足音……人里から博麗神社と“呼ばれた”その場所へ向かう道に、一人分の足音が響いていた。
手入れする者も無く、荒れ放題になっている神社の境内へと登る為の石階段をまるで導かれる様に一段ずつ上がる一人の少女…その背からは、彼女の象徴とも言える一対の大きな黒い翼が生えていた。
当時より鬱蒼と生い茂る木々を時折退けながら上がり続ける。やがて階段を登りきると、やはり木々が“生い茂っていない”神社がそこにあり、少女は迷う事無く神社の中へと足を踏み入れ、破れ放題の障子を一気に開ける。そこには、一目で賊と分かる男共が数人寝転がっていた。
「…なんだぁ、嬢ちゃん?」
「下郎共が…今すぐここから出て行け。ここは貴様等が居ていい様な場所じゃない」
少女が命令する様に言葉を放つ。すると男の一人がそれに反応し、立ち上がって少女の近くへと歩いて行った。
「おいおい嬢ちゃん、アンタはここの持ち主かなんかなのかぁ?見たところ背中に変なもん付けたただのおかしな小娘にしか見えねぇけどよぉ」
「もう一度言う、さっさと失せろ。さもなくば今此処で全員殺す」
少女が男の言葉を無視して更に言葉を重ねる。その態度が気に入らなかった男は逆上し、手に持っていた棍棒を振り上げた。
「無視すんじゃねぇ!」
棍棒が振り下ろされる。少女はそれが当たる直前まで避けようとせず、その場に居た誰もが棍棒の直撃を確信した時になってようやく少女が動いた。いや、正確には動いたという事は誰にも知覚できない程の速さで動いていた。
棍棒が直撃する直前、少女は眼力のみで棍棒を中程から粉砕し、更に一瞬で左手を動かして男の胸の中心…心臓を素手で貫いた。
「っがは!」
「殺すと言った筈だ…次はもう言わん」
そのまま心臓周りを鷲掴みにして後ろに投げ飛ばす。おそらく体重は少女の倍以上はあるであろう男の体が大きく後ろに投げ飛ばされ、果ては階段下へと転がり落ちていった。
「な…なんだこいつ…?」
「なんだって構うものか、仲間の仇は討つんだよ!」
残りの男共が一斉に武器を持ち、少女へと襲い掛かる。少女はそれを確認すると左手に付いていた先程の男の血を飛ばし、正面から襲い掛かった男の視界を奪ってから右手側に迫っていた男の首をすれ違い様にねじ刎ねた。
「くそ!おらぁ!」
反対側に居た男が得物を投げる。それは十分な速さで少女に迫っていたが、少女はそれを見る事無く受け止めてから何十倍もの速さにして投げ返し、鈍器の筈の得物を胸部に突き立てた。そして即死したその亡骸に一瞬で近づいて右手で持ち上げると、ようやく視界が戻った男目掛けて投げ飛ばした。
「ぐぼぉ!?」
近くで首を無くし、未だに立ったままになっていた男の亡骸も巻き込んで神社の外へと飛ばされる。だが少女はそれでは飽き足らず、左手に紅い槍を生み出して力一杯投げた。
「…必殺[ハートブレイク]…」
ハートブレイクと呼ばれた槍が飛ばされて三人重なった男達を貫く。そしてその槍は男達を貫くだけではなく、完全に粉砕してから何処かへと真っ直ぐ飛んでいった。
「う…嘘だろ…?」
残り一人となった男が後ずさる……その男が見た最後の光景は、黒い翼を大きく広げ、紅い目を殺意で光らせた少女の姿だった……
一瞬で後ろを取って首筋に口を付けて歯を立てる。するとすぐさま赤い血が流れ出し、少女はそれを次々と飲み干して行った。
「……はぁ…やっぱりあまり美味しくないわね……」
満腹感を覚えたところで失血の症状が現れ始めた男の体を外へと投げ飛ばす。すぐに何か処置を施さなければ確実に男は死ぬが、少女にとってはどうでもいい事だった。
「さて…ようやく二人っきりになれたわね…いえ、正確には貴女達と私だけ、かしら?」
誰も居ない神社の中を進み、その奥にある神棚の前に立つ。
「でも、私に用があるのは霊夢だけだから、二人っきりでいいわよね」
迷う事無く神棚の真下にある引き出しを開ける。そこには、真新しい感触が未だに残る紅白の巫女服があった。
「これは貰っていくわ、霊夢。私の旅のお供って奴だから、許してくれるわよね?」
慈悲の篭った口調で語りかける。鴉天狗の間で写真機が主流になってから撮り始めた数々の遺影の中に知った顔を見つけ、少女は更に目を細めた。
「霊夢…さようなら…」
少女が踵を返す。その目には先程までの慈悲は無く、ただ殺意を浮かべて前を見ていた。
彼女は、ヴラド・ツェペシュの末裔と言われている吸血鬼…かつて、『スカーレットデビル』と呼ばれ、永遠に幼き紅い月という二つ名を持っていた少女。
少女の名は……レミリア・スカーレット……





   哭き王女の為のセプテット 〜 Scarlet revenge





       第一章 『―――Scarlet devil―――』





かつて迷いの竹林と呼ばれた場所をレミリアは歩く。以前までの彼女なら、いや…以前までの幻想郷なら、歩く必要など全く無かったのだが、『あの日』以来、幻想郷は崩壊した。
幻想郷の常識が非常識へと還り、外の世界の常識が幻想郷の力を無くす。謎の地下間欠泉センター暴走事故と時を同じくした博麗大結界の崩壊…その因果関係は鴉天狗達の間では未だに謎とされているが、レミリアには誰が犯人かという確信の様なものがあった。
「此処も、とても迷いの竹林とは言えなくなってるわね…」
獣道と思われる小さな道を歩き続ける。以前なら確実に迷っていたであろう道も、今では何の変哲もない道になっていた。
そしてその時、竹の非自然的なしなる音が彼女の耳に届き、レミリアは反射的に後ろを見上げた。
どこか忍者を模したような強化スーツに装甲バイザーで顔を覆われたヘルメット。銀で出来ていると思われるブレードが下部に折りたたまれた左手の装備に右手の片手用セミオートショットガン。レミリアは彼等が『彼女』配下の特殊部隊であるという事を頭で理解する前に横へと飛び退き、何の前触れも無く放たれた一斉射を回避した。
「く…あれは一発でも当たると不味いわね…」
紅魔館を出る際に彼女等が襲い掛かってきた時の事を思い出し、ショットガンに使用されている散弾が銀である事を悟ったレミリアは、接近戦で仕留める為に左手を背中の杖の様な物に遣った。
「行くぞ…!」
背中に付いていた黒い杖が炎を纏い、一瞬で紅い両刃の大剣を形成する。レーヴァテイン…彼女の妹、フランドール・スカーレットが使用していた炎の剣だった。
レーヴァテインが形成されると同時に一気に踏み込んで特殊兵との距離を詰める。だが対吸血鬼にのみ特化した彼等にはそれ相応の身体能力が与えられており、レミリアの突進を難無くかわしていた。
「くっ!」
数人がショットガンを乱射し、残りが下腕部のブレードを肘側に展開させて突っ込む。対吸血鬼用に初速が見直された銃弾はレミリアでも弾き落すのが困難であり、絶えず体を動かし続ける事でどうにか銃弾は回避していたが、迫る敵兵まで相手をする余裕は彼女には無かった。
「邪魔よ!滅殺[ハートブレイク・ハモニカ]!」
右手を宙に突き出し、ハートブレイクを出現させてから指を開いて五つに分裂させる。紅い槍が文字通りハモニカの様に並列に並び、レミリアはそれを放射状に投げ飛ばした。だが特殊兵達はそれにすら反応し切ると一瞬で散開してかわし、更に銃弾を放っていた者達と共に近接戦闘を仕掛けてきた。
銀製のブレードが同士討ちしない距離で複数同時に迫る。レミリアはその距離を利用して先に正面から迫る敵を排除する為に一気に前進し、レーヴァテインを力一杯薙いだ。
特殊兵の内の一人と鍔迫り合いが起きる。だがそんな事にレミリアが付き合っていられる訳が無く、すぐに次の手を打った。
「紅符[不夜城レッド]!」
両手を広げて自身が紅い十字架になる。その紅い波動の乱流に三人程巻き込めたが、残りは全員一度距離を取ってから再度接近した。
「不味い…!」
完全に不夜城レッドの隙を突かれたレミリア。ギリギリのところで正面からの敵はレーヴァテインで対応出来たが、背後から来る敵には鍔迫り合いの関係から反応できなかった。
「ちっ!」
一気に迫る特殊兵達。その銀の刃がレミリアを貫く瞬間、彼等の体が突如赤い炎に包まれて燃え出した。
「…!?」
その場に居た特殊兵全員が一瞬のみ驚く。そしてその隙を見逃さなかったレミリアはブレードを力一杯弾くと、持ち前の脚力で竹の枝へと飛び移った。
「全く…ここは私の庭よ。部外者は出て行ってくれるかしらね?」
白い長髪の少女が特殊兵達の元へと歩く。そんな少女に対し、彼等は迷う事無く銃を構え、一斉射を浴びせかけた。その全てが少女の体を捉え、何発かは脳を蹂躙する。だが少女はそれに構う事無く反動で後ろに傾いた頭を戻し、額から流れる血を一度手の平で拭ってから不敵な笑みを浮かべた。
「痛いじゃない…ま、私は何があろうと死なないんだけど。蓬莱[凱風快晴 −フジヤマヴォルケイノ−]!」
少女の背中から赤い鳥の羽が生え、辺りに火の粉を撒き散らす。特殊兵達はそれに怯む事無く散開して射撃を始めようとしたが、その前に彼等の体がいきなり燃え出した。
「ちょっと改良を加えてみたのよ。人間が居る場所を確実に燃やす様にね」
容赦無く燃え盛る炎。やがて炎が彼等を焼き尽くすと、溶けてただの金属の塊となった装備品が音を立てて落ちた。それを確認したレミリアが少女の近くへと降りる。
「全く、蓬莱人は羨ましいわね。あれだけの銃弾を受けても死なないんだから。ねえ妹紅」
「それは嫌味か何かかしら?一つ言っておくと、痛みはちゃんとあるのよ。とてもそんな暢気な事言える様な便利な体じゃないの」
妹紅と呼ばれた少女が答える。その体に銃弾を受けた痕は既に無く、更には銃弾そのものが体外へと吐き出されていた。
「ま、こういうのを苦手とする吸血鬼にとっては本心からの言葉なんでしょうけど……本当に行くの?」
レーヴァテインを杖に戻してから背中に付けるレミリアに言葉をかける。するとレミリアは顔だけ動かして妹紅の問いに答えた。
「ええ。皆のツケは高く付くって事を分からせてあげないと」
「例の、『クリニィ』とか言う奴の事ね?」
「そうよ」
答えながら歩き出すレミリア。その先に竹は無く、更には獣道も途切れていてそこからは断崖絶壁となっていた。
「そう…私はここに残るわ。さっきも言った様に、ここは私の庭みたいな物だしね」
「ええ…妹紅、さようなら…」
妹紅に言葉をかけてから断崖絶壁を飛び降りる。妹紅はそれを見届けた後、迷う事の無い迷いの竹林の奥へと戻って行った。



   ***



崖の下へと降り立つレミリア。辺りにはコンクリートの破片やら鉄筋の突き出た瓦礫やらが散乱し、廃墟という言葉を見事なまでに再現していた。博麗大結界が崩壊した事により繋がった現代と幻想郷。その境目が背後の様な崖や、辻褄の合わない荒野として現れていた。
「さて…まさかもう一度足を着けた外の世界が、あの時と同じく廃墟とはねぇ…」
妹のフランドールと共に幻想入りする時の事を思い出す。あの時も今の様な廃墟が広がり、館ごと幻想入りするのに非常に苦労したが、結果としてあの楽しい日々を送る事が出来た。その事はレミリアの心にもしっかりと染み渡り、レミリアは無意識の内に左手を胸元で強く握っていた。
「…美鈴…パチェ…フラン…咲夜…」
今は見る事も叶わないかつての“家族”の顔を思い出す。それらがすぐに瞼の裏に浮かんだかと思えば、すぐにその最期も浮かび、レミリアは慌てて目を開いてから歩き出した。
真夏の昼の筈なのに灰色の厚い雲が空を覆い、辺りを薄暗くして気温を下げる。太陽の光が弱点の一つであるレミリアにとってありがたい事であったが、同時に余り長い時間をかけるとクリニィの元に辿り着く前に寒さで動けなくなるという事も悟っていた。
暫く歩き続ける。何の物音もしないのがかえって危険な空気を周りに漂わせていたが、それにも動じずレミリアは歩みを進め続けた。すると突如、人間の女の悲鳴が辺りに響き渡った。
「何かしら?」
声の聞こえた方向を見る。するとその先に一人の少女が下等妖怪数体に襲われている現場が見え、レミリアはハートブレイクを右手に召喚していた。
「助ければ非常食として使えるわね…いけ!」
正確にハートブレイクを投げる。そしてそれは見事なまでに下等妖怪の頭部に直撃し、一撃でその命を絶っていた。
「さて、面倒だけど後は直接倒そうかしら!」
地面を蹴って一瞬で残りの下等妖怪の元へと辿り着く。そしてまるで獣の様に左右から真っ直ぐ襲い掛かってくる下等妖怪をレミリアはまず右手で胸と思われる部分を貫き、そのまま持ち上げてから左から迫る下等妖怪に頭から振り下ろした。頭からぶつけられて形が一気に潰れる二体の下等妖怪。そのどちらも息が絶えた事を確かめると、レミリアは逃げ惑っていた少女に向き直った。
「さて…助かったところ悪いが、私と一緒に来てもらおう」
「え?」
少女が聞き返す。助かっていきなりそんな事を言われれば誰だってそうなるかと思い直したレミリアは、自分の考えを言う事にした。
「あんたは妖怪に襲われていた。私はそれを見て、あんたが私の非常食になりえると思った。だから助けた。という訳であんた、私の非常食としてついて来てくれない?まああんたに選択権を与える気は無いけど」
レミリアが畳み掛ける様に言葉を連ねる。少女は全く事態が飲み込めていない様に口を開けていたが、少しだけ思案顔になると、諦めた様に溜息を吐いてから呟いた。
「あんたも…人外かなんか…?」
「正確には吸血鬼ね。呼ぶ時に困るから名前は教えなさい。私はレミリア・スカーレットよ」
言いながら少女の手を掴んで無理矢理立たせる。その動作に優しさは一切感じられず、むしろなかなか立たない事に耐えかねてという立たせ方だった。
「…渚 結良…」
少々乱れた茶色の髪が揺れ、ガーリー調の服が少しだけはためく。レミリアは結良と名乗った少女の手を放すとすぐに踵を返し、背中でついて来いと語りながらどんどん前へと歩いていった。
「ちょっと!?ねえどこ行くの?」
慌てた様に急いでレミリアの後をついていく結良。そんな質問に答えながらもレミリアは足を止めずに歩き続けた。
「『トーキョー』とか言う所よ。あんたにはそこまで行くまでの非常食になってもらうわ。ま、上手く行けば釈放されるけどね」
「東京!?あんたここがどこか分かってんの?ここは東海道真っ只中よ。ここから東京まで歩いて行こうとしたら確実に十日以上掛かる。それまでまともな食糧の供給があると思ってんの?」
その言葉にレミリアはその為の非常食だと言おうとしたが、食糧供給の意味が自分ではなく結良に対してだと理解するとすぐに思案を始めた。
「そうねぇ…私は血があれば生きれるが、あんたはただの人間だしな…適当に賊を襲えばいいって訳じゃない、か…」
言いながら思考を巡らす。最初に盗賊を襲う事を考案したレミリアだが、そもそも食糧を求めて盗賊になるのだから奴等が持っている可能性はあまり期待出来る程ではないと思い直した。次に何処かの食糧の拠点を制圧する事も考え、今更そんなところを制圧しても意味が無いと考え直した。
「…結局、あいつの部下から巻き上げるしかない、か…やっぱり、それしかないわね」
クリニィ配下の部隊。確かに彼等ならクリニィからの安定した食糧供給がなされている。だが同時に最も危険性が高く、下手をすればそこで捕まってクリニィを倒す事が出来なくなる。
しかし、虎穴にいらずんば虎子を得ず。自分達が生きる為にはそれ相応の危険を冒さなければならないという考えに至ったレミリアは、東京に向かいながらクリニィ配下の拠点を探す事にした。
「それで、より効率よく東京まで行くはどうやって行けばいいのかしら?」
絶えず高圧的な態度で結良に訊く。だが結良はそれに動じず、レミリアの問いにはっきりと答えた。
「知らないわよ。私は東京に行った事無いから、どういうルートで行けばいいのかはさっぱりよ。精々ここから東北東に真っ直ぐ行けば着くっていうぐらい」
髪を直しながら歩く結良。その喋り方と声がどこか霊夢に似ていると思ったレミリアだが、他人の空似だと判断して結良の答えを聞いた。
「東海道本線に乗れば真っ直ぐ行けるルートだけど、そもそもそこまでどう行くのか知らないし、効率で考えるとあまりいいルートとは言えないわ」
「使えないわね。ま、あんたは私の仲間じゃなくてただの食糧だから、初めからそんなのに期待してないんだけど」
「…じゃあ訊かないでよ…」
一人愚痴る結良。その言葉もなかなか分かる話であると思いながら、レミリアはやはり待つ様子も無く一人歩き続けた。



   ***



そのまましばらく歩き続けた二人。相変わらず空は厚い雲に覆われていて、常に薄暗い風景を演出していた。どちらも時計を所持していないが、大して空腹感を覚えない事から恐らく二時間程しか歩いていないだろう。
「ふぅ、随分と歩いてきたけど…やっぱり何も無いわね…」
レミリアが周りを見渡す。それにつられて結良も周りを見渡したが、その言葉通り何も無かった。
「精々建物の残骸が散らばってるだけ…まあアンブッシュするには丁度いいかも知れないけど、何の策も無しにアンブッシュするのは危険極まりないか」
喋りながらも歩き続けるレミリア。その背中を見続ける結良の目に、どこか懐かしい物を見る色が浮かんだが、突如背後から聞こえた声にすぐその色は消えた。
「お嬢さん達、ここは危ないぜ。変な事はしないから俺達と行かないか?」
若い派手な服をした男が二人に話しかける。その手にはバタフライナイフが刀身を納めた状態で握られており、更に辺りから四人程男の仲間であろう者達が現れた。
「…本当に潜んでたわね…」
レミリアに背を向けながら男と対峙する結良。だが戦う術を持たない結良にとって、十数人程の相手をするのは無理があるのは明白だった。
「そうか…外の人間は知らないのか…」
背中のレーヴァテインに手をかけながら前進するレミリア。まだ刀剣としての姿を現していない魔剣がレミリアの手に握られ、その行動が男達を少しだけ困惑させた。
「いいわ。渚、この機会に吸血鬼の力を見せてあげるわ」
「何訳のわかんねぇ事言ってやがる!」
しびれを切らした一人の男がレミリアに詰め寄り、その右手を引っ張ろうとする。だがその直前に左手のレーヴァテインを掲げたレミリアは、燃え盛る刀身を男にぶつけた。
「う、うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「な、何だありゃぁ!?」
仲間の男が驚愕する。その双眸は、燃え盛る仲間と紅い剣をずっと注視しつづけ、炎の陽炎の影に隠れたレミリアが一瞬で心臓を鷲掴みにするまで動かされる事は無かった。
肋骨を容易く貫通し、その先にある心臓を右手で鷲掴みにするレミリア。そのまま男の体を持ち上げると、今度は完全体となったレーヴァテインを振り抜いて首と胴体を分断した。分断された勢いで頭部が飛び、内部を鷲掴みにされた胴体が力無く重力に従って垂れ下がる。そして切断面と貫通口から吹き出る血を幾らか飲んだレミリアは、次の獲物を仕留める為に男の胴体を投げ捨てた。
「チクショウ!」
筋肉質な体つきをした男がレミリアに殴りかかる。だが常人としては相当の速さで迫った男の拳はレミリアの左頬を掠めただけに終わり、レーヴァテインを振るったレミリアによって両足共々四肢が切断されて、腕としてのその役目を終えた。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「煩い」
逆手に持ち替えて首元を貫く。背後から気管、脊髄、そして舌を串刺しにされた男の体から一気に力が抜け、絶命した男が刀身を滑る様にしてレーヴァテインから離れ、そのまま地面へと倒れた。
「う、嘘だろ…?」
神社でも聞いた台詞を受けながら残りの二人に詰め寄るレミリア。その気迫に負けながらも片方の男が結良の体に手を伸ばし、無理矢理引き寄せて喉元にバタフライナイフの切先を突きつけた。
「きゃあ!」
「う、動くな!少しでも動けばこの女の命が…」
無いぞ、とは繋がれなかった。なぜなら、静止の言葉も聞かずに突進したレミリアがもう一人の男の心臓を一撃で刺し貫いていたからだった。傷口から溢れ出す血がレミリアの顔にかかる。その顔は自らが起こした殺戮の舞台に歓喜しているのか、恍惚な嗤いを浮かべていた。
「…や…やめろ…やめてくれ…」
あまりの恐怖に結良を拘束する事も忘れ、後ずさる男。だが無情にもレミリアはレーヴァテインを掲げ、何の躊躇も無しに振り下ろして男の右手を中指から両断した。
「ぐああああ!俺の右手があああああ!」
男の悲鳴を聞きながらいたぶる様にレーヴァテインを振るうレミリア。左腕、右足、左大腿、腹部と斬り付け、いつの間にか小さな笑い声を上げながらレミリアは止めを刺さない様に斬り続けた。
「ふふふ…くくく…ぁははは…」
男が声も上げられなくなるまで斬り続ける。その全てが内蔵には届いておらず、男は未だに意識を保っていたが、その思考は既に壊れ、目も虚ろになっていた。
「…やめて…“レミィ”…」
結良が小さく声を上げる。だがその言葉はレミリアには届いておらず、いよいよ出血多量で死ぬまで斬り続けた。
「…死んだか…所詮人間は脆いものね」
目を薄く開いたまま死んだ男の頭を蹴り飛ばす。その勢いに首がついてこず、蹴られた拍子に男の首は捻じ切れて転がっていった。それを見て結良は本能的に来る恐怖と、かつて“友人だった”吸血鬼の豹変ぶりに体を震えさせた。
「どうしたの?そんなに怖かったのかしら。だったらとんだ腰抜けね」
レーヴァテインをしまい、いつもの鋭い目付きを結良に突き刺すレミリア。その目を俯き気味に覗き見た結良は思わず口を開きかけ、何も言葉が出てこずに一度つむんでからもう一度口を開いた。
「…どうして…こんな事を…」
「おかしな事を聞くのね。敵は倒すものよ。それも徹底的にね」
さも当然の様に答えるレミリア。だが結良が聞きたかったのはそういう事ではなく、もっと違う事であった。
「違う…なんで…そんなに痛みつける必要があったの…?」
レミリアの表情が少しだけ曇る。それに構わず、結良は思いついた事を次々と口にしていた。
「なんで、笑って人を殺せるの…?なんで、あんなに楽しそうだったの…?あんなの、まともな奴の戦い方じゃない。ねえ教えて。なんで、あんなに笑えていたの…?」
今にも泣き出しそうな顔でレミリアに問う結良。その顔にもう一度霊夢の顔を重ね合わせたレミリアは、半ば無意識の内に口を開いていた。
「…失いそう、だったからよ…」
「え?」
完全に意表を突かれた答えに戸惑う結良。その目に映るレミリアの顔は暗く、こちらも今にも泣き出しそうだった。と、突然レミリアは顔を上げ、雲行きを見てからもう一度口を開いた。
「雨が降りそうね…場所を変えて、そこで話そう」
と言って歩き出すレミリア。結良もすぐに立ち上がってレミリアの後に続き、かつては有限会社か何かであったであろうコンクリートの残骸の影に座った。
「ここなら、降られずに話せるわね。吸血鬼は流水に弱いから」
そう前置きをしてから一度深く息を吐いたレミリアは、常に暗い表情で自らの過去を話し始めた。



   ***



紅魔館の一室。悪魔の住居であるその紅い館で、今一つの命が天に召されようとしていた。
「咲夜…」
レミリアがベッドに横たわる人物の顔を見る。かつて紅魔館のメイド長を務めた女性、十六夜咲夜も自らの時には逆らえず、いよいよ老衰により寝たきりになっていた。
「お嬢様…駄目ですよ…そんな暗いお顔をされては…」
すっかり老婆となった口を動かして言葉を必死に紡ぐ咲夜。その声も随分と掠れており、レミリアは嫌でも咲夜の死期が近い事を悟らされた。
「だって、咲夜がもうすぐ死んじゃうかもしれないのよ?そんな、平然となんてしてられないわよ」
既に涙目になっている顔が咲夜の目に映る。その顔を見て、まるで祖母と死に別れたくない孫の様だと思った咲夜は、ついレミリアを手招きしていた。だが主に手招きをするという無礼にも気が回らない程に気が追い詰められていたのか、何も気にせずレミリアは咲夜の側に歩み寄った。
「咲夜…?」
「お嬢様…これを…」
咲夜が布団から左手を出し、握っていた物をレミリアに手渡す。咲夜の手からレミリアの小さな手に握られたのは、厳かな装飾が施された十字架状の銀のナイフだった。
「これは…?」
「お嬢様…私は確かに、ここに居りました…願わくば…そのナイフを見る度に、私が居た頃の貴女様を思い出してください…」
「咲夜…!?」
咲夜の様子が違う事に気付き、レミリアが咲夜の肩に手を置く。だが咲夜の目にはもう光が灯っておらず、今にもその命が消えようとしていた。
「お嬢様…」
「咲夜!ねえ!お願い咲夜!死なないで!ねえ!主は私なのよ!誰かの元に逝く事は許さないわ!だからここに居て!ずっと、私の側に居てよ!咲夜!咲夜!」
「お嬢様…私は人間です…残念ですが、それは出来ません…」
咲夜の目が閉じられる。それと同時に口元を柔らかく微笑みの形に変え、閉じた目も笑わせて、最期の言葉を紡いだ。
「ずっと、側に居られて…私、十六夜咲夜は…レミリア・スカーレットのメイドで居られて…とても、幸せでしたよ…レミリア、おじょう…さま…」
「!っ咲夜!咲夜ぁ!」
咄嗟に咲夜の手を握る。だがどれだけ強く握っても全く反応は示さず、咲夜が事切れたという事を認識したレミリアは、彼女の胸に顔を押し付けてただひたすらに泣きじゃくった。


   ―――――


「……それが、私が最も愛した人間の最期よ……」
雨音が辺りに響き渡る中、レミリアが過去の話を語る。一方の結良はそれをただ黙って聞き続け、無言で続きを催促した。
「そこで終わればどうという事も無かったわ。確かに咲夜が死んだのは辛かったけど、紅魔館の主である以上はどんな哀しみも乗り越えなければならない義務があったから。実際、半年ぐらいで何とか乗り越えたわ。でも、咲夜が死んで一年程経った時…あいつ等が現れたの…」


   ―――――


最初に感じたのは頭に響く鈍痛だった。真っ暗な視界の下、側頭部に手を遣って傷の程度を測ったレミリアは次いで周りの状況を確認しようとした。だがどうにも明かりその物が全て消されているらしく、幾ら目を開けても何も視界には映らなかった。
「ぅ…パチェ…小悪魔…」
立ち上がりながら声を出し、そういえば今自分は図書館に居た筈だと思い出す。状況が確認出来ないならまずそれを確かめようとレミリアは思い、伸ばした手がすぐに本棚に収まった本の感触を明確に伝えてきて少しだけ安心した。だがすぐに聞こえてきた言葉によって、その安心も完全に打ち砕かれる事になった。
「お目覚めかしら?スカーレットデビル」
「!?何者だ!」
聞き慣れない声。その声色が全くと言っていい程耳に馴染みが無かった為、レミリアは即座にグングニルを発現させて攻撃に備えた。
「それはその内分かる事だわ…ちょっと貴女方に用があって此処にお邪魔したのだけれど…」
「何者だと聞いている!」
真正面にグングニルを投げる。ヴワル図書館内部という事もあり全力で投げる事が出来なかったが、グングニルは確かに何かを捉えて壁に突き刺さった。
「……全く…それはその内分かる事だと言っているでしょう?ま、どうしても名前で呼びたいのなら、『クリニィ』と…幾らかのサキュバスを従えていたわ」
「クリニィ…?私が訊いてるのはそういう事じゃない!あんたは一体何者で、何の為にこんな事してるのよ!?」
再度グングニルを呼び出す。その紅い光がレミリアの周りを僅かに照らし、その光景を見ていると思われるクリニィの声が再び響き渡った。
「グングニル…その紅い光が、私の創り上げる世界に光明をもたらす……でもそれは作り物の光…用があるのは貴女の中にある本物の光……」
「なっ…まさかアンタ…私達の秘密を……!?」
愕然とするレミリア。それもその筈、彼女達どころか吸血鬼という種族において絶対の秘密とされている『ある事』を、クリニィと名乗った女は口にしたのだった。
「そう、貴女達に用があるのよ。その為にこの二人をここまでにしたのだから…」
複数の重量物が落ちる音がし、レミリアの前に転がる。そしてその周りだけ少しずつ明るくされていくレミリアの目に、驚くべきものが飛び込んできた。
「美…鈴……フ、ラ…ン……?」
レミリアの視界に入ってきたもの。それは、身体の関節という関節を全て捻じ切られ、完全に事切れている美鈴であったであろう血に染まった肉塊と、形は完全に保っているものの、同じく血に染まっている妹のフランドールの姿だった。
「貴女のお友達にも同じ目に遭ってもらうわ。そうでもしないと、貴女は“アレ”を発現しないでしょうから。まあ最も、そこの妹さんは流石に少しの間だけ眠ってもらってるだけなんだけど…」
「そんな…そんな……」
フランドールの頬を撫でる。全くと言っていい程反応が無かったが、その手に伝わる体温がまだ彼女が死んでいない事を明確に伝え、フランドールの無事を確認したレミリアの身体は音速を突破するかの様な速さで声のした方向へと弾け跳んだ。
跳び込む際に左手を前に突き出す。それとほぼ同時に手の平が首の様なものを捉え、レミリアはこいつがクリニィだと確信して一気に壁へと叩き付けた。
「貴様…よくも、よくも私の家族を手に掛けたなあ!!!」
グングニルを突きつけ、その顔を少しでも拝もうとする。その時に見えたクリニィの容姿は、燃えるような赤い髪に、同じく赤い眼…そして美形を地で行く美しい顔のラインに、とても不釣合いな不敵な笑みを湛えた女性だった。そして何より、その顔は―――――
「…小悪魔…!?」
ヴワル魔法図書館の司書、小悪魔の物と瓜二つだった。
「いいわ…その憎しみに染まった目を見たかったの…」
「うっ!?」
腹部に強烈な痛みが走る。恐らくは殴られたのだろうとレミリアは瞬時に判断したが、すぐに思考がついてこなくなり、レミリアは突如襲った激しい虚脱感により身体の力を抜いてしまっていた。
「な、に…こ…れ……」
―――何かを…仕込まれた…!?
「ちょっと貴女の身体に細工を施させて貰ったわ。まあ、貴女の心が憎しみに染まり切るまで成功の保障が無かったのだけれど…それともう一つ教えておいて上げるわ。私は別にあの子を殺すのはさして難しく無いの。勿論貴女も……でもそれじゃ“貴女達の物”は回収出来ない…だから…」
そこでクリニィはレミリアの耳元に口を近づけ、暴発寸前のレミリアの身体と思考に深い楔を打ち付けた。
「…妹さんに、貴女を殺してもらう事にするわ…」
「うっ…ぁぁああああっ…!」
クリニィが離れる。身体が熱い…言う事を聞かない…色んな事が頭に入ってくる…真っ白になって何も考えられない…殺したい…誰でもいい…それは駄目だ…私は誇り高き吸血鬼だ…血が欲しい…殺すしかない…!
「ん…お、姉様……?」
フランが呼んでいる―――あいつを殺せ―――駄目だ―――たった一人の肉親だ―――この世で最も美味い血を持っている―――たった一人の―――この世の―――最も美味い血を持った―――肉親―――?
「お姉様…大丈夫?」
「う―――ぁぁぁぁ―――ぁぁぁあああああああああああああああ!!!」
グングニルを一気に振り回す。その槍先は明らかにフランドールの心臓を狙っており、フランドールはギリギリでレーヴァテインを発現させて防いだ。いつの間にか荒れきった図書館を照らし切る程にまで明るくなったその場所で、二つの伝説の武器がぶつかり合う音が響き渡った。
「お姉様!?いきなり何を!?」
フランドールが叫ぶ。だがその言葉はレミリアの耳には届いておらず、一瞬で壁や天井を駆け回るとフランドールが知覚出来ない程素早く背後に回っていた。
「っ!?」
鋭いグングニルの刺突を顔面すれすれでかわすフランドール。その整った顔に今まで殆ど掻いた事の無い冷や汗を掻きながら、フランドールはレーヴァテインでグングニルを弾き飛ばそうとした。だが振り抜いたその場にレミリアの姿は無く、既に本棚の間を縫う様にして飛び回っていた。
「くっ…えいっ!」
上空に飛び出してから左手を前に突き出して躊躇無く握る。それと同時に数々の本棚が爆発の様な自壊を始め、レミリアは一瞬移動先を見失った。そしてその一瞬をフランドールが逃す訳が無く、炎を纏ったレーヴァテインを振り上げていた。
「お姉様目を覚まして!禁忌[レーヴァテイン]!」
振るうだけで壁や天井が抉れる程の巨大な炎の剣が形成される。そしてそれは一直線にレミリアに振り下ろされたが、それが直撃する寸前にレミリアは“槍”を突き出して完全に相殺した。
「…そんな…!?」
フランドールの目が驚愕に見開かれる。何故なら、その視線の先に居るレミリアの手に今までとは違う“光”を放つ槍が握られていたからだった。
「宝、具…そんな…お姉様…」
驚愕と同時に恐怖がフランドールの心に滲む。『宝具』と呼ばれた物…それには妖怪はおろか、吸血鬼すらも一撃で葬れるだけの力が秘められているからだった。
「…っ!『レーヴァテイン』!」
同様している隙に跳躍して、完全にフランドールを殺しにかかるレミリア。一方のフランドールも“槍”の槍先が届く寸前に宝具を呼び出し、先程までとは鋭さが全く違う刺突をフランドールはどうにか弾いた。
「お姉様……どうすればいいの…咲夜…?」
半ば諦め気味の顔でレミリアとの距離を保つフランドール。五百年以上生き続けたといえど、その殆どを幽閉されてきた彼女の知識ではどうする事も出来ず、最早彼女の記憶にしか居ない咲夜の面影に彼女は問い掛け、咲夜ならこうすると思い至ったフランドールはレミリアを待ち受ける様にして立ち止まった。
その様子を見てここぞとばかりに接近するレミリア。その異常なまでの速さを吸血鬼ならではの動体視力で視界に捉えながら、フランドールは呟いた。
「…ごめんなさい、お姉様…」
レミリアの刺突とほぼ同じ速さで彼女の左胸を貫くフランドール。だがフランドールの胸の中心にも槍が貫かれ、二つの小さな身体はまるで力が抜けたかの様に落ちていき、床に叩き付けられた。


   ―――――


「―――ぅ―――痛っ!…フラン……これは…なんで…?」
思考がようやく落ち着く。完全に正気を取り戻せたと自分で診断する中、レミリアは自身の手に握られた槍を見た。
「グングニル…なんで、こんなものを…?」
左胸の傷の治癒が遅い。これも宝具であるグングニルを発現した影響だなとレミリアは思いながらグングニルを消失させてフランの姿を探す。そして幾らか離れた所に同じ宝具であるレーヴァテインが落ちており、そのすぐ傍に大量の血を流すフランドールの姿を見つけ、レミリアは血相を変えて近寄った。
「フラン!!フランしっかりして!!」
「お…姉……様……」
フランドールの身体を抱え上げる。その身体は既に冷たくなり始めており、レミリアは直感的にフランドールの死を感じた。
「フラン!そんな…!どうして…!」
頬を熱い雫が流れる。何時から流れていたのかは分からなかったが、起きた時には既に流れていたなと何処か的外れな事を頭の隅で思った。
「お、姉様を…止めた…かったか、ら……でも、私じゃ…どう、すれば、いいのか…分からなくて…っ!」
激しく咳込む。その口からやや黒い血が吐き出され、今にもフランドールの命の光が消えようとしているのを嫌でもレミリアに伝えた。
「それで…咲夜、なら…どう…するかって、思って…咲夜なら…こう、するって、思った…から…」
「だからって…こんな無茶…!」
フランドールの傷を見る。血で真っ赤に染まった服の下には目一杯広げた手の平程の大穴が空いており、それが自分の宝具の影響だとレミリアは一瞬で理解した。
「分からなかった…でも、お姉様を、殺したく…なかった、から…」



「ごめんなさい……お姉様……」



「フラン…いや…フラン…!」
フランドールの双眸が閉じられる。そしてその首が糸の切れた人形の様に背けられると同時にその腕が床に落ち、レミリアはフランドールの死に激しく慟哭した。
「ひっく…うぅ…!」
フランドールの胸に自身の帽子を置き、その上に彼女の手を置かせてから彼女の帽子を代わりに被った。そして傍に落ちていた紅い両刃剣『レーヴァテイン』を拾い上げる。
「―――“クリニィ”―――!」
奴は我々吸血鬼の“秘密”を知っている。ならばこの剣を此処に置いて行く事は出来ない。そして、この娘を置いて行く事なんて出来ない………そう思い至ったレミリアは、レーヴァテインから炎を噴出させると完全に事切れたフランドールの亡骸をその炎で包み、骨すらも蒸発させてフランドールという存在をこの世から完全に消し去り、黒い杖に戻した後に立ち上がって外へと歩き出した―――――



   ***



「これが、私が奴等に復讐を誓う事になった理由よ。そして、私が自分で自分の中に狂気を住まわせた理由…産まれつき気が触れてたあの子を、絶対に忘れない為に…」
宝具として発現させたレーヴァテインの紅い刀身を見るレミリア。その刃には何一つ映さず、ただ紅すぎる輝きを見せるだけだった。
「そんな…そんなの…理不尽すぎる…」
結良が呟く。全く持ってその通りだと思い、レミリアはレーヴァテインを元の黒い杖に戻しながら立ち上がった。
「そのぐらい理不尽じゃないと復讐なんて疲れる事などしないさ。さ、雨も上がったし、行きましょ」
「え、あ、ちょっと置いてかないでよ!」
突然歩き出すレミリアの後を追う結良。そんな姿も省みずレミリアはどんどん歩を進め、少しずつ寒くなりつつある夏の筈の荒野を歩き続けていった………



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