あなたが私を愛するように、私はあなたを愛せるでしょうか?
 私にはそれが出来るか分かりません。


 あなたが私に尽くしてくれるように、私はあなたに尽くせるでしょうか?
 私にはそのつもりが無いかも知れません。


 あなたが私を想うように、私はあなたを想えるでしょうか?
 私にはその自信がありません。


 私には、その自身があるのか自信がありません。



















 大きな姿見で白いタキシードをチェックする。皺無し、解れ無し、歪み無し。女性と違って、男の着替えは楽で良いな。


「ん、まぁ、こんな所か」


 最後にキュッとこれまた白いネクタイを締めて仕上げをする。
 ちょっとばかり化粧もしてもらって、悲しいぐらい並な容姿も今ばかりはパリッとしている……ように思わせてくれ。でないと霊夢の隣に立つ自信が無くなるから。

 本物の美人の隣に立つのは大変だなぁ、などというネガティブになりそうな思考を緊張と一緒に飲み込みながらホールへ出る。

 高い天井に明るい内装、派手なシャンデリア。何故か高宮会長が取り仕切ることになった結婚式は、庶民な僕が尻込みしてしまうぐらい本気で豪華なことになっていた。

 高宮会長……というよりは高宮財閥とは、あれから付き合いが続いている。と言っても、呪術関係の厄介ごとで、手に負えなくなると大抵、僕の所に依頼が来るからだ。
 僕としてはあんまりやりたくは無いのだけど、命に関わるぐらい切羽詰っていたり、栞ちゃんがピンチだったりと断れない状況がほとんどなので、何だかんだ言って毎回請けている。

 そんな事情もあって、今では高宮財閥の重鎮とはほとんど知り合いだ。たぶん、これからも続いていくんだろう。

 あ〜、僕としては平和に暮らしたいんだけどなぁ……。


 と、思うやつかの間、僕の諦観をぶち壊すようにズドドドドッ! と土煙の上がりそうな音を立てて迫り来る影があった。


「霊夢は何処!? 私の霊夢は何処!?」


 レミリアだった。シックな薄紅色のドレスは外見年齢というハンデを差し引いても非常に艶やかなのだが、態度で既にブレイクし過ぎだった。


「開口一番にそれか。もっと僕にも言うことあるんじゃないか?」


 例えば僕の晴れ着姿についてとか。祝いの言葉とか。


「ああ、でも良い所ね。明るいのが残念だけど内装は良いわ!」


 何このおぜうさま。全然、話が通じないんですけど。あと、霊夢はお前のじゃない。僕のものになります。


「ざまあ」
「ブチ殺すわよヒューマン!」


 冗談抜きで牙を剥かれた。隠せ。その明らかに人間じゃない犬歯を隠せ。興奮しすぎにも程があるだろ。
 あれだ、自分の尻尾にじゃれて高速回転している犬を想像して貰えると分かりやすい。テンションが上がりすぎて機嫌が良いのにやたらと攻撃的みたいな。
 ……犬扱いしたなんて気取られたら折角の白いタキシードが真っ赤に染まるけどな!

 だが、悲しいかな。このおぜうさまは周りが既に見えていないので、口に出さなければ平気だろう。


「私がデザインしたドレスを着た霊夢っ! 何かテンション上がってくるわね!!」
「ああ、紅と白の比率は見事に逆転したけどな」


 別にお色直しのウエディングドレスなら赤は珍しくもないんだけど、レミリアがデザインしたのは、スカーレットの名に恥じない紅色一色に白いフリルやリボンをあしらった毒々しい逸品。
 それは幾らなんでも不吉すぎると、レミリアを説き伏せて色合いを変えたのだ。

 配色を逆転させると驚くぐらい良いものが出来上がったので、センスが悪い訳では無いんだけど……。


「ああ、霊夢の花嫁姿っ! 良いわ! 実に良いわ!! でも、霊夢が貰われる!? それはNO! 断じてNO!! 畜生! 何処のどいつだ馬の骨! 喜べばいいのか呪えばいいのか分からないじゃない!!」
「素直に祝えよ」
「お姉さま、恥ずかしいよぅ……」


 はしゃぎ過ぎるレミリアの後ろで、そう言ったのはフラン。赤色のドレスの裾をキュッと掴んで俯く姿は写真に残したいぐらいに可愛い。

 何だか、最近ではレミリアとは対照的に僕の癒し系キャラの座を着々と築きつつある。
 ……ああ、昔を思うと感慨深すぎて涙が出てくるね。
 こうやって“外界の”結婚式に呼べるなんて、誰が想像しただろうか。


「くっ、せめて牧師役をやりたかったわ……っ!」


 想像出来る訳ないよな。キリスト教式の結婚式に嬉々として出席する吸血鬼なんか。
 ほら、後ろに立つ灰色っぽい青のドレスを着た咲夜さんも無言になってるし、パチュリーに至っては奥のほうに座って本を読んでいる。

 こいつに天罰が降らなかったら神の不在証明は完璧だな。もしくは、ニーチェの言う通り本当に死んでしまったのか。
 とは言え、幻想郷では宴会でも開けば神様なんて5〜6人は普通に集まるので悲壮感は0である。


「何を達観した顔をしてるんですか」
「あ、妖夢」
「『あ、妖夢』じゃないですよ。良也さんも新郎なんですからもっとシャキッとして下さい」


 メッ、とでも言い出しそうな態度にちょっと和む。いつもより大人っぽく見える緑のワンピースドレスを着ているとは言え、見た目は中学生。微笑ましさの方が勝っていた。
 妖夢がお姉さんぶるのが気にならなくなったのは、僕が生徒たちで慣れたのと、大人になったからだろう。可愛い奴め。


「いいじゃない。今日の主役の片割れなんだから、ちょっとは大目に見てあげなさいな」
「だからこそだと思うんですけど」


 そう言って相変わらずふわふわと笑うのは幽々子。着ている服は色合いの同じ外界用の着物だが、特徴的な桃色の髪を黒く染めている。
 他の奴らと違って本当に存在しない色だから、配慮してくれたのだろう。ありがたいことだ。


「頼んだのはこっちだけど、本当に下界に降りて来て大丈夫なのか?」


 幻想郷ならまだしも、ガチ幽霊が普通に歩くのはマズいんじゃないかと今更思う。


「お盆に帰る子もいるんだから、細かいことは言わないの」
「そんなもんなのか。……まぁ、仲人がいないんじゃ締まらないからな。来てくれて嬉しいよ」
「あら、お上手。少しは大人になったのかしら?」
「そりゃあね」


 見た目が年下とは言え、千歳を超える幽霊に子供扱いされるのは仕方が無いと割り切れるようになった。
 そういう意味では、僕も少しは大人になったんだろう。あ、妖夢は別な。


「でも、確かに外界に立つなんて想像以外ではありえないと思っていたのに」
「僕も外の世界で結婚式が出来るとは思わなかったよ」


 幻想郷の方では既に結婚式を挙げているのだが、それに呼べるのは事情を話さざるを得なくなった家族だけ。
 その他親戚や付き合いのある人間を呼ぶことは流石に無理があった。

 ……まぁ、結納の儀の後は披露宴も何もなく宴会に突入したあれを結婚式と言っていいのかは甚だ疑問ではあるんだけど。
 いつもの人妖神に加え人里の人間まで巻き込んで大騒ぎしたのは記憶に新しい。

 とにかく、幻想郷で生きるならともかく、既に外の世界に生活基盤がある僕にとって、結婚するのに式を挙げないのは、何かと都合が悪いのだ。

 そして、外界で式を挙げるなら挙げるで、新婦側の出席者が0というのも体裁が悪すぎる。そんな訳で特別に幻想郷から何人か連れてくることになったのだ。

 と言う訳で今回、幽々子には仲人役を務めて貰う手筈になっている。
 見た目が年下の彼女に任せるのは少しマズいかも知れないけど、霊夢との出会いのキッカケは間違いなく幽々子だ。
 僕が幻想郷に行った時に最初に世話になったのもそうだし、この配役は変えたくなかった。


「とにかく、よろしく頼むよ」
「任せておきなさい」


 心配なんてしていない。この千年を生きる亡霊姫が見た目程度で侮られるような安い奴でないことは僕が良く知っているのだから。


「よーう土樹。首尾はどうだ」
「久しぶりだね。お招き頂きありがとうございます」
「でたな、変態コンビ」


 と、ここで何だかんだと言いながらズルズル付き合っている大学時代の悪友が現れた。
 田中はちょっと落ち着いた感じがするが、高橋は相変わらずだ。
 二人とも趣味に応じた職業に就いて日々を謳歌しているらしい。妖夢がペコリと頭を下げた。


「あ、ど、どうもです」


 それを見て、と言うか並んでいる面子を見て高橋と田中が狼狽しながら会釈を返した。


「おい土樹、ちょっと来い」
「何なんだよ」


 ガッチリと首を抱えられて幽々子たちから離される。


「なぁ、お前の周りって美人多過ぎねぇ?」
「……偶然だ」


 人外は須らく美人ってことを考えればある意味で必然なのかも知れないけど。


「偶然って何だよ。ギャルゲの主人公かよ。あの中から選び放題だったのかよ」
「んな訳あるか!」


 僕がどれだけ苦労したか知らないからそんなことが言えるんだ! 確かに面だけは良い連中だけども!

 そんな僕の思いが込められた絶叫も嫉妬に狂った2人には届かない。


「しかも、あれだろ? 昔、虐げられてるって言ってた巫女さんが嫁さんになるんだろ? 何? それは一向に彼女が出来ない僕らに対する当てつけ? アリスさん紹介しろ!」
「知るか! しかも、どさくさに紛れて何言ってやがる!」


 僕が美人の奥さんを貰った勝ち組であることは揺るぎようの無い事実だけどな!


「う〜、くそ〜。これからも土樹は美人の奥さんと美人ぞろいの親戚に囲まれて過ごすのか……」
「親戚じゃなくて友達な」


 とりあえず、霊夢に親戚は一切いないそうだ。天涯孤独って言葉があれだけ似合わない奴もいない。
 一応、外の設定ではスキマが後見人ってことになってるんだけど、戸籍とかどうなってるのかあんまり突っ込んだ事を聞くと毒蛇が出そうなのでスルーしてる。


「しっかし、本当にすごい美人率っていうか美少女率っていうか……。今ん所100%とかありえねぇよ」


 そう言って高橋たちは向こうを見る。幽々子は完全にスルー、妖夢はこっちを見ていない。フランは視線を受けてレミリアの後ろに下がり、レミリアだけが何見てんだよと言わんばかりに鼻をふん、とならした。
 それを見て、高橋が一言。


「つーかさ、フランちゃんって何年も前から姿変わってなくない?」


 ……コイツ、高橋の癖にいらんところで鋭さを見せやがって。どうせ会うことも無いだろうと思って写真を見せたのが仇になったか。

「うわ、本当だ。確かあの写真見せてもらったの3,4年前だよね? どうなってるの?」
「そ、それは……」


 マズいな。いくらなんでも妖怪だとか不老だとか答えるわけには行かないし、とりあえず何か納得できる理由を探さないと……。

 …………あ、高橋限定であった。


「フランはあれでも18歳以上だ」
「マジで!?」
「マジで」


 それは、見た目がアレだろうがランドセルを背負っていようがお構いなしの魔法の言葉。生粋のエロゲオタである高橋に通じぬはずが無いのだ。
 嘘は言ってないし。


「いや、いくらなんでもそれは……」
「キターーーーーー!!」


 ああ、馬鹿は扱いが楽で助かるなぁ……。
















「……外が煩いわね」
「いつものことだぜ」


 外から聞こえる妙な騒ぎに、紫が眉を顰めた。

 ここは結婚式場の花嫁の控え室。私の化粧も終わり、先に会場入りしていた紫と魔理沙と一緒に雑談していた所だった。


「まぁ、ちょっと他の子にも挨拶をして来ましょうか」
「ん? そうだな。他の奴らも来る頃だろうしな。私もいくぜ」


 結婚が決まってからというもの、何故か妙に嬉しそうに世話をやいてくる紫だが、今日はそれに輪をかけて張り切っている。

 今回の話にしたってそう。私は別に気にしないのに、新婦側の招待客が少ないのは可哀想だとか言い出して、希望者の中で外に連れて行っても問題なさそうな人妖を連れ出したのだ。
 管理者がそんなことをしていいのかと、むしろ私が心配になった程である。


「霊夢はどうする?」


 そんな私の葛藤も何処吹く風。もしかすると、この胡散臭い妖怪は珍しく浮かれているのかも知れない。
 私は、溜息を吐いた。


「……もうちょっとゆっくりして行くわ。疲れることは後にしたいの」


 どうせ、式で色々と面倒なことをやって疲れるのだ。それまでは、出来るだけ動きたくは無い。
 そう言うと、2人は頷いて扉の方に歩いて行った。


「それじゃ、霊夢。また後でね」
「新郎もちょっと見てくるぜ」
「ええ」


 パタン、と扉が閉まる。私は1人になった。外から少し誰かが話す声が聞こえるが、それが逆にこの静けさを強調しているようだった。

 正直、2回も結婚式をするのは面倒くさいとも思ったけど、この前やったのは宴会の拡大延長みたいな感じだったので、これはこれでありかな、なんて思う。……それにしても、


「外の世界……か」


 私は知らず、ポツリと言葉を漏らしていた。
 漏れた言葉が、誰の耳に届くこともなく、沈黙の中に溶けていった。

 外の世界。博麗が、そして幻想郷が無関係で入られない幻想を失いつつある世界。

 マリッジブルーでは無いけれど、私は昔から思っていた疑問について、少しばかり思いを馳せた。


 私、博麗霊夢は幻想郷の人間ではない。


 それはどういいことか?

 現実と幻想の境界にあるからどちらの人間でもある……などという小難しい理論を展開する気はない。
 正確に言えば、私は幻想郷出身の人間では無いのだ。

 もちろん、これは私の予想であり、決して知っている訳でも誰かに聞いた訳でもない。

 私は物心ついた頃から博麗の巫女だったし、先代が死んでからは話し相手と言えば人間よりも妖怪の方が多いぐらいだった。
 妖怪というのは過去が長すぎるせいか、昔話など聞かなければしてくれない。

 なら、何故そういう結論に至ったのかと言われれば簡単だ。
 人里に私の親類や私の親を知る者がいないから。

 あまり人間の里には出向く事はないが、それでも10年を裕に越える歳月を幻想郷で過ごしているのだ。
 良也さんは何か勘違いしているようだが、普通に会話する程度の知り合いはいる。

 人間というのは寿命が短いせいか、過去の話が好きだ。この前も、煎餅屋の主人に大きくなったねと言われた。
 しかし、そんな話しはよくされるのに、私の出生に関しては全くと言っていい程に無い。禁句となっていたり隠されていると言う感じでも無いので、本当に知らないのだろう。

 これは勘だが、恐らく紫が条件に合う娘を外の世界からさらってくるのだと思う。もしくは、幻想郷自身が引き寄せるのか。
 まあ、どちらにしても人里から選ぶにはしがらみが多い上に選択肢が限られ過ぎる。
 いくら陰陽玉と博麗大結界の力があるとは言え、霊力の素養は必要だろう。
 むしろ、外で探さない理由がないのだ。

 外界で生まれ幻想郷で生きる。なるほど、境界に立つ者としてこれ以上、相応しい形もないだろう。

 そして、私はその関係上、たくさんの“帰りたがる”外来人を見てきた。

 ある者は里人に連れられて、ある者は妖怪に教えられ、ある者は命からがら。

 ある者はここは何処だと戸惑い、ある者はここは美しい場所だと言い、ある者は何て恐ろしい場所なんだと吐き捨てた。

 思い至った出生に加え、そんな人たちを見ていたら基本的に何事にも興味なんて無い私でも、外の世界がどういう場所なのか少し興味を持つようになった。
そして、1つの疑問に行き着いた。


 幻想郷とは、本当に楽園なのだろうか? と。


 なるほど、妖怪たちにとって、ここは楽園だろう。忘れ去られ消えることもなく、また自分たちを脅かす存在も少ない。

 だが、人間にとってはどうだ?

 “外”では妖怪に襲われて命を落とすなんてありえないと言う。

 “外”は幻想郷よりももっと便利で、快適な暮らしがあると言う。

 ならば“外”に置いていかれ、時に妖怪たちと命のやり取りを行う幻想郷とは、果たして“人間”にとっては楽園と言えるのだろうか?

 もし、違うのなら私という“人間”の存在に何の意味があるのだろう。

 だって、そうじゃないか。私は博麗の巫女。定められた中立中道を行き、幻想郷の秩序を護る――楽園の素敵な巫女。
 そこに意味が生じなければ、私という存在は霊夢《人間》である以前に博麗《世界》で、幻想郷という大きな世界の部品に成り下がる。

 ――それは、とてもとても残酷なことだ。

 だけど、それよりも気になったのは、それを疑問にこそ思っても、全く不安にならないことだった。
 そして、それこそが私が空虚な証明でもあるような気がした。

 私自身とは何なのだろう。誰に聞いても返って来ることは無いだろう問い。私には何も分からなかった。

 ……そんな時だ。私が良也さんに出会ったのは。





 良也さん――土樹良也。唯一、現実と幻想を行き来することのできる人間。
 そして、これから私の夫になる人物。


 彼との出会いは5年程前。私にしては珍しい何の事件も異変も無い出会いだった。

 幽霊ではあるらしいけれど、それ以外は本当の意味で普通の人間だと言うのがある意味で印象的だったのを覚えている。

 その印象は、実のところ今になってもそれ程変わってはいない。必要以上にヘタレで、意外なぐらい甲斐甲斐しく、無意味な所で人間離れしている人ではあるけれど、彼はそこから何も変わることは無かった。。


 結婚することになって今更なのだけど、そんな良也さんとの関係について問われると、私は少し言葉に詰まる。

 正直に言えば、今まで男性としてなんて欠片も見ていなかった。いや、正確には男性という存在に注意を払ったことがなかった、というべきか。
 生まれてこの方、男性と呼べる人間との付き合いなんて、買い物を除けば霖之助さんと良也さん以外に無いので、良く分からないのだ。

 淑女の嗜みとしての距離ぐらいは保っていたつもりだけど、それが出来ていたかどうかは自信が無い。
 まぁ、早苗以外には注意されなかったので大丈夫だったんだろう。

 背が伸びて体つきが変わった辺りから良也さんが時々“そういう目”で見ていたのは知っていたけど、手を出すという選択肢を持っていないのも知っていたので、気にはしていなかった。

 たぶん、私たちはお互いに“異性”の範疇に意識を置いていなかったのだと思う。良也さんの“そういう目”にしたって、あれは男性が持つ一番正直な感情の1つなのだろう。
 私だけに向いた特別なもので無いことは普段の良也さんを見ていて分かる。どちらかと言えば、咲夜や鈴仙に向いていることが多いぐらいだ。


「…………」


 ……うん、ちょっといぢめるぐらいなら許されると思う。浮気をするような人ではないから大丈夫だろうけれど。

 しかし、そんな私たちが、それほど真面目な考えがあった訳でもないのに、結婚なんて思い切ったことをしたものだ。

 そう、本当に大した考えなんて持っていなかった。紫に提案された時に良也さんなら別にいいかな、と思っただけの話。
 良也さんが断ったなら、それで終わりの話。あの場で流れて、いつかの笑い話になるはずだったもの。

 ……不可解な話だ。


 ――霊夢! 聞いたよ!! 結婚するんだって?
 ――はあ? あんた、とうとうアルコールで頭がイカレた?
 ――命の水で体を壊すもんか。死ぬ時はアル中って決めてるけどね。でも、おっかしいなぁ。だって、ホラ。パパラ天狗の号外にさ
 ――何々? 博麗の巫女、非幻想の菓子売りと婚約ぅ?
 ――違うのかい? 嘘ならちょっと妖怪の山崩して来るけど
 ――………………
 ――霊夢?


 ほんの出来心だったのかもしれないし、パパラッチの胡散臭い文面に触発されたのかもしれない。でも


 ――そうね、結婚してみようかしら


 その時、ほんとに“悪くないな”と思ったのだ。不可解なぐらい、すっと。
 正直な所、良也さんを愛しているかと聞かれても、胸を張って肯定する自信は無い。それでも


 ――幻想郷は、好き?


 何となく、今まで聞きそびれていた私のささやかな、そして最大の疑問。
 ずっと考えていた。この人なら、“幻想郷とは本当に楽園なのか”という私の疑問の答えをくれるのではないかと。

 そしてあの時、私の“勘”が囁いたのだ。今、この時こそが最高のタイミングなのだと。

 あの時、良也さんは本当の意味で境界線に立っていた。幻想と、現実の境界に。
 彼は幻想郷に入り浸ってはいても。あくまで外の人間としてのスタンスを崩さなかった。
 本人を含めて誰も意識なんてしてはいなかったけど、それは確かに壁だったと思う。

 だけど、私との結婚話は、その壁を完膚なきまでに破壊するものだった。
 博麗の巫女との結婚だ。もう、決してお客様では済まされない立場になる。
 幻想郷に責任を負うことになる選択肢を与えられた。

 幻想郷の1歩外にある現実ではなく、さらにその1歩先のギリギリの境界。

 人里に根付いた人間ではなく、弱い人間も強い人間も妖怪も神も弾幕も全てを知る彼。
 限りなく人外に近いくせに、いつだって“普通の”視点で物事を見ていた彼。
 そして今、踏み出すか背を向けるかの選択を迫られている彼。

 全ての条件を満たす彼が幻想郷を是とするなら、私は疑いなく幻想郷を楽園だと言い切れる。

 もし、もしそれで良也さんが幻想郷を好きだと言ってくれたのなら、


 ――ああ、大好きだ


 私がこうやって生きる意味もあるんじゃないかなぁ、何て思ったのだ――――









 ……時間が戻る。ふと、時計を見れば短い針が12を指していた。
 12時半に移動と言っていたから、そろそろ私も出なくてはいけないだろう。

 動きにくい服を少し、鬱陶しく思いながら、私は腰を上げた。
 幻想郷には無い、教会式の結婚式に着る純白のドレスが翻る。

 ……愛してると胸を張って言う自信が無い私に、このドレスはちゃんと似合っているのだろうか?

 私は柄にも無く、ネガティブな気分になる。そこに――


「ホラ、花嫁見て来いっての!」
「いや、まだ心の準備がさぁ!?」


 バァンッ! と品の欠片も無く扉が開いた。

 既に少しよれた純白のタキシードに身を包んだ良也さん。
 心なしか、いつもより精悍に見えたのは、化粧のせいだろう。

 だって、もう顔は緊張でバッキバキ。一応、二回目の結婚式だと言うのに、初々しいにも程がある。


「ええと……」


 金魚みたいに口をパクパク。そんなんじゃ気の利いた言葉も出ないだろう――


「――似合ってる。これ以上無いぐらいに」


 ――――――――


「おいおい良也。もうちょっと気の利いた言葉があるだろう――って霊夢?」


 …………そうか、似合っているのか。


「ふふっ」


 そうだ。何を難しく考えていたのだろう。
 恋だとか愛だとか幻想郷だとか、そんなことを考える必要なんてこれっぽっちも無いのだ。

 私は“勘”よりも深いどこかで感じている。


「良也さん」


 この人となら、心配だけはしなくていいだろうと。


「ありがとう。――あなたも、素敵だわ」


 そう、思えたんだから。














 あなたが思うように、私はあなたを愛せるでしょうか?
 私は、あなたを愛してみようと思います。

 あなたが思うように、私はあなたに尽くせるでしょうか?
 私は、あなたに精一杯、尽くしてみようと思います。

 あなたが思うように、私はあなたを想えるでしょうか?
 私も、一生懸命あなたの事を考えようと思います。

 私にはその自信はありません。

 その自身があるのか自信がありません。


 ですが、努力しようと思います。

 努力などしたことが無いので分かりませんが、あなたが私を想ってくれるぐらいには、努力をして生きたいと思います。


 あなたが私を愛してくれるように、
 あなたが私に尽くしてくれるように、
 そして、あなたが私を想ってくれるように。


 願わくば、私があなたを置いて逝ってしまうその日まで、

 生まれて初めての努力を続けようと想います。

























あとがき


あるぇー? 確か霊夢が良也に対して思ってたことをつらつら書いていく予定だったのに斜め上にぶっとんでいる気がします。
自分としては、最初にイメージしていた話と微妙に食い違っていて混乱しております。
それ以前にこの鈍亀遅筆を何とかせにゃいけませんね。これは駄目だ。

まぁ、気を取り直して、本作についてお話します。今回のお話はヒロインにも関わらず本編でほとんど出番の無かった霊夢の『想』いを書きました。
これを読んでいても分かると思いますが、霊夢は基本的に良也に男性的な魅力や恋心を感じている訳ではありません。どちらかと言えば、興味の対象ですね。
外来人があんまり帰りたいだとか怖いとか言うもんだから、楽園の巫女の存在意義というか、幻想郷の存在意義に疑問を持ってしまった訳です。妖怪だけの楽園なら、人間の私が守っている意味ねーじゃんと。
そこに良也が現れる訳です。妖怪にも友達がたくさんいて、人里にも良く顔を出し、尚且つ外の人間――。霊夢的にはこれ以上無いぐらい嵌っていた訳です。
まぁ、答えがどうあれ、やることは変わらないので霊夢もあえて聞こうとは思っていなかったと。それが何故、あのシーンで聞いたのかは彼女の勘だけが知っています。
答えの出るベストの瞬間だったのか、それとも、その問いが誰かの覚悟を決めることを感じたのか……。読者様の想像にお任せいたします。。


さて、動きの無い話でしたが、いかがだったでしょうか?
『霊夢かわいいよ霊夢!』や『もっとキャラ出せやゴルァ!』などと思われた方は是非、感想を下さい。自分、感想を貰うのが何よりも好きです。
感想を書くのは苦手という方がいますが、ぶっちゃけ、一言でいいんです。。『面白かった!』の一言があれば、テンションは鰻上りです。
ですので、少しでも面白いと思ってくださったなら、掲示板に訪れて、足跡を残していって下さい。その数によって、亀のような執筆速度が兎になるやも知れません。……うん。

と、言うわけでよろしくお願いします。次は早いうちにお目にかかれれるよう頑張ります。



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