慧音さんが亡くなってから、ぼくはその最後の頼みに応えるために妹紅の世話をするようになった。

「なんだ、また食べてないのか。」

 食材を持って妹紅の家を訪れたぼくは、昨日の分の食事に全く手がつけられてないのを見て、ため息をもら
す。

「いくら蓬莱人だからって、いい加減ちゃんと食わないとつらいぞ?」
「うるさい、帰れ、ほっといてくれ。」

 そう言って妹紅は、部屋の隅で蹲り、ぼくの方を見ようともしない。慧音さんが亡くなってから、ずっとこ
んな調子だ。
 しょうがないので持ってきた食材で今日の分の食事を作り、昨日の分の食事を持って帰った。


 次の日、また食べられていない食事を見て、いい加減うっぷんのたまっていたぼくの感情は、一気に爆発し
た。

「いい加減にしろよ妹紅。毎度毎度食事を作っても手をつけないんじゃ、ぼくだって怒るぞ。」
「うるさい、知ったことか。」

ぼくのほうを見ようともせず、妹紅はそう呟く。

「そんなんじゃ慧音さんだって悲しむだろうが。」
「お前に何が解るっていうんだ。」

 その言葉で、ぼくの心のなかの何かが弾けた。

「ぼくだって、ぼくだってなあ、霊夢が死んだ時は本当につらかったよ。本当に死にたいとすら思った。けど、
 ぼくらは死なないし死ねない。だったらせめて、死んだ人たちが心配しないように、笑顔で生きるしかない
 じゃないか。」

 僕の言葉に、妹紅は驚いたようにこちらを見つめる。

「・・・そっか、そうだよな。」
「解ってくれたら、いい。」

 女の子は素直が一番だ。

「ごめんな、つらいこと思い出させて。」
「いいよ。もう」

 僕はそう言って妹紅の涙を拭いた。




 食事の後片づけをしてまったりしていると、妹紅が話しかけてきた。

「なあ良也、こうやって私の面倒を見てくれるのは、慧音に頼まれたからだよな。」
「まあ、そうだな。」

 亡くなる何年か前、ぼくは慧音さんに、自分が死んだら妹紅のことを頼むと土下座までされてお願いされて、
今ではこんな風に、妹紅の家を訪れて色々と世話をするのが日課になっている。

「お前自身はわたしのことを、どう思ってるんだ?」
「どうって言われてもなあ。」

 まあ手のかかる妹みたいなもんかな。慧音さんが死んでからすぐの頃は、本当に自暴自棄になってたからな。
ずっと家に篭りきりで、食べ物を持ってきても話しかけても、「うるさい」とか「帰れ」ばかり言われたし。
 それでも根気強く通い続けていくうちに、何とか以前の妹紅にもどったけど。

「わたしはその、こんな風に世話してくれることは感謝してるし、お前のことは何ていうか、嫌いじゃない。で
 きれば、ずっと側に居て欲しいと思っている。」

 顔を紅潮させながらそんなことを言ってくる。妹紅、お前もしかしてぼくのことを・・・・。

「あ〜ら、随分といい雰囲気じゃない。」

 その声に思わず後ろを振り向くと、窓の外には輝夜がいた。

「か、輝夜。いつからそこに。」
「そうねえ、『まあ、そうだな。』のあたりからかしら。最近、妹紅が殺しに来なくて退屈してたんだけど。ま
 さかこんなことになってたなんてねえ。」

にやにやしながらそんなことを言ってくる。

「うわああああああーーーーっ」
「うおっ、やめろ妹紅。」

 妹紅が大声を上げて、いきなり弾幕を放つ。それを難なくかわした輝夜は、ぼくに抱きついてきた。

「うわっなんだよ輝夜」
「ねえ良也。妹紅なんかより、私のほうが美人だし、いろいろとしてあげられるわよ。」

 そう言いながら僕の胸板を指でツツーッとなぞる。いつもとは違う、本気モードの“女”の顔で誘惑してくる輝
夜。なんというかこう、たまらないものがある。
 もっとも、ぼくは物凄い殺気をこめてこちらを睨んでいる妹紅が怖くてとてもそんな気になれない。
 すみません妹紅さん、正直その比喩でなく人が殺せそうな視線はきついんですが。

「良也をはなせ輝夜。」
「だめよ。良也にはわたしが先に目をつけたんだから。」
「だまれ、お前に良也は渡さない。」
「喧嘩はやめろよ〜〜二人とも。」

 涙目になりながら叫ぶぼくの意思を盛大に無視して、二人の美少女たちはヒートアップしていく。

「いいわ、なら勝負しましょう。勝ったほうが良也を手に入れる。文句無いわね。」
「上等だ。」
「お、お前ら待て、ちょっ、やめろ二人とも」

 ぼくの願いは聞き入れられることはなく、二人の弾幕を死に物狂いで掻い潜る羽目になった。

 ねえ慧音さん、妹紅はこのとおり元気にやってますよ。だから心配しないでください。弾幕をもろに食らい、薄
れゆく意識の中で、ぼくはふとそんなことを思った。




「こんにちは、永琳さん。」

紅妹の家からの帰りに、ふらりと永遠亭に寄ったぼくを、永琳さんが迎えてくれた。

「いらっしゃい良也。今日は何の用?」
「別にたいした用はないんですが、足が向いたっていうか。そういえば、ここに来る途中で輝夜と妹紅に会いました
よ。喧嘩に巻き込まれて危うく死にそうになりましたけど。」

 あらそう、などと何でもないことのように永琳さんが応じる。まあ実際、あの二人の喧嘩もそれにぼくが巻き込
まれるのもいつもの事だが。

「そういやあなた、以前はあの二人が殺しあうのを止めようとしてたけど、最近はそうしなくなったわね。」
「まあなんていうか、あの二人の喧嘩って、お互いにとって必要なことなんじゃないかって思うようになったんで。」
「どうして?」

 ぼくは永琳さんに、最近感じていることを口にする。

「なんていうかなあ。この世に変わらないものなんてないじゃないですか。でも、不老不死であるということは、変
わっていく物事をずっと見続けなきゃならないわけで、それって凄く辛いことですよね 。
だから、ずっと変わらないものもあるってことを、ああやって確かめ合ってるんじゃないかって・・・・あの、ぼ
く何か変なこといいました?」

 永琳さんは何だかとても驚いた様子でぼくを見ていた。

「いいえ、そうじゃなくて、あなたでも色々と考えたりするんだなあと思って。」
「そりゃあこれでも二百年くらい生きてますから。色々と考えることもありますよ。」

 ぼくの言葉に、永琳さんはとてもおかしそうに、そして優しく笑った。

「そういえばそうだったわね。でもわたしから見たらまだまだ子供よ。あなたも輝夜もね。
今日はうちでご飯食べて泊まっていきなさい。あなたがここに来るのは久しぶりだし、姫も喜ぶわ。」

 せっかくなので、お言葉に甘えてその日は永遠亭に泊まることにした。
 鈴仙には相変わらず歓迎されなかったが。




 いま、ぼくの目の前で輝夜と妹紅が双六に興じている。たまには平和的なやり方で勝負したらどうかというぼく
の提案を、珍しく二人が受け入れた形だ。

「ねえ良也。」
「ん、なんだ。」

 視線を向けずに輝夜が話しかけてきた。

「私があなたに渡した蓬莱の薬で、あなたは不老不死になった。そのことはあなたにとって幸いだった?」

 いきなりそんなことを聞かれた。

「どうだろうな。」

 人生なんてものは、終わってみなければ不幸だったか幸せだったかわからない。
 辛い経験も、振り返って見ればよい思い出だということもあるし、逆に楽しい思い出も、振り返って見るとあの
時ああしておけばよかったという後悔に変わることもある。
 終わりの無い人生を生き続けるぼくらにとって、何が幸せで何が不幸なんだろうか。
 けどまあ、

「死ななくなったのは悪くないかな。」

 幻想郷で生きる上で、非常に役に立った。

「苦しいこともあったけど、とりあえず今は楽しいし。」

 なんだか刹那的な考えかもしれないけど。

「そう、なら良かったわ。・・・・何かしら妹紅?」
「別に。お前みたいなのでも責任を感じたりすることがあるんだなと思っただけだ。」

 憮然とした表情でそう告げる妹紅。

「そりゃあ、他の人にあげた薬を着服して、勝手に死ななくなったどこかの小娘とは違うもの。」

 そう言って、輝夜は挑発的に微笑む。

「なんだとこらッ。」
「お、落ち着け妹紅。」

 ぼくはどうどうと紅妹をなだめる。

「そ、そういえばさあ、妹紅はどうなんだ?不老不死になって、良かったこととかあったか?」

 話題を換えようと思わずそんなことを口走り、言ってから自分のうかつさに激しく後悔した。
 妹紅はずっと苦しいと言っていたのに、なんて無神経なんだろうぼくは。

「う〜ん、そうだなあ。」

 そんなぼくの葛藤に反して、妹紅の声に重さはなかった。

「昔は本当に辛い思いをしたし、今だって苦しいと思うこともある。けど、慧音にも会えたし、良也にも会えた。
だから、私はきっと幸せなんだと思う。」
「・・・・妹紅。」
「だからな、良也。私の前からいなくなったりしないでくれ。」

 そう言って、妹紅は本当に魅力的な心からの笑顔を浮かべた。
 そんな妹紅に、ぼくも笑顔で約束する。

「ぼくは生きている限り妹紅の側からいなくなったりしないさ。だからずっと一緒に居るよ。」

 そう言って、ふと輝夜に視線を向けると、輝夜もまたとても穏やかな微笑を浮かべていた。
 もっとも、それは一瞬で底意地の悪いニヤニヤとした笑みに取って代わったが。

「わたしの前で愛の告白なんて、やってくれるじゃない。でも残念ね。良也はわたしのものだから。」

 輝夜はそう言って、ぼくにしなだれかかってくる。

「あ、こら輝夜。良也から離れろ!」

 今にも輝夜に飛び掛ろうとする妹紅。

「だから落ち着け妹紅。輝夜もいい加減離れろ。」

 それを必死で止めるぼく。

「いいじゃない、見せつけてあげましょう良也。」

 なんて言ってぼくにセクハラしてくる輝夜。

 幸せかどうかわからないけど、多分ずっとこんな日が続いていくんだと思う。




「昨日は随分とお楽しみでしたね。姫。」
「まあね。やっぱりあの二人とじゃれあっている時間は、他とは違うもの。」

 永琳の言葉に、輝夜はそう返す。

「でも良かったわ、あの二人が一緒になって。半獣が死んだ時の妹紅は、見ちゃいられなかったもの。これでもうそん
 なこともないでしょう。」
「随分とあの方のことを心配なさっていたのですね。」
「そりゃそうよ。永遠を暇つぶしするための、貴重な遊び相手ですもの。簡単に壊れられたら困るわ。」

 蓬莱人に肉体の死は無いが、心が生きるということに耐えられず、壊れてしまうことはある。
 そうなったら文字通り、生ける屍になるだろう。

「でも随分と気前よく譲ってあげたものですね。あの子のこと、気に入ってらしたんじゃないんですか?」
「わたしには永琳がいるもの。それに、いざとなったら妹紅の眼を盗んでこっそりというのもスリルがあっていいわ。


 そう言って、輝夜は永琳を抱き寄せる。

「ねえ永琳、わたしは永琳に感謝してるわ。わたしがわたしでいられるのは、永琳のおかげだもの。ありがとう。」

 永琳は輝夜の頭を、いとおしげに撫でる。

「ほんとうにあなたは、いつまでたっても甘えん坊のお姫様ね。輝夜。」
「ねえ永琳、今日は久しぶりに、一緒の布団で寝よ。」
「しょうがないわね。今日だけよ。」

永琳はそう言って、輝夜を抱えて寝所に向かった。



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