「暇」


 誠隆は、天井を見上げながら呟く。

 こんなふうに一日のほとんどを寝て過ごす生活を送るようになってから、かれこれ2週間ほど経過していた。

 ただ寝るだけの生活というのも、しばらく外の世界で忙しい日々が続いていたので最初こそ魅力的だったのだが、これだけ長く続くと流石に飽きてくるというものだ。

 自由に身動きが取れるわけでもないので尚更である。

 暇つぶしにと霊夢が持ってきてくれた本もあるのだが、本人には申し訳ないが神事の本なんて読んでも大して面白くない。

 文章にいたっては、ほとんど草書体で書いてあるので、何と書いてあるかよく分からない始末だ。

 正直、暇すぎて死にそうだった。娯楽にあふれていた外の世界が懐かしい。

 そもそも、神社に娯楽を求めるのが間違いなのだろうが。

 せめて話し相手でも居ればいいのだが、霊夢は仕事?もあるのでずっと居てくれるわけでもなく、無事だった大妖精も時折見舞いにきてくれるが本当に時々だ。

 ルーミアは無事ではあるらしいが、所在不明。紫は紫で、一度見舞いに来てくれてから音沙汰なしである。

 時は有限。にも関わらず明らかに無駄な時間をすごしている。

 これはいけない。由々しき事態である。

 霊夢もビックリの驚異的な回復力を見せ実はもう普通に歩けるくらいまで回復しているのだが、危険な外に1人で出て行く勇気なんて誠隆にはない。

 もう帰れるようになるまで、天井のシミでも数えているしかないのか。

 そんな風に、せめて暇を潰そうと誠隆が無意味な思考をしているときであった。

 ふと誠隆は、外からにぎやかな声が聞こえることに気がつく。いつもは静かな神社なのに珍しい。

 多少なりとも暇がなくなるならと、期待を込めて誠隆が障子戸を見つめていると、


「……? なんか変な音が」


 誠隆が、そう思ったのも束の間。

 突如、巨大な光が屋根を突き破り部屋を蹂躙し粉砕した。

 突然の出来事に逃げる暇なんてなく巻き込まれた誠隆は、爆風で吹き飛ばされて背中から壁に叩きつけられた。


「い、一体なにが……」


 直撃しなかっただけでもマシか。

 ようやく治ってきていた傷がまた開いたりしていないか誠隆は心配だったが、ともかく今は身を守るためにも何が起こったかを知ることの方が先決である。

 そう判断して痛みをこらえながら、誠隆は穴の開いた屋根に目を向けた。

 すると穴の先に居たのは、なんというか一言で言い表すならば白黒だった。

 頭にはとんがり帽子、箒にまたがって空を飛んでいる。加えてウェーブのかかった長い金髪なんてもう狙っているとしか思えないが身なりから察するに、魔法使いなんだろう。

 左手には八角形の箱を握っており、箒に跨って宙に浮いたままそれを得意げな顔でこちらに向けている。

 どう見ても屋根を突き破ったのは、この少女の仕業のようだ。

 既に散々な目にあってきた誠隆は今更驚きもしなかったのだが、毎回毎回新しい住人に出会うたびに痛い思いをするのは勘弁して欲しかった。


「おっと、しまった。真っ直ぐ撃つはずが抑えが効かなかったぜ。うーん威力、もうちょい欲しいところだな」

「はぁ……」


 そんな少女の傍らに浮いている霊夢はというと、眉間を押さえながら肩を震わせている。

 アレはヤバイ。尋常じゃないくらい怒っている。

 誠隆は瞬時にそれを察したが、白黒の少女はというとあーでもないこーでもないと色々考え込んでいるようで全く気づく様子がない。

 もう遅いとも思ったが、誠隆は起き上がると白黒の少女に声をかけた。


「後ろ」

「あん? 誰だ、アンタ」

「だから後ろ」

「何だよ、突然。後ろがどうしたっていうんだ……あ゛」

「鉄拳制裁」


 死の宣告と共に、響く悲鳴。

 ――それから起きた惨状はとてもじゃないが話せるものではないと後に誠隆は語った。



 …



「一仕事終えたあとのお茶は格別ね」

「仕事っていうの、アレ?」

「悪いことをした子にお仕置きするのも、立派な仕事よ」


 部屋が使えなくなったので、居間に移動した誠隆は霊夢に勧められて一緒にお茶をすすっていた。

 白黒の少女はというと、先ほどの場所にボロ雑巾のような状態で放置されたままだ。

 流石にあのままだと死ぬんではないだろうかと誠隆は思ったが、霊夢が放置を決めたのならたぶん死にはしないだろう、きっと。


「それにしても、外で何があったの? 近くに居て、まさか壊されるの眺めてただけなんてないよね?」

「ああ、アレは、スペルカードを試してたところだったのよ」


 何やら突然、聞きなれぬ単語が出てきた。

 霊夢の言う"スペルカード"とは一体なんだろうか。

 名前から察するに何かしらのゲームなのかもしれないが、それとあの光線がどう繋がるのかが見えてこない。

 外の世界にも様々なカードゲームはあるが、そんな名前のゲームは誠隆は聞いたことはなかった。


「流行ってるの、それ?」

「今から、流行らせるのよ」

「え?」


 霊夢の言葉に誠隆は困惑した。


「えーと、つまりなんだ……自作とか?」

「そうだけど?」


 さも当然のように答える霊夢。まさか、自作とは予想出来なかった。

 確かに霊夢の自作ならば誠隆が知らないのは当然だが、何でまたそんなものを作ろうと考えたのか。

 流行の発信者にでもなりたい願望が、霊夢にはあるのか。

 だがしかし、よりにもよって何でカードゲームなのか誠隆には全く持って疑問である。


「一応言っておくけど、別に私が遊びたいから作ったわけじゃないわよ?」

「というと?」


 そんな誠隆の考えに気がついたのか、霊夢の方から切り出してきた。


「誠隆さんは色々経験してると思うけど、この幻想郷って普通じゃない奴らばかりなのよね」

「だろうね」

「そんな奴らが、あちこちで本気になってドンパチやられると困るわけよ。前にも、突然吸血鬼が現れて色々やらかしたりしたの」

「吸血鬼いるんだ……」

「力の弱い妖怪たちから相談とかも受けてね。幻想郷のバランスを保つためにも、ある程度のルールを設けようということにしたのよ。それも、そういう奴らが食いついてきそうなやり方でね」

「それが、スペルカードっていう奴なのか」

「そういうことよ」


 霊夢がいうスペルカードルールはこうだ。

 あらかじめ作っておいた技の書かれた契約書となるもの『スペルカード』を作成し数枚所持しておく。

 対決の際、対決前に使用する回数をあらかじめ提示しておき、技を使う場合はカードの宣言を行う。

 勝敗は体力が尽きるか全ての技を攻略された場合で、まだ戦えたとしても全ての技を突破されれば負けを認めなければならない。

 弾幕の美しさも重要で芸術面でも競い合う

 というものらしかった。

 スポーツに近いらしく、殺し合いではないため誰かが死ぬことはほとんどないという。

 単純明快で、実に分かりやすいルールだ。

 だが、誠隆は思う。果たして、これは受け入れられるのかと。

 ルール無視な存在がウヨウヨしているような幻想郷において、いちいち人間が作った決まりを守ったりするのだろうか。

 確かに殺し合いが減るのは、圧倒的弱者の人間や力の弱い妖怪たちにとってはいいことなのかもしれないが。

 強い妖怪たちにとっては、何の得もないように思える。


「ま、他にも色々ルール考えたんだけどね」

「たとえば?」

「幻想郷全体を使って大規模かくれんぼ大会とか」

「終わるまでに何日かかるんだ……」

「他にも色々候補があったんだけど、紆余曲折あって残ったのがスペルカードルールだったの」

「確かに分かりやすいしなぁ」

「弾幕の見た目の美しさも重要な要素だから、派手好きで自分の凄さを誇示したいような妖怪たちにはウケると思うわ。そういう奴らに限って力が強いし」


 誠隆の心配は、所詮杞憂なのかもしれない。

 自信ありげに不敵な笑みを浮かべる霊夢を見ていたら、誠隆自身も上手くいく気がしてきた。

 それに誠隆なんかよりも、ずっと長く幻想郷で暮らしている妖怪退治のスペシャリストが自信を持って言うのだ。

 幻想郷の住人のことをよく理解した上で考えられているならば、案外何の障害もなくすんなり受け入れられるのかもしれない。


「君がそう断言していうと、流行りそうな気がするから不思議だ」

「まかせなさい。それにスペルカードでなら、誠隆さんでも私に勝てるかもしれないわよ」

「断言するけど、絶対無理だと思う」

「何よ、意気地なしね」


 意気地がなくて結構。死ぬよりはマシである。

 どんなスポーツであっても遊びであっても、ある程度危険が伴うものならば絶対に死なないわけではないのだ。

 それに霊夢と本気で戦おうものならたとえ死なずとも、精神を壊しそうで誠隆は本気で怖かった。

 若くして廃人なんて、真っ平ごめんである。


「で、さっき魔理沙が誠隆さんが寝てた部屋の屋根を突き破ったのも、スペルカードなのよ」

「魔理沙ってさっきの子?」

「そうよ、霧雨魔理沙。まったく『弾幕はパワーだぜ』じゃないわよ」

「それにしてもアレがか……結構やばくない?」

「まあ、あまり死にはしないけど、むしろ死んだ方がマシに思えるようなこともあるかもしれないわね」

「戦い方に性格とかがモロに反映されそうだ」

「ちなみに私が誠隆さんに、ぶっぱなしてたのも試作品よ」

「あれか……」


 試作品であの威力。

 直に身に受けたからこそ分かることだが、危険とかいうレベルではないと誠隆は顔を青くする。

 白黒の少女、霧雨魔理沙と言ったか。彼女のスペルカードも見る限り、あまり関わらないようにしようと誠隆は心に決める。

 まあ、まだ試作段階のようなので完成する頃には誠隆は、もう幻想郷にはいないだろうが。


「あ、誠隆さんにもこっちに居る間は広めるの協力してもらうからね」

「え!?」

「え、じゃないわよ。タダ飯ぐらいの居候なんだから、そのくらい手伝いなさい」

「それを言われると何も言い返せないです、ハイ」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。

 関わらないと決めた瞬間にコレである。

 本当は誠隆には紫に貰った資金があるので、それで支払ってチャラにしてもいいのだが、下手に怪しまれると面倒なのであえて霊夢には黙っているのである。

 それとは別にしても、助けてくれた恩もあるので霊夢に頼みごとをされてしまえば誠隆は断れないのだが。

 なお、お金は持ってると見つかる可能性もあるので、現在は大妖精に預けてある。

 何も聞かずに快く預かってくれた大妖精には感謝だった。


「ほんとは魔理沙にも手伝って欲しいんだけど、アイツ技作るのには積極的なんだけど、如何せんめんどくさがりなのよね」

「あの子は、そういう感じだなぁ」

「それと、誠隆さんに一つ忠告しておくわ」

「何を?」

「魔理沙、手癖が悪いのよ。誠隆さんも色々珍しいものとかあるなら、気をつけておいたほうがいいわ。アイツ勝手に借りていくわよ、死ぬまで返さないつもりらしいし」

「それは、借りるんじゃなくて窃盗という立派な犯罪なんじゃ……」


 しかし、それに関しては誠隆は心配する必要はなさそうだ。

 なんせ身の回りのものなんて、取られても大して困らない代物ばかり。

 どこかで落とした鞄に関しては既に諦めている。

 唯一困るものと言えば、お守りくらいか。

 そのお守りに関しても、まだ霊夢から返してもらっていないので問題ないはず――


「おう、霊夢! この銃弾みたいなの、珍しいな! なんか色々彫ってあるし私の研究に役立ちそうだから借りてくぜ!」


 突如顔を覗かせた魔理沙は嵐のように言い放ったあと勢いよく引き戸を閉めた。

 そして居間に流れる沈黙。

 魔理沙が手に持っていたのは、何処からどう見ても明らかに誠隆のお守りの銃弾だった。

 ため息を吐く霊夢に、誠隆は問うた。


「ねぇ」

「ごめんなさい。あの銃弾、返すの忘れてたから誠隆さんが起きたら気づくかなと思って部屋に置いてた」

「マジか……」


 何でアレだけフルボッコにされておいて、もう起き上がれるのかとか傷一つないのかとかはこの際どうでもいい。

 誠隆は立ち上がると引き戸に手をかけ、霊夢に言った。


「あの白黒の家の場所を教えて欲しい」

「どうするつもり?」

「取り返してくる」

「アイツが素直に返してくれるとは思えないけど」

「そのときは、どうにかする」

「ふーん……」


 どうでもいいものなら諦めているところだが、アレは誠隆にとってそれなりに大切なものなのだ。

 簡単に、諦められるものではない。無謀かもしれないが、絶対に取り返しに行く。

 そう決意している誠隆を、霊夢はしばらくじっと眺めていたが一瞬何か考えるような仕草をしたあと、面倒くさそうに嘆息した。


「仕方ない。今回は私にも過失があるから、手伝ってあげるわ」

「それは心強いな」

「まあ、ついでに実験も兼ねてみるから」

「実験? スペルカードの?」

「ええ、丁度いい機会だから試作品の改良のためと練習ついでにね」


 懐から札を取り出して、ひらひら振る霊夢。

 霊夢に、とっても一石二鳥ということか。

 ならば、好都合だ。戦いになったら、霊夢に任せればいい。

 それに、何となくだが誠隆は霊夢は負けないと断言できた。

 この少女は圧倒的不利な状況でも、勝ってみせるんじゃないだろうか。

 そんな気さえするくらい、博麗霊夢という少女からは全く負けが想像できなかった。


「じゃあ、案内するから」

「分かった……って、何ゆえ手を繋ぐ?」


 縁側に出ると、何故か手を握って来た霊夢に誠隆は首を傾げた。

 一体、何の意味があるのか。

 幼い子供じゃないのだから別に案内するだけなら、後を着いていくだけで構わないのだが。

 恥ずかしいので、出来るならやめて欲しかった。

 しかし、霊夢が手を繋いだ理由はそんな誠隆の予想の斜め上をいくものであった。


「だって、誠隆さん飛べないでしょ?」

「……まさか」


 冷や汗が額を伝う。

 霊夢の答えを聞き、尚且つこの状況から察するに、誠隆には考えつく答えは一つしかなかった。

 腕を引っ張って空を飛ぶ、だ。

 正直、言って無理だ。無茶にも程がある。無謀すぎる。

 いや、霊夢には可能なのだろうが、それでも誠隆は絶対に拒否したかった。

 理由はあった。何を隠そう、白南風誠隆は"高所恐怖症"なのである。

 霊夢に追われているときは、それどころではなかったとはいえ苦手なものは苦手。

 全力で遠慮したいところなのだが、霊夢の目は明らかに本気だった。どう見ても、冗談を言っている様子ではない。

 それに、霊夢は飛べない誠隆をわざわざ連れて行ってくれると言っているのだ。空を飛んでいけば、早く着くのも分かる。

 分かるが、怖い。恐怖は、簡単には拭い去れるものではない。正直言って誠隆にとっては、妖怪に襲われるより怖い。

 だが、それを霊夢に伝えるのは男として恥ずかしくて出来ない。だから、せめて心の準備だけでもさせて欲しかった。


「よ、よし! なら、準備体操を」

「は? そんなの別にいらないでしょ」

「いや、ほら、オレ空飛んだことないから体ほぐしておこうかなーと」

「ねぇ、顔が引き攣ってるけど、もしかしてビビッてるの?」

「ま、まさか、何を言っているんですか霊夢さん。オ、オレがビビるなんてそんなことあるわけ」

「そう。じゃあ、さっさと行きましょう」

「え!? いや、ちょっとまだ心の準備が……あれ? 体、浮いた? もう? 早くない? オーケーオーケー落ち着こう霊夢ちゃん、君は錯乱しているんだ、冷静になろう」

「錯乱してるのはそっちじゃない。ほら、飛ばしてくわよ」

「待って! お願い待って霊夢ちゃん!……う、うあああああああああああああ!?」


 誠隆の静止の声も虚しく、凄まじい衝撃と共に世界は一変した。

 せめてもう少しやりようはなかったのかと思いながら、誠隆はただひたすら落ちないように霊夢の手を必死に握るのであった。



 …



「全く、あのくらいの速さに耐えられないなんて軟弱ね」

「いや、君の常識はおかしい。外の人間は普通、空なんて飛べないの!」

「そもそも高いところが苦手なら、素直にそう言いなさいよ」

「それに関しては面目ない……」


 やはりというか耐えられなかった誠隆は、途中降ろしてもらってから徒歩で向かっていた。

 あと少しで胃の中のものをリバースするところだったのを、何とか耐え凌いだだけでも褒めて欲しいくらいだと誠隆は声を大にして言いたかったが、
 目の前の明らかに年下の少女が普通にしているのを見るとかっこ悪くてそれも主張出来ず。

 高所恐怖症であることは醜い醜態と共に露呈してしまったので、プライドもへったくれも何もないのだが。

 休むのもなけなしのプライドが許さないので、最悪の体調の中、誠隆は魔理沙の家に向かっているところであった。

 周囲は既に穏やかな場所ではなく、最初に誠隆が幻想郷に来たときに落ちた森よりも、さらに異様な感じがする森の中だった。

 "魔法の森"と呼ばれているそうだが、確かにいかにも魔法使いが住んでいそうな雰囲気が漂っている。

 いたるところに手のひらサイズの妖精――小妖精とでも言うべきか、が飛んでいたりして幻想郷はやはり外の世界の御伽噺が現実にある凄い場所なのだと誠隆は改めて思う。

 それにしても、姿を隠しもせずにこちらを観察しているようだが、妖精にとっても人間はやはり珍しいのだろうか。


「今日は、妖精が何だか多いわね」

「あれ、やっぱりそうなのか」

「妖精はわりと何処にでもいるけど、こんな風に集団で人前に姿を現したりはあまりしないわ。異変でもない限り」

「じゃあ、もしかして異変が起こってるってこと?」

「ううん、そういうわけじゃないみたい。気は立ってないみたいだし襲ってもこないから……でも、妙ね」


 やはり気になるのか、難しい顔で考え込んでいる霊夢。

 そんな霊夢を尻目に誠隆はというと神社を発つ前の勢いは何処へやら、小妖精に近づくと興味津々といった風に観察していた。


「本では見たことあったけど実物はほんとファンタジーだなぁ。名前は、ミニ大ちゃん……いや、大ちゃんは大妖精だから大ちゃんなのであって、小妖精だから小ちゃん? ちょっと安易かなぁ」


 割とどうでもいいことを真面目に考えていた誠隆だったが、急に頭の上に重みを感じて固まった。

 何かが頭に乗った。瞬時に、それを察する。

 あまりに突然のことに誠隆は、冷や汗が止まらない。何か得体のしれない生物だったら、どうしよう。

 そんなことを本気で心配しながら、誠隆は確認するため恐る恐る手で頭の上を確認する。

 すると、なんだか人肌くらいに生暖かい柔らかいものが居るのが分かった。特徴と言えばまるで髪の毛のようなサラサラした繊維上の物がそれから伸びている。

 あと、何となくだが手を押し返されているような感覚があった。そう、例えるなら触れられるのを嫌がっているような。

 見えないのでよく分からないが危険性はないようだが、確証もないので不用意に払いのけるのは如何なものか。

 とは言え、このままでいるのも気味が悪いので誠隆は目視で確認するため刺激を与えないようにゆっくり顔をあげた。

 すると、身を乗り出して誠隆を覗き込む可愛らしい小さな少女と目があった。

 それから互いに見つめ合うこと数秒。その少女に羽があることに気がついて、誠隆は彼女が周囲で飛んでいた小妖精の1体なのだと理解する。

 誠隆がそっと手を伸ばして触れようとすると、ぺしっと少女にデコを叩かれた。

 それを皮切りに、これ以上触るなと言わんばかりに彼女はぺしぺし誠隆の頭を叩き始める。どうも先ほど誠隆に撫で回されたことが、大層ご立腹らしい。

 痛くはない。むしろくすぐったくてやめてほしいのだが、いくらなんでも払い除けるのは気が引ける。

 しかも、よく見れば小妖精はその子だけではなかった。いつの間にか誠隆の周りには、沢山の小妖精が集まっていたのだ。

 小妖精たちは、ゆっくり誠隆を中心に円を描くように飛んでいる。

 これは、果たしてどういう状況なのだろうか。霊夢の周りには一体もいないのだが、果たして何か意味のある行動なのか。

 ハッキリ言って誠隆はリアクションに困っていた。


「誠隆さん、それ……」


 と、そんな誠隆の状態に気がついた霊夢が驚いた様子で小妖精を指差している。

 これだけ周りに集まられてしまえば、驚くもの無理はないのかもしれない。

 誠隆が困ったように頬をかいて見せると霊夢は、ゆっくりと誠隆に歩み寄ってくる。


「!」

「お」


 すると近づく霊夢に驚いたのか、小妖精達は蜘蛛の子を散らすようにあっという間に誠隆の周りからいなくなった。

 だが完全に逃げたわけではなく、どうも遠くからこちらを観察しているようだ。

 頭の先だけ出ていたり、隠れ切れておらず手足や羽だけ見えていたり、いたるところから視線を感じる。

 誠隆は思わずその姿に苦笑していると、霊夢が隣に立った。

 そして、どうもその様子がおかしいことに気がつく。

 何故か訝しむような顔をして、誠隆を見ていたのだ。

 なんだろうか。こんな表情をしている霊夢を見るのは、誠隆は初めてだった。


「ねぇ、誠隆さん」

「何?」

「誠隆さんは怖くないの?」

「……ん? 怖い?」

「妖怪とかよ」

「いや、普通に怖いけど。食われそうになったりしたし……あ、でも妖精は今のところそこまでないかもなぁ」

「やっぱり、全然怖がっているようには見えないんだけど」


 特別気にしたことはなかったのだが、確かにそうなのかもしれないと誠隆は思った。

 ルーミアも大妖精もたまたま人と似たような姿をしているだけで、相手は人間ではない。

 人間がどんなに頑張っても、生身では太刀打ちできないような存在だ。

 そういった存在に敵わなかったからこそ、種族として生き残るために人間は対抗するための道具や術を作り出してきたのだろう。

 御伽噺の中だけだとは思っていたが、陰陽師やエクソシストなんてものは本当に戦ったりしていたのかもしれない。

 そんな相手を一般人が前にすれば、それこそ腰を抜かして失禁なんていうお約束な展開が本当に起こりえるのかもしれないが、むしろ誠隆にしてみればこれ以上どう反応すればいいのか聞きたいくらいだった。


「普通はもっと恐怖するものよ。私が見てきた外来人は皆そうだった」

「うーん、そう言われてもなぁ」

「丁度いい機会だわ。ここら辺でハッキリさせておきましょうか。私も危険分子を野放しにしておくわけにはいかないのよ」

「危険分子って、えーと……霊夢ちゃん、何でお払い棒をオレに向けているのかな?」

「私を納得させられる理由をいうか、中身をぶちまけるか。どっち?」

「ほ、本気?」

「当たり前でしょ?」


 急に、お払い棒を向けてくる霊夢に誠隆は困惑する。

 なんだろうか、この超展開は。

 魔理沙の家に行ってお守りを取り返すはずが何故だか分からないが突然、絶体絶命だ。


「い、一体何がどうしたんだ?」

「大妖精から色々聞いたわ。あの人食い妖怪を手なずけたんですって?」

「手なずけてって犬じゃないんだから。まあ、色々事情が重なったから食べ物で釣れたみたいだけど」

「あのね……妖怪って、そんなバカで単純ってわけじゃないのよ?」

「確かにあの時は上手く行きすぎかなーと思わなかったわけじゃないけどさ」

「その通りよ。世の中そんな上手く出来てはいない。それこそ、妖怪が食べ物程度で簡単に釣られるわけないわ。大好物の人間でも連れてこない限り」


 釣れたんだから仕方ないじゃん!と誠隆は声を大にして言いたかったが霊夢が放つ威圧感に負けてそれも口に出せず。

 もう生き残る道が一つしかないわけなのだが、理由と言われても困る。

 だが霊夢の様子を見る限り、あまり待ってくれそうもない。

 それっぽい理由があるとすれば、もう誠隆は父親の趣味の影響くらいしか思い浮かばなかった。

 家には父親が残したオカルト本が大量にあったため、誠隆は両親が失踪したあと書斎に入ってはよく本を読んでいた。

 内容の意味も書いてある言語も分からないのでほとんど流し読みだが、父親がよく安楽椅子に腰掛けて本を読んでいたのをマネして遊んでいたのだ。

 もしかしたら、子供ながらに寂しさを紛らわすため、両親との繋がりを求めていたのかもしれない。

 そして最初こそそんな遊びだったが、小学生、中学生と年齢が上がっていけば内容の分かる本も出てくる。

 中には、日本の妖怪の説明が書いてある本、西洋の魔物についての本、妖精について詳しく載っている本なんかもあったりして誠隆はそんな本を暇つぶし程度でよく読んでいた。

 あくまで本から得た知識だが、誠隆は妖怪などに対して完全な無知ではなかったのだ。

 それに霊夢が出会ってきた外来人たちが、どんな目にあってきたのかは知らないが誠隆はある意味幸運だったのかもしれない。

 大妖精が一番初めに助けてくれたことで人間ではない存在が全て脅威というわけではないことを最初に知ることができ、尚且つ一人ではなかった。見た目も醜い化け物ではなくそれほど怖くない。

 恐らく、いくつか積み重なった偶然が誠隆が普通の人より恐怖を感じなかった大部分になっていると思われる。

 それに、誠隆にとってみれば霊夢の方が妖怪よりよっぽど怖いということに、彼女は果たして気がついているのだろうか。


「やっぱり、見た目がおどろおどろしいのにまだ出会ってないからくらいしか思い浮かばないんだけど」

「そんな理由じゃ、納得出来ないわ」

「ですよねー」

「そうだ、アナタが人間じゃないって可能性も考えられるわね」

「へー……って、な、何故?」

「私ですら気がつかないくらい、上手く隠しているっていうことも考えられるわ。外来人っていうのも嘘とか」


 霊夢の目がすわっている。

 彼女の言い分は殆ど言いがかりに近いが、誠隆が何を入ったところで無意味だろう。

 誠隆は、もう彼女を納得させるのは不可能だと悟った。

 逃げたい。だが、逃げても飛び道具がある彼女に背を向けるなんて自殺行為だ。

 ようやく傷も癒えてきたというのに、この状況。

 この世に神はいないのか。それとも残酷なまでに、ただ傍観者で在り続けるだけなのか。

 そんな風に、多少痛い妄想を繰り広げたりして現実逃避。もう、どうにでもなれ。

 幻想郷に来て何度そう思ったかは分からないが、そう誠隆が諦めようとした時であった。

 誠隆は不意に頭に重みを感じた。デジャヴュを感じつつ見上げてみれば、案の定見覚えのあるつぶらな瞳と目があった。

 そこには、先ほどの小妖精の姿があったのだ。

 突然どうしたのだろうか。そう誠隆が思っていると、何故か周囲に他の小妖精たちまで集まり始めたのだ。

 小妖精たちは今度は誠隆の周囲を回ることなく囲むと、霊夢をじっと見つめている。

 なんとなくだが、小妖精たちが少し怒っているように誠隆には見えた。


「えーと……?」

「アンタたちなんのつもり?」


 大妖精みたいに会話は出来ないのか、小妖精たちは何も言わない。

 無言のままずっと、霊夢を見つめている。

 だが、何故かよく分からないが小妖精たちは誠隆を守っているようだった。


「ふーん、妖精に自分を守らせてるってわけ」

「そ、そうなの?」

「そんなか弱い存在を盾にするなんて、少し見損なったわ」

「いやいや! ないない! そんなつもりは断じてないって!」


 軽蔑するような霊夢の視線が痛い。

 そんなつもりは全くないのに、こんなふうに女の子に責められるのは正直辛いものがあった。


「……まあ、別に妖精ごとき増えても消し炭にするのは全く問題ないんだけど」


 そして全くもって、霊夢のいう通りなのだ。

 守ってくれるのは嬉しいのだが、霊夢ならば小妖精ごと消し飛ばすことも造作ないだろう。

 その力を身を持って体験したからこそ、分かることだった。


「ほら、怪我するから向こう行きな」

「(ふるふる)」

「う、うーん……」


 どうもこっちの言葉は分かるようだが、逃げるように言っても首を振るだけで小妖精たちは一向に逃げようとしない。

 これは、どうしたものか。

 誠隆も流石に、こんな小さな子たちをこのわけの分からない騒動に巻き込みたくはない。

 だが、小妖精たちはじっと霊夢に視線を向けたまま微動だにしない。

 一体、どうして小妖精たちはここまで守ってくれるのだろうか。

 小妖精たちに何かをした覚えは誠隆にはない。つい、さっき出会ったばかりなのだ。

 正直、困った。どうすればいいのか分からない。

 分からないので誠隆は、そのまま困った顔を霊夢に向けた。

 霊夢はそんな視線に気がついたのか半目で誠隆と小妖精を何度か交互に見ると、お祓い棒を肩に乗せて面倒くさそうにため息を一つ吐いた。


「あーもう、分かったわよ。無抵抗なのに攻撃するなんて完全に私が悪者じゃない」

「それじゃあ」

「一旦保留よ。どうせ、神社しか居場所もないんでしょ? なら、監視も出来るからとりあえずそれで様子見にするわ」


 それだけいうと霊夢は、もう用は済んだとばかりに森の中を歩いて行く。

 どうやら今回は、見逃してくれたようだ。

 霊夢も全部が全部、問答無用というわけではないらしい。

 しかし、助かったはいいが幻想郷にいる間は誠隆の心が休まることは無さそうだが。

 とりあえず、それはいい。

 それよりも、誠隆にはどうしても分からないことが一つだけ残っていた。


「ねぇ、何で君はオレのこと守ってくれたの?」

「?」

「いや、分からないよねそんなこと」


 小妖精たちの行動である。

 誠隆自身が、小妖精たちに指示したわけではないのは明白だ。

 こんな小さい子たちを、盾にするような状況は誠隆の趣味ではない。

 たとえ、死んでも復活する小妖精だとしてもだ。自分の身代わりにするなど、後味が悪いどころの話ではない。

 正直、気味が悪かった。どうにかしたいのだが、何が作用しているのか分からないのだから誠隆にはどうしようもない。

 そもそも、突然何でこうなったのか。幻想郷に来てすぐは、こんなに小妖精が大量に周囲を囲むなんて状況はなかった。

 幻想郷は魔法の森だけに小妖精がいるわけではないようなので、どうも腑に落ちない。

 一体、誠隆の何が変わったのか。恐らくそれ知っているのは一人だけだ。

 誠隆を幻想郷に連れてきた張本人、八雲紫。

 彼女ならば何か理由を知っているはずなのだ。


「色々集めてしまうって大変ですわね、か」


 彼女が神社に来た時に言った一言。

 アレは、この状況を指しているのは明らかだろう。

 紫の言い方から察するに、彼女の仕業というわけでもないようだ。

 元来、持っていた力なのか。だが、誠隆は特別霊感が強いとか色々呼び寄せてしまうとかそんな記憶は特になく。

 ハッキリさせたいところだが、紫は教えてくれそうにない。正直、お手上げだった。


「何してるの? 魔理沙の家に行くんじゃないの?」

「あ、うん、ごめん」


 いくら考えても分からないものは分からない。

 今はとりあえず当初の予定をこなすことに頭を切り替え、誠隆は霊夢の後を追った。


「ところで、いつまで連れてるのそれ?」

「連れているというか、この妖精だけ頭に乗ったまま降りてくれないというか」

「(びしっ!)」

「……なかなか可愛いじゃない」

「君にも、そんな感覚あったのか」

「私だって普通に女の子なんだけど。ぶっとばされたいの?」

「ゴメンナサイ」


 なお、元気に手を挙げる可愛らしいオトモが一行に加わったのを補足しておく。



 …

 

「あからさま過ぎるくらいあからさまに、魔法使いの家を演出している家がある」

「何事も、雰囲気は重要ってことじゃない?」

「確かに、それは分かる気がする」


 森の中をしばらく進んだあと、ふと開けた場所に出たかと思えばそこにはいかにもな雰囲気をまとった家がぽつんと建っていた。

 誰が見ても分かるくらい魔女が住んでいそうな家だ。

 釜でもあるのか、煙突からは煙が絶え間なく上がっている。

 よくある魔女みたいに『ヒヒヒ』と笑いながら液体は紫色で爬虫類の体の一部やキノコなどが見え隠れする釜をかき混ぜているのか。

 まあ、魔理沙からはそんな姿が全く想像出来なかったが。


「で、どうする? ここから吹き飛ばす? 破壊する?」

「いや、その2択はおかしい。意味同じだし」

「仕方ないわね。なら、正々堂々と玄関から弾幕ぶっぱね、把握」

「復讐はやめい」


 舌打ちして恨みがましく魔理沙の家を睨んでいる霊夢を静止しながら、誠隆はドアの前に立つ。

 軽くノックをするが、反応がない。人の気配はあるので、家の中には居るようなのだが。

 ノブを回してドアを押すと音を立てて開いた。どうやら鍵はかかっていないようだ。


「なんだ、開いてるんじゃない。なら、行くわよ」

「いや、まずは呼びかけてから」

「知らない仲じゃないんだし良いじゃない、別に。アイツもよく神社に不法侵入するし」

「ふぃー……ちっちゃん、ちょっとここで待っててね」

「(びしっ!)」


 小さいのでちっちゃんと命名した小妖精が、分かったと元気よく手を上げるのを確認すると、ズカズカと中に入っていく霊夢に少し呆れながら誠隆もあとに続く。

 家の中はというと、なんというか物に溢れかえっていた。

 正直、コレでも言葉を選んだほうだ。

 見るに耐えない。足の踏み場もないとはこのことか。

 誰がどう見てもガラクタとしか思えないようなものがいたる所に散乱し、少しも掃除を試みた形跡がない。

 ゴミ屋敷一歩手前と言った惨状であった。


「うわぁ……これが、女の子の家なの?」

「こんなのと一緒にするんじゃないわよ。私は綺麗にしてるわ」


 霊夢も、流石にコレと一緒にされるのは心外らしい。

 確かに、神社は小奇麗にしてあった。

 霊夢もダラダラしているように見えて、掃除は毎日していた気がする。

 綺麗にしてあるというのがどれだけ精神衛生上重要だったのか、誠隆は改めて実感した気がした。

 神社に帰ったら自分も掃除を手伝おうと、誠隆はなんとなく思った。


「とりあえず、間違いなくあの煙漏れてる場所だよね?」

「そうね」


 そんな家の中において、明らかに怪しい煙が漏れている部屋が一つ。

 誠隆は正直、近づきたくなかった。

 だがそんな誠隆とは対照的に霊夢は、いつもの調子で臆することなく部屋の前に立つ。

 そして、何を思ったか札をドアの前にかざしたかと思ったら霊夢は声高らかに叫んだ。


「霊符『夢想封印』!」

「えええぇぇぇ!?」


 突如、光の球体が現れたかと思えば扉を砕き部屋を吹き飛ばす。

 それは一度だけでは終わらない。

 いくつも現れる光の玉は、派手な破壊音を撒き散らし木っ端微塵に粉砕する。

 誠隆は、あまりの惨状に青ざめながら思わず目を逸らした。

 霊夢は、口元に醜悪な笑みを浮べている。

 怖かった。誠隆は失禁しそうなほど怖かった。実は、少しちびった。下着の替えもないのに。


「れ、霊夢ちゃん、いくらなんでも問答無用過ぎじゃ」

「いいのよこれで。どうせアイツ、私達が家に入ったことは気づいてただろうし。私がこうやって奇襲することも予想済みのはずよ」

「え?」

「つまりね。この家に入った段階で弾幕バトルは始まってたってことよ」


 突然、霊夢は誠隆を突き飛ばすと同時に横へ飛び退く。

 すると先程まで誠隆たちがいた場所を、極太の光線が貫いていった。

 その凶悪な光を誠隆は見覚えのあった。どう見ても明らかに、それは今日神社で誠隆を巻き込んだものと同じで。

 もう、何が起こっているのか頭が追いついていない誠隆は、呆然としたまま光景を眺めていた。

 そんな誠隆には目もくれず、光線を避けた霊夢はすぐさま風穴が開いた壁から外に飛び出る。

 その後を追うように、まるで弾丸のような速さで何かが外に飛び出していった。

 そして一足先に空で待ち構えていた、霊夢と対峙する。

 それは、ススであちこち汚れてはいるが殆ど無傷の姿の霧雨魔理沙であった。


「霊夢! いくらなんでもやりすぎだぜ! 私の家がめちゃくちゃだ!」

「アンタだって私の神社壊したでしょ? お相子よ」

「程度ってもんがあるだろ! 修理代いくら掛かると思ってんだ!」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ!」


 言い争いながら、それぞれ構える2人。

 誠隆は、余波に巻き込まれないようにコソコソと物陰に移動した。

 と、頭に何かが乗った感覚があった気がして見上げれば小妖精が、また誠隆の頭の上に乗っている。

 どうやら、小妖精も2人の戦いに巻き込まれないように誠隆の元に避難してきたらしい。


「巻き込まれたときは、守れないけどごめんね」

「(ぽんぽん)」


 小妖精に、肩を叩かれた。

 何だか、慰められたような気がする。

 誠隆は男としてみっともない自分に複雑な気持ちになりながら、霊夢と魔理沙の様子を眺めるのであった。



 …



「私の負けだ霊夢」

「ま、こんなもんよね」


 全身ボロボロになりながら白旗を上げる魔理沙と、さも当然と言わんばかりに勝利を宣言する霊夢。

 とはいえ、霊夢も無傷とはいかなかったようでところどころ服が破けている。

 相当な戦いがあったことがその身なりから分かるが、最初の魔理沙の家以外は周囲にそれほど破壊の被害が出ていないところを見るとその辺りは2人共考えて戦っているらしい。

 そして、そんな2人の戦いの一部始終を観戦していたはずの誠隆はと言うと。


「な、何でオレの方ばっか……」


 どういうわけか巻き込まれて、ボロボロになりうつ伏せの状態で倒れていた。

 理由はよくわからない。

 だが、避けても避けても避けても何故か飛んできたスペルカードの一部が誠隆に直撃するのだからどうしようもない。

 そんな誠隆を心配そうに見ている小妖精は、何故か同じ場所にいたはずなのに無傷だ。

 なんだろうか、この差は。

 どうも、誠隆はスペルカードにとことん嫌われているようである。勘弁して欲しかった。


「終わったわよー……って、何でそんなボロボロなの?」

「オレにも何が何だかさっぱり……」


 不思議そうに見ている霊夢に答えながら、誠隆は服の汚れを払いながら立ち上がる。

 そして、霊夢の脇に立つボロボロの魔理沙に単刀直入に尋ねた。


「今日、神社から持っていた銃弾、オレのなんだけど返してくれない?」

「ん? 銃弾?……ああ、アレか。ほいよ」

「え?」


 魔理沙はポケットに手を突っ込むと、取り出したものを誠隆に向かって投げた。

 慌ててそれキャッチした誠隆が、ゆっくりと手を開くと。そこにあったのは紛れもなく魔理沙が持っていった銃弾のお守りで。

 霊夢から魔理沙は一度取ったものは永遠に自分の物にすると聞いていたので、誠隆も簡単には返してくれないと長期戦を覚悟していたのだが、意外と素直に返してくれたではないか。

 霊夢を見ると、彼女も信じられないと言った顔で魔理沙を見ている。

 一体全体これはどういうことなのか。

 すると魔理沙は頭をかきながら、予想だにしないことを口にした。


「それ、高度な魔術が彫ってあるのは分かるんだけどさぁ。専用の翻訳本でもない限り理解するのに百年はかかると思ったから諦めた」

「……ま、魔術?」

「ああ、それも見たことない構成ばかりでどんな作用があるのかもよく分からん。色んな魔術は見てきたけど凄いのか凄くないのかよく分かんなかったのなんて初めてだぜ」

「へぇ。年中、本ばかり読んでるアンタにもわかんないなんて、そんなことあるのね」

「まあ、私なんてまだ大したことないからな。もっと凄い魔法使いにでも見せれば分かるかもしれないが」


 魔術。

 とうとうそこまで出てきたかと、誠隆はお守りを見つめた。

 父親が何処かで買ってきたおみやげ物程度に思っていたのだが、まさか本物の魔術が彫ってあったとは誠隆も思いもしていなかった。

 なんでも魔理沙に理解出来なかったらしいが、一体誰がこれを作ったのか。

 父親ならば知っていたのかもしれないが、当の本人は絶賛行方不明中だ。


「まあ、唯一分かったと言えば火を表す言語があったから、たぶんそれ炎の魔弾だぜ」

「炎って……突然、燃えたりしない?」

「今までも大丈夫だったなら大丈夫だろ。火薬も入ってないし、魔弾なんだからそれ専用の銃もないとダメだろうしな。それ単体じゃまず発動しないよ」


 それならば安心だと誠隆は安堵した。

 突然、火だるまになって焼死なんて洒落にならない。


「珍しいものだけど、そのうちまた見せてくれればいいや」

「分かった。色々、教えてくれてありがとう」

「ありがとうって、私は勝手に持っていった側なんだが……まあ、いいや。それよりも、アンタが霊夢が言ってた家に居候してる穀潰しなのか?」

「……あの、霊夢ちゃん」

「事実でしょ?」

「おっしゃるとおりです、ハイ」


 霊夢の容赦ない暴言に全力で落ち込みながらも、誠隆は顔を引き攣らせている魔理沙に手を差し出した。


「自己紹介がまだったかな。オレは白南風誠隆」

「ああ。もう知ってるとは思うけど、私は霧雨魔理沙だ。よろしく誠隆」


 握り返してくる魔理沙の手は小さい。

 そういえば、霊夢の手も少女らしく小さかったように思う。

 こんな小さな手で、2人共あんな馬鹿げた力を振るうと思うと誠隆は苦笑いしか出て来なかった。

 と、不意に誠隆の頭の上で自己主張してくる存在があることに気がついた。

 乗っていた小妖精がぺちぺち誠隆の頭を叩いたのだ。どうやら小妖精も自己紹介したいようだ。

 誠隆は小妖精を手に乗せると魔理沙に差し出した。


「この子は妖精のちっちゃん。何だかよく分かんないけど懐かれた」

「(びしっ!)」

「は? あ、ああ、よろしくな」


 小妖精と笑顔で握手を交わす魔理沙。霊夢よりノリはいいらしい。

 自己紹介が済むと、魔理沙は先ほど霊夢によって壊された部屋の中をのぞき込んだ。


「うわぁ……これ、どうやって直すんだよ」

「大工に頼むしかないじゃない」

「いや、お前な。修理するにも費用ってもんがな?」

「適当に拾った奴とか沢山溜め込んでるんだから売ればいいじゃない、香霖堂にでも」

「……惜しいけどそれしかないか」

「それとアンタ、負けたんだからついでにうちの修理費も出しなさいよ?」

「お前って奴は……はぁ、分かったよ全く」


 魔理沙はぶつぶつ文句を言いながら家の奥に歩いて行った。

 どうも売るものを、選定しに行くらしい。

 その後姿には、どことなく哀愁が漂っていた。

 弾幕バトルでは強くても、やはり霊夢には誰も敵わないだなぁと誠隆はしみじみ思った。


「さて、と。とりあえず、用も済んだし帰るわよ誠隆さん。日も傾いてきたから夕飯の準備もしないといけないし」

「ああ、そうだなぁ……って、何ゆえ手を繋……あ」


 突然、霊夢によって繋がれた手に誠隆は何か既視感を感じた。

 どういうわけか、汗が止まらない。

 小妖精も何か悪い予感を感じ取ったのか、誠隆の頭にしがみついている。

 これは、この状況はどう考えてもアレだった。

 なんとか振りほどこう試みても、万力のような力で繋がれた手はびくともしない。

 大の男が握力で年下の少女に敗北を喫しているしているとは、一体どういうことなのか。


「分かってんでしょ? 私は疲れたの。早く家に帰りたいの」

「オーケー、待とうか。話せば分かる」

「魔理沙ー! 私たち一度帰るけど、明日うちに来なさいよー! 私も売りに行くのついていくからー!」

「あーもー! わーったよ! この金の亡者ー!」

「素晴らしい褒め言葉ね。というわけで」

「離して! 離してぇ!」

「ごー」

「ぎぃゃああああああああああああ!」


 凄まじい速さと風圧でめちゃくちゃになりながら、誠隆は霊夢に引っ張られて空へと飛翔する。

 夕焼け空が綺麗だと一瞬現実逃避したと同時に、朝よりも更に凄まじい衝撃に耐えられず誠隆はそのまま意識を失った。



戻る?