「ふぅ…」
夜の公園。その昔は朝のラジオ体操やらなんやらをして何かと思い入れの深い、周りが頓挫した工事現場で囲まれてる、言わば俺の公園だ。そこにあるベンチに腰掛けながら、俺は両腕を背もたれに掛け、空を仰ぎながら物思いに耽っていた。

Good End

それは誰にとっても物理的且つ心理的にいい影響を与える結末の総称。片想いが成就するとか、そういうのが一番分かりやすいGood Endだな。
対して、Bad Endはその名の通り、誰にとっても物理的且つ心理的に悪い影響を与える結末の総称だ。主人公が世界を守れなかったとか、その辺りが一番分かりやすいBad Endだろう。
もし、Endにはその二択しか無いのなら、今回の事は間違いなくGood Endになるんだろうが……はっきり言おう。



俺にとって…いや、俺達にとって、これはBad End以外の何物でもなかった。








     『妖夢が現代に落ちてきた』





「あ…ぁ…」
思わず後ずさる。剣士としてはこの様な行動はあらゆる意味で愚の骨頂なのだが、私は完全に目の前に居る人物に恐れをなしていた。
「やってくれたわね…妖夢…」
我が主君、西行寺幽々子の御友人、八雲紫。境界を操る事の出来る能力を持ち、常識離れした頭脳を持つ最強の妖怪にして幻想郷の創造神。私はその紫様の怒りを買ってしまったのだ。
「貴女が優秀な剣士だというのは私も認めているわ。庭師としても。でも、従者としては酷く出来損ないね。相手が誰かをちゃんと確認しないから、こうなるのよ」
無表情と言う名の怒りの面が少しずつ近付く。何故彼女の怒りを買ってしまったのか。それは私が紫様が幽々子様への贈り物を台無しにしてしまったからである。
未だに相手を確認せずに斬りかかるという癖が抜けきっていない私は、珍しく正面から入ってきた紫様につい斬りかかってしまい、手に持っていた袋を両断してしまった。その中身は調度品で、どうやら生前の幽々子様に贈った物と同じ品らしい。
「恐怖で動けないの?なら謝る必要は無いわ。代わりに、それ相応の罰を与えてあげるだけだから…」
六十四卦の服が視界を埋め、扇を持った左手が何かを開く様に横に動く。それこそが紫様が能力をより効率良く行使する時の動き。スキマを開く為の行為だった。
「さあ、魂魄妖夢。そのスキマに堕ち、私の罰を受けなさい」
扇で私の額を小突く。その力は思いの外強く、私の身体は紫様に押されてスキマへと堕ちかけた。その時だった。
「っあ!」
耐久性が限界に来ていたのか、楼観剣を保持していた襷が切れ、私はとっさにそれを掴んだ。すると振子の原理で楼観剣が私の背中から弧を描いて紫様へと向かって行き、何故か私を掴もうとしていた紫様の手を鍔で跳ね除けた。
「え?」
不意を突かれた様な顔を浮かべる紫様。そして支えを失った私の身体はそのままスキマへと堕ちていき、あれ、もしかしてただからかわれてただけじゃね?とか頭の片隅で思いながら落下に身を任せていた……


   ―――――


「ふぃ〜…」
自宅から歩いて数分のところにある公園。周りが事業仕分で頓挫した工事現場に囲まれ、人目の付き難さが有頂天…頂点に達している鉛筆型の公衆トイレが唯一の特徴なここに、俺は一人ベンチにもたれて空を見上げていた。
夜の星空が視界を埋める。たったそれだけなのに俺の心は高揚を抑えられない。多分結構な人数がこう聞けば俺の心に同意出来ると思う。
空への憧れ。
俺はその育った環境もさることながら、とりわけ航空機への憧れが強かった。それもファントムやイーグル、タイフーン等、俗に言う戦闘機にだ。その思いが叶って今月、三月一日に高校を卒業し、来月四月八日から航空専門学校への入学が決定している。座学の成績は中の下を地で行ってるが、工業成績ならトップクラスの自信がある。現に俺はジュニアマイスター・ゴールドだ。だが今それは重要では無い………
「にしても、なんだこれ?」
左手に持っている一冊の本を視界に入れる。表紙には『幻想郷縁起』と書かれ、中身は何かの図鑑か、それに近い物となっていた。この公園のど真ん中に落ちていて、最初は某死のノートかと思ったがそんな事は無かった。
とりあえず流し読み気味に一度目を通し、二度目は幽霊の項で頁を止めて食い入る様に読む。
「…魂魄妖夢…」
流し読みした中で唯一剣を持っている存在。昔剣道を習い、今でも時折地元の祭りで入手した居合刀を振るう事のある俺にとっては一際特別な思い入れが出来てしまった。ちなみに俺は投げナイフや弓等、少々特殊な武器以外なら何でも使える自信がある。
「しかし、平作りの長刀ってのも変わってやがるな…」
楼観剣とか言う長刀の絵を見て呟く。するとその直後に何かが落ちる音がして俺は右を向いた。

その時だった。

「ん?何のおt―――ぃいっ!?」
右を見た瞬間に目の前に何かが突き刺さった。それは明らかに真剣で、1p程度しか距離が無い。これ少しでもずれてたら俺死んでたんじゃね?とか思いながらそもそも何で空から真剣が落ちて来るんだよと突っ込み、再度空を仰いだ。その先には………
「ぁぁぁぁああああああ!」
「……!?」
お、親方ー!空から女のk(ry
「ひでぶっ!!!」
……痛ってぇ……あ…ありのまま…今起こった事を話すぜ……目の前に真剣が落ちてきたかと思ったら俺の上に女の子が落ちてきた……催眠術だとか以下略ってそんな事はどうでもいい。
「みょん〜…」
この子完全に落下の衝撃で気絶してるんだよ。額に打撲痕が見えるから間違いない。しかもこの子ついさっき見た覚えがあるぞ。
「…あれ?この子魂魄妖夢じゃね?」
銀のボブカット。緑の服装。黒のリボン。そして腰の白楼剣。楼観剣が見当たらないところを見るとさっき目の前に落ちてきたのが楼観剣で間違いない。となるとその前の物音は楼観剣の鞘か?
「ってそんな事を考えてる場合ではない。これは救急措置を施す場面だろ。人道的に考えて」
まともに考えてその結論に至り、俺は少女を背負い、更に落ちてきた楼観剣を回収して急いで帰路についた………


   ―――――


「ぅう〜ん…」
「お、大丈夫か?」
自宅の自室。そのベッドの上で妖夢と思しき少女が目を覚ました。ていうか、目は青なんだな。
「…はい…頭が痛いですけど…」
「落下の衝撃で脳震盪を起こしてたからな。とりあえず冷やしておいたから大事にはならないと思う」
冷えピタで代用出来るとは思わなかったぜ。
「はい、ありがとうございます。あの、ここは何処ですか?」
「俺の家だ。俺は神田修平。食うか?」
急ごしらえで作ったお粥を差し出す。鮭のフレークが入ってるから味が無いなんてオチは無い筈だ。
「あ、はい。頂きます。ところで―――」
「その前に質問していいか?君は魂魄妖夢で合ってる?」
「え?何で私の事を?」
妖夢の驚き顔を見て、ああこりゃ現実だと頭を悩ませる。そこで俺は妖夢に拾った幻想郷縁起を見せ、今までに起きた事から推測出来る事態を説明した。
「君は空から降って来たんだ。その本の中身を信じた上で推測すると、冥界から何らかの理由で君は現代のあの公園に落ちてきて、今に至ってると考えれる。つまり、ここは幻想郷じゃない、外の世界だという事だ」
「そうなんですか…外の世界には幽霊の回収で何度か来た事がありますけど…」
そこで言葉を切る。成程、見た目は少女そのものというのも納得だ。数十年生きてる筈なのに布団の端を持って不安げに引っ張ったりするのは彼女がまだ少女だからと考えれば納得がいく。半人半霊とやらはあらゆる意味で成長が遅いらしい。
「…ところで、あの…」
「楼観剣と白楼剣か?確かに剣客にとっちゃ剣が傍に無いってのは不安材料になりえるしな。分からん事も無い」
言いながら楼観剣と白楼剣を手渡す。素直に渡せば、俺に敵意が無いという証明にもなるしな。
「楼観剣の襷は縫い合わせておいたぜ」
「あ、ありがとうございます。本当に、何から何まで…」
そこまで来てようやくお粥に口を付ける。すると気に入ったのか上品ながらもがっつく様にお粥を平らげた。
「まあ今日はもう遅いし、積もる話は明日にしよう。今日はもう寝ろ」
「はい。ではおやすみなさい」
妖夢にあいさつを返してからお粥が入っていた茶碗を台所で洗う。元々三〜四人暮らしを考慮して立てられた家故に寝床に困る事は無いが、さて、これからどうしたものか………
「…にしても、魂魄妖夢か…可愛いよな…」
理性インザスカイしなければいいが………

これが、俺神田修平と、彼女魂魄妖夢との出会いである。




    ***



………
「……」
………
やっべーーーーーーー………
やばい。これはやばいわ。完全にからかってただけなのに、とんだ予想外の出来事で妖夢をスキマの中、あまつさえ現代の何処か見知らぬ所に落としてしまうなんて…もしこれが幽々子にばれたりしたら……
一、幽々子にばれる。
二、幽々子が豹変する。
三、華胥の永眠。
四、\(^o^)/
それは不味い。幾ら妖怪の大賢者、スキマ妖怪の八雲紫でも富士見の娘相手にガチバトルで勝てる訳が無い。ベジー○がブ○リーに勝てる訳が無いのよ。
「これはマジやばいわ…どうしたら…」
何か対策を練らなければ…そう思って後ろを振り向くと………
「じ〜〜…」
「……」
富士見の娘、華胥の亡霊、西行寺幽々子の姿があった。

\(^o^)/




   ***



さて、とりあえず結論から言うと、暫くの間妖夢は家で預かる事となった。まあ詳しく説明する必要は無いと思うが、妖夢は白玉楼から突き落とされてしまって、ついでに帰り方が分からない。なら帰り方が分かるまで俺の家を活動の拠点とし、本来の帰り方であるスキマ妖怪八雲紫がこっちに姿を現すまで派手な事をせず、それまで何か他の方法で帰る事は出来ないか探るという事だ。ちなみに今俺達が何をしているかというと………
「はあっ!」
「っちぃ!」
例の公園で絶賛剣の修行中であった。これも面倒だから事のあらましを可能な限り簡潔にすると、
一、上記の事を両者承諾する。
二、だが暇を持て余すのを回避するのは不可能。
三、木刀は無いかと妖夢が尋ねる。
四、剣道をしていた頃の木刀がある。
五、現在に至る。
今でもよく居合刀を振り回す事のある俺にとってはまたとない機会である。しかも妖夢は二刀流で、一刀が基本の俺とはまた違う次元の技術があるから尚更だ。ちなみに妖夢は人間程度の実力に抑えているとの事。
「うおらぁ!」
妖夢の姿勢制御の瞬間を狙って袈裟に斬り込む。しかし妖夢はそれを難無く大刀でいなし、小刀で斬り上げてきたが、飛び込み前転の要領で回避。即座に体勢を立て直して再び肉薄する。
「今度はなかなか持ちますね!」
「流石に一週間もやり合い続ければ嫌でも慣れて来るぜ!」
ちなみにそれまで全部黒星。
低い姿勢のまま右斬り上げを繰り出し、紙一重で避けた妖夢に更に追撃を加える。
左足をアンカーとして地面を踏ん張り、右足を足払いでもかける様に回し、その勢いを乗せた左薙ぎを繰り出す。
「くっ!」
殆ど慣性の法則に抗った動きで少々驚きを見せる妖夢。だが即座に小刀で防ぎ、そのまま軌道変更させると大刀をもう一度一撃加えようと繰り出す。しかしそれは織り込み済みで、軌道変更された勢いを利用してわざと地面に伏せ、回避を確認する前に横に転がって距離を取った。だが―――
「なっ!?」
妖夢を視界に入れた時には既に投げられた小刀が目の前に来ており、間一髪でそれを払い除けるが、完全にこれは不意を突かれた。
「決まりだ!」
抜刀の姿勢から一気に踏み込む。その瞬間、腹に強烈な衝撃を感じ、背中から倒れ込むと同時に負けを認識した。
「はぁ………駄目か」
「修平さんは筋がいいです。多分このまま鍛錬を続けていれば相当の剣士になれると思いますよ」
ベンチに木刀を置いた妖夢が手を差し出す。その手を何の迷いも無く取り、俺は上体を起こした。
「こんな調子で、どこまで強くなれるか分かったもんじゃないけどな」
立ち上がって、木刀なのに納刀の動きをする。その時に一々逆手に持ち替えるのはただの癖だ。特に深い意味は無い。ちなみに妖夢の服装は昔オカンが着てたやつだ。今は家に居ないが、帰ってきた時の為の服がいくらか残してあるからな。買い物フラグを期待しても無駄だぞ。
「さて、そろそろ昼飯時な訳だが…妖夢、どうする?」
数年前に自作した日時計が未だに公園の端に置いてある事に少々驚きつつ、もうすぐ昼飯時になろうとしているのを確認して妖夢に問う。
「私はなんでもいいですけど…修平さんは何か食べたいものはありますか?」
今何か食いたいやつか…なら、あそこ行くか………


   ―――――


「いらっしゃいませー!」
「よう瞳ちゃん、久しぶりだな」
「あ、修ちゃん!久しぶり―!って言っても家には先週来てたみたいだけど」
自宅の裏手、大通りに面したラーメン屋に俺達は居た。ここは俺が小学校低学年の時に店を開き、以来食う物に迷ったらとりあえずここって感覚で通い詰てる。ちなみに看板娘の瞳ちゃんは所謂幼馴染で、俺の一個上の教師の卵だ。大学が忙しいらしく、こうして顔を合わせるのは数か月ぶりだ。
「あれ?その子は?」
「訳あって今家に居候してる。名前は妖夢」
「はじめまして」
俺に紹介されて妖夢が礼儀正しく挨拶をする。するといきなり瞳ちゃんが俺の耳元に近付いてきた。
「ふぅ〜ん………中々可愛い子じゃん?幾ら年下好みっていっても押し倒したりしないでよ?修ちゃん」
「ほっとけ!瞳ちゃんも大学と称して遊ぶなよ?」
「ありゃ?痛いとこ突かれた」
とかなんとか小声でやり取りしつつ、案内されて席に着く。いつも思うんだが座布団に座る時も席に着くで合ってるんだよな?席じゃないのに。
「ラーメンは食った事あるか?」
「はい。とは言ってもそう何度も食べれるものでは無いですけど」
「ふぅん……と、そうだ妖夢」
「はい?」
へいお待ちと出されたラーメンセットに箸を付けながら話しかける。
「お前が幻想郷に居た時の話を聞かせてくれよ」
「幻想郷に居た時の…ですか?」
「おう」
すると妖夢は少し思案顔になってから幻想郷に居た時の事を話し始めた。


   ―――――


私が生まれたのは今から大体三十年ぐらい前です。その頃はスペルカードルールも無く、まだ力の強い、無秩序な妖怪が醜い争いをしていた時代でした。
私の家系、魂魄家は半人半霊の家系です。でも半分はただの人間でしか無く、自分の半霊のおかげで霊術や妖術を扱う事が出来る程度。生まれて間もない私を残して、両親は殺されてしまいました。そんな私を育ててくれたのが私の祖父、魂魄妖忌と、今の主、西行寺幽々子様でした。
正直、幽々子様はあまり私を育てているという実感や責任を持っているとは言い難かったですけど、祖父の妖忌は私の父親代わりであると同時に剣の師匠でもありました。


「実の祖父が剣の師匠……」
「はい。師匠はもう何処かへ隠居してしまいましたが、その前日に私に言い残した事があるのです」


それは春の終わり頃でした。あまり寝付けず、気晴らしに外を歩いていたら師匠が妖怪桜、西行妖の前に立っていたのです。
―――こんな時間に、どうしたのですか?師匠。
『妖夢。お前は楼観剣と白楼剣さえあれば、斬れぬ物は何もないと思うか?』
―――いえ、物理的に不可能な物はいかに楼観剣と白楼剣と言えど、絶対に斬れないと思います。
『そうか。そうかも知れぬな』
―――師匠?
『妖夢、楼観剣と白楼剣を以てしても斬れぬ物は、確かに存在する。だがそれは言葉にしてしまえばとても陳腐で、その真髄を伝えようとするのは言葉では到底不可能な物なのだ』
―――それは、なんですか?
『いずれ、お前にも分かる時が来る、だが覚えておけ。この世あの世全てに於いて、何を用いようと、絶対に斬れぬ物は一つだけ存在すると。そしてそれは、時間や空間等と言った絶対的な物では無いと、その小さな身体の奥底に心得ておけ』


「時間や空間では無い物……」
「…それが何なのか、今の私でも分かりません。でも、何時かは分かる筈です。真実は斬って知ると、師匠は教えてくださいましたから」
真実は斬って知る、か………
「…よく分からん教えをしたもんだな」
セットで付いてきたチャーハンを片付ける。ラーメン単品で頼んだ妖夢は既に食い終わっており、チャーハンを食い終わるのを待ってから一緒に店を後にした。


   ―――――


―――妖夢、楼観剣と白楼剣を以てしても斬れぬ物は、確かに存在する。だがそれは言葉にしてしまえばとても陳腐で、その真髄を伝えようとするのは言葉では到底不可能な物なのだ。いずれ、お前にも分かる時が来る。だが覚えておけ。この世あの世全てに於いて、何を用いようと、絶対に斬れぬ物は一つだけ存在すると。そしてそれは、時間や空間等と言った絶対的な物では無いと、その小さな身体の奥底に心得ておけ―――


まだ幼かった私にはとても理解出来なかった言葉。そして今も、それが何なのか理解出来ていない………
「さてと、この後どうする?買い物にでも行ってみるか?」
「あ、はい。お供します」
楼観剣と白楼剣を以てしても…いや、何を用いようとも、決して斬る事の出来ない物…真実は斬って知る物と師匠は言った。でも―――
「お?なんだよバイク屋来てるじゃねぇか。これで当面の通学手段にはこまらねぇな」
この人と一緒なら、それが何なのか分かる気がする。そう思えて仕方が無かった。


もしかしたら…もうこの時、私は神田修平という存在に惹かれていたのかもしれない。



   ***



「ねぇ紫?貴女が妖夢をいじりたくなるのは分かるわ。でもこれはやり過ぎ」
「はい…仰る通りです…」
居間に正座させられて亡霊に説教を受ける妖怪の大賢者。幽々子に諭されてる私の図なんて、もう妖怪の大賢者(笑)にしかならないじゃない………
「…そういえば、貴女は知らないんだったかしら?」
「何をよぉ……」
もう色々ヤケクソ気味である。
「妖夢はね、感受性がとても強いの。それこそ前の月の一件で、月の力に当てられてまともに庭師としての仕事すら出来なくなるぐらいに……」
それは初耳だった。月の一件直後という事は、丁度博麗神社で霊夢を酔わせて面白がってた頃だ。
「すぐに月の兎が妖夢の波長を戻してくれたから大事には至らなかったけど…もし、妖夢が現代に落ちてたりしたら……場所によってはものの数日で外の瘴気に当てられて、人間の部分が死んでしまうわ」
っ!?
「そして瘴気に当てられれば当てられる程、妖夢自身の気配も変質して、気配を辿って探し出すなんて事は到底出来なくなる……つまり、時間を掛けて探せば探す程、妖夢が死んでしまう可能性が高くなっていくの。まぁ、貴女の事だから大丈夫だとは思うけど、もし…」
そこで一度言葉を切り、幽々子の表情が一変する。
「…もし、妖夢に何かあったら、私が手当たり次第に死を振り撒いて、幻想郷を死の世界に作り替えるわ。スペルカードなんて物では無く、正真正銘の死を振り撒いてあげる…」
「!っ……」
幻想郷を…死の世界に…もし、目の前の西行寺幽々子という亡霊が、本気で死を振り撒けば、幻想郷は事態を把握する前に草木の一本すら死に絶えた世界になる。それは幻想郷の死を意味する上に、本気の幽々子を止めるのは私達一家が本気で立ち向かっても五分五分だ。幽々子にとって、妖夢は幻想郷と天秤にかけても圧倒的に重い存在だったのかと再認識し、声にならない返事を私は無意識にしていた………



   ***



「いでっ!」
「はぁ…はぁ…まだ、やりますか?」
「はぁ…当然!」
妖夢のあの話を聞いてからまた一週間。いよいよ白星をポツポツと取れる様になれる程に俺の剣腕が上がってきていたが、なんとも言えない違和感を俺は覚えていた。
「ぅおらぁ!」
逆手に持ち替えて妖夢の大刀を大きく弾き飛ばす。勿論妖夢はそれに対処する為に小刀を繰り出したが、その軌道は完全に読めていた。
「くっ!」
小刀の右薙ぎ。そう、俺は完全にこの攻撃を読めていた。ただこれだけなら大した事は無いのだが、更に―――
「はっ!」
「!?」
薙いだ拍子に左手刀で小刀を叩き落とす。そして剣を妖夢の首元に当ててホールドアップ。これで俺の白星がまた一つ増えた訳だが、やはり腑に落ちない。
何故、妖夢は剣を手放してしまったのか?
確かに妖夢はまだ少女だ。だからと言って生まれながらにして度重なる戦いを経験している筈なのに、付け焼刃な強さしかない俺の攻撃で簡単に手放してしまうのは明らかにおかしい。それに、二週間前と比べると妖夢の持久力が目に見えて低下してる。どういう事だ…?
「はぁ…はぁ…妖夢、一つ聞いていいか?」
「はい…何ですか?」
「お前、何か俺に隠してないか?」
……沈黙。
「……どうなんだ?」
「……隠している事はありません。でも……でも、最近あまり身体の調子が良くなくて……それも、どんどん悪化している様な……」
「…妖夢…!?」
喋っている途中で妖夢の身体がグラつく。明らかに重病人の動きだぞ。
「おい大丈夫かよ!?無理すんなって!」
「はい…すいません……少し、休みま……」
「!?おい妖夢!妖夢!」
妖夢の身体が完全に支えを失う。その瞬間にどうにか支える事に成功したが、妖夢の体温がやたらと低く、状況がただ事ではないという事だけははっきりとしていた。
俺は、どうすればいい…!?
「と、とりあえず一旦家に帰るぞ!いいな!?」
「はぁ…はぁ…はい…」
妖夢を背負い、いつぞやみたく木刀も回収して自宅に急ぐ。そして超スピードで帰宅して妖夢をベッドに寝かせたのだが………
「どーなってんだ…熱ならともかく、体温が異様に下がるなんてのは聞いた事がねぇぞ…」
自室から居間に入って思考を巡らす。だがどう考えても運動中に体温が下がってくるなんて事例は今まで聞いた事が無い。
「運動中の低体温症…?ありえない…だが明らかにあれは34℃無い…半分死んでるっつっても、多少体温が低いって程度でしか無い筈だ…」
実際、幻想郷縁起にそう記述されていた。だがどうやったら運動中に体温が……いや、待て…!
「…本当に、運動中に下がっていったのか…?」
そうだ。いつの間にか俺は前提条件として運動中に下がったと考えていた。もし、運動する前から徐々に下がっていっていたとしたら……!
「…そうか!そういう事か!」
妖夢の体温低下の原因に目星がついて即座にパソコンを引っ張り出す。妖夢は幻想の存在だ。現実の存在しか生きられない現代で、妖夢が長く生きられる訳が無かったんだ。つまり―――

―――妖夢は、今死にかけている。

半人半霊なんて存在が、こっちの世界で生きられる訳が無い。とっとと幽霊と人間に分割されるか、幽霊共々成仏させられるのがオチだ。或いは、こっちの世界の環境その物が悪影響を与えているのか…ともかく、早く妖夢を幻想郷に送り返さないと不味い!
「…あった!」
電脳世界を駆け回って数分。ようやく俺は目的の情報を見つける事に成功した。

―――博麗神社の所在について


   ―――――


「しっかり掴まってろよ!振り落とされたらおしまいだからな!?」
「はい…はぁ…はぁ…」
この前届いたばかりの原付に跨り、後ろに妖夢を乗せる。原付での二人乗りは違反行為だが、そんな事を言ってる場合ではない。
「…頼むぜオンボロ…2スト時代のパワー万能主義を見せてみろ…!」
一つしか無いヘルメットを被り、ニュートラルのままエンジンを何度か吹かす。本当は妖夢にヘルメットを被せてやりたかったが、仮に転倒した時に俺が致命傷を受けたらそもそも博麗神社に辿り着けなくなるという結論に至り、後ろ髪を引かれる思いで自分で被ってる。辿り着けさえすれば、どんな怪我でも後は八意永琳にお任せだ。
「…よし…いい子だ…!」
いつも以上に軽快なエンジン音を確かめ、ギアダウンしてから発進する。いつもより強くスロットルを入れないとエンストしかねん。若干前輪が浮いたが、それに構わず俺はエンジンの回転音に合わせてギアを次々と上げていった。
「違反行為連発だが、出てくんなよ警察!」
原付制限速度の30kmを余裕でオーバーし、博麗神社への道のりを疾走する。信号待ちしそうなところは近くの店の駐車場を利用したり、限界まで加速してすり抜けたりと、これだけで免停食らいそうだ。だがそのおかげでかなりの短時間で博麗神社周辺まで辿り着く事が出来た。問題は―――
「大丈夫か!?妖夢!」
「はぁ…はぁ…」
駄目だ、もう返事をする事すら危うい。とにかく境内まで入るしかない。俺は妖夢を抱え、博麗神社の境内まで突き進んでから大声で叫んだ。
「誰かー!誰か居ないのかー!?妖怪でも幽霊でも何でもいい!この子を!妖夢を幻想郷に帰してやってくれ!」
傍目から見ればただのおかしな人間だが、こっちはマジだ。すぐにでも妖夢を幻想郷に帰さないと、本当に妖夢が死んじまう!
「誰かー!博麗霊夢!八雲紫!西行寺幽々子!誰でもいい!出てきてくれー!」


そうやって、どれだけ叫び続けただろう………


気が付けば辺りはすっかり暗くなり、満月に近い月が俺を見下ろしていた。
「はあ、はあ、頼む…誰か…出てきてくれ…妖夢を、助けてくれ…」
叫ぶだけでここまで疲れるとは思わなかった。もう膝が地面に着いて久しく、流したくも無い涙が溢れ出てくるのを拭う為に邪魔な眼鏡をかなぐり捨てたのもどれだけ前か覚えていない。
「ぐ…ぅ…妖夢…」
抱えている妖夢の頬に何滴か涙が落ち、より弱くなった妖夢の命の鼓動に合わせて頬を流れ落ちる。そして疲労困憊で俺の意識も危うくなってきた時、いつの間にか月と俺との間に誰かが割り入っている事に気付いた。
「…まさかとは思ったけど…」
誰だ…?もう何も考えれなくなっていた頭を動かし、割り込んでいる人物を仰ぎ見たが顔は陰になって分からず、服の柄しか分からなかった。確か、これは―――
「…六十四卦の…萃…?」
「あら?以外に博識なのね。それにしても、ここまで運んできてくれて、ありがとね」
六十四卦の服装の女性と思しき影が近付き、左手を動かす。だがそれがどういう意図を持って動かされたのか、それを見届ける前に俺の意識は虚空へと飛び去った。



   ***



「ん…んぅ…」
隣で寝ていた可愛い従者、妖夢が目を覚ます。そういえば、この子の寝顔を見るのは何時以来だろう…?
「目が覚めた?」
「あ、幽々子様…あの、一体何が…?」
「貴女は幻想郷に帰ってこれたのよ。あの可愛らしい男の子のおかげで」
「え?」
イマイチ状況が理解出来ずにいる妖夢に詳しく事の次第を話す。外の世界の瘴気に当てられ、危うく人間の部分が死にそうになっていた所をあの少年―――確か、神田修平とか言った―――が、外側の博麗神社にまで連れて行き、そこで紫と出会って今幻想郷に居ると。
「そうでしたか…」
「にしてもすごい子ねぇ。まさか意識が飛ぶまで博麗神社で叫び続けるなんて…ちょっと悪戯しちゃおうかしら?主に性的な意味で」
妖夢の反応を期待して冗談を言ってみる。だが妖夢の耳には全く届いていないらしく、俯いてブツブツと小声で何かを言っているだけだった。
「…想い人に辛い思いをさせた、か…全く、根はどこまでも妖忌にそっくりなんだから…でも、もし妖夢を私から奪うというのなら…私は、彼を―――」











        「―――取り殺すわ」














   ***



目を覚ましたら別世界だった。
前にそんなような内容の話を聞いた事があるが、俺は今その状況に置かれているのだろうか?
「…知らない天井だ…」
何の意図も無しに新世紀の台詞が出る。間違いなく日本家屋の天井なんだが…だからと言って電球の一つも無い天井なんてのは見た事が無い。


ここは、どこだ…?


寝かされていた布団から這い出し、枕元に俺の着ていた黒いコートが畳まれた状態で置いてある事を確認し、襖を開けて外の様子を窺う。最後に見た時と同じ月齢の月が東に沈もうとしているのが見えるだけで、他には何も見えない。強いて言うなら明かりが少ない分星がより鮮明に見えやすくなっている筈だが、生憎眼鏡を掛けていない為に何も見えない。さっきの所に眼鏡置いてあったっけか…?
「あら、目が覚めましたのね?今は午前二時過ぎですわ」
「え?あ、ああ…」
後ろから声を掛けられ、振り向き様に空間の裂け目から飛び出た手が俺の眼鏡を持っている事に驚きつつ、眼鏡を受け取って声の主を見据えた。
「あんたが、スキマ妖怪の八雲紫だな?」
「いかにも」
手を元に戻し、上体だけしか出していなかった身体を部屋に降り立たせる。この女が、あの八雲紫…幻想郷縁起と違って服装が寝間着一枚なのは単純に時間帯の関係だろう。この妖怪は夜が基本なのは確かだが、活動時間がイマイチ安定してない。
「私が、貴方を此処へお連れしましたの」
「いや、大体の事情はもう掴めてる。妖夢は大丈夫だったのか?」
そう。妖夢は…此処、幻想郷に帰る事で助かったのだろうか…?
「ご安心を。貴方のおかげで妖夢は助かりました。それと―――」
そこで一度区切り、その場で正座をして八雲紫が頭を下げた。
「結果的にとはいえ、幻想郷を救っていただいた事、お礼を申し上げます」
どういう事だ?という暇も無く、八雲紫は事情を説明し出した。
妖夢を現代に突き落としたのは自分である事。
そしてそれは単なる事故であったという事。
その事で西行寺幽々子が怒り、危うく幻想郷が死の世界と化してしまうところだったという事。
そこで俺が現れ、妖夢を表側の博麗神社に連れて行く事で結果的に幻想郷の危機が未然に防がれたという事。
「本当にありがとう…私にとって、幻想郷は我が子も同然だから…」
「…礼を言われる程の事はしてないって言うのは、ちょいと無粋か…でも、俺は妖夢を助けたい一心で行動を起こしただけだ。あんた程の実力者が、こんな小さな人間に頭を下げるのはよろしくないだろ」
そういう俺の言葉を受けて、八雲紫が頭を上げる。だが我が子も同然の幻想郷を、結果的にとはいえ救った訳だから、彼女の俺に対する態度はこれが正しいのかもしれない。
「…貴方にこんな事を言うのは、おこがましいのだけれど…」
ん?
「神田修平君。貴方は幻想郷の事については大体把握している?」
「ああ」
幻想郷は、全てを受け入れる。それはそれはとても残酷な事とは、彼女の弁だ。それはつまり―――
「来るものは拒まず、だが命は保証しない…か」
「いかにも。私、紫という一妖怪としては、貴方を私の家に受け入れ、何時までも彼女と一緒の日々を過ごさせてもいいのだけれど…八雲の姓を持つ、管理者としてはそれは出来ません。博麗と八雲は、幻想郷の維持の為に全ての人間と妖怪に対して平等であらなければならない。私の友人、西行寺幽々子も、妖夢を奪いかねない貴方を取り殺す可能性が高い…だから率直に言います。貴方には、早急にこの幻想郷から出て行って貰いたいのです。貴方が幽々子に取り殺される前に…」
あくまで俺の身の安全の為に、か…いや、正確には身の安全だけじゃないな。何も言わずに外に置いて来てしまった者達の為でもあるか。最も俺が外に置いてきた仲の良い存在なんて居ないが、俺がそれを否定する理由は無いな。
「…了解した。俺の事を思ってでの言葉なら、明日にでも外に帰るさ」
「承知しました。では、今日はお休みなさいな―――」
その言葉を最後に八雲紫はスキマの中へと姿を消し、部屋に静寂が戻る。だがすっかり眠気が覚めちまった以上、布団の上で胡坐をかいて座るぐらいしかやる事が無いのだが…と、思っていたのだが。
「目が覚めた?」
「ぅお!?」
隣の襖が突然開く。そこにはやはり寝間着一枚の黒髪の少女が立っており、俺は直感的にこの少女が博麗霊夢だと思った。
「君が、博麗霊夢か?」
「ええ、貴方の事は大体聞いてるわ」
そうかい。それなら話が早い。ていうかさっきもそうだったが、幻想郷の住人は寝間着で寝るのが当たり前なのか?和服萌えな俺にとっては目のやり場に困るんだが―――
「…どうしたの?」
「あ、いや…別に…」
いかんいかん、この少女は妖怪並みの直勘力を備えているんだった。あまり下手な事は思考しない方が―――
「…ああ、そういう事か。妖夢の浴衣写真あるんだけど、欲しい?」
「なん!です!とぉ!?」
霊夢が袂から一枚の写真を取り出す。それには確かに浴衣姿の妖夢が写っており、偽物とはとても思えなかった。
「紫からこいつをダシにして色々話を聞けって言われて貰ったやつだけど…あんた意外と日本人ね。和装とか好きなの?」
そりゃそうだ。メイドさんか巫女さんかと聞かれれば、即座に巫女さんを選ぶ自信があるぜ。
「妖夢の可愛さが分かる奴は皆和服好きだと思うぜ。いやそうに違いない!」
「流石にそこまで言われると少し引くわよ…本業の巫女としても、正直あまり嬉しくないし」
そんなこんなを言い合いながら、俺達は日が昇るまで喋り続けた。結局妖夢の浴衣写真は霊夢が眠気を訴えた辺りで俺に譲渡され、成程、単純に叩き起こされてまた眠くなるまでの暇潰しに付き合う事の代金だったって訳だ。


そして昼時、俺は現代に帰る事となった。


「本当に、妖夢に一言言って行かなくていいの?」
「ああ。あいつはまだ全快じゃないんだろ?なら、無理はさせたくない」
それに、今会いに行けば確実に帰った後、俺は抜け殻状態になっちまう。自分勝手なのは分かるが、直接会わないだけで、あいつへの伝言はちゃんと考えてある。
「霊夢、俺が帰った後妖夢に伝言してくれないか?」
「はいはい……自分で言いに行けばいいのに……」
それが出来る俺ならもうしてるぜ………
「…今まで、ありがとな。お前と逢えて、本当に良かった…て、伝えて―――」
「修平さん!」
突如背後から聞こえた声に思わず身が固まる。聞き間違えようも無い、こっちの住人で最も聞きなれた声―――
「待ってください!修平さん!」
妖夢の荒い息遣いと安定しない着地音。それだけで妖夢の身体がまだ全快ではなく、むしろかなり無理してここまで辿り着いたというのが容易に想像出来た。
「はぁ…はぁ…なんで…私に、何も言わずに帰っちゃうんですか…!?やっぱり…修平さんにとって、私は…はぁ…はぁ…ただ一緒に暮らしてたってだけなんですか!?」
妖夢の怒鳴り声と同時に、足音が段々と近付く。そしてそのまま、妖夢が俺の背中に抱きついた。
「…いやです…貴方と離れ離れになるのは…それが例え、主に剣を向ける事になったとしても…!」
「…っ!」
そこまでが限界だった。腹に回されていた妖夢の柔らかい手を握り、無理矢理解くとそのままの勢いで妖夢の小さな身体を正面から強く抱きしめた。
「しゅ…修平さん…?」
「俺だってお前の傍を離れたくねぇよ!でも、それは出来ないんだ!確かにお前の、主に剣を向ける覚悟は伝わった。でも!お前の気持ちと同じ様に、お前の主も、俺を殺そうとするかもしれないんだ!そしてこれは現実になると思う…俺達二人がまともに生き続けるには、これしか方法が無いんだよ…!」
抱き締めあいながら、妖夢は哀しみの涙を流し、俺は悔しさから震えた声を出す。そして暫くそのまま抱き締めあった後、どちらともなく手の力を緩め、互いの顔を正面に捉えた。そして―――


―――俺は生まれて初めて、口付けというものをした。


「…好きだ、妖夢」
「…好きです、修平さん」
同時に出た言葉。そしてそれを合図として互いに腕の力を抜き、俺はもう一度妖夢に背を向けた。が、何気なく手を突っ込んだコートのポケットの中に、失くしたと思っていた物の感触があり、俺はもう一度振り返った。
「妖夢!俺が今までで一番大切にしてきた物だ!お前が持っててくれ!」
と言って投げ渡す。それをキャッチした妖夢の手の中には、一発の銃弾のペンダントが収まっていた。
「俺が苦難にぶち当たった時、最後まで俺の支えになってくれた物だ。お前が持っててくれれば、俺はそれでいい」
「……はいっ!」
涙声で答えた妖夢がペンダントを首から下げる。男用に長めに調整したチェーンのせいで異様に下まで下がってるが、それを今言うのは野暮ってもんだ。
「修平君、もう、準備はいい?」
「…ああ、やってくれ」
八雲紫の問いに答え、すぐ後ろでスキマが開く気配がした。そして―――
「っ!修平さん!私の事!絶対に忘れないでください!絶対に―――に―――す!」
現実と幻想は、完全に交わりを絶つ事となった。



   ***



「ふぅ…」
夜の公園。その昔は朝のラジオ体操やらなんやらをして何かと思い入れの深い、周りが頓挫した工事現場で囲まれてる、言わば俺の公園だ。そこにあるベンチに腰掛けながら、俺は両腕を背もたれに掛け、空を仰ぎながら物思いに耽っていた。

Good End

それは誰にとっても物理的且つ心理的にいい影響を与える結末の総称。片想いが成就するとか、そういうのが一番分かりやすいGood Endだな。
対して、Bad Endはその名の通り、誰にとっても物理的且つ心理的に悪い影響を与える結末の総称だ。主人公が世界を守れなかったとか、その辺りが一番分かりやすいBad Endだろう。
もし、Endにはその二択しか無いのなら、今回の事は間違いなくGood Endになるんだろうが……はっきり言おう。


俺にとって…いや、俺達にとって、これはBad End以外の何物でもなかった。



   ***



幻想郷から帰還して一週間。あの時俺が予想した通り、俺は抜け殻同然の暮らしをしていた。
朝起きて、飯を食って、ネット徘徊して寝る。頼りになる友人なんて俺には居らず、誰にも何も相談出来ずにただ時間を無為に過ごしている。それだけだった。
確かに俺は幻想郷の危機を未然に防いだ。それは幻想郷にとって有益な事だ。しかし出会った時点で俺達は分かれなければならないと運命付けられ、こうして俺は死んでいるも同然の生を続けている。
これは、本当にGood Endだったのだろうか…?確かに妖夢は向こうで生きているが、二度と会えないのでは意味が無い。
「…っ!」
妖夢の写真を取り出す。だが胸の痛みは余計に大きくなるばかりで俺の心は癒える事は無かった。何かで心臓を貫かれたかの様に激しく、そしてとても重い痛み。いっその事この痛み続ける心臓を潰す事が出来れば、どれだけ楽な事だろう…?
「…そういえば、あいつは冥界に住んでるんだったな…」
酷く掠れた声で呟く。もし、俺が冥界に行けたとして、妖夢は俺に気付いてくれるだろうか…?いや、その前に西行寺幽々子の手で俺の輪廻転生を絶たれて消滅させられる方が早いかもしれないな……全く、俺の輪廻の内、最も敵に回してはいけない存在の一人を敵にしちまった訳だ。妖夢の事を好きになってしまったが故に………
「全てが、間違っていたのかもしれないな…俺の心全てが…」
浴衣姿で写っている妖夢の写真。星空を見上げるついでに写真も視界に入れ、そのままぼーっとし続ける。これが最近の日課だ。こうして妖夢と暮らした記憶を思い出し、もう二度と会えない彼女の事を想って心を痛めつける。そして頃合いになったら家に帰って寝る。その筈だったんだが―――
「ごふぅ!?」
「きゃあっ!」
突如腹の上に何か重量物らしき落下の衝撃が加わる。マジいてぇ…嗚呼、兄上…この愚弟も…今からそちらに逝…けなかった。ていうか兄貴まだ死んでねぇし。とりあえずdでも圧力は掛かったがまともな激突衝撃やら内臓への損傷は回避されたらしく、順調に痛みも引いてきている。ていうか今俺以外の声も聞こえたような…って!写真がねぇ!さっきの拍子に落とし―――
「…え…?」
瞬間、目を疑った。手に持っていた筈の写真がどこかに消え、そして―――
「うぅ…痛い…」


目の前に写真に写っていた本人―――魂魄妖夢が、俺の目の前に居たのだから。


「…妖夢…なのか…?」
「あっ!修平さん!」
妖夢と思しき少女が答える。いや思しきじゃない、銀の髪に黒いリボン。緑基調の服に楼観剣と白楼剣。何より、胸の銃弾のペンダント!この子は間違いなくあの妖夢だ。俺が間違える訳が無い!
「妖夢!妖夢なんだよな!?俺がお前を間違える筈が無いよな!?」
「はい!私は、修平さんの知っている妖夢です!会いたかった…!」
妖夢が思いっきり抱きついてくる。俺もそれに応えて妖夢の身体を抱き締め返す。
「妖夢…!妖夢…!聞きたい事は山ほどあるが、先に一つだけ言わせてくれ!」
「あ、はい!」
妖夢の顔を正面に捉える。そして俺は真っ先に妖夢に言うべき台詞を言った。

「おかえり、妖夢!」

「ただいま、修平さん!」



   ***



二日後、四月八日。恐らくは全国的に入学式やら始業式が始まっているであろうこの日、俺は新しい学び舎で入学式会場として選ばれた最も広い場所、航空機格納庫の中に居た。
「航空システム科、起立!」
教員の号令に従って俺を含めた総勢六十八名が一斉に立ち上がる。
「阿部隆文以下六十八名、本校航空システム科への入学を認める。おめでとう!」
「気を付け!敬礼!」
という学校長の言葉に始まり、そのまま来賓やら何やらの言葉を受け流して俺の入学式は終了した。

で、入学式終了後。

「あ!修平さん!」
第一格納庫から出て、さてこれからどうしようかと思ってエプロンを歩いていた矢先に妖夢の声が聞こえて振り向く。そこにはこっちでも遜色無い礼装に身を包んだ妖夢と、これまた豪奢な和服に身を包んだ金髪の麗人、八雲紫の姿があった。
「修平さん。ご入学おめでとうございます」
素早く俺の前に来て礼儀正しく頭を下げる妖夢。傍から見れば他人行儀に見えるのだろうが、妖夢はこれが素だから特に違和感も余所余所しさも感じない。
「こんにちわ。晴れればよかったのだけれど、雨が降らないだけマシだったわね」
だがスキマ、てめぇは駄目だ。それと幾らどこぞのマダムを意識した和装に身を扮してもお前の卍傘で見事に浮いてるぞ。曇りなのに日傘を差す意味があるのか?
「あら?乙女にとって紫外線は天敵ですのよ?幾ら曇りでも細心の注意を払わないと、ね」
「妖怪ともあろう者が、何寝ぼけた事言ってやがる」
ラインの乙女とあんたを一緒にすんな。乙女ってのはもっと可愛い系に使う単語だぞ?とまぁそんな事はほっといて。
「妖夢、自販機向こうにあるでそっち行こうぜ」
「あ、はい」
「え!?あ!ちょっと私を置いてかないでよ!」
帰れ!


   ―――――


「さて、ようやく一息入れれるな」
「そうですね」
同時に紙コップの中身を喉に流し込む。む?やけに薄いなこのアイスココア。
「そういえば妖夢、身体の方は大丈夫なのか?」
「え?身体って………ふえ!?」
身体という単語に反応して一気に慌てふためく妖夢。正直めちゃくちゃ可愛いのだが、これは俺にも毒だ。何故なら…その…昨日の晩、男としての卒業式を迎えたというか、なんというか………
「…そっちの事じゃねぇよ。前に倒れた時の事。昨日の事を今思い出させるな」
あらぬ方向へ顔を背けて訂正する。息子がおっきしたらどうしてくれる?
「あ、すいません…えっと、今は大丈夫です。それに今度は紫様が常に傍にいて下さるので、前の様に大事になる事も無いと思います」
「そっか…なら、帰るか?」
「はい!」
紙コップの中身を一息に消費してゴミ箱にダンクし、バイク専用駐輪場に向かう。以前妖夢を後ろに乗せて道路を共に爆走した俺の愛車のハンドルロックを外し、キー、コック、チョーク、キックペダルの順に稼働させてエンジンを始動させる。2ストロークエンジン特有の甲高いエンジン音と白煙だらけの排気が容赦無く俺に降りかかり、同時に後ろに跨った妖夢の少女の匂いが俺の真後ろから漂い、一発ニュートラルで大きくエンジンを回してからクラッチを引いて1速に入れた。
「鉄帽確認!」
「鉄帽よーそろー!」
新調したヘルメットのバイザーを降ろし、旧型のヘルメットを被った妖夢が笑いながら答える。二人乗りは交通違反だが、バレなきゃいいんだよ!
そして引いていたクラッチを戻しながらスロットルを開けて発進する。あの時と同じ状態でも、こんなにも、俺の心は晴れやかだ。愛車のエンジンも、それに影響されているかの様に回転の調子がいい。
「妖夢!」
「はい!」
「今度は、ずっと一緒に居ような!」
「…はい!」
答えると同時により強く俺にしがみ付く妖夢。その感触を心地よく思いながら四速まで入れてエンブレで坂を安全に降る。


俺達は、二人で坂を降ってゆく………





                                To be continued...



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