一足先に早苗と白蓮は帰宅。程なく文も立ち上がったところで、不意に、
「そういえば、文さん」
「なに?」
「文さんって、どんなところに住んでるの?」
 ふぇ?
「あやや? とうとう私の所に来てくれることに決めたのですかっ!」
「ちょ、阿呼っ?」
 そ、そうなの? 集まる視線に、阿呼は慌てて首を横に振って、
「あ、あの、そうじゃなくてっ
 ただ、天狗さんってどういう家に住んでるのかな、って」
「……そーいえば、私、文の家には行ったことがないぞ」
 椛の家には何度か遊びに行ったことがある。本人の気質を反映してか、飾り気のない、整った家。……けど、文は?
 今度は私と阿呼の視線が文に集まる。……ふむ。
「よーしっ、阿呼っ
 今日は文の家にお泊りだぞーっ!」
「はーいっ!」
「って、ちょ、ちょーっと待ってくださいっ!
 せ、整理っ! 整理の時間くださいっ!」
「人の家には問答無用で上り込むくせに何言ってんだいっ
 というわけで、阿呼っ、大至急お泊り準備っ!」
「はいっ!」
「ちょ、まっ! お先に失礼し「ていっ!」あやーっ!」
 慌てて飛び出す文の背中に魚雷発射。全弾命中で文は崩れ落ちる。うむ。
「さってと、ちょっと縛っておこうかな」

//.永遠亭

「ん、…………あ」
「起きたわね」
 跳ね起きる。清潔な掛布団がベッドから落ちる。
 藤原妹紅はあたりを見る。視界の中、カルテに視線を落とし彼女に視線を向けない女性。
「永琳? ってことは、ここは永遠亭か」
「ご明察。っていう程でもないわね」
 妹紅に視線を向けないまま、八意永琳はカルテに何かを書き始める。
「私は、どうしてた?」
「倒れてたわ。姫が背負ってきたのよ。
 一応感謝しておきなさい」
 誰がっ! と、反射的な言葉を飲み込む。確かに、憎い相手であれ、ここまで運んでくれたのだ。
 感謝はすべきだろう。妹紅は溜息。
「一応、礼は言っておく。あいつがどう思うかは知らないがな」
「そ、伝えておくわ」
 と、
「起きた?」
「てゐ?」
 声を聞きつけたのだろうか、因幡てゐが顔を出す。妹紅に視線を向ける。
 違和感、……その視線、その表情、冷めた、無表情。
 鈴仙・優曇華院・イナバが見たら不安に思うだろう、嫌がるだろう。彼女らしくない表情。
 妖獣、ではない。
 神のような視線で妹紅を見る。見据える。
「起きたならいいさ。
 暫く永遠亭から出るな。お師匠様、監視頼むよ」
「はいはい、解ったわ」
「どういう事だ?」
 思い出すのは、あの二人。竹林から出るな、と襲撃した二人。
 それと同じことを言うてゐを睨む。てゐの表情は変わらない。
「藤原の娘。あんたは知らないほうがいい事だよ」
「ふざけるなっ」
「それと、あの連中に報復なんて考えないほうがいいよ。
 あんたは無関係だからその程度で済ませたけど、大義名分があれば、いつだってあんたを殺して封印したいって思ってるだろうからね」
「どういう事だよっ! おいっ! こらっ!」
 てゐは部屋から出る。妹紅の言葉を遮断するように襖を閉める。
 妹紅は襖に手をかける、が。
「ちっ!」
 舌打ち、そして、炎を纏った拳で殴りつける、が。封印は解けない。襖は開かない。
「ま、大人しくしていることね」
「どういう事だっ! 私が何をやったってんだっ!」
「さあ、私にはよくわからない事よ。鈴仙にもね。
 けど、てゐと姫様がそうしろって言ったのよ。ま、大人しくしている事ね。私も、永遠亭から出るつもりはないから、仲良くしましょう」
「お前は、何か知っているのか?」
 問いに、永琳はカルテに視線を落としたまま、感情のない声で応じた。
「貴女は知らないほうがいい事よ。藤原の娘」

//.永遠亭

 阿呼を背負って――さすがに、前みたいに運ぶのは、文の前では止めておく、ちょっと、まあ、残念、だけど、ともかく文の先導の元、文の家へ。
「あの、言っておくけど、私の家すっごい汚いわよ。
 寝る場所はもちろんの事、足の踏み場もないし、それに、阿呼が見たら動きを止めるようないやらしいものがーっ」
「そしたら固まった阿呼はおいておくからいいよ」
「うーん、……文さんの家だけど、整理されていると思うんだ」
 後ろから声「そ、そんな事ないわよっ」
「そうかなあ?
 だって、汚い家だと大切な新聞が汚れちゃうよ? 文さん、自分の道具とかちゃんと手入れしているみたいだし、工具と違って壊れやすい物だからなおさら、整理整頓はちゃんとしていると思うの」
「ぐ、ぐぐ」
「それに、文って几帳面なところあるから、あんまり部屋を汚しているとは思えないぞー」
「ぐぐぐぐぐ」
 真面目に指摘する阿呼、内心でにやー、と笑いながら私は追従。
 それに、
「人の家に押しかける癖に、自分の家に入れないってちょっと違うと思うぞー」
「ぐぎっぎぎ、おのれにとりんめー」
「わっはっはっはっ、なんとでもいえー」
 横目で睨む文に私は鷹揚に笑って見せる。……ほどなく、山の頂上付近、家が散見する。
「……はあ、あそこが私の家よ」
 一軒家、「結構立地いいね」
「まあ、そうね。
 では、私の家は見たのでお二人ともお帰りください」
「まだ抵抗するかー」「僕、文さんの家見てみたい」
「け、けど、鍵、鍵が「なんですか?」あややっ?」
 がちゃ、と扉が開く。きょとん、とする椛。
「も、もみっちっ?」
「…………それ止めてください。
 って、阿呼? それに、にとりも、どうしたのですか?」
「あ、あのねっ、椛さんっ
 文さんの家にお泊りに来たの」
「そうですか? ……なら、私も泊まりましょうか、面白そうですし」
「大丈夫なの? 文さん、すっごい散らかってるとか」
「? いえ、文は綺麗にしていますよ。いつも。
 机の上は多少荒れていますけど」
「っていうかっ! なんで椛がいるのよっ!」
「次の、河童のバザーの案内が河童側から来たので届けに来ました。
 大切な手紙はポストに入れておくと忘れるから机の上に置いておいてって、前に文が言っていたじゃないですか」
「バザーの手紙が机に置いてあったことないわよっ?」
「にとりと阿呼の初の共同開発した商品が並びますからね。
 行き忘れては困るでしょう」
「ぐ、……おのれー」
「…………なぜ睨まれるのですか? 私」
 問われても解らないので無視をする。さて、
「よーし、阿呼ー、突撃だー」
 では、いざゆかん、文の家へー

「うわー、可愛いー」「なんていうか、……女の子の部屋、だね」
 膝をつく文。はいいとして、私と阿呼は文の部屋の感想を呟く。
 案の定というか、綺麗に整えられた部屋。花柄のカーテンとか、柔らかい絨毯と、なにかのマスコットを模したスリッパとか。花の匂いのする芳香剤とか、
 丁寧に椅子に飾られた大きなぬいぐるみとか。可愛い装飾のされた紙に可愛らしい字で書かれたメモとか。
「あ、ああ、あ、あああああ」
 崩れ落ちる文。……「えっと、文さん。その、変じゃないと思うよ。僕」
 困ったように声をかける阿呼。
「……ま、まあ、いい部屋だと思うぞ。私も」
「くすん、……だ、だってぇ、仕方ないじゃないですかー、可愛いの好きなんですからー」
「なにに対して言い訳をしているのですか?」
「あの、ごめんなさい。文さん」
「う、うむ、ご、ごめんだぞー」
「私が可愛いのが好きじゃだめですかっ! いーですよっ! どーせ似合わないですよっ!
 どーせ私なんて殺風景な部屋で一人寂しく新聞書いてるのがお似合いの根暗天狗ですよー、仕事第一で女の子らしさなんてなにもない寂しい天狗ですよー、ちくしょーっ!」
「…………え? なに、拗ねてるの? 何に?」
 文が変になってた。椛に視線を向ける。椛は溜息。
「なんか、あんまり女性らしくないってコンプレックスらしいものをもっているみたいです。
 いや、私にはよくわかりませんけど」
「えっと、文さん、お料理も上手だし、気配りもできるし、すっごい素敵な女性だと思うよっ」
 部屋の隅で膝を抱えて拗ね始めた文。危機感を持ったらしい阿呼が文に言う。……「にゃああっ?」
「ありがとうございますー、阿呼さーん」
「って、だめーっ! 離れろーっ!」
 近寄った阿呼を抱きしめる文。そんなの、絶対にだめーっ!
「ふぁ、ふぁああっ」
 何とか引き剥がす。はー、と一息つく阿呼。
「で、どうでしたか?」
「ふぇ? あ、……あの、すっごくやわらかくて、いい匂いが「って、変な事聞くなーっ!」」
 澄ました表情の椛を怒鳴りつける。椛は頷く。たぶん、意味はない。
「うう、やっぱり私のお婿さんは阿呼さんですー
 私、立派なお嫁さんになりますー」
「いいわけないだろっ!」
「さっき告白されたじゃないですかっ!」
「拡大解釈が酷すぎだぞっ!」
 そして、文が正気を取り戻すまで結構な時間がかかった。…………文の新しい一面が見れて面白かったけど、すんごく疲れたぞー

「……で、ほんとに泊まるのね。
 はあ、もうなんでもいいけど」
 肩を落とす文。諦めたらしい。
「あ、あの、文さん。
 僕、ご飯作ろうか? せっかくお泊りさせてもらうんだから、僕頑張って作るよ?」
「いーえ、いーです。
 私が作りますー、阿呼はそこで待っててください」
「う、うん」
「じゃあ、楽しみにしていますよ。文」
「…………なんで椛の分まで作らなくちゃならないのよ」
 ちゃっかりと私と並んで居間に座る椛。
「いいじゃないですか別に、食べた分の食材はあとで持ってきますよ」
「………………はー、はいはい。酒もつけなさいよ」
「解りました」
 ふと、
「そーいえば、阿呼。
 阿呼ってお酒飲めるのか?」
「え? ……あ、解んない。飲んだこと、ないと思うの」
 そうなのか? まあ、それなら、
「ではー」にやー、と笑う文が顔を出して「ご飯食べたら一杯いかが?」
「ふぇ? お酒?」
「あんまり飲ませるなよー」
 釘さしておく。天狗の飲みっぷりは半端じゃないからな。
 阿呼みたいに、ただの人では到底太刀打ちできないし、
「そりゃあわかってるわよ。
 人の飲みすぎは体にも悪いってね。阿呼が倒れたらにとりに殺されるわ」
「…………まあ、殺すまでは、……我慢出来る。…………たぶん」
「怖いわねー」
「悪ふざけが行き過ぎるようなら私が止めます。
 ただ、阿呼も少しくらいはいいでしょう。あまり、強くない酒もありましたよね?」
「まあ、一通りわね。適当に見繕っておくわ。……ただ、阿呼、気を付けなさい」
「え? あ、うんっ、あんまり飲みすぎないようにするっ」
 生真面目に頷く阿呼に、文は、にやー、っと笑って、
「違うわよ。
 椛なんて、酔ったら脱ぎ始めるからね」
「ぬ、……え?」
「あーもうっ、文もあんまり阿呼をからかわないでよっ!」
 っていうか、ほんとなのかな?
 椛と飲んだ事はあるけど、椛も天狗。酔った事は一度もない。…………「椛?」
「…………自重します」
「え? ほんとなの?」
「………………あまり、思い出させないでください」
「いやー、あの時の椛はすごかった、わやっ?」
 飛び出した椛の蹴りが文を襲う。文回避。っていうか、そんな事まで出来るのか椛。
「思い出させないでください」
「はいはい、ま、気を付ける事ね」
 にやにや笑って文は台所に向かった。
「……あ、あの」
「阿呼はさっさと忘れるっ! 椛も、気を付けてよっ!」
「解っています」「はぁい」

「わあ、凄い」
「おお、豪勢だな」
「気合入ってますね」
 ずらり、並べられたご飯に私と阿呼、椛は感心する。そして、胸を張る文。
「ふっふーん、私だって料理の練習くらいはしてるからね。
 このくらいは軽いわよ」
「文さん、凄い」
 阿呼の尊敬の視線。……確かに、「うむ、凄いな」
「いえいえ、どういたしまして、さ、では食べましょう」
「はい、有難く」
「…………ぐ、未だに椛がいる事が納得できないわ」
「あ、あの、文さん。……僕、椛さんもいてくれた方が嬉しい、し。
 だめ、かな?」
 おずおずという阿呼。椛は嬉しそうに目を細めて「ありがとうございます。阿呼」
「……はーっ、いいわよ。別に、解りました。
 ほんと、こういう時は阿呼に敵わないわね」
 そうだよねえ、……まあ、そういうわけで私たちは椅子に座る。さて、「「「「いただきます」」」」
「あ、そうだ。椛」
「なんですか?」
「もう少しで開発終わりそうなんだ。
 それで、一応一段落だから沢で遊ばないかって、相談しているのだが、椛はどうだ?」
「それはもちろん、一緒に遊びましょう」
 即答した。……「哨戒の仕事とかはいいのか?」
「同僚の白狼天狗に任せます。
 せっかくのお誘いですから、時間に融通は利かせます」
「あ、よかった」
 安心したように呟く阿呼。「うむ、椛も一緒に遊べるって、よかったな」
「うんっ」
「ふふ、そういってくれると嬉しいです」
 椛が阿呼を撫でる。阿呼は嬉しそうに目を細める。
「あー、けど、椛。
 その前に買い物ね。ほら、水で服とかすけたら大変な事になりそうだし、阿呼と白蓮が」
「…………まあ、そうですね。気を付けます」
「気をつけろよな」
 その、……椛も、文も、綺麗だし、……そういうところ、阿呼に見て欲しくない。
「まあ、別に見ても面白くないと思いますけど」
「文ぁ、椛のこういうところ、どうにかならない?」
 真顔で首を傾げる椛。もうちょっと、いろいろと自覚してほしい。
「無理ね。諦めなさい」
 はあ、やっぱり、……溜息一つ。文の作った山菜の天麩羅を食べる。美味しい。
「さぁっ、料理の方はどうですか、阿呼っ」
「うんっ、すっごく美味しいっ

 文さんっ、絶対にいいお嫁さんになれるよっ」
「ふぇ? ……あ、あ、ありがとう、ござい、ます」
「照れるなー」
 珍しー
「て、……えっと、そ、そんな風に言われたの、初めてで、な、なんて言ったらいいのか?」
「そうなの? お話してて楽しいし、可愛いし、真面目だし、僕は文さんの事、素敵な女性だと思うよ」
「…………………………あややややーっ!」
 唐突に天井に向かって叫ぶ文。阿呼が驚いて転がる。
「も、椛っ! 文が、文が錯乱したぞっ!」
 転がった阿呼を助け起こす。椛はおろおろとして「あ、文っ、正気に戻ってくださいっ! これ以上面倒になったら私が面倒ですっ」
 ……椛、後半は聞かなかったことにするぞ。
「あ、いえ、その、すいません。
 まさかそんな風に言われるなんて思わなかったから」
 今度は突っ伏す。恐る恐る、危険物を取り扱うような慎重さで文の所に行く椛。が、
「すいません。もう少しこのままで、……いまは、ちょっと顔をあげられません」
 ……少し、その気持ちはわかる。私は文の肩を叩いて「ま、復活待ってるぞ」
 文は突っ伏したままひらひらと手を振った。
「どうしたの? 文さん」
「私にもわかりません」
「…………二人にはわからない事だよ」
 経験者は語ってみるぞ。

 結構可愛らしい小物がある浴室。シャンプーとかもいい匂いがするやつ。なんていうか、文って、……まあ、うむ。
「…………なんですか?」
「あのさ、文。
 私の家に泊まった時、シャンプーとか気にならなかった」
「いいわよ、別に、いーですよー
 どーせシャンプーなんて綺麗になればなに使っても一緒ですよ。無駄なこだわりだってわかっていますよ。くそー」
「どうどう」
 拗ねられても困る。凄く。
「まあ、確かに外に出ている文しか知らないにとりには、意外だったかもしれませんね」
 椛は苦笑。「知ってたの?」
「こいつとは付き合い長いのよ。これでもね」
「そういう事です。
 いくつか私が探した物もありますよ。まあ、手料理は意外でしたが」
「椛に見せるところでもないからね。……あー、けど、阿呼の言う事はたまに心臓に悪いわ」
「まあねえ。……はあ、あれ、無自覚でいってるのかなあ」
「じゃないですかー、…………はあ」
 文と顔を見合わせて溜息。
「なんですか? 二人とも」
「「なんでもない」」
 首を傾げる椛に私と文は手を振って応じた。……うむ。
「やっぱり、阿呼には注意が必要だな」

「じゃあ、お酒と行きましょーっ!
 ぱーっと行きましょーっ!」
 布団を、物凄く適当に敷いて、布団の上にはお酒にお菓子にジュースにつまみ、いつでも眠れるように私たちはぱじゃま。
「…………あの、なにこれ?」
 で、湯上りの阿呼はきょとんとした。
「なにって、お酒飲むって言ったでしょ」にしし、と文は笑ってお酒を向けて「好きなだけ飲んで、美味しいもの食べて、存分に楽しみましょうっ、眠くなったらその場で寝ちゃって全然大丈夫よっ」
「えっとお」
「阿呼も気にするな、こうやってごろごろするのも楽しいぞー」
 だから、阿呼が来てくれたらきっともっと楽しい。だから手を伸ばす。阿呼は、うん、私の手を握ってくれた。
 少し、けどまだ躊躇がある。まったく、気にしなくていいんだぞ。だから、「えいっ」
「にゃああっ?」
 引っ張る。ころん、と阿呼は私の隣に転がる。
 すぐ近く、目の鼻の先にある阿呼の戸惑った表情。傍にいる、嬉しくて、笑顔で、
「こういう時は躊躇ったら負けだぞ。
 さっ、一緒に楽しもうなっ」
「みんなで一緒に、ですね」
 椛も傍らに座り阿呼を撫でて言う。阿呼は、少し戸惑ったような表情。けど、
「う、うんっ」
 ぱっ、と笑った。
「話が分かる子は好きですよー
 じゃ、早速一杯、軽めの行きますか」
「うんっ」
 阿呼は早速文から受け取った御猪口を手に取る。そして、おずおずと一口。
「あ、美味しい」
「ふふ、お酒の中でも特に飲みやすいやつよ。
 阿呼、最初に飲むのはこういうのがいいでしょ?」
「うん、ありがと、文さん」
「ジュースとかお茶はこっちにあるので、阿呼。
 飲みすぎたと思ったらこっち飲んでください。無理をしてはいけませんよ」
「お酒は楽しく飲むものだぞ」
「うんっ」
 さて、私は何を飲もうかなあ。……基本、天狗様の飲むお酒は馬鹿みたいに強いのが多いけど、今は阿呼がいるからか、飲みやすいのが多い。
 よかった、私も天狗様ほど飲める自信ないし。
「おやあ、にとりさん。軽めのいきますねー」
「まあね。天狗様みたいに呑兵衛じゃないのさ、私は。
 っていうか、酒のつまみにお菓子って何?」
 絶対に合わない。文は手をひらひらして「ジュースもあるからね」
「……じゃあ、私はそっち貰おうかな」
「おや、お酒は無しですか?」
「お菓子美味しそうだからな。もちろん、お酒ももらうぞ」
 ジュースを一つ手に取る。……っていうか、紅茶、一口。「うむ、美味しい。これ、文が淹れたのか?」
「そうよ」
 ほんと、いろいろと出来るな文。
「ささ、お菓子もどうぞー」
「あ、僕もらうね」
「どうぞどうぞ、たくさん食べてね」
「ありがとっ、文さんっ
 あっ、このクッキー、可愛いっ」
「何気に器用ですよね。文って」
 感心した表情でクッキーを食べる椛「とても美味しいですよ。文。お土産とかください」
「ふ、ざ、け、る、な」
 楽しそうに言う椛にひきつった笑顔の文。
「阿呼も食べてるかー?」
 視線を向けるとぱりぱりとクッキーを食べる阿呼。
「うん、すっごく美味しいっ」
「あはっ、ありがとうございますっ
 ほんと、そう言ってもらえると嬉しいわねっ」
「私も御菓子作れるようにしようかなー」
 うーん、…………視線を下に落す。…………「やっぱり、私女の子らしくないかなあ」 
「そうですか?」
 椛が首を傾げる。うむ。
「文みたいな努力が必要なのかなあ?」
「いや、別に努力っていうか、可愛いのとか、単純に私が好きなだけなんだけどね」
「無理に気を使う必要はないと思うよ。
 今のままでにとりも椛さんも、すっごく素敵だよ」
「ありがとうございます」
「……う、うむ」
 くそう、なんで椛は真顔で返すんだ。
「ふふ。そう言ってくれると嬉しいですね」
 椛は言って阿呼を優しく撫でる。阿呼は心地よさそうに目を細める。
「な、なあ、阿呼。……あの、」
「なぁに? にとり」
「わ、私はどんなところが、…………そ、その、……いい、……かな?」
 あんまり、聞くような事じゃないけど、……その、やっぱり、気になる、ぞ。
 …………ぐ、文と椛が注目してる。……けど、阿呼の言葉、き、聞きたい。
「笑顔っ、僕、にとりの笑顔大好きっ」
「…………う、うむ」
 そんな、好きって言われると、……その、す、すごく照れる。
「よかったわねえ、にとり」
 にやー、と笑って私を撫でる文。
「う、うん」

「ふにゃああ」
「思ったより飲めましたねー」
 文は酒を片手にけらけら笑う。そして、顔を赤くしてふらふらする阿呼。
「そろそろ止めておこうか。
 阿呼、眠いなら寝ちゃっていいぞ」
「うー、……もうちょっと、みんなと、お話、したいの」
「また、明日もあるからな」
「うー、うん」
 って、
「あ、あのー、阿呼ー?」
 もそもそと、座る私の太ももの上に頭を乗せる。そのまま、
「えーとお」
「ん、……うん、うむむ」
 そのまま、腰に手を回す、……「え、えっとお、………って、なに話してるのさそこっ!」
 隅でこそこそと何か話す文と椛。ぐぬぅ、動けない。
「いえいえ、幸せそうだなーって」
「う、うむ」
 ま、まあ、そうだけど、…………
 視線を落とす、心地よさそうに眠る阿呼。
「まったく、……仕方ないやつだなあ」
 撫でてみる。阿呼は「うむむ」ともにもにとした後、
「ん、……にとり」
 小さく呟いた。
「おやすみな。阿呼」
 呟く、……なんだか、阿呼の安心しきった寝顔みてたら、私まで眠くなってきたぞ。
 だから、私も目を閉じる。ちょっと、慣れない姿勢だけど、けど、
 起こす気には全然なれなくて、このままでいたくて、だから私は目を閉じた。

 目を開く。……「えっと、ごめんね。にとり」
「あ、阿呼?」
 傍らには困ったような、申し訳なさそうな表情の阿呼。
 視線を向けると折り重なるように寝ている文と椛。……そして、「まだ、……夜?」
「うん、その、……たぶん、変な姿勢で寝てたから、あんまりちゃんと眠れなかったと思うの」
「あー」
 そっかあ、座ったままだもんなあ。
「ごめんね、にとり。僕、変なところで寝ちゃって」
 周りに気を使ってか、小さな声でいう阿呼。……けど、まあ、
「寝心地、よかったか?」
「ふぇ? ……あ、うん、…………その、」
「ん?」
「あの、……ね。…………その、にとりを傍に感じられて、すっごくよく眠れた、の」
「……そか、ならよかったぞ」
 困ったような視線を向ける阿呼。その頭を撫でてあげる。傍に感じられた。……それは、私もだ。
 そこにある重み、彼の重みがあるという事がすごく、安心出来た。
「うむ、……よしっ、二度寝するぞ」
「うん、あの、ごめんね。僕のせいでちゃんと寝られなくて」
 んー、……そーだな。
 気にしていない。けど、もし阿呼が気にしているのなら、……それに、
 それに、……もうちょっと、寝ているときに阿呼を感じたい。だから、
「あの、じゃあ、阿呼。寝転がって」
「う、うん」
 ころん、と寝転がる阿呼。
「それで、こう、手を広げて」
 片手を横に、阿呼は首を傾げながら手を広げる。だから、「えーいっ」
 ころん、と私はその腕の上に寝転がる。
「に、にとり?」
「ふっふーん、ちゃんと眠れなかったから、その罰。
 今夜はこのまま私の枕だぞ」
「う、……うん」
 二の腕に頭を乗せてるから、すぐ近くに阿呼がいる。
 抱き着いて抱き枕、……は、ちょっと恥ずかしいし、う、うむ、とりあえずこれで、
 せめて、寝転がる阿呼の胸に手を置く。まだ子供らしい、頼りない、幼い体に触れる。けど、
 いてくれる、ただその事が、すごく嬉しい。
 一呼吸、意識して、戸惑った表情の阿呼に笑顔を見せて、
「じゃあ、お休みだぞ。一緒に、いい夢見ような」
 一緒なら、阿呼が近くにいてくれるなら、きっといい夢見れる気がする。

「うん、一緒にいい夢、みようね」

//.阿呼の夢

 さわさわと流れる音。背中には芝生の感触。
 そして、暖かな陽光。…………そして、

「あっ、起きた」
 目を開ける。大好きな友達。
「こんなところで寝てたら風邪ひくぞー」
 悪戯っぽく笑いながらの言葉。けど、うん、それはよくない。
 だから起きようとして、けど、
「だぁめ」
 押し倒される。どうして、と思っているところん、と彼女は僕の隣に寝転がる。
 どうしたの? 問いに悪戯っぽい笑顔。
「私も一緒に寝るぞっ」
 寝転がって、交わす笑顔。そして、手を握る。
「えへへー、たまには一緒にお昼寝もいいなっ」
「う、うんっ」
 握ってくれる手、向けられる笑顔、そして、交わす言葉嬉しくて、だから。
「…………あの、ね」
「なんだ?」
「お昼寝も、いいけど、……こうやって一緒にお話するのも楽しいと思うの」
「む、……そうだなっ
 よしっ、やっぱり一緒にお話だっ」
「うんっ」
 けど、友達は笑顔で、
「眠くなったら寝ちゃおうな。
 一緒に寝たら、いい夢が見られる気がするぞ」
「そうだねっ、あっ、起きるまでずっと一緒だからねっ」
「もちろんだぞっ」

//.阿呼の夢



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