魂達が幾重にも螺旋を描く白玉楼にあるとてもとても大きな桜。これが西行妖である。

 その西行妖の下で西行寺幽々子が詠をよむ。

「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする」

 詠を聞かされた相手は魂魄妖夢。
 幽々子が何故そんな詠をよんだのか、今一つ理解が出来ていない。

「幽々子様。其の詠の意味は?」

 妖夢の疑問に幽々子は口元を緩ませ応える。

「わからない? つまるところ、西行妖が花を咲かせ満開となれば、面白い事が起こるということよ?」

 幽々子の答えに妖夢は暫し考えた。
 考えた果に出た結論は。

 また幽々子様の思いつきが始まったのか。という物になった。
 だが思いつきにしては幽々子は準備が良かった。傅く妖夢に小さな桜の花びらを一つ渡す。

(これは?)

 妖夢が受け取った桜花には特殊な力場が宿っており、ただの花の破片とは思えなかった。

「それは春が詰まった物、春度を宿した物よ。妖夢、今からその桜花を集めて来なさい出来るだけ沢山よ?」

 主人の命令には絶対服従の魂魄妖夢、解りましたと短く答え、幽々子の前から姿と気配を完全に消した。

 幽々子は好奇色の瞳で西行妖を見上げ扇子を取り出し、春度が詰まった桜花を扇子でヒラヒラと舞わせ。
 自分で集めていたものを西行妖に送り込む。春度が桜の大木に吸い込まれると、幽々子は妖艶な笑みを浮かべ呟いた。



「さぁ、始めましょう……亡霊達の、宴を……」



 幽々子の言葉を借りる事になるが、正に亡霊達の宴とも言える状態になっている区域が在った。

 讃えよ、讃えよ、我らが主。

 今こそ、現に魂降り賜いて、失われし御代我等に再び与え給へ。

 血と。肉と。湯気溢れる腑と……美しき悲鳴に彩られし、数多の供物を御身が御前に山と饗して御覧に入れましょうほどに!



「怨霊ども! その禍歌も聞き飽きたわ!」



 西行は一人、骨灰荘の住人である亡霊や怨霊達と戦っていた。彼の持つ太刀は妖夢の持つ刀と同じ効力を持つ。

 彼女曰く「妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなどあんまりない!」

 らしいが、正確には一振りで幽霊10匹分の殺傷力を持つと言われている。

 だが、西行の持つ『楼観剣』は妖夢の持つ物よりも遥かに殺傷力が高い。
 一振りで100匹近い幽霊や怨霊を消滅させている。

「流石に雄刀だけはあるな、雌刀以上の力じゃ。天國め…どんな鍛え方をしおったのか」

 西行の使う太刀は正真正銘の楼観剣。妖怪鍛冶師である天國は二振りの楼観剣を作り出していた。
 雄刀と雌刀を。

 妖夢が使うのは雌刀であり刃渡りが短い、とは言え十分な長さを持つ刀ではあるが。
 雌刀であれだけの長さなのだ、西行の持つ雄刀がどれほど長いのか理解もできよう。

 迫る怨霊達に楼観剣を正眼に構える西行老人。

「天國が鍛えしこの楼観剣雄刀、斬れぬものなぞ無い!」







「コロ! どういう事なの!?」

 コロから七色の光を浴びた雛菊の意識は体から解き放たれる。

『私が食ったお前の記憶を全て返そう、我が主トゥスとなる、お前の名前は……』

 コロからの心の声は雛菊に届かなくなり、目の前が真っ白となった。
















 雛菊の体をユサユサと揺する者が居る。

「おい、 起きろ雛菊」

「ん〜 もう少し寝かせてよ〜」

 雛菊は再び眠りの世界に行こうとする。

「だめだ、起きるんだ。朝飯が片付かない」

 自分の眠りを妨げる人物なんて一人しか居ないはず。彼女は双子の兄の名前を言った。

「御飯いらないから、もう少し寝かせてよ、冬弥」
「駄目だと言ったら駄目だ、お前は唯でさえ体が弱いんだ、少しでも何か入れておかないと体力が付かないぞ」

「後でちゃんと食べる。食べるから15分だけ寝かせて……」

「こら、朝飯が片付かないと言ってるだろう……まったく。15分後には必ず起こすからな」

 兄にそう言った所で身体を揺すられる感覚さえも遮断して。雛菊は再び眠りの世界に落ちるのである。






(私には、兄が居た)







 場面は変わる。

 雛菊が兄と認識した冬弥という少年は、一人の老人と手合わせをしている最中の様だ。

 以前雛菊が小町と仕合した時につかった拳を主体とした格闘術。
 幻想郷ではない外の世界に在る陰陽師一族。鳳凰院が使う体術の一つ、これが鳳凰の爪と呼ばれる存在だ。


 猛然と老人を攻め立てる冬弥。彼に対し太極拳の様な構えを使い、自然な身体の流れで受け流す老人。


「冬弥よ、お前に鳳凰の爪を伝える意味、わかるな?」

「ああ。爪を習得し陰陽師になった後に、守護者になれって言うんだろ? 俺は元より、その……つもりだ!」


 冬弥が叫んだ瞬間、彼の右拳周辺に気流が発生し渦を作り出す。


「鳳凰の爪、一の拳 空鳴拳!」


 正拳突きの要領で老人に右拳を突き出すと拳圧が周囲の空気を引き裂き老人に襲いかかる。
 老人は微動だにせず、両腕で円を描くと冬弥が繰り出した空鳴拳の威力を往なした。

「チッ……円界かよ」

 防御技である円界(えんかい)を使われ舌打ちをする冬弥。

「現役を退いたとはいえ、ヒヨっ子にやられる程にまでは衰えてはおらぬよ」

 ホッホッホと笑う老人に彼女は見覚えがあった。





(私の、おじじ様)






『思い出して来たか?』

「コロ?」

『お主の本当の名前を思い出したか?』

「私の名前……」





 更に場面は変わる。

 兄と散歩に出かけている所。体の弱い雛菊の体力を少しでも付けようと、天気がいい日に森を少し回る程度の散歩。
 兄は妹が転ばない様に、地面の状態を確認しながらゆっくりと先を歩くので足元に意識を向けている。

 自分は森の景色を楽しみながら歩く、自然と意識は上に行く事となる。

 兄妹が大きなケヤキの木の袂に差し掛かったときに上からガサッと音がした。
 巣であろう場所から落ちてきたのは鳥の卵。

 雛菊が音のした方に意識を向けると彼女の腕が自然と上がり落ちてきた卵をキャッチした。
 彼女の小さな手のひらにすっぽりと収まる程度の卵。白くただひたすらに白い卵。

「冬弥、この卵あそこから落ちてきたのに割れてないよ」

 手の中にある卵を兄に見せる雛菊。

 妹の見せた白い卵はピンポン玉のように真円を描いている。森を一人で散策することがよくある冬弥だが、このような卵は見たことがない。

「どこから落ちてきたって?」

「この真上」

 雛菊は頭上を左手で指す。
 彼女が指し示した方向を見上げる冬弥、大きな木は高いところに枝がいくつもある。
 鳥が巣を作った様子は無い。

(この大木には鳥の巣なんかなかったハズだがな……)

 どうしようどうしよう? と不安になり兄を見つめる雛菊。
 あまりに泣きそうな表情を作る妹にフッと笑い冬弥は答える。

「もしかしたら、アイヌの神々が巫女であるお前に……神威雛菊に送ったものかもしれないな」

 大事に孵してみろと、兄は妹の頭を優しく撫でた。

「うん……大切に孵してみる」

 雛菊はアイヌ巫女となるべく育てられていたのである。
 彼女の言うおじじ様、神威九十九がワリウネクル・リムセを伝えていたという事も理解ができるだろう。

 陰陽師となる兄、巫女となる妹、神威兄妹は北海道神威山でひっそりと育っていた。



(私の名前は、神威……雛菊)



『思い出したようだな、神威雛菊よ』

「コロ、あの卵はお前だったの?」

『お主は我を、フリーを使役するトゥス(アイヌ巫女)神威なのだ』

「私がアイヌ巫女……」

『だが今のお主には我の力を従えることはできぬ』

「どうして?」

 フリーとなったペンタチコロオヤシ、コロの声が雛菊に揺さぶりをかける。
 

『受け入れよ、神威の姓を』

「……でも、私には二風谷という姓が……」


 二風谷という名前を幽々子からもらった事により、生前の記憶はココロの深いところに追いやる事が出来ていた。
 だがしかし。彼女の意識は又も暗転し、心の隅に追いやった出来事を見る事になる。
 

「やめてコロ! これは見たくない……」


 コロに願うように雛菊はその場で踞ったが、彼女の願いも聞き入れずコロは見せつける。
 神威として生きた最後の記憶がフリーとなったコロにより蘇ってくる。



 そう。赤いドレスを纏った女との記憶を。



「やっと見つけたわ、神威の、アイヌの巫女を……ね」

 ドレスの女の足元には無残にも殺された神威一族の姿があった。

「伯父さん叔母さん、皆!」

 雛菊の心がざわついた。


「逃げろ…雛菊…冬弥と共に。緋崎深紅、お主の好きにはさせん……」


 ドレス女の背後から祖父である九十九が女を羽交い絞めにして彼女に逃げろと言った。
 九十九の姿はすでに全身血だらけであり、普段の威厳ある姿ではなかった。

「死に損ないが、私を止める力ももう無いくせに」



「お爺様……」

 目の前で親者を殺され今なお一番近しい存在も傷だらけである。雛菊は自分の心が壊れていくのが解った。
 心が壊れたはじめた雛菊は今まで溜め込んでいた存在(モノ)を開放する。

「うああああああああああああああああぁぁぁぁ!」

 雛菊の身体が青白く輝き出す。ドレスの女、緋崎深紅は九十九を好きにさせ雛菊を冷ややかに見つめる。

 感情による波動、想う波と書いて想波(そうは)陰陽師鳳凰院ではこの想波を使い様々な異能力を使う。
 雛菊は霊力と、この想波を計り知れないほど沢山もって生まれた。
 故にアイヌの巫女として育てられる事になったのだ。

(予想以上の霊力と想波ね、上層部が危険視するのも納得いくわ、まともに相手にするのはちょっと危険かもね……)

「なるほど、お前かなりの力を持っているのね」

「消えてよ、私の前から……皆の前から!」

 服の中にある短剣を取り出し。五芒星の印を切り、陣を目の前に描き出し短剣を握る左手を陣の中に差し込んだ雛菊。
 陣の力が集約され、霊力の大砲を緋崎深紅に目掛けて放った。
 雛菊が撃ちだした印砲は緋崎深紅に容赦なく襲いかかる。


 彼女と印砲の距離は1mも無い、緋崎深紅は雛菊の打ち出した術砲を前にして口元をニヤ付かせた。
 両手の平から緋い霊力糸が何本も現れる。

「その歳で印砲を撃てるなんてね、とんでもない化物だわ、だけどね……」

 緋い霊力糸は雛菊の祖父を包み込み深紅と印砲の間に割り込ませ既に事切れているか分からない九十九を盾がわりにした。

 ドドン! と花火が炸裂する音が鳴り響き、激しい白い閃光が辺りを支配する。
 
 極度の興奮状態であり、フゥフゥと左手を突き出したままの格好で閃光が収まるのを待つ雛菊。
 生まれて初めて使った、想波霊撃掌。これであの女は消え去った、雛菊はそう思っていた。

 だがしかし。

 閃光が収まり、自分の目で周囲の確認が出来るようになって見えた光景は!
 

 九十九の事切れた無残な姿と傷一つ負っていない緋崎深紅の姿だった。

「フフ、お前が殺したのよ、大事なお爺様をね? 神威雛菊」

 自分の撃ちだした想波霊撃掌はドレス女を消し去るどころか神威九十九を死に追いやった。
 雛菊の心は、今。完全に死んだ。


「嫌ああぁぁぁぁぁ!」






















 
 フリーとなったコロが見せた記憶映像は此処までであった。うつ伏せて嗚咽を漏らす二風谷雛菊はポツリと言葉を発した。

「あの女は……緋崎深紅は、私から全てを奪った……一族も家族も……私の心さえも」


 コロは少しの時を置き、返事をする。

『お主に力があるからこそ、奪いに来たのだあの女は』

「私に力……」

『そうだ、我をも使役するであろう強大な力がお主には在るのだ。二風谷雛菊ではなく、神威雛菊にな』

「神威雛菊に……」

『神威の姓を受け入れよ、あまり時間がない。このままだと、あの老人が取り殺されるぞ? 雛菊よ』


「老人? 西行翁の事?」

『老人の向かった先は骨灰荘、その中に封じ込めた付喪神を祓う為に今闘っている。付喪神祓いはお主にしか出来ぬ』
『お主の持つ、いや神威雛菊が持つ霊力と想波が必要なのだ』

 フリーは彼女にひとつのスペルカードを託す。
 黒塗りのカードには幾重にも複雑な刻印が入っており、大きな桜を背景とした幽々子の姿が描かれていた。

 カードを発動させるには相当の霊力を消費するということが雛菊にでも直ぐに分かり、同時に今のままでは使えないということも理解した。

『それは我の力を引き出すカード、使えばあの老人の助けになるであろう』

 立ち上がり、スペルカードをに両手で握り締めた雛菊、コロが見せた生前の記憶は彼女にとって辛い物でしかない。
 だが、記憶の中の自分は今の自分よりも遥かに強大な霊力を、そしてそれを使う術をしっていた。
 骨灰荘は怨霊が巣食う魔窟となっている。二風谷雛菊では怨霊を滅することはかなわない。

「私は……二風谷……」

 測量を済ませ幽々子と妖夢の元に帰りたい。だけど、幽々子からもらった大切な姓。これを捨ててまで神威に戻る道しかないのか?

「私は……どうしたら……冬弥……」

 生前、雛菊がこういう状況になると決まって頭を優しくなでる者が居た。

 双子の兄、冬弥が良く頭を優しく撫で雛菊の気持ちを落ち着かせてくれた、彼の優しい言葉が聞こえた気がした。



(アイヌの神々がお前に。『巫女である神威雛菊』に送った物かもしれないな)



「……巫女である神威……うん……分かったよ冬弥、そうだね巫女なんだよね、私は!」

 雛菊の中で何かが繋がった、妖夢と仕合う時に見せる、明るくもキリリとした表情をだす。
 

「私は二風谷雛菊、だけど……同時に神威雛菊でもある、測量士であるけれど……巫女でもいいんだよね!」
 
 雛菊が出した結論は同時に物凄い霊力を彼女の中に生み出す事になる。
 彼女の選択にニィっと瞳を緩ませるコロ。
 
 ペンタチコロオヤシは雛菊の霊力を受け取りワタリガラスの姿から、翼ひとつが七里もある、大変美しい七色の羽をしている巨鳥に変化する。
 そして実際に喋った。

「そうだ、それでいい雛菊、二風谷の名を忘れなくてもいいのだ、神威も又お前なのだと理解すれば良い」

 黒塗りのカードは彼女の青白い霊力を吸い込みフリーに託されたスペルカードを自分の物とした。

 カードの端の丸枠の所には舞の文字が書き込まれ名称が浮かび上がった。  

 
 舞符『カリンパピリカ』と。

 





――東方神威譚 第七話 神威雛菊のお話――


此処まで読んで下さり誠に有難う御座います。

えー、六話をあげたのが今年の始め…ですね。
色々とリアルでありまして、約半年ぶりの更新となります。


今回の話は雛菊の過去というか生きていた頃のお話です。
物語序盤で見せた青白い光の正体が判明と言ったところでしょうか。




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