そう言うの興味ないから」とか言う女子はなかなかいない。それにあとちょっとすればもう地獄の“大学受験”が始まる。俺たち高校2年生にとって残りすくない猶予をいかにして楽しく過ごすか、それが俺たちに命じられた指名であり、義務だ。だからといって、俺たち男子が2月14日までの残り3日間を忙しく動くわけではなく、ただその日が過ぎるのをのんびりと待つのみであった。だから俺は昼休み、昼食を食べ終わって、中庭にある芝生の上で寝転がり、気持ちよく心と体を休ませているのである。

「あ〜あ」

大きなあくびをし、時折吹く心地よい風を感じながら、大木の葉によって大部分を占められた快晴の空を特に意味もなしにただぼんやりと眺めていた時である。俺の視界に葉と空以外の物体が目に入ってきた。もちろんそれがなんだか俺は知っている。

「……なんだよ加奈子」


俺は視界に入った一人の女子生徒――幼馴染みでもある鳴瀬 加奈子(なるせ かなこ)の名を呼んだ。

「別に、あんたが寝ころんでいたから寝てんのかな〜と思って」

「あっそ、じゃ俺なんだか本当に眠くなったから寝るわ」

そう言って寝返りをうつ。

「あんた……よっぽど暇なのね」

呆れたように呟く。俺は結局、寝れなかったので、体を少し起こし、膝を立てた。

「そう言うお前は?チョコ作りしてるんだろ?」

「えぇ、まぁ一応ね、なんせ2月14日に『バレンタイン祭』があるから、女子は何かと忙しいのよ」

ならば問う、なぜおまえはそんなに暇そうにしている。

「馬鹿、休憩よ休憩」
そういって俺の横に座る。中庭でこうして鳴瀬と座っていると、きっと恋人同士に見えるのだろうなと、軽く思う。だが、実際はあり得ん話であった。あいつは俺の幼馴染みであり、あいつにとっても俺はただの幼馴染みであるだろう。

「今年も義理チョコくれるのか?」

と、聞いたのは毎年義理チョコをもらってあるからだ。本人曰く「あんた誰からももらってないでしょ、かわいそうだから恵んでやる」であった。その味はまさにギリ。まずいの境目であった。だがまぁ、食べれるっちゃ食べれるけど。

「なに、そんなに恵んでほしいの?」

アホぬかせ、毎年もらったから今年ももらえるのかな〜と思っただけだ。

「あんたが、誰からももらえなかったらまた恵んでやるわ」

とぶっきらぼうに言う。

俺は苦笑いするしかなかった。なんせ、チョコがもらえないのはこいつのせいでもあるからだ。同じ学年からはなにやら不思議な誤解をうけており、俺の親友曰く「お前がチョコもらえんのはお前と鳴瀬が付き合っていると言う噂が流れているからだと思う」だそうだ。それについて詳しく聞いたところ、親友は「俺、この前偶然聞いちゃっただけどお前に渡そうとする輩がいて、だけどその友人Aが佐藤くんは鳴瀬さんって綺麗な幼なじみの彼女がいるから止めときな」と言いその言葉を受け、その人はお前にチョコを渡すのを断念したらしい。ちなみにそこにいたその人の友人Bもお前に渡そうとしたらしい」と、カツ丼(俺のおごり)を食いながら話した。

俺って結構モテモテ?と何ともすごい現実に酔いしれる気分に陥るのは仕方ないことである。こいつさえいなくなれば……!と悪魔の囁きが頭の中で駆け巡るがすぐに追い払う。アホか俺は。

「そうか、ありがたいねそれは」

そう言って俺は緑に遮られた青空を見上げた。

「じゃ、私学級委員の仕事あるから」

そう言って加奈子は立ち上がり尻についた芝生を払うと「じゃあね」と校舎の中へ戻っていく途中、加奈子が友人を見つけ、そのまま一緒に歩いて中に入った。あれはたしか加奈子の親友の水原 佐智子(みずはら さちこ)だ。背中までかかるロングヘアーが印象的だ。

俺も教室へ退却するため立ち上がり、同じく芝生を払って我がクラス2−Cの所に向かって歩いた。









「なぁ、お前と鳴瀬と付き合っているんだよなぁ?」

教室へ戻り自分の席についた途端、高1の時知り合った狩之 桂太(かりの けいた)からとても不思議な事を言われた。

「寝言なら寝てから言え」

俺はそう吐き捨てると、桂太は俺の前の席に座り、俺の机に片腕を置いてにやけた顔で俺を見て言った。

「またまた、照れ隠しか?」

何を根拠にそんな事を言うのだ。

「だって、お前らが仲良く並んで中庭で喋っているの見かけたもん」

こことぞばかりに攻める桂太に俺はため息一つくれてやった。

「お前な…あいつと俺はただの幼馴染み!何とでもないの!」

「否定するところがますます怪しい…」

もう、何とでも言え……。俺は呆れ、ため息をつく、全くもって疲れる。正直この対応は飽きるぜ。「ねぇ君って鳴瀬と付き合っているんだよね?」から始まり、当然のことながら否定した後「ホントかな〜?」と何故か再び疑われる。この会話はパターン化され、日々の重なりによりついには最大の『黄金パターン』となった。

「なんだなんだ何の話だ?」

まためんどくさいやつが来た。俺は目だけを動かし、やって来た人物を見る。

「健ちゃん!実はな、こいつ鳴瀬と付き合っているらしいぜ」

「あ、それ聞いたことがあるよ」

と、大村 健二(おおむら けんじ)こと健ちゃんはそこら辺にあった椅子を引っ張り俺の席の近くに置き、座った。

「その話本当なのか?」

「違う!断じて違う!あいつはただの幼馴染みであってけしてそんな関係ではない!!」
目力を最大まであげ、俺は二人を睨みながらそう強く答えた。そんな俺の様子に二人は冷や汗をかきながら「わ、わかった」と小さく答えた。

「でもよ、かなり鳴瀬美人だぜ?」

それは認める。整った顔立ちに育ちすぎる胸。体格もスラリとしているし、幼馴染みの俺が言うのもしゃくだが、あいつは美人だ。だがな、美人=付き合うなんて計算は俺にはない。

そう告げてやると、桂太は「もったいね〜」と言ったが、俺は無視した。勝手に言ってろ。
「でも、いいよな〜佐藤 祐作(さとう ゆうさく)殿は」

手を後ろで組みながら桂太はそう言った。何がだ。

「ほら、もうすぐ『バレンタイン祭』じゃん?付き合ってないにしてもお前、必ず1個はもらえるじゃん」

「義理だけどな」

と、俺がそう答えると一瞬、顔が大きく歪んだ。

「お前、もらえるだけでマシと思え!!俺なんか、俺なんか……!毎年、親と妹しかもらえないんだぞぉ!」

急に立ち上がり、狂ったように叫びばがらマジ泣きする桂太に俺はただ眺めていることしかできなかった。何をしろって言うんだ。泣いている桂太に「ゴメンな我が友よ!俺が間違っていた!家族しかチョコをもらったことしかないお前の前で軽はずみな発言をして!本当にゴメンよぉ!できることならお前になんだってしよう!」って言って抱きつくか?馬鹿馬鹿しい。そんなこと言ってみろ、即座に目の色変えて、「全員の女子から俺宛にチョコもらって来いやー!」と言うに違いない。しかし、いつまでも放っておけない。早くこいつを止めなければ、周りにいつまでも痛い目で見られることになる。

「おい桂太」

「なんだ!?」

「落ち着け、周りの視線が痛い」

桂太は周りを一回見渡した後、ようやく周りの視線の痛さに気づき、「すまん…」と席に座った。

「まぁでもいいや!今年も一緒に『チョコをもらえない男たち』としてやろうな!」

と、隣にいる友人に肩をまわす。

「あ、いや、あの」

健二はなぜか冷や汗をかき、困った様子で苦笑いしていた。どうした、健二。

「話しかけんなよ!俺たちの敵め!お前は鳴瀬とでもくっついちゃえ!」

とりあえず殴っておく。

「痛いわ!何するのよ!」

「黙れ、アホ」

俺がそう言うとムッと頬を膨らませた。やめろ、気持ち悪い。

「あ、あのな、桂太」

「おう!なんだ親友!」

「実は、俺、今年はチョコもらえるんだ。か、彼女から……」

「……な、なんですとーーーーーー!!??」

これまでに見ないショック顔を表面に作り出した桂太はそのまま固まってしまった。

「マジで!?ホントかよ!?」

俺はそんな桂太を完全放っておき、身を乗り出し、健二に相手は誰なのか尋ねた。

「葵坂学園って知っているか?」

あぁ、あの生徒自治を重んじるハチャメチャな学校か?確かここから結構近いよな。

「あぁ、同学年の女子なんだけどな、名前は楠 美野里(くすのき みのり)て言うんだ」

そう言う健二の声はどこかうっとりしているように感じられ、「あ、やべぇこいつマジだ」と瞬時に思った。

「この…!裏切り者―!」

アホみたいに固まっていた桂太が突然、暴れ牛のような声を上げ、滝のような涙を顔に垂れ流しながら「うあわああああああん」と、高校2年の男子にしてはあまりにも幼すぎる声で泣きながら、教室を去って行った。アホかあいつは。

「あーあ、泣いちゃった」

特に深刻そうでもないように健二は言った。

「放っておけ、いつか戻る」

それもそうだな、と健二は投げ捨てるように言うと、俺の机に膝を立てた。

「しかし、お前が彼女を作るとはねぇ」

意外だ…。と付け足すと、健二は少し嬉しそうに「まぁな。俺もビックリだ」とにやけた面で言った。

「いつコクったんだ?」

「クリスマスの時だ」

めっちゃいいじゃねぇか…。

「でも、振られたどうしようって心臓バクバクだったよ」

「そりゃそうだろうよ。てか、お前いつ葵坂の奴と知り合ったんだよ」

「文化祭だよ。あいつはたしか演劇をやっててな、すんげーかわいかったんだ。それでちょっと声をかけて食事にさそったんだよ」

「ナンパか」

「そうとうも言う」

それで?とさらに聞く。

「まぁ、なんかすごい共通点とか見つかって、息があっているって言うのかな…?まぁいいや、そんで、メアド交換して、クリスマスでコクって今にいたるってわけよ」

俺はうれしそうに話す健二を見て、正直羨ましいと思った。誰かの事を好きになり、そんでその思いを告げ、それが叶って、今は幸せな気分で居れている。

そんな純粋な“恋”を俺はしたことがない。だから、羨ましいと思うしかし、かと言って好きになる女子もいない。

――結局、俺は青春を感じぬまま高校生活を終えてしまうんだろうな……。

もう、来年は大学受験。「恋がしたーい!」なんて言ってなれないだろう。このままズルズル行けば、もしかしたら俺は立派に“恋”なんてしないまま、俺の人 生は終わってしまうんだろうか。と、壮絶な、そして残酷な未来を自分で想像してみる。……止めた。考えたくもない。

俺は嬉しそうに彼女との思いでを熱く、そして恥ずかしそうに語る健二の言葉を半分聞き流しながら、俺は窓の向こうに広がる空を眺めた。

「おい、祐作。聞いているのか?」

健二が俺が聞いていない事に気づき、訝しそうにこちらを見る。

「あぁ悪い、ちょっと考え事をな…」

「なんだ、恋の悩みか?」

と、俺にそう言ったのは健二ではない。声の主が違うことに気づき、窓を眺めていた視線を横に移す。

「俺でよければ相談に乗るぞ」

後ろの席から持ってきた椅子に座ったのは芦夜 幸広(あしや ゆきひろ)俺の親友と呼ぶに相応しい男だ。

「俺も、恋に関してはいくらかアドバイスできるぜ」

健二は目を輝かせながら言い、身を乗り出す。

「誰も恋の悩みがあるなんて言ってないだろ」

少し身を乗り出した健二を押し返し、そう言うと、幸広はチッチッチと、指を立てた。

「俺にはわかるぞ親友。17年間付き合っていればわかる。お前は今、恋の悩みを抱えているー!」

まるで、犯人を見つけた名探偵みたいに指をこちらに向け、幸広は自信満々にそう言った。その言葉に俺は少しため息をついた。さすが親友。何でもお見通しか。

「そんな深刻な問題じゃねぇよ」

あきれたようにため息をつき、俺は呟くように言った。

「俺って、このまま“恋”なんてしないまま死ぬのかなーって思っただけだ」

予想と違っただろう答えに、健二と幸広は目を丸くし、すこし考えてから俺に質問した。

「誰かを好きになったことは?」

「ない」

「女の子にドキドキしたことは?」

「ない」

「あ、あの子俺のタイプ!!って思ったことは?」

「ない」

「あの子に話しかけられたらまともに話せない」

「ない」

二人から交互に繰り返される質問に俺はすべて正直に答えた。すべて「NO」でしか答えられない俺に二人は「重傷だなこりゃ…」と、言いながら長々とため息を空中にぶちまけた。

「なに、俺、恋が起きる可能性ゼロ?」

そう言うと、なぜか我が友たちは哀れむような目でこちらを見て「まぁ、そのうち恋が来るさ…」と口々に言い、逃げ出すように自分の席に戻って行った。

「やっぱ……俺、やばい?」

腹の底からそう思った。














特になにもやる気のない俺はそのままボーッとした日々を送った。学校行って、授業受けて、部活に出て、そんで帰る。そんな、退屈な時間を過ごしていたら、本当に「あっ」と言う間にこの日がやって来た。

そう、2月14日。バレンタインデーである。

俺が、今日がバレンタインだと気がついたのは学校の校門の上に飾ってある看板に「バレンタイン祭」と書かれた文字を見てからである。もちろんの事、その看板を見るまで今日がバレンタインだと気がつかなかった。

さっきも言った通り、この学校は行事を重んじる学校であるからして、通常授業とは異なる。今日の授業は4時間。その後はバレンタイン祭。というスケジュールとなっており、男子共はもうすでに浮かれ状態に陥っていて、女子は女子で、なにやら野蛮くさい男子にはわからぬ謎のオーラを出している。

「はいはい!今日がバレンタインだからって、浮かれすぎて授業をなまけちゃいけないからね」

担任の言葉など誰も(俺を除いて)耳にするはずもなく、男子も女子も(俺を除いて)授業中もずっとソワソワしていた。

そして、待ちに待った(俺を除いて)バレンタイン祭の時間がやってきた時、クラスの皆の(俺を除いて!)テンションは最高潮に達した。 

「はーい!各自行事館に急いでー!」

学級委員長の加奈子が声を上げ、皆はぞろぞろとクラスを出る。

俺も、出ないわけにはいかないので、教室を出て、すぐさま戻る。廊下は押し合い状態になっていて、とても出れる状況じゃない。ここは少し待とう。俺は自分の席に座り、特にやることがないので外を見る。空は昨日までの快晴が嘘みたいにどんよりとした鉛色の空となっていた。

――雨、降りそうだな……。

俺がそんな事をぼんやりと考え、ちょっとウトウトしていたら、突然「バン!」と乾いた音がした。俺は机を叩いた手の持ち主を見上げた。

「なんだ加奈――」

なんだ加奈子と言おうとして、止める。

「なに、かなリンかと思ったの?」

そこにいたのは加奈子の親友、水原だった。スラリとした体格で長い髪から良いシャンプーの匂いを漂わせている。顔も整っている。一言で言うなら美人だ。

「別に……」

と、できるだけ素っ気なく言う。

「嘘。なに、あんた加奈子に気でもあるの?」

意地悪そうに言う水原に俺は眉間にシワを寄せて「アホか」と返す。

「あっそう」

水原は意外にも簡単に引き下がり、そして自分のロッカーに向かい、なにやら自分のバックを開き何かを探し始めた。俺は首だけを動かし、周りを見渡す。

だ、誰もいねぇ…。

いつの間にか教室にも廊下にも人がいなくなり、俺と水原しかいないという、何とも言えぬ状況に置かれた事に俺は何とも言えぬ気持ちになる。

「はい、これ」

探したものが見つかり、それを俺に渡す。渡されたものは綺麗な紙包みに包まれた長方形型の箱だった。まさか、と思い、水原を見る。

「これ……」

「そ、バレンタインのチョコよ」

なんも恥ずかしがらずに言う水原をドッキリではないか、と疑ったが、「食べてみて」と言うので俺は紙包みを丁寧に破いて、箱を開けた。

チョコが入ってる……。

「当たり前でしょ」

ごもっともな答えだが、なんせ加奈子以外にバレンタインのチョコなどもらったことがなく、しかも毎年クッキーをあいつは作るので、一口サイズのチョコなど、もらったのは初めてである。

「じゃ、い、いただきます」

俺は9個あるうちの一つをつまんで食べてみた。口の中で濃厚で甘い味が広がる。

「うめぇ……」

正直にそう答えてやると、満足したように水原は笑い、「今度は私が食べさせてやるね」と、少し恥ずかしそうに……ってはい!?

水島はチョコを一つつまみ上げるとそれを「あ〜ん」と声を出しながらチョコを差し出してきた。

「えっ…いや、あの…」

人生で一度も「あ〜ん」などされたことのない俺は突然のことに驚き、頭が混乱している中で「それはちょっと…」となんとか言葉に出すと、「そう…」と水原は残念そうに言うと、少し後ろを振り向いた。

「ど、どうした?」

誰か来たのだろうかと、俺も廊下を見ようとするが、水原は俺のアゴを手で押さえた。予想外の力に俺は廊下を見ることができず、その深い目で見つめられ、そのまま固まってしまった。

「しょうがないなぁ、もう」

水原はそう言って、手に持ったチョコを自分の口に入れ、よく噛んでから、俺の首に手を回し、その豊富な胸を俺の体に押しつけ、顔を近づけた。

「な…!な…!」

心臓が口から出そうになるほど跳ね上がり、体の芯まで熱くなるのを感じた。言葉すら出せず、抵抗しようとするが体が麻痺したように動かない。

「私が直接入れてあげるよ」

そう言って、水原は顔を近づけ、俺に口づけしようと……。



ガタン…!



いきなり、音がして、俺と水原は同時に音がしたほうを見た。

「か、加奈子……」

そこに、立っていたのは紛れもなく、可愛い袋を手に抱えた俺の幼馴染みの加奈子だった。ドアを開けた状態で固まり、俺と水原を驚愕の目で見ている。

気まずい雰囲気が流れ、少し時が止まったように思えた。ほんの数秒のことだが、俺にとって何十時間にも思えた

「あ、いや、これは…」

と、今の状態を弁護しようとしたところ、加奈子は突然、踵を返して逃げるように走り出した。

「加奈子!」

俺は叫び、追いかけようとするが、水原に腕を掴まれた。

「離せよ!!」

俺は振り向き、怒鳴りつけた。それにびびる様子もなく、その深い目で、俺を見据えながら言った。

「あんたにとって、鳴瀬 加奈子はただの幼馴染みなんでしょ?だったら追いかけなくていいじゃん」

「な……!お前それ本気で――」

「正直、迷惑してたんでしょ?加奈子と言う幼馴染みがいて、みんなに誤解されて、迷惑してたんでしょ?」

「そんなこと……」

俺はダラリと腕を下げ、うなだれるように下を向く。

「加奈子がいなければ、俺は幸せな“恋“ができたんだ。そう思っているんでしょ?」

「そんなこと……そんなこと、思ってねぇ!!」

水原を怒鳴りつけ、俺はしっかりと水原を見た。

「そんなこと思うわけねぇだろうが!あいつのせいで“恋”ができないなんてこれっぽちも思っちゃいねぇよ!!」

「じゃあ!!」

水島の急な俺よりでかい声に俺は一瞬ビクッとする。

「じゃあ……加奈子はあんたにとってなんなの……?」

遠くの方で雷が鳴り、鉛色の空がいっそう濃くなる。

俺は水原の質問にすぐに答えられなかった。

あいつは俺にとってなんだ?――ただの幼馴染みだろう。

あいつにとって俺はなんだ?――ただの幼馴染みだろう。

俺は自問自答をしていた。俺が質問し、もう一人の俺が答える。そんな自問自答で、答えを見つけよとしていた。

あいつは俺たちを見た時、どんな顔してた?――平気な顔をしていた。きっと気をつかったのだろう。優しいやつだ。後で感謝しなければな。

そう言って、もう一人の俺が冷笑する。

違う……。あいつは平気な顔などしていない。あいつは――泣いていた。

目にいっぱいの涙を溜め、それでも泣かまいと必死に堪えていた。

――では、それが示す意味とは?

あいつにとって――俺はただの幼馴染みではなかった?

そう、考え、俺はいてもたってもいられなかった。「すまん」と言って水原の腕を男の意地で振りほどき、俺は加奈子を追いかけた。

階段を何段かすっ飛ばし、靴に履き替えてから校舎を出て、俺は校門も出る。ポツポツと雨が降り出し。また雷鳴が鳴り響いた。

どこだ。どこにいる!?

俺は激しさを増す雨には気にもせず、必死に走った。

「加奈子―!!」

叫びながら走り、首を左右に動かして探す。雨はさらに強くなり、顔を強く打つ。目が雨に濡れ、腕でそれをぬぐいながら走った。

くそ…!適当に走ったって見つかるわけねぇ!

きっと加奈子のことだ。どっか俺たちがいつもいた場所……そうだ!あそこなら!

俺は雨に濡れて重い足を上げ、全力で雨にぬれた道を駆け抜けた。








「ハァハァ……やっと見つけた」

俺は、雨に打たれ、塗れた芝生に力無く座っている加奈子に声をかけた。加奈子がもっていた袋は投げ出され、中に入っていたクッキーは散乱し、雨に濡れていた。

この場所はよく、幼いころから遊んでいる、全部芝生でできた広い空き地だった。月日がたつにつれ、広い空き地がマンションなどにされ、数を減らしていく中、ここだけはマンションにされずにすんだ。ここが買い取られると決まった時に、俺と加奈子が必死に署名を集め、なんとか買い取られずにすんだ場所だ。俺にとってもあいつにとってもかけがえのない場所だった。

「加奈子……」

「なにしに来たの……?」

「なにしに来たの?って……おまえを探しに来たんだよ」

そう言って、俺は加奈子の元へ歩く。

「別に……捜してくれって頼んでないのに」

そう、呟く加奈子はいつもの気の強い加奈子ではなかった。俺の知っている加奈子はこんなに弱くない。

「そうだな。頼まれてない」

「じゃ、そのまま帰れよ……」

俺は答える代わりに一歩一歩濡れた芝生の上を歩いた。そして、投げ出されたクッキーの前に立ち、それを一個一個拾い上げ、箱の中に入れる。

「なに、してんの……。帰れよ。私のことなんか放っておいて…帰れよ……」

俺は、なにも言わず拾ったクッキーが入った箱を胸の高さまで上げ、クッキーを一つを摘む。ひどく、汚れていて、さらに雨に濡れ、湿っている。俺は、クッキーの汚れをできるだけ手で払って落とし、そして……食べた。

「馬鹿……!?あんた!なにしてるの!?そんな汚いのなんか食べて…!」

加奈子の目が大きく開かれ、クッキーを食べる俺を見上げる。

砂が入っていたが、おかまいなしに食べた。

「やめてよ!食べるなよ!」

「断る」

「砂とか、入っているかも」

「構わん」

「濡れているし……」

「構わん」

「それに……まずいよ、きっと……」

「構わん

力強く、何度も答えた。

どんなにまずかろうが、どんなに汚れてようが、俺は、お前が作ったもんを食わないなんてことはしない。俺は気づいたんだ。あいつにとって俺はただの幼馴染 みではないことを。気づいたんだ。俺にとってあいつは――加奈子は、俺にとってとても大切な人で、ただの幼馴染みではないってことに。

そう、俺は一番身近な人に憧れていた“恋”をしていたんだ。その“恋”は今、初めて感じたわけではない。もっとずっと前からあったんだ。皆にはやしたてられる内に、無意識にこの想いを封印していたんだ。俺にとってあいつは幼馴染み。そう自分で言っている内に、心の奥底にこの“恋”をしまいこんでいたんだ。だが、今はもう違う。今なら――
俺は、箱を斜めに傾け、そして、口にすべてのクッキーを入れ込む。けして飲みこんだりしない。ゆっくりと味わって俺は食べた。

「ごちそうさま」

俺はすべてのクッキーを食い終わり、全部食べたことを見せるため、加奈子の傍に寄って、箱を加奈子の目の前に置いた。

「ほら、全部食ったぞ」

ほら、立てよ。俺は加奈子に手を差し伸べ、立たせてやる。

そばらく沈黙が続く。聞こえる音は時地面にたたきつけられる雨の音と鳴り響く雷鳴。
いつまでそうしていたかわからない。まだほんの十数秒しか経っていないはずだが、もう何時間も経っているきがした。

その長く感じる沈黙を破ったのは加奈子だった。

「私……あんたにただの幼馴染みだって友達に怒っていたのを見て、かなり心が痛んだ」

加奈子は雨の音でかき消されてしまうほどの声で、そう言った。俯く加奈子の表情はわからない。でも、きっと今に泣きそうな――いや、泣いているのかもしれない。

「あいつにとって私はただの幼馴染みなんだ。って思うととてつもなく心が痛むの。だけど、そんなこと思ったってあいつが、あんたが私のこと“幼馴染み”以上と思ってくれるわけない。だから、私はこの“気持ち”を心の奥底にしまちゃおうって思った。だけど……だけど無理だった!」

加奈子は激しく首を振り、叫んだ。

「あんたが教室で佐知子とキスしようとしたのを見たとき、自分でも押さえきれない気持ちがこみ上げてきた!!笑ってその場を離れようとしたけど無理だった!すごい、気持ちが心の奥底から沸きあげてきて…!そうしようもなくて!気がついたら……ここで泣いていた……!」

加奈子は、自分の気持ちを封印できなかった。それは、きっとこいつにとってとても苦しいことなんだろう。だが、その“気持ち”の封印はとても良いものではない。自分の気持ちを抑えて封印するということは自分の心を殺すということだ。それがどんな痛いものなのかは俺には想像できなかった。なぜなら俺は無意識に “気持ち”を封印したからだ。意識的に封印するのと、無意識に封印するの では、心の傷の深さが、痛みが違う。
「私は……!私は!あんたが、佐藤 祐作が好きなの!!」

そう、今なら――今ならはっきりとこいつに言ってやることができる。俺も、俺は、

「――!」

俺は加奈子の顔を上げさせ、その唇に俺の唇を重ねた。涙の味がした。やはり、こいつは泣いていたのだ。

「俺は、お前が好きだ」

加奈子は驚愕の目でこちらを見て、唖然とした。だから、もう一度、今度は大声で、この人の心を曇らす雨に負けじと声を上げる。

「俺はー!鳴瀬 加奈子が好きだーーー!」

声を聞き、加奈子は泣きじゃくり、俺の胸に飛び込んだ。

今なら、大声で泣いてもいい。俺の腕のなかなら、大声で泣くことを許す。

だから、泣け、思いっきり……。









「はい…?すまんなんて言った?」

次の日の放課後、俺は水原に教室に残るよう言って、昨日のことを謝ろうと思ったのだ。もちろんこれは加奈子の了解を得たものだ。

ところが、俺が謝罪の言葉を上げると、水原はとんでもないことを言ったのだ。

「だ・か・ら!昨日のは演技なの!演技!」

水原が言うには俺と加奈子がいつまでたっても自分の気持ちに素直になれないのを見て、バレンタイン祭か、その放課後に俺と水原がキスしようとするのを加奈子に目撃させて、俺と加奈子がそれぞれ本当の気持ちに気がつくよう仕向けたというわけらしい。

「なんだ…つまり、俺が加奈子のことが好きのなのも、加奈子が教室に戻ってくることも、泣きながら 出て行くのも、その他のこともみ〜んな計算通りだったということか?」

「そういうこと、感謝しなさいよ」

そういって微笑む。俺は関心する反面、こいつの恐ろしさに身震いした。

「お前…!もし、あの時加奈子が来なかったどうするつもりだったんだよ」

「……そのままキスしようかなーなんて」

「はぁ?」

夕日が眩しく、たいして水原の顔が見えない。あいつは、今どんな顔をしているのだろうか、と思い、場所を移動しようとするがその前に水原が動いた。


「冗談よ!バァカ!まさか…本気にするわけないよね」

笑顔を見せ、俺はいくらかホットした。

「アホするわけないだろ」

そっ。と素っ気なく水原は言い、バックを持って教室を出ようとドアを開け、水原はそのまま立ち止まり、最後に、

「加奈子泣かせたら、許さないから」

と笑顔で言った。それに俺は

「おう!」
と力強く、はっきりと答えた。





「何これ?」

外で待っていた加奈子に水原のことを話すと、「そうか…」とどこかさびしそうに呟いたが、すぐに一緒に帰ろうかと言ってくれた。今日は部活がないということで、もちろん俺はOKし、一緒に帰った。

その帰路についてからすぐに、いきなり渡されたのは小さい箱。

「ク、クッキーよ!き、昨日ちゃんとしたの食べれなかったでしょ?だから、今日はちゃんとしたのをと思って」

そう言って恥ずかしそうにそっぽ向く加奈子は、とても可愛かった。

「んじゃ、お言葉に甘えて」

俺は箱の蓋を開け、チョコクッキーを一つ、摘んで食べる。

「ど、どう……?」

「まずい」

そう言うと加奈子は「何ですってー!」と怒り出した。俺はほくそ微笑み、また一個食べる。うん、まずい!

「まずいまずい言いながら食うなー!」

俺からクッキーを奪い盗ろうとするが、俺がそれをさせない。そして、また一個食う。
「やっぱ、まずいわ」

もう食うなー!と怒り出す加奈子から逃げながら、俺はこのクッキーが本当はとてつもなく美味しかったことを絶対言うまいと心に決めた。






だって、正直に美味しいなんて、恥ずかしいじゃん





〜作者コメント〜


いや〜ぶちゃけ恋愛小説なんて物書いたことないからすごく変なものになるかと思いましたが、それなりに評判がよかったので安心しました。

この作品はなんだかんだ言って結構気に入ってます。恋愛経験のない若造がいろんな思いを寄せて作った涙の結晶ですww。みなさんどうでしたか?気に入ってくださいましたか?気に入ってくれたのなら幸いです。

感想、質問、誤字脱字、また、このような短編を作ってほしいというリクエストなどは以下のHPにいただけたら幸いです。

http://takatyan.hanagasumi.net/index.html



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