前作、前々作を読んでない方はそちらを先に読むことをお勧めします



――

「はぁ…」

暑い暑い夏の幻想郷。しかし僕は能力のお陰で全く暑さを感じない
霊夢も僕の能力で涼むため僕のなるべく近くにくっつき、涼んでいる

…いや、冷静に考えると(喋らなければ)美少女が僕にくっついている…というのはなかなかすごい状況だ…。だがもう慣れてしまった自分が怖い


縁側に腰掛ける僕と霊夢。縁側からは幻想郷が一望でき、景観は最高だ
ああ…できることならこのほのぼのとした雰囲気をいつまでも味わっていたい…

しかし現実はそう甘くはない。平和の後には災難が来るのである…

誰かの視線を感じる…。とっさに僕は上を見上げる


そこにいたのは――射命丸のライバル――スポイラー、姫海棠はたてだった


「…はたて、どうせまた"外の世界の蓬莱人、神社の巫女と熱愛発覚!"みたいな記事でも作りにきたんだろう?」


はたては僕の能力を詳しく知らなかった気がするな…この機に説明しておこう

「いいか、僕と霊夢がくっついてるのは決してお前の考えているような理由じゃなくて、僕の能力でさ、近くの温度をいじくれるから
 霊夢はただ涼んでるだけなんだ。な?霊夢」
「そうよ」

ぐっ…速攻で肯定されてしまうとそれはそれでなんとも言えない気分に…


「それは本当なの?詳しく聞かせてくれない?」

うっ…またお得意の『いつの間にか取材が始まってるパターン』か…


「いいけど…。でも阿求さんの"幻想郷縁起"でも見たほうが手っ取り早いんじゃないか?」

そう言うと、はたては少し考えてこう言った


「いいえ、本人から直接話を聞きたいわ」

"そのほうがもしかしたらスクープが出るかもしれないから"ってところだろうか。まあ、いいか


「…わかった。いいよ。まず能力についてだけど確かはたては…『念写をする程度の能力』だったよな?」
「ええ」

改めて考えると全く恐ろしい能力だ

「僕は『自分だけの世界に引き篭もる程度の能力』って一方的にスキマに呼ばれてるだけなんだけど。まあ詳しいことは僕もよくわからないんだ」
「ええ…」
「普段良く使うのは、さっきみたいに温度を調節して涼んだり冬は温まったり、他のやつらの能力が効かなかったり…ほら、例えば紅魔館のメイドの
 時を止める能力が僕には効かないんだ。あとは…外の世界と幻想郷を行き来して…お菓子売りに活用したりするくらいかな」

おっとうっかり口が滑ってしまった。外の世界のことは効かないつもりだったのに…ほら、案の定さらに何か聞く気まんまんだよ




「…もしも外の世界と幻想郷との行き来ができなくなったらどうするの?」

「え?」


行き来ができなくなる…?

「それは僕が幻想郷に取り残されるってこと?」

そう言うとはたては少し考え、こう言った



「…いや、あなたが幻想郷に来れなくなったらってことよ」
「幻想郷に…来れなくなる?」

考えたこともなかったな…。まあ僕が幻想郷に来れなくなるなんてことはありえないだろうし…


「そういえば考えたこともないな…。来れなくなったら気でも狂っちゃうんじゃないかなー、なんて」

ははは、と僕は空笑いする


そう言うとはたても苦笑いした。そして腕時計――河童にでも作ってもらったのだろう――を確認した

「あ、いけない。もうこんな時間だわ。じゃあ今日は取材ありがとね」
「はいはい」

そう言うと"スポイラー"は妖怪の山の方へと飛んでいった




今日は珍しく脅されたりしなかったなあ…
そんなことを感じつつまたほのぼのとした幻想郷の日常に戻るのであった















―――――――















いよいよ本番だ。携帯のビデオカメラを起動した。まさか携帯で録画することになろうとは…
部屋の中には青年が一人
草食系男子といった感じだろうか。とにかくそんな感じの容姿だ

だが、この場合容姿は関係ない。なぜなら彼はベッドに腰掛けながら一人で喋っているからだ

「はぁ…」

突然青年が声を出したことに思わずびっくりするが、まだ気づかれていないようだ
青年はお茶(投げたりしても怪我しないように紙コップだ)を飲みながらコンクリートの壁のほうをどこか遠くを眺めてるような目で見ていた

きっと彼には全く別の風景に見えているんだろうな…


すると突然くるっと後ろの方を向いてきた
あまりにも突然のできごとに僕は驚くが、なんとか声を出さずにすんだ


…さあどう出てくるか。何と言ってくるか…
すると青年は呆れたような顔をしてこう言った

「…はたて、どうせまた"外の世界の蓬莱人、神社の巫女と熱愛発覚!"みたいな記事でも作りにきたんだろう?」


…は?さっそくいくつかわからない単語が出てきた。しかし僕は頭をフル回転させる

『はたて』とはおそらく僕に設定された名前だろうか。

『どうせまた』…ということは『はたて』が出てくるのは初めてじゃないのか?

『外の世界の蓬莱人』…『外の世界』というのは現実の世界のことらしいが…『蓬莱人』とは何だ?


そして一応は僕は『記者』として認識されているらしい。だがあまりいい感情は持っていなさそうだ

「いいか、僕と霊夢がくっついてるのは決してお前の考えているような理由じゃなくて、僕の能力でさ、近くの温度をいじくれるから
 霊夢はただ涼んでるだけなんだ。な?霊夢」

一人で横にいると思わしき『レイム』に話しかけている。『くっついてる』?
なるほど…この能力で女性とくっつく(?)のを正当化している…のか?

そして…「涼む」?今は真冬の1月だが…彼の中では夏みたいだ


―そろそろこっちから話しかけないと不自然だろう。あとこのまま話しかけないわけにもいかない。すこしずつ聞き出してやる
 僕のジャーナリスト魂が燃える

「それは本当なの?詳しく聞かせてくれない?」

なるべく温和な口調で言った。そして僕自身、彼の『能力』について聞き出したい


「いいけど…。でも阿求さんの"幻想郷縁起"でも見たほうが手っ取り早いんじゃないか?」

『阿求さん』は人名だろう。そして『幻想郷縁起』…。見るということは何かの書物か映像だろうか。だがそんなものもちろん存在しない


「いいえ、本人から直接話を聞きたい」


僕がそう言うと、青年は少し困ったような顔を浮かべながら答えた

「…わかった。いいよ。まず能力についてだけど確かはたては…『念写をする程度の能力』だったよな?」


ね、念写…?とりあえず答えておこう

「え、ええ」

「僕は『自分だけの世界に引き篭もる程度の能力』って一方的にスキマに呼ばれてるだけなんだけど。まあ詳しいことは僕もよくわからないんだ」
「ええ…」

『引き篭もる』…?というとこの状況は心のどこかで理解はしているのか?


「普段良く使うのは、さっきみたいに温度を調節して涼んだり冬は温まったり、他のやつらの能力が効かなかったり…ほら、例えば紅魔館のメイドの
 時を止める能力が僕には効かないんだ。あとは…外の世界と幻想郷を行き来して…お菓子売りに活用したりするくらいかな」

だめだ、全く意味が分からない。そもそも単語がわからない。『紅魔館のメイド』?『メイド』というのは彼の願望なのは理解できるが…

――そろそろ3分経つ。何も効かないまま帰る訳にはいかない。そろそろ何か言わなければ


「…もしも外の世界と幻想郷との行き来ができなくなったらどうする?」

「え?」

青年の目の動きが止まった。ヤバい、なにかやばい雰囲気がする。だが僕は諦めない!ジャーナリスト魂だ!

「それは僕が幻想郷に取り残されるってこと?」


それじゃ駄目じゃないか!というより今と変わらないじゃないか
どうする僕…?どう聞いたらいい…

今の彼にとっての『現実』とは、『幻想郷』と『外の世界』を行き来することだから…
くそっ、こっちまでおかしくなってくる!そうだ!


「…いや、あなたが幻想郷に来れなくなったらってことですよ」

『幻想郷に来れなくなる』。それは青年にとって、現実への帰還を意味する。病の完治を意味する



「幻想郷に…来れなくなる?」


ヤバいヤバい。雰囲気がヤバい。一瞬の隙に首根っこを掴まれそうな勢いさえある
それは僕が怯え過ぎだからだろうか。そうでないことを信じたい


「そういえば考えたこともないな…。来れなくなったら気でも狂っちゃうんじゃないかなー、なんて」

とっさに青年の雰囲気が変わりカラカラと笑い出した。そして僕は力が抜けて少し苦笑いしてしまった

―そうだ、彼にとっては現実なのだから、簡単に壊れるはず無いじゃないか
あと、僕は別に青年を治しに来たんじゃない。ただカメラに納めに来ただけだ

経験豊富なこの僕が雰囲気に飲み込まれてしまうとは…。そう考えた僕にもうこれ以上続けようという意思はなくなってしまった

腕時計を確認するとちょうどそろそろ五分だ。そして退室時も自然に退室しないといけない

「あ、いけない。もうこんな時間だ。じゃあ今日は取材ありがとう」
「はいはい」


…今のが自然だったかどうかは判断できないが、とりあえず無事に僕は『幻想郷』から帰還したのである



――



「…どうでしたか?」

丸山院長が僕に尋ねる

「ええ、何事も無く取材できました」


―おそらく彼と会うことは二度と無いだろう。だがもう少し彼の、あの世界を味わってみたい…気はする


――


「佐久田さん、この問題についてはこういった感じでわざと間違えた回答お願いします」
「はい、わかりました!」
「刈谷さんは一つ目の問題を正解してください。それで青堀さんと接戦になるといった形でお願いします」
「はい、了解です」


―あの後、僕はバラエティ担当に異動――実質、昇格だ――となった

あの時の番組はついに明日放送される

自分が関わってきた数多くの番組の中でも一、ニを争うほど思い入れがあるので、視聴率を取ってくれると嬉しいなあ





P.S.

あの時彼に取材をした後、家族の方たちにも取材をした。お祖父様が何回かテレビにも出たことがある格闘家だとは思いもしなかった
あと、彼はこの病院に入る前に神社に何度も、何時間も入り浸っていたという"奇行"を近所の住民に目撃されていたらしい














あとがき

はい、無事(?)完結です。全編を通して読んでくださった方ありがとうございました。



「理想郷」と「桃源郷」は似て非なるものという考えもあるらしいですね。詳しくはググッてくださ(氏
(ちなみに"ユートピア"は日本語訳すると"理想郷"とか"無何有郷"とか言うらしいです)

「幸せ=ハッピー」だとすると間違いなく良也はハッピーエンドです。なぜなら彼は幸せなんですから
臼井氏(はたて)も、昇格しましたしハッピーエンドなんでしょうね。


この小説は色々なことを考えながら書いていました

特に中編『良也と理想郷』は
書いていて、最近は「障害」を「障がい」と書く(「害」という字が団体的にはアウトらしい)みたいですね
この小説には関係ないですけど「子供」を「子ども、こども」とか(「供」がアウトらしい)
そういうのを思い出してなんか嫌な気分になりながら書きました


臼井氏は本来の意味でのジャーナリストではなく(本来のジャーナリストなんて現在の日本に存在するかもわかりませんが)
テレビ局のスタッフです。年齢は40代後半くらい。割りと偉い部類です
彼が良い人間か悪い人間かどうかはわかりませんが、間違いなく彼は普通の人間ですね。


この後の展開は皆様にお任せします。もしかしたらずっとこのままかもしれないし、臼井含む現実の人間のほうがおかしくて良也はおかしくないかもしれません
おかしい、正しい、価値観は人それぞれですしね…



最後に、宣伝になってしまいますが、「小説家になろう」というサイトで(こちらも少々癖のある)東方小説を書いています
見てやってくれたら幸いです。http://mypage.syosetu.com/111812/



ではノ



戻る?