(前作「良也と幻想郷」の続きです。まだ読んでない方はそちらから読むことをお勧めします)
(これ全三部作の中編です。まだ続きます)
(そして前回の半分ほどの長さです)


――


「おまたせしました、臼井さん」

受付を担当していると思われる看護婦――今は"看護師"と呼ぶのか――に呼ばれ院長室へと入っていく。真ん中に置かれたたいそう立派な机
そしてそれと釣り合うくらい豪華なソファに、今回の取材対象の一人――丸山院長――が座っていた

僕――臼井宗介――は用意された椅子に腰掛ける

「はじめまして、丸山院長。今日は『夕日テレビ』の取材を快く受けて下さり誠に感謝します」

そういって名刺を差し出す。丸山院長の方も僕に名刺を差し出した


「それではまずは丸山院長にインタビューという形で――」



――


インタビューも終わり少し休憩を挟み、いよいよ本番に移ろうとしていた

「それではさっそく施設の中を見せていただけますか?」


―僕が、いや『夕日テレビ』がこの静岡県立○○精神病院に取材に来たのは、ほかでもない
今度、数ヶ月後に放送される予定の特番に『密着!精神病院』という番組を放送するからだ

この手の放送はあまり回数をやりすぎると関係団体からクレームが来るので一年に2,3回と局の方で決められている
なので当然割り振られる期間も予算も人員も多くはない。仮に取材しても――ほとんど"運"だ

取材対象の精神異常者が、取材できない状態だったらそれまでだし、取材できても面白くなければそれまでなのである



なので、なるべく"おとなしく"、見聞きしいていて"おもしろい"『精神異常者』を限られた予算で見つけてこなければならないのである



――


丸山院長は歩きながら一人づつ僕達に患者の詳しい説明をしてくれる。当然録画している

「この患者は先天性の精神疾患の持ち主で、自分を戦国武将だと信じて疑わないのです――」


"これ"はあまり面白くない


「この患者は夫にDVを受け続けたトラウマで常に見えない何かに怯え、そして暴れています」


"こいつ"はおもしろそうだけど、局の許可が降りないだろうな…


「この患者は――」


"これ"もつまらない…


「この――」


"こいつ"も…


―どの精神異常者も似たり寄ったりで、たまにおもしろそうなのがいても『被差別地区がどう』とか『中国人がどう』とか
全て、局の許可が降りそうにないものばかりだった


―ああ、今日も"ハズレ"か。また別の所で探さないと…最終手段として劇団員という手もあるが
上司の評価が落ちるからなるべく使いたくない(最近はネットのせいでバレやすいんだとか)

そう思っていたが、一人面白そうな――なおかつ局の規制に触れなさそうな――精神異常者を見つけたのである


「この患者は…最近入ってきたばかりで、しかもまだ若い青年です」

「最近話題の"若年性アルツハイマー"とかいうやつですか?」

「アルツハイマー病は旧名"若年性痴呆症"、現在の呼び名で"認知症"です。彼の場合は"早発性痴呆"、現在は"統合失調症"と呼ばれる病気です」

僕がそう言うと院長は少しムッとしながら言った
そんなに怒るようなことだろうか。どれも同じようなもんじゃないか


「…彼は自分が超能力者だと思い込んでいます」

なんだ、またその類いか。そんな感じの精神異常者なら何度も見たし、ありきたりすぎてつまらない


「それだけではありません。彼は"幻想郷"というこの世界とは違う世界と行き来している、というのです
 それも詳しく聞いているとなかなかよく設定された世界で…」

自分だけの世界…か。これは少し"おもしろそう"だな


「彼の障害も遺伝性ですか?」

「いいえ、彼は交通事故に遭うまではごく普通の青年でした。それが交通事故に遭い、脳に障害が残ってしまったのです」


なるほど…確か最近"飲酒運転の可能性が高いながらも、裁判で危険運転致死を立証できずに業務上過失致死"になったという事件があったな…
これなら最近の交通事故厳罰化の『"世論"』とも結びつきやすそうだし、上司の反応もよさそうだな

「突然暴れたりする可能性はありますか?」
「可能性は低いでしょう。彼の場合事故による精神的なトラウマが原因というより事故によってできた脳の障害が主ですから
 悪いことや悪夢などよりむしろ自分の理想や願望のほうが多いんですよ」

なるほど…。よし、決めた。"こいつ"を取材しよう

「ではこの方を取材させていただいてもよろしいですか?」

「…わかりました。まずは監視カメラによる映像をお見せしますのでカメラ室まで来てください…」



――



「…急に立ち上がりましたね」

僕は監視カメラでその青年の部屋を観察する
その青年の容姿は割とどこにでもいそうな好青年風だった

『霊夢ー、酒持ってきたぞー』

「レイム…?人名のようですがこれは…」
「おっしゃるとおり、人名のようです。どうも彼が『幻想郷』に居る時に滞在しているという神社の持ち主らしいです
 言葉を聞いている限り…かなり若い女性かと」

今度は丸山院長だけではなく彼の担当医の飯島先生に詳しく解説してもらっている

「どうやら彼の妄想の世界に登場する人物のほとんどが女性、しかもかなり若いようです。私のことを『スキマ』と呼び
 しかも女性に見えているみたいですね。…ババアとも呼ばれましたが、私のことを一体どう見えてることやら」

この飯島先生。見た目はどうみても普通のおっさんなんだが。もしかしたら僕のことも女性に見られるかもしれないな、注意しておこう


『ああ、じゃあ人里にお菓子売ってくるから』


「"人里"…?"お菓子"…?」


確かに手にお菓子――おそらく親族からの差し入れだろう――を持っているが、"人里"とは何のことだろう


「これについては…詳しく話すと長くなりますがよろしいですか?」
「え、ええ」

飯島先生に話を伺った。丸山院長でも八雲先生でもない別の精神科医を試験的に会わせてみたところ
その精神科医は『外来人』と呼ばれたそうだ

「おそらく『外来人』というのは現実の世界から『幻想郷』に入ってきた人間のことを言うそうです。彼も自分のことを『外来人』と言っていました」
「なるほど…」
「そこでその精神科医が『幻想郷』について詳しく聞き出したんです。すると…予想以上に"深い"みたいで」
「"深い"…というのは?」
「一から説明します」


現実の世界(彼曰く"外の世界")の『結界』(壁のようなもの?)があり、明治時代初期に現実の世界と隔離され、文化水準は明治期の田舎並で
"外の世界"で忘れれたもの、存在を否定されたものが入ってくる世界で、大体は日本の妖怪や神話に登場する神々だが
中には吸血鬼やキョンシーなどの外国の妖怪もいるらしい
そして一部少数"人間"が存在し(これは明治時代に住んでいた人間の子孫だとか)、その人間が集まっているのがい人里ということらしい

そして結界は完全じゃないのでたまに忘れられていない"外の世界"の人やものが入ってきたり
管理者の八雲紫(飯島先生が呼ばれていた名前だ)の気まぐれで人間が連れ去られるという。それが俗にいう"神隠し"で
この患者本人もそれによって連れてこられたという設定らしい


――まったく支離滅裂で奇怪な話だが、とても面白い"設定"だ。この設定で"ゲーム"でも作れそうじゃないか
   生まれる時代が違ければ神ともてはやされたかもしれない


「ちなみに私は古道具屋として認識されているそうです。ですがほとんどの人物が"人間の形をした女性"として認識される彼の世界において
 何故私だけが男性として認識されているのか…」

丸山院長がそう嘆く。そういえば妖怪や神話の世界なのに人間の形をした女性ばかりってかなり矛盾してるような…


「その『幻想郷』が彼の願望の世界だとしたら、ほとんどの人物が人間の…少なくとも姿をした女性なのは納得できます
 おそらく彼は女性に囲まれたいのでしょう。それも彼の話を聞いているとみんな美人ばかりだそうで…
 かなり矛盾していますが彼の中ではそれが当たり前なのでしょう
 …ですが異性だけでは心細い。でも自分の女性たちを邪魔されたくない…
 なので、私は彼の中では唯一の同性で、しかし女性に興味がないという設定になっているのでしょうね」

そんなもんなのか


―「さて、それではそろそろ患者さんに直接会いましょう。いいですか、今から注意事項を説明します」

丸山院長が説明を始める。よし、いよいよ本番だ
相手は若者といえどこれだけの"設定"を一人で作れるほどの人間だ。一筋縄ではいかないだろう

「まず…室内には一人で入ってください。」
「…えっ」
「それと、大型カメラやその他機材も入れないでください。彼の中では水準は明治時代です」
「…わかりました」


まいったな…それだと録画できないじゃないか


「…小型カメラも駄目ですか?」
「……それなら大丈夫でしょう。以前別の医師が研究のためにカメラを持って入った結果『天狗で新聞記者』という設定になりました」
「て、天狗で新聞記者…?」


天狗と新聞の関係はどこから出たんだ…?

「おそらく深層心理的に私たちのことを"偉そう"とでも感じて『天狗』という設定になったのでしょう
 …説明に戻ります。あなたは自分から名乗ってはいけません。そしてつねに受け身の姿勢で対応してください」
「…ということは?」
「はい、おそらく貴方にも名前を設定されるはずです。…私の場合は『森近さん』と呼ばれましたがね」

因果関係が見当たらない…


「あと、取材は五分程度にしてください。長すぎると何が起きるかわからないので」
「はい」
「与えられた役柄を徹底的に演じてください。常に出方を伺いながら、自分はどういう設定なのか考えながら会話をしてください」
「了解です」


これでも2、3件、精神異常者の取材の経験はあるから大丈夫だろう

「そして当然ですが患者を刺激しない、矛盾点があっても指摘しない、何かあった場合、当院は一切責任を負えない
 …全て了承できるならこの紙にサインをして下さい」
「わかりました」


僕は自分の名前と『夕日テレビ』の名前でサインをする


「…では鍵をお開けします。ついてきてください」
「はい。…おい、スタッフ!小型カメラを持って来い!…あ?無いだと!?」


なんてことだ。こんな二度と無いかもしれないチャンスに小型カメラを持ってきていないだなんて!
僕はスタッフを殴りつけて、どうするか考える。今から局のほうに戻って取りに行くのでは遅い…

「…準備はいいですか?」

院長が催促する。…くそ、こうなりゃ携帯のカメラを使うしか無い!

「おい、スタッフ!てめぇの携帯電話を貸せ!」
「…えっ、で、でも」
「うるせぇ!てめぇがしっかり機材をチェックしてなかったのがいけねぇんだろうが!」

そう言ってスタッフから携帯を調達した。付いていた余計なストラップは無理やり剥がした


「…それじゃあ開けますよ。…さっき言ったことをくれぐれも厳守してくださいね!」
「承知しています」


そう言うと院長は二重にロックされた厳重な扉を開けた


―そして僕は『幻想郷』へと足を踏み入れた








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[続く]



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