…修平さん

「どうした?」

もしかして、早苗さんの想いに、気付いてましたか?

「…まあ、なんとなく察しはついてたって程度には…」

そうでしたか…

「―――あいつにも、悪い事しちまったな―――」




     『サモンアラヒトガミ After』




早苗さんが消えた場所をただ眺め続ける修平さん。しかしその視線に含まれているのは明らかにかつての友人との別れから来る寂しさではなく、とても虚無的で、無機質なものだった。しかし、それも無理も無い話である。当の早苗さん本人によって、修平さんが唯一現実に対しての心の拠り所を壊されたのだ。早苗さんに対して無感情になるのも分かる。私に分かりやすく言えば、修平さんと彼のご友人は紫様と幽々子様との交友に近いところだったのだから。
「…帰りましょう、修平さん。少しの間、休みましょう」
「そう…だな…」
強く―――そして恐らく無意識に―――私の手を強く握る修平さん。

『あの子にはもう、私達“二人”しか居ない。』

紫様のあの言葉に、恐らく早苗さんは入っていなかった。そして二人というのは、私と紫様でまず間違いない。この行動がその言葉を嫌でも思い起こされ、そう考えるに至るのは私がまだ未熟だからなのか…それとも、それこそが真相の一つなのか…すると―――
「神田…?」
公園の入り口から声が聞こえ、そこに一人の女の人が立っていた。
「な…!?舞…いや、お嬢…!?」
名前を呼ばれて修平さんが驚く。何が起きてるのかよく分からない。でも、修平さんに会いに来て、尚且つ修平さんが驚く相手となると何者なのかは容易に想像が出来る。

恐らく、この人が…修平さんの想い人…

「…久しぶりだね。あれから一年以上だっけ?」
「ああ。正確には一年と六ヶ月。お前から会いに来るなんてな…」
いつの間にか修平さんの前にまで近付き、話を始める。
「おっと、妖夢は会った事は無かったな。こいつは舞美。いつぞやに話した片想いの娘だ。訳あって俺はお嬢って呼んでる」
「やめてくれその呼び方。もう一人身なんだし」
「んぉ?なんだぁ、彼氏さん振っちまったのか?」
「残念。フラれたんだよ」
「む?そうか…まぁ積もる話はっと…」
そう言っていつも私が修平さんと座っているベンチを指差す。それに舞美さんも頷き、私達はより詳しい話をする事となった。

舞美さんとの事についてまとめるとこうだった。

舞美さんは件の修平さんのご友人と知り合いで、互いに自分の友人を紹介しようという事になった。そしてその時に修平さんと舞美さんが知り合った。
この時既にご友人は舞美さんに想いを寄せていて、それを最初に相談した相手が修平さんだった。そしてその時に修平さんはご友人を応援しようと決意なされたのだが…

「懐かしいな…思えばあの時、お前からの打ち明けが無かったら俺はお前を好きにならなかったなんだな」
「あの時は私も心のどこかで弱みを見せて優しくしてもらおうって思ってた節があったから、そのせいかもしれない」

そう、修平さんはご友人の相談に乗った後に舞美さんからも相談を受けていたのだ。そしてその時に修平さんは舞美さんを護りたいと思う様になり、それが何時しか恋心へと変わっていった。あとは修平さんから聞かされた話の通り、という訳だ。

「それで、今日ここに来た理由なんだけどさ…」
突然真剣な声色になった舞美さんに合わせる様に修平さんが押し黙り、私もそれにつられる。
「あの時…神田を振った時に、色々酷い事言って…本当にごめん。どうしてもそれが言いたくて、ここまで来たんだ」
修平さんと出来るだけ向き合う様に身体を動かし、舞美さんが深々と頭を下げ、その拍子に肩程で切り揃えられた―――私とほぼ同じ長さの―――黒い髪が揺れ、恐らくは複雑な表情をしているであろう舞美さんの顔を隠した。
「…謝る必要はねぇよ、お前は何も悪くないんだ。だから顔を上げな」
「うん…何と言うか…あれだけ言ったのに、言う程神田の事が嫌いになれなかったというか…速人君達みたいに心底人を嫌いになれないからというか…」
頭を上げ、言い難そうにはっきりと言葉を続けない舞美さん。しかしそれは都合の悪い事を隠そうとしている訳ではなく、本当にどう表現すればいいのか分からないという喋り方だった。しかしそれでもなんとなくは伝わったのか、修平さんが舞美さんを手で制した。
「お嬢…やっぱお前って優しいのな…」
「私は優しくなんかないよ。むしろ、今も神田を私に都合の良い様に利用してるだけだから」
そう言って舞美さんは哀しみの含まれた笑顔を見せる。
色白の肌に黒い髪と同じ、黒い瞳。間違いなく美形に属する造形をした顔に沁み込んだ哀しみ。しかしその哀しみの笑顔が可愛そうなぐらいに舞美さんの魅力を引き出していて、修平さんはこの哀しみに惹かれたのだろうかと、不謹慎ながら私は思った。
「いや、こうして俺を赦してくれてる時点で、お前は十分に優しいよ」
「そうかな…?」
「ああ。それに俺を利用してるだけって言ってたけどよ、それは俺にとっては頼りにされてるとも取れるだろ?」
「…そーなのかー?」
舞美さんが疑問符を上げる。でも、私にも修平さんの言葉の意味がなんとなく分かる気がする。
例え良い様に利用されていると分かっていても、好意を持ってる相手の力になれるならどんな形でも協力出来る。恐らく、修平さんの気持ちはこんな感じなのだろう。
「少なくとも、俺はお前の力になれるなら嬉しい。それでだ。それをも踏まえてお前に頼みたい事がある」
そう言って修平さんが左手を舞美さんに差し出す。

「俺と、もう一度友達としてやり直してくれるか?」

かつてご友人に差し出し、弾かれた手。それを一度見てから舞美さんはもう一度修平さんと顔を向き合わせた。
「…いいの?さっきも言ったけど、私は君を利用するだけなんだよ?」
「俺もさっき言ったぜ。利用されるって事は、頼りにされてるとも取れるってな」
そう言って一歩も引く気配のない修平さん。その様子を見て舞美さんも何か思う所があったのか、顔を伏せて一言だけ。
「全く…訳が分からないよ…」
そして―――



差し出された手をしっかりと握り返した。



「今日はありがと。色々話を聞いてくれて」
「気にするな。俺も話せて嬉しかったぜ」
互いに固い握手をした後、1時間以上話し込んでいた事に気付いた舞美さんが帰るという事で二人で見送る事となった。
「妖夢ちゃん…だっけ?」
「え?あ、はい」
突然呼ばれて少し驚きながら返事をする。
「そこの馬鹿が本当に好きなら、どこまでも支えてあげなよ。こいつは見た目以上に心が壊れやすいから」
「…はい…!」
「それじゃあね。“修ちゃん”」
「!?…ああ、“舞美”…でもその前に一つだけ訊かせてくれ」
「何?」
「人は…憎しみだけで生きてけると思うか?」
そう問われて一度顔を伏せる舞美さん。しかしすぐに顔を上げ、その問いに答えた。
「生きてけるんじゃないかな?」
「…そうか。ありがとな」
やはり哀しみの沁み付いた笑顔で舞美さんが答え、修平さんが顔を伏せる。その表情には静かながらも激しい憎しみの感情が見え、それは私にある事を直感させるだけに十分な程だった。

修平さんは、かつてのご友人達を憎み続けながら生きる気だ。

根拠は無い訳では無いが、直感でそう思わせるに十分な程の強い憎しみ。修平さんを一言で表すに足る程の………
今日、修平さんに新たなご友人が出来た。しかしそれと同時にかつての友人達を憎み続ける様にもなった。それが果たして正しい事なのか、それは私には分からない。
その場に立ち留まり続けるのか、それとも背を向けて後ろ向きに歩き続けるのか、そのどちらが正しいのか、それともどちらも正しくないのか…しかしこれだけは言える。
「修平さん」
「ん?」


私は、どんな事があっても、修平さんの傍から離れない。







                                    Happy End?



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