「こんにちはー」 久しぶりに白玉楼にやってきた。 スキマが現世と冥界の境界の一部を閉じたせいで、偉く遠回りしないとこっちに来られなくなってしまったのだ。 妖夢と幽々子の二人には、僕がここに初めて来たときよく世話になったから、あんまり疎遠には出来ないのだけれども、ついつい足が遠のいていた。 「あ、良也さん、お久しぶりですね」 長い階段の終わりには、刀を差した少女が立っていた。 非常識人の多い幻想郷では珍しく常識人の妖夢だ。 昔は辻斬りまがいのことをする一面もあったが、最近になって落ち着き、達人の立ち居振る舞いになってきた。 とはいえ、からかいやすいという性格は変わっておらず、幽々子や僕に限らず多くの人がからかって楽しんでいる。 「たまにはと思って遊びに来たよー。はい、これ、おみやげ。 久しぶりに菓子売り業をしてちょっといいものを買ってきた」 「あ、ありがとうございます。幽々子様が最近、外の世界の味を懐かしんでいまして、喜ぶと思います」 菓子売り業というのは文字通り、お菓子を売る仕事だ。 ただ、普通の菓子売りと違うのは、僕の扱うお菓子は外の世界のものだということだ。 僕の能力を用いれば、幻想郷の中と外を行き来できるので、外の世界のお菓子を幻想郷に持ってくることが出来る。 外の世界で職を持っていた昔はこれで荒稼ぎしていたが、今は頻度は少なくなっている。 当たり前の話だが、幻想郷のお金と外の世界のお金は違う。 いくら幻想郷で稼いでも、その儲けでお菓子を仕入れることはできないのだ。 だから、外の世界のお菓子を仕入れるためには外の世界のお金が必要なのだが、昔と違って今は外の世界で定職についていない。 いくら外の世界の延命技術が進んでいるっていっても、ン百年生きている人間ってのはちょっとした問題になってしまう。 スキマに頼んで細工をしてもらって、僕は戸籍上では外の世界で死んでいることになっている。 そんな状態なので、外の世界でまっとうな職業を貰えないってわけだ。 そもそも、どっぷりと幻想郷に浸かってしまっている僕が、外の世界の企業戦士になることなんて出来やしないだろう。 昔やっていた教師ならやってもいいかな、と思わなくもないけど、残念ながらそれこそ身元がしっかりしていないと無理な職だ。 唯一の外貨取得手段は、外の世界の知り合いの手伝いだ。 知り合いっていっても、僕が外の世界にいたときに知り合った人の子孫。 とある大企業の社長で、オカルトに関して理解のある人と以前知り合いだった。 その人の子孫が、オカルトで困ったことがあったら助けてやっている。 そのときに、多少なりの金銭の授受があるってわけだ。 や、僕としては大したことをやっていないつもりなんだけど、向こうはそうは思ってないらしくて、結構な金額を渡してくる。 いつもこんなにはいらない、と言っているんだけれども、これでも十分以上に相場より安い、と言って無理矢理渡してくる。 よくわからないけど、あまり謙遜しすぎるのも相手に失礼かな、と思ってほどほどの金額を受け取るようにしている。 「あ、そうそう、妖夢。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」 そういって、僕は腰元に提げていたモノを取ろうとしたときだった。 「来たわね、良也。お菓子売りが人里に現れたって聞いて、今か今かと待っていたのよ。 ささ、お上がりなさいな」 白玉楼の中から陽気な亡霊が現れた。 重力を感じさせない独特な浮遊で、僕の目の前に着地すると、すかさず背中を押してきた。 白玉楼の主、西行寺幽々子だ。 彼女と会うのは久しぶり……というわけでもない。 宴会にはほとんど来ているので、顔はよくあわせている。 それを言うと、妖夢の方もそうなんだけど、さっき「久しぶり」と言ってきたのは、僕と白玉楼で会うことそのものが久しぶりと言いたかったんだろう。 妖夢は酒豪の多い幻想郷の中ではお酒に強いというわけではないので、からかおうとする妖怪達に呑まされて、早々酔っぱらって僕のことを忘れているのかもしれないけど。 幽々子に押されて、白玉楼の中へと連れて行かれる。 途中、僕がさっき見せようとしていたモノを妖夢が何度も何度も見ていた。 まあ、妖夢なら惹かれるだろうし、僕もコレがどういう言われのあるものなのか聞こうと思って持ってきたのだから、当たり前か。 無駄に広い白玉楼の数ある客間の中で、一番入り口に近いところに通された。 部屋の真ん中にあるちゃぶ台の前に座り、幽々子がその対面に座る。 妖夢は幽々子にお茶を用意しなさいと言われて、台所の方へと行ってしまった。 「それにしても、少し遠くなったくらいで来なさすぎよ。もうちょっと顔ぐらい出しなさいな」 「んー、最近は菓子売り業をあんまりしていないから、手みやげが用意できないんだよ。 用もなく、手ぶらで来るのもなんだかなーって」 「別にそんなことを気にしなくてもいいのに。まあ、手みやげはあるにこしたことはないけど」 とはいうものの、不老不死の人間が、仮にも冥界の一部である白玉楼にしばしば出入りするのはいいことなのか、と思わなくもなかったり。 幽々子だって昔は、そんなことを言っていたような気がする。 長いこと生きていると、細かいことは忘れてしまうから、ひょっとしたら言っていないかもしれないけど。 現に、今ももうちょっと顔を出せ、と言ってくれているし。 幽々子は、亡霊だというのにいつも陽気で、妖夢がお茶と僕の持ってきたお茶菓子を持ってくるのを今か今かとそわそわしながら待っている。 彼女は昔から変わらない。 風流を良しとし、心の粋から雅さを求めている。 「……なあに、人の顔ばっかり見て」 「ん、いや、別に」 幽々子は僕なんかより遙かに長生きだ。 長く生きていると、ある一定の時期を過ぎたら性格が固定されるのかもしれない。 その固定された性格を僕は見ているだけなのかも。 となると、僕もいずれは性格が固まり、ずっとそれだけになるのかもしれないな。 「今、女性に対して失礼なことを考えていなかったかしら?」 幽々子がどきりとすることを言った。 確かに長生き、とは考えたけれど……それを察することが出来るなんて、いくらなんでも鋭すぎだ。 「いや、別に……」 「良也は考えていることがすぐに顔に出るから、すぐにわかるわよ。 あなたも結構生きているでしょうに、昔から全く変わらないのね」 幽々子は悪戯っぽく微笑みながら言った。 幸いなことに、年増……いやいや、結構長生きしている、ということに対する追求はないようだ。 幽々子は基本的に寛容な性格をしているけど、怒るとすごくおっかない。 触れてはいけない話題がいくつかあって、それに触れると非常にヤバイ。 『死を操る程度の能力』なんていう物騒な能力の上、冥界に漂う魂を転生の輪から外して地獄行きにさせることも出来るらしい。 死なない僕に対しては幽々子の能力は全く役に立たないけど、普通の弾幕ごっこも相当強い。 あまり怒らせない方が賢明だ。 その後、幽々子ととりとめのない談笑をしていると、前方の襖がすっと開いた。 お盆を持った妖夢がすたすたと入ってきて、僕の目の前にお茶を出す。 幽々子は早速、茶菓子に手を出して、幸せそうな表情でパクついた。 幽々子は僕の持ってきた饅頭をおいしそうに食べている。 周りで見ている人までもおいしい味覚を感じるほどにだ。 「生きることを継続するために行う食事っていう行為を、亡霊がすんごく幸せそうにしているってのも中々シュールな光景だな」 僕がこういうと、幽々子は一瞬手を止めた。 じいっと僕の顔を見つけたかと思うと、つまんでいる既に一口かじったお饅頭を、僕の方に向けた。 かと、思うと、ためらうように引き戻し、また一口かじった。 「……?」 何をしているのだろう、と思ったら、全体の四分の一も残っていないお饅頭の欠片を、僕の口の中に放り込んでいた。 幽々子の指が微かに唇に触れ、ひやっとするのを感じる。 突然の行為に驚いたものの、ここで不用意にうろたえると幽々子は更にからかってくるだろうと思って、お饅頭をそのまま咀嚼して呑み込んだ。 妖夢が目を丸くして、僕と幽々子を見比べている。 安心しろ、妖夢。 取り繕っているけど、僕も同じくらい動揺している。 「どう、おいしかった?」 「ん。まあ、一番いいのを持ってきたから、当然、おいしいに決まっている」 なるほど、さっき幽々子がお饅頭を一度出して引っ込めてかじったのは、ちょっともったいないからもう少し食べてから、僕に食べさせよう、としていたんだな。 なんてどうでもいいことを考えてしまうほど、頭は困惑していた。 けれども、なんとか平然を装って、答えることが出来た。 ここでうろたえたら、「あら、良也はウブねえ。まあ、それも魔法使いだからしょうがないわね」とか言われるはずだ。 こっそり呼吸法を行い、息を正し、頭に酸素を回す。 どうか気づかれませんように、と内心冷や冷やしていた。 が、幽々子は僕の焦りなんてまるで気づいていないかのように、ぽやぽやした笑みを浮かべていた。 「死なないために食べる食事を、蓬莱人が『おいしい』というのも中々奇妙なことじゃないかしら」 幽々子は、まるで今何も言わなかったように、自然な動作でお茶を啜った。 それに対して、僕は馬鹿みたいに口を開いていただろう。 「……その通りだな。うん」 確かに、不老不死の僕が亡霊の幽々子にあんなことを言ったのは滑稽なことだったろう。 死んでいる人間と死なない人間、一見、正反対であるかのように見えるものでも、案外、一致するところが多いのか。 これは一本取られたな、と思いつつも、なんだか悪い気分じゃない。 幽々子に習って僕も妖夢が入れてくれたお茶を口に含んだ。 お茶を啜り終わった幽々子は、お饅頭の一つを取って、妖夢に差し出した。 「ほら、妖夢もお食べなさい。おいしいわよ」 「あ、ありがとうございます。私も、頂きますね、良也さん」 妖夢が手を伸ばして、お饅頭を受け取ろうとしたら、ひらりと幽々子の手が避けた。 「でも、妖夢は半分しか人間じゃないから、半分でいいわね」 「あっ」 幽々子はためらいなく、手に持ったお饅頭を半分にちぎり、片方を自分の口の中に放り込んで、もう片方を妖夢に渡した。 半分になったお饅頭を受け取った妖夢は、突然のことにあっけにとられて、呆然としている。 気づいたら、幽々子が僕に目配せをしていた。 なるほど、それなら、僕も答えないと。 「いやいや、幽々子。妖夢の半分は幽霊だろ。 幽霊の食べるお饅頭は、やっぱりお饅頭の幽霊じゃないと」 「えっ」 そう言って、僕は妖夢の手にあった半分のお饅頭を取ると、そのまま口に放り込んだ。 あんこの甘みがさっき口の中にあったお茶の渋みを一掃してくれる。 さっきのは驚いていて味がよくわからなかったけど、今食べたお饅頭の味はよくわかる。 何より、おいしいだけじゃなくて、楽しい味だった。 妖夢はお饅頭を持っていたときの手の形のまま、固まって、僕がお饅頭を食べる様をじっと見ていた。 また僕がお茶を啜ったとき、ようやく動き出した。 「ひ、酷いですよー。幽々子様、良也さん」 同時に僕も幽々子も、今までこらえていた笑いを漏らした。 やっぱり白玉楼に来たら、こんな感じでないといけない。 「ごめんね〜、妖夢。ほら、今度は本当にお饅頭をあげるから。半分だけ、ね」 「悪かったよ、妖夢。僕もお饅頭をあげるよ。半分だけ」 僕と幽々子は新しいお饅頭を取り、それぞれ半分ずつちぎって妖夢に渡した。 妖夢は妖夢で、左手で幽々子から差し出された半分のお饅頭を受け取り、右手で僕から差し出された半分のお饅頭を受け取った。 それぞれ一つずつ貰えばいいのに、両方一片に受け取るから、両手が一片にふさがってしまった。 妖夢がまた困惑する様を見て、僕と幽々子はまた笑った。 妖夢は笑われていることに、ぷんぷんと腹を立てていたが、両手がふさがっているから、動くに動けないようだった。 どうでもいいことだけど、幽々子のお饅頭は半分よりも少し少なくて、僕のお饅頭は半分より少し多かった。 そのほんの微妙さが、二つの半分のお饅頭をちょうど一個のお饅頭の大きさにしていた。 またしばらく三人でとりとめのない話をして、無為な時間を過ごしていた。 時には妖夢を僕と幽々子でからかって、怒った妖夢を二人して謝ったり、逆に幽々子から僕がからかわれることもあった。 まあ、いつも僕が白玉楼に来て過ごす一時とほとんど同じだ。 そこに急激な変化はないし、スリルや興奮なんていったものもない。 長いこと生きていても、ずっとこれが今まで繰り返されているし、これからも変化せずに続いていくと思っている。 「……で、良い人はそろそろ決まったの? 良也」 「ぐっ」 僕がどこかに出かけるたびに聞かれる話だけど、正直なところ、これさえ無ければ僕ももっと気楽に生きていけるのに、と思わなくもない。 焦ったところで、今更ってもんだし、いい相手が出来るわけでもない。 「い、いや……まだ、いい相手は見つからないなあ」 「全く、結構な昔からずーっと同じ答えしか出さないのね。 いくら幻想郷の人間の結婚適齢期より、外の世界の人間の結婚適齢期の方が高いって言っても、人の寿命より高い年齢が結婚適齢期というわけじゃないんでしょ」 まだ両親が生きていたときに、正月で実家に帰省したときと同じだ。 父さんも母さんも僕の顔を見るたびに、「相手はいないのか」とか「孫の顔を早く見たい」とか言ってきた。 お酒がただで呑めるから楽しいはずの正月で、その話題を出されるときは針のむしろに座っている気分になっていた。 「いや、ほら。僕が結婚するってことは、幻想郷のどこかの派閥に入るってことだろ。 そうなったら、幻想郷のパワーバランスが崩れるかなー、って思って……な。 僕自身はそんなに強くないけど、僕の能力を誰かが使ったら、ほら……今、ちょっと具体的にどんな風になるか思いつかないけど、大変なことになりそうじゃないか」 苦し紛れの言い訳だった。 しかも、今思いついてそのまま口に出してみました、という適当な言い訳だった。 当然、幽々子は呆れるように僕を見ている。 「またそんな今思い浮かぶまで、全然考えていないようなことを言って。 そういうことは、あなたは考えなくてもいいのよ」 やっぱり、老獪な亡霊は僕の……。 ……。 いや、訂正しよう。 別に怖じ気づいたというわけじゃなく、表現は適切に使わないといけないな、と思っただけだ。 そういうわけで、やっぱり〜、の後のくだり訂正する。 やっぱり、聡明な亡霊は僕の嘘なんか一発で見破っていた。 「ま、まあ、本当のことを言うと、単純に僕のことを好いてくれる相手がいないから、いくら僕が腰を落ち着ける覚悟をしても無駄なんだけどね」 たはは、と笑ってごまかす。 ちょっとおっかない顔をしている幽々子をかわすためなら、自虐もやむを得まい。 蓬莱人である僕の最強必殺技は、カミカゼアタックだから、自爆をして被害を最小限に抑えるのはお手の物だ。 うん、今日もなんとか致命傷だけでやり過ごせた。 「じゃあ、ウチの妖夢はどうかしら? あげはしないけど、良也がここに来るなら、貸してあげてもいいわよ」 「ゆ、幽々子様っ!」 またこの話か。 白玉楼でいつも僕の結婚話が来ると幽々子はこれを言ってくる。 妖夢は嫁にはあげないけど、入り婿ならオッケーらしい。 魅力的な話ではあるものの、幽々子の態度は完全におふざけモードだ。 妖夢は妖夢で毎回この話を出されるとうろたえる。 もうそろそろ慣れて、はいはい幽々子様、お戯れはその程度にしておいてください、と一発きついのを言ってくれてもいいのに。 そんなに顔を赤くするほど必死に否定されると、少しは僕の心も傷つくんだぞ。 いや、平然と拒否されても、それはそれで傷つくか。 「いや、僕としては妖夢もいいけど、幽々子の方が……」 「えっ」 「ええっ」 お、妖夢だけでなく幽々子も反応してきた。 しかも、少し顔を紅くしている。 これは新鮮な乙女の反応……と思ったけど、あまり深くやりすぎると後が怖い。 「冗談だよ、冗談」 いつもやりこめられているから今回、一矢報いたわけだ。 思ったより、胸がすっとした。 ほんのわずかに味わえた、勝利の余韻。 だけれども、それはすぐにかき消えて、後悔の念がどっと押し寄せてきた。 「りょ〜や〜」 「……良也さん」 二人の反応はものすごく好意的なものではなかった。 それはもう、驚くほど好意的な反応じゃなかった。 どうしてこうなった、と叫んで庭に飛び出て、冥界の桜の木の下で踊りたくなるほど、好意的ではなかった。 「え、いや、あの、ジョークでね。その……そんな目くじらを立てるようなものじゃないと思うんですけど。 ほ、ほら、僕って思っていることが顔に出やすいタイプだから、すぐに冗談だと気づくと思ったんですけど……。 えーと、その……二人とも、扇子と刀はしまってくれませんか……あ、はい、しまってくれないですか……」 ふぅ……今日もなんとか致命傷だけでやりすごせた。 「ごめんなさい、反省してます」 ぷんすかぷん、と怒っている二人に対して、今度から少なくとも二週間に一回は白玉楼におみやげを持参して訪れる、という約束をしてなんとか許して貰った。 こんなこと口にしたら酷い目に遭わされるし、そもそも今更な感じがするけど、幽々子も妖夢も過剰に反応しすぎだろ。 風流を良しとする幽々子は軽く流してくれればいいし、妖夢だっていつも幽々子が言っているジョークとさして変わらないのに苛烈すぎる。 「まったくもう、良也はすぐに調子に乗るんだから」 当然の事ながら罰として没収されてしまった僕のおせんべいを、幽々子はかじって不機嫌そうにしていた。 「いくらなんでも、さっきの良也さんの冗談は悪質すぎます」 やっぱり没収されてしまった僕のお茶を、妖夢はふてくされているような態度で飲んでいた。 僕は、蝶の形に空いた穴や刀傷のついたボロボロの服で、正座させられていた。 いくらなんでも酷すぎると思うんですけど、どうなんでしょうか。 幻想郷でも実力者二人が、まだ若い(相対的にはまだ若いって言っていいはず)僕にこんな仕打ちをするのはあんまりだと……。 と思ったけど、この二人は普段の弾幕ごっこがとてもすごいのを思い出した。 僕にとっては悪夢のひとときだったけど、冷静に考えれば、この二人はまだ手加減をしていたはずで……。 「……うーん」 やっぱり、二人を怒らせるのはやめておこう。 改めて実力の違いを思い知らされてしまった。 「え、えーと……」 なんとか許してもらえたとはいえ、空気はちょっと険悪な感じだった。 まだぷりぷりと怒っている二人と同じ部屋にいるのは、非常に気まずい。 こんなときのため……って考えて持ってきたわけじゃないけど、僕がおみやげ以外に持ってきたものを出そう。 僕が座っていた傍らに置いておいた、長い棒状のものが入った布の袋を持ち上げる。 「妖夢なら詳しいことを知っているかな、って思って持ってきたんだけど」 先端で縛ってあった紐を解き、布袋の口を開いて、そっと中の物を取り出す。 中には、細工こそそれほどではないが、がっしりとした長くて大きい刀が入っていた。 装飾が少ないのは実利をとっている、ということで、刀自体はものすごく立派なものだった。 「どうしたんですか、これ?」 早速妖夢が聞いてきた。 やはり刀を使っているだけあって食いつきがいい。 「いや、最近萃香のやつがすっかり姿を見せないな、と思ってたんだけど、今日、ここに来る直前にひょっこり戻ってきてな。 萃香にしては珍しく素面だったし、なんだか疲れ切ってて、これを僕にくれるって言ってばったり倒れ込んだんだよ。 まあ、倒れたっていっても、疲れて眠りこけただけだったから、そのまま眠らせといたんだけど、くれたこの刀については何にも言ってなくて。 元々今日はここに来る予定だったし、刀に詳しい妖夢になら何かわかるかな、と思って持ってきたんだけど」 妖夢は、じっとこの刀を見つめ、目を僕に向けないまま、少し抜いてもいいですか、と聞いてきた。 もちろん、僕に異論はなく、妖夢は慎重な手つきで刀を抜いた。 刀身は見たとおりのがっしりとした厚いものだった。 それなりに力がないと、使う本人が刀に振り回されてしまうような重量を感じさせる。 「大通連……」 「だいつうれん……ふーん、そんな名前の刀なんだ」 妖夢がぽつりとこぼしたのが聞こえた。 大通連という名前なのか。 聞いたことはないけど、いわれはそれなりにありそうだ。 問題は、なんで僕に使えなさそうなこの大きな刀を萃香は僕に渡したか、ってことだ。 「中々粋なこともやるわね、あの鬼も」 幽々子が言った。 僕と妖夢が、吸い込まれるようにその見事な刀を見ているのに対して、幽々子は平然とお茶を啜っていた。 色々と肝が太いなあ、と変なところで関心してしまった。 「それは過去に女の鬼が人間に与えた刀の一振りよ」 「女の鬼って……萃香?」 「いえ、鈴鹿御前という鬼よ。まだ、幻想郷と外の世界の境がなくて、鬼がたくさんいたころの、遠い昔の話」 別にぞんざいに扱ったわけじゃなかったけど、なんだかとても貴重なものっぽい。 あのタフな萃香が、ぶっ倒れるくらい苦労して持ってきたと考えると、エラいものを貰ってしまったような気がする。 「ずっと友達でいましょう、ってあの鬼は良也に言いたくて、この刀を渡したのよ」 「えっ」 「……何? 妖夢」 「……あ、いえ……なんでも」 ほほう、萃香のやつめ、幽々子が言うように、すごい粋なことをしてくれたもんだ。 確かに萃香と僕は気の合う酒飲み友達だ。 姿を見せなくなる前には、毎日毎晩のように一緒に酒を呑み続けていたことが何度もあった。 鬼は強いやつが好き、という一般的な幻想郷の常識から当てはめれば、僕はそれほど萃香に好かれるものではないはずだった。 けど、萃香はなんだか僕の能力をちょっと過大評価してると思うくらい評価していたし、僕も彼女のさっぱりした性格を好ましいものと思って、仲良くしていた。 僕としては萃香のことを気の合う友達程度に考えていたけれど、萃香がものすごく苦労して取ってきた友情の品を僕に進呈してくれたとは。 なんだか目頭がぐっと熱くなる。 「あらあら、困ったわね妖夢。じゃあ妖夢も、持っている刀を一本、良也にあげないと」 「いやいや、それには及ばないよ。僕が刀を持っていても使えないし、妖夢の刀は妖夢が持ってないと」 幽々子がノリでとんでもないことを言い出したので、感情の高ぶりを抑えて、心地いい感情を押し込め、止めた。 幽々子は冗談で言っていることはわかったが、妖夢がもし本気になりでもしたら困る。 刀なんて僕は使わないし、妖夢の持つ刀は妖夢のためにあると言っても過言じゃないくらい、彼女に合っている。 小刀白楼剣に至っては、そもそも魂魄家以外のものは扱うことが出来ないときている。 「え、あ、えと……も、もしよろしければ……」 妖夢は慌てて大通連を鞘に戻したかと思うと、長刀楼観剣を差し出してきた。 「ほら、言わんこっちゃない! 幽々子がふざけたことを言うから、妖夢が本気になっちゃったじゃないか! 妖夢、幽々子の言うことなんて気にするんじゃない。この剣はいらないから」 「え……いや、その……う、受け取ってくれないんですか?」 妖夢がちょっとうるうるってしてた。 ああ、もう、胸がちょっとときめいちゃったじゃないか! なんてことしてくれる幽々子め! 「そうじゃない、そうじゃないんだよ、妖夢。 僕は妖夢のことを好きだ! 受け取らないのは、妖夢のことが嫌いだからじゃなくて、好きだからだよ。 二刀流で気持ちよい剣舞を見せてくれる妖夢が好きなんだ。 だから、僕に刀をくれるんじゃなくて、妖夢が持っててくれる方が、僕としては嬉しい」 幽々子がくすくす笑っていた。 しまった、この言い方じゃドン詰まりじゃないか。 「あ、う、うん……す、好きっていっても友達としてだけどな! つい勢いでなんか誤解されるようなすごいこと言っちゃったけど、き、気にしないでくれ」 急いで弁解の言葉を紡いだが、妖夢は僕を見上げたままかちんこちんに固まっていた。 僕は僕で顔から火が出そうだ。 こんなことでこんなにも恥ずかしく感じる性分だから、未だに魔法使いなんて言われるのかもしれないな。 「あらあら、入り婿の話もそれほど笑い話じゃないみたいね」 だから自重しろ、幽々子。 その後、妖夢が復活しても、気恥ずかしくてまともに顔を合わせて話なんてできなかった。 そんな姿を見て、幽々子がはやし立ててくるもんだから始末に負えない。 その日は、本当は白玉楼に泊まろうかと思っていたんだけど、萃香のこともあったし、時間を見て帰ることにした。 その際に、幽々子に、ちゃんと二週間に一度は顔を見せなさいよ、と言われ、あの約束本気だったんだ、と思ったり。 見送りとして途中まで付いてきてくれた妖夢とは、やっぱりちょっと恥ずかしかった。 ぎこちない空気で、顔が合うたびに二人ともぎこちなく笑ったりして……うーん、甘酸っぱい。 残念なことに、この関係が色恋沙汰に発展するかといわれるとちょっと微妙な気がする。 僕としては妖夢のことを友達だと思っているし、妖夢はどちらかというと僕の保護者のような振る舞いをしている。 別に容姿に不満があるってわけじゃないんだけど、長い間こういう関係が続いていたのだから、これからも続くと思っている。 帰っている最中、ふと、幽々子の言葉が思い出された。 別にどうということはない言葉だったんだけど、なんだか妙に引っかかった。 『またそんな今思い浮かぶまで、全然考えていないようなことを言って。 そういうことは、あなたは考えなくてもいいのよ』 何でこの言葉をはっきり覚えていたのかよくわからない。 けど、『あなたは』考えなくてもいいのよ、ってのは何なんだろう。 僕以外考える人がいるんだろうか? 幻想郷のバランサーっていうと、スキマが思い浮かぶ。 あと、有力な妖怪……レミリアとか幽々子とか輝夜とか、まあそこらへんの集まりのトップなんてのも、あれはあれで考えている。 ひょっとしたら僕の結婚が与える影響ってのを、そんな妖怪達が考えているのか? うーん……下手な相手を選んだら、結婚はやめろ、とか言われるのかなあ。 それはそれで嫌だな……まあ、目下相手がいないからそんな心配しなくてもいいんだけどね! 神社に帰ると、ちょうど萃香が起きたときだった。 素面の萃香は、酔っているときとは比べられないくらい気弱で、僕を見るなり顔を真っ赤に染めていた。 まあ、素面で友情の品を渡した、っていうのは恥ずかしいもんだろう。 僕は彼女に真面目に礼を言った。 加えて僕が萃香に対する友情を誓うと、萃香は何故かちょっと戸惑った様子を見せた。 まあ、その後はいつも通り酒盛りで、呑めや食えやの大騒ぎ。 夜に騒ぐな、とあの子に神社から追い出されたので、適当にその辺をうろつきながら、一晩中飲み続けていた。 二人だけの酒宴で、なんだか萃香がちょっと怒った感じで僕を何度もどついたけど、それは彼女なりの照れ隠しなんだろう。 |
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