一切の記憶を失くし幻想郷にて慧音に介抱された外来の少女、古河音。

そんな彼女に、土樹良也はある予感を感じ始めていた。
予感は彼の好奇心を刺激した。
止めておいた方が良いという頭の隅の葛藤も、あっさりと流され口が開いてしまう。









「赤い」「彗星」

「白い」「悪魔」

「海賊王に」「俺はなる」



「………え?あれ……??」

良也の言葉になめらかに続く彼女は、そんな自分自身に戸惑っていた。
それはまるで条件反射。
猫に対してでねこじゃらしを振ると、意思とは無関係にじゃれついてしまう様に。

知ってるネタには反応せずにいられない。
良也はそんな“同種”特有の匂いを彼女の中から感じ取っていた。




「真実は」「いつも一つ」 「じっちゃんの」「名にかけて」

「ヅラじゃない」「桂だ」 「テニスの」「王子様」 「歌の」「プリンス様」

「シスター」「プリンセス」 「会長は」「メイド様」 「月に代わって」 「お仕置きよ」

「ただの人間には」「興味ありません」 「小学生は」「最高だぜ」 「リア充」「爆発しろ」

「ただし」「イケメンに限る」 「変態という名の」「紳士」 「うー」「にゃー」

「サラマンダーより」「はやーい」 「中に誰も」「いませんよ」

「盛るぜぇ」「超盛るぜぇ」 「だって」「ヴァ」 「貧乳は」「ステータスだ」










予感は確信に変わった。
確信を得るには十分すぎる情報を良也は得ていた。
そして、同時に少女の中に眠る余計な物を発掘した気分だった。
出来る事ならばこのままそっと土に埋めて封印したかった。

「私………なんで?」

これだけ彼の言葉に続いておいて当人は未だ自覚がない様子。
『お前ホントは記憶あるだろ』
と突っ込みたい気持ちに駆られたが、困惑する彼女を見てそれも消化する。
職業柄か彼の元々の性格からか、子供相手には厳しくなりきれない節が彼にはあった。


良也はこれまでに見てきたマンガやゲームから
主人公や重要人物が記憶喪失の作品の記憶を手繰り寄せる。
その手の人物は失った記憶や慣れない環境に戸惑うも、不思議とその能力の使い方は身体が覚えていたりするのだ。
それは言語や動作、日常生活に必要な記憶は覚えているように。



戸惑う古河音を前に良也は思う。
それと同じ事が彼女にも起こったのだとすれば説明がつく。
記憶を失っても能力(知識)が身体に染みついて離れないのかもしれないと。
自分も記憶を失えばこんな風になってしまうのかと想像すると、少し悲しくなった。
割と他人事ではないのかもしれない。



つまり良也が確信した事とは     彼女がオタクであったという事実。

散々前置きをした割にかなりどうでもいい事実だった。



















何かが高速で空を切る様な音。 身にまとった衣服が風によってはためく音。
揺れる金髪と黒い服。印象的な大きな帽子。

一人の少女が箒にまたがり猛スピードで空を駆けていた。

「ん?」

少女の視界に見知った人物の姿が映る。
空を駆けながらも瞬時に人を見分けられるのは長年の経験か、はたまた単に視力が良いのか。
ニッっと口元を緩ませると、即座に方向転換。

その人物の元へと舞い降りていった。







「よぉ、良也じゃないか」

手慣れた動作で良也の元に降り立つ黒い衣装の少女。
彼女の名は霧雨 魔理沙。
『普通の魔法使い』を自称する文字通りの魔法使いだ。
目ぼしい物はとりあえず盗難するという悪癖の持ち主でもある。

そして良也とも親しい仲。



「人里で会うのは珍しいな。いつもは神社の方なのに」

「いやぁ、ちょうど小腹が減ったもんで。とゆー訳で何か売ってくれ。タダでも良いぜ?」

「自販機か何かか僕は。なんで譲歩するみたいな言い方で、より図々しくなってんだよ?」

さながらショートコント。
まるで打ち合わせていたかの様にテンポよくボケとツッコミが交差する。
幻想郷ではどこか1本ネジの外れた人物が少なくない
そのため、良也のツッコミスキルも自然と磨かれてゆくのだ。


「でも残念。本日はこれにて完売だ」

そう言って良也は満足げにカラになったリュックを見せる。
余程完売が嬉しかったのだろう。上機嫌だ。


「なんだ……。良也は間が悪いな」

「いや、この場合間が悪いのはお前だろ」



良也とは対照的に不機嫌そうな表情の魔理沙の視界に一人の少女の姿が映る。

「見ない顔だな。この子はどこの何子ちゃんだ?」

もの珍しげな彼女の視線に古河音はすっかり物怖じしている様子。
すらすらとオタク用語を並べていた時の彼女とはまるで別人のようだ。


「お前その日本語絶対おかしいからな?慧音さんが介抱した外来人だよ。記憶喪失中だから下手な事するなよ?」

「こ…古河音…………です」

「ほぉ〜、外来人で記憶喪失かぁー!なるほど…たしかに『こがね』だな」

魔理沙は古河音の頭をガシっと鷲掴みにして、その顔をまじまじと観察していた。
良也の忠告などまるで聞いていない。



「ん?何が『こがね』?」

魔理沙の行動に呆れながらも、ふと彼女の言葉が気になった。

「なんだ、気づいてなかったのか」

ほらっ と魔理沙は鷲掴みにしたままの彼女の顔を良也の方へと向ける。
同時にグキッという鈍い音がする。
気のせいか気のせいでないのかは、本人次第だ。



「眼見てみ。一見黒目だけど、見る角度を変えると黄金色(こがねいろ)に見えるだろ?」

「………黒目っていうか白目向いてない?」




古河音の瞳。
魔理沙の言うとおり、一見すると珍しくもない黒い瞳の色。
しかし、それは角度を変えて光に当たる時黄金色にその色を変えていた。
アルビノ、と呼ばれる類のものかもしれない。

思わぬ形で、彼女の名前の由来が発覚した。
これも全ては魔理沙のおかげ。
ではないだろう。なぜならそんな事は名づけた本人から聞けば良いだけの話なのだから。
彼女はただ、古河音の首を変な方向に曲げただけだ。
ちなみに、これと同じ由来で名づけられたのが『金魚』であるという説もあったりなかったり。

などと考えながら良也は古河音を介抱していた。
なんやかんやでよく介抱される娘である。








「売り物がないんじゃ仕方ない、帰るか」

「本当に僕のこと自販機扱いだな」

売り物もなく古河音の観察も終えた魔理沙はすっかり興味をなくしたようだ。
古河音もどうにか意識を取り戻している。


「じゃあな良也、今度は私の分ちゃんと残しといてくれよ?
古河音、今度弾幕ごっこしないか?良也はケチだからすぐに駄々こねるからな」

宙に浮いた箒に腰かけ、いつでも飛べる準備。
つい先ほど会った相手にもお構いなし。図々しいという見方もできるし天真爛漫という取り方ももしかしたらできるかもしれない。

「売り物は了解だけど弾幕はムリだって。ふつうの外来人は弾幕ごっこできないから」

「それは良也は普通じゃないって認めるんだな?」

「っ!人の上げ足を………」


「まぁ良いさ、古河音もひょっとしたら普通じゃないかもしれないしな。気長に待ってるぜ」

言いたい事を言い終えると、あっという間に魔理沙の姿は見えなくなってしまった。
嵐の様な、まさにそんな言葉が良く似合う登場と去り際だった。



「ていうかアッチ紅魔館の方向だしっ!」

彼女の飛び去った方角を眺めながら、またその方角の先で一騒動あるのだろうと想像する良也だった。

「………………」

そして、良也と同じく古河音もまた彼女の去った方向を見つめていた。
呆けていた、と表現する方が正しいかもしれない。
他のものには目もくれず、ただその方向だけをぼぉっと向いている。

「…………空って」










「ああやって飛ぶんですね……」

「いやいやいやっ!!君は飛べないからね!?“外”の人間は普通飛べないから!!」

まさかの古河音の発言に良也は慌てて訂正する。
その発言を耳にして、改めて目の前の少女が記憶喪失なのだと実感する。
彼女の中にあるのは最低限の知識だけ。
“外”の常識も“中”の常識も、古河音の頭の中では欠落していた。
だからこそ、間違えた認識は早めに訂正する必要がある。

ただの外来人が『誰でも空を飛べる』などといった認識を持つなどあまりに危険なのだ。
















「すまないな良也くん。長い間任せてしまって」

長い子守も無事(?)終了。
良也は古河音を連れて上白沢宅に戻っていた。

「それで……何か分かったかな?」

ボソっと、古河音には聞こえないよう慧音は良也に話しかける。
本人に聞かせて不安を煽りたくないのだろう。

「あぁ〜〜………」

今回の収穫と言えば、彼女の名前の由来と彼女が実はオタクであったという事実くらい。
前者は、元々記憶を失くした彼女に慧音が名づけたものなのでまるで役に立たない。
後者は、それを慧音に報告したところで理解してもらえないだろう。
仮に理解できたとしても『その子オタクですよ』などと言えるはずもなかった。




「なかったですよ」

「今の間は何だ?」




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