俺が鴉天狗としてもう一度生を受けてから大体一年が過ぎた。

鴉天狗として生きる事となった俺は普段は妖怪の山に住み、そこでアグレッサー…戦闘技術指南師の一人として暮らしている。ただかなりの頻度で白玉楼の妖夢の所に押しかけたり、自宅気分で八雲邸にしばしば寄ったりで、正直なところあまり山では暮らしてない。

そんな俺の名は、修平。

遂に神田の姓を棄てた、一匹の鴉天狗。



   ≪妖夢が現代に落ちてきた IF≫


     『八雲の名』




「境界術を教えて欲しい?」
文字通りキョトンとした声で答える。そんな彼女の名は八雲紫。俺が母と慕い、尊敬している隙間妖怪だ。
「ああ。俺だってもう幻想郷の一員だ。それに、ただ母さんの元で甘え続けるなんてのもどうかと思ってな…俺も母さんや藍程でなくとも境界術が使えれば、何かの役に立つかもしれないだろ?」
これは前々から思っていた事だ。妖夢と母さんだけで成り立ってる俺の世界。その片割れである母さんの為に何かしたい。そう思った結果が、俺も境界術を扱える様になって母さんの手伝いをするという事だった。
しかし、俺の言葉を聞いた後に母さんは暫く黙りこみ、そして俺の予想とは違う答えを出した。
「―――修君。貴方の望み通り、私の力を分けてあげるわ。でもその為には条件がある」
「条件?」
はて?一体母さんは何を思っているのか………
「博麗の巫女の保険…貴方には、幻想郷に存在するもう一つの抑止力になってもらいます。全てに平等に…全てを薙ぎ倒し…幻想郷の維持を脅かす者達を排除する…イレギュラー狩りとしての役割を担ってほしいのです」
いつもと違う声色に口調。俺は半ば条件反射的に身体を固くし、母さんの言葉を聞き入れていた。
「この条件を守れるのなら、貴方に、貴方独自の境界の力を与えます。それも、私に依存しない力を…引き受けてくれるかしら?」

博麗の巫女の保険。

幻想郷の、もう一つの抑止力。

イレギュラー狩り。

突然突き付けられた幾つもの条件。だが俺はそれがどういう物なのかを理解する前に引き受ける決意をしていた。その理由は単純明快だ。
「―――それが、母上の望みならば…」
立て膝を突き、頭を少し垂れる。絶対の服従、或いは忠誠を誓う様に………それを聞き入れた母さんが改めて俺に言葉を投げかけた。
「ならば、修平。貴方に命令を授けます。自らの境界の力を開花させ、もう一つの抑止力として機能する事。それが了承出来るならば、次の満月の夜、私の部屋まで来なさい」
「御意」


   ―――――


かくして、俺の境界の力の『種』を植え付ける儀式は終了した。したのだが―――
「まさか、妖夢以外の女を抱く事になるとはなぁ…」
そう、『種』を植え付ける儀式ってのは、身も蓋も無い言い方をすればエッチする事だったのだ。ただこれには割と真面目な理由があって、曰く直接的に交わる事の出来る夜伽が最も効率がいいんだそうだ。満月の夜にしたのもその理由の一つ。これで俺は近い内に母さんと同じ様な境界術が使える様になるらしい。
「にしても、本当にヤっちゃってよかったんだろうかねぇ…」
将来的に母さんと同じ力が使える様になる。それは単純に嬉しい事だ。
だが心に残る罪悪感はそう上手くは整理出来ない。必要な事だったとはいえ、妖夢は許してくれるだろうか…?
「修平様、どうされました?」
「ああ、藍か…」
そんな感じで縁側で黄昏ていると藍が近付いてきた。俺より長く母さんと共にある式で、俺より母さんの事をよく知ってるんだが…割と律儀な性格なのか、義理息子な俺に対しても母さん並の接してくれてる。
「いや…ちょいと自分の心が分かんなくなっててな…」
「はぁ………紫様と御伽でもされたのですか?」
「ドキッ!」

御伽
・男女による夜の営みの事。この場合は特に時間は指定されておらず、夜に限定する場合は夜伽と呼ばれる。

「…図星ですか…」
はぁ…という藍の溜息が聞こえる。この時俺は完全に下を向いていたが、どんな表情なのかは容易に想像出来た。間違いなく呆れ顔だ。
「全く…貴方は一体何をやっているのですか…貴方の事でしょうから紫様に襲われたのでしょうけど、流石に押しに弱すぎますよ?」
「いや、そうじゃないんだ藍。実はこいつは両者合意の上で―――」
「まさか、浮気ですか!?しかも義理とはいえ母親と!?」
要らぬところで俺の台詞をぶった切って介入する藍。この狐め…このままじゃ俺の言う事全部聞かねぇな…よし!
「さく!カモォン!」
全力で両手を叩いて俺の式神を呼びつける。すると家の奥から軽量物が二足歩行で走ってくる音が聞こえ始め、ギャーギャー説教を垂れ始めた藍の側頭部にドロップキックをかました。
「ったぁあ!こらさく!私は今お前の主を修正しようと―――」
「その前にお前が俺の話を聞け!」
ドロップキックの拍子に仰向けに倒れ込んだ藍の顔にぐいと近寄る。あ、ちなみにさくってのは俺が使役してる犬の式神で、生前俺が公園でよく遊んでたさくやの事だ。式は母さんに組んで貰ったんだが、どういう訳か犬耳と尻尾代わりのデカいアホ毛のついた、デフォルメ調の若かりし十六夜咲夜が出来上がった次第だ。身長はおよそ1m。規格としてはメダロットだな。ちなみに服装は俺の好みで女用の鴉天狗装束を着せてある。
「確かに俺と母さんの情事は両者合意の元だ。けどな、俺は浮気目的でした訳じゃぁ無い!母さんからこの力を授けてもらう為だ!」
そう言ってついさっき出来る様になったばかりの小さなスキマを指で開く。
「それは…スキマ?」
「そう。幻想郷の為に何か出来る様になりたいと母さんに頼み込んで、授けてもらった境界の力だ」
そこまで言うとようやく状況が飲み込めてきたのか、上体を起こした藍がバツの悪そうに頭を下げた。
「成程…そういう事でしたか。これは大変失礼致しました…」
「理解出来りゃそれでいい。で、問題は妖夢なんだよなぁ…」
今現在最大の問題である妖夢に対しての説明が全く思いつかない。これは最悪別れ話を切り出される展開になるかもなぁ………
「フムン…確かに、これは結構な問題になりますね」
「だよなぁ…俺、妖夢と別れるの絶対やだよ…」
もう一度縁側で足を投げ出し、今度は完全に頭を抱える。だがいくら必要な事だったとはいえ、好きな奴が他の輩と情事に至るなんてのは俺でも嫌だからな…多分そこは妖夢も同じだろう。
「そうですか?私はそこまでには至らないかと思いますが?」
「なんでそんな事が言えるんだよ…?」
「珍しく頭が回っていない様ですね…いいですか?」
と、前置きをしてから藍が俺に長台詞を喋り始めた。
「確かに修平様と紫様は合意の上で事に至りました。しかしそれは幻想郷の為…ひいては他人の幸せの為であって、妖夢を裏切るつもりがあった訳でも、ましてや紫様に乗り換えるつもりでも無かった訳です。あくまで修平様が女として扱い、愛しているのは妖夢のみの筈で、それは彼女も理解している筈です。その証拠の一つとして、修平様は紫様を一人の女として愛しながら御伽を行っていましたか?」
「そんな訳ねぇよ。俺が愛すべき女として見てるのは妖夢だけだ。これは何年経とうとも変わらないぜ」
「そう、重要なのはそこです。それはつまり行為をしたという事も、修平様にとって仕事の一環でしかないという事を示すのです。そうすればペナルティならいざ知らず、別れ話にもつれ込むという事はまずありえないと私は試算致しました」
九尾の式神による試算か…成程、信頼性は高そうだな…それに今の台詞を俺と妖夢を入れ替えて考えてみても、これならなんとか許せる気がしてきた。
「あくまで仕事の一環か…よし、こうなりゃ撃滅覚悟で正面勝負だ。つー訳でちょっと白玉楼行ってくる」
「承知致しました。健闘を祈ります」
藍にそう言い残した後、さくの頭を数回撫でてから俺は全速で白玉楼へと向かった。



   ***



「―――ん………」
目が覚める。そのままの視界にはいつもの天井が。そして左に動かすと私の最も愛しい人が寝息を立てて、まだ眠っていた。私の名は魂魄妖夢。白玉楼の庭師にして剣術指南役。そしてこの人、修平さんの恋人だ。
どうして今、一緒の布団に入って―――しかもどちらも服を着ていない―――寝ているのかを思い出す。そう、昨日修平さんからの大告白があって、あまりの悔しさから抱いてほしいと私から修平さんに頼んだんだった。今回は、いつもより激しかった気がする…愛してるかどうかはさておき、女として見ている相手でも無いのに情事に浸らなければならなかった故なのだろうか…?もしそうなら少しだけ嬉しいけど…どうなのだろう…?
「ん…よーむぅ…」
「修平さん?」
物思いに耽っている内に起きたのか、修平さんが薄目を開けていた。しかしすぐに閉じると共にこちらに腕を伸ばし、私の身体をつかまえてすぐに抱き寄せた。
「え?ちょっと修平さん…?」
「よーむじゃなきゃやだ…いろいろと…」
そう言って再び寝息を立てはじめる。そして今の言葉に込められた意味を自らの中で再度理解に努める。

私じゃなければ嫌だ。

寝言なのか、寝ぼけなのか…修平さんにとって、どういう状況下でその言葉をついたのかはよく分からない。でも、私は修平さんが嘘を言う性格でもなければ、器用な真似をする事の出来る人でも無いという事を知っている。それはつまり…修平さんは本心からこの言葉を言ったという事になる。
ならば、私が返す言葉はこれしかない。
「私も…修平さんじゃなければ嫌です…」
そして抱き締められたまま、私はもう一度眠りについた………


   ―――――


ずっと前から気になっていた事がある。
もう一度目が覚めた後、私はその事を修平さんに直接打ち明けた。

「どうして、私を選んだのですか?」

「…ほえ?」
いつもの男性用鴉天狗装束―――しかし袖は無い―――に身を包み、与えられた力を確かめる様にスキマを開けたり閉めたりしている修平さんが気の抜けた声を上げる。
「いえ、その…正直言って私はあまり女らしくありませんし…何故紫様を始めとした、他の方を選ばなかったのかと…」
時々思い出す様に気になっていた。修平さんはとても素敵な男性だと、主観では無く客観的に判断する事が出来る。加えて鴉天狗という種族は割と人間受けが良く、更に修平さんは同種族の戦闘部隊の教官を務める程の実力の持ち主だ。となれば私がその恋人として均衡が取れるとはとても思えず、どうして私に拘るのか疑問に思っていたのだ。
「フムン…ま、確かに妖夢って女の子っぽくないよな。筋肉質だし、意外と指太いし、色んな意味でちっちゃいし…正直女子力相当低いよな」
「うぐっ!えっと…それは言い過ぎじゃ…」
参った。ここまで徹底的に言われるとは思ってなかった。でも、その次の言葉で私の不安その他は一気に吹き飛ばされた。
「でも、俺はそんな妖夢が好きだ。そんな妖夢だからこそ好きになったんだ」
「―――え?」
「女子力が何だ。釣り合いが何だ。好きな人とずっと一緒に居たいと思って何が悪い。こいつはな、理屈じゃないだぜ妖夢。お前だってそうだろ?」
そうだ。私は何をやっているのだろう…好きだから一緒に居たいと思って何が悪いのだろう?例え均衡が取れていなくても、それで何が悪いというのだろう?
「妖夢、お前が何を思ってそれを聞いたのかは知らん。が、俺は誰に何と言われようとお前と共に居続けたい。お前は嫌か?」

「―――いえ…共に居させて下さい。これからも…ずっと…」



   ***



あの子が幻想入りを果たしてから三年が過ぎた。

私があの子に境界の力を与えてからも暫く経つが、あの子の成長には正直なところ驚かされている。このたった三年間の間にスキマの扱い方を完全に覚えたのだ。それも、私や藍が行う様な大規模な計算の下でスキマを展開するのでは無く、あの子が生前から有していた三次元的な空間想像能力の下で、直感的にスキマを展開しているのだ。言うなれば、あの子の頭の中に三次元CADと三次元レーダーが同時に搭載されている様なものなのだ。
「…息子、か…」
予想以上となる方向で、あの子は私の息子という役割を果たし始めている。剣を使った直接戦闘能力、投擲刀を使った間接攻撃力…そのどちらもが素体となった鴉天狗の時点で既に高い領域にあり、そこに今、境界の力が加わろうとしている。成程、私があの子の誇るべき母親である様に、あの子も私が誇るべき息子であろうとしている訳か。
ならば、それを認める為の最終試験を行わなければならない。
「手加減は要らないわ。貴方の全力で、私にぶつかってきなさい…修君」
「分かった」
目の前に立つ我が息子、修平君が頷く。このスキマの中でなら、私も、あの子も周りへの被害を気にせずに戦える。修君は別に私に勝つ必要は無い。全力を出して、その強さが私の眼鏡に敵えば、彼は初めて、私の本当の息子として迎えられる事になる。
「見せなさい…貴方の“可能性”を…!」
言い終わると同時に修君が動き、左手に構えた大剣を全速で突きだしてくる。それをスキマによる空間移動で回避、逆手に構えた傘で背後から襲いかかる。しかし修君は私と同じ様にスキマによる空間移動でこれを回避し、距離を置いて再び姿を現した。
「奔れぇ!」
逆手に持ち替えた大剣に炎が駆け上り、振り抜く拍子に炎のカマイタチとなって向かってきた。だが幾ら速くとも極めて直線的な攻撃でしか無い以上、躱すのは容易い。しかし修君はそれを見越していた。
「ついでだ!もういっちょ!」
二発、三発と同じ攻撃が続く。それは私の移動先をしっかりと考慮して飛んで来ており、私は再びスキマを開いての移動を余儀なくされた。そして移動先からレーザー弾をばら撒いて修君の死角となる方向から攻撃を仕掛けるが、それを察知したのか、即座に高速移動を行って回避し、私を視界に捉えた。
その瞬間に修君が大剣を手放し、最速で霊刀を呼び出す。すると目にも止まらぬ速さで霊刀を振り抜き、それに合わせる様に私の周りに幾条もの亀裂が走った。
「っ!これは!?」
切断を担う境界。それが幾条もの亀裂の正体。あの子は霊刀を媒介にして境界を生み出し、私の『知能と脚の境界』に近い攻撃を繰り出したのだ。
「―――全ては技術より来たる―――」
「くっ!」
傘を犠牲にしながらも間一髪で躱す。これは予想以上の強さを得ていると私は確信し、即座にやられない様に本気を出して戦う事にした―――いや、しようとした。
「ちょいと驚かせてやるぜ、母さん!」
そう言いながら修君がロングコートの懐から何かを取り出す。あれは―――スペルカード?一体何を…?
「憑鬼『八雲紫』!」
私自身のスペルカード!?そんなバカなと思いながらも、発動を宣言した修君から異質な妖気が漂い始めるのを私は体感していた。この感覚…間違いない、私だ。
「伊達にあんたの事を見続けてきた訳じゃない。少なくともコピーという意味では、今の俺と母さんは全く同一だ」
何処から取り出したのか、私のソレとは違う趣の扇子を霊刀の代わりに持つ。これは…力を計るには丁度いいかもしれない。
「…いいでしょう。貴方の力を見せてみなさい!」
私もスペルカードを取り出し、宣言する。
「「結界『夢と現の呪』!」」
互いに全く同一のスペルカード弾幕を形成し、相手に向かわせる。しかし全く同一である以上、その全てが打ち消されるのは当然で、互いに無傷のまま次のスペルカードを宣言した。
「「結界『光と闇の網目』!」」
再び全く同じ力同士がぶつかり合う。そして全く同じ力同士がぶつかり合う事による当然の結果がもう一度訪れ、更にスペルカードを宣言した。
「「罔両『八雲紫の神隠し』!」」
以前彼に教えた事がある。妖怪の力は、それぞれの条件でより強い成長を遂げる事が出来ると。
それが、私の場合は知識を得る事だったと。
それが修君に適応されているのかは分からない。でもあの子は、他の誰も知らない…私しか知り得ない事まで既に知っている。私がそれを教えたからだ。私と同じ様に、あの子も知識を得る事で強くなれるのだろうかと思って………
「「魍魎『二重黒死蝶』!」」
その目測は正しかったと思いたい。これ程の逸材が、中途半端な器用貧乏に終わるのはあまりにも惜しい。
「式神『八雲藍』!」
「式神『さくや』!」
ようやく質の違うスペルカードが出揃い、互いに呼び出した式神同士がそれぞれの方法で私達とは別に戦いを始める。
「お前と本気で刃を交える事になるとはな!」
「…!」
妖獣らしく体術にも秀でた藍が遠心力を付けて殴りかかる。それをさくやがいつもの無表情でいなし、修君に仕込まれた投擲刀による遠距離攻撃を逆に仕掛けた。
そして私達も更にスペルカードをぶつけ合う。
「「結界『生と死の境界』!」」
最終局面に近付いてきた事を示すスペルカード。ここまでのを出した事のある相手は霊夢しか居ない。そしてこれと全く同じ力を示せるという事は、あの子はもう私に匹敵するだけの力を有していると言っても過言では無い。そして互いに打ち消し合ったスペルカードは完全に同時にスペルブレイクを起こした。
ここまで来れば文字通り最後のスペルカードだ。
「紫奥義『弾幕結界』!」
「『深弾幕結界 −夢幻泡影−』!」
ここに来て僅かに異なるスペルカードを宣言する。微妙に異なる弾幕同士がぶつかり、弾かれ合い、時には掠めるだけに終わり、生き残った弾が互いに襲い掛かった。しかし何故修君は同じスペルカードを発動しなかったのか…何故…?
「―――まさか!?」
一つの可能性に思考が行き着いて後ろを見る。そこには両手に大型のハンドガン―――OXEYEと呼ばれる架空の銃器―――を携えたさくやがこちらを狙っていた。
まさか…藍がさくやに敗れた!?
「さく!境符『四重結界』!」
修君の叫びと共にさくやがハンドガンを連射する。その射線上には修君も含まれていたがそれを初めから計算に入れて修君は四重結界を展開していた。当然それによりあぶれた弾幕結界の弾も防がれ、逆に深弾幕結界の残弾とさくやの射撃による挟み撃ちに私は遭っていた。しかし修君の妖力が尽き始めたのか、四重結界を最後に私と同質の妖力が消え、持っていた扇子も力が入らないかの様に取り落した。
「はあ…はあ…っ!まだまだぁ!」
さくやに追い回されている間に修君がウミヘビと呼ばれるワイヤー武器を何処からか取り出して取り落した大剣を回収し、更にウミヘビを手放してから左手に私の予測の範疇を超えた代物を構えた。
「ビームマグナム!?」
僅かな隙に見えた武器取り出しの正体。あの子はスキマの中から架空の武器を取り寄せる事が可能になっている。これは私が看板や電車を呼び出すのと似た様な原理だと思われるが、架空なら基本何でも取り寄せる事が可能らしい。
何の躊躇いも無く修君がビームマグナムを放つ。亜光速のメガ粒子弾は発砲後に回避するのが不可能に近く、私は発砲する直前に照準から逃れるという手法で攻撃を躱した。しかしあれ程の代物となると飛散粒子によるダメージも致命傷になる為、躱す度に何らかのシールドを展開して飛散粒子も防ぐ必要がある。加えて、未だにさくやからの攻撃が止まない為、いつの間にか私は防戦一方にさせられていた。
「くっ!」
「ちぃ!当たらん!」
最後の一発を撃ち切ったビームマグナムを投棄して修君が瞬間的超加速を掛ける。その隙を狙ってさくやに踵落としを浴びせた後にスキマ送りにして退場させ、私は修君からの攻撃に備えた。しかし―――
「さく!?くそ、こうなりゃ正面からだ!」
一際大きいスキマから取り出された新たな武器を背中と右腕に装備し、攻撃の為のチャージを開始する。
六つのチェーンソー状の刀身。
背中の排熱装置。
左手を覆う制御用のアーム。
OXEYEと同じく、GRINDBRAIDと呼ばれる規格外兵装。ビームマグナムと同じく掠めただけでも致命傷になりかねない武器まで取り出してきていた。
「修君!貴方正気!?」
「正気で勝負がやってられるか!」
GRINDBRAIDが生み出す熱量に排熱機構が追いつかず、余熱が修君自身を襲う。あのままでは熱量で自分自身が危険だが、それをも承知でなけなしを妖力を使ってチャージを完了した。来る―――!
「っらあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
持前の異常加速力と最大速度を以て今までに無い速さでこちらに突っ込んでくる修君。まだビームマグナムの方がマシだと思わせる程の威圧感に気圧されつつも間一髪で回避、突撃の衝撃に煽られながら修君がこちらに向き直すのと同時に私も体勢を立て直した。
「くそ…もう一発―――ぅ―――」
そこが限界だった。
急に倒れ込む修君と、それに合わせて解体、消滅する武装類。私は倒れ込む修君の身体をすぐに支え、その容体を診た。
「―――妖力切れ…たかだか数分の激戦でここまでになるなんて…相当容量が小さいのね。まぁ、出力が異常である可能性も否定出来ないけど…」
先程の熱量で所々焦げ付いた服と皮膚。右腕にはブレード部が接続されていた証を言わんばかりに接続爪が骨に触れるまで食い込んだ痕があり、左腕も似た様な状態だった。もし呼吸をしていなければ見ただけで死んでいると判断されてもおかしく無いかもしれない。
「全く…この子は…」


   ―――――


最初に力の種を植え付けた頃に比べれば相当の成長と言える。しかし恐らく能力としての成長はもう既に止まっているだろう。この子はそれを自らの技術力で補っているのだ。逆に言えば、この子には力を扱う事に関しての成長の余地が相当に残されていると言える訳だ。
「どうですか?紫様の眼鏡には適いましたか?」
「ん〜、そうねぇ…」
ズタボロ状態の藍に用意させた布団の中で眠る修君。傷の治りがやけに遅いのは、まだ妖力が戻り切ってないからだろう。
「まだまだ育てる余地はあるわね。戦闘能力が確かでも、継戦能力が短いんじゃ話にならないし…でも―――」
そっと額を撫でる。

「―――私の、息子としてなら…合格よ」

「―――左様ですか。では、私は失礼します」
一度優しい溜息を吐いてから部屋を出ていく藍。それを見送り、私はそのまま修君の寝顔を見続けてから横になった。
「私も寝ちゃお…私も疲れたから………」
ついでに修君の手も握る。しかし、恋人同士がする様なものでは無く、母親が息子の手を握る様に―――包み込む様に―――優しく握った。

「八雲の襲名、おめでとう…おやすみ」





この子の名は、八雲修平。


今日、八雲の名を継ぐに相応しい存在となった、私の息子。


そして―――私の誇りだ。










                                        Fin.




登場兵器群
 OXEYE:ARMORED CORE Vより
 ビームマグナム:機動戦士ガンダムUCより
 GRINDBRAID:ARMORED CORE Vより



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