「パチェー!入るよー!」
ヴワル図書館特有のかびの臭い。そこにある本を探る為に僕は此処に足を踏み入れていた。
「あ、葵さん。パチュリー様なら今は図書館から出ておられますよ」
「あ、そうなの?」
パチェの使役している小悪魔がそう告げる。あの引きこもり魔女が図書館から出てるのは珍しいな、まあ紅魔館からは出てないだろうけど。
「とりあえずパチェを探すよ。今日は彼女に用があって来たんだしね」
「はい。外には出ていないと思いますので、多分すぐに見つかるかと思います」
その言葉を背に受けてパチェを探しに出る僕。まあなんの問題も無しに見つかるだろう、この時はそう思ってた。
まさかこの選択が、僕の人生を変える事になるなんて思っても見なかった………
パチェを探して紅魔館地下を歩き回る。またもや咲夜さんの力によって空間が広げられてるのか、前来た時より更に広く感じた。
「はぁ…なんでこんなに広いんだよ…」
ただ歩き回る。レミリアのところに行ったのではという思考も働きはしたが、あのパチェがわざわざ昼にレミリアの所を訪れるとは考えにくかった。
だから地下を歩き回ってるんだけど……ヤバイ、本当に当てが外れたかも……ちなみにパチェに用っていうのは魔道書についてだ。あれに関しては管理者をしっかり分けないと何があるか分かったもんじゃない。
「うぅん…今日は諦めたほうがいいかな…」
そんな事を呟きながら歩き続ける。すると一つの鉄扉を見つけた。なんだこれ?
「ただの扉…じゃないな……封印用の術式がある……これは一体………」
そう思いながら鉄扉に手を触れる。対人用の術式は何一つ掛けられていないらしく、一見鍵の無い鉄扉は意外なほどあっさりと開いた。
「…お邪魔します…」
とりあえず断りを入れてから足を踏み入れる。この先に一体何があるのか、割と恐怖が先走るけど僕は足を進めた。
「…貴方…新しいお人形さん…?」
中に入って十数歩目。正直真っ暗な部屋で僕の耳にそんな言葉が届いた。
「!?誰だ!」
「それは私の台詞…貴方は誰?私と遊んでくれるの…?」
そんな言葉を聞きながら手持ちの召喚書を開いて灯を灯す。するとぼおっとした明かりが部屋を照らし始め、僕の視界…というか目の前に一人の少女の姿が浮かび上がった。
紅い服、金の髪、そして背中から伸びた黒い棒の様な七色に光る翼………その姿に、僕は数瞬言葉を失っていた………
「き、みは…?」
何とかひねり出した声。その声すらも震えていて、僕は何一つ冷静な判断が出来ないんだろうなとどこかで思っていた。
「私はフランドール…フランドール・スカーレット…貴方の名前は…?」
「……葵……」
「そう。ねえ葵…私と、遊んでくれる…?」


これが僕、葵と彼女、フランドール・スカーレットとの、最初の出会いだった


「パチェー!また来たよー!」
いつもの様にヴワル図書館の扉を開ける。今日はパチェはそこに居たらしく、小さな声で返事が返ってきた。
「あー葵?アレなら今机の上に置いてあるから」
「ん、分かった〜」
図書館中心にある小さな机の上にある魔道書を手に取る。
結局、あの後僕はフランドールとかいう子と弾幕ごっこをした。でもあの子は力の加減が全く出来てなくて、危うく殺されそうになったんだけど…パチェから事情を聞いて納得した。
『あの子は産まれつき気がふれてるのよ。だから誰かに会うと遊びたくなるんだけど、どうにも完全に破壊してしまおうとするのよね。だから姉のレミィの意思で幽閉されてるのよ』
気が触れてる吸血鬼………無邪気すぎる女の子………僕はその話を聞いて、あの子にいろんな事を教えてあげたいと思った。
危険すぎるからっていうだけで、500年近く幽閉していい理由にはならない。そう思った。
確かにこんなのは僕の薄っぺらい正義感かもしれない。でも、だからといってあの子をあのまま放っていい訳が無い。誰かがあの子に全てを教えてあげて、外の世界の開放感を味あわせてあげないと。
何の根拠も無しに僕はそう思い始め、今日も僕はあの子の部屋に行く事にした。
「あ!葵〜!今日も私と遊んでくれるの?」
「うん。でも今日からちょっとしたお勉強もするよ」
「お勉強?」
フランドールが首を傾げる。僕は自前の召喚書とパチェの魔道書を開いて机に置いた。
「大丈夫、つまらないお勉強にはしないから。色々見せてあげるよ」
「本当!?なら早く見せて〜!」
彼女が抱きついてくる。ぅぉ、何でこんなにいい匂いがするんだろう?見た目はまだ十歳ぐらいなのに、なんでこんなに大人っぽい匂いが漂ってるんだろう?
「葵?」
「あっと、ごめん。じゃ、今から見せるよ」
と言ってまずはパチェの魔道書に手を出す。
「これはパチェの本。もしかしたらフランドールも見たことがあるかも知れないけど、この本を正しく使えば普通の人間でもある程度の魔法が使えるようになるんだ」
「それ知ってる。前にパチェに見せてもらった」
「そう?なら、話は早いね」
そう言いながら今度は召喚書に手を付ける。自前で召喚魔法を数百ページに渡って織り込んだ傑作だ。
「これは僕が作った本。これには沢山の魔法がかけてあって、色んなのがここから呼び出せるんだ」
「本当!?」
彼女が目を輝かせる。よし、ここからが僕の見せ場だ。
「そうだね、例えばこれ。火弾[スプレッドファイア]!」
そう叫んで召喚書に右手を叩きつける。するとそこから複数の魔方陣が飛び出し、僕の周りを滞空した。
「わあ!」
「普通の魔道書ならこれで終わるけど、この本はこれだけじゃ終わらないよ!」
そう言って今度は物体を召喚するページを開く。
「魔杖[マジックタスク]!」
同じ様に手を叩きつける。すると今度は本から一本の杖が飛び出し、僕はそれをすぐにキャッチした。
「いけぇ!」
「わぁ!」
杖を振り回して魔方陣を叩き、その中で臨界に達していた炎が一気に飛び散る。かなり威力を絞ったけど、まるで流星群の様にそれらは暗い部屋の宙を舞った。
「綺麗…」
フランドールが部屋を飛ぶ火の粉を見つめる。本気でやったら綺麗もへったくれも無い火のばら撒きだけど、今回ばかりはその言葉が当てはまっていた。

「パチェー!また来たよー!」
またもやヴワル魔法図書館の扉を開ける。結構勢い良く開けてるからその内壊れそうだ……
「なに葵?また来たの?」
パチェが少々嫌そうな顔でこっちを見る。流石にこうも頻繁に訪れるのは迷惑が掛かるかな?
「最近良く来るわね?そんなにあなた勉強熱心だったかしら?」
「いや、そうでも無いけど…」
「なんだ、フランの事が好きなだけか」
ブッ!なんでばれてるんだろう…?やっぱりこう何度もフランドールの部屋を訪れるのが不味かったかな?
そう、僕はいつの間にかフランドールの事が好きになってた。
まるで毎日の様にフランドールに力加減や常識等の勉強をさせてる内に、僕は彼女の事が好きになってた。それで今は彼女の傍に居たいが為に、ここに来てる。それが文字通り行動と顔に出てたんだろうな。
「なら早くいってあげたら?待ってるわよ、彼女」
『いって』のところが『行って』なのか、『言って』なのかは分からなかったけど、とりあえずまずは行ってあげないとと思い、僕はすぐに図書館を後にする事にした。
「分かったよ。いつもごめんね」
図書館を出てしばらく歩く。その先にある鉄扉を開けて、中に居るフランドールに声をかけた。
「フランドール、また来たよ」
「あ、葵。今日はどうしたの?」
フランドールが子供さながら歩いてくる。その姿にちょっとくらっとしながらもさっきのパチェの言葉を反芻する。
『待ってるわよ、彼女』
いつもフランと呼んでいるパチェがフランドールの事を彼女と言った。それは彼女の事を女として見ろって事なんじゃないかと勝手に想像し、試しにちょっと聞いてみた。
「ねえ、フランドールは外に出たことあるの?」
「無いわよ。お外に出るとお姉様に怒られちゃうから」
え…?外に出ただけで…?その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何か負の感情が巻き起こり始めるのが分かった。
自分は自由に外を出歩き、従者すら従えてるのに…この子には何一つ教えてやらない…そんなのが許されるはずが無い。
そう思った僕は思わずフランドールの手を握って歩き出していた。
「え?ちょっと葵?どこ行くの?」
「外。今は夜だから、出ても大丈夫なはずだよ」
ヴワル魔法図書館の前を通り過ぎる。少しだけ扉が開いてたけど、そんなの気にしてる場合じゃない。
「外に?そんなことしたらお姉様に怒られちゃうわよ」
「そんな事で君が怒られるのがどうかしてる。自分だけ外の楽しさを知ってるなんて、どうかしてる…!」
更に歩き続け、一階に上がる階段をどんどん上る。この時ばかりは、咲夜さんの拡張能力が邪魔に思えた。
「フランドール、君に外の美しさを教えてあげるよ」
玄関を無理矢理開けて、敷地内を更に進む。一番の難問は門番さんだったけど、今回も寝てるようだった。正直、助かった。
「湖…水がこんなに溜まってるのを見るの初めて……」
「レミリアは、いつもこういう綺麗なのを見てるんだ。そんなの、不公平だと思わない?」
更に歩いて紅魔館の反対側に出る。本当は飛んでも良かったけど、誰かの手を引きながら飛ぶのは割と難しい。それが無理矢理なら尚更だ。
「綺麗…」
「月明かりが水に反射してるんだ。水に浮かぶ月…とても綺麗でしょ?」
フランドールが頷く。その顔は初めて見る幻想的な光景に少しだけ赤く染まっていた。
それに気付くと同時に未だにフランドールの手を握ってるという事を思い出し、僕は反射的に手を放しそうになったけど、なんかそれも嫌だったからむしろ更に強く握る事にした。
「…君は…」
「…え?」
思わず口が動く。フランドールもそれに気付いて、僕の顔を覗き込んだ。
「君は確かに、吸血鬼と言う名の化け物かもしれない。でも、それと同時に儚い一人の女の子なんだ。誰の好きな様にもさせない…」
「それって…っ!?」
思いっきり手を引き寄せてフランドールの小さな体を抱き締める。明らかに頭一つ分身長差があったけど、構いはしない。今はただ、彼女を抱き締めたい。
「あ…お、い……?」
フランドールが戸惑うような声を出す。それに合わせる様に、僕は今の想いを全部吐き出す事にした。
「吸血鬼、フランドール・スカーレット様。僕は貴女様が好きです。このまま何処かへと一緒に消えてしまいたい。そう思えるほどに、僕は貴女様が好きになってしまいました。ヴラド・ツェペシュの末裔と知りながらのご無礼をお許しください。でもそれほどまでに…僕は、貴女様が好きです………」
更に強く抱き締める。彼女の特徴的すぎる翼が戸惑っているように上がり下がりを繰り返し、最終的に幾分か下がったところで僕を抱き締め返してきた。
「フランドール…?」
「葵………」
腕の力が少しだけ弱まり、フランドールが少々涙で濡れた顔をこっちに向けた。
「フランド…」
「フランって、呼んで……」
「え…?」
もう一度彼女が強く抱き締め返す。
「フラン…?」
「私の愛称…お姉様も、咲夜も、パチェも、美鈴も…私の前じゃ違うけど、皆、そう呼ぶから…葵も、もう大切な人だから……」
「フラン……」
「私も、葵の事、大好き…貴方だけが、私を何よりも大切にしてくれた…ねえ、キス、して……」
フランの顔がもう一度持ち上げられ、目を閉じる。本気の顔…そう半ば本能的に思った僕は、顎を少しだけ持ち上げてゆっくりと唇を重ねた………
初めてのキス。男は魔に身体を差し出す事が無い分、非常に不思議な気持ちになった。なんて言ったらいいのかは分からない。けど、彼女は僕が護る。それだけは言えた……
「こんなところに居たのね」
「っ!?」
館の反対側、つまり僕の右手側から突然声が聞こえた。明らかに高圧的な声色、聞き間違えようが無い。レミリアだ。
「お…姉、様……」
「フラン、外に出ちゃ駄目だって私いつも言ってるわよね?」
レミリアの姿が月明かりに照らされ、幾分かはっきりと見える様になった。赤い服…黒い大きな翼……吸血鬼、レミリア・スカーレット……その姿を確認した僕はフランを守る様に一歩前に出たけど、気付いたときには既に首を片手で掴まれて持ち上げられていた。
とんでもない力で首を圧迫される。どうにかして腕を動かそうとしたけど、更に強く握られて、僕の腕は簡単に動きを止めた。
「ぐっ…ぁ…」
「葵!」
フランの声が聞こえる。でも、体が言う事を聞かない……彼女は、僕が護らないといけないのに……たった今、例えこの身を犠牲にしても、彼女を護ると、誓ったのに……
「これだけしても助けを乞おうとせず、必死に抗おうとする…どうやらその気持ちは本物みたいだけど…でも、如何せん力不足ね。咲夜!」
レミリアが咲夜さんを呼ぶ。するとどこからともなく咲夜さんが現れ、一瞬でフランの背後に回って何かを押し当てた。あれは……十字架…!?
「ぅっ!?…あ、おい……」
「お嬢様の命です。お許しください」
背中に十字架を押し当てられて意識を失うフラン。そうか、レミリアより力が大きいから十字架も有効なのか……
「お嬢様、確保に成功しました」
「ええ。それじゃ、帰るわよ咲夜」
「はい」
咲夜さんがフランを抱えて館へと戻る。待て…フランを連れて行くな…彼女は、僕が護るんだ……
「まだ動く元気があるのね」
と言って僕の体を地面に叩きつけるレミリア。まるで容赦が無い、これが…悪魔という奴か……力勝負じゃまるで歯が立たない。これじゃ、フランを助けに行けない……
「あの子は私が教育してるの。それと同時に管理もね…あんたみたいなのが立ち入っていい話じゃない。あの子の事は諦めるのね」
仰向けにされて、力無く見上げる僕の視界に入るレミリア。すぐに何処かへと移動してしまったけど、その目は、どこかから来る負の感情に満たされて禍々しい紅色に染まっていた。
「…フラ、ン…」
どうにか咳込まずにその名前を呼ぶ。でもあまりにも掠れていたその声が、今の僕の醜態と重なって、僕は無意識に掌に爪を食い込ませていた。

今の僕には彼女を護れない…半ばレミリアに直接言われてしまった…確かにそうだった。今の僕じゃ彼女を護れなかった、それは事実だ。でも、それは向こうの領域に入れられたからだ。こっちの領域に入れてやれば勝てる。そして、必ず彼女を助け出す。僕はそう意気込んで、一日紅魔館を強襲する為の策略を練った。
まずは門番さん、彼女は場合によっては寝てるけど、今は起きてる事を前提に考えて…まずは敢えて正面から勝負を挑む。その際にスプレッドファイアを館の上空に打ち上げて他のメイド達の注意を引いて、あわよくば門番さんの注意も引けたらその一瞬でケリを付ける。引かなかったら雷系の魔法で視界を奪って突入する。そこからは咲夜さんとレミリアが一番の難関だけど、強力な魔法で一撃で決める。その他は全部爆発系で巻く。そうすれば、最短でフランを助け出せる。
そこまで考えて、僕は紅魔館の門に向けて歩き出していた。時刻は午後七時ぐらい。レミリアの事を考えると昼の方が良かったけど、フランの事を考えると夜の方が連れ出すのに都合が良かった。後は、半ば出たとこ勝負だ。
「あ、葵さん」
門番の美鈴さんだ。こんな時に限って起きてる。
「すいません、現在貴方の立ち入りはご遠慮頂いてるんですが…」
「知ってるよ。だから、押し通る!」
一気に走り出す。それと同時にスプレッドファイアとマジックタスクを呼び出し、右手でスプレッドファイアを上空に打ち上げた。
館上空でスプレッドファイアが炸裂し、流星群の如き軌跡を描く。前にフランが綺麗と言ってくれたこの方法…助けに来たよ、フラン……
「なっ!?」
「美鈴さんごめん!」
美鈴さんの注意が上空に向いた瞬間を狙って足払いをかける。そして彼女の体が落ち切る前にマジックタスクで顔面を全力で突き、その勢いのまま外壁に押し付けた。
「ぎゃふん!」
かなりの勢いでど突いたからか、外壁が少々崩れ、美鈴さんの顔が少し埋もれたけど、今はそんなのに構ってる暇は無い。僕は即座に外壁を上って一気に玄関へと飛んだ。
扉を蹴破って中に入る。地下へのルートはもう十分すぎる程頭に入ってるけど、まず間違いなく色んなのが行く手を阻んでくる。だから敢えて遠回りのルートを選べば、メイドの数が減る上に咲夜さんの対応を遅らせる事が出来る可能性が高い。更に向こうもそれを心得てる可能性を考慮して、最初は外周沿い、途中からジグザグルートにすれば、より楽に進める可能性が高くなる。
よし、そうと決まれば早速行動開始だ。そう思った僕は外周沿いに内部を進む為にすぐ左手側へと飛んだ。
しばらく進んで妖精メイド達の声が聞こえ始め、中々最短ルートを通らない事に困惑しているのが聞いて取れた。どうやら、成功らしい。
「このまま上手くいけば楽なんだけど…行かないよなぁ…」
そろそろ内部半分というところで二番目に会いたくない人物を見つけた。十六夜、咲夜……紅魔館メイド長にして時間を操る人間……かなりの強敵だ。しかも、あまり長い間戦ってると妖精メイドが集まってくる可能性が非常に高い。だから、速攻で決める!
「咲夜さん!出来ればそこ退いて!」
召喚書を開きながら叫ぶ。これは下手をすれば殺しかねない魔法だ。出来れば使いたくない。
「それは出来ません、お嬢様の命ですので…貴方にはここで止まって貰います…[咲夜の世界]!」
なっ!いきなりそれを!?あれを回避するにはあの魔法しかない…間に合うか!?しかも、タイミングがかなりシビアだ!
「でもやるしかない!消身[インビジブルドライブ]!」
咄嗟に開くページを変え、インビジブルドライブを発動する。その瞬間、咲夜さんの動きが完全に感知出来なくなり……
「…なっ!?」
僕の体を貫く筈だったナイフと咲夜さんの体が、僕の後ろに流れていた。インビジブルドライブ…三秒間だけ完全透明人間になる魔法……
「これで決める!氷結[アイスブロック]!流水[ウォータージェット]!」
二つの魔法を同時に召喚し、通路の外壁に完全に這わせる。それと同時に咲夜さんも回避する為に飛んだけど、ビンゴ!
「傷魂[ソウル…」
「させない!熱線[プロミネンスレーザー]!」
召喚書を正面に構えて魔法を召喚する。最早熱だけで真っ白に見えるレーザーが数本照射され、アイスブロックで冷やされたウォータージェットの水が一気に熱せられた。後の結果は予想通り……かなりの低温に冷やされた水が一気に熱せられ、爆発的な沸騰を開始して文字通りの爆発を起こした。水蒸気爆発…これが、僕の合成魔法の正体だ。
咲夜さんの体が爆発に巻き込まれ、ついでに僕に向けて飛来していたナイフも何処かへと吹き飛ばされていた。一方の僕は咲夜さんが気になりながらも後を確認せずにそのまま通路を走り続けた。

しばらく走り続けていよいよ地下への階段を視界に捉える。しかし僕の目は同時に、一番見たくない姿も捉えていた。
「……レミリア……」
「あんたも本当に馬鹿ね…私にたて突いたらどうなるか、簡単に分かるでしょうに…」
レミリアの翼が大きく広げられる。戦闘準備完了…なんとなくそう思った僕は有無を言わせず召喚書に手を伸ばし、魔法を召喚していた。
「悪いけど、一撃で決めさせてもらう!」
合成魔法開始。まずはこれ、木を操る魔法だ!
「操木[ウッドパライズ]!」
召喚書を床に押し付けて魔法を召喚する。するとレミリアの周りから大量の木が生え出し、あっという間にその姿が見えなくなった。
「まだまだ!雷弾[サンダーブリッツ]!」
出したままのマジックタスクをレールに、超が付くほどの高圧電流が撃ち出されて生えた木々に伝播する。そしてそれらが密生している木々で更に増幅し、一気にレミリアを襲った。
とんでもない轟音が響き渡る中、更に僕は魔法を召喚しようと召喚書を開いた。
「もういっちょ…」
「飽いた」
「何っ!?」
あれだけの電流を受けて、まだ…!?
「神槍[スピア・ザ・グングニル]!」
その言葉が聞こえると同時に雷で黒くなった木々を何かが吹き飛ばし、それが何かと気付いた時には既に僕の体が紅い槍で壁に磔にされていた。
「がぁ!…はぁ…はぁ…」
腹部を紅い槍が貫通し切って、僕の血が伝って落ちる。その柄に何時の間にかレミリアの手が重なり、更に槍を突き入れていた。
「ぐあぁ…」
「あの程度の魔法で何がしたかったのかしら…?悪いけど、私が本気を出したらパチェの魔法も殆ど通用しないわよ」
パチェの…魔法すらも…?なら…やっぱり僕は、レミリアには勝てないのか……
「急所は外してあるけど…あまり放置すると、出血多量で死ぬわよ。諦めて助けを乞いなさい」
更に槍を突き入れられる。とんでもない痛みが体に走る。でも、こっちも簡単に諦める訳には行かないんだ!
「…諦めない…絶対に…」
「そう…なら、あの子には悪いけど、死になさい。必殺[ハートブレイク]」
レミリアの左手に新たな紅い槍が握られる。アレを発動するなら、今しかない!
「死ぬ…つもりも無い!」
両手を壁に思い切り叩き付ける。すると透明な板が僕達を覆う様に立ち上がり、完全に密室にした。
「なっ!?これは一体!?」
「これで最後だ…!」
ローブのボタンを外し、一気に持ち上げる。するとその中から幾つもの火の玉が顔を出し、明らかに臨界に達しようとしていた。パチェとの唯一の共通魔法……行くぞ!
「そ、それは!?こんな距離で…!?」
「日符[ロイアルフレア]!!!」
火の玉全てが強力な爆発を起こし、結界が完全に砕け散るまでの大爆発を起こしてようやく収まった。至近距離での切り返し専用ロイアルフレア…有効射程が尋常じゃなく短い代わりに、その威力はオリジナルの倍近い。当然、その火力は僕にも及ぶんだけど。
レミリアの上半身が宙を舞う。それと同時に槍も消えて僕の体はようやく床に着いた。
「はぁ…はぁ…」
傷口から赤い血が絶え間無く流れ出る。確かに、これはほっとくと死にそうだ……でも、彼女を、助けなきゃ……
そう思って無理矢理足を動かし始めた。その時だった。
「…本当は、あの子を、取られたくなかったのよ…」
「…え?」
レミリアが口を開く。その体はもう再生しきっていたけど、動く気はなさそうだった。
「ただ一人の肉親だから…誰にも、取られなくなかった…あの子は、私が、護ってやりたかった…それだけなのに…」
同じだ…僕と…あの子を護りたい、それだけの為に…
「あんたは私を打ち負かした。もう私にあの子を護る資格は無いわ…後は、任せたわよ…」
「うん…ありがと、レミリア…」
「レミィって呼んで、とは…言わないわよ…」
そのレミリアの言葉を背中で聞きながら、僕は地下への階段を降りていった。

明かりが少ない地下を進む。傷から血が容赦無く流れ出て、歩く度に意識が飛びそうになる。でも、歩かなきゃ…彼女を…フランを…助け出さなきゃ……
「はぁ…はぁ…フラン……」
壁を伝い、マジックタスクを文字通り杖に歩く。召喚書はいつの間にかどっかに落とした。多分、さっきの戦闘の時だ。
「葵……」
顔を上げる。そこにはパチェのいつもの顔があり、僕は近づく彼女に半ば無意識にマジックタスクを突きつけていた。
「……はぁ」
僕の姿を見てパチェが溜息を吐く。すると思いっきり僕の傷口に左手を押し当てて、そのまま僕を引き倒すんじゃないかと思うぐらい押し続けた。
「ぐっ…!」
「これでしばらく出血は止まるわ。待ってるわよ、彼女」
パチェの手が放れる。パチェが僕から離れていく…それを呼び止める気にはならないけど…これだけは言いたい……
「…ありがとう…」
返事は、無かった。
更に通路を突き進む。やっぱり激痛は治まってなかったけど、意識が飛びそうになる事は無かった。そして、一番奥の鉄扉に、僕は辿り着いた。
「…ここだ…」
フランの部屋の扉を開ける。やっぱり以外とあっさり開いたその扉の奥に、膝を抱えて丸くなっているフランの背中があった。部屋が異常なまでに傷だらけなのは、起きてから癇癪を起こしたからだろうか?
「ぅ…ひく…葵…会いたいよぅ…葵…」
ゆっくりと近づく。彼女は自分の泣き声でその音に気付いてない。
「葵…抱き締めて欲しいよぉ…また、キスしてほしいよぉ…葵……葵……」
「呼んだ?」
ゆっくりとその背中を抱き締める。助けにきたよ…フラン……
「葵…!?」
「大丈夫…僕は、君の傍に居るよ…ずっと…」
更に強く抱き締める。絶対に、放さない…はな、さない……あれ…?
「…葵?…葵!?」
体が自然と倒れる。全く力が入らない……フランの声が聞こえるのに…その姿が、見えない……気付けば傷口から再び出血していた。
全然、持たない、じゃないか…パチェ……

昼下がりの紅魔館。少し前に巫女と魔法使いの襲撃を受けたその館のテラスに、一人の吸血鬼が座っていた。
「んっん〜〜〜!それにしても、あれだけ色んな事があったのが嘘みたいね」
「そうですね、あの時はとんでもないぐらい慌ただしかったのに…今はこうしてお茶も飲めますしね」
「ま、その大きな要因はあの子なんだけどね」
「あ、始まりましたね、ちょっと見学させてもらいましょう」
「やめなさい咲夜。人の逢引を覗き見するのはあまり感心しないわよ」
日傘を持ったフランが走り寄る。やっぱり、すごくかわいいなぁ。
「葵〜!」
「うわフラン、まだ治りきってないんだから、あまり乱暴にしないで」
フランが抱き付く。日傘落とさないようにしないと駄目だよ。
「うん!ねえ葵」
何?


「大好き!」




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