「初音島、ですか」
「そう、初音島。枯れない桜のある島として有名だろう?」
「えぇ、確かに知ってはいますが・・・」

夕暮れの中、とある邸宅の客間にて。
教師となった良也は、彼の教師としての先達に呼ばれて来ていたのだが。

「知っているのならば話は早い。向こうの学校に、一年の期限付きで移ってもらいたいのだ」
「・・・何故僕に?」

良也は教師としては、まだひよっこである。
塾の講師のバイトをしていたことはあるが、それとは全く別物なのだから。
しかし大恩ある人の意見を無碍にするわけにもいかず、幾らか逡巡する。

「まず、君は数少ない担任にも副担任にもなっていない教師と言うことが一つ。・・・・もう一つは、私が君を教師として、後輩として、信頼しているからだ」
「っ」

眼前の、壮年の先輩教師の優しげな微笑に、良也は言葉を失う。
信頼されていることがどれほど幸せなことなのかを、知っているからこそ。

「分かりました。その話、僕でよければお受けします」
「おお、そうか!いや土樹君なら快諾してくれると信じていたよ!」
「力不足かも知れませんけどね」
「いや、そう謙遜しなくてもいい。・・・では、この話はここまでにして、酒でも飲みに行こうか。今晩は私が全て持とう」
「はい、ではお言葉に甘えさせてもらいます」

上機嫌の恩人をみながら、良也はほうっと安堵の息をつく。
明日にでも家族に知らせて、それから用意しようなんて思いながら。



―――――――――――――――――――――――――

良也が幻想郷に行かなくなってから、早くも数年が経っていた。
原因は婚姻に関する異変――霊夢との結婚云々の話である。
結局彼は隙間妖怪と引き分けはしたものの、一度逃げ出したことが負い目となって――今に至る。
霊夢自身が良也でなくてはならないと断ずるのならば、彼もそれを大いに受け入れただろう。
だけれども、他の誰でも構わないと彼女も周りも言っているのだ。
ならば自分が彼女のそばにいると、彼女の結婚の妨げになるだろうからと。
何より、ただ偶然近くにいるというだけで夫にされそうになったことが、ちっぽけな自尊心を傷つけたから。




(あぁ、懐かしい、風景、だ・・・・・)

初音島に向かう船の中で穏やかな眠りにつく良也は、懐かしい風景を夢に見ていた。
そこには幻想郷で知り合った数々のバケモノ連中と、元教え子と、そして霊夢の姿があって。

(こち・・・や・・・・、れいむ・・・)

彼女らは幸せに暮らしているのだろうか。
今も異変解決に奔走しながら、面倒だとかぼやいてるのだろうか。
だけれども、今の自分は彼女らの顔を見る資格さえないのだと。
ただ一人で悩んで、逃げて逃げて逃げて逃げて、ここにいるのだから。

(また・・・あいたい・・・な・・・)

永劫叶わぬ願望を、せめて夢の中でだけでもと良也は吐き出す。
その寝顔に、一筋の涙を流しながら。


船は、初音島へと向かう。
たった一人の青年を、送り届けるためだけに。



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