「うまい棒10本にぃ〜、アメも10、ジュース5本!」

「古河音ちゃん……。そんなに買っておこづかい大丈夫なの?」

「まっさかぁ〜!すっからかんも良いところだぜ☆」

外来のお菓子売りの前を陣取っているのは、上白沢慧音の開いている寺子屋の生徒達。
もちろんわざわざ自費を払わなくとも彼らは慧音によってお菓子を配布されている。
しかし、そこは自分『だけ』のお菓子を手元に置いておきたいお年頃。

寺子屋の子供達がこうして自らの足を運んでお菓子を買いに来るというのは珍しい事ではなかった。
そんな中に混じって古河音は今月分のおこづかいをほぼ残高0にしていた。
この人里において、よほどのお金持ちでない限り子供に与えられる金額などたかが知れている。
今の彼女の行為を呼称するならば、『奮発』、『無駄遣い』、『大人買い』という類のものだろう。




「お前なぁ……よーく考えよう、お金は大事だよ?」

販売者の立場にある良也ですら、古河音の無謀さに某アヒルのCMよろしくなセリフを交えつつ呆れた視線を送る。
正直、別に彼女が奮発しなくとも『外来のお菓子屋』はすぐに売り切れる。
1人の消費者が多少大目の出費をしようとも良也からすれば大差はないのだ。


「良いんです良いんです、今日の私は特別機嫌が良いんです♪だから、それは俺の奢りだと思って取っときな兄ちゃん!」

声のトーンを落として顎に手を当てニヒルな笑み。今日のテーマはダンディズム。

「いや、奢りって……思い切りお菓子は買ってるじゃん」

差し出されたお菓子を袋に詰め、それはそれー コレはこれ〜☆ と1回転ポーズ、決め。
本人の言うとおり、たしかに今日の古河音は機嫌が良いらしい。
というより浮かれている、といった方が正しいか。







「………今日って何かあったっけ?」

「えっと………さぁ?」

謎の浮かれ具合に、良也は寺子屋の生徒の1人に尋ねる。
良也としても幻想郷に、人里に通い出して決して日は浅くない。
そんな彼でも彼女が浮かれる様な出来事に心当たりはなかった。



「知りたいですか?」

「わっ!」

考え込む良也の背後から古河音がぬっと現れる。




「ふふぅ〜ん、実はですね。今回の一大イベントは良也さんにとっても決して悪くない話だと思うんですよねぇ〜」

思わせぶりにチラチラと良也に視線を送る。
色っぽさという言葉は縁遠く、とても鬱陶しい仕草だった。

が、『良也さんにとっても悪くない』 その一言が少しだけ彼の耳を傾かせた。

「酒か?」

「ちがいますよ。私お酒飲めないもん」

「なんだ……」

傾けた耳は、その言葉で完全に興味をなくしていた。
いくら彼女が濃いキャラ性を身につけていようと所詮は子供。
子供の言う『一大イベント』などたかがしれているが、もしかしたら何かの行事で酒が出てくるかもしれないという期待が一瞬だけ生まれたのだ。あっさりと消え失せてしまったが。













「あっ!」

何かを発見したらしく、その方向に向かって熱い視線を送る。
興味がないとはいえ、あそこまでもったいぶられては一応確認だけはしたくなる。

しかし、古河音の視線の先を追っていくとそこには意外な人物。
それはかつての教え子であり、守矢神社の巫女、青と白を基調とした巫女服に身を包んだ少女。
東風谷早苗。
見るに、今日は買い物ではなく人里の人々に神社の信仰アピールをしにきているらしい。
良也曰く、この辺が某巫女との差なのだとか。





そして、良也は再び古河音に視線を戻す。
様子からして彼女の言う『一大イベント』とは彼女の信仰営業の事を指すらしい。

「ふっふっふ……驚きましたか?巫女さんですよ巫女さんっ!
なんと、この人里には巫女さんが来るんですよ!それもバイトとかコスプレとかじゃないんですよ!?正真正銘由緒正しき巫女さんなんです!
はぁ……良いですよね巫女さん。はためく白さがまさしく清楚……あの裾で叩かれるとか一度は夢見ませんか?」

その表情はまさしく恍惚。
何をするでもなく、ただじっと早苗の信仰営業する姿を見つめている。
時折ため息交じり 福眼やわ〜 となぜか関西弁。

そんな姿に良也は彼女の行く末が真剣に心配になってくる。









「あ、先生」

良也を発見した早苗が2人の元へ歩み寄っていく。

「よ、東風谷。精がでるなー」

片手を軽く上げて挨拶。
そのまま、今日はあそこの醤油が安かったぞ? などと世間話。
両者共に人里に深く馴染んでいるのが伺える。




が、その傍らで古河音は1人表情を凍りつかせていた。
頭の中ではひたすらに、先生 先制 宣誓 陝西 専制 千世。

早苗の放った『先生』という言葉がエコーで何度も繰り返される。
訳が分からない。 分かる訳がない。 ただただ自問自答。
必死に今の状況を理解しようとするも悪循環。
思考すればする程に古河音の頭をパニックへと陥れていた。

混乱した頭で、懐から1枚の札の様なものが取りだされる。














――――恋符・『ミニミニマスタースパーク』

「ぶはっ!」

直径にして野球ボール程のレーザービームが古河音の持つ札から発射され、それは良也の顔面に直撃する。
たまにする魔理沙との弾幕ごっこの際に古河音が『把握』した魔法だった。
弾幕の習得に時間をかけた古河音だったが、撃ち方のコツさえつかめばこちらは割と短期間で覚えられた。
ちなみにその威力は通常の弾幕2〜3発分。
決して手加減している訳ではなく、今の彼女の技術と霊力ではこれが精一杯なのだ。






「いきなりなにすんだ!?」

倒れた身体を起こし、古河音に対して怒鳴る。
当然だ。本家と比べればぬるま湯ほどの威力とはいえ、顔面に当たればかなり痛い。

「黙らっしゃいっ!巫女さんに『先生』なんて呼ばせて何が楽しいんですか!?うらやましい!!」

「うらやましいのかよ!」

その様子はさながら興奮した猫。
今にも噛みつきそうな表情をしていた。


「アレですか!?良也さんは入学したての初々しい女の子に『セ・ン・セ☆』とか『セ・ン・パイ☆』とか呼ばれて悦に浸る部類ですか!?
休日に生徒もしくは後輩の家に立ち寄って境内の掃除をしている巫女服に身を包んだ女の子に『あ、先生!』とか『先輩!』なんて自分を信頼しきった表情で言われるのが大好きな人ですか!?
巫女さん姿で駆けよって来た女の子が上目遣いとかしてきて、その瞬間にわずかに見える素肌が堪んなかったりするクチなんですか!?
それに聞けば早苗さん以外の巫女さんの神社で寝泊まりなんてしてるらしいじゃないですか!!?
この巫女巫女充実ライファー略してミコ充め!!なんてけしからん!うらやましい!ぜひ同士と呼ばせてください!!」

もはや文脈も何もあったものではない。
とりあえず混乱しているという事だけは見て取れる。


「先生…?そんな子供に一体なにを吹き込んで………」

「全てにおいて誤解だからそのお祓い棒をしまえっ!!」













「と、言う訳で!」

ビシっと良也に人差し指をつきつける。
一気に喋ったせいか、若干息が荒い。


「あなたに正式に弾幕ごっこを申し込みます!」

「断る」

両手を挙げて降参ポーズ。
その表情は戦意という言葉とは遠くかけ離れていた。
漫画でいうところのキャラクターがズコーっと転ぶ様な返答だった。

彼、土樹良也はそういう人間なのだ。
争い事・面倒事はとにかく回避、興味のある事だけは率先する。
その割に押しに弱く人から頼まれればNoといえない日本人。
ある意味一番日本人らしい日本人なのかもしれない。


「ふっ……そういうリアクションは予想済みです」

「なっ……」

ニヤリと口元を緩めて左手で良也の手を掴む。右手には箒を用意。
そのまま宙に浮かんで良也を引っ張り上げる。

人里に影響ない高さまで昇るとぱっと良也の手を離す。
当然ながら良也もそのまま宙に浮く。落ちれば痛いからだ。

「この弾幕は全国の巫女さんスキーの怨念と知れえぇ〜〜〜!!」

それを確認すると同時に良也に向かって弾幕をしかける。
弾幕ごっこをしたくないなら巻き込んでしまえ。その物騒な発想は一体誰の影響か。



当然の様に良也はそれを避ける。
威力もスピードも数も、その辺の妖精が放つものと大差なかった。
いくら息巻いてもやはり初心者。
よほど良也が油断しない限りはまず落とされることはない。

いざとなれば下にいる早苗がなんとかするだろうと考えながら、良也も弾幕で迎え撃つ。

が、思いの外当たらなかった。
弾幕自体は大した事ないが、古河音はそのスピードを活かして良也の放つ弾幕を器用に回避する。
飛行魔法の上達だけなら魔理沙にも褒められた程だ。




「……どうしたもんかな?」

お互いが回避回避の防衛戦を続ける中、良也は懐のスペルカードを弄っていた。
相手を落とすだけならスペルカードを用いれば割と簡単だった。
しかし、そこで問題になるのはそのスペルカードの選択。

空が飛べて弾幕が撃てるといっても相手はおそらくは防御魔法も満足に覚えていないであろう生身の人間。
下手をすれば彼女に重大なダメージを与えかねない。



「コレでいくか」

数あるスペルカードの中から1枚を取り出し反撃の姿勢をとる。
むやみに放っても意味がない。相手を引きつけ距離が縮まるタイミングで。




―――水符・『アクアウンディネ』


数十という圧縮された水の弾が現れ、古河音に向かっていく。
が、その表情に驚きや焦りはなかった。

「人生で一度は言ってみたいセリフ・ベスト6『この時を待っていた!!』」

水弾を最小限の動きで潜り抜けると、良也同様にスペルカードを取り出す。

現段階で彼女唯一のオリジナル魔法。
ただひたすらにその推進力だけを向上するシンプルなもの。





―――速符・『お前には速さが足りない』

とにかく猛スピードで良也に向かって大突進。
その攻撃法は至ってシンプル『体当たり』
古河音もこの方法が良也に真正面から通用するとは思っていなかった。
だからこそ、ずっと良也がスペルカードを使って一瞬の隙ができるのを待っていた。




古河音は単純な事に気づいていなかった。
一瞬の隙を猛スピードで突っ込まれれば、たしかに避けられないかもしれない。
が、避けれないなら『避けなければ良い』のだ。



「土符『ノームロック』」

「ふがぁっ!?」

良也の前に大きな岩が現れ、古河音はソレに猛スピードで衝突する。
間抜けな声を上げながら、ひょろひょろと落下していった。

その後、良也の目論み通りに早苗が彼女を拾っていた。


















「なんだ、ホントに『先生』だったんですね……。言ってくれれば良いのに」

「言う暇あったっけ?」

良也と早苗、古河音は3人並んでジュースを飲んでいた。
良也的には酒でも良かったが、古河音は飲めない上に人里のど真ん中で早苗を酔わす訳にもいかなかった。

「それにしても先生……ねぇ」

古河音はジュースを現在進行形で飲みながら、良也へと視線を送る。

古河音の中にある良也の情報は、お菓子売り・飲兵衛・ヲタク。
たしかにそれだけでは『先生』という答えに行きつくのは難しいかもしれない。



「一体どれだけの生徒をその毒牙に………」

「おいっ!」

ジュースの残ったビンで邪推するその頭頂部にぶつける。






「大丈夫。先生にそんな度胸はありませんから」

「………そこは建前でも良いから『先生はそんな人じゃない』って言ってくれると先生嬉しかったなぁ」

綺麗な笑顔で貶してるのかフォローしているのか微妙な一言。
当時は彼の心のオアシスでもあった東風谷早苗。
今やそのオアシスは“非常識”という名のゴミによってすっかり汚染されていた。
自然豊かな幻想郷、今必要なのは自然の環境問題ではなく心の環境問題だ。

“心の環境運動にご協力を、あなたの小さな努力が異変予防に繋がります”

そんなキャッチフレーズの下幻想郷全土で立ちあがってみるのかも良いのかもしれない。
成果の見込みはほぼないが。



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