「あ、あのっ………」 「ん?」 「ぉ……重くないですか?」 人が、空を飛んでいた。 スーパーマンでもなければウルトラマンでもなく、ましてやアンパンマンでもない。 土樹良也だ。 今回、良也は慧音より依頼を受けて古河音を連れて紅魔館へと向かっている最中。 慧音曰く、古河音の記憶には“魔法”の存在が関係している可能性があり調べたいとの事。 魔法事について調べるならば、パチュリー・ノーレッジの管理する紅魔館地下の図書館。 奇しくも、パチュリーとは師弟関係にあり紅魔の主にも顔の利く良也の存在は今回の件に最適だった。 ちなみに、その依頼人の慧音は『最近、人里付近の妖怪の活動が活発だから』という理由から不在である。 「大丈夫。このくらいならなんて事ないよ」 空の飛べない古河音は良也の背に乗せてもらっている状態だ。 飛べない事もないが、まだ彼女の技術では正直歩いた方が早い。 子供とはいえ人間1人を背負うとなれば、それなりに負担もある。 しかし、空を飛んで運んでいるので歩くよりも負担は軽減されていた。 「ふぅ、ここが紅魔館だ」 「………紅い」 「紅いねぇ……」 紅い。 他にも大きいや立派など特徴はあるのだが、それらの特徴を打ち消すまでに、紅かった。 古河音は初めて見る紅魔館に茫然としていた。 大きさに、その色に。どちらをとっても人里とは無縁の存在だった。 「あれ?良也さんじゃないですか」 「美鈴、珍しく起きてるな……」 「人を起きてる方がおかしいみたいに言わないでくださいよ〜!」 良也達の前に1人の女性が現れる。 彼女の名は紅美鈴。 この紅魔館の門番を務めながらに、居眠りの常習犯でもある。 その頻度があまりに高いため、良也が驚いているのはそういう事だ。 「まぁ、実は咲夜さんにお仕置きされて今起きたばっかりなんですけどね」 「〜〜〜〜!!!?」 あはは、と笑いながら美鈴は後頭部に刺さったナイフを見せた。 彼女は妖怪の中でもひと際丈夫なため、例え身体をナイフで何ヶ所も刺されたとしても気を失いはすれど平然と起き上がる。どういう理屈かは置いといて起き上がる。 しかし、事情を知らない古河音からすれば女性の後頭部にナイフが刺さった図はショッキング映像以外の何物でもなかった。 そんな美鈴に注意を促そうと思った良也だったが、幻想郷に馴染むにはこういう光景に慣れた方が良いだろうと考え直し、敢えて口を挟まなかった。 その後、美鈴が当然の様にナイフを引き抜き血が大量に噴き出る様が更に古河音を動揺させたのは別の話。 「うちの門番が大変な粗相を。ここからは私、十六夜咲夜が案内を務めさせて頂きます」 一挙一動が洗練された佇まい。 メイド服に身を包んだ咲夜と名乗る女性は良也と古河音の前で一礼する。 ちなみにその傍らでは身体中にナイフの刺さった美鈴が倒れていた。 ショッキング映像を見せる事が粗相というならば、彼女こそまさにその粗相の元凶である。 が、そんな事を口にできる程の度胸を2人共持ち合わせてはいなかった。 「…………メイドさん」 「はい?」 「あっ……いぇ……なんでもないです」 まただ。 古河音はその感覚に覚えがあった。 自分の意図しないところで口から洩れる謎の単語。 良也が次々と謎の言葉を投げかけ、それに反応してしまった時と同じ現象。 それだけではない。 彼女の衣服を見ていると、どこか心がざわめく奇妙な懐かしさの様なものを感じていた。 「私………メイドさんだったのかな?」 「それはない」 「え?」 なぜか、傍らにいた良也に即断されてしまった。 咲夜含め、3人が到着したのは巨大な扉。 この紅魔館自体がかなり巨大な建物ではあったが、それを差し引いても大きな扉だった。 明らかにバランスのおかしい内装に茫然とする古河音をよそに良也は慣れた動作で扉に手を掛ける。 「邪魔するぞー?」 「邪魔するなら帰って」 「はいよー………ってヲイっ!!」 扉の前を行ったり来たり。 日本の誇る伝統的なショートコントが今目の前に。 部屋の奥から聞こえた声は女性の、いや少女のものだった。 薄暗い部屋を構わず進んでいく良也に古河音は場の雰囲気の飲まれながらもついて行った。 「ガラにもなく古典的なネタを……」 「ネタ?最近手に入った本に書いてあったから使ってみたのよ」 良也が詰め寄った少女の手には『よ○もとの歴史』と書かれた一冊の本。 「話は通ってるわ。その子が記憶喪失の?」 「こっ…古河音といいます」 見た目こそ肌の白い幼い少女。 彼女こそ、この図書館の管理者パチュリー・ノーレッジ。 そんなパチュリーの視線に気づき、古河音は一礼しながら挨拶する。 「とりあえず、簡単な魔導書でも読んでみたら?過去に魔法に携わっていたかもしれないんでしょ?」 視線を手元の本に戻すと、パチュリーは興味なさげにアドバイス。 場所は貸すので勝手にしてくれ、といった様子だ。 「…………………」 「どうだ?」 「……な、何がなにやら…………」 難しげな顔で魔導書とにらめっこをする古河音に良也が後ろから覗き込む。 あれだけのオタク知識があれば例え記憶が蘇らなくてもかなり読み込めるだろうと踏んでいた良也だったが、そうもいかないらしい。 見ればまだ10ページも進んでいない。 1ページ1ページ丁寧に何度も繰り返して読むも、その表情は“理解”とは程遠かった。 本1つで簡単に記憶が戻れば苦労もしないだろう。 そんな事を考えながら良也は時間つぶしにでもと適当に1冊の本を手にする。 「………っ!良也さんっ!それはダメ―――……」 「ん?」 古河音が叫ぶ時には、既に本のページは開かれていた。 本は良也の手元から滑り落ち、良也自身も糸が切れた様に倒れてしまう。 「良也さんっ………!」 落ちた本に布を被せて倒れた良也の元へと駆けよる。 そんな彼女の行動にパチュリーは怪訝な視線を送っていた。 「あー…。よりによってソレ開いちゃったのね」 本の内容が気になるのか内容が視野に入る程度に、その光景を覗き見る。 その間も古河音は震える手で良也の頬を叩く。恨みがある訳でなく意識を戻させるためだ。 「大丈夫よ」 「大丈夫って………!?だって、こんな大量の魔力直接脳に浴びたら………」 「――――――どうして分かるの?」 「………え?」 「どうして分かるの?」 パチュリーの質問の意図が分からない古河音に対して、彼女はじっと見つめ続ける。 答えが返ってこないと悟ったのか、視線を例の本へと移す。 「アナタ真っ先にあの本に布を被せたでしょ? 正解。 アレは文字自体が魔力を持ってて読んだ人間の脳に直接魔力が流れ込み、死に至る。 アレを読もうと思ったらそれなりの準備が必要になってくるわ。 おまけに、表紙自体が魔力を抑え込んでるから事前に知っておかないと対処もできない」 ふぅ、と一息つくと再び古河音へ視線を戻して歩み寄る。 「私の言いたい事、分かった?そんな特殊な本をあなたは 「あ〜、びっくりした〜〜!」 「「きゃあ〜〜〜〜〜っ!!」」 話の最中、良也は意識を取り戻した。 緊迫した空気が空気だったため2人の少女(?)は共に絶叫をハモらせていた。 パチュリーが最初に『大丈夫』と断言したのは彼のこの特殊な体質のため。 彼、土樹良也はとある事情から不老不死というとんでもない能力の持ち主だった。 そのため、例え『死んで』も今回の様にすぐに息を吹き返すのだ。 毎回かなりの高確率で間の悪いタイミングで復活するケースが多いのだが、おそらくはそういう星の巡り合わせなのだろう。 「あんな物騒な本そのまま置いておくなよっ!」 「午後には封印する予定だったのよ」 抗議する良也に対してパチュリーは鬱陶しそうに本を読み続ける。 曰く、アポなしで来る方が悪いのよ との事。 「さて……」 未だに良也の抗議は続くが、それを無視して初級魔導書を難しい顔で読み続ける古河音を視界に入れる。 懐から取り出される小ビン。中には青い液体が入っている。 古河音の座っているテーブルまで移動すると彼女の前にそれを置く。 「問題。この薬の効能は?」 「え……っと、視力の悪化の予防と霊力の回復……」 「分かるのね」 「あれっ?………え?」 疑問の声を上げる古河音はもはや意識の外。 パチュリーの中では確信が持てた。 「魔法を、把握する程度の能力……ですか?」 「別に決まった名前がある訳じゃないわよ」 メイド長である咲夜によって全員分の紅茶が配られる。 話を始めるので本は中断という事らしい。 「簡単に言えば目の前で発現している魔法を把握できるのよ。魔法薬や呪いなんていうのは言い換えれば常に発現中の魔法。あなたはそれらの魔法の効能や仕組み、使い方まで知識を無視して把握できるみたいね」 「え、え〜〜と……」 紅茶を飲みつつ淡々と説明するパチュリーに対して古河音はまるで話についていけていない。 魔法よりも今の彼女の話を把握したい気分だった。 しかし、それも無理のない話。 例えばこの話を人里の人間に話してもロクに理解などできないだろう。 ましてや古河音には日常生活に差し支えない程度の最低限の記憶しか残っていないのだ。 唐突に魔法や把握などと言われても、ついていけなくて無理はない。 「ま、つまりは魔法とあなたの過去とは関係ないって事」 古河音の様子にこれ以上話しても無駄だと察したのか、パチュリーは唐突に話を切り上げる。 「……そう、ですか」 だが、そんな投げやりな言葉も古河音をへこませるには十分だった。 むしろ理解できる分、こちらの方が彼女には効果てきめんなのかもしれない。 魔法の話は彼女にとって理解が及ばない上に大した興味のない話だった。 慧音にも言える事だが、彼女らの興味はあくまで記憶の関連性。 何か自分には特別な力がある程度には理解はできるも、それに対して言及しようと思う事もなかった。 理解できたのは、ただひとつ。 これからもしばらく記憶喪失の日々が続くと言う事。 「どうぞ」 気落ちしていた古河音のテーブルに咲夜の手からチョコレートの乗った皿が置かれる。 振り向く古河音に咲夜は諭すような笑顔を向ける。 「紅茶の受けには良いかと思います。空腹は思考を後ろ向きにしがちなので」 そのチョコレートの甘さは、本来の味よりもずっと甘く感じられた。 ほんの少しではあるが救われたような気もした。 慧音といい彼女といい、自分は救われてばっかりだなと痛感させられる。 「…………良也さん」 「んー?」 「メイドさんって……良いですよね」 同意したい半面、彼女の行く末に一抹の不安を感じた良也だった。 |
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