遠い遠いむかし、 おおきな美しき生ける石は七色の輝きにて闇をはらい。世界を生命でみたした。

 しかし長きにわたり暗黒を退けていた古の封印がやぶられ、終わりなき悪夢たちがいま目覚める。

 世界が戦慄する災禍がため、絶望にのまれ防げはしない、いかなる定めにもとめられはしない。いかなる力にも……

 だが、嵐の夜を貫いて栄光の光が輝く。獣の叫びに抗いて唄の響きが湧きいでる。

 輝く星、鳴りわたる詩。われらが夢と祈りよ……

 おお、輝け、星よ! 響きわたれ、歌よ!

 その星はあなたの星、その唄はあなたの唄。

 そしていつの日かそれは、 わたし達みんなの夢となり、 祈りとなるだろう……。












            いつか、きっと。  


 











 ――魔法少女リリカルなのは 星の道光の翼 Distant Worlds ――




 新暦66年6月下旬

 ある自然公園の高台に、絵画道具を広げた人物がいた。
 町の全景が見渡せるこの場所で一人黙々と絵を描く少年。鉛筆画ではあるが写真でも見ているかのように正確に風景を描き出していた。

 カリカリとリズム良く画用紙を走る鉛筆は少年が画を書くことを楽しんでいるという事を証明するかのようだ。

 やがて、満足できた物が出来上がったのか、少年は満面の笑みを出し呟いた。

「よし、久しぶりに海鳴に戻ったけど、腕は落ちてないね……そろそろ戻ろうかな」

 少年は6年ぶりに戻った海鳴市に懐かしくなり、思い出があるこの自然公園での写生に来ていたのだった。
 帰り支度を始めた時に絵画道具の中から小さな画用紙がポロリと落ちた。

 古くなった画用紙に鉛筆で描かれ笑っている女の子。三歳当時の高町なのはであった。











 海鳴市の午後の風景が映し出される。海鳴市を突き抜ける国道、午後だけあって車道には色々な四輪自動車や自動二輪車が行き交う対向一車線の道。

 国道沿いの歩道を小学生の女の子二名がテクテク歩いている。色々とおしゃべりをしているようだ。

 一人は金髪の女の子、もう一人は赤みを帯びた茶髪の女の子。二人ともツインテール状に髪をリボンでまとめている。
 ツインテールと言っても二人の状態はかなり違う。金髪の方は頭の左右から腰までかかりそうな位のロング、茶髪のほうは頭の上部に昆虫の触角のようにちょこんとしてるものである。

 二人の少女はこの海鳴でも有名な私立聖祥学園小学部の白い制服を着用している。

「そういえばフェイトちゃん?」

 茶髪の少女が今までの他愛のない話を区切り、改めて金髪の少女に改めて話しかける。フェイトと呼ばれた少女は茶髪の少女の名前を呼び返事を返す。

「何? なのは」


「今日家にさ、お客さんが来てるんだけど、フェイトちゃんにも会って欲しいの……」

 なのは、と呼ばれた少女がお願いをしてきて続ける。

「フェイトちゃん、うちのお店で最近働き始めた飛鳥エナさんて知ってるでしょう?」

 フェイトもエナのことは知っていた。

 なのはの母である桃子。彼女の製菓衛生士の後輩で翠屋に喫茶店経営のノウハウを学びに来ているとかなんとか。

 フェイト自身は背が高く、控えめだけど優しいエナの人柄が気に入っていたりする。
 エナの弟が明日から学校に通う事になるため、色々と教えてやって欲しいと、なのはが頼まれたとの事だった。
 正直な所、生来の性格のせいかそれとも友人達のガードが固いのか、学校の男の子とは仲がいい人物が居ないフェイトであった。
 
「エナさんに、弟さんがいたんだ?」

「うん!」

 フェイトに元気な返事を返す高町なのはであるも。

「実は、小さい頃に少しだけ、家で暮らしたこともあるんだよね速人君は……」

 そう言いながらフェイトに見せたこともない表情を少し出し、直ぐに元の表情に戻って。

「会ってくれるかな?」

 お願いビームをフェイトに放つ。なのはのお願いビームをフェイトは受けながら心中の言葉を素直に言う。
 
「なのはから男の子を紹介されるとはおもってなかったよ?」

「そうかな?」
 
「そうだよ、でも……楽しみかな」

 出会って一年は経つ、本音を言い合える友人として二人の絆は成長中なのであろう。
 フェイトは彼女の頼みになのはが知ってる男の子なら、安心出来そうだと思ったし会うのも楽しみの一つとして捉える事にした様だ。

「私と誕生日が一緒でね、生まれた病院も一緒なんだよ?」

 なのはがフェイトに予備知識を与えていく、そんな午後の風景。










 高町家に到着する少女達。そのまま家に入り、ただいまとお邪魔しますが同時に発声される。リビングの方から落ち着いた女性の声が返事として返ってくる。

「おかえり〜」
 
 落ち着いた女性の声の正体はなのはの母、桃子。
 二人がリビングに入ると、なのはの話のとうりに、エナとその弟である速人がソファに座って待っていた。

 少年を見たフェイトは思った。

(この子が速人君? 髪型がユーノに似てるな色は銀色かな……)

 瞳は青く澄んでいる感じだ。なのはの話では日本人であるはずだがらしくない少年の顔をおもわずじっと見つめてしまっていた。

「なのは フェイトちゃん、おかえりなさい」

 桃子が笑顔で言ってくれた、フェイトはこう言ってくれる桃子が好きだった。

「二人とも、こんにちは」

 エナが桃子の後に続いて挨拶をしてくる。

「こんにちは〜」

 二人で一緒に挨拶を交わす、エナはそんな二人を微笑みながら隣で緊張している弟に挨拶するようにうながす、なかなか声を出さない少年。
 それを見ていたなのはが、お姉さん気取りなのかエナへの助け船をだした。

「フェイトちゃん。この子が飛鳥速人君ね」

 銀髪青眼を持つ男の子はなのはの方を一瞥し。抗議の視線を送る。

(姉さんを助けたつもり? 僕はよけいに緊張しちゃうんですけどね?)

 なのはの眼はそんな視線を真っ向からはねのけ。

(いいからさっさと挨拶しなさいよ?)

 姉的態度と視線を送る彼女に速人は負けた。口を開きおどおどした感じで言う。

「こ、こんにちは……飛鳥速人です……」

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」

 フェイトも挨拶をした。















「速人君どうしたの? もしかしてフェイトちゃん見て照れちゃったの?」

 なのはが速人をからかいはじめた。

 桃子とエナはもうお店に戻ってしまって家には三人しか居ない。
 桃子特製キャラメルミルクを三人で飲みながら色々と話をしているところだった。




 今までの話によると、なのはと速人は海鳴の同じ病院で生まれており親同士のつきあいがあった為に小さい頃から姉弟のように育ってきたこと。

 3〜4歳の1年間は、この高町の家で一緒に住んでいたことがフェイトに知らされていた。

 その間、速人は、なのはの脚色に間違いが無いかを注意しながら聞いていて、間違いがあると正させるといった行為を繰り返していた。

 それを面白く思わないないなのはが、先のセリフでの反撃にでた所であった。

「え? あぁうん、そうだね、なのは以外で同い年の女の子と話すなんて初めてだし……」

 速人は続けて。

「それに、瞳がすごく綺麗だなと思ってさ?」

 フェイトに向かって笑った。

「え? あ……ありがとう……」

 フェイトは速人の言葉に素直にありがとうと返す。

「ちょっとぉ、それって私は綺麗じゃないってことなのかな?」

 なのはが笑顔の中に怒気を付けて速人に迫っていった。

「うん、なのはは綺麗じゃないさ、かわいいんだよ?」

 速人は笑顔を崩さずに言い放っていた。

「むぅ……」

 速人の切り返しになのはが黙ってしまう。



 フェイトは感心してしまった様だ、速人はなのはの扱いが手慣れている。こういったやり取りは日常茶飯事なのであろう、姉弟の様に育ってきたと言うのは伊達じゃないようである。

 暫く三人で学校の事とかを話して今日の所はお開きとなり、速人はエナと一緒に家に戻っていった。

 飛鳥姉弟を見送ったなのはとフェイトは、高町家の玄関で明日の事を二人で話合っていた。

「アリサちゃんやすずかちゃんも会ってくれるかな?」

 と、なのは。

「はやてにも紹介しないとね?」

 と、フェイト。

 他の友人三人にも紹介しよう、ということで話が落ち着いた所だった。




 男の子といわれていたからもっと活発な(ひどくいえばお馬鹿な)イメージを持っていたフェイトだったのだが。

 速人はどちらかというとおとなしい感じがしたなと、家に帰りながら思っていた。

(瞳がすごく綺麗だなとおもってさ)

 速人の言葉と笑顔が印象に残ったフェイトだった。













「ねぇ? 今日転校生くるんだって?」


 アリサ・バニングスがなのはに言ってきた。

 私立聖祥大付属小学部の朝の教室でそんな会話があちらこちらから聞こえていた。

 4ー1と書かれたプレートが廊下から約2mほどの高さで揺れている。

 なのはの座ってる机の周りには、仲良しであろう女の子が三人程集まっていた。

「この学校にくる転校生って、半年前のフェイトが最後だから久しぶりよね」

 アリサが語る。

「でも、うちのクラスじゃないみたいだよ、アリサちゃん」

 青紫の髪に白のヘアバンドを付けた少女が口を出す。

「え? そうなの? すずか」

「4ー2に転入だって聞いたよ」

 すずかと言われた少女は答える。

 それは残念とばかりにアリサ落ち込むのだが、すずかがこう続ける。

「でも、4ー2ってことは、はやてちゃんと同じクラスだから後で話位は聞けるんじゃないの?」

 二人のやりとりを見ていたなのはとフェイトは彼女達に告げた。

「アリサちゃん、すずかちゃん、実は、今日くる転校生って私の知り合いなんだよね」

「私も昨日初めて会ったんだけど、おとなしい感じの男の子だったんだよ?」

 それを聞いたアリサは。なのはに言う。

「フェイトの時もそうだったけど又あんた関係なわけ? 当然わたしとすずかにも紹介するんでしょうね?」

「もちろんだよ〜」

 なのはは当然でしょ? と返事をして。

「それでね……」

 作戦会議よろしく、四人は内緒話をするかのように顔をよせて話はじめた。














 八神はやては足の方も回復して学校に通えるまでになっていた。

 石田医師のアドバイスで教室の一番後ろの通路側の席に指定されており、後ろの備品置き場には、はやてが足の不調を訴えたときの為に使用する折り畳める簡易車椅子が用意されている。
 とはいえ今の所車椅子を使った事は無いのだが。
 ホームルームが始まる前に席に着き。時間割の内容の確認をして、図書館で借りてきた本を読むのが彼女の日課になっている。

 今日は彼女の席のとなりに新しい席が設けられていた、今日くる転校生の物のようだ、クラス内はそのことで朝から騒がしい、とくに男子が。

 先生が入ってきて転校生も続いて入って来る。姿を見たはやては思った。

(ユーノ君に似てるな、特に髪型が、色は銀で瞳は青か、外国の子やろか?)

 『飛鳥速人』あすかはやと と黒板に書かれた名前をみた。

「飛鳥速人です……どうぞ、よろしくお願いします」

 元気とは言いがたい口調で挨拶をしていた。

(ナンヤ、元気の無い子やね? もうちょっと元気あってもええと思うけど)

 先生がはやての隣の席に付くように言って、その子がはやての隣に座る。

「よろしくな〜」
「よろしく」
 
 はやては速人に声をかけた。速人も挨拶を返す。

 初めての学校での授業なので、隣のはやてが授業の進み具合とかを教えながら速人と話をしていた。

 簡単な自己紹介も終わって。

「飛鳥君て、ハーフかナンカか?」

 質問してみたはやてだった。

「ううん、ちゃんとした日本人だよ、昔からこの髪と瞳(め)だから」

 ちょっと笑って答えた。

「ごめんな、私って気になるとすぐ口にだしてしまうのよ」

 はやては申し訳なく思ったのだろう直ぐにあやまった。

「気にしないで、前の学校でもよく聞かれたことだしね」

 この会話の後にお互い色々話をして(授業中ではあるのだが)

 彼が元気がないというよりも大勢から集まる視線が苦手で緊張していたのだと聞かされた。
 上がり症なんやろか? はやてはこんな事を思っていた。

 休み時間の時にクラスの男子が速人に早速質問をしてくる。転校生が来ると言う事自体がこの学校では珍しい事なのだ。
 
「飛鳥の特技ってなに?」

「うーん、特技とよべるか解らないけど。好きなのは絵を書くことかな?」

 聞かれた速人クンは絵を描くのが得意と答えた。

「うんじゃ。何でもいいからさ、何か描いてくれよ?」

 速人クンは少し考えてから返事をする。

「うんじゃ、八神さん描くね?」

 鞄から絵を描く用の何かとスケッチブックを取り出した。








 私をすごい真剣な眼で見つめ、速人クンはスケッチブックにスラスラと描き始めた。

 いきなりモデルにされてしまい、私はその場で固まることしかできなかった。

 速人クンが私を描き始めると私と速人クンを中心に男女問わず、クラスメートが集まってきた。周りのクラスメートは描きあがっていく絵と私を見比べている。
 ナンヤもう蛇に睨まれた蛙の心境や、きっと今の私ならガマの油を絞り出せる!

 そう思えるくらいにメッチャ緊張した3分間だった。

「完成かな?」

 速人クンがそう言い描かれた画をみたクラスメートは息を飲み込んでいる。なんやこの間は? モデルが悪くて評価出来ないとかいう落ちになるんやないよね?
 私がそう考えていると取り巻き達は一斉に声をあげたんや。

「うおぉぉぉぉ!」

 取り巻き全員の声が他のクラスにも聞こえる位の声をだす。休み時間じゃなかったらセンセが速攻でくるよこれ。

「すげー! 飛鳥すげー上手いんだな!」

「八神さん凄く綺麗に描かれてるよ〜 私も描いてほしいかも?」
 
 とか声を揃えてあげている。速人クンはそのページをビッと破り、私に差し出した。

「いきなりモデルにしちゃって御免ね、お礼にこれをあげる」

 描きあがったソレを渡してくれた。そこには、笑っている私がいた、といっていいくらいの画があった。










 仲良し五人組はいつもの様にみんなでお昼を取っていた。いつもと違うのは人数が一人追加されているのと、男の子が女の子の中に加わっていることだろうか。

「じゃあ改めて紹介します、飛鳥速人君で〜す」

 なのはが身内を紹介するような感じでアリサ すずかに紹介した。

「飛鳥速人です、どうぞよろしく」

 フェイトとの出会いで女の子に多少耐性が付いたのか、二人に丁寧に挨拶をする速人。

「私はアリサ・バニングス、よろしくね速人!」

「月村すずかです、よろしくね速人君」

 ついさっきの事だが。

 昼休みになった時点で速人の所に4ー2のクラスメートから昼の誘いが殺到していた。大勢の視線が苦手な速人にとっては逃げ出したくなる一歩手前まできていた所。
 なのは達が駆けつけ、アリサによってその誘いの魔手から救いだされて現在に至る事を明記しておく。

 アリサは同学年の男子から仕切り屋アリサとして恐れられているのだ。


 女の子同士の昼食は各自持ち寄ったお弁当のオカズ交換からはじまり、時間をフルにつかって会話を楽しむ感じで進んでいく。

 正直、速人にとっては居心地がよろしくないのだが、助けてもらった手前どうしようもない。


「そう言えばあんた、なんであんなに昼食の誘いうけてたの? いくら転校初日といえどアレは異常でしょ?」

 アリサは、はやてが作ってきた唐揚げを頬ばりながら聞く。

 フェイトの時のことを考えても速人の所に集まっていた人数は多すぎるといって良いくらいだった。

「異常なのかな……」

 速人は苦笑いするしかない。

「それなんやけどな?」

 速人にかわってはやてが理由を説明した。休み時間の出来事を、そしてその証である物を。

 これや! と他の四人に見せつけた。

「はやて!(ちゃん)よりもかわいさがある!」

 四人は(とくにアリサが強く)口を揃えてこう言った。どうやら速人が描く画は女の子に対してかなりの破壊力を持つ物の様である。





 あんたら、本人(モデル)に向かっていうことはそれかい。はやては内心思ったのだが自分でも画を見て、ちょっと思ってたのでここは抑えた。





「速人君はどこに住んでいるの?」

 すずかが珍しく自分から話を切り出した。画の効果であろうか、目の前の男子に少なからず興味を持ったようだ。

「うんと、アーバンハイツっていうアパートで、1階はスノーレインっていう画材とか文房具をうってるお店になってるとこなんだけど知ってる?」

「私の家の近くだよ!」

 それを聞いたフェイトが何故か強く言い放っていた。

「そうなんだ、じゃあ改めてよろしくだね、えっとハラオウンさん?」

「言いにくいだろうからフェイトでいいよ? わたしも速人って呼ぶからね?」

 フェイトは名前で呼ぶことを勧める。

「うんじゃ、私もはやてって呼んでええよ?」

 アリサもすずかも、名前で呼ぶことをすすめた。その後いろいろ話もしつつ昼食会は進んで行った。

 学校も終わりフェイトは友人達と別れ自宅に戻っていた。

 部屋着に着替えリビングにいくとクロノが丁度かえって来たところだった。

「おかえり、クロノ……」

 ハラオウン家に養子として入ったのが半年前なのだが、いまだお兄ちゃんとは呼べないフェイトだった。

「ただいま、フェイト」

 フェイトを見たクロノは義兄の顔で挨拶をすませた。

 二人で一緒にお菓子を摘みながら、フェイトは学校の出来事、クロノは仕事での事などを話す。

 半年掛けてようやっとフェイトがたどりついた兄妹のコミニュケーションの形だった。

 不意にクロノは黙り込み、少し考えてからフェイトに話を切り出す。

「フェイト、すまないが今度の週末仕事にでてもらう」

 クロノの顔は義兄から執務官の顔になっていた。








      ――魔法少女リリカルなのは 星の道光の翼 Distant Worlds――
              
               第一話 少年と少女達 



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