「名字が両儀で、名前が式。随分とまあ、狙いすましたような名前ね」
いつものように卓袱台を挟んで向こうに座り、いつものように湯飲みでお茶を啜る霊夢は、僕がした相談に、いつもとは違う真剣な答えを返した。

「やっぱり霊夢もそう思うか?」
「当たり前じゃない“易有太極、是生兩儀、兩儀生四象、四象生八卦 ”
陰と陽、光と闇、正と負──
根源である一つの物から二つに別れた状態、そして“式” 式神の式、数式の式。
決められた命令に従う人形(ひとがた)……ここまで来ると疑わない方がおかしいじゃない」
そう言うと急須からお茶を注いで口をつけた。
「あら、お茶が切れちゃった。良也さん、お湯を沸かしてくれるかしら?」
何か難しい事をサラリと述べた霊夢はいつも通りに僕にお茶を淹れるように要求してきた。

仕方ないのでお湯を沸かそうと立ち上がると、その弾みに上着入っていた紙がひらりと落ちる。

「しかし、どうするべきかな。これ」

地面に落ちた紙を拾い上げると、ひらりと裏返した。

──黒桐と両儀の知人を名乗る人物からの、手紙
たしか封蝋と言ったか、今時珍しく蝋でとめられた、割と立派な封書。
送り主の名前には蒼崎 橙子と言う名、そして彼女が所長を勤める事務所、伽藍の堂の名前が記されていた。

内容を要約すれば「話があるから来て欲しい」と懇切丁寧な文章で書かれていた。

「まあ、大丈夫じゃないかしら。良也さんは死なないんだし」
「そんな無責任な……」
「あら?私の勘が信じられないのかしら?」
まあ、霊夢がそう言うなら間違い無いんだろう、そう気楽に考えて、また落としたりしないように手紙をリュックにしまった。








「ここ、だよな?」
重い風呂敷包みを片手に、手紙に書かれた住所と名前を頼りに事務所を探すと、そこにあったのは建設途中で放置されたと思わしき、廃墟同然のビルだった。

「あれ? 良也じゃないか、どうしたんだい?」
どうしたものかとビルの前でうろうろしていると、先日再会したばかりの友人がひょっこり姿を表した。

「黒桐じゃないか、そっちこそどうしたんだよ?」
「どうしだって……ここが僕が勤めている所だからね」
そう言って、入るかどうか迷っていたビルを指差した。
「勤めているって……此処に、か?」
僅かに視線をビルに向ける、失礼だとは思うが、友人の行く末を案じられずにはいられない。

「ははは、時々給料の遅配は有るけど大丈夫だよ」
そう言う黒桐だったが、笑いは乾いている。

「それで? 良也はなんでこんな所にいるわけ?」
「数日前に手紙を貰ったんだよ、用事が有るからここに来て欲しいって」
「橙子さんが? ……一応聞くけど、君どうやって橙子さんと知り合ったわけ?」

「知り合いも何もない、いきなり手紙が届いて驚いた位だ」
「それ、いくら何でも不用心すぎやしないかい?」
いきなり届いた差出人を知らない手紙に、廃墟同然の建物に呼び出される。
うん、文章に直してみれば怪しいことこの上ない
ここ最近非常識な体験しかしてなかったから感覚が麻痺していたみたいだ。

「まあ、ここで立ち話も何だし事務所の中に行こう」
そう言って黒桐が歩き出す、ここで突っ立ってる訳にも行かず、黒桐に続いてビルに入っていった。











建物の中も外見相応に廃虚同然だったが、所々はそれなりに片づけられている、外から数えた窓の数から最上階──と言っても四階だがの扉の前にたどり着くと黒桐がちょっと待つようにと言ってひとりで中に入っていった。

待たされたとはいえ、ドアは薄く中の耳を澄ませば室内の会話はよく聞こえる。
「おはようございます」
「黒桐、今日はこちらの用事があるから休みで良いと言った筈だが」
黒桐の声に答えるように、女性の声が聞こえた、彼女が件の蒼崎さん何だろうか。
「そういう訳には行きませんよ、外に居たお客様連れて来ましたよ。扉の外に待たせてますが、かまいませんか?」
「ん、いいだろ。 すまんが聞かれて気分の良いような話じゃない。
そうだな────黒桐、一時間ぐらい席を外していてくれ。外にいるなら聞こえてるだろう、勝手に入ってくれ」

黒桐と入れ替わりに事務所の中に入ると、中はそれなりに整頓されているものの雑然とした、いかにも事務所然としたフロアとなっていた。

「さて、──土樹良也と言ったな。私が蒼崎橙子だ、蒼崎と呼ばれるのは好かん、橙子と呼べ」
部屋の隅に、事務机を挟んでパイプ椅子を並べて簡易的な応接スペースが作ってあり、そこそこの長さの髪をポニーにした女性が座っていた、年の頃は僕よりちょっと上くらいだろうか?
胸元で光る、服装に不釣り合いな程大きなペンダントが印象的だ。


「あ、はいわかりました。 あと、手ぶらでくるのもアレだと思ったんで」
そう言ってもって来た包みを開く。
中身は妖夢の手製の大福だ。
先日幻想郷を訪れた際、手紙の事を話したら
「人様の所にお呼ばれしたなら、お土産の一つももって行かなければ行けません」
っと力説されて大量に貰った。

どこかズレてる気がしないでも無いが、妖夢の大福は美味しいのでありがたく貰っておいた。


事務机の上にそびえ立った大福の山に一瞬、ぽかんとした表情を浮かべたものの、何かがツボに入ったのか、けたけたと愉快そうに笑い出した。
「いや、まさかそう来るとは思わなかったな。そうだな、ウチの事務員が帰ってきたら茶の一つでも入れさせるとしよう」



ひとしきり笑って満足したのか、姿勢を正す橙子さん。
「さて……本題に入ろう。こちらの要求は一つ、この質問に答えて欲しいだけだ、“お前は、何者なんだ?“」
こちらを見る橙子さんの眼が、一回り大きくなったような錯覚を覚えた。

「何者って言われてましても……僕はただの一般人ですよ」
果たして、何をまで話して良いものだろうか。

「馬鹿を言え、両儀式に関わる、魔術師に警戒しない訳にもいかんのでね」
──あぁ、ようやく話が見えてきた。
「その事に付いては問題無いですよ、僕がこういう事に関わるようになったのは大学に入ってからですから」

「ほう? その筋では名の知れた祖父を持ちながら、か?」
「ええ、知ったのもつい最近で驚きましたよ」
その後、橙子さんからのいくつかの質問に、極力幻想郷の事は話さないように気をつけながら答えて行った─────


「それで、どうだったんですか?」
きっちり一時間で戻ってきた事務員に視線除けの呪を刻んだペンダント……
──橙色の石が嵌まったそれ、を弄くり回しながら返答を考える。

 凡百の魔術師程度では私に気が付くどころか、場に違和感を覚える事も怪しい代物。
しかし、彼はそれを何の影響も無く此方に話しかけてきた。
まあ、嘘がつけそうな人間じゃないし、黒桐の友人だと言うのなら放置しても構わんだろう。
「まあ、上々と言った所だろう。それより黒桐、茶を入れてくれ。くれぐれもコーヒーじゃなくて日本茶だぞ」
そう言って大福を一つ口に運んだ。



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