少女は思う。
アイドルとは、所詮偶像にしかすぎない存在なのだと。
人一倍愛らしかった外見が災いして、小学生のころに親戚が重役を勤めるアイドル養成プロダクションに入れられ、歌唱やダンスの練習にばかり時間を費やすようになって。
友達と遊ぶことも出来ないような生活を送ってまで、アイドルになる意味はあるのだろうかと悩み続けた。

今、在り来たりなラヴソングをステージ上で歌っている最中も、その疑問は消えてはいない。
染めることを拒否し、ただ美しく伸ばし続けた黒いロングヘアーが舞い。
望んでもいないのに豊満に育つ胸は、眼前で悲鳴のような声を上げて応援している男たちの劣情の対象となっているのを知ってかしらずか跳ね。
露出過多なステージ衣装は、少し飛び跳ねれば観客にパンティが見えそうなぐらいに短く、足首までを露出している。

アイドルになって、楽しいなんて思ったことは一度もない。
うれしいとも思わないし、幸せなんてもってのほかで。
ファンレターには自分の陰毛をはさんで送ってくるような男もいれば、カミソリの刃を送りつける女もいた。
劣情の対象と、嫉妬心の対象に同時に晒しあげられながらも、彼女は耐えた。


そう、今日、この日のライブ、その終わりの瞬間まで。

――――――――――――――――――――

「みんなー!今日は、こんなにいっぱい来てくれて、ありがとねー!」

作り笑顔で、ステージの上から声を降らせる。
案の定、観客たちは喚起の声で叫んだ。

「私ー、とってもうれしかったよー!!」

観客の声などに気を取られるほど初心ではない。
こちらの声だけを、相手に聞かせ続ければいい。
それが、彼女がアイドルとして過ごした日々での収穫である。

「私ー、今日で引退しまーす!」

今度は、悲鳴のような声が響き渡る。
だが、これは近しい人々全てとの約束なのだ。
アイドルは、偶像である。
偶像であるがゆえに、美しい記憶しか残してはならないと。
近年芸能界では、アイドルなどの不祥事が相次いでいるからこそ、美しい姿で、清廉なアイドルとして、その姿を消すのだと。

「だけどー!私が今までいーっぱい歌ってきたこと、忘れないでー!」

ついに開放されると、少女は内心ほくそ笑んだ。
自分の肢体を晒すこともしなくていいし、グラビア撮影などといいながら変態カメラマンに体を触られることもない。
いちいち愛想笑いを浮かべることもしなくていいし、ハードスケジュールに悩まされることもない。
一介の女子高校生として、普通に生きていけるのだと。

「みんなー!今までー、ほんっとーに、ありがとー!!」

彼女のその声をピークに、観客の興奮はピークに達していた。


――――――――――――――――――――

「いやー、スゲーよなぁ!美少女アイドル、『清純なる天使』真田みぃなの引退ライブ」
「・・そろそろ帰れ。俺は眠いんだ」
「そういうなって。俺たちのテレビは使えないんだ。みぃなちゃんの引退ライブの生中継、お前も見たかっただろう?」
「いいや、別に。ぶっちゃけどうでもいいよ。可愛くもないし」

冷たくそう言い放つ青年に、もう一人の青年は首をかしげる。
学園の学生寮の一部屋だから、酷くせまいのだが、穏やかそうな青年はずかずかと毎日のように入り浸っていた。

「えぇ、お前絶対目が腐ってるぞ?あのたぷんたぷん揺れる爆乳!あのスラーっと伸びたきれいで細い足!烏の濡れ羽色みたいなきれいな長髪!絶対世界でも数えられるぐらいの美少女だって」
「外見で判断するほどオコチャマじゃなんだよ、残念だけどな。大事なのは、内面なんだよ内面」

青年の片方は冷たく言い放つと、部屋の隅っこに敷いた布団に寝転ぶ。
布団の周囲には、読みかけの小説やマンガが散乱しており。

「ほら、でてけよお前。俺はもう寝るの」
「分かったってば。じゃあな、また明日」
「おうおう。じゃあな」

手だけを振る青年に、その友人は苦笑しながら部屋を出る。
そう、これがいつもどおりの青年の日々だった。

運命の、その日が来るまでは。



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