それはいつかの年の大晦日の日の出来事。

「よーし、仕事納め終了っと」

 持ってきたお菓子は完売御礼。
 この後の予定は博麗神社で『忘年会』兼『新年会』だ。
 早い話が年を跨いでの大宴会。

「折角だし今日の売り上げでお酒でも買って――ん?」

 酒屋に足を運ぼうとしていると後ろから僕を呼ぶ声がする。
 振り返ると何か箱を抱えた成美さんの姿。

「今年の仕事は終了って所かな、良也くん?」
「えぇ、見事に完売、暖かいお正月が過ごせそうです」
「お正月はずっとこっちで?」
「いえ、元日の夜までには向こうに帰る予定です、妹に何度も念を押されましたし」
「大変ねお兄ちゃんも」

 その言葉に僕は苦笑を浮かべる。
 電話越しだったけど凄い念の押しようだったもんなぁ。

「ところで良也くん、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう、何か足りない材料でもあるんですか?」

 成美さんはその言葉に首を振ると、手紙を差し出してきた。

「これをね、お婆ちゃんに届けて欲しいんだけど」
「それは構いませんけど……あぁ、年賀状ですね」

 封筒ではない普通の葉書だったので内容が見えてしまった。
 決して態と覗いたわけじゃないぞ。

「お願いできるかな?」
「えぇ、問題ありません。ちゃんと届けますよ」
「ありがとう良也くん。じゃあこれはお礼って事で受け取ってもらえるかな?」

来た時から持っていた箱を僕に差し出してくる。

「これは?」
「ガレット・デ・ロワって言うパイ菓子よ。これはフランスでは新年に欠かせないお菓子なのよ」
「へーそうなんですか、ありがとうございます」

 焼き立てなのか香ばしい良い香りがする。
 こんな日まで営業してたのかー、まあ、僕も人のことは言えないけど。

「あ、すいません。僕夜からの宴会用にお酒を買いに行かないと」
「あら、そうなのごめんね」
「いえ、じゃあ確かに手紙預かりました。あとお菓子ありがとうございます」

 僕と成美さんは互いに良いお年をとお決まりの挨拶をしてわかれた。

「あ……、そういえばガレット・デ・ロワにはちょっとした決まりごとがあるんだけど……ま、いっか」

 その時、成美さんがそんなことを言ったらしいがわかれた後の僕が知るはずも無かった。



「ただいまっと」

 神社に戻ってくると既に何人かの知り合いの姿があった。
 さすがに早いだろ――とは思うが、まあいつものことだし。

「よう、おかえり良也」
「ただいま、魔理沙。これお土産な」

 買ってきたお酒を魔理沙へと差し出す。
 何故かって?魔理沙が今回も宴会の幹事だからだよ。

「おぉ、こいつは奮発したな良也」
「まあ、こっちのお金はそこまで使い道が無いから多少の余裕があったし」

 僕の持ってきた樽酒の銘柄を見て喜ぶ魔理沙、こういう反応を見れるだけで奮発した甲斐があると言うものだ。
 自分用にこっそり同銘柄の瓶酒があるのは内緒だ。前回の大吟醸の二の舞はごめんだし。

「そんなお金があるならお賽銭入れてくれればいいのに」
「……来るなりその発言か霊夢」

 やって来た霊夢に若干の呆れを込めて突っ込む僕。酒臭い霊夢に突っ込む僕。
 ……決して性的な意味ではない。いや、言わないでも分かると思うけどね。
 大体いつもことあるごとに入れてるじゃないか、食費も大半が僕持ちだし!
 
「ところで良也、その箱は何だ?」
「そうね、何か良い匂いがするわ」
「これか?これはさっき人里にお菓子を売りに行った帰りに成美さんに貰ったんだけど」

 なんて言ってたかな、なんちゃらロアとかいうパイ菓子だとか言ってた気がする。

「あぁ、あの珍しいお菓子を売ってる店の主人だな」
「うん、なにやら外の世界のとある国の正月の定番のお菓子って言ってたな」
「そう、じゃあお茶を用意して頂きましょう」
「そうだな、頂こうぜ。良也お茶よろしくー」

 霊夢が流れるように僕から箱を受け取ると建屋の方へと歩いていく。
 ……っておい、それは僕が貰ったお菓子だぞ、玲於奈のご機嫌取り用に持って帰ろうと思ってたのに。
 まあ、仕方ないか。どうせ生菓子だし、皆で食べるのも悪くない。玲於奈への土産は別のものを用意することにしよう。

「……あれ? ひょっとして、僕がお茶用意するのか!?」

 どこか釈然としないままも素直にお茶を用意する僕。
 
「霊夢、魔理沙、お茶入れて…」
「へー、これはなかなか、中の具も美味しいし」
「そうだな、このサクサクした食感はなかなか」

 って、もう食べてますよ。
 しかも、もう半分くらいなくなってるし。

「ちょ、待て二人とも何でもう半分も食べてんだ」
「あら、丁度お茶が欲しかったのありがとう良也さん」
「あー良也、私にもお茶――がっ!?」
「魔理沙?」

 突然魔理沙が口を押さえ込む。
 なんだ、虫歯か?
 考えている間に魔理沙が口から何かを出す。
 その手に乗っていたのは。

「……人形?」
「何だってこんなものが入ってるのよ」
「わ、私だって解らないぜ。あー吃驚した」

 魔理沙の手の中には二cm位の大きさの人形がある。
 成美さーん、なんだってこんなものが入ってるんですか!?
 いや、入ってたとしても僕が引けてればまだ問題なかったかもしれないのに。

「良也、ちょっと出かけてくるぜ」

 ほらね、魔理沙さんが箒片手に出かける気満々ですよー。
 こんなこと言ってる間にもう空に……。

「って、待て!?」
「良也さん!?」
「あ、霊夢、僕の分残しとけよ、絶対、絶対だぞ!」

 出際に霊夢に言付けるのも忘れずに慌てて魔理沙を追いかける僕。
 返事を聞けなかったのが不安要素だが、お願いだから残しといてください!!

「くそ、早まった真似はしないでくれよ魔理沙! 成美さんは僕と違って普通の人なんだからな」

 とっくに魔理沙の姿は見えないが出せる限りの全速力で空を飛ぶ。
 

 
 人里が見えてくると往来に魔理沙の黒帽子を発見。
 魔理沙の前に居るのは…。

「成美さんだ、間に合わなかったのか!?」

 慌てて地上に降りて二人の下へと駆け寄る。

「へー、こいつにはそんな意味があったのか」
「そうね、説明しておかなきゃわからないわよね」

 魔理沙と成美さんはにこやかに談笑を交わしていた。
 その脇をコントの様にズザーっと地面を滑る僕。
 
「な、なんじゃそりゃーっ!」

 起き上がって突っ込む僕に魔理沙が笑顔で近づいてきて。

「おい良也、この人形は当たりらしいぜ」
「は?当たり?」

 今の僕が漫画の登場人物だとしたら頭の上に?マークが浮かんでいるに違いない。
 それぐらい今の状況を理解できてない。
 そんな僕に成美さんが説明のために口を開いた。

「あのね良也くん、ガレット・デ・ロワが新年のお菓子だって事は言ったでしょ。
 アレの中にはフェーヴっていう小さな人形が入れてあるの」
「ふぇーう゛?」
「んで、その人形を手に入れた奴が一日王様でなんでも命令できるそうだ」

 ……王様ゲームか?
 首を傾げていると魔理沙に襟首を掴まれる。

「よーし良也、帰ってバツゲーム執行だぜ」
「え?バツゲームって何さ!?なぁ、魔理沙!?」
「あーる晴れたーひーる下がりーだぜ♪」

 歌うなーっ!引き摺るなーっ!あと誰だ、魔理沙にドナドナ教えた奴!!

「あー、成美さん、お騒がせしました。改めてよいお年をー」
「え…えぇ、よいお年を良也くん、…頑張ってね」

 呆れ顔の成美さんに手を振って別れを告げると、僕は魔理沙に襟首を掴まれたまま博麗神社へと連れて行かれた。
 ほら、魔理沙、僕飛べるからさ、いい加減襟首離――ぐえっ!?

「さーてっ、帰ったら宴会だぜ!良也はその手伝いな」

 魔理沙の嬉しそうな声が聞こえるものの、脳に酸素がいっていない僕の頭にその言葉は入ってこなかった。
 自分で少しでも浮いていればこんなことにはならなかったと気づいたのは神社で魔理沙に文句を言われている最中だった。

 
 ―おしまい

 
 ……え?バツゲームはどうなったかって?
 魔理沙の後を付いて一緒に回って魔理沙が何かすればそれに対して何かしただけで、特に面白いことは無いよ。
 ただ、どうしても納得いかないことが一つ。
 結局、僕はガレット・デ・ロワを一口も食べれてないんだけど。
 つまり僕がバツゲームをする理由は欠片もなんじゃないかなーなんて思ったり、思わなかったり。
 


 語句保管
 ・ガレット・デ・ロワ
 16世紀のフランスの協会で1月6日のエピファニー(公現節)にその年の司祭を決める為に用意されたパイ菓子。
 フェーヴを当てた人がその年の司祭だった。
 後に一般家庭にも広がりフェーヴを当てた人は王冠をかぶりその日一日、王様(王妃)になるという趣向ができた。
 ちなみに、中に入っている具と本文中で言ってましたが、
 中身はアーモンドクリームとカスタードクリームを混ぜたもので特別なものではありません。

 ・フェーヴ
 元はそら豆だったが1874年頃のパリのお菓子屋が陶製の人形を入れ始めたらしい。
 が、近年では陶製の人形は傍らに置き、代わりにアーモンドを一粒入れるようになっているらしい。

 ・公現節
 キリストが神性を公に現した日らしいです。



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