「宴会?」
 「そう、宴会。たまには私たちが主催するのもいいかと思ってね。
  明日はちょうど十五夜だし。ぴったりだと思わない?」

 いつものように、酔い覚ましと胃の薬を補充しに永遠亭に訪れた僕、土樹良也に永琳さんは言った。秋に入り、そろそろ中秋の名月だというこの季節。月見酒を皆で楽しもうというその案に僕は一もニもなく飛びついた。

 「いいですねぇ。場所はどこでやるんです?永遠亭ですか?」
 「と言いたいところなんだけど、家の庭ではちょっと手狭なのよね。だから、博霊神社の境内を借りたいと思っているの。あなたから巫女にお願いしてくれないかしら?」
 
 そんなことはないんじゃないかな、とは思うのだが頼りにされて悪い気はしない。なんたって美人だし。……謎満載の怪しい人だけど。美人だし。

 「わっかりました。不肖、この土樹良也にお任せください。」

 胸を叩いて承る。なんたって、宴会だ。酒なんかも永遠亭が出してくれるという話。ただ酒のためならば、それくらいお安い御用ってなもんだ。
 それに顔見知りを片っ端から誘う大宴会は久しぶりだしね。もう霊夢のところ以外の人たちには連絡を入れているらしい。みんな暇人なのか、全員参加だとか。それだけ集まれば誰や彼や色んなものを持ってくるだろう。美味い酒に、美味いつまみ。うぅ、想像するだけで涎が……

 「そう。ありがとう。それじゃよろしくね。」

 にっこり笑顔の永琳さん。釣られて僕も笑顔で頷く。主催とはいっても、酒や食物をメインで提供する程度とのこと。特に打ち合わせもいらないので、ちょっと処方を変えたという薬の飲み方を聞いた僕はそのまま医務室を後にした。
 さて、輝夜にみつからないうちに帰るかね。神社に返って霊夢に明日のことを伝えなきゃいけないし。
 と、考えながら屋敷の中を飛んでいると、廊下前方の曲がり角からひょっこり見慣れた兎耳が見えた。

 「げっ。」

 真っ赤な狂眼に、雪のような繊細で真っ白い髪。ブレザー姿も眩しい鈴仙・優曇華院・イナバ、まるで台所に潜むGを見るような目つきであった。

 「……鈴仙。げっ、はないだろう、げっ、は。」
 「ふん。あんたみたいな変態にかける言葉なんてそれで十分よ。」

 くそぅ。未だに鈴仙は僕のことを変態呼ばわりする。そりゃあ、裸を見せてしまったことだってあるけど、アレは僕が望んでそうしたわけじゃない。間の悪い鈴仙が勝手に見ただけだ。むしろ、変態とは僕の言う台詞ではなかろうか。
 思えばそれ以前から彼女には目の敵にされているような気がする。それも僕の自業自得だというような気もしないでもない。
 だが、しかし。だが、しかし、土樹良也は人類最強なので気にしない。酔った勢いで耳を弄繰り回したことなんて気にしない。気にしないったら気にしないのだ。

 「やれやれだぜ……」
 
 特に意味もなく、髪を掻き上げるようにしてポージング。ふっ、決まった。
 
 「あんた、ついに頭までやられちゃった?」

 胡乱な目でばっさり切られた。
 何をおっしゃる兎さん。まったく失礼なウサミミガールだ。その可哀相な人を見るような目はおやめなさい。本当に傷ついてしまうじゃないか。ガラス細工のようにデリケートな僕の心が。

 「ちょっと。本当に大丈夫?なんかいつもより気持ち悪いわよ?」

 心の砕ける音というものを初めて聞いた気がする竹林の秋。
 優しさは時として人を傷つけるということを、鈴仙は少し学んだ方がいい。僕は泣きながら、逃げるようにして永遠亭から飛び出した。
 
 ……思い返すと鈴仙はともかく、このときの永琳さんの態度は、明らかに何かを企んでいる様子だった。酒に気をとられてそれに気づかなかったことを僕は後に、後悔することになる。






 あくる日。暮れなずむ神社境内。
 鈴仙の精神攻撃によるダメージから回復した僕は、筵や茣蓙を敷いて、宴会の準備をしていた。昨日、あれから神社に帰った僕は、ブロークン・ハートもそのままに霊夢に宴会場所の承諾をとり、そのまま布団に入り枕を涙で濡らした。
 一晩寝たら元通りである。さすが、僕。人類最強。
 ちなみに霊夢は何も慰さめてくれなかった。今日は早いのね、布団に潜り込んだ僕にかけてくれた言葉はこれだけだった。
 いや、言うまい。これが霊夢の僕に対する労わりだろう。そういうことにしておこう。



 
 というわけで、宴会である。
 準備中にも騒がしい連中が騒がしいことをやらかしていたが、もう既にいい時間。暑すぎず、寒すぎず。月見にはもってこいのいい夜だ。
 今日は永遠亭の主催ということで、酒もつまみも全て永遠亭が用意。いいものをそろえている。とはいっても、やはりそこは宴会。皆それぞれ何かしら持ち寄ってきているのだが、そちらも負けず劣らずの品ばかり。いや、本当に今日の宴会は規模がでかいな。
 輝夜の挨拶。永琳さんが号令、乾杯。秋の大宴会が始まった。
 集まった皆は飲兵衛しかいないので、最初からクライマックス。酒の消費スピードが半端ない。かくいう僕も霊夢や魔理沙とガンガン飲んで、半刻もたたないうちにいい塩梅に。ほろ酔いモード。

 「しっかし、どういう風の吹き回しなんだろうな。あいつらが宴会したいだなんて。」
 「やっぱ、月の住人だからじゃないの?一番いいときの月を見て郷愁にひたりたいとか。」
 「そんなたまかしらねぇ。なーんか企んでるんじゃないかって気がするんだけど。」
 
 勘だけは鋭い霊夢である。急な宴会に何かしら感じているのかもしれない。まぁ、僕は美味い酒が飲めればそれでいいので、何らかの意図があったとしてもこちらに被害が及ばない限りはどうでもいい。
 
 「まー、なんでもいいじゃん。いい酒がそこにある。それだけで僕は十分だね。」
 「ホント、お気楽ねー。良也さんは。」

 呆れた、といった感ありありの霊夢の目。でも気にしない。人類最強だから気にしない。

 「んー、そんなに気になるなら、僕が聞いてくるよ。」

 いたたまれなくなったからじゃない。ただの純粋な好奇心だ。霊夢と魔理沙の視線が痛かったから、なんてことでは、まったく、ない。
 ふらふらといつもより危なっかしい足取りで博霊座敷から永遠亭組のところまで向かう。おや、なんだか今日は酔いが回るのが早いな。まだまだ序の口だってのに。

 「おい、なんか良也のやつ、変じゃないか?そこまで飲んでないのにもう千鳥足だぜ?」
 「そういえばそうね。どうしたのかしら。」
 「さぁ。なんか、酔い方もおかしかったしな。独り言多かったし。」

 なんか後ろの方から聞こえてくるが、聞こえなーい。なーにも聞こえなーい。




 ふらふらと、やってきました永遠亭組。
 
 「あら、良也じゃない。どう、飲んでる?」
 「や。楽しませてもらってるよ、輝夜。美味い酒に美味いつまみ。最高だね。」
 「ふふ、それはなにより。用意した甲斐があったわ。加えてここには最高の女もいるわよ。そろそろ味わってみる気にはならないかしら?」

 ったく、相変わらずギリギリなことを言う姫さんだ。まさかこんなときまでからかってくるとは。いや、こんなときだからか。でも、やめて欲しい。いくら人類最強土樹が誇る鉄壁の理性とはいえ、こんな美女から迫られたらいつ崩れるかわかったものじゃない。

 「…………」

 うわおぅ。真っ赤なお眼々の兎さんがすっごい睨んでますよ。やばいやばいやばい。またぞろ、いつかの宴会のときみたいに弾幕鬼ごっことかになりそうな雰囲気。勘弁して欲しい。
 と思ったら、なんだ?徐々に顔がにやけて……

 「りょ〜おや〜。」

 おおおぉっ!!!なんだなんだなんだ!
 鈴仙が、あの鈴仙が僕に抱きつくようにしな垂れかかってきた!

 「あらあら、ウドンゲったら。甘えんぼさんね。」

 してやったりといった顔。
 永琳さん!あなた、まさか!

 「んふ、どうしたの?そんな顔して?私が何かしたって顔ね?もう、いやね、良也ったら。そんなこと。
 あるわけあるじゃない。」

 最後をボソッと。

 「言った!今、言いましたね!?一体、何をしたんですか!?」
 「ちょっと、新薬をね。あなたにあげた薬にもわざと入れといたやつなんだけど。」

 噴出した。なんつー医者だ。わざととか言いやがった。

 「な、何を入れたん、ですか?」

 顔が引くつくのが分かる。なんかもう、本当にとんでもない人だ。

 「ちょっと、理性が緩んで好意を持つ人に甘えたくなるような、ね?」

 可愛く、小首を傾げて。笑顔。
 
 「ね、じゃないですよ、ね、じゃ!ていうか、好意ってなに!?なんなの!?僕、分かりません!!」

 いかん。薬と聞いた途端、僕も酔いが回ってきた気がする。ていうか、この早い回り方は薬のせいか。昨日の胃薬だな。食前に飲めとか言ってたのはこのためか。ていうか、全部の薬に仕込んだのかよ。なんて周到な。
 なんて、思っていると。

 「良也。」

 鈴仙の声。顔を向けると、下から覗き込むように僕に目を合わせている。
 
 「お師匠ばっかでつまんない。膝枕。」
 
 不機嫌そうに。そのままごろんと横になる。
 な、なんて破壊力。鉄の理性が溶解しそうだ。思わず、頭をなでる。さらさらの髪が手に心地よく、それだけでどうにかなってしまいそう。ああ、なるほど。これが薬の力か。理性が緩む、ね。
 にへら、と理性どころか、顔まで緩んでいる鈴仙。にやにやと輝夜にてゐ。くっ。こいつら。無視だ無視。他に気を取られている余裕はない。全力全開で理性をフルドライブさせないと、耐えられない。
 ふいに、ぴこぴこと揺れる耳が目についた。ウサミミ。
 ガッと。気づかないうちに僕は自分の右手を左手で抑えていた。無意識のうちに耳を触ろうとする右手を左手が抑えたらしい。さすが、鋼のごとき僕の最強理性。無意識下でもきちんと仕事をしている。
 しかし、目を離せない。これが、八意印の薬の怖さだ。自分ではどうにもならないことを平気でやってくれる。だめだだめだだめだ。鈴仙の耳は一番敏感な感覚器官なのだ。そんなものを触るわけにはいかない。それではセクハラだ。前の宴会のときもそれでえらい目に遭ったことをもう忘れたのか。鈴仙が僕に対して態度を硬化させたのもあのとき辺りからではないか。だめだ。絶対に触ってはダメだ!

 「なんて思いながら、良也の手は知らずイナバの耳へと伸びていくのであった。」
 「輝夜!」

 心を読むな!さとりさんにも読み取れない僕の心をどうやって読んだ!ていうか、八意印マジえげつねぇ!!左手の拘束が弱まってきやがった!利き手じゃないからか、利き手じゃないからなのか!?

 「いい加減諦めれば〜?薬のせいなんだから仕方ないって。」

 ウサ、とてゐ。さりげなく誘惑するな。ここで負けたら、僕は色々失ってしまう。そう、色々だ。何が色々なのかは分からないが、色々なんだ。
 止まらない。止まらない、僕の右手。ロマンティックを止めて。なんだ、くそ。変な電波が。あ、あ、あ。止まれ止まれ止まれ。

 「ロマンティックあ・げ・る。」

 黙れ、蓬莱ニート!

 「あっ。」

 するり、と。気が逸れた瞬間に。

 「……んっ………ぁん………」
 
 僕は 最強











 それ以降のことは思い出したくもない。
 ただ一つ言っておこう。
 僕と鈴仙の和解が、当分訪れそうにもないことだけは確かだ。










 あとがき

 はじまして。
 羊と申します。
 管理人様やみなさんの作品を読んで自分でも書いてみたくなり、
 このたび初投稿させていただきました。
 これからもよろしくお願いします。


 八意印の薬はマジぱねぇっす。理性が飛んでも記憶が残るぐらい、ぱねぇっす。
 良也は理性が飛んだ後、耳をひたすら弄繰り回していました。無言で。
 鈴仙は喜んで弄らせ、体全体がゆるゆるに。
 朝、正気に戻ったらとりあえず座薬弾幕です。
 いつかは和解できることを祈って、今回のお話を締めさせていただきます。



戻る?