「東方紅執人8」 これは、悠とフランが外に出かけた時の紅魔館のお話。 月明かりが窓から差し込んで、部屋の床を照らす。 その一室に静かに佇む吸血鬼。 「はぁ……」 レミリアは、小さくため息をつく。色々な思いが混ざったため息だ。 フランが外に出た。いや、出ることができた。 それ自体は非常に喜ばしいことである。しかし同時に不安もあるため、素直には喜べない。 だがレミリアが漏らしたため息は、その事に対してではない。 元レミリアの執事、悠のこと。 「悠……」 悠はフランの執事になった。 それは、フランが外に出るにあたって出した条件であり、悠自らが望んだ事ではない。 わたしはその条件を、快く了承した。フランの姉として、悠の主人として。 悲しくない、と言えば嘘になる。しかし、フランが自分から外に出ると言ったのだ。それを心待ちにしていたわたしは、その条件を駄目とは言えない。 けど、今になって後悔する。 やっぱり、悠に自分の執事をしていてほしかった。 ならなんで引き止めなかったのよ、そんな声がどこからか聴こえた気がした。 「お嬢様、レミリアお嬢様」 レミリアの部屋を何度もノックする咲夜。だが反応は無い。 もう一度、今度は先程より強くドアを叩いてみる。 「……」 やはり何の反応も無い。 寝ているのか、それとも部屋にはいないのか。 それを確認するために、申し訳ないながらもドアを開ける。 部屋を覗いて目に飛び込んできたものは、キングサイズのベットの上で体育座りをしているレミリアの姿。 その姿が実に悲哀的に見えた咲夜は、思わず声をかける。 「どうしたんですか?」 レミリアが鼻をすする音が部屋に響く。 「何よ、あなたには関係ないでしょ……」 わたしにだって、紅魔館の主としてのプライドがある。従者に弱みを見せる訳にはいかないと、精一杯の強がりを見せる。 しかし咲夜は、レミリアが沈鬱な状態になっている理由を見抜いた。 「悠のことですか」 レミリアの体がぴくっ、と反応する。わかりやすいなあと心の中で微笑する咲夜。 「……そうよ、なにか文句ある?」 「文句はなにも。ただ、なぜそのようなことでお悩みになるのかと思いまして」 伏せていた顔を上げ、咲夜のほうを向く。その紅い瞳には涙が浮かんでいた。 「どういうことよ……」 「お嬢様は勘違いしています。悠が妹様の執事となったからって、会えなくなるわけではありません。ただ、悠はお嬢様の執事では無くなった、ただそれだけのこと」 咲夜、それは充分理解しているわ。でも、それじゃ嫌だと感じる自分がいるのよ。そのことに腹が立つのよ。 再び顔を伏せるレミリア。しかし咲夜は構わず喋り続ける。 「いいじゃないですか、主と執事じゃなくても」 「!」 途端、止まりかけていた涙が、再び溢れ出そうになった。 「主従関係より、気軽に接することができるほうがいいじゃないですか。それに、悠はお嬢様の執事じゃ無くなったからって、態度を変えたりはしません。今まで通り接してくれるとわたしは思います」 咲夜はニコリと笑みを浮かべて言い放つ。 「なにより悠は優しい男です。きっとお嬢様に嫌な思いはさせないでしょう」 その言葉を聞いて、先程まで我慢していたものがプツリと切れた。 「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 大声を上げてその場に泣き崩れるレミリア。それが安堵の涙だということは、咲夜もレミリアもわかっていた。 「咲夜」 「なんですかお嬢様?」 「わたし、この紅魔館のみんなが大好き」 泣き止んで落ち着いたレミリアは、幼くてかわいい笑顔を咲夜に向ける。 「その笑顔、悠にも見せてあげたいですね」 「ばっ、馬鹿!なに言ってるのよ!」 顔を赤くしながら咲夜を怒るレミリアは、とても女の子らしくてかわいかった。 「冗談ですよ。あっ、帰ってきたみたいですね」 窓から見える、悠とフランの姿。 その姿を見るレミリアの表情は、とっても綺麗で、純粋で、真っ直ぐだった。 「二人を迎えに行くわよ」 「はい」 咲夜と共に部屋を出るレミリア。 窓から差し込む月明かりが、廊下を歩くレミリアを照らす。 |
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