//.博霊神社

「すごいわね」
 古明地さとりは、ぽつり、呟く。
 空を見る。無色、莫大な大気の打撃、五行の弾丸と白光の閃光。そして、万色の乱打。それを見て呟く。
 それを成している三人、八坂神奈子、豊聡耳神子、聖白蓮。いずれも幻想郷で指折りの実力者。そして、彼女たちは全力だろう。命名決闘ではない、本気の戦いとして力を放っているのだろう。
 けど、それでも、祟りは終わらない。黒雲は消えない。莫大な力は三人の全力でさえ砕き尽くせない。
 それだけの信仰を集めたのだ。菅原道真は、
 信仰は、自然に広がるものではない。伝える者がいて、信じる者がいて、そして、その威徳を讃える者がいて、初めて信仰が生まれ、その思いの共感により広がる。
 全国に広がる信仰は、文字通り、全国に広げられたのだ。ただ一人の人がどれだけの人を動かしたのだろうか? どれだけの人に讃えられたのだろうか? 神社も自然発生するわけがない。土地を開き、材料を切りだし、人々の手で建築した。どれだけの負担があっただろうか? それが一万五千社。そこにどれほどの思いがあったのだろうか?
 さとりは自分の体を抱きしめる。その思い、信じられないほどの、想像さえできないほどの、思い。信仰。…………けど、それ以上に、
 心を読めるさとりには、解る。
 全国で讃えられるその威徳。一万五千の社を造るに値する信仰。それだけの事をやってのけた意志、思い。その根底にあるのは、

 一人の少女の、笑顔。

「幼い頃の恋心が、これだけの力を創り出した。……こいし、心を閉ざしたこと、今は哀れと思うわ。
 この思い。それを感じ取れないなんて、もったいないもの」
 さとりも、心を閉ざした古明地こいしの気持ちはよくわかる。心を読めることは怖くて、そして、辛い事なのだから。……醜い心を覗き見てしまうのは、とても、嫌な事なのだから。
 けど、今は第三の瞳をありがたく思う。自分の体を抱きしめる。身震いするほどの、その思い。妖怪には持ちえない、あまりにも綺麗で、深く、強い、思い。例え幾億の嫌悪を得ても、それでも、その、たった一つの思いに触れる事が出来たのだから、この第三の瞳も悪くない。
 だから、祈ろう。そっと、手を組み合わせる、祈りの形に、

「せめて、その思いの行きつく先が、幸いでありますように」

//.博霊神社

//.人里

「歯痒いですね」
 稗田阿求は、自宅の縁側から空を見上げて呟く。
 阿求様、とかけられる声は無視する。避難の指示が出ている。空には黒雲と、空を覆う博霊の符がある。
 守られている、けど、それでも安全ではない。最初に放たれた人里への雷撃。阿求は直接見ていないが、見た事もないほど凄まじかったと聞いている。
 筆を執る。
「阿求様っ! なにも、こんな時にっ!」
「まあ、それもそうですけどね」
 静かに、微笑む、確かにこんな時に仕事をする者などいるわけがない。避難を優先すべきだ。
 けど、微笑む。
「この思いが残るうちに、語り継ぎたいのですよ。
 ずっと、ずっとね。……ええ、」
 見上げる。そこには祟りの黒雲と、そして、戦う者たちの光が見える。
 そう、ずっと、
「忘れないように、です」

 描くのは天神信仰。かつて、抗い続けた『もの』の御伽噺。
 けど、その前に、………………不意に零れる涙を払い落とす。そして、紙に筆を滑らせる。
 描くのはここ数日の思い出。彼と一緒に遊んだ思い出。願わくば、

「ずっと、ずっと、誰かが語り継いでくれますように、……たとえ、私が死んでしまったも、御阿礼の子が滅びとしても、それでも、誰かが語り継いでくれますように、」
 阿呼さん、貴方と一緒に遊んだこと、絶対に、忘れませんよ。

//.人里

「戦う人がいる、みたいですね」
「そうね。ありがたい、ってことね」文は上を見上げて苦笑「この黒雲、この範囲で落雷したら洒落にならないわよほんと」
 椛は辺りを見渡して「八坂様と、神子、白蓮、ですね。黒雲を払って範囲が広がるのを抑えているようです、ただ、……」
「ただ?」
 言いよどむ椛に問う。椛は、溜息。
「雷撃は凄いです。
 落雷を束ねて放っていて、これ、ほうっておいたら洒落でなく幻想郷を破壊しつくします」
「…………うわあ」
「えっと、文、椛、その、も「ま、幻想郷を守るなんてなかなか格好いいわね」「そうですね。全部終わったあとに飲む酒は随分と美味でしょう。幻想郷を守ったなんて、最高の肴ではないですか」あう」
 余計なことを言うな、と椛と文は言葉を被せる。……けど、そうだな。
「酒、用意するから、みんなで飲もうな」
 私の言葉に二人は笑みを見せる。そして、黒雲の中に突撃。中は、……うわあ、

 雷光。

「んっ!」
 周囲、水を展開。伝導率を変えられた雷撃が逸らさせる。そして、水が蒸発。
「これ、弾幕ごっこですかね?」
「当たると死亡、緊張感があっていいわねっ!」
 文と椛も、必死に雷撃の回避に移る。回避、旋回。雷撃が咆哮を上げる。
「ちょっと、阿呼。手加減っ!」
「祟りはもう阿呼が制御しているわけじゃないぞっ!
 一度発動した祟りにその主の意志は関係ないんだっ!」
「祟り神というのも、面倒なものですねっ!」
 ひらり、と雷光を回避しながら椛。けど、
「っ!」
 さらに、雷光が追撃する。――爆砕。
「おお、誰かと思えば私の大切な信者じゃないか」
「八坂様っ?」
 ふわり、と黒雲の中に八坂様。周囲には大気の歪み。彼女はけらけらと笑いながら、
「天魔は危険回避を優先するように、って言ってなかったのかい?」
「そう聞いているけどね。
 けど、友達の事ならこうしないわけにもいかないわ」
 文の言葉に、八坂様は嬉しそうに笑う。
「彼を、菅原道真を、あるいは、彼の友達、河城にとりにそういってくれるのなら、私は嬉しいよ。
 だから、」
 ぱんっ、と音。
「征けっ! 八坂の神が道を作ろうぞっ!」
 ごうっ、と音。手を振り上げる。御柱が、解き放たれる。
 上へと駆け上る旋風。かつて、千人力の力を持つと謳われた風の神は、その威を解き放ち黒雲を消飛ばす。
「この黒雲は砕くよ。雷撃もね。
 なんにせよ。せっかく来た幻想郷を破壊されるのは困る。こっちは任せなさい。……まあ、いちいち私がやるべき事を言う必要はないか」
「それはもちろんです。
 そのやるべき事とやらが、私たちにとってやりたい事と違っていたら無視します」
「…………君は、もっと真面目な天狗と思っていたよ」
「やるべきと自ら定めたことを捻じ曲げて得られるのが真面目なら、不真面目歓迎です。
 では、いきましょうっ」
 苦笑を後ろに、私たちは八坂様から離れ上に、そして、暴風の音を聞く。
 黒雲が晴れ、けど、雷撃は続く。周囲にある黒雲は帯電し、雷撃を放つ。
「雷は、斬るのが難しいですねっ」
 それを切り払い、椛は呟く。周囲には私の操る水が展開している。雷撃は水を通じて射線を逸らされる。けど、貫通した雷撃が迫り、
「こ、のっ!」
 椛が飛び出す。逸らされ、減衰し、けど迫る雷撃を楯で防ぎ、刀で砕く。周囲に黒雲が展開、文はそれを風で吹き飛ばす。
「この雲、鬱陶しいわねっ!」
 苛立たしそうにつぶやく文。それはもちろん、「それが、祟りなんだろうな」
「私たちを祟るとは、いい度胸ねっ!」
「といってもなあ」
 阿呼、……黒雲を見上げる。
「行って、終わらせような」

//.阿呼

「怖いかい?」
 稲羽神の問いに、膝を抱えて頷く。
 怖い、それは、
「にとり、怒ってるかな?」
 にとりも、この幻想郷は好きだって言ってた。
 その、好きな幻想郷を砕こうとしている僕。……きっと、
「嫌われたく、ないな」
 我が侭だと思う。けど、大好きな友達には、嫌われたくない。
 ……あわせる顔がない。
「まったく、ほんと、餓鬼だねえ」
「……稲羽神に言われても」
「けっ、どーせ私はお年寄りですよ」
 ふんっ、と拗ねてそっぽを向く稲羽神。
 けど、
「怖いよ。……僕、」
 涙、零れる。自分の身を抱きしめる。いやだな、と思う。
 ずっと一緒にいたかった。誰よりも近くにいたかった。
 大好きな、大切な、友達。…………なのに、
「僕、……」
 会うのが、怖いなんて、
 嫌われるのが、怖いなんて、

 …………嫌だな。

//.阿呼

「導き、実は私の役割なのかもしれませんね。
 いえ、為政者というわけではありませんが」
「神子?」
 不意に、横に並ぶのは神子。彼女は白い光を纏う宝剣をもって、
「やる事があるのでしょう?
 なら、助力しましょう」
「意外な顔ね」
 不思議そうな文。彼女に神子は笑みを返して「そうでもないですよ。彼、菅原道真、……いえ、阿呼は私たちの愛おしい後継なのですから」
「後継?」
「すべては、尊き、すがの地、かつての神祖が得た地より。
 今、幻想郷にはその地に連なる者が多く、彼はそれに引かれてきたのでしょうね」
「神子?」
「菅原の始祖は能見宿禰、彼は出雲の出、そして、私たち蘇我臣も出雲の出。
 八坂神奈子、……古い名前はたけみなかた神、ですか。彼女も出雲の神」
 くすっ、と神子は微笑んで、
「ほら、彼、菅原道真は私たちや神奈子さんにとって、出雲の若い子なのです。
 後継、とはそういう事なのです」
「出雲の、ね」
「尊き、すがの地、とも言いますね」
 だから、と神子は微笑み。
「助力しますね。
 可愛い子は、貴方たちが来ることを望んでいるでしょうから、後継の望みを叶える事こそ先達のやるべき事でしょう」
 宝剣が、白の光を宿す。白の光が砕ける。その破片が私たちの周囲を舞う。
「雷避け。木気は金気を嫌いますから、避雷針代わりに使ってください」
「同行しないのですか?」
 椛の問いに、苦笑。
「したいですよ? けど、この黒雲を止めないと、幻想郷が砕かれるのも本意ではありません。
 何より、」
 こっちみて神子は笑う。
「思い人との逢瀬に首突っ込むほど野暮ではありません。
 そこな天狗のお二人さん。気を付けてくださいね?」
「お、……へ、変な事言うなあっ!」
 怒鳴る、けど、神子は楽しそうな笑い声を残して、ふわり、黒雲の中へ。周囲には避雷針。……金気の結晶がある。
「ま、まったくもうっ」
「…………文、どうしましょう?」
「うーん、……まあ、恋人同士の逢瀬に首突っ込むのも、楽しいかも」
「……ちょっと悪趣味かもしれませんけどねえ」
「ふ、二人は来てよお」
 ちょっと、この中を一人で進むのは心もとないぞ。
 二人は、笑って頷いた。

//.黒雲の中

「これほど、とは」
 汗を拭き、聖白蓮は乱打を重ねる。けど、
 眼前の、黒雲はびくともしない。密集している。
 莫大量の黒雲と、雷の壁。周囲の黒雲など比較にならない密度を誇る。
 触れるものを灼き尽くす熱量とあらゆるものを弾き飛ばす斥力の壁。己に集まる信仰の力を束ねた、断絶の壁。
 おそらく、菅原道真の祟りの形、火雷天神は解っていたのだろう。己の力を、ゆえに、
 雷撃の破壊力を広く、薄く広げ。その中心に強固な守りを作り信仰の力を束ねる菅原道真を護る。
 力が足りない。いくら削ろうと、莫大な力は即座に断絶の壁を再構築する。
「にとりさんたちが来る前に、道をつけたかったのですが」
 いくら白蓮が高い実力を誇ろうと、相対する力の源泉は天神信仰、個人の力では及ばない。なにせ、過去から現在まで、幾千、幾万の人々が捧げた信仰が蓄積されているのだ。
 ゆえに、砕けない。その事は白蓮もわかっている。荒れる息のまま呟く。
「確かに、阿呼さん。……いえ、管公。
 貴方の得た信仰、貴方の意志と、そこに向けられた崇敬に私ごときが抗うなど、不敬でしょう」
 けど、
「それでも、たとえ不敬であっても、抗わなくてはならないのですっ!
 それが、幸いへの道行ならばっ!」
 法衣を払う。零れ落ちるのは、倶利伽羅剣、独鈷杵、転輪、矛、零れ落ち、けど、中空に停止。
 倶利伽羅剣には水の刃、竜王の力。
 独鈷杵には弾ける紫電、帝釈天の力。
 転輪には燃え盛る業火、不動明王の力。
 矛には輝く鋭い鉄色、毘沙門天の力。
 御仏の加護を形として顕現。それを、
「私の持てる、総力を持って貫き通しますっ!」
 解き放った。絶大な力が四つ。それが断絶に叩きつけられる。
 爆砕の音。けど、――――
「砕けないの、ですか?」
 ――――断絶の壁は、健在。
「これ以上、先に進む事が出来ない、のですか?」
 はっ、と一息。苛立たしそうになる声を抑える余裕もなく、
「もっと、強い力があれば、」
 砕く事が出来たのに、……道を、通す事が出来たのに、
「この断絶を、砕く事が出来るのに」

 力、欲して、

//.黒雲の中

//.守矢神社

「なら、力を見せようか」
 けろけろと、御柱が砕け散った湖で笑う。けろけろ、と蛙が大好きな神は笑う。けろけろと、蛇は笑う。

 ――――烈震。

 畏怖、その意味で語られる神々、土着神。その頂点にある神。
 その神威、後世、この国を二分する大断層にて語られ、祟りという暴威を振るう白き蛇さえ従えたと伝えられる、最も畏れられた神。
 諏訪湖を神体とし、四つの社に封じられ、その社に四つの御柱を突き刺し、多重に封印された神。

 目を、覚ます。

 神がその威を空に、人の成した祟りに向ける。
 放たれるのは国を叩き割った巨大な力。蛇が食らいつくように空の黒雲へ、最も畏れられた破壊が黒雲に叩きつけられる。

 けろけろっ! と、楽しそうな、笑い声。

「刮目せよっ!
 人の身で神になった『もの』よっ! これがっ! 古き神の威だっ!」

//.守矢神社

//.上空

 ぱりぱりと、磐船の周囲で紫電が弾ける。黒雲の中、雷撃を攪乱させる壁として紫電を構築。
 それだけではない、今まで道場で作ってきた符やら何やら、道場にあった全てを防御のために展開する。なにせ、磐船を繰る主、物部布都に防御をする余裕はない。
 物部の秘術。その最高位、神の名を騙る力。神降ろし。
 ぱんっ、と布都は手を合わせる。…………呟く。
「尊き祖神よ。その御名を騙る事をお許しください。
 けど、」
 眼下、黒雲を見据えて、
「泣き声が聞こえるから、行かないとならないのです」
「…………それさー、なんか意味あるの?」
 胡散臭そうな蘇我屠自古の言葉に、布都は眉根を寄せ「神の名を騙るというのは畏れ多いのだ。意味のあるなしではないっ」
「……言い訳?」
 殴る。そして、溜息。
「では行くぞ。振り落とされるなよ。屠自古」
「ん、せいぜい頑張るよ」
 ひらひらと手を振る同乗者に苦笑を送り、……さて、
「虚空見つ神。降臨せよ」
 磐船が舞う。騙るは尊き祖神の名。畏敬故騙る事は出来ないが、それでも、今は後継のために騙ろう、名を、

「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」

 祖神の名、正しき磐船の主の名に磐船はその出力を最大とする。ふわり、飛翔。そして、瞬時に超高速に達した磐船は、大気の摩擦により赤く染まり、最高速をもって下に、黒雲の中心に飛翔。
 識者が見たら隕石、と語るだろう。赤熱は光となり、大気を粉砕する速度をもって下へ断絶の黒雲へ破壊のために降臨する。
 大気が奏でる喝采の音、賑々しく、その速度、速さ比類なく、その光、日のごとき輝きをもって、

「「いっけっぇぇえええええええええっ!」」

//.上空

//.永遠亭

「…………綺麗ね」
 蓬莱山輝夜は、ぽつり、呟く。
 そう、――――
「すべては、」
 八坂神奈子を見て、
「朱砂の男が作りし、すがの地より始まり、」
 豊聡耳神子を見て、
「物部連、蘇我臣、……やまとの地に集まった者たちへと継がれ、けど、」
 視線を落とす。そこには四つの神宝。
「すべては、奪われた。それでもなお、」
 聖白蓮を見て、
「なお、抗い続けた『もの』がいた。奪われたものを取り戻そうと、戦い続けた」
 そして、黒雲の中心を見る。そこにいる。戦い続けた者が、抗い続けた者が、平安という名の暗黒を砕こうと、力を尽くした『もの』が、
 あるいは、この事を紀貫之が知っていれば、竹取物語は別の結末を迎えたかもしれない。
 そう、自分が放浪したように、穢き世に、それでも抗う神宝のような意思を探す旅にでも出たのかもしれない。
 あるいは、…………否、苦笑。
「丹比島、阿倍御主人、大伴御行、石上麻呂、貴方たちが作ろうとして、けど、砕かれた理想を、また作ろうとした後継がいるわ。
 だから、」
 四つの神宝、神宝のような尊い遺志。彼らが得ようとして戦い、けど、得られなかった理想。
 その思いを宿す神宝が、強い、光を宿す。――――今まで、慈しむように穏やかな微笑みを浮かべていた輝夜が、その笑みを一変させる。

 かつての無力を知りながら、いつかの絶望を知りながら、それでもなお、戦えと、傲慢な姫は難題を告げる。

「なよ竹のかぐや姫が命じるっ! 後継のために、その威を放ちなさいっ!
 そして、」
 難題、強大な祟りの威を砕けよと、姫のように傲慢な笑みを持って命じる。
 姫の言葉に応じ、四つの神宝から光が空へと解き放たれる。かつての思いが、それを受け継いだ者への幸いのために、幸いへの拒絶を砕くために、駆け上る。

「幸いへの道を通しなさいっ!」

//.永遠亭

 そして、断絶が砕かれる。
 地上と上空から、上と下から放たれる凄まじい破壊。それが、
「砕いた」
 ぽつり、白蓮が呟く。凄まじい質量をもつ黒雲、白蓮さえ手も足も出なかった断絶が、破壊される。
「凄い」
 黒雲が砕ける。霧散する。けど、
「再構築が速いですね。さすがというべきでしょうがっ!」
 白蓮は、その強化された身体能力全力で、閉ざされる黒雲に飛び込み。
「急いでくださいっ!」
 周囲、全方向に剣を放つ、四天王の結界を作る。あらゆる手段で、黒雲により閉ざされるのを防ぐ。けど、
「くっ」
 白蓮の疲弊も酷い。黒雲はさらに白蓮に迫り、周囲には雷光が瞬き、――――大気に打撃される。白蓮めがけて放たれた雷撃を白光の刃が叩き切る。
「一人ではきつかろう」「あまり、協力したい人でもありませんけどね」
 八坂様と神子も、黒雲に割って入る。莫大な力を、三人で押しとどめる。
 だから、
「ありがとっ!」
 私と椛、文は飛び出す、三人は疲弊の隠せぬ顔に、それでも、
「行ってくださいっ!」「行きなさいっ!」「行くのですっ!」
 笑みを浮かべ、奥を示す。
「「「この先へっ!」」」
 進むことを助けてくれた三人に手を振り、私たちは黒雲の中へ飛び込む。
「霹靂?」
 黒雲はない、周囲は黒。光源は雷、輝く無数の雷、その中央に、いる。
「行きますよっ!」
 文の言葉に私たちは頷く。まっすぐに、前へっ!

 雷鳴。

「っ!」
 慌てて、急降下。頭上を雷撃が薙ぎ払う。
「避けた」「次ですっ!」

 雷鳴。

 私は右へ。文と椛は左に飛ぶ、その間を雷撃が薙ぎ払う。
「怖いわねっ!」
「当たったら撃ち落されますね。妙な黒雲がこの辺にないのは幸いですが」
 辺りを見ながら椛。確かに、この辺りには黒雲はない、ぽっかりと空いた空間を雷が駆け抜ける。

 雷鳴。

「あやっ!」
 右に、上空から落雷。急停止した文の眼前を雷撃が薙ぎ払う。

 雷鳴。

「わっ!」
「下からも来ますか」
 上空にかけ上る雷撃。慌てて回避する。けど、

 雷鳴。

「つっ!」
 頭を下げる。頭上を雷撃が薙ぎ払う。
「これは、なかなか怖いですね」
「次っ、来ますよっ!」

 雷鳴。

「とっ!」
 散開する。落雷を回避。
「あ、あぶな「頭、あげないでっ!」」

 雷鳴。

 頭上を雷撃が駆け抜ける。けど、
「まだっ!」

 雷鳴。

「危ないわよ、椛っ!」
 文が椛を蹴飛ばす。吹き飛ばされる椛の眼前を落雷が駆け抜ける。
「もうちょっとましな方法はないのですかっ!」「ないっ!」

 雷鳴。

 水を操る。正面から放たれた雷撃は私の展開した水に直撃し、逸れる。
「な、なんとかなる、かな」
「あまり無理しないでよにとり。
 貴女は、やる事があるのだから」
「ん」

 雷鳴。

「あれ?」
 雷撃が、ない?
 雷鳴はさらに連続する。けど、雷撃はない。
「どうしたのですかね? ……って、文っ! にとりっ! 止まってくださいっ!」
 椛の声に、反射的に私と文は前進を止める。その眼前を莫大量の雷光が駆け巡る。駆け巡り、壁を構築するように私たちと阿呼を隔てる。
「ここまで、来て」
 ぎり、と歯を鳴らす文。ここまで来て、……ここまで来たから、こうしたのかもしれない。
 祟りよりも、阿呼を護る事を優先したんだな。けど、行かないとな。
 どうしようか、考えながら近付こうとする私の前に、止めるように、手。
「あの壁を超えたら、阿呼がいるのね。
 にとり、私と椛で道を開くわ。進みなさい」
「頼むっ」

//.射命丸文

 椛と一緒に速度を上げる。団扇を取り出す。
「なんていうか、残念ね」
「なにがですか?」
「…………いいわよ、別に」
 阿呼、と。この中央にいるであろう彼の事を思う。
 一緒に遊んだのは楽しかった。……最初は、冗談だったのだけどね。
 お嫁さんになる、っていうのは、…………溜息。
「やっぱり似合わないのかしらね」
「阿呼の言った事、少しは信じてみたらいいのではないですか?

 素敵な女性と、言っていたではないですか」
「……そうね」
 さあ、征こう。椛と視線を交わし、頷きあい、飛翔開始。
「ほんとにっ! お嫁さんになってもよかったんだけどねっ!
 少し残念だけどね。けど、貴女が行きなさいっ!」
「会うべきです。会わないなど、許しません。
 絶対に、道を切り開きますっ! だから、行ってくださいっ!」
 声、重ねる。
「「にとりっ!」」
 団扇を思い切り、振り被る。
 ぐんっ、と椛が刀を振り上げる。
「椛、遅れないでよ」「文、合わせてください」
 一息、呼気は完全に重なり、声。
「「征けぇええええええっ!」」
 風と刀、同時に叩きつける。雷の壁を斬り砕く。
 神子から借り受けた金気の刃がさらに突き刺さる。雷壁の綻びを押し開き、切り開く。
 その向こうへ、
「行きなさいっ!」
 この先、貴女の大切な人がいる場所へ。

//.射命丸文

 文と椛が作ってくれた道。そこを突破。その中央。
「そこにいるんだな。阿呼」
 黒雲、貫いて、雷壁、切り開いて、その先。
 祟りの形、火雷天神、……鬼の面と、その奥、黒雲の中に眠る阿呼。
 鬼の面――形を得た祟り、火雷天神は主を護る。主の意志を遂げるため、祟りを継続する。けど、
「行くからな」
 祓うよ。火雷天神がいくらその主を大切に思っていても、その意志を遂げようと頑張っているのだとしても、……ごめん。阿呼の所に行きたいから、砕くよ。

 《射楯神》、起動。

 巨大な黒い弓が起動する。黒雲の中心に向ける。
 矢は、ない。弦を引く。白の、光あふれる。
 光、純白の光が矢を構築。――光、ずっと、ずっと昔、君と話した、神の名を持つ矢。

 ――――ひょうすべや。
 神降ろし、《兵主神》。

 白の光を解き放つ。
「にとりっ!」
 後ろから声。そして、正面から雷撃が放たれる。
 いつか、鬼に向けられたものと同じ、数多の雷を束ねた極大の雷撃。それが、白光の矢を迎撃。

 爆砕。

「……凄い」
 光の乱舞。祟りの雷と神の名を持つ矢が激突。
 光は拮抗。……「まだ、だよ」
 ぎり、と弦を引く。再度、光が零れる。
「もう一つっ!」
 放つ、それが雷に突き刺さり、
「砕けるでしょう。
 雷は木気、そして、あの矢は金気、矢は、雷を貫けるはずよ」
 神子の声、白蓮や、八坂様もいるのかな。けど、
 意識を集中させる。神降ろしの矢は気を抜けばすぐに消えちゃう。
 行って欲しい。祟りを砕いて、大切な人の所へ。《射楯神》の弦を引く、《兵主神》の矢を再構築、これでっ!
「通ってっ!」

 君へ至る道へ。

 雷撃は白光の矢に砕かれ、貫かれる。
 束ねられた雷撃は白光に砕かれ、雷は拡散して砕かれる。……否。

 炎。

 白光に砕かれた雷は、一斉に発火。数多の雷はその姿を火炎へと変えて白光を飲み込む。
「うそ」
「火雷天神、……雷ではなく火の神威、ですか。
 まずいですね」
「光が、……」
 白蓮の声は心配そうに揺れる。うん、そう。
 白の光は炎に飲み込まれて消える。鉄は、火に剋される。
「にとりさん」
 心配そうな声。
「やっぱり、簡単にはいかせてもらえないよな」
 上着に手をかける。そして、一気に振り払う。
 下は青のワンピース。上着から零れるのは「水、……河童の権能だよな」
 いくつかの薄いガラスの中に入っていた水。服を振り払いガラスを砕く、吸水性に優れた服は溢れた水を吸い、《射楯神》の弦を引く手に水を吸った服を巻き付ける。
「祟りの炎を、貫いて、私が君の所に行くの、邪魔するのなら、全部、全部貫いて祓ってっ! 私たちの神様っ!」
 《射楯神》の弦を引く。《兵主神》の矢が現れる。河童の権能が起動する。――――金気が生む水気、鉄に触れた水を呼び水として、青の光り、溢れる。
 暗闇の中、眩く輝く青の光り。紅蓮の炎熱を、君が纏う祟りを祓って、
「行くよ。君の所に、な」

 ――――阿呼。

//.阿呼

「僕、……は」
 暗闇の中、断絶、拒絶、祟り、……縛り付けられる。
 視界のなかには稲羽神。彼女は、じっと僕を見る。
 けど、僕は彼女じゃなくて、
 黒雲を押しのける。青の光り。
「はっ、射楯神に兵主神、か。
 あの河童、随分と面白い事をやるね」
「秘密の、神様」
「ああそうだ。産鉄の神。鬼や河童が、……漂泊する『もの』たちが祀った神。
 それを降ろした、か」
 無理をする、と稲羽神は苦笑。無理、解ってる。
 力を放つにとりは、苦しそう。辛そう。……そんな表情、見たくない。
 だから、
「僕は、」
 にとりの所に、大好きな、友達の所に、
「行きたい、の」

 手を、伸ばす。
 青の光り、綺麗な、いつか、君と一緒に遊んだ清流のような、綺麗な青の光りに、
 ――――大好きな笑顔を思い出す、その輝きに、

「そばに、いたいの」

 青の光に染まる中。
 幸いあれ、と。声が聞こえた。

//.阿呼

「…………ごめんね。にとり」
「ばか、謝らないでよ」
 強く、強く、阿呼を抱きしめる。
 頼りなく、けど、温かくて、心地いい鼓動を感じる。……けど、
「ううん、ごめんね。……あの、今回のも、だけど。
 僕、なにも出来なくて、」
 今にも泣きそうな表情で阿呼は言う。何もできなかった。ううん。
「そんなこと、ない、ぞ。
 みんな、みんな、阿呼に感謝をしていたぞ」
 ぐすっ、と音。けど、阿呼は一歩離れる。振り返る。
「いや、随分と手こずった。
 まさか、人の身でこれ程の力を得るとはね。……出雲の神として、君のような後継がいる事は誇りに思うよ」
 八坂様が優しく微笑み言う。頷くのは神子。
「そうですね。
 私たちが作り上げようとして、成しえなかった事。それをまた成し遂げようとしてくれた事、先達として、とても嬉しいです。
 たしかに失敗したのかもしれません。けど、その意志だけでも十分よ」
「それに、失敗したという事はありません」
 白蓮は頷く。
「阿呼さん。貴方の成した治政は、たくさんの人に感謝されていましたよ」
 そして、そっと胸に手を当てて、
「失敗なんて言わないでください。
 それでも、私たちはとても感謝をしていました。この感謝の思いまで否定しないでください。……天神信仰、貴方への感謝と敬意の形を、貴方自身が否定しないでください」
 だから、八坂様は、神子は、白蓮は頷いて、
「誰も、貴方を責めたりはしません」
「感謝しているくらいだな。私たちの意志を、思いを大切にしてくれて、ありがとう、と」
「敬意もありますね。凄いですよ。本当に、よく頑張りました」
 最後、神子は微笑み言う。阿呼は、ぐっ、と一息。そして、一礼する。
「尊き祖神よ、偉大なる先達よ。お言葉をいただき、ありがとうございました」
 謹直な言葉に、八坂様と神子は頷く。白蓮に向かい一息。
「民よ。その幸福の一助となれたのなら、執政者として本望です」
「私こそ、少しくらいは恩返しできたでしょうか?」
「…………うん、白蓮さんがいてくれて、凄く、楽しかったよ」
「それは、よかったです。
 私たちを、民を、大切にしてくれて、……それに、一緒に遊んで、くれて、……ありがとう、ございます」
 涙に揺れる言葉。阿呼は頷く。
 そして、
「文さん、椛さん。……ありがとう」
 俯く言葉に、椛は微笑み、撫でる。優しく、丁寧に、
「私こそ、ありがとうと言わせてください。
 一緒に遊べて楽しかったですよ」
「私も、すっごく、楽しかった、わ。
 ありが、と、……ほんと、…………貴方を、お婿さんにもらえなくて、残念、よ」
「うん、……僕も、楽しかった。
 文さん、椛さん、本当に、ありがとう。阿求ちゃんと早苗さんにも、お礼、言っておいてね」
「自分で言え、……と、いいたいです」
 震える声で椛が言う。そう、私も言いたいし、阿求も、早苗も、阿呼から直接聞きたいに決まってる。…………けど、
 そして、泣きそうな微笑み。……その微笑みを私に向ける。その瞳に映る私は、
「にとり、泣かないでね。……僕、にとりの笑顔、大好きなんだから、ね」
「……無理言うなよ。ばか。
 阿呼だって、泣きそうじゃないか」
「……う、うん」
 ぎゅっと、強く、抱き締める。
「約束、守ってくれてありがとな、阿呼」
「うん、……また、一緒に遊んでくれて、ありがと、にとり」
 少しずつ、少しずつ、腕の中の感触は消えていく。
 幻想郷から否定され、現実へと帰っていく。
 感触を忘れたくなくて、腕に力を込めて、――――

「さようなら。
 …………大好きだよ。にとり」

 ――――光、散る。
「あ、…………あ、」
 腕の中の感触は、もう、ない。
 ぽろぽろと、涙が零れる。
「う、……くっ、ふぁ、あ、……ふぁぁああああああああああああっ」

 さらさらと、雨が降る。
 涙を零す私を包み込むように、さらさらと、雨が降る。…………雨に濡れながら、ただ、泣いていた。

 ぽろぽろと、涙、零して、泣いていた。

//.夢の終わり

 いにしえの

 ――――ずっと、ずっと昔、まだ、子供の頃に交わした、約束、盟約。

 やくそくせしを

 ――――また、一緒に遊ぼうな、と約束した。

 わするなよ

 ――――忘れてないよ、ずっと、覚えていたよ。

 かわたちおとこ

 ――――大好きな、大切な人。

 うじはすがわら

 ――――阿呼。



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