良也が来訪者に気付いたのは、ほんの偶然だった。
ざわざわと風が吹き、桜の花びらが花吹雪となって空を舞う姿を目で追いかけて。

「・・・君、は」
「こんばんわ、土樹先生」
「白河さん、でいいのかな?」
「はい。白河ななかです」

昼間に自分を迎えてくれた生徒たちのうちの一人。
自分でも不思議なほどに美少女との縁があるのは、幻想郷に初めて行ったときから変わっていないらしい。

「こんな夜に、一体どうしてこんなところに?」
「ちょっと散歩ですよ。ほら、夜空に桜の花びらが舞ってるのってすごく綺麗ですから」
「まぁ、それは否定しないなぁ」

ずっとなら困るが、時折見る分には風情があっていいものだと、良也も思う。

「花見とか、昔はよくやったからね」
「初音島なら、毎日お花見が出来ちゃったりしますよ?」
「それは風情がないなぁ」
「そうですか?」
「うん。酒飲みとしてはうれしいかもしれないけど、やっぱり花見は春だよ」

そう。
春は花見、秋には月見酒、冬には雪見酒。
季節にはそれぞれ酒に相応しい風情、情景があるのだ。

「それに、枯れないってのは変だしね。・・・もしかしたら、魔法か何かの影響かも知れないなぁ」
「?・・えと、どうしました?」
「あぁ、何でもないよ。不思議だなって思ってね」

どうにも最近独り言が増えてきたらしい。
怪訝な顔をする少女に、慌てて取り繕ってみる。

「それに、僕はこういう不思議なことが好きなんだ」
「なら、初音島は良いところですよ。不思議なことなんていっぱいあるんですから」
「昼間の出迎えもそうなのかな?」
「えぇ、酷いですよー」

ころころと表情を変える眼前の少女が、とてつもなく可愛らしく見える。
それでも、良也の心の穴を埋めるには値しないのだろうか。

「そろそろ時間も遅いだろう?親御さんも心配するし、帰ったほうがいいよ」
「はーい。それじゃあ、明後日からよろしくですね。さようならー」

ぱたぱたと走り出しながら、笑顔で少女が言ってくれる。
それに頬を綻ばせながら、しかし内心ヒヤヒヤしていた。
いつ声をかけられるか、わからなかったから。

良也は、知っている。
数年ぶりの再会に顔を歪めているスキマ妖怪が、桜の陰に隠れていることも。
スキマ自身が、自分のことに良也が気づいていることにも。

「お久しぶり、かしら。良也?」
「・・・出来れば、二度と見たくない顔だったんだけどね」
「レディとの再会にその台詞?ダメよ、もう少し女の子を大事に扱えないと」
「誰が女の子だ、この紫ババア」
「ッ!」

スキマ妖怪が苛立っているのは、良也にも感じ取れた。
しかし、何より良也がスキマ妖怪に対して憤怒していた。
殺伐とした雰囲気の二人の間に、一陣の風がそよぐ。
良也の初音島初日は、もう少しだけ続きそうだった。



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