鍵山雛は神である。神とは言っても全知全能の、という意味ではなく、日本で言う所の八百万の神の一柱だ。そんな彼女の役割は、『厄神』。それは『厄』と呼ばれる、不幸をもたらす穢のようなものを集めるというものだった。
 その『厄』というものは彼女の身の内にではなくその周囲に溜め込んでいるので彼女自身に影響はないが、それ故彼女に近づく生者全てに不幸という名の牙を剥く。

 だからだろうか。彼女は人や妖かしの不幸を防ぐという、本来ありがたがられるようなご利益のある女神だというのに、あまり誰かに好かれることはなく、また誰かと関わることも殆ど無い。どころか、嫌がられ遠ざけられているというのが実態だった。
 他にも彼女自身それがあたりまえだと考えて、自ら人妖と接触を持とうとしないことも、恐らくそう思われる原因の一つなのだろう。
 そんな彼女の神としての始まりは、今から数百年前の日本……その山間部の、とある村でのことだった。



 昔々ある所に、小さな村がありました。その村には、一人の幼い少女がいました。少女は早くに親を亡くし、一人で生活していました。
 少女には家こそ両親の残してくれたものがありましたが、しかしそれでもまだ子ども。農作業をするにも上手く行かず、狩りをするのもままならない。細々と近くの家の手伝いをして、どうにか食いつないでいくのが精一杯の毎日でした。

 だけど少女は、自分のことを不幸だとは思いませんでした。家に帰ればいつも見守ってくれている、一つの人形。それは母が亡くなる前に少女に作ってくれた、手作りの雛人形でした。
 少女はその人形を見るたびに母のことを思い出し、父のことを思い出して……きっと自分のことを両親が見守ってくれているのだと信じて、一生懸命に生きていました。

 そんな少女のもとに、ある日旅の修験者が現れました。その修験者は修行の旅の途中で村に訪れて、宿を探していたところを偶然少女が家に招いたのです。そのまま修験者は少女の家で数日を過ごし、そして再び旅へと戻る前に、少女に一つ言葉を残しました。

 貴女の周りには、不幸の影が見えます。それをそのままにしてしまったら、きっと貴女はいつか酷い目にあってしまうでしょう。だから――
 母の遺した、大事な大事な雛人形。それを自分のヒトカタとして川に流しなさい。そうすればその人形が少女の纏った厄を代わりに引き受けてくれる。

 そんなことを最後に言い残して、修験者は村を去って行きました。
 それから一日経ち、二日経ち、一週間の時が経っても、少女は修験者の言葉通りにすることができませんでした。彼の言葉を信じていなかったわけではありません。ですが少女にとってその人形は、母の残してくれた唯一のもの。そう簡単に手放すことは出来なかったのです。

 しかし、そうして眠れぬ夜を過ごしていた少女に、一つの転機が訪れました。

 ある日突然村を襲った、激しい豪雨。それはいつもの山に恵みをもたらす慈雨ではなく、災禍をもたらす神の怒りのようでした。
 川は氾濫し、村の一部は崩れた山に巻き込まれ、作物は全てダメになり、幾人かの人が流される。それはそれは、大変な不幸でした。村人たちはその豪雨が収まった後も、しばらくは満足な食事もままならず、とてもとても苦労しました。

 そして少女はそれを、自分が修験者の言葉を無視したせいなのだと、そう思い込んでしまいました。

 それが事実がどうかは、分かりません。本当に少女に降り注いだ不幸がその豪雨を呼んだのかなど、神様にしか分からないことなのですから。ですが少女には、それが間違いのない事実なのだと思えてしまったのです。

 少女は雨が止んで、まるで少し前の天気が嘘のように晴れたある日、ふらふらとお腹を空かせて朧気な足を引きずりながら山の上、川の上流へと向かいました。少女の母が作ってくれた人形を、その小さな胸に抱いて。
 そして川の上流へとたどり着いた後、少女は夜なべして作った小さな木の船に人形を載せて、そっと川に流したのです。
 その船は、少女の最後の心遣いでした。せめて人形が溺れてしまわないように。そして出来れば自分の知らないどこかで、親切な誰かに拾われてくれますようにという、幼い願い。
 その後少女はそこで力尽きてしまい、先の豪雨で増水した川に落ちてしまいます。始め少女は一生懸命泳ごうと抵抗しましたが、雨のせいで早まった流れはそれを許してくれません。
 やがて少女は抵抗をやめて、力尽きてしまいました。まるで流した人形と一緒になるように。これであの子も寂しくないかなと、そんな思いを残して。

 そして、その日の夜。少女がいつも手伝いに行っていた家の夫婦が、少女がいなくなってしまっていることに気づきます。
 今はまだ村の復興も終わっておらず、山は雨で地盤が緩んでいるし、川も酷く増水している。子どもが独りでで歩くのはあまりに危険過ぎます。
 慌てた夫婦はどこかに手がかりがないかと探して、少女の家で修験者が残した言葉を少女が書き記した、その紙を見つけました。
 その横には一言、ごめんなさいという言葉。それはまるで、遺書かなにかのようでした。

 それからすぐに、手の開いている村人総出で少女の捜索が始まりました。程なくして一人の村人が、川の下流に打ち上げられた壊れた人形と、それに寄り添うようにして倒れていた少女を見つけます。ですが少女は既に事切れていて、助けることはできませんでした。

 村の住人であり、それも健気な子どもが人知れず死んでしまったことに、村人は皆嘆き悲しみました。そして同じようなことがもう起こらないようにと、少女の遺体を埋葬した後傍らにあったその人形を供養して御神体として祀り、毎年同じ時期にヒトカタを川に流すようになりました。
 それからいく年かの年月が経ち、やがて祀られた人形には信仰が集まり、それは一柱の神となりました。



 ……それが、人のために生きる神。『秘神流し雛』の異名を持つ鍵山雛という名の神の、始まりだった。
 雛には、自分が人形だった頃の記憶が残っていた。そして少女の死を悲しんだ、村人たちの想いを受けて彼女は神になった。
 故に彼女は、人が好きだった。たとえどれだけ嫌われようとも構わない。それで不幸になる人々が、ひとりでも減るのならばと。
 自分のためではなく、自分のせいで周りを不幸にしてしまったことを何より悲しんだ少女。不幸をもたらした少女を恨むことなく、少女を死なせてしまった不幸を疎んだ村人たち。優しい優しい、人間たち。その記憶がある限り、なにがあったとしても雛が人間を嫌うことはないだろう。
 役割だから、『厄神』として在るのではない。自らが望み続けたから、今も『厄神』として変わらず在るのだ。だから厄を集め続けることも、それによって人や妖かしから疎んじられることも苦とは思はなかった。
 だけど――

(時々、酷く寂しくなることがある。これまでもこれからも、ずっと独りであることが)

 自分に誰かが近づくということは、厄によってその相手を不幸にしてしまうということだ。それは嫌だった。だから常に独りであることは、自ら望んたことでもあったのだ。しかしだからと言って、何も思わずにいることは、例え神とはいえど無理だった。
 神とて、心持つ存在。それも八百万の神は、どれも人に望まれて生まれたものばかりだ。故に人を求めるのも、必然のことなのだろう。正の方向にも、負の方向にも。
 人がいなければ神は存在することは出来ず、そして人は神に寄って恩恵を受ける。
 神と人との共存。それが八百万の神々が作ってきた、神と人との関係だったから。
 だから、なのだろうか。この……手から伝わってくる、初めて感じた人の温もりが、どうしても離れがたいものだと感じてしまうのは。

「……、え?」

 微睡みの中で自分の思考にふと疑問を感じて、思わずパチリと目を覚ます。そうして体を起こしてすぐに目に入ったのは、うつらうつらと船を漕いでいる甲斐の姿と、その彼に握られている自分の手。そしてそこから感じられる、確かな人の温かみ。

「え、あ――、どうして……?」

 こうして男性に手を握られたことなんて、ついぞ経験したことがなかった。不思議と会ったばかりの相手だというのに嫌悪感こそなかったが、だんだんと恥ずかしくなってしまって雛は頬を紅潮させ、つぅと顔を俯ける。
 体はもう、本調子とは言えないまでも普通に動く分には問題なさそうだ。ならば一刻も早くここから、この家から去らなければならない。
 だけど……

(人の体が、誰かの温もりがこんなに優しいものだなんて……知らなかったわ。今まで人とは距離をとって生活していたし、誰かに触れようだなんてしようとも思わなかったから……) 

 どうしても、それは離れがたいものだった。そんな事は、本来あってはならないことなのに。
 早く甲斐を起こして一言お礼を言って、そしてここから離れなければ。理性はずっと自分にそう訴えかけていたが、どうしても唇が声をだそうと動いてくれない。
 そうして幾ばくか雛が逡巡していると、その気配に気づいた甲斐がふっと目を覚ました。

「ああ……起きたのか」
「ええ」

 それと同時……ぐっと何かを飲み込んで、雛は静かに頷くと視線を未だ握られている手に向けた。

「あの、離してもらえるかしら」
「あ、悪い」

 すると小さく謝って、甲斐はすぐにその手を離す。それにどこか名残惜しさを感じながらも、雛はどうして自分の手を握っていたのかと疑問を口にしようとしたが、

「これ……この服、私のじゃ、ない?」

 そこでようやく、自分が着ている服がいつものドレスではなかったことに今更気がついて、小さく目を見開いた。

「ん、なんだ、気づいてなかったのか。何も聞いてこなかったもんだから、おかしいとは思ってたけど」

 雛が着ていたのは何故か、ボタンの付いた無地の白いシャツ一枚。その下は下着のみで、シャツ自体が大きいから仮に立っても見えはしないだろうが、それは酷く心もとないものだった。

「甲斐、まさか貴方……」

 ここにいるのは、自分を除けば甲斐一人。ということはこの服に着替えさせたのは――

「なんかひどい疑いの目で見られてるから誤解を受ける前に先に言っとくけど、それに着替えさせたのは俺じゃないぞ。実は家にはもう一人、み〜ことっていうメイドがいてな。俺が雛を連れてきた時、それじゃあ寝づらいだろうからってあいつがあの服を脱がしてそれを着せたんだ。服が何故かワイシャツ一枚なのもあいつが勝手にやったことだから、もし文句があるようなら後で会ったときにでも直接言ってくれ」
「あ、そうなの……。それなら、いいのだけど」

 どこかほっとした様子で吐息を漏らした雛に、ふっと甲斐は苦笑を浮かべる。

「まあ何にせよさっきよりだいぶ調子も良さそうだし、取り敢えず飯にしようぜ。ついでだから、俺もここで食べちまうかな」
「え? 甲斐もまだ食べてなかったの?」

 甲斐の言葉に思わずといった様子で聞き返してきた雛に「ああ……」と小さく呟きを漏らすと、甲斐はぽりぽりと頭をかいた。

「前日から徹夜だったせいか、あの後俺も気づいたら一緒に寝ちまってたみたいでね。まあそういう訳だから、まずは温め直さないと駄目だな。ちょっと待っててくれ」
「待つのは別に、構わないのだけど……」

 それからすぐに、どこか腑に落ちないような顔をして首をかしげている雛を残し、甲斐は踵を返して部屋を出ていった。
 そして雛はなんとはなしにその背中を見送った後、寝る直前のことを思い出しながら先程まで甲斐に握られていた手のひらに視線を落として、じっとそれを見つめていた。



◆◇◆◇◆◇



 甲斐は雛を寝かしていた和室を出ると、居間を通り過ぎ対面型のキッチンまで歩いて行く。そしてそこで何やら作業をしているメイド――み〜ことの背中に声をかけた。

「み〜こと」
「あ、甲斐ぼっちゃま。お目覚めになられたのですね」

 何度言っても一向に治らないぼっちゃん呼ばわりに内心でため息を漏らしながらも、甲斐は小さく頷いた。

「ああ。それと雛……朝に連れてきたあの子も目を覚ましたから、飯にしようと思ってな。悪いけどみ〜ことは、お粥の方をあっためてくれるか。俺は自分の食う分やるからさ」
「それでしたら大丈夫ですわ。いつお二人が起きられても食べられるようにとどちらにも定期的に火をかけて温めておきましたので、いつでも食べられちゃったりしちゃいますです」
「あ、そう……」

 何度聞いても力の抜ける、変な敬語だこと。甲斐は相変わらずの卒のなさに感心しながらも、どこか気の抜ける思いで頷きを返した。
 このみ〜ことの時折出る奇っ怪な敬語は、何でも製作者曰く仕様なので仕方無いとのことだった。
 ――そう、仕様。このちょっと奇抜な名前をしている『み〜こと』というメイド、実はただのメイドではなく、なんと驚きのロボットなのである。なんでも以前岡崎教授が自分の身の回りの世話をさせるために作ったメイドロボの姉妹機らしく、余ってしまったからとモニターがてら任されたのだ。

 どこか赤みがかった金色のロングヘアーに、くりくりと可愛らしく大きな目。見た目からは絶対にロボットとはわからないような自然さで、だけどやっぱり完璧すぎてどこか不自然さを感じてしまう北欧風の顔立ちをしている。
 容姿端麗で料理は美味く家事は万能と、それだけ聞けば言うことはないのだが、ところどころにその頭脳と才能の代わりに常識というものを母の腹の中にでもおいてきたのだろう岡崎教授の妙な趣向が凝らされているのが困ったものだった。
 まあそれが嫌だというわけではないし、今ではすっかり家族のようなもの。もはや彼女は門倉家にとって、なくてはならない大事な一員なのだ。

「? どうされましたか、ぼっちゃま。わたくしの顔をじっと見つめて……、――はっ!? そ、それはもしかして、まずは飯なんかよりお前を食わせろという意味の合図だったのですかっ? もう、そうでしたらきちんと言ってくだされば、わたくしはいつでもお相手しちゃいますのにー。奉仕はメイドのお勤めですもの、夜のご奉仕もこのみ〜ことにちょちょいとおまかせ下さいませ!」
「いきなりハイテンションでなにいってんだ。んなわけあるかい」
「あ痛!?」

 いやんいやんと一人で悶えていたみ〜ことの頭にごちんとげんこつを落として、さっさと食事の用意を始める甲斐。そしてみ〜ことは自分で頭を撫でながら、涙目になって痛みを訴えってくる。

「うぅ、ひどいですわぼっちゃま。いきなりグーで叩くなんて……。ああ、ですがわたくしは主人に忠実なメイドロボ。どんなにひどい事をされたとしても、何も言わずに付き従うのがさだめなのですわ……」

 よよよと泣きまねをしながら妙な寸劇を始めたみ〜ことを無視して、甲斐はお盆に載せた食事を持って和室へと向い始める。それを見たみ〜ことはあっと声を上げて、慌てて泣きまねをやめて立ち上がった。

「まあっ、お待ちになってください! わたくしもお客様にご挨拶をしたかったのでございますです! あぁぼっちゃま、待って〜」
「だったらはよ来い、置いてくぞ。……あ、ついでにお粥用のレンゲ持ってきてくれるか? すっかり出すの忘れてた」
「あ、はい、分かりました。すぐにお持ちして参りますわっ」

 なんだかんだ言いながら、一人で全部をやらずに自分に仕事を残してくれる優しい主人に喜びを覚えながら、み〜ことは急いで要求通りレンゲをとって甲斐の元へと駆け寄って行く。
 その姿はなんだか主人が投げたものを取ってきた犬のようにも見えて、直後に甲斐はほとんど無意識に微笑を浮かべながらみ〜ことの頭をなでてしまっていた。

「?」

 それに一瞬首をかしげたみ〜ことだったが、すぐに頬をほころばせて嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「よし、それじゃ持ってくか」
「はい!」

 そうして甲斐が和室の戸の前に立つと、み〜ことが自然な動作でそれを開ける。すると雛が直ぐに二人に気づいて声をかけてきた。

「あら、甲斐と……貴女は、どちらさまかしら?」
「はいっ。わたくし、甲斐ぼっちゃまにお仕えさせていただいております、メイドのみ〜ことと申します!」

 と話し始めた二人の声を背景に、甲斐は持ってきた食事を置くための押入れから小さな木のテーブルを出して足を立たせると、更にその上にみ〜ことが用意しておいてくれたカバーをかける。そして避けておいたお盆をテーブルに乗せると、再び二人に視線を戻した。

「そうなんでございますよ〜。もう甲斐ぼっちゃまったら毎晩毎晩激しくて、求めてくださるのは嬉しいのですけど、少し大変で〜」
「まあ。見た目によらず意外と元気なのね、甲斐って」

 ――そしてそれと同時に、甲斐はひくりと頬がひきつっていくのを感じてしまう。何やらちょっと目を離していた隙に、随分と調子にのって有ること無いこと色々としゃべってくれたご様子のようであった。

「おいこらそこの駄メイド。なにデタラメ吹きこんでんだ」
「駄メイド!?」

 直後に何やら「ひどいですよ甲斐ぼっちゃまぁ!」などとみ〜ことから抗議の声が飛んでくるが、それを適当に流して甲斐は雛に誤解されないよう弁解するべく口を開いた。

「一応言っとくけど、今そいつが言ったのは全部嘘だからな」
「あら、そんなに恥ずかしがらなくても……甲斐も若いのだし、いいんじゃないかしら?」
「まったく信じられてない上にむしろ肯定された!?」
「……ぷっ。ふふ、冗談よ」

 甲斐がツッコミを入れた直後にクスクスと笑い始めてしまった雛を見てからかわれたことを理解すると、甲斐は憮然とした表情で肩を落とした。
 とそこで甲斐は改めて雛の顔を見返して、その様子が最初とはずいぶんと変わっている事に気づく。なんだかただ顔色が良くなっただけではなくて、その表情や雰囲気が何と言うか……どこか大きな余裕を持った、何か超然としたものに成っているように思ったのだ。そしてその態度からは初めの頃に感じられた人間らしさを薄れさせ、まるで別次元の存在のような……そんな見えない壁を感じさせられた。

(これが、普段の雛なのかな?)

 雛からは病院だけではなくて……どこにも、誰にも連絡をとってくれとは頼まれなかった。それは恐らく、普通の手段で連絡のつく仲間がいないからなのではないだろうか。そんな状況であんな状態になってしまっていては、きっと心も弱っていたのだろう。こうして体が回復して、やっと普段通りに振る舞えるようになったということか。

(これならもう、本当に大丈夫そうだな)

 そんな事を一人で考えて頷いていると、気づけば小首をかしげた雛から怪訝そうな目で見られていた。それで我に返った甲斐はいい加減食事をはじめようとテーブルを雛の近くまで移動させて、

「それじゃ悪いけど、雛にはみ〜ことが食べさせてやってくれ。俺もここで食ってるから、何かあったら言ってくれればいい」
「承知致しましたでございますよ」

 甲斐の言葉を聞いて任せておけと言わんばかりに胸を張ったみ〜ことを見て、雛はすぐに遠慮するように小さく首を横に振った。

「そんな……食事まで用意してもらって、そこまでして貰う必要はないわ。自分で食べるから、私のことは気にしなくても――」
「いいえ、ダメですよ? そんな遠慮はしないで、病人さんは大人しくいうことを聞いてくださいね〜」

 しかしみ〜ことはさっぱりこたえた様子を見せないで、少し強引なくらいの勢いで雛にお粥を勧めていく。そのみ〜ことの勢いに押されて、次第にじりじりと雛は身を引いていった。

(こういう時は、み〜ことのこの押しの強さは助かるなあ)

 しみじみとそんな事を考えていると、雛が助けを求めるような視線を向けてきた。しかし甲斐はそれににっこりと笑顔を浮かべると、諦めろと視線だけで答えを返す。そしてまるで我関せずと言わんばかりに、もそもそと食事を始めるのだった。

「さあさあ雛さん、観念して大人しくわたくしの手ずからこのお粥を食べるのですよ。そう、それはまさしく親から餌を与えられる鳥の雛のように!! あら、わたくしったら今ちょっとうまいこと言ったんじゃないでしょうかっ」
「ちょ、ちょっと! もう、私の話を聞いてー!」

 そんな悲鳴じみた雛の声は、完全にスルーして。

 別にさっきからかわれたことへの意趣返しも兼ねているだなんて、そんな事は全くなきにしもあらずだったりしなかったり。



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