レミリア・スカーレットは不機嫌だった。
 湖の裏手を貴族らしからぬ歩幅で歩き、その形相は鬼の如く。背に生えるいきり立った翼は天を突く怒髪を表し、灼熱を灯す真紅の瞳は周囲の植物から生気を奪い去る。

 不機嫌どころではない。彼女は激怒していた。

 良也が逃げた。それは、彼女にとって想定外――いや、誰にとっても“あってはならないこと”だった。
 古の時代から生きる者達にとって、挑まれたなら立ち向かうのは当然のこと。逃げ出すなどと言うことは、誇り高き吸血鬼であるレミリアにしてみれば端から存在しない選択肢であった。

 だいたい、主賓の居ない騒ぎに誰が価値を見出すのか。
 馬鹿な天狗が騒いだ事によって、連鎖的に大騒ぎとなっているが、それは馬鹿どもの話。知恵あるものには一様に冷めた空気が漂っていることだろう。
 主催者からしてみれば、恥さらしもいい所だ。そのことが、さらに彼女の怒りに火を注ぐ。

 彼女にとって、運命とは自らの下にあるものであり、手を離れることはあっても、見える場所に必ず存在するものだった。
 運命とは枝分かれする無数のレールであり、どのルートに向かうかはその者の無意識も含む意思次第だが、そのどれかを通ることは必定。
 ならば、ある程度の予測は可能であり、場合によっては誘導も出来なくは無い。

 その可能性と言う名のレールを知覚し、少し確率を変動させて誘導することが、彼女の持つ『運命を操る程度の能力』の正体だ。
 万能な能力ではない。見える範囲にも操れる範囲にも制限は多く、上手く行かないことなど、それこそ吸血鬼の弱点よりも多い。
 だが、それはいつでも予測は出来たことだった。事前に心構えだけは出来ることだった。
 しかし、何事にも例外は存在する。

 ――土樹良也

 ある意味で究極のイレギュラー。最弱の反則手形。
 『自分の世界に引きこもる程度の能力』と言う訳の分からない能力を持ち、彼の『世界』に干渉する類の能力は正負意思に関わらず全てシャットアウトする強力な概念能力の持ち主である。

 その癖、直接的な力には弱く、弾幕戦でも人間離れした霊力を持っているにも関わらず、いまいちパッとしない。
 最近ではようやく小悪魔に土を付けることが出来たが、それでも頭打ちの感は否めない。
 
 そんな聞いているだけで情けなさが滲み出してくる男だが、こいつこそがレミリアの『運命を操る程度の能力』が完全に通用しない唯一の人間だった。

 運命の干渉を受け付けない。それはつまり、彼女の能力を含めた全ての予知の外側で動くということ。
 予測と言う行為の一片を、その予知に頼る彼女にとって、それは致命的でなくとも、基盤を揺るがすには十分過ぎる事象である。
 今回の良也の行動は予想の範囲を外れ過ぎていて、流石の彼女も動揺を押さえることが出来なかったのだ。
 
 だからだろう。彼女の足は自然と主役の片割れである博麗霊夢の元へ向かっていた。
 
 もう、さっさと終わらせてしまおう。レミリアはそう思った。
 こうなった以上、婚姻はどうあっても破棄されるだろう。
 なら、騒ぎが治まって場が完全に白ける前にお開きにする。それも、主催者としての責務だと考えたのだ。

 湖の裏手、伊吹萃香が一日がかりで造り、術に詳しいものが事が終わるまで霊夢が起きないように数多の術式が敷かれた小屋を見る。
 即席とは言え、建築に強い鬼の建てたそれは、意外にもしっかりした造りをしており、事が終わった後でもちょっとした離れとして使えそうな代物だった。

 自分が造ったものではないが、それでも無駄になってしまったことは腹立たしい。
 レミリアは一度、歯をギリリと軋ませた後、術式をぶち壊す為に拳を振り上げた。
 『全てを破壊する程度の能力』など必要ない。吸血鬼の恐ろしさとは霊力筋力速度の全てにおいて突出したデタラメなパラメーターなのだ。
 この程度の術式であれば、力技だけで紙くずのように引き裂けるだろう。

 そして、むしゃくしゃと色んな感情が混ざったイライラをぶつけるように、その手を振り下ろそうとしたその時――


「おやおや、それはまだ早いんじゃないかい?」


 ガシィッとその手を掴む者があった。
 振り返れば案の定と言うか何と言うか、相変わらずの赤ら顔で伊吹萃香がニヤリと笑っていた。

 鬱陶しい。素直にそう思う。何故、自分を止めているかは分からないが、彼女も婚姻破棄に異論は無いはずだ。
 レミリアはそう思った。何せ、彼女は日本古来から生きる本物の“鬼”である。
 その性質は残虐とも残酷とも言われるが、それ以上に誠実で、嘘を嫌う。
 敵前逃亡など考えもしない連中の1人であることは間違いないだろう。
 花婿が花嫁を放って逃げ出す。考えうる限りでこれほど鬼が嫌いそうなストーリーも無い。


「邪魔をするな子鬼。私は機嫌が悪いんだ。邪魔をするなら張り飛ばすわよ?」
「うん? なら、私は――」


 だから、油断した。レミリアはこの時、ギリギリと食い込んでくる指の真意を見誤ったのだ。


「――投げ飛ばすまでっっさあぁ!!」
「んなっ!? があぁぁ!!!」


 そこから一気に握りこまれた手を振り払う間もなく、レミリアの矮躯は砲弾のように林の中に撃ち込まれた。
 木々を2本3本と薙ぎ倒した頃になって、ようやく自分が何をされたかに理解が追いつき、慌てて体勢を立て直す。


「な、何の真似だ貴様ァァァ!!!」


 憤怒、そして咆哮。
 それに合わせ、噴出した霊力に周囲の植物が変色し、烈火に燃ゆる視線上から生命の息吹が消え失せた。
 悪魔の怒りは其れほどまでに怖ろしい。吸血鬼が最強種の1つとされるだけのことはある。
 その辺の小妖怪風情であれば、その視線に曝されるだけで、死を余儀なくされただろう。


「いやね、困るんだよ。勝手な事されちゃあさ」


 しかし、伊吹萃香とて並みの者ではない。
 既に死線と呼ぶに足るレミリアの殺気と怒気を飄々と受け流し、あろうことか酒を口に含む余裕まで見せた。

 かつて、強力な妖怪である天狗を率いていたと言われる“鬼”の内でも四天王と称される古強者。
 天狗でさえ、時に神とまで称されるのに、その彼らの暮らす妖怪の山を1人で切り崩すと豪語する彼女は一体、何者になるのであろうか?
 ニヤニヤと笑う小さな少女からは想像も付かないが、彼女も最強の一角を担う大妖怪なのだ。


「勝手な事? 巫山戯てるのか? もう終わりだ。今から無理矢理、連れて来ても結果は変わらんだろうさ」
「ああ、そうかも知れんね。だが、まだ分からない。終わってない。逃げたのには確かに腹が立つかも知れないけど、今回だけは最後まで付き合って貰う」


 乱暴な口調で吐き捨てるレミリアに、萃香は毅然として言い放つ。
 それは、彼女らの掲げている婚約破棄に対する明確な裏切りだったが、レミリアも今更そんなことを問い質す気はなかった。


「はんっ、無理だね! 確かに、あそこまで完成された“謂れ”に沿えば、もしくは“運命を打ち破る可能性”だってあったかもしれない。でも、その場はもう乱れた。完全に失敗よ。例え、良也が今から本気になってもね」


 その言葉を受けても、萃香は動かない。その幼い体躯に見合わぬ威圧感は、ただの人間や妖怪ならば、まるで山の様だと答えただろう。
 良く見れば、その顔からは既に頬の赤みが引いており、変わりにどんな異変でも見ることの出来なかった真剣な表情が覗いていた。
 その顔が言っている。私はここから動かない、と。

 そんな幻聴をレミリアが聞くと同時に、霊夢を寝かせている小屋が霞み消えた。
 萃香の能力で“疎”くしたのだろう。自らであればともかく、他の物体、それも生命を完全に霧化させることなど、早々出来ることではないだろうが、あの建物自体、萃香が造ったものだ。恐らく、何らかの術が施してあったのだろう。


「……ねえ、いい加減にしてくれないかしら? まさか、逃げ出したあいつにまだ何か期待しているの? ああいうのは、鬼のお前が一番、嫌いそうなことだと思ってたんだけど、違うのかしら?」


 その事実が、レミリアをさらにイラつかせる。既に声音すら沸点を通り越し、まるで呪詛に似た何かを紡いでいるようだった。
 今ならば、「退け」の一言で天敵であるはずの日光すら彼女を避けて通るだろう。

 しかし、そんな彼女に対し、萃香は真剣な面持ちを崩さぬまま「いいや」と首を振った。


「違わないさ。でも、これが本当に霊夢の命に関わることだったなら、良也は絶対に来たよ。来ないのは、それに加え私らのすることに怒ったから。なら、怒るのは筋違いってもんさ。少なくとも、今は結婚なんてしたくないんだろう」
「はあ?」


 これには流石のレミリアも呆れ去るを得ない。行動と発言が完全に矛盾している。
 否、矛盾どころでは無い。この小さな大鬼は今、表の理由も裏の理由も完全に否定したのだ。

 実際、良也が結婚したくないのは本当かもしれないが、それを言って良い奴と悪い奴が居る。
 そんな事も、この鬼は分からなくなったのだろうか? あれか、素面に見えるのもアル中が限界超えて0になったのか。
 レミリアは一瞬、本気でそう思った。
 だが、そう断じるには、鬼の表情は真剣であり、やはり誠実で、切実だった。

 なれば、とレミリアは問う。


「なら、何でこんな茶番を続けようとするのよ」


 その問いに、鬼は短く


「友達のため」


 そう、断言した。


「友達?」
「そうさ、友達のため。ずっと頑張ってきたあいつが望んだ、たった1つの我侭を、私は叶えてやりたい。確かに難しいさ。道は端から無く、策も破られた。時間だって残り少ない。でも――」


 それは、夢を語る少年の大きな野望のような情熱だった。夢見る少女の、限りなく幸せな願望のような言葉だった。


「でも、まだ可能性は残っている。その芽を摘むようなことはしたくない。零じゃないなら、守る価値があるはずなんだ」


 だが、レミリアは見た。そんな夢を語った小さくも古き鬼の瞳に、限りない年月が映っているのを。
 そこに、レミリアにはまだ無い、千をも越える歳月の重みが確かに乗っているのを。


「あいつだけじゃない。お前だって、本当は見たいはずだ。霊夢と良也が結婚するのを。いや、あいつらがその血を次代に繋いで行ってくれるのを」


 萃香は、鬼の中では不誠実でいい加減な方だと聞いたことがある。


「私は見てみたい。紫がいちいち選別なんかしなくても、あいつらの子供ならきっと、幻想郷を背負って行ってくれるはずだから――!」


 しかし、この小鬼が不誠実であるならば、鬼とは一体、どんな聖人たちの集まりなのだろうか。
 そう思わせるぐらい、今の伊吹萃香の目は澄んでいた。


「だから、私はここを動かないよ」
「…………」


 そんな彼女の本気の言葉を受け取れば、如何なレミリアとて、少し考えざるを得ない。

 彼女に取って、霊夢も良也も人間にしては珍しく気に入っている存在である。
 傍から見れば霊夢には好意、良也には興味といった具合に見えるかも知れないが、扱いに差こそあれ、友人と認めた存在に優劣を付けるほど彼女は落ちぶれてはいない。

 今回の異変にしてもそうだ。最初は、大好きな姉を取られたような心境だった。
 それが、仕組まれたものであったと思い至った時は、叩き潰してやろうと思った。
 しかし、この婚約の成立する確率が、本当に低いものだと思い至った時、レミリアはがっかりした自分に驚いた。

 そう、霊夢と良也が結婚するところも見てみたいと、レミリアは思ったのだ

 だからこそ、彼女はこの異変に賛同した。
 紫や萃香の思惑が通り、霊夢と良也が本当に結婚するなら、それを認める理由に出来る。
 失敗したとしても、表向きは自分の目論見が成功したのだから不遜に笑っていれば良い。


「知らないわ。何でこの私が、お前らの都合に付き合わなくてはならないのよ」


 だが、だからこそ、レミリアは萃香の頼みを拒絶した。
 萃香の語る未来は魅力的だが、出来もしないことに、リスクを傾ける程、彼女は理想主義者ではない。
 そう、それだけでは、今ここで霊夢を起こさない理由にはなりえなかった。
 萃香の友人が誰かなど、今更 問うまい。それが誰かなど、分かりきっていることなのだから。

 その黒幕の起こしている事態は、確かに終わっていない。終わっていないからこそ、今、霊夢を起こさなくては行けないのだ。

 何故なら――


「すまんが、私はお前みたいに優しくないんだよ。確かに今、霊夢が出て行けば全て有耶無耶に出来るんだろうけどね」
「――――っ!」


 ――そう、レミリアの狙いは正にそれだった。

 今の状態で場が白け切り、自然解散となれば不満はレミリアや萃香でなく、逃げ出した良也に向かうだろう。
 正直な所、取った選択肢こそ最悪であれ、良也は巻き込まれただけである。それで、良也だけが気まずくなるのはレミリアに取っても本意ではない。

 しかし、今のタイミングであの混沌とした場に、不機嫌な霊夢が乱入したらどうなるか。
 そして、博麗の巫女である自分が妖怪に攫われたと言う事実を知ったのなら――考えるまでもない。無双封印の始まりだ。
 今なら、良也が逃げ出した事など、速効で忘れてしまう程、強烈な暴れっぷりを見せてくれるはずである。


「お〜、図星か。可愛いもんだねぇ、友達思いの吸血鬼。美談じゃないか」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」


 悪魔の王、吸血鬼としての自負を持つ誇り高い自分が、人間との馴れ合いにも等しい行為を見透かされた。
 それは、レミリアに取って、ともすれば舌を噛み千切ってしまうぐらいの痴態である
 それを、目の前でまた酒を煽りだした赤ら顔に、ケラケラと無遠慮にからかわれれば、その羞恥も一押しだ。


「こ、小鬼風情が……っ!」


 レミリアの額に、ビキリビキリと青筋が浮かぶ。今頃になって投げ飛ばされた時にぶつけた腰が痛み出した事もあり、その怒りのボルテージが臨界点を


「お前こそ、500年も生きていない小娘じゃないか。――永遠に幼いロリ血鬼め」


 ブチ超えて不夜城レッドした。


「ぶ、ぶち殺ちゅgっ!!」
「ハハハッ! やって見せろよ!」


 レミリアがどもって舌を噛む。萃香が陽気に嘲笑う。

 片方は怒りで、もう片方は酔いで顔を赤らめたなら、最早することはただ1つ。

 世界を壊さぬ為に考えられた、“妖怪と妖怪”の為の新しい争いの方法。

 両者ともにスペルカードを取り出し、枚数の確認もせぬまま、その力の名を叫んだ。


「震撼『伊吹山の怪物』」
「衝撃『大宇宙ビッグバン』」


 怪物たちの咆哮が、衝撃となって吹き荒れた。



















――結界『生と死の境界』



「うおおおおっ!!」


 八雲 紫を中心にくるくると渦を散らすように放たれる青色。次いで放たれる紫。
 そんな、迫り来る二種類の霊弾を、僕は1つの霊弾も撃たずに、ただひたすら避け続けることに全神経を注ぐ。

 霊夢や魔理沙を代表とする人非人たちは避け切るより相手を落とす方が楽などと言うがとんでもない。
 僕の豆鉄砲でそれが出来るのはせいぜい、チルノやルーミアまで。霊夢辺りになると、当たる事すら極稀だ。
 そんなメリットの低い博打に霊力を使うを使うぐらいなら、こうやって避け続けるほうが幾分か勝機がある。


「まぁ、あなたの弾幕じゃねえ……」
「心を読むな!!」
「喋る余裕があるなら、まだ行けるわね。ギアを上げてみましょう」
「こんチクショーーーー!!!」


 この二種類の弾幕だけでも割と余裕が無くなって来てるっていうのに、さらに三種類目の弾が増え……。


「って、デケェ! 何だそれ、卑怯くせぇ!!」
「これぐらいの速度、避けて見なさいな」


 三種類目の霊弾は1つの直径で僕の身長ぐらいある超巨大弾。
 確かに、速度は大して速く無いが、大玉の間をさっきの弾幕が絶妙な所で入ってくる。

 でも、自機狙いではないようだし、隙間も結構あるから何とか避けれそうだ。
 まあ、これで速度があるなら、弾と弾の間に身を滑り込ませるなんて芸当は不可能だったんだろうけど。
 僕だってレベルアップしているのだ。何だか、いつの間にかもう一種類、小弾が増えてるけど、それ程、大きな障害にはなっていない。

 大弾の間に身体を滑らせ、小玉は体勢を崩さないようにギリギリまで引き寄せてちょん避けする。

 残り時間は恐らく1分程度。 よし、このままなら何とか――


「――ならないのが八雲クオリティーですわ」
「だろうさ!!」


 そして、放たれる第4陣、今度の弾は僕の肩幅ぐらいの黄色い霊弾だ。
 波打つように散らされる弾幕は、微妙に死角に入るエゲつない角度で、わき腹に抉り込もうとする。
 だが、そんな性格の悪さの出ている霊弾に、僕は時間を加速することで対応する。


「今の僕には死角からの攻撃は効かないぞ!」


 昔は、長時間使い続けていることは出来なかった時間操作だが、弾幕ごっこやピンチの度に使い続けていれば、意外と慣れでどうにかなるものだ。
 それに、正面には余裕が無くても、横の移動スペースなら若干の空きがある。
 死角からの感知は目でなく“世界”が警鐘を鳴らしてくれるので、反応出来ない弾は無い。

 シュンシュンと遠くなっていく黄色の霊弾を横目見ながら、僕は自分を絶賛する。
 これなら、何とか一枚目はクリア出来そうだ。

 だが、そう思えたのもほんの数秒ほど。ビシュンッ! と嫌な音がして、鮮やかな青が僕に牙を向いた瞬間に、現実はそんなに甘くはないと言うことを、嫌が応にも認識させられた。


「ま、マジかよ……ッ!!」
「マジよ、残り50秒、せいぜい頑張りなさい」


 呟くと同時、黄色い霊弾と同じ大きさの鮮やかな青――つまりは霊弾の群れが、不規則かつ直線的に襲い掛かる。
 そう、余裕が無い“正面からの攻撃”だ。


「くっ!」


 “世界”の時間を加速させる。速度は最高ギアの3倍速。同時に“壁”をいつでも展開できるように用意。空間も、歪め易いように不安定にする。

 準備が整った所で、一気に真っ青になった正面を切り抜けるために思い切って突貫。ギリギリの隙間を身を捩りながらかわし、小弾は霊力消費を覚悟して、空間を歪ませたり、壁を斜めに作って逸らしたりして対応する。

 全霊力と神経を回避とパリィに振り分けた上、ペース配分や後遺症をほとんど考慮しない荒行だが、大弾を貰えば一撃死、中弾を貰えば、体勢を崩されて即、滅多撃ちなのだ。最早、温い泣き言は言っていられない。

 避け損ねた青い小弾が頬をかする。そうだ、まずは一枚。とにかく一枚は避けきらなくてはなければ。
 この一枚をスペルカードなしで避けきれば、僕にも勝機が出てくる。

 そう、“勝機”だ。一度しか使えないだろうけど、僕にも策がある。
 絶対に使いたくなかったものだけど、それ以上に今回は八雲 紫に一矢報いたい。
 その為には、ここで貴重な1枚を使ってしまう訳には行かないのだ!!

 その思いが、僕の普段は表に出ない負けず嫌い魂に火を付け、集中力を極限にまで高めている。

 灼熱の赤に壁を撃ちつけて無理やり自分の方向を変える。
 冷酷な青を空間を歪ませて無理やり進路を変えさせる。
 嘲笑う黄は捩じ切れるほど体を捻って避ける。
 狡猾な紫の見えざる悪意を“世界”が見破る。
 静かな藍が肩口を抉り裂いても我慢する。


 よし、残り30秒――! 避けきれる!!


 残り僅かに迫ったゴールに、希望の光が見える。後は、このペースを維持できるように慎重に慎重に――
 だが、その希望が、僕を叩き落すことになる。

 嘗てエラい人は言った。――勝利を確信した時が一番、危ういのだと。


「あがっ!」


 突然、脇腹に走った痛みに体勢がぐらつく。あれだけ気を付けていたのに、グレイズし損ねたらしい。

 ――ま、まずい、このパターンは!!


「ぎっ!」


 集中力を欠いた所で、小弾が足に直撃する。


「つっ! ぐふ!!」


 更に、中弾が頬を掠め、腹にもう一度 小弾が入ってしまった。
 体勢は完全に崩れ、しかし弾幕は衰えを見せない。
 
 ――残り20秒強
 
 そう、ほんの20秒。それでも、僕のHPを0まで削り取るには十分すぎる時間。

 赤青黄紫藍五色の弾幕が、色鮮やかに僕を葬らんと一斉に咲き誇った。

 こ、こんな所で


「くたばって、たまるかあああああ!!!」


 懐のスペルカードを引っ掴む。もはや、出し惜しみなどしていられない。勝てる確率があっても、墜とされては意味が無いんだ!!
 そして、ただ我武者羅に敵に突っ込みながら、宣誓した。


「禁則『ルールマイルーム−霊能厳禁−』!!」


 その瞬間、肩に小さな霊弾が直撃し、僕は完全に体勢を崩したが――追撃は来なかった。

 八雲 紫を中心に放たれていた弾幕は、宣誓直後に途切れ、僕に向かっていた弾幕がそのまま後ろへ飛んでいく。

 今、僕と八雲 紫の間には何も無い。ただ、地面に当たる霊弾の音だけが、戦場の残り香を漂わせていた。


「…………なるほど、論理結界の応用ね。やられたわ」
「そんな、上等なもんじゃないけどな」


 僕の“世界”の能力の1つに、“僕の禁忌に相当する行為に対する忌避誘導”がある。
 簡単に言えば、人食いや殺人、いじめなどの僕が本気で嫌がる行為に対して“何となくしたくなくなる程度の効力”を発揮する。

 八雲 紫の例えを借りるなら、部屋の中に禁煙ステッカーを貼っているから、お客さんが煙草を遠慮するようなものだろう。
 ……その気になれば、破る事は容易いと言う意味でも、この例えはピッタリ過ぎると思う。

 とにかくこれは、その効果を符にすることによって強力にしたもので、半径20mの範囲内において、自分を含む全ての霊能力の発現を阻止する程度の効力を発揮する。

 何だかすごいもののように聞こえるが、効力はあくまで“発現の阻止”であって“霊能力の無効化”ではないので、既に発現している霊弾はそのままだし、範囲外からの霊弾も防ぐ事は出来ない。

 よって、既に発現している霊弾にはホーミングが無くなる程度で、今回のような速度の速い直線的な弾幕か、密度の低い弾幕でなければ、ほとんど意味が無いのだ。

 さっきの例えで言うなら、部屋の中は禁煙でも、窓から入ってくる煙には効果が無いと言った所か。

 名前の通り“自分の部屋のルール”を強制するのだから、論理結界と言えなくもないかもしれない。


まぁ、何はともあれ――



――SPELL BLAEK!



「一枚目!」


 思わずガッツポーズ。とは言っても、まだ安心するには早すぎるけどな。

 せめて、1枚目ぐらいスペルカードを温存して置きたかった。


「中々やるわね。でも、喜んでる場合じゃないわよ? まだ、一枚目なんだから」
「休ませてって言っても無駄なんだろ?」


 渾身の強がりと期待を込めた冗談だったが、八雲 紫は艶かしく笑っただけで、無情にも2枚目のスペルカードを取り出した。


「星創『ギャラクシィエクスプレス999』」


 キュイィィィィィィィン!!!


「うわっ!」


 宣言と同時に、八雲紫の手に霊力が渦を巻くように集まり出す。幾本もの白黄色の筋は、衛星写真で見る『銀河』そのものだった。

 しかし、このスペルカード。直訳すれば『銀河鉄道999』か。


「ずいぶん、古いネタ持って来たな。流石は古妖怪」
「……お望み通り撃墜してあげる」
「残念ながら、髪が天を突いてるんだ。そう簡単には行かないね」
「うふふ、言葉遊びが様になって来たわね。でも――」


 『銀河』が僕に向けられた。――来る!


「――こっち≪弾幕ごっこ≫の実力は如何ほどかしら?」


 瞬間、僕の眼前をゴウッ!!とマスタースパークのような黄色い閃光が、まるで列車のように穿ち徹った。

 いや、閃光では無い。レーザーのような綺麗な直線ではなく、表面がボコボコしているのが、顔面スレスレの位置なら良く分かる。危なかった。……超、危なかった!
 そう、これは閃光などではなく“黄色の霊弾の束”。余りに濃密な弾幕だったので、閃光だと勘違いしたのだ。

 慌ててその場から飛びのく。この戦いで呆けていられる暇なんてありはしない。
 証拠に、その黄色い霊団の塊は、そのまま渦を巻きながら広がり、僕を天の川に溺れさせるかのような弾幕に変わって行く。

 なるほど、真昼間とは言え、この吸血鬼だって出歩けそうなドス曇りを夜空に見立てるなら、“創星”の名も格好が付くってもんだ。

 ちなみに残りは――


「ちゃんと集中してないと墜ちますわよ?」


 ゴゥ!!


「やっぱこれだよなぁ!!」


 八雲 紫が向ける手の平から時節、発車される“銀河”を創る霊弾の“鉄道”みたいな突撃!!
 “999”は語呂合わせのネタだろう。いや、“999”個の霊弾と解釈すれば良いのか?
 濃密さで言えば、さっきのラスト60秒には到底、及ばないが、行けども行けども果てが見えない、この弾幕の量も先と比較しようが無く多い。

 ただ、今回は意識を敵影の確認に裂かなければならないので、実に厄介だ。何せ、直撃すれば撃墜どころか、一撃死は確実。むしろ、周りの霊弾を疎かにしてでも対処しなくては。


「くっ! でも、このっ! 黄色の弾幕もっ! 当たれば墜ちるよっ! なあっ、とおっっ!!」


 正直、何とか1.5倍から2倍の加速で何とか対応しているが、これからまた何か増えれば捌き切る自信が無い。
 かと言って、さっきのような100秒以上の耐久レースも御免被りたい。


「安心しなさい。このスペルは、それほど長くは無いから」
「いつか、お前の第三の目を見つけてやる!!」


 きっと靴下の中とかにあるに違いない!

 そんな軽口を言っている間に、霊弾が突然、ピタリと停止した。止まってくれたのはありがたいが、これはこれで不気味だ。
 霊弾の位置に規則性も無いようで、僕は何が来ても良いように比較的、霊弾の量が少ない所へ移動する。

 shishishishishi.....

 それとほぼ同時、出所のはっきりしない奇妙な音がした。
 一瞬、停止という余り無い挙動を申し付けられた霊弾からの音かとも思ったが、沈黙を保つ黄色にその気配はない。


「これから何をするんだ?」
「楽しい楽しいぶらり星間飛行の旅ですわ」


 八雲 紫が指をつい、と引くと黄色の霊弾が緩やかに動き出した。
 先ほどのような不規則性は無くなり、全ての霊弾が列を成しながら広がったり縮んだりを繰り返す。
 速度はかなり遅いが密度は高く、移動範囲が限られるのが怖い所だった。

 まるで、波のように満ち引きを繰り返す弾幕は、遊び心と美麗さを兼ね備えた、こいつらしい踊りに誘うかのような弾幕だ。
 いや、僕程度では“踊らされる”のがせいぜいか。しかし、それでも今回は踊りき切ってやるつもりである。
 スペルカードも恐らくは後半。これを、クリアすれば、僕にも道が見えてくる。


「さて、それでは、そろそろ行きますわよ?」
「うわぁっ!」


 その言葉が終わるかどうかの所で、鋭いレーザーが僕の近くを奔って行った。
 直接狙うのではなく、黄色の霊弾を避けた位置を予想してピシュンピシュンと弄るように撃って来るのがまた嫌らしい。

 シッシッシッシッシッ…………

 またしても、あの音が聞こえた。それも、少し大きくハッキリと。本当に、この音は何なのだろうか?
 嫌な予感がビシビシと警報を与えているのだが、弾幕を避けるのが忙しすぎてロクに考える暇がない。
 だが、どこか聞いた事のある懐かしい音であるのは確かだった。

 そして、相も変わらず弾幕は規則正しく、まるで僕の動く範囲を削るかのように踊る。
 気付けば、僕は筒の中に入れられるような形で覆われていた。


「さて、オーラスと行きましょうか」


 その言葉と同時、2本の太いレーザーが僕でなく、僕の足元に向かって放たれた。
 それは、まるで電車のレールのようで…………電車?

 ガチリ、と最悪なロジックが一瞬にして組み上げられる。
 筒のような弾幕の中、2本の並列レーザー、不思議な音、電車。

 シュッシュッシュッシュッシュッ・・・・・ッ!!

 “トンネル”“レール”“蒸気の音”“銀河鉄道”!
 最早、近づきすぎた不気味な音がその存在を有り有りと次げる!!


 ここは、ここは線路の上なのかっ!!


 ――――ポオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッッ!!!!!!


 その瞬間、ガバリと突然現れた気持ち悪い目玉をギョロ付かせた巨大なスキマから宙を走る巨大な蒸気機関車がガゴがばガがガgっがあああァああアアアッッッ!!!」


 ギャリギャリギャリギャリギャリリリリイイイィィィィィッッッ!!!



――――――――ガズン














「……まぁ、こんなものでしょうね」


 今しがた土煙と轟音を上げた大地を眼下に見やり、紫は物憂げに溜息を吐いた。

 弾幕ごっこは終わった。大方の予想通り、土樹良也の敗北と言う形で。
 如何な蓬莱人とは言え、霊力をほとんど使い切った状態で、弾幕を巻き込みながら蒸気機関車に押しつぶされた以上、再生には時間が掛かるだろう。
 土煙のせいで良くは見えないが、バラバラの挽肉になっていてもおかしくない。これは、そういう類のスペルだった。

 星創『ギャラクシィエクスプレス999』

 序盤は良也の考えた通りだが、それをブラフに中盤は撒いた弾幕で退路を奪い、ラストでスキマの中で加速させた蒸気機関車を突撃させて一気に墜とす殺傷力の高いスペルカード。
 廃線になった蒸気機関車を手に入れたのでネタで作ってみたが、恐ろしくて蓬莱人以外には使えないようなものになってしまったので、封印していたものだった。

 抱え落ちとは情けない限りだが、初見殺しを使うのは、紫としても少し大人気なかったかも知れないと思った。


「まぁ、こんな八つ当たりをしている時点そんなことは今更なのでしょうけどね」


 本当は、八つ当たり以外にも理由はあったのだが、それも今となっては意味の無いことだ。良也に感じていた憤りも冷め、ただ虚しい気分だけが漂う。


「私の我侭だけで、世界を“2つも”相手にするのは流石に無理があったか。まさか、良也の方で梃子摺るとはねぇ……」


 正直な所、ゴリ押せば成り行きで決まるんじゃないか、なんて淡い期待を持っていた。
 紫としては、霊夢を結婚させる気にすることこそ、難しいことだと考えていたので、余りにあっさりと決めてくれた時は、このまま行けるのではないかと思ったものだ。

 しかし、結果は惨敗。予想していなかった行動ではなかったが、こちらとしては最悪の一手を良也は打ってしまった。


「勇者は囚われの姫を助けずに逃げてしまいましたとさ。めでたくなしめでたくなし」


 運命を覆すには、いつだって奇跡か相応の試練が必要だ。運命に引きずられない人間であっても、それは例外ではない。
 否、干渉されないからこそ、干渉するからには相応の努力が必要だったのだ。


「運命は自らの手で切り開くもの。“切り開かせよう”なんて、やはり傲慢だったと言うことかしらね……」


 さっさと機関車を消して帰ろうか。もちろん、良也は放っておいて。半日も結界を張っておけば勝手に再生していることだろう。
 後は好きにすると良い。今まで通りに過ごすにしても何にしても、不老不死である以上、いつかは幻想郷と関わるのだ。多少の気まずさなど、永い永い時が全て解決してくれる。

 それだけ考え、紫は諦めと共にスキマを開いた。――その時。



――臨死『エスケープエスペリエンス』



 眼前で、キラキラと光る火の粉が寄り集まり、人の形を取る。
 そして、徐々に輝きが失われて行き、完全に無くなると、そこには変わらぬ姿の良也がニヤリと笑っていた。


「……喰らいボムにしては猶予時間が長過ぎますわ」
「蓬莱人の特権さ」


 もう少しだけ、この話は続きそうだった。










 臨死『エスケープエスペリエンス』


 幽体離脱と蘇生を組み合わせた喰らいボム専用のスペルカード。ボロボロになっても、その場で復活出来る優れものだ。

 意外なことに、いくら蓬莱人が肉体を再構成出来ると言っても、僕のように幽体離脱をして場所を指定できる訳ではないらしい。
 むしろ、蓬莱人になる前に死んだ、もとい死に掛けて生霊になったことのある蓬莱人など例外中の例外であるらしく、蘇生の場所指定は全て感覚頼りなんだそうだ。

 妹紅の『リザレクション』の強化版と考えると分かり易い。とは言え、場所指定が細かく出来るだけで、大した違いなど無いのだけど。
 ただ、普通にやった時と比べ、服の再構成がちゃんと出来るようになったのは大きい。あらゆる意味で。


「それにしても、派手にやってくれたもんだな。僕じゃなかったら死んでるぞ」


 死んだけど。機関車の先頭車両に押し潰されて頭以外は凄絶なスプラッタになっていた。
 咄嗟にスペルカードを握っていなかったら、もしくは頭が潰れたりして意識が断絶していたら、そのまま終わっていただろう。


「他の子たちなら避けていたわよ。ボーっと突っ立ってるような鈍いような奴はあなたぐらいね」


 それでも、僕以外においそれと使うような符じゃないのは確かである。生身の人間に使うには、いくらなんでも殺傷能力が高すぎる。
 純粋な威力で言えば魔理沙のマスタースパークに及ばないはずだけど、完全な物理攻撃というのがマズい。当たった後、手加減が一切効かないのだから当然だ。
 いくら、不慮の事故は覚悟しておくと言っても、安全である事が弾幕ごっこの意味なのだから。
 ……これほど“安全”って言葉が虚しく聞こえることも無い気がするけど。

 そんな諦観を感じはするものの、そんなことはいつか考えるとして、まずは――



――SPELL BLAEK!



「2枚目だ!」


 ギリギリ所かオマケに近いが、それでもこの符の攻略は完了した。残すは後1枚。たった1枚。
 奥底から湧き上がって来る興奮が冷めぬよう、僕は臨戦態勢を取った。そうでもしなければ、すぐにでも墜ちてしまいそうだった。


「まだやるの? 見たところ、飛ぶだけで精一杯のようだけど」


 そう、いくら回復したと言っても、それは肉体面での話。霊力まで全回復するなんて都合の良い展開は存在しない。
 あれだけ能力を大盤振る舞いしたのだ。既に、飛んでいるのもやっとの状態。正直な所、根性で飛んでいると言っても過言ではない。

 そんな状態で3枚目を避けきれるのかと効かれれば、当然 無理である。恐らく、3秒は持たない。


「当然だろ。飛べるなら、まだ終わってないってことだ」


 でも、ここは、格好を付けておくべきだと思った。いくら僕でも、ここへ来て日和る程、落ちぶれてはいない。
 それに、飛ぶのもやっとだからと言って、勝機が無くなった訳ではない。むしろ、本番はここからなのだ。

 策は成った。符は両者共に1枚、距離は3歩も無く、僕はまだ墜ちていない。これ以上ないぐらい“理想的な条件だ”。


「かかって来いよスキマ妖怪。今日の僕は一味違うぞ?」
「なら、遠慮は要らないわね。似合わない虚勢と共に葬ってあげる。喰らいなさい――」



――『深弾幕結界 -夢幻泡影-』



 その瞬間、僕は最後の力を振り絞って飛び出した。


「させるか!」


 ぎゅむっと抱きつく。む、やはりデカい。どことは言わないが。


「きゃあっ! ちょ、何するのよ!」
「なに、ちょっと僕の怒り具合を肌で感じて貰おうと思ってな!」


 とは言え、そんな事をしても妖怪の怪力を前に僕は成す術も無く引き剥がされるだろう。
 だけど、僕の目的はそんなチャチなことじゃない。欲しかったのは一瞬の隙とこの密着状態。
 最後の符を取り出し、たぶん、人生で一番凶悪な笑みを浮かべて宣言した。


「花火を間近で見たことあるか?」


 その瞬間、身体どころか、周囲をも巻き込んで灼熱が迸る。燃えろ世界。贄に火を点け破砕せよ。


「ま、まさか……っ!」


 そのまさかだよ。


「や、やめ――っ!」


 八雲 紫は慌てて、その妖怪らしいありえない怪力で引き剥がそうとするが、もう遅い。
 喰らいやがれ、土樹良也の持つ最大最凶の攻撃を!!


「贄火『マインマイン』!!」


 昼下がりの曇り空に、とてもじゃないが綺麗とは言えない花が咲いた。


















 目を開けると、そこには相変わらず気分の沈む暗幕のような雲があった。
 陽の無いせいか、初夏だと言うのにやけに寒さが肌にしみた。


「ふぅ……、やっと起きたのね。全く、間に合って良かったわ」
「んあ?」


 横を見れば、何故か不機嫌そうなスキマがこれでもかって言うぐらいボロボロの格好で座っていた。
 何でスキマがここに? その前に何でコイツはこんな爆破テロにでもあったような――

――あ〜、思い出した。


「そうか、成功したんだったな。どうだスキマ、僕も中々やるだバっ!」


 痛ぇっ! か、傘(の柄しか残ってないけど)でぶん殴りやがったな!?


「八つ当たりは醜――」
「あなた、自分が何をしたか分かっているのかしら?」
「何って――」
「周りを見てみなさい」


 僕の言うことなんて聞く耳持たぬとばかりに話を遮る八雲――……もう面倒だからスキマでいいか。そのスキマの真面目な剣幕に逆らえるはずもなく、僕は辺りを見渡した。


「な、何じゃこりゃぁ…………」


 そこで、僕が見たのは更地どころか、元の地面が見えないぐらいに抉れたクレーター。ちなみに、僕はそのほぼ中心。
 どれだけ軽く見ても広さは円形に直径30m以上、高さ僕の身長の3倍以上。でっかい隕石が直撃したような惨状だった。


「え〜と…………、僕?」


 スキマはジト目で頷いた。う、うわ〜。威力はそこそこ出るだろうと思ってたけど、まさかここまでとは。


「いやいやいや、ちょっと待て。いつかやった自爆にちょっとアレンジ加えただけでここまでなるのはおかしいだろ!?」
「そのアレンジに、妹紅とか言う蓬莱人の炎術を混ぜてるでしょう。あれは不老不死故に扱える自らを贄とする禁術なのよ? いくら小さいとは言え、あなたが代償として差し出したのは“世界”。この程度で済んで本当に良かったわ」


 いや、確かに何か後から疲れる変わりに枯渇した霊力を搾り出す術があるとか言って教えて貰ったけど、そんな危ない術だったのかよ!?
 僕らにとっちゃ意味の無い危険ではあるんだけどさぁ!!


「とにかく、そのスペルは封印しなさい。シャレにならないから。霊力がほぼ枯渇した状態で本当に助かったわ。それに、私でなければ、自分が助かった上で周囲の被害を最小限に抑えるなんて芸当は出来なかったわね」
「こ、これで最小限なのか!? ただの自爆で!?」


 よく見れば、どことなく円が不自然に欠けている部分があり、そこに結界の残りらしい不自然な霊力が感じられた。
 ……たかが、温度変化の延長の癖に頑張りすぎだろ。恐ろしすぎる。


「むしろ、概念的には超新星爆発とか宇宙開闢とか、その類よ。適当な妖怪なら消滅していたでしょうし、下手をしたら私でも危なかったかも知れないわ」


 そ、そこまで。いや、本当に自重しよう。殺されるのは(生き返るから)まだ良いけど、人殺しにはなりたくない。それこそ、永遠に。


「もっと自覚を持ちなさい。あなたは、あなたが思っている以上に特別なの。八意印の年齢詐称薬もあることだし、ちょっとぐらい中学生に戻ってみるのも面白いんじゃない?」


 そんな僕を見て、映姫のようなことを言いながらスキマが苦笑する。特別、ねぇ……。


「それなら、そう実感できるような力が欲しかったかもな」
「それは贅沢というものよ。私に泡を食わせただけでも、すごいことなんだから」
「驚いてくれたのなら、何よりだ」


 スペルブレイクの条件は、効果時間を凌ぎ切るか、スペルを維持できない程のダメージを与えること。
 スキマにそれだけのダメージを与える可能性のあるものが、自爆以外になかった僕は、3枚目でそれを使うことで、ギリギリ引き分けという“勝利”をもぎ取ろうと思ったのだ。

 それは、勝つビジョンは無いが、負けるのも癪だった僕が考え出した苦肉の策。むしろ、屁理屈の類。
 3枚破ったら勝ちなのは間違いないが、破ると同時に墜ちている訳だし。負けては無いけど勝ってもいない。
 むしろ、判定負けかも知れない。だが、今言ったように、驚いてくれたなら、僕的には勝ち同然だ。

 気がかりがあるとすれば、……そうだな。


「なぁ、スキマ。1つ聞いていいか?」
「いいわよ」


 自分でも唐突だったかも知れないと思ったが、スキマは特に気にもせず頷いてくれた。
 1つだけ深呼吸。本当は、最初から気になっていたことだった。


「霊夢は、――やっぱり、別に僕で無くても良かったのかな?」


 それは、この物語の核心部分。肯定されるのが怖くて、どうしても聞けなかった事。
 その時、スキマの瞳が優しく笑ったように見えたのは、僕が弱気だったからだろうか。


「そうね、あの娘はそういう子よ。別に伴侶があなたである必要は、必ずしも無い」


 そう言って、誰よりも幻想郷を愛する妖怪の賢者は笑う。


「それが、一生を添い遂げられると確信出来る人間であれば、ね」
「――そうか」


 僕は立ち上がった。自爆して、脳みそが一新されたせいか、不思議と心は凪いでいる。


「良也?」
「結局、引き分けただろ?」


 身体をほぐすように、力いっぱい伸び上がる。凪いだ心に、心地良い風が吹いた。


「このまま放って置くのも、何だしな。とりあえず、行かなくちゃ」
「…………そう」


 霊夢と結婚したいかなんて、そんな事は良く分からない。だけど、他人任せは何か違うし、放っておくなんてもっての他だ。
 それに、今は無性に霊夢と話がしたかった。

 会いに行こう。そして、ちゃんと断ろう。僕だって教師の端くれ、礼節は欠いちゃいけない。何たって、それを教える立場なんだから。


「それなら、私も着いて行こうかしら」
「お前も?」
「“美しさに勝る理念は無し”。まぁ、お世辞にも美しいとは言えなかったけど、やっぱり私の負けよ。あなたがどう思っていようと、私がそう思ったのなら、それは覆らないわ」
「……なら、丸く治めてくれるんじゃないのか?」
「私は負けたけど、あなたも勝ってないんでしょう?」


 参った。引き分けにさえ出来たらスキマ自信が負けを認めるだろうとは思っていたけど、こういう切り替えしがあるのか。
 それだけで、僕は負けた気分になってしまった。


「後ろが心配だな」
「ええ、敵は前だけではありませんもの」


 顔を戻す。スキマはやっぱり笑っていた。相変わらず胡散臭い笑みだけど、最近になって、そこに優しい光が宿っているのに気が付いた気がする。特に、霊夢が関係している時なんかは。

 そして、スキマは言った。


「とりあえず、服を着てからね」
「何で気付かなかった僕!?」




















 スキマがくれたやたらにセンスの良い服に着替え、あの気持ち悪い空間を通ってひとっ飛び。
 こいつの能力は、マジで反則だと思う。どこでもドア……いや、四次元ポケットのレベルだ。

 まぁ、そんなこんなで僕は果たし状に書いてあった場所へ来た訳だが――


「…………酷いな」
「ええ、酷いわね」


 珍しく、スキマも素直に同意してくれた。


「帰ってもいいかな?」
「この期に及んで?」


 そりゃあ、帰りたくもなるさ。なんたって



「氷符『アイシクルフォール −Easy−』!!」
「うわああ……あ?」
「大丈夫! 当たらないから!!」
「ひ、酷いよリグルちゃん! チルノちゃんも頑張ってるんだよ!?」
「馬鹿の頑張り迷惑然りだ!!」
「禁忌『禁じられた遊び』!!」
「み、みんな逃げてえええええええっっ!!!」
「爆符『エクサフレ――」
「お空ーーー!! 後生だからやめてえええええ!!!」
「か、亀が! 空飛ぶ亀が!!」
「ご主人〜〜っ!!」
「ら、藍しゃま〜〜〜〜っ!!」
「ちぇえええええええんっ!!」
「あは、あーはっはっはっは!! もう駄目、お腹痛い、きゃはははははっ!!」
「姫、はしたないですよ」
「この弾幕の中で、何でそんなに余裕なんですか!?」
「スタコラウッササ」
「え? ちょっとてゐ?」
「鈴仙ガード!!」
「きゃあああああっ!!」
「ふむ、歴史は成らず……か」
「やっぱ、帰るわ私」
「あややややや、これはマズいですねー。マズいんですけど、これはこれで良いかもしんないですねー」
「と、とりあえず斬る!!」
「じ、神社が、神社がぁ……」
「ここは、この神社の主として出張るべきなのか?」
「やめといた方がいいんでない?」
「もう! なら、私が出ます!! 奇跡『ミラクルフルーツ』!!!」
「また、何か来たーーーーー!!!」
「常識に囚われない巫女が来たーーーー!!」
「巫女じゃなくて風祝です!!」



 …………こんなんだしなぁ。あと東風谷、先生は悲しいよ。



「やっぱり帰ってもいいかな?」
「もう、遅いわ」


 は――――?


「あーーーーーーっ!!!」



 空気の読めない大声再び。



「良也が来tガ「何ですってーーーー!!!」ぼごグげっ!!」


 椛を潰し、やたら笑顔でカメラを向けてくるパパラッチを筆頭にザアッ、と視線がこちらに向く。こ、怖っ!
 いくら美少女でも、血走りまくった幾多の目に見つめられれば、恐怖も感じる。


「す、スキマ!」
「分かってるわよ。念のため気配を消して透明化しなさい。強い結界があるから送ってはあげられないけど、真っ直ぐ行けばすぐに小屋が見えるわ」
「わかった!!」


 1枚の符を取り出し、宣言。そのまま走り出す。


「透映『イリーガルイリュージョン』!!」


 周りから見れば、それこそ溶けるように僕は消えていることだろう。透明化と気配遮断を併せ持つ僕の持つ能力の中でも有数の使いがっての良い能力だ。でも――


「あ〜、また逃げた!」
「追え! 追って捕まえろ!!」
「先生のせいですよ!!」
「捕まえてどうするの?」
「え〜と……炙る!」
「炙る!?」
「良也ーーっ!!」


 ――こいつらだったら絨毯爆撃とかしかねん!!


「はいはい、そこまでよ」
「うきゃあっ!」
「ぶべらっ!」
「ごぶすっ!」
「あべしっ!」
「ぷぎゅっ!」
「モルスァッ!」


 そこに、スキマがでっかい物理結界を発生させたので、面白いぐらいに――むしろ、女の子としてヤバイぐらいの勢いで突っ込んだ。
 顔から行って豚っ鼻になった奴とかは断じて見ていないことにする。ストッキング芸より酷い顔なんか見ていない……。

 スキマも敵に回ればこれ以上に恐ろしい奴はいないが、味方に居るとその分だけ心強い。
 後ろで妖怪たちがワーギャーブーブー言っていても、安心して走ることが出来る。


「まぁ、銀河鉄道も出したことだし。もうひとシリーズ行っておきましょうか」


 しかし、そこで本日、二度目の巨大スキマの気配。本日最大の不穏な気配。
 ……前言撤回、いくら心強くても、味方に居るだけでも結局は不安を煽る奴だ。

 ズゴゴゴゴゴッ! と何か超絶に巨大なものが這い出してきたような音とか、怖くて振り向けない。
 ただでさえ薄暗いのに、鯨どころか魔王みたいなシルエットが伸びていた。このスペルカードは…………でかいっ!!


「戦艦『スターブレイザーズウィズヤマト』」


 うぎゃー何それ軍艦!? 空飛ぶ船がー! 何かいつかの異変の再来……っ!


 何かすごい混沌模様が聞こえてきたが、僕は振り返らなかった。









 スキマの言っていた小屋は、案外すぐ近くにあった。だけど――


「ここも酷いな……」


 地面には真新しいクレーターがいくつもあり、木は倒れ、幼女どもはひっくり返っている。

 ……そう、幼女どもだ。萃香は小屋に背を向ける形で大の字に伸びているし、レミリアに至っては木の洞にお尻を突っ込んで項垂れている。
 この惨状もこいつらが起こしたものだろう。何でこんな事になっているのかは気になるけど、こいつらの喧嘩の理由なんて、それこそお前の髪型が気に食わないとか、空が曇っているぐらいのものだろう。
 それにしても、萃香の後ろが全然、荒れていないのは何でだろうか?


「まぁ、邪魔しないでくれるならそれでいいか……」


 こいつらに邪魔されると、僕では突破不可能になってしまうし。

 ぶっちゃけ面倒なので、とりあえず無視して霊夢が囚われているらしい小屋へ向かった。


「……ふぅ」


 真新しい小屋の前に立つ。なにやら、結界があったようだが、物理的なものでない以上、僕には意味がない。
 多分、最初から僕が入れないようには造っていないことが、何となく分かった。


「……霊夢、居るか?」


 扉を開けて、そっと中に入る。小屋の中は意外に広く、八畳ぐらいはありそうだった。
 その簡素な板張りの奥には布団が敷いてあり、その中に霊夢は居た。


「……寝てやがる」


 暢気なもんだ。多分、本当に寝込みを襲われた……と言うより攫われたんだろう。
 妖怪たちが霊夢の勘を上回ったのか、害意がなかったから勘が働かなかったのかは分からないが、大したものだと思う。

 その傍らに膝をつき、顔を覗き込む。いつもの眠た気な面持ちとは違う、本当の眠り姿。

 閉じられているからこそ分かる長い睫毛に一流の水墨画のような柳眉、透き通るような鼻筋に桜色の唇。
 一流の造形師の傑作と見まがうばかりの非の打ち所の無さなのに、不思議と作り物じみた感じがしないのは、寝ていても伝わる生命力のせいだろう。

 まるで東洋の眠り姫。滅多にはお目に掛かかれないであろう美しい女性がそこに居た。

 すごいな、僕は今から、こんなに綺麗な女の子を振るのか。逆なんじゃないだろうか?
 そう、本当は自分が振られる側なんじゃないかと錯覚するぐらい、霊夢は綺麗だった。


「霊夢?」


 語りかけながら目に掛かる髪を掻き分けてやる。指から、水のように綺麗な黒髪が流れ落ちた。
 今更ながら、その細さにドキリとする。

 そう言えば、こいつと初めて会った時は、握手するのにも一杯一杯だったっけ。
 最初は白玉楼だったけど、生き返ってからはずっとコイツの世話になっていたから、いつしかそんな気は無くなって行ってしまったけれど。

 そういえば、何で僕は幻想郷に惹かれたのだろう? 危険があることなんて分かっていた。
 人を食う妖怪と、人なんて本当に手を振るだけで殺せてしまうような人外たちの楽園に、何故ここまで入り浸ったのだろうか。
 それこそ、人をやめて永遠を得る程に。


 友達に会いに?      ――それはそうだ。離れるには寂しい良い友人が出来た。
 女の子が可愛かったから? ――それも理由の1つだ。幻想郷には綺麗な子が多すぎる。
 特別に憧れたから?    ――それもあるだろう。人には言えない秘密を持つのは楽しかった。
 単に物珍しさ?      ――無いとは言えない。外とは違った環境は面白かった。
 自然が美しかったから?  ――無いことは無い。ここの空気はそれぐらいおいしい。


 でも、本当にそれが理由なのだろうか? いや、どれも間違った理由ではない。だけど、何か決定打に欠けてしまう、そんな気がした。


「幻想郷は全てを受け入れる、か……」


 スキマが言っていたのを思い出す。はぐれ者たちの楽園。理から外れてしまった者たちの理想郷。
 それを聞いて、まるで霊夢みたいだと思った。特別を作らず、全てをありのままに受け入れるそのあり方が、僕の幻想郷のイメージと合致した。
 彼女の特別な位置に立つのに恐怖してしまうぐらいには。

 霊夢、君はどう思っているんだろうな……。

「……ぅ…ん」
「霊夢?」


 どうやら、目を覚ましたらしい。まだ寝ぼけているのか、焦点の怪しい瞳が僕を捉える。


「なぁ、霊夢――」
「ねぇ、良也さん」


 言いかけた僕の言葉を霊夢が遮った。


「幻想郷は、好き?」


 ―――――――


 その時、本当は何を思ったのか僕は覚えていない。ただ、幻想郷の風景が走馬灯のように流れただけだった。


「――ああ、大好きだ」


 でも、それだけは間違いなかった。
 今、分かった。何で、僕がこんなにも幻想郷に関わりたがっているのかを。

 そう、好きだったんだ。居心地の良いこの世界が。理由なんて、きっと後付に過ぎない。


「霊夢」


 だから、僕はとうとう覚悟を決めた。


「結婚しよっか」


 そう、僕の小さな“世界”は、とっくに幻想郷と言う“世界”に囚われていたのだ。

 なら、その具現である霊夢に惹かれない理由も、無いように思えた。

 安直な理由だと言われるかも知れない、霊夢を愛しているかなんて聞かれても、自信を持って肯くことは出来ない。


 でも、霊夢となら、彼女となら一生を添い遂げることが出来ると、訳も無く確信した。


 それは、どれだけ稀有なことだろう。理想の伴侶の条件なんて分からないけど、一生を掛けて付き合っていける人間と共に生きることが出来るなら、それはそれでいいんじゃないだろうか?

 僕の前で目を丸くする女の子は


「そこまで言うなら、仕方ないわね」


 澄ました顔で、やはり彼女らしくそんな事を言った。

 うん、それぐらいでちょうど良い。愛してるなんて言葉、似合わないし柄じゃない。
 愛してると躊躇い無く肯ける、そんな日が来るかは分からないけど、そんな夫婦が居てもいいんじゃないかと思う。
 ゆっくりと、僕らのペースで進んで行けば良いのだ。


「良也さん」


 だけど、この我侭な巫女が僕のペースに合わせてくれるなんて事があるはずがなかった。


「ん?」


 それと同時、霊夢は今まで見たことも無い綺麗な動作で、居住まいを正した。

 ほんの少しだけ青み掛かった黒曜石が、僕をはっきりと捕らえる。

 そして、指を3つ前に出し、丁寧に頭を下げた。

 綺麗な綺麗な、本当に綺麗なお辞儀だった。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願い致します」


 “そんな日”は案外早く訪れるかも知れない。でも、今はまだ――


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ――これぐらいでちょうど良いと思うんだ。


 僕も丁寧にお辞儀をして、そのまま顔を上げた霊夢の手を取り立ち上がる。

 愛してるかなんて分からない。愛してるなんて似合わないし柄じゃない。
 ただ、手を取って歩いて行こう。永い永い幻想郷との付き合いのその序章を、幻想郷みたいな奴と歩いていこう。
 不安だってある。喧嘩だってするだろう。もしかしたらどうしようもない苦難だってあるかも知れない。
 だけど、添い遂げられないなんて未来は、どうしても想像出来なかった。

 そんな事を思いながら、僕は未だ微妙に眠気の取れていない霊夢を引っ張って、小屋の扉を開ける。

 そこには案の定、酒瓶片手に用意をしている陽気な友人たちの姿があった。皆、ボロボロの成りをして、相変わらずなニヤニヤ顔を晒して笑ってやがる。

 ……これは、もうどうあっても宴会だな。婚姻の成否なんか、本当はどうでも良い奴だって多いのだろう。
 とは言え、こいつらの酒の肴をわざわざ隠すのも大人げが無い。

 とりあえず、僕は分かりやすく、霊夢を引き寄せた。
 その身体は柔らかくて、細くて、何よりも暖かかった。

 愛してるかなんて分からない。愛してるなんて似合わないし柄じゃない。
 守るにしては強すぎて、主導権なんて奪える日が来るとは思えないけど。

 でも、これぐらいはしておこうと思う。


「霊夢」


 優しく彼女の名前を呼び――


「何、良也さ――」


 ――その小さな唇に口付けた。





























 あとがき

 いや、とうとう終わりました。プロットを製作してから約4ヶ月。長かった……。
 いざ、書き終わってみると意外と感想とか出てこないもんですね。
 ちまちまと書きすぎたせいかも知れません。執筆速度上げたいな〜。それさえクリア出来れば二次の連載もすぐに取り掛かるのに……。
 つか、一人称書き辛れ〜。シーンの切り替えとかがすごい面倒です。

 反省点がやっぱり一杯出て来ます。特に、序盤から終盤に掛けて三人称文体に徐々に近づいてるのがすごい統一感が無くて不安です。問題は次回に持越し。

 何故、妖怪たちがこんな面倒な騒ぎを起こしたかは、次の『婚姻奇憚 夢』で語って行こうと思います。
 ちなみに、この話は『夢・想・天・生』の4話でとりあえず完結。それから、需要があれば後日談的なボーナストラックを書いて行こうかなと思っています。
 とは言え『婚姻異変』自体は終わりなので、一区切り。皆さん、ここまでお付き合い頂いてありがとうございました。

 『面白れぇ!!』『これのどこが恋愛だゴルァ!!』と思われた方は罵倒であれ賛辞であれ喜んで返信するので、掲示板に感想を書き込んで頂けるよう、よろしくお願いします。





おまけ

 今回はたくさんのオリスペカが出ましたんで、その製作秘話をちょっと。

禁則『ルールマイルーム−霊能厳禁−』
・初期では、こいつで動きを止めてつま先蹴りを顎に叩き込んで勝利……だったんですが、それだけじゃ、他のスペカ生かせないなと思って変更。他2枚は序盤で、適当な防御系スペルを使わせるつもりでした。

臨死『エスケープエスペリエンス』
・直訳すると『離脱体験』。そのまんま臨死体験と幽体離脱的な語呂合わせ。自分では上手いと褒めてます。

贄火『マインマイン』
・自爆したほうが必死さが伝わる気がした。後悔はしていない。最初は『マイマイン』だったけど、自分のHN入れてどうすんだよww と思い変更。公開はしていない(本編中に的な意味で)。

透映『イリーガルイリュージョン』
・“透”明を“映”す符です。透明化、男の浪漫。直訳すると『違法幻影』もしくは手品。何で“違法”なのかは良也だけが知っている。

創星『ギャラクシィエクスプレス999』
・かな〜り古いけど皆知ってる名作&名曲。ゴダイゴはいいよ〜。どうしても、ぶらり廃駅下車の旅的なのを出したくて創りました。自分的にはすごいイメージがあるので、この描写で情景がちゃんと伝わったかが気になります。

戦艦『スターブレイザーズウィズヤマト』
・銀河鉄道が出たらこっちも出しとかなきゃと思った。後悔はしていない。ちなみに、名前の由来はそのまんま米国版のヤマトが『Star Blazers』だったから。んで、『with Yamato』で直訳すれば『大和の星のブレイザーズ』……『ブレイザーズ』は“炎《blaze》”から出来た造語らしい。意味合いは“戦士たち”とか“勇者たち”もしくは“熱き男たち”って感じだと思う。
描写では出さなかったけど、あれが飛び出してきて一斉放射かまします。間違いなく反則スペカ。

震撼『伊吹山の怪物』
正直、字面だけで内容を考えていない。超でっかくなるのか、どうなるかは分からないけど、防御能力が超上がる。
レミリアの猛攻を防ぎきった上に吹き飛ばしてお尻を木の洞に突っ込んだ。

衝撃『大宇宙ビッグバン』
城、世界と来たら宇宙だろと思って書きました。ネーミングセンスは相変わらず。たぶん、衝撃波系の技。




 ちなみに、分かると思いますが、良也のスペカは統一感を出す為に最初の文字を連続させています。意外にちゃんと出来て絶賛中。言葉遊びは楽しいと思いました。いやいや、スペカ考えるのはホントにおもろいwww







そして最後に、『夢』が出るまでの間に問題を出しておきましょうか。

@強引な手段に出なければいけなかった理由
A“異変”の意味
Bその他、この台詞にはこういった設定が隠れてるんじゃね?

C番外、何故、最後の最後にどんでん返しがありえたか

たぶん、@Aは勘の良い人だったら分かると思います。つか、ベラベラ喋ってるし。
自分的には、こんな付箋の謎掛けが出来るぐらいには練りこんだ文章だと思うので、ちょっと遊んでみてください。
Cは流れの都合上、ヒントシーンを削ってるので、むしろ分かったらすげえ。
誰も正解者がいなかったら、たぶん自分の文書がまだまだってことなんでしょうけど。

それでは、正解者が出ることを祈りつつこの辺で。またお会いしましょう!!
お付き合い、ありがとうございました。




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