新しく白玉楼に住む事になった雛菊。 幼いながらも仕事を与えられ、頭にはワタリガラスの妖怪であるコロを乗せて一生懸命に頑張る。 「いいですか雛菊、部屋と言う物は四角いのです。なので箒で掃くのも四角に掃かないといけませんよ?」 妖夢から部屋の掃除の仕方を教わる。 「お菊ちゃん、がんばれ〜」 主である西行寺幽々子の部屋も掃除する。コロと一緒に掃除を頑張る雛菊を応援する幽々子。 「あい」 白玉楼の掃除が雛菊の最初の役割となっていた。 それ以外はもっぱら幽々子の近くで遊ぶ事が日課とでも言うものだった。 紙を蝶の形に切り扇子でヒラヒラと舞わす等の事を幽々子がすると真似したがったりする。 「ゆゆこ様、菊もそれやりたいです」 「はいはい」 妖夢の小さい頃を知ってる幽々子であるが、此処まで自分に懐いた事は無い。 真面目な妖夢の事である。自分に好意は持ってくれているだろうが従者以上の接し方をしないだけだろう。 最近ではつまみ食いをすると自分を叱る等の事もするほどだ。 叱ってくるのが面白くてついついやってしまうのだが。 雛菊の懐き方もこれはこれで楽しい物だと思えてくる。 遊び疲れ、自分の膝で安心しきって寝る雛菊の頭を撫でつつ可愛いと素直に思えてくる。 (私にも、母性なんて物があったのね) もし自分に娘を成す事が出来るのであればこんな想いをするのであろうか? そんな事を思ったりした。 だが雛菊の教育係は妖夢であり、幽々子は甘えさせるだけになってしまうという事実。 「雛菊! 幽々子様の真似をしてつまみ食いなんかしてはいけませんよ! ご飯抜きにしましょうか?」 「幽々子様も変な事ばかり雛菊に教えないで下さいよ」 「だって妖夢ぅ、お菊ちゃんがお腹減ったっていうし〜」 「幽々子様が食べたかっただけですよね? 雛菊をダシにしないで下さい」 「ごめんなさい、ようむお姉ちゃん……」 瞳をうるうるさせてショボンとする雛菊をみて、言い過ぎたと反省する妖夢である。 「そう、悪い事したらちゃんと謝ればいいのです。今回は雛菊の素直な心に免じて許しますが次はご飯抜きますからね。いいですか? 二人とも」 なんだかんだで妖夢も雛菊に甘い。こういったやり取りが白玉楼の日常となるのに時間はかからなかった。 そして半年が過ぎた頃、冥界の死霊が結構な数に増えた。 幽々子は冥界の管理者だ、彼女の死霊を操る程度の能力をもってこの死霊達を然るべき場所に誘導する事を主な仕事としている。 「妖夢それじゃ行ってくるわね、帰りは三日後位かしら?」 「私は了解していますが……」 妖夢の隣では雛菊がわんわんと泣いている。例え三日でも離れ離れになるのが嫌なのだろう。 「いやだあああああああああ! ゆゆこ様と一緒にいぐううううう!」 この様な有様でしてと、妖夢が困り果てていた。 「ん〜 まぁ居ても困らないし、此処で泣かれる方が厄介よね〜」 今回の仕事は死霊の数が多いだけで厄介な霊は居ない。冥界の一つの姿をこの幼子に見せるのも悪くは無いと幽々子は考えた。 「妖夢、雛菊にお弁当を持たせてくれるかしら? 一緒に連れて行くわ」 幽々子が雛菊という名前を初めて使った事で妖夢は理解した。 (正式に白玉楼の住人。冥界管理者の従者として教育すると言う事ですね) 「分かりました。暫しお持ち下さい」 かなりの数の重箱を持たされた雛菊は此れが自分に与えられた仕事だと妖夢に念を押された。 西行寺の従者として頑張りなさいと妖夢に激励もされた。 完全霊体である雛菊であるが冥界の重箱は霊体でも触れる物質で出来ている。 「重いけど……頑張る」 ヨタヨタと幽々子のあとついて飛んでいく。 枯山水が見事な庭園では二人の少女がいまだに言い争いを続けていた。 青緑のベストとスカートの妖夢、紺と濃紺という色違いの格好が雛菊。 雛菊を見る幽々子の瞳には、少しばかり背が伸びた彼女が映っている。 (そう、あれからだったわね。雛菊が肉体を得たのは) 幽々子と一緒に死霊の誘導に付いてきた雛菊は彼女の死霊を操る程度の能力を初めて見る事になる。 だがその前に幽々子から一つの扇子を貰っていた。 「一応大丈夫だとは思うけど、貴女は亡霊とも死霊とも言えない存在。私の能力で誘導されないようにこれを持って居なさい」 幽々子が渡した扇子には彼女の霊力が宿っており、彼女の能力を遮断する効果がある。 「じゃあ、始めましょうかね」 幽々子はその場で舞を始めた。舞に惹かれて死霊達が集まってくる。 彼女を中心として冥界の夜空に綺麗な大輪の花を咲かせるが如く死霊達が整列して行く。 「霊達よ、西行寺の舞に従いて浄土にゆきなさい」 冥界から浄土へ送られた死霊達は転生をする事になる。 ここにいる霊達は転生を待つ存在だ。幽々子はその手助けをするのである。 もっともそれ以外の事もやる必要があるのだが、今は割愛するとしよう。 幽々子の舞の美麗さに目も心も奪われた雛菊は彼女の舞を脳裏に焼き付けるのである。 舞い続ける幽々子をジッと見つめ続けた雛菊。彼女は今、何を想うのであろうか。 丸一日舞った事で、さすがの幽々子も少し疲れが出たようである。 「雛菊。ご飯にしましょうか?」 近くの岩に腰を下ろすと、お茶と重箱を持ってきた雛菊と一緒に食事を取る幽々子。 雛菊が持ってきた重箱の半数を平らげてお茶を飲んだ。 「ご馳走様でした」 「あい〜 お粗末様です。ゆゆこ様」 「あらあら 妖夢の真似かしら?」 「あい」 ニコニコと幽々子に返事をする雛菊。 次の場所に移動するため少し休んだ後に二人は冥界の空を飛ぶ。飛びながら雛菊は器用にも幽々子の舞を真似る仕草をしていた。 脇でそれを見つつ微笑む幽々子であるが、雛菊の舞は何処と無く自分の物とは違うものに見えていた。 もう一つの場所は白峯陵と呼ばれる大きな家屋のある所であった。 天皇の魂が冥界で一時的に過ごすための場所であるが現在では誰も存在して居ない無人屋敷。 ここでも幽々子は舞によって死霊を操り浄土へと送って行く。 「さぁ今夜は白峯陵に泊まって、明日は早くに白玉楼にもどるわよ〜」 幽々子にして見れば天皇も関係が無い、白峯陵は別荘という考えがあるようだ。 使用許可を持つ冥界管理者の役得と言った所か。 残りの重箱を全て処理し食休みしていた幽々子。庭で彼女の舞を真似る雛菊。 幽々子の舞を見よう見真似であるが一生懸命に舞っている幼子を見るのは飽きが来ない。 ついつい笑みが幽々子からこぼれる。 「あらあら、そんなに気に入ったの?」 「あい、ゆゆこ様の舞を見ていたら、菊も昔おじじ様から習った舞を思い出しました」 雛菊の言葉を聞いた幽々子の表情がわずかに変化する。 映姫からの話では、雛菊は幻想郷に行きつく前の記憶が一切無かったはず。 浄玻璃の鏡に映らない位なのだ、だが今確かに昔と言ったのだ。 目の前の少女は自分が死んでいる事も認知しては居ないから昔という表現は間違っては居ない。 (これは、この子の事を知る好機と言う事かしら?) 「雛菊、お爺様から習ったという舞いは舞えるのかしら? 出来るなら私に見せてくれない?」 幽々子の問いかけに瞳を輝かせ首を縦に何度も振る。 「あい! 菊がんばってワリウネクル・リムセします!」 ワリウネクル・リムセという幽々子には聞き覚えが無い言葉。記憶が戻ってきたというのも嘘では無いらしい。 雛菊は幽々子に正対して直立で貰った扇子を開く。 扇子を頭上まで持って行き頭を垂れる。扇子を前に出し船を漕ぐ様な格好を繰り返し始めた。 それに連動して体を上下に動かしリズムを取り始める。 幽々子はその動きに併せ拍手で調子を合わせ始めた。 パン パン パンと幽々子の手拍子が雛菊の体のリズムを掴み始めた。 雛菊の体が幽々子の手拍手に合わせ大きく動き飛び上がる動作を作り始め、両手に持った扇子を体の左から右へと大きく何度も移動させた。 舞はどんどんと激しくなっていく。 左右に移動させていた扇子。今度は右から頭へ、そして左へと半円を描くように何度も振り回したかと思うと左手を腰に当てた。 右手に持った扇子を横に∞を描くように振り回す。 そして扇子を両手に持ち直し頭上に高く掲げたかと思うと雛菊は吼えた。 「オオオオオォォォォォォ」 この吼え声、八歳の少女が出したとは思えない低く威厳のある響きを持っていた。 叫びが小さくなり扇子を頭上に掲げたまま、小刻みに震えた雛菊はそのままバッタリと倒れ込む。 「菊ちゃん!」 拍手を止め、急いで雛菊の元に行き抱きかかえる幽々子。さらに周囲の霊がざわついてる事に気が付いた。 (何かを呼び出したとでもいうの?) 雛菊と幽々子の所に大きな霊魂が二体近寄ってくる。 例えるなら深い湖のような奥行きを持ち、長い年月を経て成長した大木の様なイメージを直接心に叩き付けてくる大きさ。 千年という間、亡霊をしている幽々子でさえ、威厳というものを二体の霊魂から感じる 幽々子は此処まで大きな霊魂を今までに数回しか見た事が無い。 (これは神格級の魂……) 霊魂は二体はやがて人型を取り始めた。 片方は男性、もう片方は女性の姿を作り出し、来ている衣装は縄文人が着る衣装に色々な紋様を染めた物だった。 女性の方は更に髪の毛が炎でできており時折揺らめく。 「これは珍しい所で珍しい方に出会うものだ、亡霊姫とは」 白峯稜付近へは滅多に来ない幽々子の事をいっているのであろう女の神が言った言葉 「まさか神様を呼び出すなんて、とんでもない舞ね。ワリウネクルリムセというのは」 「貴女が舞ったのでしょう? 私達は舞に呼ばれてやってきたのですが?」 丁寧な口調で幽々子に話しかけたのは男の神であった。 「いいえ、私は舞ってないわ」 幽々子は気を失っている雛菊を抱いたままで二柱に見せる。 敵意を持ち合わせない神様達に立ち話もなんだからと白峯稜に招く事にした西行寺幽々子。 白峯稜の広間にて布団で眠る雛菊の隣で亡霊姫と二柱の話し合いが行われている。 「我々はアイヌの神(カムイ)」 女の神様は名前をアペフチカムイと言う。アイヌでは火の女神と言われている。 男の神様はワリウネクルと名乗った。 「貴方達を呼び出したのはこの子よ」 幽々子は呼び出した原因を作った雛菊の事を二柱に話した。 「なるほど、死んで居るのか生きているのかも不明であり、死んだとしてもその原因が分からないというのですか」 炎の髪を揺らしフムフムと考え込むアペフチカムイ。 「アイヌの文化と血脈が薄れてきた事も原因かもしれない……この子は最後のトゥスになるかもしれないぞ」 幽々子の話を聞きながら雛菊に視線をやっていたワリウネクルが呟いた。 ニ柱の神は外の世界で忘れ去られて行くアイヌの自然信仰。また純血のアイヌ人が居なくなった事で数季前に幻想入りした神様だった。 アペフチカムイやワリウネクルだけではない、他アイヌの神々や妖怪に至るまで殆どが幻想郷入りをしていた。 幽々子の方に向き直ったワリウネクルは幽々子に告げる。 「貴女が舞ったのでないとすると、トゥスでなければ私を呼び出す事は出来無いしな」 「それにペンタチコロオヤシの卵を持っていたのも気にかかるわね、とっくに幻想郷入りしているものだと思ったけど」 幽々子の話から各々自己解釈をしているが、神様というのはこういう所があるものだと幽々子は常々思っている。 ワリウネクルは少し考え幽々子に言った。 「亡霊姫よ。こうして呼び出されたのも何かの縁だ、生きているのか死んでいるのか分からないなら。私の力をもってこの幼子の器を作っていいか?」 質問系の言葉なのに幽々子の答えを待つ事も無く雛菊の器、要は肉体を作り出し与えた男神。 ワリウネクルとはアイヌの言葉で人間を生み出した神の事である。 「場所が冥界だからな、半身半霊という事にしておく。そうすれば閻魔の奴も文句はいうまいよ」 対策はバッチリだからなと、自身満々に言ってのけるワリウネクルであった。 アペフチカムイは雛菊にニ風谷(にぶだに)という姓を名乗らせる様に幽々子に助言する。 「ニプタイというアイヌ語をもじった物ですが、木の生い茂るところと言う意味から精神を安定させる謂れがあります。お使いなさい」 その後、ニ柱と幽々子の間でアイヌに関する事と雛菊の事について色々な話を長い事行った。 ニ柱は去るのだが去り際の男神の言葉は神として威厳のある物だった。 「ニ風谷雛菊が本当にトゥスとなった時。我々アイヌの神達は惜しみ無く力を貸すだろう」 肉体を得た雛菊の霊魂は一つ減る。 小さな霊魂一つだけが彼女の周りに浮かぶようになり少しずつではあるが体が成長を始める事となった。 余談ではあるが閻魔様。四季映姫はアイヌの神様が関わった事により。二風谷雛菊を幻想郷、冥界白玉楼の住人として認めざる得なかった。 雛菊はこうして幻想郷の住人として迎え入れられたのであった。 「痛いよ〜妖夢姉ぇ」 楼観剣の柄で頭を思い切り殴られた雛菊の頭には大きなたんこぶが出来上がっていた。 涙目で妖夢をみる雛菊に当然の結果だと言わんばかりの魂魄妖夢。 「自業自得です、ちゃんと訳を言えば良いのです。そうすれば見せてあげます。まったく」 縁側で二人を見つめてニコニコする幽々子の元に二人は戻ってくる。 「何をそんなに言い争っていたのかしら?」 「これです」 「これは何かしら? 簪?」 妖夢が幽々子に見せた物は竹細工で出来た物であり薄い板に紐がついているもの。 幽々子の感想どおり確かに簪の様な形状をしている。紐が付いてると言うのがちょっと分かりかねるが。 妖夢は雛菊が白玉楼に来る少し前に冥界でこの奇妙な物を拾っていたのだ。 雛菊が妖夢の部屋に遊びに行った時に此れをみて以来、この簪を口に運ぼうとしたので妖夢が汚いからと机の奥深くに閉まったのであった。 「雛菊、それは妖夢が正しいわね〜 簪は髪に付ける物であり決して食べるものじゃないのよ〜?」 「私もそう思うのですが雛菊は違うと言うんですよ」 「それは簪なんかじゃないんです!」 食べたくて口に付けたんじゃないんだ! 小さな体をつかって表現する雛菊に同意する声が聞こえた。 「そうね、簪では無いわ」 この声。雛菊に取っては初めてきく声であった。 「あら? 久しぶりじゃないの」 扇子を開き口元にもっていった幽々子の瞳が左方向に動く。 「ええ、35040時間ぶりかしら? 幽々子」 「今度はなんのネタ? 紫」 幽々子の隣には導師服を着込んだ金髪の美人が異空間から上半身だけを出していた。 ――東方神威譚 二話 呼び出すお話―― |
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