僕が幻想郷へ来るようになって早10年。色々あったものだ。

生霊になって白玉楼へ行き、そこから幻想郷を知り、皆と出会い、様々な事件に巻き込まれ・・・。

そして霊夢と夫婦になって。

思い返してみればあっという間だ。けどその日々は、これから永遠を生きる僕の胸の中にいつまでも残り、色あせない輝きを持ち続けるだろう。





え?何いきなり詩人になってるんだって?気持ち悪いからヤメロ?

失礼な。僕にだってそういう気分になるときぐらいあるさ。

特に、こういう人生の一大イベントを前にしているときなんかはさ。



少し前から霊夢の様子がおかしかった。あまりご飯を食べたがらず、食べても戻してしまうことがあった。

僕は何かの病気にかかったんじゃないだろうかと思い、つい先日永遠亭の永琳さんのところへ霊夢を連れて行った。

霊夢が診察を受けている間外で待っていた僕に絡んでくるてゐや輝夜、何故かにらんでくる鈴仙の相手(?)をすることしばし。

診察が終わると、僕は診察室へ招き入れられ霊夢の横に座った。

そして永琳さんは言った。





「おめでたよ。」





これは、僕・土樹良也と妻・霊夢が、親になるまでの日々を描いた記録である。





    *    *    *





「・・・・・・・・・え?」

たっぷりと間を取って僕の口から漏れた言葉には意味はなかった。

いきなりの言葉で僕の脳みそは考えるのをやめていた。

おめでた?って何かおめでたいんだよね?とりあえず喜んでおけばいいのかな?

「わーい。」

喜んでみた。すると永琳さんが物凄く冷ややかな目で僕を見てきた。

OK。少し落ち着こうか僕。

おめでたっていうと、あれだよな。というか医者・診察・おめでたっていうコンボは一通りしかない。

「・・・マジですか?」

「私がそんな不謹慎な冗談を言うと思って?」

ですよね。ってことは。

「・・・霊夢!!」

「何?」

「やったんだぞ僕たち!子供ができたんだぞ!!」

「そうね。」

喜びで小躍りする僕とは対照的に、霊夢は落ち着いたものだった。

「嬉しくないの?」

「そんなことないわよ。けどそこまではしゃぐことでもないでしょう。」

ほら、と霊夢が視線をやった先には永琳さんが生暖かい目で僕を見ていた。

思わず赤面だ。着席する僕。

「それにあれだけ頑張ってて今までできなかったことの方が」
「わー!!やめやめ!!」

何の気なしに霊夢が言った爆弾発言で、永琳さんがクスクス笑う。

「お盛んねぇ。」

僕はますます赤面した。くそ、こういう場合なんで女は強いんだ!!

・・・と思ったけど、幻想郷の女性は普段から強かったね。うん、いつも通りだ。

「良也も納得したところで、今大体4週ってところね。ほぼ一月よ。だから出産は冬頃になるでしょうね。結構辛い時期だけど、私達も協力するわ。
・・・ということで、いいわね鈴仙?」

永琳さんが僕の背後の襖の向こうに呼びかけた。どうやら盗み聞きしてたらしく、鈴仙が輝夜とてゐとともに部屋へ入ってきた。

「わかりました。」

鈴仙が返事をする。それを聞いて永琳さんは大きく頷いた。

と、鈴仙は僕の方へ向き直り



「ケダモノ。」



そう、汚物を見るような目で言った。

・・・夫婦なんだから、むしろ当然じゃん。そうは思ったけど、僕には言葉にする勇気がなかった。








永遠亭での診察の後、僕は霊夢を連れて神社まで帰った。おなかの中に子供がいるとわかると、自然と丁寧な扱いになる。

それにしても、子供かぁ・・・。いつかはできると思ってたけど、いざ現実になると何だか不思議な感じだ。

ちょっと前まで僕自身子供だと思ってたんだから。出会った頃の霊夢なんかもっとだ。

けど、いつの間にか僕達も『大人』になってたんだな。そう思うとやたらと感慨深かった。

「どんな子なのかな〜。男の子かな、女の子かな。霊夢に似てるのかな?僕にはあんまり似ないでほしいな。あ、名前はどうしようか?」

「落ち着きなさい。子供じゃあるまいし。」

霊夢にばっさり言われた。・・・今『大人』だと思った途端、子供扱いか。

「産まれてくるまではどんな子なのかなんてわからないでしょ?だからそれまで、ゆっくり待ちましょう。名前でも考えながら。」

霊夢の言葉はどこまでも霊夢らしいと思った。



ところで僕は外の世界でも教師をしている。頻繁に幻想郷に戻ってくることを心がけてはいるけど、どうにも神社を空ける時間が多くなってしまう。

霊夢なら一人でも大丈夫かなと思うけど、微妙に抜けてるところもあるからちょっと不安だった。

「別に心配しなくても平気よ。良也さんがいないときは一人で何とかしてるんだから。」

「でもそれは普通のときだろ?今霊夢はおなかに赤ちゃんがいるんだから、無理はさせられないよ。」

いつもの調子で暴れられたら、それこそ流産しかねない。

「そんなときの救世主様参上だぜ。」

いつの間にか縁先に魔理沙が来ていた。・・・聞かれたかな?

「二人に子供ができたことなら、ここに来る前から知ってたぜ。」

「え、そうなの?」

情報が早いな。射命丸か?

「いや、永琳が人里で触れ回ってたぜ。」

「何考えてるのあの人!?」

何でそういうことを周知するかなぁ!?僕達のプライバシーはないのか!!

「そう言うなって。おかげで私が来たんだろ?」

まあ、確かにそうなんだけど・・・。やっぱり何か釈然としないなぁ。

それにほら、あんまり広めると出てくるじゃん。

「良也〜〜〜!!あんたって奴はーーーーー!!!!」

ほら、鬼が出た。吸血『鬼』が。

「ゲフゥォ!!」

レミリアが日傘も差さずに僕の腹に突っ込んできた。容赦のない一撃で、多分一回死んだ。

「あんたは、あんたはー!私の霊夢を傷物にしやがってー!!」

「私はあんたのものじゃないわよ。それに傷物ってもう何年前の話よ。」

そうそう、初めてなんてもう随分前の話だ。

そう口にしたらまた一回殺されたよ。理不尽だ。

「こういうわけだ、お前は心配せずに外で働いてこい。」

魔理沙が帽子をくいっと上げながら、不敵な笑みで僕に言った。相変わらず男前だなぁ。

「そんなんだからいつまで経ってもいい人が見つからないんじゃないか?」

「余計なお世話だぜ。」





僕は魔理沙達(他大勢、後から後からやってきてキリがなかった)に霊夢のことを任せて、外の世界へと出た。

幻想郷との行き来を考えて、そこまで遠くの学校には勤めていない。僕は近場の私立中学に勤務している。

これだったら頻繁に博麗神社に帰れるし、交通費もかからない。人が多いわけじゃないから、実は飛んでもあまり目立たない。

おまけに転勤がないっていうのが助かる。公立だったりすると、どうしたって定期的な異動があるからな。

今の時代、こんな田舎町にだってインターネットが存在する。だから現代っ子の僕でも暮らせるのだ。

そんな好環境に住んでいる僕だけど、今日の用事は学校ではない。少し遠くの実家まで霊夢の妊娠を報告に行くのだ。

こういうことはちゃんとしておかなきゃね。だって父さん母さんには初孫ってことになるわけだし、玲於奈にとっては甥か姪だ。

あ、爺ちゃんは今なお健在です。だから曾孫だね。

僕の家族は皆幻想郷について知っている。スキマの許可を得て僕が説明した。

父さんとかは最初理解できずに苦しんでたんだよな。母さんがあっさり納得したのには驚いたけど。

あの人絶対「全てを受け入れる程度の能力」持ってるよ。

まあともかくとして、僕は結構久方ぶりに実家近くを訪れているのだが。



「おーう土樹ー!!」
「久しぶりー!!」



・・・今はできるだけ会いたくない連中に遭遇してしまったわけだ。

「や、やぁ。田中、高橋。久しぶり。」

引きつった笑顔で大学時代からの悪友に挨拶を返した。

田中と高橋。片や売れっ子ゲームクリエイターで、片や今が旬の小説家だ。

僕とは違って(無駄に)才能溢れるこの二人は、大学卒業後己のやりたいことを見出し、早くもその道で成功しているのだ。

その点に関しては僕も友人として誇りに思っているのだが。

「で、その後嫁さんとはどうなんだよこの人生の勝ち組ヤロー!!」

「くぅぅー!嫁が本物の巫女とか、羨ましすぎるッッッ!!」

人間的に全く成長していなかったりするから困りものだ。ちなみに田中は最早僕の理解が及ばないような造詣のフィギュアを作り出す能力を得ていたり、高橋のストライクゾーンは人としてレッドアラートが3つぐらいは点灯するところまで堕ちている。

・・・まあ成長していないっていう点では、僕もあまり人のことは言えないか。外見は永琳さんの薬で変えてるけど、実際のところ二十歳当時のままだし。

「そ、そこそこだよそこそこ!!」

僕は無難な答えを返し、さっさとこの場を切り抜けようと考えた。こいつらのことだ、僕に子供ができたなんてことを知ったら確実に今日は帰れない。

「誤魔化すなよー。どうせ毎晩巫女さんと、ハァハァ、してんだろ?」

してますが毎晩じゃありません。

「『良也さんの【パォーン!!】をちょうだい。』とか言わせてんだろ!?それとも『こうされるのがいいの?この変態。』とか【スーパーマリオ】プレイしてんのか!?」

どっちもしましたが公衆の面前で言う言葉じゃありませんね。道行く人たちが何事かとこっち見てますよ。

「二人とも声が大きい。というか僕は行くところがあるから。じゃ、これで。」

「待て待て土樹。旧友に会ったというのに随分冷たいじゃないか。」

「そうだそうだ、せっかく会ったんだしファミレスでも行ってダベろうじゃないか、友よ。」

両サイドからがっちりと掴まれた。く、HA☆NA☆SE!!

「僕は急ぎなんだよ!離してくれ!!」

「土樹!お前は用事と親友どっちが大事なんだ!!」

いつの間に僕たちは親友になった!?僕の中でお前達は永遠に悪友だ!!

つうか、お前らと僕の用事どっちが大事かだって?

「子供できた報告と比べものになるか!!








・・・あ。」

や、やば・・・。

「子供が・・・」
「できた、だとぅ!!?」

高橋田中の目が怪しく光る。そして心なし肩を掴む手の力が増した。

「あ、いやその、な!?そういうわけだから今日は見逃して」

「これは根堀葉堀じっくり聞かなければいけませんなぁ?同士高橋。」

「いかにも御意、今夜はオールナイトですなぁ。同士田中。」

こ、こいつら!!どうする僕、ここで捕まったら今日は霊夢のところに帰れない!!

考えるんだ、何かいい手を考えるんだ!!



けど、そんな簡単に妙案が浮かぶわけもなく。

結局その日は冗談抜きにオールだった。途中から何故か酒宴になってたけど。

何だかんだでこいつらも祝ってくれてるんだな。

「くううう!俺も、俺もいつか巫女さんの嫁もらって、娘と三人仲良く暮らすんだー!!」

「俺は娘とハニービートを刻むんだ!!待っててくれよ、まだ見ぬ俺の娘!!」

・・・祝ってくれてるんだよな。それと高橋はもう大変な領域に足を踏み入れていました。誰か奴を更生させてくれ。





    *    *    *





で、次の週の土曜日。

今度は邪魔もなく実家までたどり着くことができた。

家には予め連絡を入れておいた。だから、家を出て一人暮らししている玲於奈も戻って来てるし、爺ちゃんもいる。

「それで、話っていうのは何なんだ?皆を集めてほしいっていうぐらいなんだから、大事なことなんだろう?」

父さんが話を進める。

ああ、何か緊張するなこういうの。でも言わないわけにもいかないし。

そもそもそれを言うために僕は今日ここに来たんだ。腹を決めよう。

僕は一つ咳払いをして。

「実は先日、僕の妻が妊娠しました。現在5週だそうです。」



皆がしんと静まり僕の言葉の意味を理解しようとする。

その言葉の意味が落ちるところへ落ちたとき。

「おお!!?やったな良也!!」

「おめでとう、良ちゃん!!」

「ハッハッハ、長生きするもんじゃな!!まさか曾孫ができようとは!!」

大喧騒。そして皆僕達のことを祝ってくれた。

それがとても嬉しかった。んだけど。

「玲於奈?」

妹だけ、何故か静かなままだった。何か表情が心なしか暗い気がするけど・・・。

「どうした?具合悪いのか?」

「・・・ううん、そうじゃない。ちょっと驚きすぎただけ。」

そうかぁ?そんな風には見えないけど。

「別に大丈夫だから。・・・お兄ちゃんが『お兄ちゃん』じゃなくて『霊夢さんの旦那さん』なんだって思って、少しね。」

・・・その気持ちは、何となく想像がつかなくもない。

僕はこの一家においては、ある意味で落ちこぼれだ。何か得意な武芸があるわけじゃない。

小さい頃はそれでちょっと落ち込んだこともある。なんだか僕だけが取り残された感じがして、妙に寂しかったんだ。

けどさ、玲於奈。

「そんなことないって。確かに僕は霊夢の夫だけど、お前が死ぬまで、いや死んだ後だって僕はお前の出来の悪い兄貴なんだよ。」

それは真実不変。結局のところ、僕はどこまでいってもこの家族の一員なんだから。

すると玲於奈は、ほんの少しの間ぽかんと口をあけてから苦笑した。

「お兄ちゃんのバカ。」

「慰めてやったのに。失礼な。」

「けど、ありがと。・・・おめでとう、お兄ちゃん。」



そんな感じで、霊夢の妊娠報告は終わった。皆が祝ってくれたことがとても嬉しかった。





けど、子供ができるっていうのは嬉しいことだけじゃないんだ。

妊娠初期から中期前半にかけておこる『つわり』。僕はそれに関する知識が全くなかった。

「ぅぅぅ・・・はぁ、はぁ。」

「大丈夫か、霊夢?」

「あんまり大丈夫じゃないわ・・・。」

本日何度目になるかわからない嘔吐。何とかしたかったけど、僕じゃどうしようもなかった。

結局ただ霊夢の背中をさすってあげるだけ。

霊夢の体は本当に大丈夫かって思うぐらい、吐いた。頬も少しこけてきている。

「やっぱり永琳さんのところで見てもらった方がいいんじゃ」

「そこまで行くのが無理だわ。良也さん、呼んできてくれる?」

「・・・わかった。」

僕は永琳さんを呼ぶため、永遠亭まで向かった。



「というわけで、霊夢のつわりがひどいんです。何とかできませんか?」

僕は永琳さんに霊夢の症状を話して、先を待った。

永琳さんは難しい表情で何事か考えていた。が、ふぅとため息をついて口を開いた。

「つわり自体は何とかすることも可能だわ。食事をちょっと変えれば平気よ。ちょっと待ってなさい、どういうのがいいか書いてあげるから。」

「助かります。」

永琳さんは僕の目の前でつわりに効く献立リストを書いてくれた。よし、帰ったら実践しよう。

「それともう一つ。こっちの方が重要なんだけど。」

僕に紙を手渡しながら、永琳さんは言った。何だろう?



「・・・正直言って、出産は難しいかもしれないわ。」



僕は永琳さんの言葉の意味が一瞬理解できなかった。

けど、すぐに理解してしまい。

「そ、そんな!?どうしてですか!!」

思わず永琳さんに食ってかかる。「落ち着きなさい」とたしなめられ、僕は少し冷静さを取り戻すことができた。

「あなた、霊夢の体を見てどう思う?」

「え、どうって・・・?」

「大雑把でいいから、特徴を言ってごらんなさい。」

え、ええっと。霊夢は細くて華奢な体をしている。身長もあまり高くはない。胸は出会った頃に比べれば出てるな。

全体的に、まだまだ子供の印象だ。

「そうなのよ。あの子の体は子供を産むには少々未熟すぎるの。」

「え!?で、でもとっくに年齢は」

「年齢的な問題じゃないわ。・・・言っちゃなんだけど、あの子お酒大好きでしょう。」

そこは訂正しとこう。霊夢が酒好きなんじゃなくて、ここの皆が酒好きだ。

「まあその辺はどうでもいいわ。大事なのは、あの子がずっと前からお酒を飲み続けてたってこと。ここまで言えば、外の知識を持ってるあなたならわかるわよね。」

「・・・ええ、すっごくよくわかりました。」

つまり、霊夢の体は成長しきらなかったんだ。これは今となってはもうどうしようもないことだ。

「今なら中絶も可能だけど、すぐに出来なくなるわ。産むとしたら大変だと覚悟しておいて。場合によってはあの子の命に関わるから。」

「・・・はい。」

永琳さんの申し訳なさそうな顔に、僕はただ力なく頷くしかなかった。





その晩。

「ふぅ、だいぶ楽になったわ。ありがとう、良也さん。」

僕は永琳さんに教えてもらった対つわり用の献立を実践した。その効果は劇的で、霊夢は吐くこともなく残さず食べられた。

だけど僕の気分は浮かなかった。

「いやいや、どうってことはないよ。」

けど、それは表面には出さないように努める。子供ができたのは霊夢だって嬉しいはずだ。これで産めないかもしれないなんてことを知ったら、どれだけショックを受けることか。

だから、なるべく笑顔でいたんだが。

「どうしたの良也さん。笑顔が気持ち悪いわよ。」

・・・この巫女は隠し事が不可能なほどに勘がいいことを忘れてた。

「な、何言ってんだよ霊夢!そんなのいつものことだろ!?」

「自分で言ってて悲しくならない?」

「・・・少し。」

「隠し事なんていいわよ。遠慮せずに言ってしまいなさい。」

・・・霊夢。

結局僕は、永琳さんに聞かされたこと全てを霊夢に話した。

ショックだろうな。そう思って霊夢の顔を見た。

「そ。」

だが霊夢は、事も無げに言って水を飲んだ。

「そ、って・・・。軽すぎないか?」

「重くなって事態が改善するならそうするわ。でもそれじゃ何も変わらないでしょう?」

確かにそうなんだが。まあ、霊夢らしいと言えば霊夢らしいか。

「それで・・・どうする?」

「良也さんはどうしたいの?」

霊夢が僕の問いをそのまま返してきた。

「僕は・・・・・・・・・産んでほしいと、思ってる。」

それが霊夢の体の負担になるとわかってるのに。霊夢の命に関わるかもしれないって言われてるのに。

ああ、僕は夫失格だな。妻よりもまだ見ぬ自分の子を選んでしまうなんて。

「なら産むわ。」

そして霊夢はやはり事も無げに言った。

「・・・いいのか?」

「だって良也さんはそうしてほしいんでしょ?」

「いや、だけど・・・霊夢はどうしたいんだよ。」

僕の意見じゃなく、霊夢は?

僕の問いに、霊夢は飾るでもなく、ただありのままに答えるだけだった。

「産むわ。だってこの子は良也さんの子供ってだけじゃなくて、私の子供でもあるんだから。」

・・・そう、か。そうだよな。失念してたよ。この子は『僕と霊夢の』子供なんだってこと。

だったら、僕が何と言おうと霊夢は産む。そういうやつだってことを、僕はこの10年でよく知った。

「それにね。」

霊夢は不敵な顔で続けた。

「私は博麗の巫女、博麗霊夢よ。この程度のことでどうにかなると思ってるの?」

そんな頼もしい言葉を。

「・・・ふぅ、まいったまいった。僕の完敗だ。」

「あら良也さん、私に勝つつもりだったの?一度も勝てたことないのに。」

「その通りだな、全く。」

結局この問答があろうとなかろうと、霊夢はもう決めていたんだ。

僕は霊夢を全力でサポートすることに決めた。

おなかの子供も霊夢の体も、どっちも僕は諦めない。そう誓った。





    *    *    *





季節の移り変わりなんてあっという間だ。夏は過ぎて秋になる。

いつもの様に里の収穫祭に呼ばれたけど、今年はパス。霊夢の世話をしていたいから。

時折魔理沙やレミリア、それに東風谷なども訪れ、僕が外に仕事に出ているときなど霊夢のことを見てくれた。

僕達は大勢に支えられているんだって、そう思った。

秋が過ぎ、冬が訪れる。雪が降り始めた。

地面を一面白が覆い、滑りやすくなる。僕は霊夢が外に出るときは必ず手を取って滑らないように注意した。

というのも、霊夢のおなかも大きくなって空を飛ぶことがままならなくなってきたからだ。

体を冷やさないようにも努力した。霊夢には厚着をさせ、風情がどうのと言わず僕の能力をフル活用して寒気を退けた。



「あ、今蹴ったわ。生意気ね。」

「こらこら、胎児に対抗するんじゃない。どれどれ。」

「ほら。」

「ほんとだ。」

他愛のない会話も、何故か愛しかった。

「ところで、どんな名前にするか決めた?」

「んー、男でも女でも大丈夫な名前は一個考えてる。」

「どんなの?」

「内緒。」

「ケチね。それじゃ、産まれるときまで楽しみにしておくわ。」

「ああ。」



そして、その時は訪れる。








それは唐突だった。突然霊夢がおなかに鋭い痛みを訴えた。

陣痛だ。

「待ってろ霊夢!今僕が永琳さんを呼んで」

そう言った瞬間、霊夢が横になった布団が湿る。破水してしまったんだ!!

予定日まではまだ2週間もあるはずだったのに!!

「くそ、時間がない!!」

一か八か、僕は能力を全力で使用した。

火事場の馬鹿力ってのはあるもんだなと、妙に納得した。

僕の『世界』の空間歪曲の極限と言っていいだろう。僕はこの部屋と永遠亭をワームホールでつなげることに成功した。

空間にできた穴――擬似的なスキマのようなものの向こうには、永琳さんと鈴仙が驚いたようにこちらを見ていた。

「早く来てください!霊夢が破水しました!!」

「! わかったわ!!鈴仙!!」

「は、はい!!」

鈴仙と永琳さんが必要な道具をまとめ、こちらに渡ってくる。

それと同時、僕は霊力の限界に達しワームホールを閉じた。そして全身に脱力感を覚え、その場に倒れこんでしまう。

情けない、ここからが霊夢の戦いだってのに!!

「いいえ、あなたはよくやったわ。後は私達に任せて休んでなさい。」

永琳さんが動かす手を休めずにそう言った。ありがたい言葉だけど、僕は見ていたいんだ。

僕と霊夢の子供が産まれる、その瞬間を!!

「・・・わかったわ。鈴仙、手伝いなさい!!」

「はい、師匠!!」

鈴仙も普段のおどおどとした態度を一切見せず、永琳さんの指示に従い手を動かし続けた。

「はぁ、はぁ!!」

「どうしてもいきみたいときだけいきみなさい!それ以外は我慢して!!」

「頭見えました!!」

「はぁ、・・・んん!!」

「その調子よ・・・!?待ちなさい、鈴仙!!」

「は、はい!?」

「・・・危ない、臍の緒が絡まってたわ。・・・よし、もう大丈夫。」

「頭出ました!!・・・けど!!」

「どうしたの。」

「肩が出ません!!狭すぎて!!」

「・・・なんてこと!!」

「僕に任せてください。」

少し霊力の回復した僕が進言する。

「そうか・・・あなたの空間歪曲ならこの状況も。けど、難しいわよ?それにあなたまだ霊力が」

「この程度屁でもありません!妻と子供が苦しんでるっていうのに、何か出来る僕が見てるだけなんて、父親失格です!!」

僕の一世一代の啖呵。永琳さんは驚いたような目で僕を見た。

「・・・わかったわ。見せてあげなさい、父親らしいところ。」

「もちろんですよ。」

そして僕は、鈴仙の隣に座った。

なるほど、確かに肩のところが引っかかってしまっている。これではどう形を変えても通り抜けることはできない。

だったら、広げてやればいい。この神社の中は僕の世界だ。やってやれないことはない。

「・・・ふぅぅぅぅ!!!!」

繊細な制御に全精神を削る。霊夢の体も、赤ちゃんの体も傷つけないように。

僕の術は効果をなし、赤ちゃんは肩を抜けた。

「やったわ!ここまでくれば!!」

「わかってます、師匠!!」

そこからは速かった。するすると、回転しながら霊夢の中から出てきた。

僕達の子供は外界に飛び出した。が。

「この子、産声を上げません!!」

赤ちゃんはピクリとも動かず、声を上げなかった。早すぎたのか!!?

「貸しなさい鈴仙!!」

うろたえる鈴仙を押しのけ、永琳さんは僕達の子供を逆さに持ち、その尻を強く叩いた。



ゥ・・・オギャー!!オギャー!!!!



それが効果をなし、赤ちゃんは産声を上げた。



や、



やった。



産まれた・・・・・・・・・・・・・・・!!!!



「ふぅ・・・良かったわね。元気な女の子よ。」

永琳さんはそう言って、僕に娘を渡してきた。

僕は娘を抱えたまま。

「霊夢・・・産まれたぞ。やったんだぞ、お前・・・!!」

「ええ・・・、だから、言ったでしょう?私は、博麗の、巫女なんだから・・・。」

ああ、お前は最っ高に最高の巫女だよ!!

僕は溢れる歓喜を抑えられずにいた。

「さあさあ、嬉しいのはわかるけどまずは産湯よ。あなたがやりなさい、『お父さん』?」

永琳さんにたしなめられ、少々恥ずかしかった。けどそんなことよりもとにかく嬉しかったんだ。

僕は娘をお湯につけ、鈴仙と永琳さんの指示に従って布にくるんだ。

小さな手で僕の指を掴んだ。それがとても愛しかった。



「ねえ、そういえば、名前、決めてるのよね。いい加減教えてくれない?」

少しは息が整った霊夢が、途切れ途切れに聞いてきた。

そういえば、まだこの娘の名前を呼んでいなかった。

「うん、そうだね。」

そして僕は。





「僕達の世界へようこそ。『良夢(らいむ)』。」





博麗、あるいは土樹良夢の誕生を、心の一番芯のところから祝福した。









これは、僕・土樹良也と妻・霊夢の、娘・良夢が産まれるまでの日々を描いた記録である。





〜あとがき〜

おはこんばんにちまんもす。ロベルト東雲です。

久櫛縁さんのとこにリンクしたので、引越蕎麦を送らせていただきました。

どうだったでしょうか?東方奇縁譚後日談的お話、良也と霊夢の出産編。

良也が男らしすぎるって?そりゃ10年も経てば少しは男前になりますがな。

・・・嘘です。久櫛さんみたいに『素晴らしいヘタレ』が俺には書けないんです。だっていっつもバトル物ばっか書いとるんやもん。

ところどころバトル臭がしたらそのせいです。笑って誤魔化せ☆

娘の名前。最初は「来夢」でらいむと読ませようと思ってました。

そこで天啓。「待てよ?確か『良』って特殊読みで『らい』って読むよな?」そして生まれたのが良夢。

ちなみに文中の「男でも女でも大丈夫な〜」の辺り書いてるときに思い浮かびました。即採用。

女の子です。霊夢似です。でも多分ファザコンです。

ちなみにこのお話はマイマイさんルートを通っています(多分)。まずはマイマイさん作『婚姻異変』を参照しましょう。

マイマイさん、どうもありがとうございました。



さて、次のネタは何にしようかな。この流れで行くと育児編だけど、多分続かない。

そもそも出産編だけでもいっぱいいっぱいだったと。出産の立会い経験なんてねーよ。

自分とこの更新もあるんでそんなにスピード出ませんが、楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、久遠天鈴のさらなる繁栄と平和(?)を願って。

駄文、失礼致しました。



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