「こりゃあ・・・・また」

初音島に一歩足を踏み入れるだけで、良也は驚きの声を漏らしていた。
ある意味、それは仕方ないのかもしれない。
現に幻想郷で『自分の世界に引きこもる程度の能力』を開花させた良也だからこそ、分かる感覚――初音島に、霊力が感じられると。

「・・・あれ?」

更に驚くべきことに、船着場から少し歩くと、そこには。

【ようこそ初音島へ!】

↑みたいな横断幕を持った男の子と女の子たちの姿が見えたのだ。
もう語るのも面倒なのだが、女の子は幻想郷の知り合いに負けず劣らずの美少女ぞろいで。
誰かが来るたびにこんなことをしてるのかなぁ、なんて間の抜けた感想を抱いたりして。

「(うん、幻想郷とは似ても似付かない、な)」
「えーっと、土樹先生ですか?」
「うん、そうだよ」

在り来たりな、間の抜けたファースト・インプレッション。
不思議がられないように、世界を自分の肌一枚のところまで狭めておくことを忘れない。
一方、眼前の少年少女たちは屈託のない笑顔で出迎えてくれている。
良也はこういうところで、大人になって自分が変わってしまったと痛感してしまったりする。

「僕は、土樹良也。君たちは――風見学園の生徒さんかな?」
「はい、そうです。俺は桜内義之、風見学園本校の一年生です」
「同じく本校の一年、杉並だ」
「同じく本校一年、白河ななかです」

三人を筆頭に、次々挨拶を始める生徒たちを見ながら、良也は微笑む。
あぁ、確かにここは異常な島だけれども。
成程幻想郷とは違い常識は通じるのだと、まずそこに安堵する。
そして、気付いてしまった。
事あるごとに幻想郷と比べようとしている自分に。
忘れ去るべき記憶を今も忘れられず、懐かしんでいる自分がいることに。
結局そのことで頭がいっぱいになってしまい、出迎えに来た生徒たちの話も自己紹介もマトモに聞いていなかった。


―――――――――――――――――――――――――

夜道を一人歩きながら、良也は落胆のため息を繰り返す。
過去を振り切れない自分への落胆ばかりが、良也の思考を埋め尽くす。
結局昼間はあの後、靄がかかったような頭で一緒にいてもいけないと学生たちに一言二言言ってから、そそくさと立ち去ってしまった。

考えるまでもなく、第一印象は最悪だろう。
このままではマトモに先生を出来るかも危うい。

「(ふぅ。・・・僕はまだ、引きずっているんだな・・・)」

歴史に『If』などは存在しない。
それは、曲がりなりにも教職にある身の上で知らないわけではない。
それでも、と時折頭の中に浮かぶのは、なぜなのだろうか。

もしも霊夢を愛することが出来ていたら?
もしも早苗と結ばれていたら?
もしも自分があの異変から逃げずに、向き合えていたら?

歴史に『If』は、まかり通らない。
スポーツだろうとなんだろうと、それは不変の真理である。
ふわふわと舞い散る『枯れない桜』の花びらを眺めながら。

「霊夢、東風谷・・・みんな、元気にしてるかなぁ」

そう呟いたのは、無論センチな気分になったからである。
だけれども、その呟きを聞いていたものが背後にいたことに、良也はまだ気づいていなかった。



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